説明

軟磁性薄膜の製造方法

【解決手段】Coイオンと2価のFeイオンとを含む電気めっき液を用いて電気めっきを行い、主成分としてCoとFeとを含有する合金からなる軟磁性薄膜を製造するに際し、被めっき物を陰極としてこれに上記合金を析出させるパルス電流と被めっき物を陽極とするパルスリバース電流とを交互に与えるパルスリバース電析法にて電気めっきを行う。
【効果】高飽和磁束密度で低保磁力の軟磁性薄膜を熱処理なしで容易に製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主成分としてCoとFeとを含有する軟磁性薄膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
軟磁性薄膜は、薄膜磁気ヘッドや薄膜インダクタ、薄膜トランスなどの電子工業分野で用いられる電子部品に幅広く用いられている。特に、薄膜磁気ヘッドにより高密度磁気記録を行うためには、記録ビットの縮小化が必要となり、そのためには薄膜磁気ヘッドが強い書き込み磁界を発生するものであることが必要であるため、薄膜磁気ヘッドに用いられる軟磁性薄膜は高い飽和磁束密度(Bs)を有する軟磁性材料を用いて形成する必要がある。また、薄膜インダクタ、薄膜トランスにおいても、小型化及び薄膜化を実現するために、薄膜磁気ヘッド同様高い飽和磁束密度を有する軟磁性材料が求められている。
【0003】
高飽和磁束密度を有する磁性薄膜としては、例えば、下記特許文献1には、電気めっき法により飽和磁束密度が1.7〜2.1TであるCoNiFe軟磁性薄膜を製造する方法が、下記特許文献2には、電気めっき法により飽和磁束密度が2〜2.3TであるCoFeNi軟磁性膜を製造する方法が示されている。
【0004】
近年、磁気記録の高密度化などを目的として、軟磁性薄膜として従来使用されてきたNiFeを主成分とする合金又はCoNiFeを主成分とする合金に比べて高い飽和磁束密度を有するCoFeを主成分とする合金を用いることが検討されている。
【0005】
CoFe合金の飽和磁束密度に関しては、下記非特許文献1に詳細に示されており、理論的には、その組成が、ほぼ5at%≦Co≦70at%、30at%≦Fe≦95at%のときに、飽和磁束密度が2.2T以上となり、特に、Coが約35at%、Feが約65at%のときに、最も飽和磁束密度が高く、約2.4Tとなることが示されている。また、下記非特許文献2には、電気めっき法によって形成されたCoが約90at%、Feが約10at%のCoFe合金膜の飽和磁束密度が、ほぼ1.9Tであることが記載されている。
【0006】
一方、下記非特許文献3には、Coが約35at%、Feが約65at%のCoFe合金膜が示されている。しかしながら、この膜は、最も高い飽和磁束密度を示すとされる組成を有するにもかかわらず、その飽和磁束密度は約2.0Tであり、期待される高い飽和磁束密度が達成できていない。
【0007】
このような点に鑑み、本出願人は、先に
「主成分としてCoとFeとを含有する合金からなる軟磁性薄膜を製造する方法であって、陰極室と、隔膜又は塩橋によってこの陰極室と電荷移動可能に但しFeイオンの透過を阻止するように隔離された陽極室とを有するめっき槽を使用し、上記陰極室にCoイオンと2価のFeイオンとを含むめっき液を収容し、このめっき液に被めっき物を浸漬すると共に、上記陽極室に電解液を収容し、この電解液にアノードを浸漬して電気めっきすることを特徴とする軟磁性薄膜の製造方法。」
について提案した(特開2004−218068号公報)。
【0008】
この方法によれば、Bsが2.4Tの軟磁性薄膜を容易に得ることができ、この場合、パルス電流を用いて電気めっきすることで、結晶性のよい薄膜が得られる。また、上記方法によって得られたままの薄膜は、保磁力(Hc)が約15Oeであり、軟磁性特性の点で劣るが、この薄膜を400℃で熱処理することにより、Hcが10Oe以下となり、このように熱処理を行うことで高い飽和磁束密度を維持したまま低保磁力化が可能である。
【0009】
しかし、400℃というような熱処理温度は、磁気記録ヘッドの製造プロセスなどにおいて、他の部品に悪影響を及ぼすおそれがあり、このため、熱処理なしでも高Bs,低Hcを有する軟磁性薄膜を得る方法が望まれた。
【0010】
【特許文献1】特許第2821456号公報
【特許文献2】特開2000−322707号公報
【特許文献3】特開2004−218068号公報
