説明

車両走行用モータの制御装置及びそれを搭載した車両

【課題】電気自動車やハイブリッド自動車いずれの場合であっても、冷間始動のバッテリ暖機のスピードアップと環境配慮に充分に対応できる車両走行用モータの制御装置及びそれを搭載した車両を提供する。
【解決手段】車両走行用駆動モータをベクトル制御するモータ制御装置であって、暖機要の場合には、(i)車両が停止中は、モータのベクトル制御のq軸電流値を零或いは、もし制動解除ならば車両がクリープ走行し得る駆動トルクが生じる電流値に設定し且つバッテリ暖機運転可能なd軸電流値を設定し、(ii)車両走行中は、車両走行に必要な要求駆動トルクに応じてq軸電流値を設定し且つq軸電流値と協働してバッテリの暖機運転を促進するd軸電流値を設定し、前記(i)及び(ii)のいずれの場合にも、d軸電流値は、バッテリ温度が低いほど増えるよう設定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両走行用駆動モータの制御装置及びそれを搭載した車両(例えば、電気自動車、ハイブリッド自動車等)に係わり、特にバッテリからベクトル制御されるモータに供給される電力を制御するモータ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、車両走行用駆動源としてモータを用いる電気自動車やハイブリッド自動車のモータ電源として、充放電可能な二次電池(以下、バッテリという)を用いることが知られている。バッテリは、バッテリ温度が低下すると、その充放電特性が低下する性質があり、冬季や寒冷地など外気温が低下する場所において、車両を長時間停止させたあとに再始動する冷間始動時には、バッテリを暖機することが好ましい。
【0003】
バッテリ暖機の従来技術としては、例えば、特許文献1では、動力源として内燃機関及び走行モータを搭載したハイブリッド自動車において、バッテリ暖機要の場合には、走行モータ制御装置のベクトル制御におけるd軸のみにモータの回転子の永久磁石の磁束を強める方向に電流(いわゆるd軸電流:磁束成分電流)を通流することで暖機を行う方法が記載されている。つまり、モータを回転させることなく電力を消費し、バッテリの放電による自己発熱によりバッテリの暖機運転を行うものである。この従来技術は、駆動源としてモータ以外に内燃機関を搭載し、少なくともいずれか一方を動力として走行が可能なハイブリッド自動車を対象としており、暖機時は内燃機関のみを動力とし、モータに関しては、ベクトル制御におけるd軸電流を通流することでバッテリ暖機を行うことで、走行とバッテリ暖機を同時に行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001-197607号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、車両駆動源がモータのみの自動車、所謂電気自動車に前記特許文献1のバッテリ暖機運転(冷間始動運転)を適用しようとする場合には、特許文献1のバッテリ暖機運転は、内燃機関の運転と走行用モータのd軸電流との併用であるので、対応できない。すなわち、特許文献1の技術を電気自動車に用いる場合には、冷間始動(バッテリ暖機が要である時)は、ベクトル制御のd軸電流のみを流すことになるので、車両の停止時は対応可能であるが、走行モード(アクセルを介してモータへの要求駆動トルクが生じるモード)では、q軸電流(トルク成分電流)を生成することになるので、d軸電流のみを流す状況を作り出すことができず対応困難となる。一方、ハイブリッド自動車についていえば、バッテリ暖機運転中は、走行用モータにはd軸電流だけを流し(q軸電流零:走行用モータは回転せず)、専ら内燃機関により車両を走行させるので、排ガス低減といった環境配慮の見地からすれば、ハイブリッド自動車の特徴を十分に生かすことができない。
【0006】
本発明は、以上の点に鑑みてなされたものであり、電気自動車やハイブリッド自動車いずれの場合であっても、上記した課題を解決して、バッテリ暖機のスピードアップと環境配慮に充分に対応できる車両走行用モータの制御装置及びそれを搭載した車両を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するために、基本的には、次のような車両走行用モータの制御装置及びそれを搭載した車両(電気自動車、ハイブリッド自動車など)を提供することにある。
