説明

転がり摺動部材およびその製造方法

【課題】高い耐摩耗性および耐焼付き性を発揮する転がり摺動部材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】
円筒ころ軸受1の内輪10の鍔面15aおよび外輪20の鍔面23aを、硬質クロムめっき層15,25で構成し、この硬質クロムめっき層15,25に塑性加工を施して、当該硬質クロムめっき層15,25に生じた亀裂を押し潰した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり摺動部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一対の軌道輪の相互間に複数個のころを配置したころ軸受では、軌道輪の鍔面と、ころの端面との接触部分で、すべり接触が生じる。そのため、ころ軸受への潤滑油の供給量が不足すると、鍔面ところの端面との接触部分が早期に摩耗したり、焼付きが生じたりすることがある。
【0003】
そこで、鍔面およびころの端面の少なくとも一方に、硬質クロムめっき層を形成して、前記接触部分の表面の硬さを硬くした転がり軸受が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
【特許文献1】特開2004−332915号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、硬質クロムめっき層には、微細な亀裂が発生する。そのため、前記転がり軸受は、特に、高面圧下でのすべり接触により、前記亀裂が起点となって、鍔面やころの端面に摩耗等を生じ易いという欠点が残存している。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、より高い耐摩耗性を発揮することができる転がり摺動部材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の転がり摺動部材は、金属製の母材の表面に、相手部材と転がり接触および/またはすべり接触する硬質クロムめっき層が形成されている転がり摺動部材であって、前記硬質クロムめっき層に生じた亀裂が、塑性加工によって押し潰されていることを特徴としている。
【0008】
本発明の転がり摺動部材は、硬質クロムめっき処理により形成された硬質クロムめっき層に生じた亀裂が、塑性加工によって押し潰されているため、前記亀裂を起点とする摩耗、焼付き等の発生を抑制することができる。
したがって、本発明の転がり摺動部材は、特に高面圧下におけるすべり接触や転がり接触に対して、高い耐摩耗性および耐焼付き性を発揮することができる。
【0009】
前記母材は、転がり軸受の軌道輪の母材または転動体の母材であってもよい。
また、前記母材は、ころ軸受の軌道輪の母材であり、前記硬質クロムめっき層の表面が、前記軌道輪に設けられた鍔面であってもよい。
さらに、前記母材は、ころ軸受用の転動体の母材であり、前記硬質クロムめっき層が、前記転動体の母材の端面に形成されていてもよい。
【0010】
本発明の転がり摺動部材の製造方法は、前述した転がり摺動部材の製造方法であって、金属製の母材に硬質クロムめっきを施して、当該中間素材の表面に相手部材と転がり接触および/またはすべり接触する硬質クロムめっき層を形成した後、前記硬質クロムめっき層に塑性加工を施して、前記硬質クロムめっき層に生じた亀裂を押し潰すことを特徴としている。
【0011】
本発明の転がり摺動部材の製造方法は、硬質クロムめっき処理により形成された硬質クロムめっき層に生じた前記亀裂を塑性加工によって押し潰すため、前述した高い耐摩耗性および耐焼付き性を発揮する転がり摺動部材を得ることができる。
【0012】
前記塑性加工は、ショットピーニング加工、またはボールもしくはローラを用いたバニシング加工が好ましい。これにより、前記亀裂をより効果的に押し潰すことができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高い耐摩耗性を有する転がり摺動部材を得ることができるという優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
〔転がり摺動部材〕