【非特許文献1】R.M.Bozorth著,“Ferromagnetism”,D. Van Nostrand Co. Inc., N.Y.,1951年
【非特許文献2】IEEE. Trans. Magn.,1987年,第23巻,p.2981
【非特許文献3】IEEE. Trans. Magn.,2000年,第36巻,p.3479
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記要望に応えたもので、主成分としてCoとFeとを含有する合金からなり、高い飽和磁束密度と低い保磁力を有する軟磁性薄膜を熱処理なしで得ることができる軟磁性薄膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意検討を行った結果、Coイオンと2価のFeイオンとを含む電気めっき液を用いて軟磁性薄膜を製造するに際し、パルス電気めっきを行うこと、この場合、パルス電流の付与が休止されているいわゆる休止時間において、電流値を0にするのではなく、逆パルス電流(パルスリバース電流)を与えること、即ちカソード電流を慣例に従ってプラス、アノード電流をマイナスで示すと、パルス電流(プラスの電流)が付与されていない休止時間にマイナスの電流を付与することが有効であり、このような休止時間にパルスリバース電流を与えるパルスリバース電析法を採用することにより、析出したままの状態で熱処理を行わなくとも2.2〜2.4T程度の高い飽和磁束密度Bsを有すると共に、10Oe以下の低い保磁力Hcを有するCoFe合金からなる軟磁性薄膜が得られることを見出し、本発明をなすに至ったものである。
【0013】
従って、本発明は、Coイオンと2価のFeイオンとを含む電気めっき液を用いて電気めっきを行い、主成分としてCoとFeとを含有する合金からなる軟磁性薄膜を製造するに際し、被めっき物を陰極としてこれに上記合金を析出させるパルス電流と被めっき物を陽極とするパルスリバース電流とを交互に与えるパルスリバース電析法にて電気めっきを行うことを特徴とする軟磁性薄膜の製造方法を提供する。
【0014】
この場合、パルス電流密度ipに対するパルスリバース電流密度iprの割合の絶対値|ipr/ip|が0.05〜0.3であり、パルス電流付与時間tonとパルスリバース電流付与時間toffとの合計時間Tが0.002〜0.1秒であり、上記合計時間Tに対するパルス電流付与時間tonの割合ton/Tが0.1〜0.8であることが好ましく、また、パルス電流密度ipが10〜100mA/cm2であり、パルスリバース電流密度iprが−5〜−20mA/cm2であることが好ましい。なお、本発明においては、溶解電流をマイナス、析出電流をプラスで示す。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高飽和磁束密度で低保磁力の軟磁性薄膜を熱処理なしで容易に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明に係る軟磁性薄膜の製造方法は、Coイオンと2価のFeイオンとを含む電気めっき液を用いてパルスリバース電析法によって電気めっきを行うものである。
【0017】
ここで、本発明の方法に用いるめっき液としては、Coイオンと2価のFeイオンとを含むものを用いる。これらの金属イオンの供給源としては、水溶性コバルト塩、水溶性鉄(II)塩を用いることが好ましく、Co又はFe(2価)の硫酸塩、塩化物、スルファミン酸塩、酢酸塩、硝酸塩などの水溶性塩を用いることができる。めっき液中の金属イオン濃度は、所用の磁気特性が得られるように選択すればよく、特に限定されないが、各々の金属塩濃度を0.01〜1.5mol/dm3、特に0.01〜0.3mol/dm3、とりわけ0.01〜0.1mol/dm3とすることが好ましく、また、総金属イオン濃度としては0.02〜3.0mol/dm3、特に0.02〜0.6mol/dm3、とりわけ0.02〜0.2mol/dm3とすることが好ましい。
【0018】
また、上記めっき液には、塩化アンモニウム等の導電性塩、ホウ酸等の緩衝剤、ドデシル硫酸ナトリウム、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム等の界面活性剤を常用量で添加することができる。
【0019】
一方、応力緩和剤、光沢剤として用いられるサッカリン等のイオウを含有する化合物は添加しないことが望ましい。これらを用いると膜中にイオウの共析が起き、耐食性の劣化が懸念されるためである。
