説明

転がり軸受

【課題】電食及び帯電が生じにくく、潤滑剤の漏出が生じにくい転がり軸受を提供することを課題とする。
【解決手段】軸受内に密封される潤滑剤Lがイオン液体を含有しているため、潤滑剤Lの体積抵抗率が低くなり、内輪1と外輪2との間の導電性を確保できる。そのため、軸受に電食及び帯電が生じにくい。また、密封装置5のうち外輪2に取り付けられる外端部5aと、外輪2のうち外端部5aが取り付けられる溝2bと、密封装置5のうち内輪1に隙間Cを空けて対向する内端部5bと、内輪1の表面のうち内端部5bに対向する対向面1bとに、母材の表面に撥水性及び撥油性を付与する表面処理が施されているので、潤滑剤Lが弾かれて、密封装置5と内輪1との間の隙間Cから潤滑剤Lの漏出が生じにくい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撥水撥油処理が施された転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
インバータモータを搭載した機器に使用される転がり軸受においては、インバータ回路から高周波の電流が発生し、この電流が転がり軸受内の内輪、玉、外輪の間を通過して流れ、転動面(レース面)に電食を発生させるおそれがある。
その対策として、特許文献1及び2には、外輪の外周側に絶縁材料である樹脂からなるスリーブを取り付けることにより、電食の発生を防止可能な転がり軸受が提案されている。
【0003】
また、特許文献3には、絶縁化を目的として転動体にセラミックを使用し、また、長寿命化を目的としていずれか一方又は両方の軌道輪の残留オーステナイト量を2体積%以下とした転がり軸受が提案されている。
さらに、転がり軸受においては、その用途によっては低トルク,低騒音が求められる場合がある。そのような場合には、軌道輪と滑り接触しない非接触形の密封装置(シール,シールド等)を使用したり、潤滑剤としてグリースを使用せず潤滑油を使用することにより、低トルク化,低騒音化が図られる。
【0004】
ところが、非接触形の密封装置を使用した場合は、軌道輪と密封装置との間に隙間があるため、そこから潤滑剤が漏出しやすいという問題があった。特に、潤滑剤として潤滑油を使用した場合には、粘性が低いため漏出が生じやすい。
特許文献4〜25には、前記隙間を挟んで対向する軌道輪及び密封装置の対向部分に、潤滑剤を弾く撥油膜を形成した転がり軸受が開示されている。このような転がり軸受においては、撥油膜により潤滑剤が弾かれるため、前記隙間からの潤滑剤の漏出が生じにくい。
【0005】
また、接触形の密封装置を使用した場合でも、転がり軸受の温度が上昇して内圧が上昇すると、密封装置と軌道輪との接触部分から潤滑剤が漏出するおそれがある。よって、転がり軸受の内部と外部とを連通する貫通孔からなるブリーザー構造を密封装置に設けて、温度上昇による内圧の上昇を抑制していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】実開平5−89953号公報
【特許文献2】特開平6−229425号公報
【特許文献3】特開2001−41248号公報
【特許文献4】特開2006−226459号公報
【特許文献5】特開平2−78069号公報
【特許文献6】特開平5−34319号公報
【特許文献7】特開平6−66321号公報
【特許文献8】特開平8−210368号公報
【特許文献9】特開平9−166148号公報
【特許文献10】特開平11−62972号公報
【特許文献11】特開平11−62998号公報
【特許文献12】特開平11−257363号公報
【特許文献13】特開2002−221229号公報
【特許文献14】特開2003−254324号公報
【特許文献15】特開2007−10114号公報
【特許文献16】特開2007−57030号公報
【特許文献17】特開2007−162774号公報
【特許文献18】特開2007−333054号公報
【特許文献19】特開2007−255492号公報
【特許文献20】特開2008−256197号公報
【特許文献21】特開2008−223868号公報
【特許文献22】特開2009−115238号公報
【特許文献23】特開2009−121531号公報
【特許文献24】特開2009−12532号公報
【特許文献25】特開2009−174685号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、セラミックを使用した転がり軸受は高コストであり、電食が発生しにくい転がり軸受の更なる改良が求められている。
また、特許文献4〜25に開示の転がり軸受は、潤滑油の封入量が、オイルプレーティング潤滑において使用される程度の少量である場合は、前記隙間からの潤滑油の漏出は生じにくいが、それよりも潤滑油の封入量が多い場合、高速回転で使用される場合、高温下で使用される場合などにおいては、潤滑油の漏出を十分に防止できないおそれがあった。
【0008】
さらに、接触形の密封装置を使用した場合にブリーザー構造を設けても、潤滑剤の封入量が多い場合、高速回転で使用される場合、高温下で使用される場合などにおいては、潤滑剤の漏出を十分に防止できないおそれがあった。