(1)本発明の適用対象となる制御装置は、車両走行用駆動モータをベクトル制御するモータ制御装置であって、要求駆動トルクに応じてモータのベクトル制御に必要なモータ駆動信号を生成する制御部と、モータ駆動信号に基づき電力源となるバッテリからモータに供給される電力を制御する電力変換部とを有する。加えて、前記制御部は、前記バッテリの温度を検出するバッテリ温度検出手段の出力に基づき前記バッテリの暖機の要否を判断し、暖機要の場合には、(i)車両が停止中は、前記モータのベクトル制御のq軸電流値を零或いは、もし制動解除ならば車両がクリープ走行し得る駆動トルクが生じる電流値に設定し且つバッテリ暖機運転可能なd軸電流値を設定し、(ii)車両走行中は、車両走行に必要な要求駆動トルクに応じてq軸電流値を設定し且つq軸電流値と協働して前記バッテリの暖機運転を促進するd軸電流値を設定し、前記(i)及び(ii)のいずれの場合にも、前記d軸電流値は、バッテリ温度が低いほど増えるよう設定されている。
(2)ここで、前記制御部は、好ましくは、前記バッテリの暖機が要と判断した場合には、バッテリ温度が低いほど前記d軸電流値が増加するよう、且つ要求駆動トルクの増加により前記q軸電流値が増加するにつれて前記d軸電流値が小さくなるよう設定するとよい。
(3)前記q軸電流値と前記d軸電流値は、(イ)前記要求駆動トルク及びバッテリ温度とに対応させて予めテーブルに設定するか、或いは、(ロ)バッテリ温度検出手段の出力に基づいてバッテリの暖機に必要な要求熱量を演算し、且つモータの要求駆動トルクに応じたモータ給電量に基づいてバッテリの推定自己発熱量を演算し、要求熱量が推定自己発熱量よりも大きい場合には、その度合いに応じて増えるように設定してもよい。
(4)さらに、上記発明に関連して、上記(1)の制御装置或いは、それに上記(2)、(3)の少なくとも一つを加えた制御装置を備えた車両を提供する。また、次のような車両も提案する。
【0008】
すなわち、対象発明の車両は、ベクトル制御される車両走行用の駆動モータと、駆動モータの電力源となるバッテリと、車両の要求駆動トルクに応じて前記モータのベクトル制御に必要なモータ駆動信号を生成する制御部と、モータ駆動信号に基づき前記バッテリから前記モータに供給される電力を制御する電力変換部と、バッテリの温度を検出するバッテリ温度検出手段と、前記駆動モータおよび前記電力変換部の少なくとも一つで発生する熱を前記バッテリに供給する熱供給手段と、を備える。加えて、前記制御部は、前記モータの要求駆動トルクに応じたベクトル制御のq軸電流値、d軸電流値を設定し、前記バッテリ温度検出手段の出力からバッテリ暖機要と判断した時に、前記バッテリ温度検出手段の出力に基づいてバッテリ暖機に必要な要求熱量を演算し、前記モータの要求駆動トルクに応じたモータ給電量に基づいて前記バッテリの推定自己発熱量を演算し、且つ前記熱供給手段により前記バッテリに供給する供給熱量を演算し、前記要求熱量が前記推定自己発熱量と前記供給熱量との和よりも大きい場合には、その度合いに応じて前記ベクトル制御におけるd軸電流値を増える方向に補正することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、例えば制御対象車両が電気自動車であって、冷間始動のようにバッテリ暖機が要の場合には、車両走行に必要な(モータの要求駆動トルクに応じた)ベクトル制御のq軸電流値を設定すると共に、d軸電流値をバッテリ温度が低いほど増えるよう設定するので、電気自動車の停止、走行中のいずれの場合であっても、バッテリ暖機のスピードアップを図ることができる。また、ハイブリッド自動車に本発明を適用すれば、バッテリ暖機モードであっても、内燃機関に代わりモータを用いて走行を可能にしつつ、上記したバッテリ暖機を可能にし、電気自動車同様に環境配慮に充分に対応できるモータ制御装置及び車両を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の第1実施例に係わる車両の全体構成を示す図
【図2】第1実施例に係わるバッテリ暖機運転の全体フローチャート
【図3】第1実施例に係わるバッテリ暖機運転の電流補正処理のフローチャート
【図4】本発明の電流補正処理により設定されるベクトル制御のd軸電流、q軸電流のグラフ図
【図5】図4のグラフをテーブル化した説明図
【図6】本発明の第2の実施例の全体構成を示す図
【図7】本発明の第3実施例に係わるバッテリ暖機運転の電流補正処理の他のフローチャート
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態を、図面に示す実施例を用いて説明する。
