説明

車両用動力伝達装置

【課題】オイルストレーナに潤滑油を確実に供給することができる車両用動力伝達装置を提供する。
【解決手段】車両用動力伝達装置は、偏心機構4等を収容したミッションケース32と、ミッションケース32内で潤滑油を吸入するための吸入口を有して、ミッションケース32の下部に設けられたオイルストレーナ33とを備える。偏心機構4の揺動ディスク6は、入力軸2の一端側から他端側に向かって、揺動ディスク6の偏心回転の位相が順次遅延するように配置される。オイルストレーナ33の吸入口は、ミッションケース32の中心よりも前記入力軸2の他端側に位置する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、四節リンク型の車両用動力伝達装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両に設けられたエンジン等の駆動源からの駆動力が伝達される中空の入力軸と、入力軸と平行に配置された出力軸と、入力軸に設けられた複数の偏心機構と、出力軸に揺動自在に軸支される複数の揺動リンクと、一方の端部に偏心機構に回転自在に外嵌される大径環状部を有し、他方の端部が揺動リンクの揺動端部に連結されるコネクティングロッドとを備える四節リンク型の無段変速機が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1のものでは、各偏心機構は、入力軸に偏心して設けられた固定ディスクと、この固定ディスクに偏心して回転自在に設けられた揺動ディスクからなる。また、揺動リンクと出力軸との間には、一方向クラッチが設けられている。一方向クラッチは、揺動リンクが出力軸に対して一方側に相対回転しようとするときに、出力軸に揺動リンクを固定し、他方側に相対回転しようとするときに、出力軸に対して揺動リンクを空転させる。
【0004】
入力軸には、ピニオンシャフトが挿入されるとともに、固定ディスクの偏心方向に対向する個所に切欠孔が形成され、この切欠孔からピニオンシャフトが露出している。揺動ディスクには入力軸及び固定ディスクを受け入れる受入孔が設けられている。この受入孔を形成する揺動ディスクの内周面には内歯が形成されている。
【0005】
内歯は、入力軸の切欠孔から露出するピニオンシャフトと噛合する。入力軸とピニオンシャフトとを同一速度で回転させると、偏心機構の偏心量が維持される。入力軸とピニオンシャフトの回転速度を異ならせると、偏心機構の偏心量が変更されて、変速比が変化する。
【0006】
入力軸を回転させることにより偏心機構を回転させると、コネクティングロッドの大径環状部が回転運動して、コネクティングロッドの他方の端部と連結される揺動リンクの揺動端部が揺動する。揺動リンクは、一方向クラッチを介して出力軸に設けられているため、一方側に回転するときのみ出力軸に回転駆動力(トルク)を伝達する。
【0007】
各偏心機構の固定ディスクの偏心方向は、それぞれ位相を異ならせて入力軸周りを一周するように設定されている。したがって、各偏心機構に外嵌されたコネクティングロッドによって、揺動リンクが順にトルクを出力軸に伝達するため、出力軸をスムーズに回転させることができる。
【0008】
特許文献1において例示された無段変速機は、6個の偏心機構を備える。この場合、各偏心機構における揺動ディスクの偏心回転の位相差は、各揺動定ディスク間で60度であり、6個全体で360度となる。
【0009】
ただし、この60度の位相差は、必ずしも各揺動ディスクの並び順に生じるようになっているわけではない。特許文献1においては、隣接する揺動ディスク間の位相差は、強度、ダイナミックス(動力学)その他のパラメータに関連して必要に応じて選択されるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表2005−502543号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このような変速機において、入力軸の回転に応じてコネクティングロッドの大径環状部が偏心回転するとき、各コネクティングロッドの大径環状部は、順次ミッションケース底部に滞留した潤滑油の油面を叩くようにして潤滑油に接触し、潤滑油を押し分ける。