以下、添付図面を参照しつつ、本発明の一実施形態に係る転がり摺動部材を詳細に説明する。図1は、転がり摺動部材としての内輪(軌道輪)10、外輪(軌道輪)20および円筒ころ(転動体)30を備えるNUP型の円筒ころ軸受1を示す要部断面図である。
【0015】
前記内輪10は、内輪軌道面12を形成した内輪本体11に、鍔輪13を組み合わせたものである。前記内輪10の軸方向一端部の外周側には、第1鍔部14が突設されており、軸方向他端部には第2鍔部15が突設されている。前記第1鍔部14は、内輪本体11の軸方向一端部に一体形成されており、第2鍔部15は、前記鍔輪13の外周部によって構成されている。これら第1,第2鍔部14,15の鍔面14a,15aに対して、前記円筒ころ30の端面33a,33bの一部がすべり接触することにより、当該円筒ころ30の転動が案内される。また、前記第1,第2鍔部14,15によって、円筒ころ軸受1に作用するスラスト荷重を受け止めることができる。
【0016】
この実施の形態においては、前記第2鍔部15に高面圧のスラスト荷重が付加されることを想定している。このため、前記第1,第2鍔部14,15の鍔面14a,15aのうちの少なくとも第2鍔部15の鍔面15aは、硬質クロムめっき層17によって構成されている。この硬質クロムめっき層17は、内輪10(鍔輪13)の母材16の前記鍔面15aに対応する部分の表面に全周に亘って形成されている。
【0017】
外輪20は、軸方向中央部の内周側に外輪軌道面22を形成し、軸方向一端部に第3鍔部23を、軸方向他端部に第4鍔部24をそれぞれ形成したものである。前記円筒ころ30の転動は、前記第3,第4鍔部23,24の鍔面23a,24aに対して、当該円筒ころ30の端面33a,33bの一部がすべり接触することによっても案内される。また、前記第3,第4鍔部23,24によっても、円筒ころ軸受1に作用するスラスト荷重を受け止めることができる。
【0018】
この実施の形態においては、前記第3鍔部23に高面圧のスラスト荷重が付加されることを想定している。このため、前記第3,第4鍔部23,24の鍔面23a,24aのうちの少なくとも前記第3鍔部23の鍔面23aは、硬質クロムめっき層25によって構成されている。この硬質クロムめっき層25は、外輪20の母材26の前記鍔面23aに対応する部分の表面に全周に亘って形成されている。
【0019】
各硬質クロムめっき層17,25の厚みは、通常、10〜20μmに設定される。また、各硬質クロムめっき層17,25は、塑性加工によって厚み方向に圧縮変形されている。これにより、硬質クロムめっき処理によって形成された硬質クロムめっき層17,25に生じた亀裂C〔図2(A)および図3(A)参照〕が押し潰されている〔図2(B)および図3(B)参照〕。つまり、前記塑性加工によって、各硬質クロムめっき層17,25の深さ方向に伸びる空隙が塞がれる。このように、各硬質クロムめっき層17,25における摩耗、焼付き、はく離等の発生の起点となり得る亀裂Cが押し潰されているので、各鍔面15a,23aは、高面圧下で円筒ころ30とすべり接触した場合でも、高い耐摩耗性および耐焼付き性を発揮することができる。なお、前記塑性加工としては、後述するショットピーニング加工やバニシング加工等が挙げられる。
【0020】
〔転がり摺動部材の製造方法〕
つぎに、図4も参照しつつ、本発明の一実施形態に係る転がり摺動部材の製造方法について、図1に示す円筒ころ軸受1の外輪20を例にとって説明する。
本製造方法では、まず、軸受鋼であるSUJ2からなる素材に、鍛造加工、旋削加工、熱処理及び研削加工をこの順に施して、第3,第4鍔部23,24を有する外輪20の母材26を形成する。この母材26の外周面、端面、軌道面22及び第4鍔部24の鍔面24aには、前記研削加工が施されている。また、前記母材26の第3鍔部23の鍔面23aに対応する部分にも、前記研削加工が施されている。
【0021】
ついで、前記母材26のうちの第3鍔部23の鍔面23aに対応する部分の表面に、硬質クロムめっきを施して、円筒ころ30の端面33aとすべり接触する硬質クロムめっき層25を形成する。
前記硬質クロムめっき層25は、電解硬質クロムめっきにより形成することができる。
【0022】
