説明

車両用制御装置

【課題】車両の挙動制御の安定性を向上させる車両用制御装置を提供する。
【解決手段】予め定められた関係から後輪用デファレンシャル装置28の累積使用関係値に基づいて差動制限機構としてのクラッチ88に備えられた皿バネ98の経時劣化量を推定し、その経時劣化量に基づいてブレーキ協調制御やステア協調制御等の挙動制御における後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性の補正を行うものであることから、後輪用デファレンシャル装置28における差動制限機構の経時劣化に追従して挙動制御を行うことで、その経時劣化に起因するコントロール性の悪化を好適に抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の挙動制御を行う車両用制御装置に関し、特に、その挙動制御の安定性を向上させるための改良に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の動力伝達経路には、エンジンの動力を前後或いは左右の駆動輪に配分するためのデファレンシャル装置が用いられる。例えば、ハウジングと、外周歯を有してそのハウジング内に設けられた大径歯車と、その大径歯車と一体的に設けられて一軸心まわりに回転する殻状のデフケースと、そのデフケース内においてそのデフケースに固定されたピニオンシャフトにより前記一軸心と直交する軸心まわりに回転可能に支持されたピニオンギヤと、上記デフケース内においてそのピニオンギヤを介在させた状態で相対向し且つ前記一軸心まわりに相対回転可能に設けられた一対のサイドギヤとを備えて構成されるデファレンシャル装置がそれである。また、そのようなデファレンシャル装置において、デフケースとサイドギヤとの間に皿バネを設けた構成が提案されている。例えば、特許文献1に記載されたデファレンシャル装置がそれである。この技術によれば、デフケースとサイドギヤとの間にプレロードとしての皿バネを備えていることで、組付けが容易でギヤ間にバックラッシを発生させないデファレンシャル装置を提供することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】実開平6−80943号公報
【特許文献2】特開平8−49758号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、前記デファレンシャル装置の一例として、左右輪相互間の差動回転を制限するための差動制限機構を有するデファレンシャル装置であるリミッテドスリップデファレンシャル(Limited Slip Differential:LSD)が知られている。斯かる差動制限機構を有するデファレンシャル装置に関して、前記従来の技術では、経時変化によりその差動制限機構の差動制限特性が変化した場合、車両旋回制御等の安定性が低下するおそれがあった。すなわち、前記差動制限機構に備えられたプレロードを付与する皿バネ等が経時劣化によってへたり、その差動制限機構の差動制限特性が変化すると、例えばABS(Anti-lock Brake System)やVSC(Vehicle Stability Control)等のブレーキ協調制御、或いはEPS(Electric Power Steering)やVGRS(Variable Gear Ratio Steering)等のステア協調制御をはじめとする車両の挙動制御に影響を与える。このような課題は、車両の挙動制御の安定性向上を意図して本発明者が鋭意研究を続ける過程において新たに見出したものである。
【0005】
本発明は、以上の事情を背景として為されたものであり、その目的とするところは、車両の挙動制御の安定性を向上させる車両用制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
斯かる目的を達成するために、本第1発明の要旨とするところは、機械的な差動制限機構を有するデファレンシャル装置を備えた車両において、その車両の挙動制御を行う車両用制御装置であって、予め定められた関係から前記デファレンシャル装置の累積使用関係値に基づいて前記差動制限機構の経時劣化量を推定し、その経時劣化量に基づいて前記挙動制御における前記デファレンシャル装置の差動制限特性の補正を行うことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0007】
このように、前記第1発明によれば、予め定められた関係から前記デファレンシャル装置の累積使用関係値に基づいて前記差動制限機構の経時劣化量を推定し、その経時劣化量に基づいて前記挙動制御における前記デファレンシャル装置の差動制限特性の補正を行うものであることから、前記デファレンシャル装置における差動制限機構の経時劣化に追従して挙動制御を行うことで、その経時劣化に起因するコントロール性の悪化を好適に抑制することができる。すなわち、車両の挙動制御の安定性を向上させる車両用制御装置を提供することができる。
【0008】
ここで、前記第1発明に従属する本第2発明の要旨とするところは、前記デファレンシャル装置に入力されるトルク、車両旋回量、及び左右の車輪相互間の速度差に基づいてトルクバイアス比を算出し、そのトルクバイアス比の変化量に対応して前記デファレンシャル装置の差動制限特性の補正を行うことにより、前記左右の車輪それぞれに対して配分される駆動トルクを制御するものである。このようにすれば、トルクバイアス比の変化量から前記デファレンシャル装置の差動制限特性を補正して駆動トルク配分量を推定することで、前記差動制限機構の経時劣化に追従して好適に駆動トルク配分量を制御することができる。
【0009】