【0012】
このとき、各揺動ディスクの偏心回転の位相差が、各揺動ディスクの並び順に順次一定角度、例えば60度ずつ遅延するように構成されている場合には、その並び順で各コネクティングロッドの大径環状部が潤滑油を押し分けるという動作が繰り返されることになる。そうすると、入力軸の軸線方向に沿って潤滑油が片寄せられてオイルストレーナから潤滑油を吸入できなくなり、各摺動部への潤滑油の供給に支障を来たすおそれがある。
【0013】
本発明の目的は、かかる従来技術の問題点に鑑み、オイルストレーナに潤滑油を確実に供給することができる車両用動力伝達装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係る車両用動力伝達装置は、車両の駆動源からの駆動力が伝達される中空の入力軸と、該入力軸と平行に配置された出力軸と、前記入力軸に偏心して設けられた固定ディスク、及び該固定ディスクに対して偏心して回転自在に設けられた揺動ディスクを有する複数の偏心機構と、前記出力軸に揺動自在に軸支される複数の揺動リンクと、該揺動リンクと前記出力軸との間に設けられ、前記出力軸に対して一方側に相対回転しようとするときに前記出力軸に該揺動リンクを固定し、他方側に相対回転しようとするときに前記出力軸に対して該揺動リンクを空転させる一方向回転阻止機構と、一方の端部に前記偏心機構に回転自在に外嵌される大径環状部を有し、他方の端部が前記揺動リンクの揺動端部に連結されるコネクティングロッドと、前記入力軸内に挿入されたピニオンシャフトとを備え、前記入力軸には、前記固定ディスクの偏心方向に対向する個所に切欠孔が形成され、該切欠孔から前記ピニオンシャフトが露出し、前記揺動ディスクには前記入力軸及び前記固定ディスクを受け入れる受入孔が設けられ、該受入孔を形成する前記揺動ディスクの内周面に内歯が形成され、該内歯は、前記入力軸の切欠孔から露出する前記ピニオンシャフトと噛合し、前記入力軸と前記ピニオンシャフトとを同一速度で回転させることにより、前記偏心機構の偏心量が維持され、前記入力軸と前記ピニオンシャフトの回転速度を異ならせることにより前記偏心機構の偏心量を変更させて、変速比を制御する車両用動力伝達装置であって、前記偏心機構、揺動リンク、一方向回転阻止機構及びコネクティングロッドを収容したミッションケースと、該ミッションケース内で潤滑油を吸入するための吸入口を有して、該ミッションケースの下部に設けられたオイルストレーナとを備え、前記揺動ディスクは、前記入力軸の一端側から他端側に向かって、該揺動ディスクの偏心回転の位相が順次遅延するように配置され、前記オイルストレーナの吸入口は、前記ミッションケースの中心よりも前記入力軸の他端側に位置することを特徴とする。
【0015】
本発明によれば、各揺動ディスクは入力軸の一端側から他端側に向かって位相が順次遅延するように配置されているので、入力軸の回転により各揺動ディスクが偏心回転するとき、コネクティングロッドの大径環状部は、ミッションケース底面上の潤滑油に対し、揺動ディスクの配置順に順次接触し、潤滑油を押し分けてゆく。これにより、潤滑油は入力軸の他端側に片寄せられる。ここで、オイルストレーナの吸入口がミッションケースの中心よりも前記入力軸の他端側に位置しているので、潤滑油を確実にオイルストレーナに供給することができる。
【0016】
本発明において、前記オイルストレーナの吸入口は、前記オイルストレーナの前記入力軸側に位置してもよい。これによれば、コネクティングロッドの大径環状部が、上述のように潤滑油に順次接触することによって、潤滑油がオイルストレーナよりも入力軸側に多く集まる傾向にあるが、吸入口がオイルストレーナの入力軸側に位置しているので、より確実に潤滑油をオイルストレーナに供給することができる。
【0017】