【0020】
なお、上記めっき液は、空気中に曝されることにより溶液に溶け込んだ酸素により、わずかながら酸化する可能性があるが、これを抑制する目的で、軟磁性薄膜の飽和磁束密度等の磁気特性に影響を与えない程度に、アスコルビン酸、次亜リン酸、トリメチルアミンボラン、ジメチルアミンボラン、チオ尿素、あるいはそれらの塩、誘導体などの還元剤を添加することができる。この場合、上記還元剤の添加量は、還元剤の種類により適宜決定されるが、0.01mol/dm3以下とすることが好ましい。
【0021】
本発明のめっき液のpHは酸性から弱酸性であることが好ましく、pH=1〜6、特にpH=1.8〜4とすることが好ましい。また、めっき浴の温度は、5〜30℃が望ましい。
【0022】
本発明の方法において、被めっき物としては、薄膜磁気ヘッド、薄膜インダクタ、薄膜トランスなどの電子部品において、軟磁性薄膜を形成する公知の素地基板を用いることができ、素地基板が金属の場合はそのままで、ガラス基板等の非導電材料の場合は、予めスパッタリングや無電解めっき等により被めっき面に導電膜等を設けて用いることができる。
【0023】
また、本発明の方法においては、回転ディスク電極(RDE)やパドル装置等を用いて定量的に撹拌しながらめっきすることが望ましい。また、被めっき物を回転又は揺動させてめっきすることもできる。但し、エアバブリングによる撹拌はめっき液の酸化を引き起こすおそれがあるため避けた方がよい。なお、めっきにより製造する軟磁性薄膜の膜厚は、0.01〜10μm、特に0.1〜1μmとすることが好ましい。
【0024】
更に、本発明の方法として、めっき槽にめっき液を収容し、このめっき液に被めっき物とアノードとを各々浸漬し、被めっき物とアノードとの間に電流を流して被めっき物に軟磁性薄膜を形成する方法を採用し得る。この場合、アノードとしては白金、チタン、カーボン等の不溶性アノードであってもよいが、溶解性アノードを用いることが好ましい。
【0025】
このように、溶解性アノードを用いることにより、めっき中にアノードが溶解し、これによりアノードがめっき液と接していてもアノードによりめっき液中の2価のFeイオンが酸化されることがない。従って、製造される軟磁性薄膜には2価のFeイオンが酸化されることにより生成した3価のFeイオンに由来する水酸化物等が取り込まれることがなく、理論値に極めて近い飽和磁束密度を有する軟磁性薄膜を製造することができる。
この場合、溶解性アノードとしては、コバルト、鉄又はこれらの合金が好ましい。
【0026】
あるいは、陰極室と、隔膜又は塩橋によってこの陰極室と電荷移動可能に但しFeイオンの透過を阻止するように隔離された陽極室とを有するめっき槽を使用し、上記陰極室にCoイオンと2価のFeイオンとを含むめっき液を収容し、このめっき液に被めっき物を浸漬すると共に、上記陽極室に電解液を収容し、この電解液にアノードを浸漬して電気めっきを行うようにしてもよい。
【0027】
本発明においては、上記のめっき浴組成、めっき条件において、パルスリバース電析法を採用して電気めっきを行うものである。このパルスリバース電析法は、図1に示したように、まず被めっき物を陰極としてCoFe合金を析出させるパルス電流(プラスの電流)と被めっき物を陽極とするパルスリバース電流(マイナスの電流)を交互に与えるもので、パルスリバース電流が与えられた場合は、電析したCoFe合金が溶解するように作用するものである。
【0028】
この場合、パルス電流密度をip、パルスリバース電流密度をiprとすると、それらの割合の絶対値|ipr/ip|は0.05〜0.3、特に0.1〜0.2であることが本発明の目的を達成する上で好ましく、また、パルス電流付与時間をton、パルスリバース電流付与時間をtoff、tonとtoffとの合計時間をT(=ton+toff)とすると、Tを0.002〜0.1秒、特に0.005〜0.02秒とし、ton/Tを(デューティー比γ)を0.1〜0.8、特に0.2〜0.4とすることが、同様に本発明の目的を達成する上で好ましい。
【0029】
更に、ipは10〜100mA/cm2、特に50〜90mA/cm2、とりわけ60〜80mA/cm2、iprが−5〜−20mA/cm2、特に−8〜−18mA/cm2、とりわけ−15〜−18mA/cm2であることが好ましい。
【0030】
