説明

車両制動制御装置

【課題】運転者の体格差によらず同じ制動感が体感される車両制動制御装置を提供する。
【解決手段】車両2を目標の減速度で減速させるよう制動する制動手段3と、車両2の運転者4の頭部位置を検出する頭部位置検出センサ5と、車両2の減速度と運転者4の頭部位置と頭部に生じる減速度との関係があらかじめ設定されており、この関係に頭部位置検出センサ5で検出された頭部位置を適用し、頭部に生じる減速度があらかじめ設定された適正値となるよう、制動手段3に与える目標の減速度を設定する目標減速度設定部6とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運転者の体格差によらず同じ制動感が体感される車両制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の制動を自動制御する車両制動制御装置が知られている。
【0003】
特許文献1の車両制動制御装置は、車両の前方にある物体(障害物、車両など)を検知し、車両が物体に衝突するのを回避するために、或いは衝突の衝撃を緩和するために車両の制動を行う。
【0004】
特許文献2の車両制動制御装置は、車両と先行車両との車間距離を適切に維持する追従走行において、アクセル開度とブレーキを自動制御して車両の制動を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−042177号公報
【特許文献2】特開2010−274679号公報
【特許文献3】特開2007−230364号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述した従来の車両制動制御装置にあっては、車両が現在より低い所望の目標速度になるまで、或いは最終的に停車するまで制動が行われる。これに対し、本発明者は、減速や停車が目的ではなく、運転者に対する警報を目的として制動が行われる車両制動制御装置を検討している。
【0007】
警報目的の制動とは、例えば、車両と車両の前方にある物体との距離が現在の車速での制動距離に対して十分に長くない場合に、あらかじめ警報用に設定された時間にわたり、あらかじめ警報用に設定された減速度で制動が行われることである。このような警報目的の制動により、運転者には適宜な強さの制動感が体感され、この体感から前方への注意が喚起されることになる。
【0008】
警報目的の制動は、減速や停車が目的の制動が行われる際の予告として実施されてもよい。すなわち、車両制動制御装置によって予告無しに減速や停車が目的の制動が行われたとき、運転者が意図していないのに急制動がかかって運転者が驚いてしまうことがある。これを避けるため、最初に警報目的の制動を行うことで、次の急制動が運転者に予告される。
【0009】
ところが、警報目的の制動として、設定された減速度が車両に加えられたとき、どの運転者にも同じ大きさの制動感が体感されるとは限らない。なぜなら、運転者が体感する制動感が運転者の体格に応じて異なるからである。
【0010】
運転者が体感する制動感が大きすぎる場合、違和感や不快感が生じる。こうした違和感や不快感を感じた運転者には、車両制動制御装置のスイッチを切りたいという欲求が起きてしまう。車両制動制御装置のスイッチを切ってしまうと、前方の物体を知らせる機能が停止し、好ましくない。
【0011】
一方、運転者が体感する制動感が小さすぎる場合、運転者が気が付かないことがある。これでは警報の目的が達成されず、やはり好ましくない。
【0012】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、運転者の体格差によらず同じ制動感が体感される車両制動制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために本発明の車両制動制御装置は、車両を目標の減速度で減速させるよう制動する制動手段と、前記車両の運転者の頭部位置を検出する頭部位置検出センサと、車両の減速度と運転者の頭部位置と頭部に生じる減速度との関係があらかじめ設定されており、この関係に前記頭部位置検出センサで検出された頭部位置を適用し、頭部に生じる減速度があらかじめ設定された適正値となるよう、前記制動手段に与える目標の減速度を設定する目標減速度設定部とを備えたものである。
【0014】
運転者の頭部に生じる減速度を検出する頭部減速度センサと、前記頭部減速度センサで検出された減速度と前記適正値との乖離に基づき前記適正値を補正する適正値補正部とを備えてもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明は次の如き優れた効果を発揮する。
【0016】
(1)運転者の体格差によらず同じ制動感が体感される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の一実施形態を示す車両制動制御装置の構成図である。