そこで、本発明は、上記のような従来技術が有する問題点を解決し、電食及び帯電が生じにくく、潤滑剤の漏出が生じにくい転がり軸受を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明の転がり軸受は、内輪と、外輪と、前記内輪の軌道面と前記外輪の軌道面との間に転動自在に配された複数の転動体と、前記内輪と前記外輪とのうち一方の軌道輪に取り付けられ他方の軌道輪に滑り接触又は隙間を空けて対向する密封装置と、前記両軌道面と前記転動体との間の潤滑を行う潤滑剤と、を備える転がり軸受において、前記潤滑剤はイオン液体を含有し、前記密封装置のうち前記一方の軌道輪に取り付けられる取付部と、前記一方の軌道輪のうち前記取付部が取り付けられる被取付部と、前記密封装置のうち前記他方の軌道輪に滑り接触又は隙間を空けて対向するシール部と、前記他方の軌道輪の表面のうち前記シール部に対向する対向面と、のうち少なくとも一つに、母材の表面に撥水性及び撥油性を付与する表面処理が施されており、この表面処理は、シリコン,チタン,及びアルミニウムのうち少なくとも1種の金属と炭素数が1個以上6個以下のアルコキシ基とアルキル基若しくはハロゲン基とを備える金属アルコキシド又は前記金属のハロゲン化合物と、水と、炭素数が1個以上6個以下のアルコールと、平均粒径が1nm以上200nm以下であるシリカ,チタニア,及びアルミナのうち少なくとも1種の金属酸化物粒子と、を含有し且つpHが6以下であり前記金属酸化物粒子の含有量が0.1質量%以上5質量%以下である第一の溶液を接触させた上、pHが11以上13以下である第二の溶液をさらに接触させることにより、前記母材の表面に前記金属の酸化物からなる金属酸化物層を形成した後に、前記母材の表面に形成された前記金属酸化物層に、シリコン,チタン,及びアルミニウムのうち少なくとも1種の金属とフッ素とを備えるカップリング剤と、水と、炭素数が1個以上6個以下のアルコールと、を含有し且つpHが6以下である第三の溶液を接触させた上、pHが11以上13以下である第四の溶液をさらに接触させることにより、前記金属酸化物層の上に撥水撥油層を形成する撥水撥油処理であることを特徴とする。
【0010】
また、上記の転がり軸受においては、密封装置は、軸受内外を連通する貫通孔からなるブリーザー構造を有することが好ましい。
さらに、上記の転がり軸受においては、表面処理は、さらに前記貫通孔の内面にも施されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の転がり軸受は、軸受内に密封される潤滑剤がイオン液体を含有しているため、潤滑剤の体積抵抗率が低くなり、内輪と外輪との間の導電性を確保できる。そのため電食及び帯電が生じにくい。また、本発明の転がり軸受は、密封装置のうち一方の軌道輪に取り付けられる取付部と、一方の軌道輪のうち取付部が取り付けられる被取付部と、密封装置のうち他方の軌道輪に滑り接触又は隙間を空けて対向するシール部と、他方の軌道輪の表面のうちシール部に対向する対向面とのうち少なくとも一つに、母材の表面に撥水性及び撥油性を付与する表面処理が施されているので、潤滑剤が弾かれて、潤滑剤の漏出が生じにくい。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係る転がり軸受の第一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す部分縦断面図である。
【図2】表面処理により形成された金属酸化物層及び撥水撥油層を説明する概念図である。
【図3】本発明に係る転がり軸受の第二実施形態である深溝玉軸受の構造を示す部分縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る転がり軸受の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
〔第一実施形態〕
図1は、本発明に係る転がり軸受の第一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す部分縦断面図である。また、図2は、本実施形態に係る撥水撥油処理方法による表面処理が施されて表面に形成された金属酸化物層及び撥水撥油層を説明する概念図である。
【0014】
図1の深溝玉軸受は、外周面に軌道面1aを有する内輪1と、内輪1の軌道面1aに対向する軌道面2aを内周面に有する外輪2と、両軌道面1a,2a間に転動自在に配された複数の転動体(玉)3と、内輪1及び外輪2の間に転動体3を保持する保持器4と、非接触形の密封装置5,5と、を備えている。そして、内輪1と外輪2と密封装置5,5とで囲まれた軸受内部空間内には、両軌道面1a,2aと転動体3の転動面3aとの間の潤滑を行う潤滑剤L(例えば潤滑油,グリース)が配されている。
【0015】
潤滑剤Lは、高い導電性を有する常温溶融塩であるイオン液体を含有している。軸受内に密封されている潤滑剤Lがイオン液体を含有しているため、潤滑剤Lの体積抵抗率が低くなり、内輪1と外輪2との間の導電性を確保できる。そのため、深溝玉軸受に電食及び帯電が発生しにくい。また、イオン液体は、様々な有機イオンの組合せによって低粘度であるため、優れた熱安定性が得られる。
【0016】