また、本発明において、前記ミッションケース内に、前記オイルストレーナの吸入口が位置する前記他端側から前記一端側へ潤滑油が流動するのを部分的に制限する第1のバッフルプレートを備えてもよい。これによれば、車両の旋回等によって、ミッションケース内の潤滑油が、オイルストレーナの位置する前記他端側から前記一端側へ流動してオイルストレーナの吸入口位置から潤滑油が無くなるのを防止することができる。したがって、潤滑油を確実にオイルストレーナに供給することができる。
【0018】
更に、本発明において、前記ミッションケース内に、前記オイルストレーナ側から前記入力軸側へ潤滑油が流動するのを部分的に制限する第2のバッフルプレートを備えてもよい。これによれば、コネクティングロッドの大径環状部の偏心回転によって潤滑油が入力軸側に過剰に片寄せられてエアレーションが増大するのを防止することができる。また、入力軸側でエアレーションが生じた潤滑油が直接オイルストレーナ側に流入するのを極力防止し、極力エアレーションのない潤滑油をオイルストレーナに供給することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の車両用動力伝達装置の実施形態を示す断面図。
【図2】本実施形態の偏心機構、コネクティングロッド及び揺動リンクを軸方向から示す説明図。
【図3】本実施形態の偏心機構の偏心量の変化を説明する説明図。
【図4】本実施形態の偏心機構の偏心量の変化と、揺動リンクの揺動運動の揺動角θ2の関係を示す説明図であり、(a)は偏心量が最大、(b)は偏心量が中、(c)は偏心量が小であるときの揺動リンクの揺動運動の揺動角をそれぞれ示している。
【図5】本実施形態の偏心機構の偏心量の変化に対する、揺動リンクの角速度ω2の変化を示すグラフ。
【図6】本実施形態の車両用動力伝達装置において、それぞれ60度ずつ位相を異ならせた6つの四節リンク機構により、出力軸が回転される状態を示すグラフ。
【図7】本実施形態の車両用動力伝達装置を差動機構側から見た断面図。
【図8】本実施形態におけるオイルストレーナの位置を示す図。
【図9】本実施形態における揺動ディスクの配置を示す図。
【図10】本実施形態におけるオイルストレーナの別の例を示す図。
【図11】本実施形態において、オイルストレーナの周りにバッフルプレートを設けた例を示す断面図。
【図12】図11のオイルストレーナの近傍部分を、ミッションケースを取り外して下方から見た様子を示す斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の車両用動力伝達装置の実施形態を説明する。本実施形態の車両用動力伝達装置は、変速比i(i=入力軸の回転速度/出力軸の回転速度)を無限大(∞)にして出力軸の回転速度を「0」にできる変速機、所謂インフィニティ・バリアブル・トランスミッション(Infinity Variable Transmission(IVT))の一種である。
【0021】
図1及び図2を参照して、本実施形態の車両用動力伝達装置1は、図示省略した内燃機関であるエンジンや電動機等の車両用駆動源からの回転動力を受けることで入力中心軸線P1を中心に回転する中空の入力軸2と、入力軸2に平行に配置され、図外のデファレンシャルギアやプロペラシャフト等を介して車両の駆動輪(図示省略)に回転動力を伝達させる出力軸3と、入力軸2に設けられた6つの偏心機構4とを備える。
【0022】
各偏心機構4は、固定ディスク5と、揺動ディスク6とで構成される。固定ディスク5は、円盤状であり、入力中心軸線P1から偏心して入力軸2と一体的に回転するように入力軸2に2個1組でそれぞれ設けられている。各1組の固定ディスク5は、それぞれ位相を60度異ならせて、6組の固定ディスク5で入力軸2の周方向を一回りするように配置されている。また、各1組の固定ディスク5には、固定ディスク5を受け入れる受入孔6aを備える円盤状の揺動ディスク6が偏心させて回転自在に外嵌されている。
【0023】
揺動ディスク6は、固定ディスク5の中心点をP2、揺動ディスク6の中心点をP3として、入力中心軸線P1と中心点P2の距離Raと、中心点P2と中心点P3の距離Rbとが同一となるように、固定ディスク5に対して偏心している。