【実施例1】
【0012】
図1は、本発明の第1実施例に係るモータ制御装置を搭載した車両の概略図であり、一例として、駆動源に車両走行用駆動モータ10を有する電気自動車の概略図を示す。
【0013】
図1の実施例に係る車両は、ECU(Electronic Control Unit)として、バッテリECU21と、モータ10を制御するモータECU(モータ制御装置)12と、車両全体の制御を行う車両ECU30とを備える。バッテリECU21は、車両用電源となるバッテリ20の端子間電圧、充放電電流、充放電電流の積算にもとづく残存量(SOC)を演算したり、バッテリ温度センサ22によるバッテリ温度などを取得したりすると共に、充放電電流などのバッテリ20の管理を行う。また、SOCなどバッテリ20に関連する情報を、車両ネットワーク3を介して他の電子制御ユニット例えば車両ECU30に出力する。また、バッテリ温度に対応してバッテリ送風ファン23に作動信号を出力する。
【0014】
車両ECU30は、車両ネットワーク3を介して取得した情報や車両ECU30に接続された外気温度センサ40、アクセルペダルセンサ13、ブレーキペダルセンサ14、車輪速センサ15の信号に基づいて、車両の制動や駆動などに関連するモータ制御信号(駆動トルク指令:要求駆動トルク)を生成する。車両ECU30で生成したモータ制御信号は、車両ネットワーク3を介して、モータECU12に出力される。
【0015】
モータECU12は、車両ECU30からの駆動トルク指令にしたがって、駆動モータ10に印加する電圧を決定する。例えば、駆動トルク指令としてのモータ制御信号がモータECU12に入力された場合、駆動トルクに応じてモータのベクトル制御におけるq軸電流値及び必要に応じたd軸電流値(後述する暖機運転時に求められるd軸電流値)を算出し、d軸およびq軸電流目標値から駆動モータ10の端子電圧を算出する。モータ制御装置は、端子電圧に相当するパルス信号(PWM信号:モータ駆動信号)をインバータ11に出力する。これらのd軸およびq軸電流値をインバータ印加用のパルス信号(PWM信号)に変換するのは、一般に電流制御器(回転座標系)、回転−静止座標変換器等を使用するが、これらは周知技術であるので、説明を省略する。
【0016】
インバータ(電力変換部)11は、モータECU12から入力されたPWM信号(モータ駆動信号)に従って、バッテリ20の直流出力を三相交流出力に変換し、この三相交流出力をモータ10に供給する。すなわち、インバータ11は、モータ駆動信号に基づき電力源となるバッテリ20からモータ10に供給される電力を制御する。このようにして、モータ10に車両走行に必要な駆動力(トルク)を発生させることができる。モータ10の駆動力は、減速機1を介して車両の駆動輪2(2a,2b)に動力を伝達され、車両を走行させることができる。
【0017】
ところで、バッテリの温度特性として、バッテリ温度が例えば0度以下のように低い場合には、バッテリから取り出せる電力が極端に低下することが知られている。したがって、寒冷地で長時間車両を停止させた後、再始動する場合には、バッテリから得られる電力が減るため、駆動性能が低下する可能性がある。そこで、モータECU12は、バッテリ温度センサ22の出力(バッテリ検出温度)に応じて、ベクトル制御におけるd軸電流値を設定(補正)する演算手段を備える。
【0018】
図2及び図3は、走行用モータ20の電流制御の演算処理を示すフローチャートであり、図2は、演算処理の全体を示すフローチャート、図3は、その一部の処理プロセスであるバッテリ暖機要求時のモータ電流設定(電流補正)処理を示すフローチャートである。
【0019】
まず、図2において、ステップS101で、車両ECU30は、各センサからの出力信号をA/D変換したり、車両ネットワーク上の情報を取り込んだりする。次に、ステップS102にて、アクセルペダルセンサ13の検出値や車両ネットワーク上の情報にもとづき、走行用の駆動モータ10が出力すべきトルクの指令値(要求駆動トルク)を演算する。ステップS103では、モータECU12が、車両ECU30からのモータの要求駆動トルク(駆動トルク指令値)を受けて、モータ10のベクトル制御におけるq軸電流値及びd軸電流値を演算する。トルク電流成分となるのは、q軸電流であり、演算されるd軸電流値(磁束電流成分)は、運転状態の状況に応じて零もあり得る。ステップS104では、バッテリの暖機が必要か否かを判断する。例えば、ステップS101で取り込んだバッテリ温度が所定値以下の場合は、ステップS104で暖機要と判断され、ステップS200に進む。暖機要か否かは、車両ECU30、モータECU12のいずれで行ってもよい。また、暖機否と判断されるとステップS105に進む。ステップS105では、本ステップ以前に設定された暖機不要の場合に算出されるd軸およびq軸電流値にもとづいて駆動モータ10の電流制御を行い、一旦本処理を終了する。