これらのことから、本発明の転がり軸受は、ファンモータ,クリーナモータ,洗濯機モータ等の家電機器用モータ、クリーンルーム用ファンモータ、換気扇用モータ、給湯器用モータのように、比較的小型のモータであり、インバータ制御回路を有するモータに好適に使用できる。
イオン液体の種類は、特に限定されるものではないが、腐食性の低い液体が好ましい。また、イオン液体を構成する陰イオンは、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドイオンを有するイオン液体がより好ましい。具体的には、1−ブチル−1−メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド,1−エチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド,1−エチル−3−メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド,1−ブチル−1−メチルピロリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド,1−メチル−1−プロピルピロリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド,1−エチル−3−メチルピリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド等があげられる。なお、イオン液体は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0017】
また、潤滑剤Lは、その基油としてイオン液体が使用されているならば、基油に添加剤を添加してなる液体状の潤滑油であってもよいし、基油に増ちょう剤を添加してなる半固体状のグリースであってもよい。ただし、イオン液体に他種の潤滑油を混合し、その混合油を基油として用いてもよい。
さらに、潤滑剤Lに含有されるイオン液体の含有量は、潤滑剤として必要な粘性を得ることができれば特に限定されるものではないが、100質量%、即ち潤滑剤Lはイオン液体単体であってもよい。
【0018】
内輪1,外輪2,及び転動体3は、転がり軸受の軌道輪や転動体の素材として一般的に採用される鉄鋼材料(例えばステンレス鋼,軸受鋼)で構成されている。また、密封装置5は、鋼等の金属材料で構成されており、例としては鋼板製のシールドがあげられる。ただし、ゴム,プラスチック等の高分子材料で構成されていてもよく、例としてはゴムシール,プラスチックシールがあげられる。なお、金属製の芯金を有するタイプの高分子材料製密封装置でもよい。さらに、保持器4は、転がり軸受の保持器の素材として一般的に採用される樹脂材料(例えばポリアミド,ポリフェニレンスルフィド)又は金属材料(例えば鋼,黄銅,アルミニウム合金)で構成されている。なお、保持器4は、備えていなくてもよい。
【0019】
この密封装置5は略環状の部材であり、その外端部5aが外輪2の内周面の軸方向両端部に取り付けられている。図1においては、外輪2の内周面の軸方向両端部に形成された溝2b(凹部)に、密封装置5の外端部5aが加締められて嵌入されている。そして、密封装置5の内端部5bが内輪1の外周面に隙間C(ラビリンス隙間)を空けて対向している。なお、外輪2が本発明の構成要件である「一方の軌道輪(密封装置が取り付けられた軌道輪)」に相当し、内輪1が本発明の構成要件である「他方の軌道輪(密封装置が滑り接触又は隙間を空けて対向する軌道輪)」に相当する。もちろん、密封装置5の内端部5bが内輪1に取り付けられ、外端部5aが外輪2の内周面に隙間Cを空けて対向している構成としても差し支えない。また、密封装置5は、外輪2の内周面の軸方向片側端部のみに取り付けられていてもよい。
【0020】
この密封装置5のうち内輪1に隙間Cを空けて対向する内端部5b(本発明の構成要件であるシール部に相当する)と、内輪1の外周面のうち密封装置5の内端部5bに対向する対向面1bと、密封装置5が取り付けられている外輪2の溝2b(本発明の構成要件である被取付部に相当する)の内面と、溝2bに嵌入されている密封装置5の外端部5a(本発明の構成要件である取付部に相当する)とには、下記のような表面処理が施されて優れた撥水性及び撥油性が付与されている。
【0021】
なお、密封装置5の内端部5b、密封装置5の外端部5a、内輪1の対向面1b、及び外輪2の溝2bの内面のうち1箇所に前記表面処理が施されていれば、潤滑剤Lの漏出が生じにくいという後述の効果が奏されるが、奏される効果の高さを考慮すれば、前記4箇所中の複数箇所に前記表面処理が施されていることが好ましく、前記4箇所全てに前記表面処理が施されていることがより好ましい。
【0022】
ここで、前記表面処理について、図2を参照しながら説明する。本実施形態の表面処理は、密封装置5,内輪1,外輪2等の金属製部材10の表面に優れた撥水性及び撥油性を付与する撥水撥油処理方法であって、下記のような2つの工程からなる。まず、第一工程は、2種の溶液を順次接触させることにより、金属製部材10の表面に金属酸化物層20を形成する工程である。
【0023】