また、前記第1発明又は第2発明に従属する本第3発明の要旨とするところは、前記経時劣化量は、予め定められた関係から車両総走行距離に基づいて算出されるものであり、その経時劣化量が予め定められた閾値以上である場合に前記挙動制御における補正を行うものである。このようにすれば、実用的な態様で前記差動制限機構の経時劣化量を推定できると共に、その経時劣化量が比較的大きい場合にのみ前記差動制限特性の補正を行うことで、不必要な補正が行われるのを抑制することができる。
【0010】
また、前記第1発明、第2発明、第1発明に従属する第3発明、及び第2発明に従属する第3発明に従属する本第4発明の要旨とするところは、前記経時劣化量が予め定められた閾値以上である場合に運転者に対する報知を行うものである。このようにすれば、前記差動制限機構の経時劣化が比較的大きい場合に、運転者に対してオイル交換やメンテナンス喚起等の報知を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明が好適に適用される前後輪駆動車両に備えられた駆動力伝達装置の構成を説明する骨子図である。
【図2】図1の車両に備えられたステアバイワイヤ機構の機構を例示する概略図である。
【図3】図1の車両に備えられたデファレンシャル装置の構成を例示する断面図である。
【図4】図1の車両の挙動制御を行う電子制御装置に備えられた制御機能の要部を説明する機能ブロック線図である。
【図5】一般的なデファレンシャル装置における差動制限特性の経時的な変化について説明する図である。
【図6】図1の車両に備えられた電子制御装置によるブレーキ協調制御に係る差動制限特性の補正制御について説明するフローチャートである。
【図7】図1の車両に備えられた電子制御装置によるステア協調制御に係る差動制限特性の補正制御について説明するフローチャートである。
【図8】図1の車両に備えられた電子制御装置による特性劣化報知制御について説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、1対の前輪に対応して備えられた前輪用デファレンシャル装置、1対の後輪に対応して備えられた後輪用デファレンシャル装置、前後輪駆動車両(4輪駆動車両)における前後輪相互間における回転差を吸収するセンターデファレンシャル装置等であって、差動制限機構を有する種々のデファレンシャル装置を備えた車両の挙動制御に好適に適用される。また、好適には、所定の構成により差動制限機構にプレロードが付与される所謂プレロードデフを備えた車両の挙動制御に好適に適用される。
【0013】
前記差動制限機構を有するデファレンシャル装置としては、デフケースとサイドギヤとの間に摩擦クラッチを備えたLSD、よく知られたビスカスカップリング式のLSD、よく知られた湿式多板型クラッチを備えたトルク感応式のLSD、デフケースとサイドベルギヤとの間に単板式のコーンクラッチを備えたトルク感応式のLSD、対応する駆動輪に駆動力を伝達するためのファイナルギヤと、その駆動輪の車軸と一体的に設けられたヘリカルギヤとの間に、複数のウォームホイールを備えたトルク比例式のLSD等、種々の態様の差動制限機構を有するデファレンシャル装置が用いられる。
【0014】
前記差動制限機構の経時劣化量は、好適には、その差動制限機構にプレロード(イニシャルトルク)を与える構成の経時劣化量に相当する。例えば、機械的な差動制限機構としてデフケースとサイドギヤとの間に摩擦クラッチを備えたLSDにおいて、そのクラッチにプレロードを付与する皿バネのへたり量(バネ荷重の低下量)が前記差動制限機構の経時劣化量に対応する。
【0015】
本発明は、車両挙動制御として、例えばABS(Anti-lock Brake System)やVSC(Vehicle Stability Control)等のブレーキ協調制御、或いはEPS(Electric Power Steering)やVGRS(Variable Gear Ratio Steering)等のステア協調制御に係る差動制限特性の補正に好適に適用される。更に好適には、フィードフォワード制御による上記ブレーキ協調制御或いはステア協調制御に係る差動制限特性の補正に適用される。
【0016】
本発明は、経時劣化したデファレンシャル装置の差動制限特性が初期値(初期特性)である場合と同等の車両挙動制御が実現されるように補正値を推定する。例えば、車両旋回時において、デファレンシャル装置に接続された1対の車輪それぞれについて、何れの車輪にどれだけのトルクを増加(或いは低下)させれば初期特性と同様の差動制限特性が実現されるかを算出し、その算出結果に基づいて上記補正値を定める。
【0017】
以下、本発明の好適な実施例を図面に基づいて詳細に説明する。
【実施例】
【0018】
図1は、本発明が好適に適用される前置エンジン前輪駆動(FF)を基本とする前後輪駆動車両8(以下、単に車両8という)に備えられた駆動力伝達装置10の構成を説明する骨子図である。この図1に示す駆動力伝達装置10において、駆動力源であるエンジン12により発生させられたトルク(駆動力)は、トルクコンバータ14、変速機16、前輪用デファレンシャル装置18、及び左右1対の前輪車軸20を介して左右1対の前輪22l、22r(以下、特に区別しない場合には単に前輪22という)へ伝達される一方、駆動力伝達軸であるプロペラシャフト24、前後輪駆動力配分装置である電子制御カップリング26(以下、単にカップリング26という)、後輪用デファレンシャル装置28、及び左右1対の後輪車軸30を介して左右1対の後輪32l、32r(以下、特に区別しない場合には単に後輪32という)へ伝達されるように構成されている。また、上記駆動力伝達装置10には、上記カップリング26等の作動を制御するための電子制御装置34が設けられている。すなわち、図1に示す駆動力伝達装置10は、駆動力源であるエンジン12により発生させられたトルクを走行状態に応じて主駆動輪としての前輪22及び副駆動輪(従駆動輪)としての後輪32に配分する電子制御トルクスプリット式四輪駆動車両の駆動系の一例である。
【0019】