【0024】
揺動ディスク6の受入孔6aには、1組の固定ディスク5の間に位置させて内歯6bが設けられている。入力軸2には、1組の固定ディスク5の間に位置させて、固定ディスク5の偏心方向に対向する個所に内周面と外周面とを連通させる切欠孔2aが形成されている。
【0025】
中空の入力軸2内には、入力軸2と同心に配置され、揺動ディスク6と対応する個所に外歯7aを備えるピニオンシャフト7が入力軸2と相対回転自在となるように配置されている。ピニオンシャフト7の外歯7aは、入力軸2の切欠孔2aを介して、揺動ディスク6の内歯6bと噛合する。
【0026】
ピニオンシャフト7には、差動機構8が接続されている。差動機構8は、遊星歯車機構で構成されており、サンギア9と、入力軸2に連結された第1リングギア10と、ピニオンシャフト7に連結された第2リングギア11と、サンギア9及び第1リングギア10と噛合する大径部12aと、第2リングギア11と噛合する小径部12bとから成る段付きピニオン12を自転及び公転自在に軸支するキャリア13とを備える。
【0027】
サンギア9には、ピニオンシャフト7用の電動機から成る駆動源14の回転軸14aが連結されている。駆動源14の回転速度を入力軸2の回転速度と同一にすると、サンギア9と第1リングギア10とが同一速度で回転することとなり、サンギア9、第1リングギア10、第2リングギア11及びキャリア13の4つの要素が相対回転不能なロック状態となって、第2リングギア11と連結するピニオンシャフト7が入力軸2と同一速度で回転する。
【0028】
駆動源14の回転速度を入力軸2の回転速度よりも遅くすると、サンギア9の回転数をNs、第1リングギア10の回転数をNr1、サンギア9と第1リングギア10のギア比(第1リングギア10の歯数/サンギア9の歯数)をjとして、キャリア13の回転数が(j・Nr1+Ns)/(j+1)となる。そして、サンギア9と第2リングギア11のギア比((第2リングギア11の歯数/サンギア9の歯数)×(段付きピニオン12の大径部12aの歯数/小径部12bの歯数))をkとすると、第2リングギア11の回転数が{j(k+1)Nr1+(k−j)Ns}/{k(j+1)}となる。
【0029】
固定ディスク5が固定された入力軸2の回転速度とピニオンシャフト7の回転速度とが同一である場合には、揺動ディスク6は固定ディスク5と共に一体に回転する。入力軸2の回転速度とピニオンシャフト7の回転速度とに差がある場合には、揺動ディスク6は固定ディスク5の中心点P2を中心に固定ディスク5の周縁を回転する。
【0030】
図2に示すように、揺動ディスク6は、固定ディスク5に対して距離Raと距離Rbとが同一となるように偏心されているため、揺動ディスク6の中心点P3を入力中心軸線P1と同一軸線上に位置するようにして、入力中心軸線P1と中心点P3との距離、すなわち偏心量R1を「0」とすることもできる。
【0031】
揺動ディスク6の周縁には、一方の端部に大径の大径環状部15aを備え、他方の端部に大径環状部15aの径よりも小径の小径環状部15bを備えるコネクティングロッド15の大径環状部15aが、ローラベアリング16を介して回転自在に外嵌されている。出力軸3には、一方向回転阻止機構としての一方向クラッチ17を介して、揺動リンク18がコネクティングロッド15に対応させて6個設けられている。
【0032】
揺動リンク18は、環状に形成されており、その上方には、コネクティングロッド15の小径環状部15bに連結される揺動端部18aが設けられている。揺動端部18aには、小径環状部15bを軸方向で挟み込むように突出した一対の突片18bが設けられている。一対の突片18bには、小径環状部15bの内径に対応する貫通孔18cが穿設されている。貫通孔18c及び小径環状部15bには、連結ピン19が挿入されている。これにより、コネクティングロッド15と揺動リンク18とが連結される。
【0033】