すなわち、シリコン,チタン,及びアルミニウムのうち少なくとも1種の金属と炭素数が1個以上6個以下のアルコキシ基とを備える金属アルコキシドと、水と、炭素数が1個以上6個以下のアルコールと、平均粒径が1nm以上200nm以下の金属酸化物粒子と、を含有し且つpHが6以下である第一の溶液を金属製部材10に接触させて、第一の溶液の溶質及び固形分を金属製部材10の表面に付着させる。そして、そこにpHが11以上13以下である第二の溶液をさらに接触させると、反応が生じて、前記金属の酸化物(すなわち、シリコン,チタン,及びアルミニウムのうち少なくとも1種の金属の酸化物)からなる金属酸化物層20が金属製部材10の表面に形成する。
【0024】
次に、第二工程は、金属製部材10の表面に形成された金属酸化物層20に2種の溶液を順次接触させることにより、金属酸化物層20の上に撥水撥油層30を形成する工程である。
すなわち、シリコン,チタン,及びアルミニウムのうち少なくとも1種の金属とフッ素とを備えるカップリング剤と、水と、炭素数が1個以上6個以下のアルコールと、を含有し且つpHが6以下である第三の溶液を、金属酸化物層20に接触させた上、pHが11以上13以下である第四の溶液をさらに接触させると、金属酸化物層20とカップリング剤との反応が生じて、金属酸化物層20の上に撥水撥油層30が形成する。
【0025】
第一工程において、第一の溶液のpHを6以下とすることにより、金属アルコキシドの加水分解が促進される。また、第二の溶液のpHを11以上13以下とすることにより、金属アルコキシドの前記加水分解により生じた水酸基(OH基)と、金属製部材10の表面に存在する水酸基(OH基)との脱水縮合反応が促進される。その結果、金属酸化物層20は、金属製部材10の表面に対して化学的に強固に結合された状態で形成される。
【0026】
さらに、第一工程においては、金属酸化物層20が金属製部材10の表面に形成する際に、第一の溶液に含有されている金属酸化物粒子が金属製部材10の表面に結合するため、高密度な金属酸化物層20が形成される。また、金属酸化物粒子に起因して、金属酸化物層20の表面が凹凸状となるため、金属酸化物層20の表面積率(表面が平滑面である場合の表面積に対する比率)が大きくなる。そうすると、第二工程で積層される撥水撥油層30の表面積率も大きくなるとともに、高密度な撥水撥油層30が形成されることとなるので、撥水撥油層30の撥水性及び撥油性が高まるとともに、撥水撥油層30が金属酸化物層20に強固に結合する。なお、このような効果を得るためには、前記表面積率は1.1以上であることが好ましい。
【0027】
金属アルコキシドの種類は、アルコキシ基の炭素数が1個以上6個以下のものであれば特に限定されるものではないが、例えば、テトラメトキシシラン,テトラエトキシシラン,テトラプロポキシシラン,テトラブトキシシラン,テトラメトキシチタネート,テトラエトキシチタネート,テトラプロポキシチタネート,テトラブトキシチタネート,トリメトキシアルミネート,トリエトキシアルミネート,トリプロポキシアルミネートがあげられる。
【0028】
また、金属アルコキシドは、上記のようなアルコキシ基のみを備えるものに限らず、アルコキシ基とアルキル基又はハロゲン基とを備えるものを用いてもよい。例えば、上記の各種金属アルコキシドが備える複数のアルコキシ基のうち1〜3個(金属がアルミニウムの場合は1〜2個)が、炭素数が1個以上6個以下のアルキル基(例えばメチル基,エチル基,プロピル基,ブチル基)やハロゲン基(例えばフッ素,塩素,臭素,ヨウ素)に置き換わったものを用いてもよい。
【0029】
具体的には、モノメチルトリメトキシ金属化合物,モノメチルトリエトキシ金属化合物,モノエチルトリメトキシ金属化合物,モノエチルトリエトキシ金属化合物等のモノアルキルトリアルコキシ金属化合物があげられる。また、ジメチルジメトキシ金属化合物,ジメチルジエトキシ金属化合物,ジエチルジメトキシ金属化合物,ジエチルジエトキシ金属化合物等のジアルキルジアルコキシ金属化合物があげられる。さらに、トリメチルメトキシ金属化合物,トリメチルエトキシ金属化合物,トリエチルメトキシ金属化合物,トリエチルエトキシ金属化合物等のトリアルキルアルコキシ金属化合物があげられる。さらに、モノハロトリアルコキシ金属化合物,ジハロジアルコキシ金属化合物,トリハロモノアルコキシ金属化合物があげられる。
【0030】
さらに、金属アルコキシドの代わりに金属のハロゲン化合物を用いることも可能である。すなわち、シリコン,チタン,アルミニウムのフッ化物,塩化物,臭化物,ヨウ化物である。具体例としては、テトラクロロシランがあげられる。
これらの金属アルコキシドや金属のハロゲン化合物は、1種を単独で用いてもよいし、複数種を併用してもよい。
【0031】
さらに、第一の溶液には、炭素数が1個以上6個以下の低級アルコールを使用するが、低級アルコールを含有することにより金属アルコキシドの溶解性が高められ、安定した溶液が得られる。低級アルコールの例としては、メタノール,エタノール,1−プロパノール,2−プロパノール,ブタノール,ヘキサノール,シクロヘキサノールがあげられるが、エタノールがより好ましい。
【0032】
さらに、金属酸化物粒子の種類は特に限定されるものではなく、シリカ,チタニア,アルミナの他、マグネシア,酸化カルシウム,酸化亜鉛等の微粒子を使用することができる。ただし、金属酸化物粒子の金属種は、金属アルコキシドや金属のハロゲン化合物が備える金属の種類と同一であることが好ましい。すなわち、金属酸化物粒子としては、シリカ,チタニア,アルミナが好ましい。