上記エンジン12は、例えば、気筒内噴射される燃料の燃焼によって駆動力を発生させるガソリンエンジン或いはディーゼルエンジン等の内燃機関である。また、上記トルクコンバータ14は、例えば、上記エンジン12のクランク軸に連結されたポンプ翼車と、上記変速機16の入力軸に連結されたタービン翼車と、一方向クラッチを介して変速機ケースに固定されたステータ翼車とを、備えており、上記ポンプ翼車とタービン翼車との間で流体を介して動力伝達を行う流体式動力伝達装置である。また、上記変速機16は、例えば、複数の摩擦係合要素を備え、それら摩擦係合要素の係合又は解放の組み合わせに応じて複数の変速比を選択的に成立させて、入力軸から入力された駆動力を変速して出力させる自動変速機である。
【0020】
前記カップリング26は、例えば電磁ソレノイドを備えて構成され、前記電子制御装置34からその電磁ソレノイドに供給される指令値に基づいて前輪側(プロペラシャフト24)から後輪側(後輪用デファレンシャル装置28)へのトルク配分量を制御する。好適には、上記電磁ソレノイドに供給される電流の大きさに応じて前輪側から後輪側への伝達トルク配分量を制御する。例えば、前記電子制御装置34から上記電磁ソレノイドに供給される電流が比較的小さい場合には伝達トルクは比較的小さくなるが、その電磁ソレノイドに供給される電流が比較的大きい場合には、伝達トルクは比較的大きくなる。そして、上記電磁ソレノイドに供給される電流が所定値以上になると直結四輪駆動車両に近い状態で前後輪に駆動力が伝達される。以上の構成により、前記変速機16から出力された全駆動力に対する前記後輪32に伝達される駆動力の比率が零乃至0.5の範囲内で無段階に制御される。
【0021】
また、図1に示すように、前記1対の前輪22及び1対の後輪32には、各車輪に制動力を発生させるための車輪ブレーキHBFR、HBFL、HBRR、HBRL(以下、特に区別しない場合には単に車輪ブレーキHBと称する)が設けられている。この車輪ブレーキHBは、基本的にはブレーキセンサ50により検出されるブレーキ操作量(ブレーキペダルの踏込量)に応じて出力される油圧に応じた摩擦力を発生させるディスクブレーキやドラムブレーキ等の公知のフットブレーキ装置である。この車輪ブレーキHBの制動を制御するために、前記駆動力伝達装置10には、各車輪ブレーキHBに供給される油圧を制御するための油圧制御回路36が設けられている。また、前記電子制御装置34は、上記ブレーキセンサ50により検出されるブレーキ操作量や操作速度(ブレーキペダルの踏込加速度)、或いは車両の旋回状態等に応じてその油圧制御回路36に備えられた電磁制御弁を制御することで各車輪ブレーキHBに供給される油圧乃至はそれらの制動力を制御する。すなわち、前記電子制御装置34は、例えばよく知られたABS(Anti-lock Brake System)やVSC(Vehicle Stability Control)等のブレーキ協調制御を行うものである。
【0022】
図2は、前記駆動力伝達装置10に備えられたステアバイワイヤ機構の機構を例示する概略図である。この図2に示すように、本実施例の駆動力伝達装置10においては、ステアリングホイール38による操舵に係る前記左右1対の前輪22r、22lそれぞれに関して、上記ステアリングホイール38による操作に応じたアクチュエータ40l、40rの駆動により前輪22の方向を切り替える車輪方向制御装置42l、42rが備えられている。上記アクチュエータ40は、図示しないバッテリから供給される電気エネルギにより駆動力を発生させる電動モータ及びその電動モータの出力軸に連結されたピニオンシャフトを備えており、その電動モータから出力された駆動力がピニオンシャフトを介して軸部44l、44rに伝達されることで、それら軸部44l、44rの駆動に応じて左右の前輪22l、22rの車輪方向(舵角)がそれぞれ個別に制御されるように構成されている。
【0023】
また、上記ステアバイワイヤ機構には、上記軸部44l、44rの駆動量を検出することにより前記左右の前輪22l、22rそれぞれの実際の車輪舵角を検出するエンコーダ46l、46rが備えられている。前記電子制御装置34は、前記左右の前輪22l、22rそれぞれに対応して設けられた車軸方向制御装置42(アクチュエータ40)及びエンコーダ46等を介して各前輪22の車輪方向を個別(独立)に制御する。すなわち、基本的には、予め定められた関係から、舵角センサ48により検出される上記ステアリングホイール38の操作量或いは回転角度θSTを表す信号に基づいて、前記左右の前輪22の舵角(車輪方向)の目標値を算出し、その目標値に対応する指令を前記アクチュエータ40へ出力する。そして、前記エンコーダ46により検出される各前輪22の実際の舵角と上記目標値との差が可及的に小さくなるように、前記アクチュエータ40の駆動をフィードバック制御する。なお、本実施例の構成において、前記電子制御装置34は、必ずしも前記左右の前輪22の車輪方向を個別に制御するものでなくともよく、通常の制御においては前記左右の前輪22に関して等価な車輪方向制御を行うものであってもよい。すなわち、前記電子制御装置34は、例えばよく知られたEPS(Electric Power Steering)やVGRS(Variable Gear Ratio Steering)等のステア協調制御を行うものである。
【0024】
前記電子制御装置34は、CPU、ROM、RAM、及び入出力インターフェイス等を含んで構成され、RAMの一時記憶機能を利用しつつROMに予め記憶されたプログラムに従って信号処理を実行する所謂マイクロコンピュータであり、前記カップリング26を介しての前後輪駆動力配分制御、前記油圧制御回路36を介してのブレーキ協調制御、及び前記車軸方向制御装置42等を介してのステア協調制御等を実行する。すなわち、本実施例においては、前記電子制御装置34が一元的にそれらの制御を実行するものであるが、必要に応じて前後輪駆動力配分制御用の電子制御装置、ブレーキ協調制御用の電子制御装置、ステア協調制御用の電子制御装置というように、それぞれの制御に対応して個別の制御装置が備えられ、それらが相互に通信を行うことにより以下に詳述する本実施例の制御を行うものであってもよい。