その後、前記硬質クロムめっき層25の亀裂を、塑性加工によって押し潰す。この塑性加工としては、微粒子を用いるショットピーニング加工、ボールまたはローラを用いるバニシング加工等が挙げられる。これらのなかでは、加工が容易である観点から、微粒子を用いるショットピーニング加工が好ましい。微粒子を用いるショットピーニング加工は、例えば、粒径が30〜100μmであるスチール製ビーズを、投射圧0.3〜0.5MPaで、前記硬質クロムめっき層25に投射することにより行うことができる。
その後、母材26の軌道面22に相当する部分に超仕上げ加工を施すことにより、目的の外輪20を得ることができる。
【0023】
なお、前記実施の形態においては、内輪10の第2鍔部15及び外輪20の第3鍔部23に、塑性加工が施された硬質クロムめっき層17,25をそれぞれ形成しているが、これに代えて、図5に示されるように、円筒ころ30の母材32の両端面33a,33bに硬質クロムめっき層34,35を形成してもよい。要するに、前記硬質クロムめっき層は、スラスト荷重が付加される部分に形成してあればよい。
【0024】
また、本発明は、NU型、NJ型、N型、NF型、NH型等の各種円筒ころ軸受の他、円すいころ軸受にも適用して実施することができる。
また、例えばカムフォロワ等の転がり接触を生じる部材や、歯車等の転がり接触とすべり接触の双方を生じる部材にも適用して実施することができる。
【実施例】
【0025】
つぎに、実施例および比較例により、本発明の転がり摺動部材を説明する。
〔実施例1および比較例1〜3〕
SUJ2からなるロックウェルC硬さ:60〜63に熱処理硬化されたブロックを作成し、このブロックに研削加工を施して、比較例1の試験片(表面粗さRa:0.22μm)を得た。
【0026】
比較例1と同じ試験片を作製し、その表面にラップ処理を施して比較例2の試験片(表面粗さRa:0.01μm)とした。
【0027】
比較例2と同じ試験片を作製し、そのラップ処理面に、電解硬質クロムめっきを施して硬質クロムめっき層を形成し、比較例3の試験片(めっき層のビッカース硬さ:920〜950、表面粗さRa:0.02μm)とした。
【0028】
比較例3と同じ試験片を作製し、その硬質クロムめっき層に対して、粒径が30〜100μmの微粒子(スチール製ビーズ)を投射圧0.3〜0.5MPaで投射するWPC処理(登録商標)〔微粒子ピーニング〕によるショットピーニング加工を施し、前記硬質クロムめっき層に生じた亀裂を塑性変形によって押し潰した。ショットピーニング加工後のブロックを、実施例1の試験片(めっき層のビッカース硬さ:1030〜1080、表面粗さRa:0.10μm)とした。
【0029】
〔試験例1〕
試験片表面の観察
実施例1および比較例3の試験片の表面を電子顕微鏡で観察した。実施例1の試験片の表面を示す図面代用写真を図6に示す。また、比較例3の試験片の表面を示す図面代用写真を図7に示す。なお、図中、(B)は、(A)に示される試験片の表面を拡大したものである。
【0030】
図6および図7に示される結果から、硬質クロムめっきを施した比較例3の試験片では、表面に大きな亀裂が存在しているが(図7)、硬質クロムめっき層にショットピーニング加工を施した実施例1の試験片では、表面の亀裂が消滅しているか、微細化している(図6)ことがわかる。
【0031】
〔試験例2〕
すべり摩耗試験
実施例1および比較例1〜3の試験片のすべり摩耗試験を、ブロックオンリング試験により行った(図8参照)。ブロックオンリング試験は、以下に示すように行った。
ロックウェルC硬さが60〜63であり、表面粗さRaが0.2μmであるSUJ製のリング11の一部を、油浴(VG68鉱油、浴温:40℃)中に入れ、このリング11をすべり速度0.3m/sで30分間矢印方向に回転させた。そして、回転しているリング11の上部に試験片12を配置し、この試験片12の上方より、443MPaの接触面圧となるように荷重をかけて当該試験片12とリング11とを接触させた。
触針式表面粗さ測定機を用いて、試験片の表面の形状を測定した。実施例1および比較例1〜3の各試験片の表面の形状を示すグラフを図9に示す。図中、(A)は、実施例1の試験片の表面の形状、(B)は、比較例1の試験片の表面の形状、(C)は、比較例2の試験片の表面の形状、(D)は、比較例3の試験片の表面の形状を示す。また、図9に示されるグラフに示される各試験片の摩耗深さを表1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