【0033】
金属酸化物粒子の平均粒径(平均一次粒径)は、1nm以上200nm以下である必要がある。1nm未満であると、前述の表面積率を大きくする効果が小さくなり、200nm超過であると、金属酸化物粒子が金属製部材10の表面から脱落しやすくなる。このような不都合がより生じにくくするためには、金属酸化物粒子の平均粒径は2nm以上100nm以下であることが好ましく、2nm以上80nm以下であることがより好ましく、10nm以上50nm以下であることがさらに好ましい。
【0034】
また、第一の溶液中の金属酸化物粒子の含有量は、0.1質量%以上5質量%以下であることが好ましい。0.1質量%未満であると、高密度な金属酸化物層20が形成されにくくなり、5質量%超過であると、金属製部材10の表面に金属酸化物粒子が過度に重なった状態で堆積することとなり、それに伴って金属酸化物粒子が金属製部材10の表面から脱落しやすくなる。
【0035】
金属酸化物粒子の形状は特に限定されるものではなく、球形,矩形,扁平形,繊維状,ウィスカー状等のものを問題なく使用することができる。例えば、繊維状のものであれば、繊維長が1nm以上200nm以下のものを使用するとよい。また、異なる形状の複数種の金属酸化物粒子を混合して用いることもできる。さらに、金属酸化物粒子は多孔質であってもよい。
【0036】
第一の溶液の組成の一例を示すと、1質量%以上10質量%以下の金属アルコキシドと、1質量%以上20質量%以下の水と、30質量%以上95質量%以下のアルコールと、0.1質量%以上5質量%以下の金属酸化物粒子とを混合し、塩酸等の酸によりpHを6以下に調整したものがあげられる。この場合は、酸以外の成分を予め混合し、金属酸化物粒子が均一になるように数十分間〜数時間撹拌した後に、最後に酸を用いてpHの調整を行うことが好ましい。
【0037】
第二の溶液は、pHの条件が満たされていれば特に限定されるものではないが、アルカリ金属塩を含有する水溶液が好ましい。例えば、炭酸ナトリウム,炭酸カリウム,炭酸水素ナトリウム等のアルカリ金属の炭酸塩,炭酸水素塩の水溶液や、水酸化ナトリウム,水酸化カリウム,水酸化リチウム等のアルカリ金属の水酸化物の水溶液が好適であり、水酸化ナトリウム水溶液が特に好適である。なお、各種のpH緩衝剤を併用してもよい。
【0038】
次に、第二工程において、第三の溶液のpHを6以下とすることにより、カップリング剤の加水分解が促進される。また、第四の溶液のpHを11以上13以下とすることにより、カップリング剤の前記加水分解により生じた水酸基(OH基)と、金属酸化物層20の表面に存在する水酸基(OH基)との脱水縮合反応が促進される。その結果、撥水撥油層30は、金属酸化物層20の表面に対して化学的に強固に結合された状態で形成される。
【0039】
カップリング剤の種類は、シリコン,チタン,及びアルミニウムのうち少なくとも1種の金属とフッ素とを備えているならば特に限定されるものではないが、これらの金属とフッ素化炭化水素基とを備えているカップリング剤が好ましく、フッ素系シランカップリング剤がより好ましい。
フッ素系シランカップリング剤の具体例としては、1H,1H,2H,2H−パーフルオロデシルトリメトキシシラン、1H,1H,2H,2H−パーフルオロデシルトリエトキシシラン、1H,1H,2H,2H−パーフルオロトリクロロシラン、3−ヘプタフルオロイソプロポキシプロピルトリクロロシラン、1H,1H,2H,2H−パーフルオロドデシルトリエトキシシラン、3−トリフルオロアセトキシプロピルトリメトキシシランがあげられる。
【0040】
ただし、カップリング剤が備える金属の種類は、第一の溶液に含有される金属アルコキシドや金属のハロゲン化合物が備える金属の種類、又は、金属酸化物粒子の金属種と同一であることが好ましい。
さらに、第三の溶液には、炭素数が1個以上6個以下の低級アルコールを使用するが、低級アルコールを含有することによりカップリング剤の溶解性が高められ、安定した溶液が得られる。低級アルコールの例としては、メタノール,エタノール,1−プロパノール,2−プロパノール,ブタノール,ヘキサノール,シクロヘキサノールがあげられるが、エタノールがより好ましい。
【0041】
さらに、第四の溶液は、pHの条件が満たされていれば特に限定されるものではないが、アルカリ金属塩を含有する水溶液が好ましい。例えば、炭酸ナトリウム,炭酸カリウム,炭酸水素ナトリウム等のアルカリ金属の炭酸塩,炭酸水素塩の水溶液や、水酸化ナトリウム,水酸化カリウム,水酸化リチウム等のアルカリ金属の水酸化物の水溶液が好適であり、水酸化ナトリウム水溶液が特に好適である。なお、各種のpH緩衝剤を併用してもよい。
【0042】
このような表面処理が施された本実施形態の深溝玉軸受は、内輪1と密封装置5との間に隙間Cがあるものの、この隙間Cの周辺部分(内端部5b及び対向面1b)に前記表面処理が施されて撥水性及び撥油性が付与されているため、潤滑剤Lが弾かれて、隙間Cからの潤滑剤Lの漏出が生じにくい。また、密封装置5と外輪2との固定部分(外端部5aと溝2bとの間)からも潤滑剤Lの漏出が生じる場合があるが、外端部5aと溝2bの内面にも前記表面処理が施されて撥水性及び撥油性が付与されているため、潤滑剤Lが弾かれて、前記固定部分からの潤滑剤Lの漏出が生じにくい。