【0020】
ステップS104で暖機要と判断されステップS200に進んだ場合は、図3のフローチャートにしたがって、モータECU12がステップS103で設定したd軸およびq軸、特に少なくともd軸電流値を次のようなステップを介して補正する。
【0021】
図3では、ステップS201では、現在のバッテリ温度にもとづいてバッテリ暖機に必要な熱量(要求熱量)Wrを演算する。要求熱量Wrは、(1)式或いは(2)式で求められる。
【0022】
Wr=K(T−T) …(1)
Wr=K(T−T)+K(Tt−T) …(2)
ここで、T:バッテリ温度、T:バッテリ目標温度、T:外気温度、K,K:係数である。
【0023】
ステップS202にて、ステップS103で設定したd軸およびq軸電流でモータを駆動した場合のバッテリの自己発熱量Weを推定する。すなわち、モータの要求駆動トルクに応じたモータ給電量に基づいてバッテリの推定自己発熱量を演算する。一般に、バッテリは内部抵抗Riを有し、電流Iaを取り出すと内部抵抗による損失が熱となり、いわゆる自己発熱によりバッテリ温度が上昇する。したがって、自己発熱量は、ジュールの法則より(3)式で求められる。tは、時間である。
【0024】
We=IaRt …(3)
ステップS203にて、ステップS201とS202で算出した要求発熱量Wrと推定自己発熱量Weを比較し、自己発熱量が要求発熱量以上の場合(Wr<=We)には、ステップS203にて暖機否と判断され、本処理を一旦終了する。この場合には、既述したステップ103で求められた暖機補正のないd軸、q軸電流により、ステップS105の電流制御が実行される。
【0025】
ステップS203にて暖機要と判断された場合(Wr>We)には、ステップS204に進む。
【0026】
ステップS204では、要求発熱量と推定自己発熱量との差W(=Wr−We)を演算し、ステップS205にて、Wに基づいてバッテリから取り出す目標総電流Iaを演算する。この場合の目標総電流Iaは、モータの要求駆動トルクと暖機とを加味したものであり、(4)式で求められる。
【0027】
Ia=K(Wr−We) …(4)
:係数である。
目標総電流Iaは、ベクトル制御のd軸電流idとq軸電流iqとの関係でIa2=id2+iq2であり、具体的には、図4を用いて、この後に述べることにする。ステップS206では、例えば下記(5)式により、目標総電流Iaからd軸電流値(i)を設定し、本処理を一旦終了する。
【0028】
【数1】

【0029】

この場合のd軸電流値は、暖機のための補正が行われたものとなる。
【0030】
なお、図2および図3の処理は、所定の周期で繰り返し実行される。
【0031】
図4は、バッテリ温度によって設定される目標総電流Iaにおいて、駆動要求に対するd軸およびq軸電流値を模式的に示したものである。
【0032】
図4において、縦軸はバッテリ温度Tに依存して設定される目標総電流Iaを示し、横軸はモータの要求駆動トルクDである。Tは、外気温度を加味してもよい。また、idは本実施例のモータ電流制御(ベクトル制御)により実行されるd軸電流特性を示し、iqはq軸電流特性を示す。縦軸に示されるバッテリ温度T1、T2、T3は、T1>T2>T3の関係にあり、バッテリ温度T1、T2、T3で求められた総電流Ia1、Ia2、Ia3は、バッテリ暖機運転時にIa1<Ia2<Ia3の関係にある。すなわち、バッテリ暖機が必要とされる冷間温度Tは、温度が低いほど目標総電流Iaが大きくなるように設定してある。q軸電流値iqは、要求駆動トルクDに応じて変化する線形特性(iq=KqD、Kq:係数)を示す。一方、d軸電流値idは、目標総電流Iaと要求駆動トルクD(q軸電流値iq)との関係(Ia2=iq2+id2)で、要求駆動トルクD(q軸電流値iq)が増すにつれて次第に減少する曲線(id=√(Ia2−(KqD)2))となる。横軸に示される要求駆動トルクD1、D2、D3(D1<D2<D3)は、バッテリ温度T1、T2、T3の場合でも、q軸電流値だけで暖機運転も賄えられる要求駆動トルクである。
【0033】