【図2】本発明の車両制動制御装置の基礎となる力学モデルの図である。
【図3】本発明の車両制動制御装置が実行する手順を示すフローチャートである。
【図4】一次近似を説明するためのグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0019】
図1に示されるように、本発明に係る車両制動制御装置1は、車両2を目標の減速度で減速させるよう制動する制動手段3と、車両2の運転者4の頭部位置を検出する頭部位置検出センサ5と、車両2の減速度と運転者4の頭部位置と頭部に生じる減速度との関係があらかじめ設定されており、この関係に頭部位置検出センサ5で検出された頭部位置を適用し、頭部に生じる減速度があらかじめ設定された適正値となるよう、制動手段3に与える目標の減速度を設定する目標減速度設定部6とを備える。
【0020】
制動手段3は、車両2に搭載されている全ての公知の制動手段3を利用可能である。例えば、主ブレーキ(フットブレーキ)の場合、運転者4がペダル操作をした場合と同等の動作が得られるようなアクチュエータを設置し、このアクチュエータで主ブレーキを作動させると車両2が減速するように構成される。エンジンブレーキの場合、エンジン制御用の電子制御装置(Electronical Control Unit;ECU)がエンジンに出力している制御アクセル開度を調節して車両2が減速するように構成される。いずれの場合も、制動手段3は、車両2を目標の減速度で減速させるよう制動がかけられるように構成される。
【0021】
頭部位置検出センサ5は、CCD撮像装置で撮像したコクピット内の画像から画像処理によって頭部を抽出して三次元位置を検出するセンサ、あるいは運転者4の頭部に装着された対象物を光あるいは電磁波で検出する遠隔三次元位置センサなど、公知の技術で実現される。
【0022】
目標減速度設定部6は、ECUにソフトウェアを搭載して実現される。ソフトウェアの詳しい手順は後述する。
【0023】
車両制動制御装置1は、運転者4の頭部に生じる減速度を検出する頭部減速度センサ7と、頭部減速度センサ7で検出された減速度と適正値との乖離に基づき、適正値を補正する適正値補正部8とを備える。
【0024】
頭部減速度センサ7は、運転者4の頭部に減速度センサ(加速度センサ)を装着してもよいし、あるいは頭部位置検出センサ5が時間ごとに検出した頭部位置から減速度を演算するようにしてもよい。適正値補正部8は、ECUのソフトウェアで実現されるので、詳しい手順は後述する。
【0025】
車両制動制御装置1のECUには、従来より車両2に搭載することが知られているあらゆるセンサ(車速センサ、ピッチング角度センサなど)やアクチュエータが接続されているものとする。
【0026】
以下、本発明に係る車両制動制御装置1の原理と動作を説明する。
【0027】
本発明者は、同じ減速度が車両2に加えられても、運転者4が体感する制動感が運転者4の体格に応じて異なるのは、制動時における車両2の挙動に対して、身体の動きを知覚する身体器官に加わる減速度が異なるからであると考え、運転席の座面から運転者4の三半規管までの距離が体格に応じて異なることに着目した。三半規管は、耳の近傍に位置する器官である。三半規管に加わる減速度が知覚されることで制動感が体感されるが、同じ減速度が車両2に加えられても、三半規管の位置によって三半規管に加わる減速度が異なるため、運転者4が体感する制動感が異なると考えられる。
【0028】
本発明者は、車両2の制動時における特徴的な挙動は車両2のピッチングであるから、ピッチングにより三半規管に生じる減速度について図2の力学モデルを想定した。以下では、三半規管の位置を運転者4の頭部位置と置き換える。
【0029】
図2に示されるように、車両2のピッチング中心をQ、運転者4の頭部位置をPとし、ピッチング中心Qから頭部位置Pまでの距離をLとする。車両2の重心位置をCGとし、ピッチング中心Qから重心位置CGまでの距離をhとする。車両2の質量をmとする。ただし、ここでは運転者4の質量及び荷の質量は一定とし、車両2の質量mに含まれるものとする。ピッチング中心Qを中心とした車両2の慣性モーメントをI(固定値)とし、ピッチング中心Qを中心とした車両2の回転角変位(角度)をθ、角速度をθ’、角加速度をθ”とし、車両2の角固有振動数をωnとする。車両2の水平方向の減速度をaxとし、頭部位置Pにおける水平方向の減速度をapとする。減速度axと減速度apは、図中の矢印の向きが正の値を表す。
【0030】
図2の力学モデルから、ピッチング中心Qの周りの慣性系の状態方程式(1)が得られる。k、cは係数である。
−maxh=Iθ”+kθ+cθ’ (1)
1=θ、x2=θ’、u=−maxhとおくと、状態方程式(1)は、
u=Ix2’+Ikx1+cx2
となり、よって、
Ix2’=−Ikx1−cx2+u (2)
となり、式(3)と書ける。さらに、式(3)は式(4)と書ける。
【0031】
【数1】