【0025】
図1に示すように、前記駆動力伝達装置10には、図示しないブレーキペダルの操作量(踏込量)に対応するブレーキ操作量を検出するブレーキセンサ50、前記左右1対の前輪22及び後輪32それぞれの実際の回転速度(回転角速度)ωを検出する車輪速センサ52、前記ステアリングホイール38の操舵角を検出する舵角センサ(ステアリングセンサ)48、図示しないアクセルペダルの踏込量に対応するアクセル開度を検出するアクセル開度センサ56、前記車両8の実際の横方向G(加速度)を検出するヨーセンサ58、及びその車両8の実際の前後方向G(加速度)を検出する前後Gセンサ60等の各種センサが設けられており、それぞれのセンサからブレーキ操作量を表す信号、前後左右4つの車輪22、32それぞれの回転角速度ωを表す信号、ステアリング操舵角を表す信号、アクセル開度ACCを表す信号、車両の横Gを表す信号、及び車両の前後Gを表す信号等が前記電子制御装置34へ供給されるようになっている。
【0026】
図3は、前記後輪用デファレンシャル装置28の構成を例示するためにピニオンシャフト(小歯車軸)68の軸心及び後輪車軸30の軸心を含む平面で切断して示す断面図である。ここで、本実施例においては、前記車両8の挙動制御に関して、前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性に係る補正を行う制御について説明する。すなわち、その後輪用デファレンシャル装置28に備えられた差動制限機構の経時劣化に対応する差動制限特性の補正について説明するが、前記前輪用デファレンシャル装置18の差動制限特性の補正に本発明が適用されてもよい。また、前記前輪用デファレンシャル装置18及び後輪用デファレンシャル装置28両者の差動制限特性の補正を行うものであったり、更にはセンターデファレンシャル装置の差動制限特性の補正を併せて行うものであってもよく、複数のデファレンシャル装置に係る制御を行うものであってもよい。
【0027】
図3に示すように、前記後輪用デファレンシャル装置28は、図示しない入力軸の軸心と直交する軸心まわりに回転可能(自転可能)にハウジングとの間に一対の円錐ころ軸受を介して支持された例えば鋳鉄製のデフケース(デファレンシャルケース)62と、そのデフケース62の外周部にボルト等の締結具により固定されて図示しない終減速装置の小径傘歯車と噛み合う大径歯車64と、上記デフケース62に両端部が支持され、そのデフケース62の回転軸心に直交する姿勢でノックピン66によりそのデフケース62に固定されたピニオンシャフト68と、そのピニオンシャフト68を挟んで相対向する状態で、上記デフケース62によってその軸心まわりに回転可能(自転可能)に支持された一対のサイドギヤ70l、70rと、上記ピニオンシャフト68が貫通させられることによってそのピニオンシャフト68により回転可能(自転可能)に支持されて一対のサイドギヤ70l、70rとそれぞれ噛み合う一対のピニオンギヤ72とを、備えている。
【0028】
また、上記デフケース62には、ドライブシャフトに対応する左右1対の後輪車軸30(図3では右輪に対応するもののみを示している)を挿入するために形成された左右1対の貫通穴76l、76rが設けられている。また、前記後輪車軸30の端部外周面には嵌合溝(スプライン溝)78が形成されると共に、上記サイドギヤ70の内周面にはその嵌合溝78と噛み合うように嵌合歯(スプライン歯)80が形成されており、上記貫通穴76に挿入された後輪車軸30は、上記サイドギヤ70の内周側に上記嵌合溝78及び嵌合歯80が相互に噛み合わされるように嵌め入れられることで、上記サイドギヤ70と共通の軸心まわりに相対回転不能とされ、そのサイドギヤ70と一体的に回転させられるように構成されている。また、前記後輪車軸30の端部における外周部には、スナップリング84を嵌入させるための環状の溝部82が形成されており、その溝部82に嵌め入れられたスナップリング84が上記サイドギヤ70のピニオンシャフト68側端部に当接させられると共に前記後輪車軸30の溝部82側壁に当接させられることで、それらサイドギヤ70及び後輪車軸30の軸心方向に関する相対位置変化が抑止され、その後輪車軸30がサイドギヤ70から抜けないように構成されている。
【0029】
また、前記後輪用デファレンシャル装置28では、部分球面状であって中央に前記ピニオンシャフト68を通す穴を有する凸円板状のワッシャ(座金)86が、前記1対のピニオンギヤ72の外周側端面とデフケース62の内壁面との間に介挿されている。このワッシャ86は、例えば、耐磨耗性を有する金属、例えば鉛基或いはSn基の軸受メタルや、必要に応じてその合金にバネ性をさらに加えた金属により構成されている。また、前記1対のサイドギヤ70l、70rとそれを支持するデフケース62との間には、機械的な差動制限機構として機能するクラッチ88がそれぞれ介挿されている。
【0030】
上記クラッチ88は、前記デフケース62の内周側に形成されたスプライン90に外周部において嵌合され、そのデフケース62に対する相対回転不能に設けられたアウタプレート92と、前記サイドギヤ70におけるピニオンシャフト68とは反対側の端部外周側に形成されたスプライン94に内周部において嵌合され、そのサイドギヤ70に対する相対回転不能に設けられたインナプレート96とを、備えて構成され、上記アウタプレート92及びインナプレート96が相互に押圧されることにより摩擦力を発生させる摩擦クラッチである。斯かるクラッチ88が設けられていることで、前記後輪用デファレンシャル装置28において前記左右1対の後輪32l、32r相互間に所定以上の回転差(回転速度差乃至トルク差)が発生した場合、回転が大きい側のクラッチ88において前記デフケース62と対応するサイドギヤ70との間でクラッチ88が滑ることにより差動制限が行われる。すなわち、前記後輪用デファレンシャル装置28は、機械的な差動制限機構としてのクラッチ88を備えたリミッテドスリップデファレンシャル(Limited Slip Differential:LSD)である。