例えば、バッテリ温度がT1の場合、目標総電流はIa1にセットされる。このとき、要求駆動トルクDに応じたq軸電流iqが設定され、それにもとづき、d軸電流id1がセットされる。この場合、要求駆動トルク零(車両停止中)のときは、q軸電流値iqは零となるので、d軸電流id1は,目標総電流Ia1に設定される(id1=Ia1)。また、要求駆動トルクDが零以上で要求駆動トルクD1に至らない場合には、d軸電流id1は,目標総電流Ia1とq軸電流iqから(5)式にしたがい決定される。また、T1よりも低い温度のT2やT3の場合は、目標総電流がIa2またはIa3(Ia1<Ia2<Ia3)にセットされる。この場合には、同一要求駆動トルクD(同一q軸電流値)であっても、バッテリ温度が低いほどd軸電流が増えるように補正される。また、バッテリ暖機運転時にバッテリ温度Tが次第に上昇するにつれて、使用するd軸電流値特性曲線idもそれに対応する曲線に移行する。例えばT3からT2に上昇する場合には、id3からid2に移行する。
【0034】
すなわち、本実施例では、バッテリの暖機の要否を判断し、暖機要の場合には、(i)車両が停止中は、q軸電流値iqを零に設定し且つバッテリ暖機運転可能なd軸電流値を設定し、(ii)車両走行中は、車両走行に必要な要求駆動トルクDに応じてq軸電流値iqを設定し且つiqと協働してバッテリの暖機運転を促進するd軸電流値idを設定する。そして、(i)及び(ii)のいずれの場合にも、目標総電流Iaの中でd軸電流値は、バッテリ温度が低いほど増えるよう設定されており、且つ要求駆動トルクの増加により前記q軸電流値が増加するにつれて前記d軸電流値が小さくなるよう設定されている。
【0035】
このように、モータの要求駆動トルクDとバッテリ20の温度に応じてd軸電流、q軸電流を設定するので、車両停止中及び走行中いずれの場合にも、モータのベクトル制御におけるd軸電流値をバッテリ暖機対応に補正することができる。
【0036】
したがって、電気自動車の停止、走行中のいずれの場合であっても、バッテリ暖機のスピードアップを図ることができる。
【0037】
さらに、本実施例によれば、バッテリ温度から求めた暖機に必要な熱量と、モータの駆動のための給電量(主としてベクトル制御のq軸電流)から求めたバッテリの自己発熱量とに応じて、ベクトル制御のd軸電流を増減補正するため、d軸電流の補正精度の高いバッテリ暖機運転を行いつつ車両の走行を可能にし、エネルギ効率を配慮してバッテリの暖機時間を短縮するモータ制御装置を提供することができる。
【0038】
また、主に駆動力に関連するq軸電流のみで必要な発熱量を確保できる場合には、d軸電流は通流しないため、不要なエネルギ消費を抑制することができる。
【0039】
なお、本実施例では、数式(4)、(5)を用いて、ベクトル制御の目標総電流やd軸電流を設定しているが、これに代わり、図4のグラフをテーブル化することで、すなわち、図5に示すようにq軸電流値とd軸電流値を、要求駆動トルク及びバッテリ温度とに対応させて予めテーブルに設定することで、求めることができる。この場合、必要に応じて、iq線形関数やid曲線関数を利用した補間法(内挿法)を併用することも可能である。
【0040】
本実施例では、電気自動車を一例に説明したが、暖機時のモータ電流制御(d軸電流、q軸電流制御)については、ハイブリッド自動車のモータ制御装置において適用可能である。すなわち、従来は、ハイブリッド自動車では、特許文献1に示すようにd軸電流のみの通流制御と内燃機関の運転を併用させていたが、これに代えて暖機運転時は、ハイブリッド自動車のモータ制御を図1〜図5に示す構成及びフローチャート或いは必要に応じてテーブルを利用することで、暖機運転時の排気ガスをなくし且つ暖機停止のみならず暖機走行も可能とする車両を提供することができる。
【0041】
なお、以下に述べる実施例においても電気自動車及びハイブリッド自動車いずれにも適用できるものである。
【実施例2】
【0042】
図6は、本発明の第2実施例に係るモータ制御装置を搭載した車両の概略図である。実施例では、バッテリ暖機をd軸電流、q軸電流のバッテリ自己発熱だけでなく、モータやインバータの発熱も利用できるようにした実施例である。
【0043】
図6の構成のうち、図1と同一の符号を付した部分については同一機能であるため、説明を省略する。本実施例では、図1の車両は、第1実施例同様のバッテリECU21、モータECU12、車両ECU30を備える。
【0044】
本実施例では、実施例1同様のd軸電流、q軸電流を利用したバッテリ自己発熱によるバッテリ暖機だけでなく、車両駆動モータ10やインバータ11において発生した熱を冷却水および空気を介してバッテリ20に移動させて、バッテリ20の暖機を行っている。