【0032】
ここで、
【0033】
【数2】

【0034】
とおけば、状態方程式(5)が得られ、状態方程式(5)をラプラス変換すると、式(6)が得られる。
X’=AX+Bu
Y=CX (5)
sX=AX+Bu
Y=CX (6)
【0035】
式(6)で表されるシステムの伝達関数Gは、
G=C(sI−A)-1B (7)
となる。
【0036】
【数3】

【0037】
とおけば、式(8)となり、整理すると式(9)となる。式(9)の右辺左部分は、式(10)であるから、式(9)に式(10)を代入して、式(11)となる。
【0038】
【数4】

【0039】
ここで、伝達関数Gの要素gij(i,jは自然数)を式(12)であるとすると、図2の力学モデルの入力が負なのでj=1とし、力学モデルの出力として回転角変位θ=x1を選べば、入出力間の伝達関数g11は、式(13)と書け、力学モデルが2次の振動系であることが分かる。したがって、式(14)とおくと、式(15)と書ける。
【0040】
【数5】

【0041】
伝達関数g11の極を式(16)と置く。一般的なζ<1の場合を考えると、s1、s2は、共役複素極となるため、式(17)と置く。入力を
u=1/s
としたときの応答は、式(18)となる。
【0042】
【数6】

【0043】
ここで、振動が減衰しない場合を考えてみると、
ζ=0
であるから、
α=0
β=ωn
となる。したがって、式(19)であるから、式(20)、式(21)となる。
【0044】
【数7】

【0045】
ここで、
u(t)=−max
というステップ応答を考えると、式(22)となる。したがって、ピッチング中心Qから距離Lの頭部位置Pでの水平方向の加速度apは、式(23)となる。
【0046】
【数8】