【0031】
また、前記クラッチ88には、前記サイドギヤ70とデフケース62との間に上記アウタプレート92及びインナプレート96を所定の押圧力(バネ荷重)で付勢する皿バネ98が設けられている。この皿バネ98の押圧力は、前記クラッチ88による差動制限特性を定めるものであり、例えば、そのクラッチトルク88による差動制限を行う前記左右1対の後輪32l、32r相互間の回転速度差乃至トルク差を定めるものである。例えば、上記皿バネ98のバネ荷重が大きいほど低い回転速度差乃至トルク差に対応して差動制限が行われる。換言すれば、上記皿バネ98は、差動制限機構としてのクラッチ88にプレロード(イニシャルトルク)を付与する構成に相当する。すなわち、前記後輪用デファレンシャル装置28は、上記皿バネ98のバネ荷重によりプレロードを付与される所謂プレロードデフに相当する。
【0032】
図4は、前記電子制御装置34に備えられた制御機能の要部を説明する機能ブロック線図である。この図4に示すブレーキ協調制御手段100は、前記油圧制御回路36に備えられた電磁制御弁を制御することで各車輪ブレーキHBに供給される油圧乃至それらの制動力を制御する。基本的には、前記ブレーキセンサ50により検出されるブレーキ操作量や操作速度(ブレーキペダルの踏込加速度)に基づいて、前記各車輪ブレーキHBにより所定の制動力が実現されるように前記油圧制御回路36に備えられた電磁制御弁から各車輪ブレーキHBに供給される油圧を制御する。また、例えば急制動が行われた場合や車両旋回時等において、前記各車輪ブレーキHBの制動力を個別に制御することにより、よく知られたABS(Anti-lock Brake System)やVSC(Vehicle Stability Control)等のブレーキ協調制御を実行する。すなわち、車両制動時におけるABS制御では、前記車輪速センサ52により検出される前記1対の前輪22及び後輪それぞれの車輪速ωに基づいて各車輪のスリップ率を算出し、そのスリップ率が所定の目標スリップ範囲内になるように、前記前記油圧制御回路36を介して各車輪ブレーキHBの制動力を維持し、前記車両8の方向安定性を高める。また、車両旋回時におけるVSC制御では、前記舵角センサ48により検出されるステアリング操舵角、前記ヨーセンサ58により検出される車両の横G乃至ヨーレート、及び前記前後Gセンサ60により検出される車両の前後G等に基づいて前記車両8のオーバステア傾向或いはアンダーステア傾向を判定し、そのオーバステア或いはアンダーステアを抑制するように、前記前記油圧制御回路36を介して各車輪ブレーキHBの制動力を制御する。
【0033】
ステア協調制御手段102は、前記車軸方向制御装置42(アクチュエータ40)及びエンコーダ46等を介して各前輪22の車輪方向を制御する。基本的には、前記舵角センサ48により検出される前記ステアリングホイール38の操作量或いは回転角度θSTを表す信号に基づいて、前記左右の前輪22の舵角(車輪方向)の目標値を算出し、その目標値に対応する舵角が実現されるように各車輪に対応する前記アクチュエータ40の駆動を制御する。更に、前記1対の後輪32に対応して図2に示すようなステアバイワイヤ機構を備えた構成においては、前記1対の前輪22の舵角制御に加えて、前記1対の後輪32の舵角制御を行うものであってもよい。また、例えば車両旋回時等において、前記左右の前輪22それぞれの舵角を個別に制御することにより、よく知られたEPS(Electric Power Steering)やVGRS(Variable Gear Ratio Steering)等のステア協調制御を実行する。すなわち、前記車両8の旋回走行時等において、前記前輪22の舵角を必ずしも運転者のハンドル操作によらず独立して電子的に制御する。
【0034】
経時劣化量推定手段104は、予め定められた関係から前記後輪用デファレンシャル装置28の累積使用関係値に基づいて差動制限機構である前記クラッチ88の経時劣化量を推定する。好適には、そのクラッチ88に備えられてプレロード(イニシャルトルク)を付与する構成である皿バネ98の経時劣化量(へたり量)を推定する。この経時劣化量とは、例えば車両組立時(走行距離が略0である時点)におけるプレロード初期値からの減少量を言い、例えば皿バネ98においてはバネ荷重(押圧力)の初期値からの低下量に相当する。また、前記後輪用デファレンシャル装置28の累積使用関係値とは、その後輪用デファレンシャル装置28の累計使用時間、累計入力トルク、或いは累計回転数等に対応する値であり、好適には、前記車両8の走行距離(車両総走行距離)がその累積使用関係値として用いられる。すなわち、上記経時劣化量推定手段104は、好適には、例えば予め実験的(経験的)に求められた車両走行距離と前記後輪用デファレンシャル装置28に備えられた皿バネ98のへたり量との関係から、前記車両8の総走行距離(過去に走行した距離の累計)に基づいて前記後輪用デファレンシャル装置28における差動制限機構の経時劣化量を算出する。換言すれば、予め定められた関係から前記車両8の総走行距離に基づいて、差動制限機構にプレロードを付与する前記皿バネ98の経時劣化量(プレロードへたり量)を算出する。
【0035】