図3は、偏心機構4の偏心量R1を変化させた状態のピニオンシャフト7と揺動ディスク6との位置関係を示す。図3(a)は偏心量R1を「最大」とした状態を示しており、入力中心軸線P1と、固定ディスク5の中心点P2と、揺動ディスク6の中心点P3とが一直線に並ぶように、ピニオンシャフト7と揺動ディスク6とが位置する。このときの変速比iは最小となる。
【0034】
図3(b)は偏心量R1を図3(a)よりも小さい「中」とした状態を示しており、図3(c)は偏心量R1を図3(b)よりも更に小さい「小」とした状態を示している。変速比iは、図3(b)では図3(a)の変速比iよりも大きい「中」となり、図3(c)では図3(b)の変速比iよりも大きい「大」となる。図3(d)は偏心量R1を「0」とした状態を示しており、入力中心軸線P1と、揺動ディスク6の中心点P3とが同心に位置する。このときの変速比iは無限大(∞)となる。
【0035】
図2に示すように、本実施形態の偏心機構4、コネクティングロッド15、揺動リンク18は四節リンク機構20を構成する。本実施形態の車両用動力伝達装置1は合計6個の四節リンク機構20を備えている。偏心量R1が「0」でないときに、入力軸2を回転させると共に、ピニオンシャフト7を入力軸2と同一速度で回転させると、各コネクティングロッド15が60度ずつ位相を変えながら、偏心量R1に基づき入力軸2と出力軸3との間で出力軸3側に押したり、入力軸2側に引いたりを交互に繰り返して揺動する。
【0036】
コネクティングロッド15の小径環状部15bは、出力軸3に一方向クラッチ17を介して設けられた揺動リンク18に連結されている。このため、揺動リンク18がコネクティングロッド15によって押し引きされて揺動すると、揺動リンク18が押し方向側又は引張り方向側の何れか一方に揺動リンク18が回転するときだけ、出力軸3が回転する。一方、揺動リンク18が他方に回転するときには、出力軸3に揺動リンク18の揺動運動の力が伝達されず、揺動リンク18が空回りする。各偏心機構4は、60度毎に位相を変えて配置されているため、出力軸3は各偏心機構4で順に回転させられる。
【0037】
図4(a)は偏心量R1が図3(a)の「最大」である場合(変速比iが最小である場合)、図4(b)は偏心量R1が図3(b)の「中」である場合(変速比iが中である場合)、図4(c)は偏心量R1が図3(c)の「小」である場合(変速比iが大である場合)の、偏心機構4の回転運動に対する揺動リンク18の揺動範囲θ2を示している。図4から明らかなように、偏心量R1が小さくなるにつれ、揺動リンク18の揺動範囲θ2が狭くなる。なお、偏心量R1が「0」であるときは、揺動リンク18は揺動しなくなる。
【0038】
図5は、車両用動力伝達装置1の偏心機構4の回転角度θを横軸、揺動リンク18の角速度ω2を縦軸として、偏心機構4の偏心量R1の変化に伴う角速度ω2の変化を示す。図5から明らかなように、偏心量R1が大きい(変速比iが小さい)ほど揺動リンク18の角速度ω2が大きくなることが分かる。
【0039】
図6は、60度ずつ位相を異ならせた6つの偏心機構4を回転させたとき(入力軸2とピニオンシャフト7とを同一速度で回転させたとき)の偏心機構4の回転角度θに対する、各揺動リンク18の角速度ω2を示している。図6から、6つの四節リンク機構20により出力軸3がスムーズに回転されることが分かる。
【0040】
図7は、図1の車両用動力伝達装置を差動機構8側から見た断面図である。車両用動力伝達装置は、まだ言及していない構成要素として、図7に示すように、入力軸2及び出力軸3を支持するフレーム31と、フレーム31の外側に設けられたミッションケース32と、ミッションケース32に設けられたオイルストレーナ33とを備える。
【0041】
ミッションケース32は、上部カバー34と下部カバー35とで構成される。オイルストレーナ33は、下部カバー35の底部に取り付けられている。下部カバー35の底部には、オイルストレーナ33が配置されるオイル溜り36が設けられている。オイルストレーナ33は、コネクティングロッド15と揺動リンク18と下部カバー35の底部とで囲まれた空間内において、吸入口側をオイル溜り36の底部に対向させて配置される。
【0042】