図9および表1に示される結果から、実施例1の試験片の摩耗深さは、0.2μm以下(測定限界以下)であり、比較例1〜3の試験片の摩耗深さに比べて小さいことがわかる。とくに、実施例1の試験片の摩耗深さは、硬質クロムめっきを施した比較例3の試験片の摩耗深さ〔図9(D)〕に比べて、より小さくなっているため、実施例1のように、硬質クロムめっき層にショットピーニング加工を施して、前記表面に生じた亀裂を塑性変形によって押し潰すことにより、高い耐摩耗性を得ることができることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の一実施形態に係る転がり摺動部材を有する円筒ころ軸受の要部断面図である。
【図2】硬質クロムめっき層を含む部分の断面構造を示す図面代用写真である。
【図3】図2に示される硬質クロムめっき層を含む部分の断面構造を示す要部拡大断面図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る転がり摺動部材の製造方法を示す工程図である。
【図5】本発明の他の実施形態に係る転がり摺動部材を有する円筒ころ軸受の要部断面図である。
【図6】実施例1の試験片の表面を示す図面代用写真である。
【図7】比較例3の試験片の表面を示す図面代用写真である。
【図8】試験例2のブロックオンリング試験の概略説明図である。
【図9】実施例1および比較例1〜3の各試験片の試験例2の実施後の表面の形状を示すグラフである。
【符号の説明】
【0035】
1 円筒ころ軸受
10 内輪(軌道輪)
11 内輪本体
14 第1鍔部
14a 鍔面
15a 鍔面
16 内輪の母材
17 硬質クロムめっき層
20 外輪(軌道輪)
23a 鍔面
24a 鍔面
25 硬質クロムめっき層
26 外輪の母材
30 円筒ころ(転動体)
32 円筒ころの母材
33a 端面
33b 端面
34 硬質クロムめっき層
35 硬質クロムめっき層
C 亀裂

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製の母材の表面に、相手部材と転がり接触および/またはすべり接触する硬質クロムめっき層が形成されている転がり摺動部材であって、
前記硬質クロムめっき層に生じた亀裂が、塑性加工によって押し潰されていることを特徴とする転がり摺動部材。
【請求項2】
前記母材が、転がり軸受の軌道輪の母材または転動体の母材である請求項1に記載の転がり摺動部材。
【請求項3】
前記母材が、ころ軸受の軌道輪の母材であり、前記硬質クロムめっき層の表面が、前記軌道輪に設けられた鍔面である請求項1に記載の転がり摺動部材。
【請求項4】
前記母材が、ころ軸受用の転動体の母材であり、前記硬質クロムめっき層が、前記転動体の母材の端面に形成されている請求項1に記載の転がり摺動部材。
【請求項5】
請求項1に記載の転がり摺動部材の製造方法であって、
金属製の母材に硬質クロムめっきを施して、当該中間素材の表面に相手部材と転がり接触および/またはすべり接触する硬質クロムめっき層を形成した後、前記硬質クロムめっき層に塑性加工を施して、前記硬質クロムめっき層に生じた亀裂を押し潰すことを特徴とする転がり摺動部材の製造方法。
【請求項6】
前記塑性加工が、ショットピーニング加工、またはボールもしくはローラを用いたバニシング加工である請求項5に記載の転がり摺動部材の製造方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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【図2】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−78126(P2010−78126A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−250637(P2008−250637)
【出願日】平成20年9月29日(2008.9.29)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】