トルクバイアス比推定手段106は、前記後輪用デファレンシャル装置28のトルクバイアス比(Torque Bias Ratio:TBR)の変化量を推定する。このトルクバイアス比とは、デファレンシャル装置に接続された1対の車輪(ドライブシャフト)のうち比較的大きなトルクが伝達されている側の車輪(車軸)のトルクと、比較的小さなトルクが伝達されている側の車輪(車軸)のトルクとの比であり、差動制限機構を備えないオープンデフでは例えば1〜1.3とされ、LSD等においては例えば1.4以上の値とされる。また、上記トルクバイアス比の変化量とは、初期値すなわち車両組立時における前記後輪用デファレンシャル装置28のトルクバイアス比からの変化量に相当する。図5は、一般的なデファレンシャル装置における差動制限特性の経時的な変化について説明する図であり、新品すなわち車両組立時におけるLSDの特性を実線で、所定期間の使用により経時劣化したLSDの特性を一点鎖線で、比較のために差動制限機構を備えない新品のオープンデフの特性を破線でそれぞれ示している。この図5に示すように、前記後輪用デファレンシャル装置28のようなLSDにおいては、経時劣化により差動制限特性が変化し、入力トルクに対する差動トルクが初期値(新品のもの)よりも小さくなる。すなわち、斯かる経時劣化による差動制限特性の変化に対応してトルクバイアス比も同様に経時変化し、一般には使用時間が長くなるほどトルクバイアス比が低下する傾向にある。
【0036】
上記トルクバイアス比推定手段106は、好適には、前記経時劣化量推定手段104により推定された差動制限機構の経時劣化量に基づいて前記後輪用デファレンシャル装置28のトルクバイアス比の変化量を推定する。例えば、予め実験的(経験的)に求められた前記後輪用デファレンシャル装置28に備えられた皿バネ98のへたり量とトルクバイアス比の変化量との関係から、前記経時劣化量推定手段104により推定された前記皿バネ98のへたり量に基づいて、前記後輪用デファレンシャル装置28のトルクバイアス比の初期値からの変化量を推定する。また、好適には、例えば予め実験的に求められた車両走行距離と前記後輪用デファレンシャル装置28のトルクバイアス比の変化量との関係から、前記車両8の総走行距離(過去に走行した距離の累計)に基づいて前記後輪用デファレンシャル装置28のトルクバイアス比の初期値からの変化量を推定するものであってもよい。
【0037】
また、前記トルクバイアス比推定手段106は、好適には、予め定められた関係から、前記後輪用デファレンシャル装置28に入力されるトルク、車両旋回量、及び左右の車輪相互間の速度差に基づいて現時点におけるトルクバイアス比を算出し、そのトルクバイアス比の初期値からの変化量を推定する。この後輪用デファレンシャル装置28に入力されるトルクとは、例えば前記ピニオンギヤ72の入力トルクであり、好適には、前記エンジン12の吸入空気量から推定されるエンジントルク及び前記カップリング26による後輪側への伝達比率から算出されるものであるが、前記ピニオンギヤ72に備えられたトルクセンサにより検出されるものであってもよい。また、車両旋回量とは、前記車両8の実際の旋回量であり、前記エンコーダ46により検出される各前輪22の実際の舵角等から算出される。また、左右の車輪相互間の速度差とは、前記後輪用デファレンシャル装置28に接続された1対の車輪すなわち後輪32相互間の速度差であり、前記車輪速センサ52により検出される1対の後輪32それぞれの車輪速ωから算出される。図示しない記憶装置には、上記後輪用デファレンシャル装置28に入力されるトルク、車両旋回量、及び左右の車輪相互間の速度差に基づいてトルクバイアス比を推定(算出)する関係が予め定められて記憶されており、前記トルクバイアス比推定手段106は、斯かる関係から上記各関係値に基づいて前記後輪用デファレンシャル装置28のトルクバイアス比を算出し、そのトルクバイアス比の初期値からの変化量を推定する。
【0038】
特性補正値算出手段108は、前記経時劣化量推定手段104により推定された差動制限機構の経時劣化量に基づいて前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性の補正値を算出する。好適には、前記トルクバイアス比推定手段106により推定された前記後輪用デファレンシャル装置28のトルクバイアス比の初期値からの変化量に基づいてその後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性の補正値を算出する。この補正値は、経時劣化後の前記後輪用デファレンシャル装置28において、初期状態における差動制限特性と同様の制御を行うための補正値であり、例えば前記トルクバイアス比推定手段106により推定された前記後輪用デファレンシャル装置28のトルクバイアス比の初期値からの変化量分が上記補正値に相当する。すなわち、特性補正値算出手段108は、前述した図5に一点鎖線で示す経時劣化後の特性を、実線で示す初期特性に戻すための補正値を算出する。換言すれば、車両旋回時等において、前記1対の前輪22及び1対の後輪32それぞれについて、何れの車輪にどれだけのトルクを増加(或いは低下)させれば前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性が初期値(初期特性)である場合と同様の車両挙動制御が実現されるかを算出し、その算出結果に基づいて上記補正値を定める。
【0039】
前記ブレーキ協調制御手段100は、前述したブレーキ協調制御に関して、前記経時劣化量推定手段104により推定された差動制限機構の経時劣化量に基づいてそのブレーキ協調制御における前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性の補正を行う。好適には、上記特性補正値算出手段108により算出された前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性の補正値を前記ブレーキ協調制御に適用する。例えば、前記車両8が左方向への旋回走行を行う場合を考えると、経時劣化により差動制限特性が低下した前記後輪用デファレンシャル装置28では、初期状態と同様の差動トルクが実現されないために右側の後輪32rのトルクを所望の値に増加させることができずアンダーステア気味となる。斯かる場合において、前記ブレーキ協調制御手段100は、例えば左側の後輪32lの車輪ブレーキHBRLの制動力を増加させることで所望の旋回走行を実現する。この制動力の増加量は、上記特性補正値算出手段108により算出された前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性の補正値に基づいて定められる。斯かる制御により、前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性が初期値である場合と同等の旋回走行を実現することができる。すなわち、本実施例の差動制限特性の補正は、フィードフォワード制御によるブレーキ協調制御に好適に適用される。