【0045】
したがって、本実施例の車両は、図1の構成要素にくわえて、さらに、駆動モータ10やインバータ11の冷却のための冷却水回路(冷却システム)を備えている。図6において、冷却水回路を破線で示している。
【0046】
冷却水回路は、ウォータポンプ60によって冷却水が循環する閉回路となっている。すなわち、ウォータポンプ60によって、循環冷却水がインバータ11および駆動モータ10内部のウォータジャケットへ送られる。駆動モータ10を通流した冷却水は、冷却水路101、102を通り、ラジエータ61に流入する。ラジエータ61は、高温の冷却水を冷却する熱交換機であり、ラジエータ61を流れる冷却水を外気との熱交換により冷却する。ラジエータ61を流出した冷却水は、冷却水路103を流れる。
【0047】
サーモスタット62は、冷却水の温度により流路を切り替える機能を有しており、冷却水の温度が低い場合には、ラジエータ側冷却水路を閉じ、冷却水路101と103を連通する。これにより、ラジエータ61における熱交換が行われなくなり、暖機が必要な場合に直ぐに冷却水温を上昇させることができる。
【0048】
冷却水路103を流れる冷却水は、冷却水路104を通り、ヒータコア64を経由し、再びウォータポンプ60に戻る。
【0049】
ヒータコア64は、ラジエータ61と同様の熱交換機で、ブロアファン67により空気を送風することで、冷却水の熱を空気を介して車室内の暖房用熱源となる。
【0050】
流路調整バルブ66は、温度制御ユニット50の信号にしたがって、冷却水路104と105を切り替えることができる。したがって、車室内の暖房が必要な場合であって、冷却水温が低い場合には、ヒータコア64側への冷却水路を閉じることで、冷却水の温度を上昇させ、車室内に不必要に冷気を送ることを防止する。
【0051】
ヒータコア64は、車室内に配置される図示しない車両用空調装置の内部であって、エバポレータ65よりもブロアファン67による空気の流れの下流に配置される。
【0052】
温度制御ユニット50は、冷却水や車室内の温度制御を行う電子制御ユニットで、冷却水の温度を検出する冷却水温度センサ42および車室内の温度を検出する室内温度センサ41の信号が入力される。また、冷却水温、車室内温度、外気温などの信号や車両制御ECU30からの信号により、冷却水温を制御するため、ウォータポンプ60や、流路調整バルブ66、ブロアファン67に対して作動信号を出力する。
【0053】
また、バッテリ送付ファン23により、冷却水の熱を空気によりバッテリ20に輸送することができる。
【0054】
本実施例も図3、図4同様のフローチャートによりモータ10のベクトル制御が行なわれるが、次の点で第1実施例とは若干異なる。すなわち、図3に示したフローチャートの電流補正処理のステップS202において、第1実施例では、バッテリの推定発熱量Weをバッテリ自己発熱量から求めているが、本実施例では、推定発熱量Weのバッテリ自己発熱量に加えて、駆動モータ10およびインバータ11において発生する熱を考慮することで、第2実施例の構成であっても図3のフローチャートにしたがって処理をし、d軸電流値を補正する。
【0055】
すなわち、本実施例では、第1実施例同様に、バッテリ暖機要と判断した時に、バッテリ温度センサ22の出力に基づいてバッテリ暖機に必要な要求熱量Wrを演算し、モータの要求駆動トルクに応じたモータ給電量に基づいてバッテリの推定自己発熱量Weを演算し、且つ熱供給手段(モータ及びインバータ冷却水系)によりバッテリ20に供給する供給熱量Whを演算し、要求熱量Wrが推定自己発熱量Weと供給熱量whとの和よりも大きい場合には、その度合いに応じてベクトル制御におけるd軸電流値を増える方向に補正する。
【0056】
本実施例の構成においては、バッテリ暖機のための熱源として、バッテリ自己発熱と、駆動モータ10およびインバータ11において発生する熱を利用することができるため、暖機能力の向上が図れる。また、冷却水の熱を利用することで、d軸電流による電力消費を低減することができる。また、モータやインバータから生じる熱を回収しバッテリ暖機を行う場合には、モータやインバータにおける発熱量に応じてd軸電流を制御するため、より効率的にバッテリの暖機運転を行うことができる。
【0057】
特に、モータはインバータの排熱回収装置(冷却水系)の残存熱量によって、d軸電流による暖機運転を行うか否かを判断するため、例えば、再始動時などに不必要なエネルギ消費を抑制することができる。