【0043】
そして、前記表面処理により付与される撥水性及び撥油性は大変優れているので、潤滑剤Lが、粘性の高いグリースである場合のみならず、イオン液体を含有した粘性の低い潤滑油である場合も、漏出が生じにくい。しかも、潤滑油の軸受内部空間内への封入量が多い場合(オイルプレーティング潤滑において使用される程度の封入量よりも多い場合)、軸受が高速回転で使用される場合、軸受が高温下で使用される場合、軸受の温度が変化する場合(例えば温度が上昇する場合)など、潤滑剤Lの漏出が極めて生じやすい条件であっても、潤滑剤Lの漏出を十分に防止することが可能である。
【0044】
なお、密封装置5の内端部5b及び外端部5aの一方又は両方に前記表面処理を施せば、潤滑剤Lの漏出を防止することが可能であるが、さらに内輪1の外周面のうち密封装置5の内端部5bに対向する対向面1b(密封装置5の内端部5bと隙間Cを介して対向してラビリンスを形成する部分である)及び密封装置5が取り付けられている外輪2の溝2bの内面にも前記表面処理を施すと、潤滑剤Lの漏出をより十分に防止することが可能となる。
【0045】
また、対向面1b及び内端部5bに前記表面処理が施してあれば、密封装置5と内輪1との間の隙間Cからの潤滑剤Lの漏出を十分に抑制することができるが、内輪1の外周面のうちラビリンスを形成する部分(対向面1b)のみに前記表面処理を施すよりも、ラビリンスを形成する部分よりも広い範囲の面(軸方向に広い範囲の面)に前記表面処理を施した方が、隙間Cからの潤滑剤Lの漏出をより抑制することができる。
【0046】
さらに、潤滑剤Lの漏出を十分に防止するためには、前記表面処理が施された表面と潤滑剤Lとの接触角が大きいことが好ましい。特に潤滑油を軸受内部空間内に密封するためには、前記接触角が110°以上となるように、前記表面処理を施すことが好ましい。なお、前記表面処理が施された表面と水との接触角が110°以上となるように、前記表面処理を施せば、軸受内部空間内への水の侵入を抑制することができる。
【0047】
また、隙間Cが大きいと、前記表面処理を施しても、潤滑剤Lの漏出を防止する効果が低下するおそれがある。特に潤滑油を軸受内部空間内に密封するためには、隙間Cは340μm以下とすることが好ましい。あるいは、隙間Cを、Y≦18451/Xなる式を満足するように設定してもよい。ただし、式中のYは隙間Cの大きさ(単位はμm)であり、Xは内輪1と外輪2と密封装置5,5とで囲まれた軸受内部空間の内圧が、深溝玉軸受の使用時に温度上昇等により変化する量(単位はPa)、又は、軸受静止状態で前記軸受内部空間内に潤滑剤Lを封入した際に変化する量(単位はPa)である。前記式を満足するように隙間Cを設定すれば、軸受内部空間の内圧が変化した際に隙間Cから潤滑剤が漏出することが抑制される。
【0048】
さらに、密封装置5が金属材料ではなく、親水性の低い、ゴム,プラスチック等の高分子材料で構成されている場合には、前記表面処理の第一工程の前に、高分子材料製の密封装置5の表面に親水性を付与する親水化処理(第二実施形態で後述する)を施すことが好ましい。後に施される撥水撥油処理の効果が高まるからである。
また、密封装置5が非接触形であるため深溝玉軸受は低トルク,低騒音であり、潤滑剤Lを粘性の低い潤滑油とすれば、深溝玉軸受はさらに低トルク,低騒音となる。そして、潤滑剤Lの漏出が生じにくいため、深溝玉軸受は潤滑性に優れ長寿命である。さらに、前記表面処理が施された表面は、油を弾く撥油性とともに水を弾く撥水性も有しているので、隙間Cから軸受内部空間内への水の侵入も抑制される。
【0049】
ただし、密封装置5は、ゴムシール等の接触形の密封装置であってもよい。密封装置5が接触形である場合は、内輪1に滑り接触する内端部5bと、内輪1の外周面のうち内端部5bに滑り接触する対向面1bと、外輪2の溝2bの内面と、外輪2の溝2bに嵌入されている密封装置5の外端部5aとに、前記のような表面処理を施して優れた撥水性及び撥油性を付与すればよい。
【0050】
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態においては、転がり軸受の例として深溝玉軸受をあげて説明したが、本発明は深溝玉軸受以外の種類の様々な転がり軸受に対して適用することができる。例えば、アンギュラ玉軸受,自動調心玉軸受,円筒ころ軸受,円すいころ軸受,針状ころ軸受,自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受,スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。
【0051】
〔第二実施形態〕
図3は、本発明に係る転がり軸受の第二実施形態である深溝玉軸受の構造を示す部分縦断面図である。また、図2は、本実施形態に係る撥水撥油処理方法による表面処理が施されて表面に形成された金属酸化物層及び撥水撥油層を説明する概念図である。図3においては、図1と同一又は相当する部分には、図1と同一の符号を付してある。なお、第一実施形態とほぼ同様の部分(構成及び効果)については、その説明を省略している場合がある。