図8は、下部カバー35の底部におけるオイルストレーナ33の位置を示す。この図では、下部カバー35の底部35aを上方から見た様子が示されている。図8の左方が入力軸2側で、右方が出力軸3側である。すなわち、図8中のEで示す方向は、入力軸2を回転させるエンジン等の駆動源が存在する方向であり、Dで示す方向は、前記差動機構8が存在する方向である。図8に示すように、オイルストレーナ33は、その吸入口33aが、下部カバー35の底部35aの中心線C1よりもE方向側、すなわちエンジン側に配置される。
【0043】
図9(a)は、各偏心機構4の揺動ディスク6の配置を示す。差動機構8側(D方向側)からエンジン側(E方向側)に向かって順次配置された各揺動ディスク6を揺動ディスク60a〜60fとすれば、揺動ディスク60a〜60fは、この配置順に偏心回転の位相が60度ずつ遅くなるように配置されている。
【0044】
したがって、入力軸2が、入力中心軸線P1の周りで、エンジン側に向かって反時計回り(CCW方向)に回転すると、揺動ディスク60a、60b、・・・、60fの順で、対応するコネクティングロッド15の大径環状部15aが、図7に示すように下部カバー35の底部に滞留する潤滑油37に順次接触し、潤滑油37を押し分ける。この結果、図8に示すように、潤滑油37はエンジン側(E方向側)に片寄せられる。
【0045】
なお、図9(b)のように、揺動ディスク60a〜60fが、エンジン側に向かって時計回り(CW方向)に回転する場合も、揺動ディスク60a、60b、・・・、60fがこの順でエンジン側に向けて配置され、かつ偏心回転の位相がこの順で順次60度ずつ遅くなるように構成されていれば、同様に、潤滑油37はエンジン側に片寄せられることになる。
【0046】
このように潤滑油37がエンジン側に片寄せられた場合、オイルストレーナ33の吸入口33aが、仮に中心線C1よりも差動機構8側(D方向側)に位置しているとすれば、吸入口33aから潤滑油37が吸引されないおそれがある。
【0047】
しかし、本実施形態では、図8のように、オイルストレーナ33の吸入口33aは中心線C1よりもエンジン側に位置するので、エンジン側に片寄せられた潤滑油37は、オイルストレーナ33の吸入口33aから支障なく吸引される。吸引された潤滑油37は、車両用動力伝達装置における各摺動部に供給される。
【0048】
なお、揺動ディスク60a〜60fにおける位相の変化の仕方又は偏心回転の方向が、図9(a)又は(b)の場合と逆である場合には、潤滑油37は差動機構8側(D方向側)に片寄せられることになる。この場合には、オイルストレーナ33の吸入口33aは、中心線C1よりも差動機構8側に配置される。
【0049】
図10は、下部カバー35に取り付けられるオイルストレーナの別の例を示す。この図では、図8の場合と同様に、下部カバー35の底部35aを上方から見た様子が示されている。図10に示すオイルストレーナ38では、吸入口38aが、底部35aの中心線C1に直交するオイルストレーナ38の中心線C2よりも入力軸2側に位置する。
【0050】
図9(a)のように、CCW方向に入力軸2が回転され、揺動ディスク60a〜60fが偏心回転すると、コネクティングロッド15の大径環状部15aによって掻き分けられる潤滑油37は、上述のようにエンジン側に片寄せられるとともに、オイルストレーナ38の出力軸3側よりも入力軸2側に多く集まる。したがって、図10のように、吸入口38aがオイルストレーナ38の入力軸2側に位置すると、潤滑油37は、吸入口38aからより容易に吸入される。
【0051】
図11は、図7のオイルストレーナ33の周りにバッフルプレート41を設けた例を示す。図12は、図11のオイルストレーナ33の近傍部分について、ミッションケース32を取り外して下方から見た様子を示す。
【0052】
このバッフルプレート41は、入力軸2に直交する面上に存在する第1バッフルプレート42と、入力軸2に平行に延在する第2バッフルプレート43とで構成される。第1バッフルプレート42は、ミッションケース32内の潤滑油37が、オイルストレーナ33が位置するエンジン側(E方向側)からその反対側の差動機構8側(D方向側)へ流動するのを部分的に制限する。第2バッフルプレート43は、ミッションケース32内の潤滑油37が、オイルストレーナ33側から入力軸2側へ流動するのを部分的に制限する。