【0040】
前記ステア協調制御手段102は、前述したステア協調制御に関して、前記経時劣化量推定手段104により推定された差動制限機構の経時劣化量に基づいてそのステア協調制御における前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性の補正を行う。好適には、前記特性補正値算出手段108により算出された前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性の補正値を前記ステア協調制御に適用する。上述したブレーキ協調制御の場合と同様に、前記車両8が左方向への旋回走行を行う場合を考えると、経時劣化により差動制限特性が低下した前記後輪用デファレンシャル装置28では、初期状態と同様の差動トルクが実現されないために右側の後輪32rのトルクを所望の値に増加させることができずアンダーステア気味となる。斯かる場合において、前記ステア協調制御手段102は、例えば前記車軸方向制御装置42により前記1対の前輪22の舵角をオーバーステア方向に補正する。この舵角の補正量は、前記特性補正値算出手段108により算出された前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性の補正値に基づいて定められる。斯かる制御により、前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性が初期値である場合と同等の旋回走行を実現することができる。すなわち、本実施例の差動制限特性の補正は、フィードフォワード制御によるステア協調制御に好適に適用される。
【0041】
報知制御手段110は、前記径時劣化量推定手段104により推定された経時劣化量が予め定められた閾値以上である場合に運転者に対する報知を行う。好適には、前記径時劣化量推定手段104により推定された経時劣化量が予め定められた閾値以上であり、且つ前記特性補正値算出手段108により算出される補正値が予め定められた閾値以上である場合に運転者に対する報知を行う。この閾値は、例えば前記特性補正値算出手段108により算出される補正値が比較的大きく、その補正値を適用しても前述のようなブレーキ協調制御乃至ステア協調制御における補正によっては差動制限特性の経時劣化分を補えない限度に相当する値である。上記報知制御手段110は、具体的には、上記報知として、MIL(Malfunction Indicator Lamp)点灯等による警告や、オイル交換・メンテナンス喚起等の表示制御を行う。或いは、予め記憶された注意喚起音声情報を、運転席付近に設けられた図示しないスピーカから出力させること等により上記報知を行う態様も考えられる。
【0042】
図6は、前記電子制御装置34によるブレーキ協調制御に係る差動制限特性の補正制御について説明するフローチャートであり、所定の周期で繰り返し実行されるものである。
【0043】
先ず、前記経時劣化量推定手段104の動作に対応するステップ(以下、ステップを省略する)S1において、プレロードへたり量すなわち前記クラッチ88に備えられてプレロードを付与する構成である前記皿バネ98の経時劣化量が推定される。次に、S2において、S1にて推定されたプレロードへたり量が、予め定められた閾値(一定値)以上であるか否かが判断される。このS2の判断が否定される場合には、それをもって本ルーチンが終了させられるが、S2の判断が肯定される場合には、前記トルクバイアス比推定手段106の動作に対応するS3において、前記後輪用デファレンシャル装置28のトルクバイアス比の初期値からの変化量が推定される。次に、前記特性補正値算出手段108の動作に対応するS4において、S3にて推定された前記後輪用デファレンシャル装置28のトルクバイアス比の初期値からの変化量に基づいてその後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性の補正値が算出される。すなわち、前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性が初期値である場合と同等の制御を実現するための各車輪に対応する駆動トルク配分量が推定される。次に、S5において、S4にて推定された差動制限特性の補正値に基づいて、前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性の経時劣化量のブレーキ協調制御における影響度が推定される。すなわち、前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性が初期値である場合と同等のブレーキ協調制御を行うための各車輪ブレーキHBの制動力が算出される。次に、S6において、S5にて推定された影響度に基づいて、前記油圧制御回路36を介して各車輪に対応する車輪ブレーキHBの制動力をそれぞれ制御するブレーキ協調制御が実行された後、本ルーチンが終了させられる。以上の制御において、S5及びS6が前記ブレーキ協調制御手段100の動作に対応する。
【0044】
図7は、前記電子制御装置34によるステア協調制御に係る差動制限特性の補正制御について説明するフローチャートであり、所定の周期で繰り返し実行されるものである。なお、この図7に示す制御において、上述した図6に示す制御と共通するステップについては同一の符号を付してその説明を省略する。