本発明の軟磁性薄膜は、CoとFeとを主成分として含有する合金からなるものであるが、特に、CoとFe以外の成分を実質的に含まないものであることが好ましい。しかしこれに限定されるものではなく、その他の金属成分を含有するものでもよい。例えば、保磁力を小さくする目的でNiを添加したり、軟磁性薄膜の耐食性を向上したり、硬度を変化させたりする目的で、W、Mo、Cr等の非磁性金属元素を共析させて含有させることもできる。この場合は、前述のめっき液中に所望の金属元素を含むイオン、又は金属元素を含むオキソ酸もしくはオキソ酸塩を添加してめっきすればよい。
【0031】
ここで、本発明の方法によれば、CoとFeとを主成分とする合金からなる軟磁性薄膜を効率よく製造し得るものであるが、特に、Co及びFeの含有量が5at%≦Co≦70at%、30at%≦Fe≦95at%の範囲である軟磁性薄膜を製造する場合に好適であり、この場合、飽和磁束密度が2.0T以上、特に2.1T以上、とりわけ2.2T以上の軟磁性薄膜を製造することができる。
【0032】
また、本発明の方法は、Co及びFeの含有量が30at%≦Co≦50at%、50at%≦Fe≦70at%の範囲である軟磁性薄膜を製造する場合に更に好適であり、この場合、飽和磁束密度が2.3T以上、特に2.35T以上、とりわけ2.4T程度の軟磁性薄膜を製造することができる。
【0033】
更にこの場合、本発明によれば、熱処理なしで保磁力Hcが10Oe以下、特に8Oe以下、とりわけ6Oe以下で、1Oe前後の保磁力を、達成し得るものである。
【実施例】
【0034】
以下、実施例と比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0035】
[実施例、比較例]
下記に示す浴組成、めっき条件にてコバルト・鉄めっきを行った。この場合、軟磁性薄膜を成膜する基板として、銅箔、及びガラス板上にパーマロイ(100nm)/Ti(10nm)をスパッタしたものを用いた。また、成膜にはパドル装置を用い、パルスリバース電析法によって行った。なお、下記において、カソード電流を慣例に従ってプラス、アノード電流をマイナスで示す。
【0036】
浴組成
3BO3 0.40mol/dm3
NH4Cl 0.40mol/dm3
CoSO4・7H2O 0.05mol/dm3
FeSO4・7H2O 0.05mol/dm3
トリメチルアミンボラン 0.0005mol/dm3
ラウリル硫酸ナトリウム 0.01g/dm3
成膜条件
浴pH 2.3
浴温 室温
撹拌(回転速度) 150rpm
アノード Co
電流 図1に示すパルスリバース条件
パルスリバース条件(図1参照)
時間T 0.01秒
パルス電流密度ip 75mA/cm2
パルスリバース電流密度ipr 0〜−20mA/cm2
デューティー比γ 0.3
【0037】
上記の方法、条件で得られたCoFe合金について、飽和磁束密度Bs(T)及び保磁力Hc(Oe)を測定した。結果を図2,3に示す。なお、Bs,Hcは振動試料型磁力計(VSM)を用いて測定した。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】パルス電流波形を示す。
【図2】Bs値とiprとの関係を示すグラフである。
【図3】Hc値とiprとの関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Coイオンと2価のFeイオンとを含む電気めっき液を用いて電気めっきを行い、主成分としてCoとFeとを含有する合金からなる軟磁性薄膜を製造するに際し、被めっき物を陰極としてこれに上記合金を析出させるパルス電流と被めっき物を陽極とするパルスリバース電流とを交互に与えるパルスリバース電析法にて電気めっきを行うことを特徴とする軟磁性薄膜の製造方法。
【請求項2】
パルス電流密度ipに対するパルスリバース電流密度iprの割合の絶対値|ipr/ip|が0.05〜0.3であり、パルス電流付与時間tonとパルスリバース電流付与時間toffとの合計時間Tが0.002〜0.1秒であり、上記合計時間Tに対するパルス電流付与時間tonの割合ton/Tが0.1〜0.8である請求項1記載の軟磁性薄膜の製造方法。
【請求項3】
パルス電流密度ipが10〜100mA/cm2であり、パルスリバース電流密度iprが−5〜−20mA/cm2である請求項1又は2記載の軟磁性薄膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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