【0053】
第1バッフルプレート42は、オイルストレーナ33の差動機構8側端部の近傍に延在する。また、第2バッフルプレート43は、オイルストレーナ33よりも入力軸2側の下部カバー35底部から、オイルストレーナ33と揺動リンク18との間の領域まで、オイルストレーナ33を覆うように延在している。第1バッフルプレート42は、第2バッフルプレート43の差動機構8側の端部と結合し、オイルストレーナ33の差動機構8側を覆っている。
【0054】
第1バッフルプレート42及び第2バッフルプレート43には、オイル溜り36へ潤滑油37が移動するのを許容するリード弁又は貫通孔が設けられている。
【0055】
入力軸2側が、車両の前方であるとすると、図8のように下部カバー35の底部35aにおいてエンジン側(E方向側)に片寄せられている潤滑油37は、右折時に、遠心力により反対側の差動機構8側(D方向側)に流動しようとする。しかしながら、第1バッフルプレート42により、その流動が制限され、エンジン側から潤滑油37が無くなるのが阻止される。これにより、右折時においても、オイルストレーナ33の吸入口33aから潤滑油37が確実に吸引され、各摺動部に供給される。
【0056】
このように、エンジン側に片寄せられている潤滑油37に対して反対側に流動させようとする力が働いたとしても、第1バッフルプレート42によりその流動が制限され、エンジン側において潤滑油37が保持されるので、オイルストレーナ33に対し、確実に潤滑油37を供給することができる。
【0057】
一方、上述のように、下部カバー35底部の潤滑油37は、コネクティングロッド15の大径環状部15aによって掻き分けられることにより、入力軸2側に片寄せられる傾向にある。しかし、オイルストレーナ33側に存在する潤滑油37が入力軸2側に流動することは、第2バッフルプレート43によってある程度制限される。したがって、潤滑油37が入力軸2側に過剰に片寄せられて大径環状部15aで撹拌されることによるエアレーションの発生が抑制される。
【0058】
また、下部カバー35底部のエンジン側に片寄せられた潤滑油37においては、コネクティングロッド15の大径環状部15aによって掻き分けられることにより、空気が混入し、エアレーションが生じている可能性がある。しかし、第2バッフルプレート43のリード弁又は貫通孔を経てオイル溜り36に戻るとき、混入した空気が潤滑油37から分離されるので、エアレーションが生じた潤滑油37が吸引口33aから吸引されることは、極力回避される。
【0059】
以上のように本実施形態は、入力軸2の一端側(差動機構8側)から他端側(エンジン側)に向かって順次配置された各揺動ディスク60a〜60fの偏心回転の位相がこの配置順に順次遅延するように構成され、オイルストレーナ33の吸入口33aがミッションケース32の中心よりも入力軸2の他端側に位置するようにしたため、ミッションケース32内の潤滑油37を確実にオイルストレーナ33に供給することができる。
【0060】
また、図10のように、オイルストレーナ38の吸入口38aがオイルストレーナ38の入力軸2側に位置する場合には、ミッションケース32下部の潤滑油37をより確実にオイルストレーナ38に供給することができる。
【0061】
また、ミッションケース32内の潤滑油37が、オイルストレーナ33が位置するエンジン側から差動機構8側へ流動するのを部分的に制限する第1バッフルプレート42を設けたので、車両の旋回時等においても、潤滑油37をオイルストレーナ33に確実に供給することができる。
【0062】
また、ミッションケース32内の潤滑油37が、オイルストレーナ33側から入力軸2側へ流動するのを部分的に制限する第2バッフルプレート43を設けたので、車両の急減速時や、車両が下り坂を走行しているとき等において、潤滑油37が入力軸2側に過剰に偏ることによるエアレーションの増大を抑制することができる。また、極力エアレーションのない潤滑油をオイルストレーナ33に供給することができる。