【0047】
以上のようにして、力学モデルの状態方程式(1)から、頭部減速度apと車両減速度axと距離Lとの関係式(23)が導かれる。
【0048】
式(23)によれば、頭部減速度apは、運転者4の体格によらず一律に設定された車両減速度axに、Lθ”が加算された値となる。よって、運転者4の体格によらず頭部減速度apが適正値となるようするには、運転者4の頭部位置Pから距離Lを求め、所望する頭部減速度apの適正値からLθ”を減じた値に目標の車両減速度axを設定するとよい。角加速度θ”は、車両状態ごとに実験で求められた値が角加速度マップ(図示せず)に設定されており、現在の車両状態で角加速度マップを参照することで得られる。
【0049】
本発明の車両制動制御装置1によれば、頭部位置検出センサ5が車両2の運転者4の頭部位置Pを検出し、目標減速度設定部6が関係式(23)に頭部位置検出センサ5で検出された頭部位置P(距離L)を適用し、頭部減速度apが適正値となるよう、目標の車両減速度axを設定し、制動手段3が車両2を目標の車両減速度axで減速させるよう制動する。この結果、実際に生じる頭部減速度apが運転者4の体格によらず適正値となり、同じ制動感が体感されるようになる。目標減速度設定部6は、関係式(23)を演算するのではなく、関係式(23)と同等の車両減速度マップ(図示せず)を頭部減速度apとLθ”で参照して車両減速度axを読み出すようにしてもよい。
【0050】
次に、適正値として設定された頭部減速度apと実際に運転者4の頭部に生じた頭部減速度apとに乖離がある場合に適正値の補正を行う制御を含んだ実施形態を説明する。
【0051】
補正式(24)を定義する。
p=Aap×ap est+Cap (24)
【0052】
頭部減速度設計値ap estは、補正前の頭部減速度apである。補正係数Aapと補正定数Capは、過去に蓄積された頭部減速度設計値ap estと実測による頭部減速度apiに基づいて算出される数である。
【0053】
図3に示されるように、ステップS1にて、車両制動制御装置1は、警報目的の制動が実行されるかどうかを判定する。警報目的の制動では、例えば、車両2の前方に臨ませた撮像手段やレーダ装置により車両2の前方にある物体の存在と車両2からその物体までの距離を検出し、物体との距離が現在の車速における制動距離に対して十分に長くない場合に、所定の時間にわたり、目的の減速度で制動が行われる。ステップS1の判定がNOであれば、制御は終了となる。ステップS1の判定がYESであれば、制御はステップS2に進む。
【0054】
ステップS2にて、目標減速度設定部6は、頭部減速度apを決定する。頭部減速度apの初期値は、あらかじめ設定された適正値である。
【0055】
ステップS3にて、目標減速度設定部6は、頭部位置検出センサ5で検出された頭部位置Pから距離Lを求め、関係式(23)あるいは関係式(23)と同等のマップから目標の車両減速度axを決定する。
【0056】
ステップS4にて、車両制動制御装置1は、制動手段3に与える制御量bを決定する。制御量bは、例えば、フットブレーキのアクチュエータを駆動する量であり、目標の車両減速度axに対応して設定される。制動手段3が複数選択でき、それぞれの制御量がb1,b2,…としたとき、目標の車両減速度axは制御量b1,b2,…の関数となる。
x=f(b1,b2,…) (25)
【0057】
ステップS5にて、制動手段3が制御量bで制動する。この結果、車両2に目標の車両減速度axが生じる。
【0058】
ステップS6にて、頭部減速度センサ7は、運転者4の頭部に実際に生じた頭部減速度apiを検出する。適正値補正部8は、今回使用した頭部減速度apを頭部減速度設計値ap estとし、頭部減速度設計値ap estと頭部減速度apiをデータとして蓄積する。
【0059】
ステップS7にて、適正値補正部8は、蓄積したデータから補正係数Aapと補正定数Capを算出する。具体的には、図4に示されるように、過去に蓄積した数十回における頭部減速度設計値ap estに対する実際の頭部減速度apiのデータを用い、一次近似により補正式(24)を求める。
【0060】
これ以降は、ステップS2にて、適正値補正部8は、補正式(24)により頭部減速度apを補正する。
【0061】
このように、設定された頭部減速度apと実際に運転者4の頭部に生じた頭部減速度apとに乖離がある場合に、フィードバックによる補正が行われることで、実際に運転者4の頭部に生じる頭部減速度apが真に適正な値に近づく。このような補正は、頭部減速度apが頭部位置Pにのみ依存するのではなく、頭部位置P以外の体格要素(体重)や筋力の影響を受ける場合に有効である。
【0062】
以上説明したように、本発明に係る車両制動制御装置1によれば、検出された頭部位置Pに応じて、頭部減速度apが適正値となるよう、目標の車両減速度axを設定するので、頭部減速度apが運転者4の体格によらず適正値となり、同じ制動感が体感されるようになる。よって、運転者4が体感する制動感が大きすぎて違和感や不快感が生じることがなくなると共に、運転者4が体感する制動感が小さすぎて警報の目的が達成されないことがなくなる。
【0063】
本発明に係る車両制動制御装置1によれば、実際に検出された頭部減速度apiと設定された頭部減速度設計値ap estとに乖離がある場合、頭部減速度apが補正されるので、頭部減速度apが真に適正な値に近づく。
【符号の説明】
【0064】
1 車両制動制御装置
2 車両
3 制動手段
4 運転者
5 頭部位置検出センサ
6 目標減速度設定部
7 頭部減速度センサ
8 適正値補正部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両を目標の減速度で減速させるよう制動する制動手段と、
前記車両の運転者の頭部位置を検出する頭部位置検出センサと、
車両の減速度と運転者の頭部位置と頭部に生じる減速度との関係があらかじめ設定されており、この関係に前記頭部位置検出センサで検出された頭部位置を適用し、頭部に生じる減速度があらかじめ設定された適正値となるよう、前記制動手段に与える目標の減速度を設定する目標減速度設定部とを備えたことを特徴とする車両制動制御装置。
【請求項2】
運転者の頭部に生じる減速度を検出する頭部減速度センサと、
前記頭部減速度センサで検出された減速度と前記適正値との乖離に基づき前記適正値を補正する適正値補正部とを備えたことを特徴とする請求項1記載の車両制動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−6511(P2013−6511A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−140388(P2011−140388)
【出願日】平成23年6月24日(2011.6.24)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【Fターム(参考)】