【0045】
図7に示す制御では、前述したS4の処理に続くS7において、S4にて推定された差動制限特性の補正値に基づいて、前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性の経時劣化量のステア協調制御における影響度が推定される。すなわち、前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性が初期値である場合と同等のステア協調制御を行うための例えば前記1対の前輪22の舵角が算出される。次に、S8において、S7にて推定された影響度に基づいて、前記車軸方向制御装置42等を介して例えば前記1対の前輪22の舵角を制御するステア協調制御が実行された後、本ルーチンが終了させられる。以上の制御において、S7及びS8が前記ステア協調制御手段102の動作に対応する。
【0046】
図8は、前記電子制御装置34による特性劣化報知制御について説明するフローチャートであり、所定の周期で繰り返し実行されるものである。なお、この図8に示す制御において、上述した図6に示す制御と共通するステップについては同一の符号を付してその説明を省略する。
【0047】
図8に示す制御では、前述したS4の処理に続くS9において、S4にて推定された差動制限特性の補正値が予め定められた閾値(一定値)以上であるか否かが判断される。このS9の判断が否定される場合には、それをもって本ルーチンが終了させられるが、S9の判断が肯定される場合には、前記報知制御手段110の動作に対応するS10において、MIL点灯等による警告や、オイル交換・メンテナンス喚起等の表示制御が行われた後、本ルーチンが終了させられる。
【0048】
このように、本実施例によれば、予め定められた関係から前記後輪用デファレンシャル装置28の累積使用関係値に基づいて差動制限機構としての前記クラッチ88に備えられた皿バネ98の経時劣化量を推定し、その経時劣化量に基づいてブレーキ協調制御やステア協調制御等の挙動制御における前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性の補正を行うものであることから、前記後輪用デファレンシャル装置28における差動制限機構の経時劣化に追従して挙動制御を行うことで、その経時劣化に起因するコントロール性の悪化を好適に抑制することができる。すなわち、前記車両8の挙動制御の安定性を向上させる車両用電子制御装置34を提供することができる。
【0049】
また、前記後輪用デファレンシャル装置28に入力されるトルク、車両旋回量、及び左右の車輪相互間の速度差に基づいてトルクバイアス比を算出し、そのトルクバイアス比の変化量に対応して前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性の補正を行うことにより、前記左右の後輪32それぞれに対して配分される駆動トルクを制御するものであるため、トルクバイアス比の変化量から前記後輪用デファレンシャル装置28の差動制限特性を補正して駆動トルク配分量を推定することで、前記差動制限機構の経時劣化に追従して好適に駆動トルク配分量を制御することができる。
【0050】
また、前記経時劣化量は、予め定められた関係から車両総走行距離に基づいて算出されるものであり、その経時劣化量が予め定められた閾値以上である場合に前記挙動制御における補正を行うものであるため、実用的な態様で前記差動制限機構の経時劣化量を推定できると共に、その経時劣化量が比較的大きい場合にのみ前記差動制限特性の補正を行うことで、不必要な補正が行われるのを抑制することができる。
【0051】
また、前記経時劣化量が予め定められた閾値以上である場合に運転者に対する報知を行うものであるため、前記差動制限機構の経時劣化が比較的大きい場合に、運転者に対してオイル交換やメンテナンス喚起等の報知を行うことができる。
【0052】
以上、本発明の好適な実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲内において種々の変更が加えられて実施されるものである。
【符号の説明】
【0053】
8:前後輪駆動車両、18:前輪用デファレンシャル装置、28:後輪用デファレンシャル装置、34:電子制御装置、88:クラッチ(差動制限機構)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械的な差動制限機構を有するデファレンシャル装置を備えた車両において、該車両の挙動制御を行う車両用制御装置であって、
予め定められた関係から前記デファレンシャル装置の累積使用関係値に基づいて前記差動制限機構の経時劣化量を推定し、該経時劣化量に基づいて前記挙動制御における前記デファレンシャル装置の差動制限特性の補正を行うものであることを特徴とする車両用制御装置。
【請求項2】
前記デファレンシャル装置に入力されるトルク、車両旋回量、及び左右の車輪相互間の速度差に基づいてトルクバイアス比を算出し、該トルクバイアス比の変化量に対応して前記デファレンシャル装置の差動制限特性の補正を行うことにより、前記左右の車輪それぞれに対して配分される駆動トルクを制御するものである請求項1に記載の車両用制御装置。
【請求項3】
前記経時劣化量は、予め定められた関係から車両総走行距離に基づいて算出されるものであり、該経時劣化量が予め定められた閾値以上である場合に前記挙動制御における補正を行うものである請求項1又は2に記載の車両用制御装置。
【請求項4】
前記経時劣化量が予め定められた閾値以上である場合に運転者に対する報知を行うものである請求項1から3の何れか1項に記載の車両用制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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