【符号の説明】
【0063】
1…車両用動力伝達装置、2…入力軸、2a…切欠孔、3…出力軸、4…偏心機構、5…固定ディスク、6…揺動ディスク、6a…受入孔、6b…内歯、7…ピニオンシャフト、15…コネクティングロッド、15a…大径環状部、17…一方向クラッチ(一方向回転阻止機構)、18…揺動リンク、32…ミッションケース、33,38…オイルストレーナ、33a,38a…吸入口、37…潤滑油、42…第1バッフルプレート、43…第2バッフルプレート、R1…偏心量。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の駆動源からの駆動力が伝達される中空の入力軸と、
該入力軸と平行に配置された出力軸と、
前記入力軸に偏心して設けられた固定ディスク、及び該固定ディスクに対して偏心して回転自在に設けられた揺動ディスクを有する複数の偏心機構と、
前記出力軸に揺動自在に軸支される複数の揺動リンクと、
該揺動リンクと前記出力軸との間に設けられ、前記出力軸に対して一方側に相対回転しようとするときに前記出力軸に該揺動リンクを固定し、他方側に相対回転しようとするときに前記出力軸に対して該揺動リンクを空転させる一方向回転阻止機構と、
一方の端部に前記偏心機構に回転自在に外嵌される大径環状部を有し、他方の端部が前記揺動リンクの揺動端部に連結されるコネクティングロッドと、
前記入力軸内に挿入されたピニオンシャフトとを備え、
前記入力軸には、前記固定ディスクの偏心方向に対向する個所に切欠孔が形成され、該切欠孔から前記ピニオンシャフトが露出し、
前記揺動ディスクには、前記入力軸及び前記固定ディスクを受け入れる受入孔が設けられ、
該受入孔を形成する前記揺動ディスクの内周面に内歯が形成され、
該内歯は、前記入力軸の切欠孔から露出する前記ピニオンシャフトと噛合し、
前記入力軸と前記ピニオンシャフトとを同一速度で回転させることにより、前記偏心機構の偏心量が維持され、前記入力軸と前記ピニオンシャフトの回転速度を異ならせることにより前記偏心機構の偏心量を変更させて、変速比を制御する車両用動力伝達装置であって、
前記偏心機構、揺動リンク、一方向回転阻止機構及びコネクティングロッドを収容したミッションケースと、
該ミッションケース内で潤滑油を吸入するための吸入口を有して、該ミッションケースの下部に設けられたオイルストレーナとを備え、
前記揺動ディスクは、前記入力軸の一端側から他端側に向かって、該揺動ディスクの偏心回転の位相が順次遅延するように配置され、
前記オイルストレーナの吸入口は、前記ミッションケースの中心よりも前記入力軸の他端側に位置することを特徴とする車両用動力伝達装置。
【請求項2】
前記オイルストレーナの吸入口は、前記オイルストレーナの前記入力軸側に位置することを特徴とする請求項1に記載の車両用動力伝達装置。
【請求項3】
前記ミッションケース内に、前記オイルストレーナの吸入口が位置する前記他端側から前記一端側へ潤滑油が流動するのを部分的に制限する第1のバッフルプレートを備えたことを特徴とする請求項1又は2に記載の車両用動力伝達装置。
【請求項4】
前記ミッションケース内に、前記オイルストレーナ側から前記入力軸側へ潤滑油が流動するのを部分的に制限する第2のバッフルプレートを備えたことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の車両用動力伝達装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−251620(P2012−251620A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−125596(P2011−125596)
【出願日】平成23年6月3日(2011.6.3)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】