【0052】
図3の深溝玉軸受は、外周面に軌道面1aを有する内輪1と、内輪1の軌道面1aに対向する軌道面2aを内周面に有する外輪2と、両軌道面1a,2a間に転動自在に配された複数の転動体(玉)3と、内輪1及び外輪2の間に転動体3を保持する保持器4と、非接触形の密封装置5,5と、を備えている。そして、内輪1と外輪2と密封装置5,5とで囲まれた軸受内部空間内には、両軌道面1a,2aと転動体3の転動面3aとの間の潤滑を行う潤滑剤L(例えば潤滑油,グリース)が配されている。なお、保持器4は備えていなくてもよい。
【0053】
潤滑剤Lは、高い導電性を有する常温溶融塩であるイオン液体を含有している。軸受内に密封されている潤滑剤Lがイオン液体を含有しているため、潤滑剤Lの体積抵抗率が低くなり、内輪1と外輪2との間の導電性を確保できる。そのため、深溝玉軸受に電食及び帯電が発生しにくい。また、イオン液体は、様々な有機イオンの組合せによって低粘度であるため、優れた熱安定性が得られる。なお、イオン液体の種類については、第一実施形態と同様であるため、ここでは記載を省略する。
【0054】
本実施形態の密封装置5,5の一方には、深溝玉軸受の内部と外部とを連通する貫通孔7からなるブリーザー構造が形成されており、温度上昇等による深溝玉軸受の内圧の上昇が抑制されるようになっている。この貫通孔7の断面形状は特に限定されるものではなく、例としては円形,矩形があげられるが、その径は340μm以下であることが好ましい。340μm超過であると、隙間Cが潤滑剤Lで塞がってしまった場合などに貫通孔7から潤滑剤Lが漏出するおそれがある。
【0055】
あるいは、貫通孔7の径を、Z≦18451/Xなる式を満足するように設定してもよい。ただし、式中のZは貫通孔7の径(単位はμm)であり、Xは内輪1と外輪2と密封装置5,5とで囲まれた軸受内部空間の内圧が、深溝玉軸受の使用時に温度上昇等により変化する量(単位はPa)、又は、軸受静止状態で前記軸受内部空間内に潤滑剤Lを封入した際に変化する量(単位はPa)である。前記式を満足するように貫通孔7の径を設定すれば、軸受内部空間の内圧が変化した際に貫通孔7から潤滑剤が漏出することが抑制される。ただし、貫通孔7の径は、前記内圧の変化量がゼロとなるように設定することがより好ましい。
【0056】
また、密封装置5における貫通孔7の形成位置は特に限定されるものではないが、深溝玉軸受の内部と外部との間で空気が流通しやすいように、外輪2に近い径方向位置に形成することが好ましい。具体的には、内輪1の外周面と外輪2の内周面との間の径方向距離の2/3以上5/6以下の範囲の位置に、貫通孔7を形成することが好ましい。なお、貫通孔7は密封装置5に1個形成すればよいが、複数個形成してもよい。また、ブリーザー構造は両方の密封装置5,5に設けてもよい。さらに、転がり軸受を装置や機器に装着する際には、ブリーザー構造が形成された密封装置5を、鉛直方向上方に向けて設置することが好ましい。
【0057】
内輪1,外輪2,及び転動体3は、転がり軸受の軌道輪や転動体の素材として一般的に採用される鉄鋼材料(例えばステンレス鋼,軸受鋼)で構成されている。また、密封装置5は、ゴム,プラスチック等の高分子材料で構成されており、例としてはゴムシール,プラスチックシールがあげられる。ただし、鋼等の金属材料で構成されていてもよく、例としては鋼板製のシールドがあげられる。なお、金属製の芯金を有するタイプの高分子材料製密封装置でもよい。さらに、保持器4は、転がり軸受の保持器の素材として一般的に採用される樹脂材料(例えばポリアミド,ポリフェニレンスルフィド)又は金属材料(例えば鋼,黄銅,アルミニウム合金)で構成されている。
【0058】
この密封装置5は略環状の部材であり、その外端部5aが外輪2の内周面の軸方向両端部に取り付けられている。図3においては、外輪2の内周面の軸方向両端部に形成された溝2b(凹部)に、密封装置5の外端部5aが嵌入されている。そして、密封装置5の内端部5bが内輪1の外周面に隙間C(ラビリンス隙間)を空けて対向している。もちろん、密封装置5の内端部5bが内輪1に取り付けられ、外端部5aが外輪2の内周面に隙間Cを空けて対向している構成としても差し支えない。また、密封装置5は、外輪2の内周面の軸方向片側端部のみに取り付けられていてもよい。
【0059】
この密封装置5のうち内輪1に隙間Cを空けて対向する内端部5bと、内輪1の外周面のうち密封装置5の内端部5bに対向する対向面1bと、密封装置5が取り付けられている外輪2の溝2bの内面と、溝2bに嵌入されている密封装置5の外端部5aとには、下記のような表面処理が施されて優れた撥水性及び撥油性が付与されている。
なお、密封装置5の内端部5b、密封装置5の外端部5a、内輪1の対向面1b、及び外輪2の溝2bの内面のうち1箇所に前記表面処理が施されていれば、潤滑剤Lの漏出が生じにくいという後述の効果が奏されるが、奏される効果の高さを考慮すれば、前記4箇所中の複数箇所に前記表面処理が施されていることが好ましく、前記4箇所全てに前記表面処理が施されていることがより好ましい。
【0060】