【実施例3】
【0058】
図7は、本発明の第3実施例に係わる車両に適用されるバッテリ暖機運転時のモータ電流制御を示すフローチャートである。
【0059】
本実施例の車両構成は、第1実施例同様の構成をなすものであり、第1実施例同様に暖機運転時にバッテリ温度と要求駆動トルク信号に応じてd軸電流制御及びq軸電流制御を行なうものであるが、第1実施例と異なる点は、車両停止時において、モータECU12は、d軸電流のみの暖機運転だけでなく、q軸電流も零とせず、もし制動解除ならば車両がクリープ走行し得る駆動トルクが生じるq軸電流値に設定する。
【0060】
以下、そのようなモータ制御について、図7のフローチャートにより説明する。図7のフローチャートにおいて、図3に示すフローチャートと同一符号は同一機能(同一ステップ)の処理を示すため、説明を省略する。
【0061】
従来のハイブリッド自動車や電気自動車は、車両停止時にブレーキペダルを踏んだ状態では、エネルギ消費を抑制するため、エンジンやモータを停止する。逆に、ブレーキペダルを離し、かつアクセルペダルも離した状態では、所定の駆動力(要求駆動トルク)が発生し、クリープ走行状態となる。つまり、車両停止状態でかつブレーキペダルを踏んだ状態では、駆動モータ10やインバータ11での電力消費が少なく、バッテリ20の自己発熱も少なくなる。
【0062】
これに対して、本実施例の図7のフローチャートでは、バッテリ暖機要求があり、ステップS201〜S205の非暖機の目標総電流演算処理を行った後、ステップS207にて車両停止状態で、かつブレーキペダルセンサ14(図1参照)の信号にもとづき、ブレーキペダルが踏まれているか否かを判断する。車両停止情報は、図1に示すアクセルペダル13の開度(踏量)が零の情報と車輪速センサ15からの速度零からの情報から、車両ECU30により検出される。ステップS207にて車両停止且つ制動状態が否定判断されると、図3の処理と同様に、d軸電流のみを補正し、一旦本処理を終了する。一方、肯定判断されると、その情報がモータECU12に送られて、モータECU12によりクリープ走行時の駆動トルクに相当するq軸電流を設定し、ステップS206にて(5)式にもとづきd軸電流値を補正し、一旦本処理を終了する。
【0063】
以上のように、車両停止状態で、かつ運転者がブレーキを踏んでいる場合には、もしブレーキ解除したならばクリープ走行し得る程度の駆動トルクを出力できるq軸電流を設定し、かつバッテリ暖機促進のd軸電流を流すことで、バッテリ20の暖機をすぐに行うことができる。また、本実施例によれば、次のような利点を有する。
【0064】
バッテリ暖機が必要な低温下では、バッテリの放電性能が本来の性能に比べて低くなっており、バッテリの瞬発力(瞬時に取り出せる電流量)は、適温下と比較して劣るため、例えば、ブレーキを踏んで停車していて、ブレーキからアクセルに踏み変え、加速する場合、必要な電流量を取り出すのに僅かながら時間を要し、加速感が悪くなるおそれがある。したがって、暖機が必要な状況では、本実施例のようにブレーキを踏んで停車している状態であっても、所定の駆動力(クリープ走行相当の要求駆動トルク)を発生した状態にしておくことで、加速感の悪化を抑制する効果が得られ、かつ暖機を速やかに行うことができる。
【0065】
以上の実施例においては、電流補正手段により設定するd軸およびq軸電流値は、バッテリ20の自己発熱量や、暖機に必要な要求熱量により算出するが、車両や機器の保護の観点から、例えば、バッテリ残容量(SOC)や劣化度(SOH)などにもとづいて、補正することもできる。また、バッテリ自己発熱のために、過度に電流を取り出し過ぎるとバッテリを劣化させる場合もあるため、取り出す電流に制限を設けるなどしてもよい。
【符号の説明】
【0066】
1…減速機、2…駆動輪、3…車両ネットワーク、10…駆動モータ、11…インバータ、12…モータECU、13…アクセルペダルセンサ、14…ブレーキペダルセンサ、15…車輪速センサ、20…バッテリ、21…バッテリECU、22…バッテリ温度センサ、23…バッテリ送風ファン、30…車両制御ECU、40…外気温センサ、41…室温センサ、42…冷却水温度センサ、50…温度制御ユニット、60…ウォータポンプ、61…ラジエータ、62…サーモスタット、64…ヒータコア、65…エバポレータ、66…流路調整バルブ、67…ブロアファン。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両走行用の駆動モータをベクトル制御するモータ制御装置であって、要求駆動トルクに応じて前記モータのベクトル制御に必要なモータ駆動信号を生成する制御部と、前記モータ駆動信号に基づき電力源となるバッテリから前記モータに供給される電力を制御する電力変換部とを有する車両走行用モータの制御装置において、
前記制御部は、前記バッテリの温度を検出するバッテリ温度検出手段の出力に基づき前記バッテリの暖機の要否を判断し、暖機要の場合には、(i)車両が停止中は、前記モータのベクトル制御のq軸電流値を零或いは、もし制動解除ならば車両がクリープ走行し得る駆動トルクが生じる電流値に設定し且つバッテリ暖機運転可能なd軸電流値を設定し、(ii)車両走行中は、車両走行に必要な要求駆動トルクに応じてq軸電流値を設定し且つq軸電流値と協働して前記バッテリの暖機運転を促進するd軸電流値を設定し、前記(i)及び(ii)のいずれの場合にも、前記d軸電流値は、バッテリ温度が低いほど増えるよう設定されていることを特徴とする車両走行用モータの制御装置。
【請求項2】
前記制御部は、前記バッテリの暖機が要と判断した場合には、バッテリ温度が低いほど前記d軸電流値が増加するよう、且つ要求駆動トルクの増加により前記q軸電流値が増加するにつれて前記d軸電流値が小さくなるよう設定する請求項1記載の車両走行用モータの制御装置。
【請求項3】
前記q軸電流値と前記d軸電流値は、前記要求駆動トルク及びバッテリ温度とに対応させて予めテーブルに設定されている請求項1又は2記載の車両走行用モータの制御装置。
【請求項4】
前記制御部は、バッテリ暖機要と判断した時に、前記バッテリ温度検出手段の出力に基づいてバッテリの暖機に必要な要求熱量を演算し、且つ前記モータの要求駆動トルクに応じたモータ給電量に基づいて前記バッテリの推定自己発熱量を演算し、前記d軸電流値は、前記要求熱量が前記推定自己発熱量よりも大きい場合には、その度合いに応じて増えるように設定されている請求項1又は2記載の車両走行用モータの制御装置。
【請求項5】
ベクトル制御される車両走行用の駆動モータと、
前記駆動モータの電力源となるバッテリと、
前記バッテリの温度を検出するバッテリ温度検出手段と、
請求項1ないし4のいずれか1項に記載されるモータ制御装置と、を備えることを特徴とする車両。
【請求項6】
ベクトル制御される車両走行用の駆動モータと、前記駆動モータの電力源となるバッテリと、車両の要求駆動トルクに応じて前記モータのベクトル制御に必要なモータ駆動信号を生成する制御部と、前記モータ駆動信号に基づき前記バッテリから前記モータに供給される電力を制御する電力変換部と、前記バッテリの温度を検出するバッテリ温度検出手段と、前記駆動モータおよび前記電力変換部の少なくとも一つで発生する熱を前記バッテリに供給する熱供給手段と、を備える車両において、
前記制御部は、前記モータの要求駆動トルクに応じたベクトル制御のq軸電流値、d軸電流値を設定し、前記バッテリ温度検出手段の出力からバッテリ暖機要と判断した時に、前記バッテリ温度検出手段の出力に基づいてバッテリ暖機に必要な要求熱量を演算し、前記モータの要求駆動トルクに応じたモータ給電量に基づいて前記バッテリの推定自己発熱量を演算し、且つ前記熱供給手段により前記バッテリに供給する供給熱量を演算し、前記要求熱量が前記推定自己発熱量と前記供給熱量との和よりも大きい場合には、その度合いに応じて前記ベクトル制御におけるd軸電流値を増える方向に補正することを特徴とする車両。
【請求項7】
前記制御部は、制御対象となる電気自動車の制動情報と停止情報を入力して、車両が制動状態で停止しているか否か判断し、前記バッテリが暖機要の下で前記車両が制動状態で停止していると判断した時には、制動解除であればクリープ走行となり得る程度の駆動トルクが生じるq軸電流値を設定するのに加えて前記d軸電流値の補正を行う請求項7記載の車両。
【請求項8】
前記制御部は、前記熱供給手段の温度が設定値以上の場合には、前記d軸電流値の補正を行わない請求項7記載の車両。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−165526(P2012−165526A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−22919(P2011−22919)
【出願日】平成23年2月4日(2011.2.4)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】