さらに、貫通孔7の内面にも、下記のような表面処理が施されて優れた撥水性及び撥油性が付与されていれば、潤滑剤Lの漏出が生じにくいという後述の効果がさらに高くなる。前記5箇所全てに前記表面処理が施されていることが最も好ましく、前記5箇所全てに前記表面処理が施されていれば、非接触形の密封装置5を備える深溝玉軸受であっても、隙間Cからの潤滑剤Lの漏出をほぼ完全に防止することが可能となる。
【0061】
ここで、前記表面処理について、図2を参照しながら説明する。本実施形態の表面処理は、密封装置5等の高分子材料製部材10の表面に優れた撥水性及び撥油性を付与する撥水撥油処理方法であって、下記のような3つの工程からなる。
まず、第一工程は、高分子材料製部材10の表面に親水化処理を施して、該表面に親水性を付与する工程である。親水化処理の種類は特に限定されるものではないが、例えば、プラズマ処理,グロー放電,コロナ放電,紫外線照射等により表面に水酸基を形成する処理があげられる。
【0062】
次に、第二工程は、2種の溶液を順次接触させることにより、親水化処理を施した高分子材料製部材10の表面に金属酸化物層20を形成する工程である。
すなわち、シリコン,チタン,及びアルミニウムのうち少なくとも1種の金属と炭素数が1個以上6個以下のアルコキシ基とを備える金属アルコキシドと、水と、炭素数が1個以上6個以下のアルコールと、平均粒径が1nm以上200nm以下の金属酸化物粒子と、を含有し且つpHが6以下である第一の溶液を高分子材料製部材10に接触させて、第一の溶液の溶質及び固形分を高分子材料製部材10の表面に付着させる。そして、そこにpHが11以上13以下である第二の溶液をさらに接触させると、反応が生じて、前記金属の酸化物(すなわち、シリコン,チタン,及びアルミニウムのうち少なくとも1種の金属の酸化物)からなる金属酸化物層20が高分子材料製部材10の表面に形成する。
【0063】
次に、第三工程は、高分子材料製部材10の表面に形成された金属酸化物層20に2種の溶液を順次接触させることにより、金属酸化物層20の上に撥水撥油層30を形成する工程である。
すなわち、シリコン,チタン,及びアルミニウムのうち少なくとも1種の金属とフッ素とを備えるカップリング剤と、水と、炭素数が1個以上6個以下のアルコールと、を含有し且つpHが6以下である第三の溶液を、金属酸化物層20に接触させた上、pHが11以上13以下である第四の溶液をさらに接触させると、金属酸化物層20とカップリング剤との反応が生じて、金属酸化物層20の上に撥水撥油層30が形成する。
【0064】
第二工程において、第一の溶液のpHを6以下とすることにより、金属アルコキシドの加水分解が促進される。また、第二の溶液のpHを11以上13以下とすることにより、金属アルコキシドの前記加水分解により生じた水酸基(OH基)と、高分子材料製部材10の表面に存在する水酸基(OH基)との脱水縮合反応が促進される。その結果、金属酸化物層20は、高分子材料製部材10の表面に対して化学的に強固に結合された状態で形成される。
【0065】
さらに、第二工程においては、金属酸化物層20が高分子材料製部材10の表面に形成する際に、第一の溶液に含有されている金属酸化物粒子が高分子材料製部材10の表面に結合するため、高密度な金属酸化物層20が形成される。また、金属酸化物粒子に起因して、金属酸化物層20の表面が凹凸状となるため、金属酸化物層20の表面積率(表面が平滑面である場合の表面積に対する比率)が大きくなる。そうすると、第三工程で積層される撥水撥油層30の表面積率も大きくなるとともに、高密度な撥水撥油層30が形成されることとなるので、撥水撥油層30の撥水性及び撥油性が高まるとともに、撥水撥油層30が金属酸化物層20に強固に結合する。なお、このような効果を得るためには、前記表面積率は1.1以上であることが好ましい。
【0066】
このような表面処理が施された本実施形態の深溝玉軸受は、内輪1と密封装置5との間に隙間Cがあるものの、この隙間Cの周辺部分(内端部5b)に前記表面処理が施されて撥水性及び撥油性が付与されているため、潤滑剤Lが弾かれて、隙間Cからの潤滑剤Lの漏出が生じにくい。また、密封装置5と外輪2との固定部分(外端部5aと溝2bとの間)からも潤滑剤Lの漏出が生じる場合があるが、外端部5aにも前記表面処理が施されて撥水性及び撥油性が付与されているため、潤滑剤Lが弾かれて、前記固定部分からの潤滑剤Lの漏出が生じにくい。さらに、貫通孔7の内面に前記表面処理が施されて撥水性及び撥油性が付与されているため、潤滑剤Lが弾かれて、貫通孔7からの潤滑剤Lの漏出が生じにくい。
【0067】
そして、前記表面処理により付与される撥水性及び撥油性は大変優れているので、潤滑剤Lが、粘性の高いグリースである場合のみならず、イオン液体を含有した粘性の低い潤滑油である場合も、漏出が生じにくい。しかも、潤滑油の軸受内部空間内への封入量が多い場合(オイルプレーティング潤滑において使用される程度の封入量よりも多い場合)、軸受が高速回転で使用される場合、軸受が高温下で使用される場合、軸受の温度が変化する場合(例えば温度が上昇する場合)など、潤滑剤Lの漏出が極めて生じやすい条件であっても、潤滑剤Lの漏出を十分に防止することが可能である。
【0068】
特に、軸受の温度が上昇する場合には、転がり軸受の内圧が上昇して潤滑剤Lが漏出しやすいが、内圧の上昇を抑制するブリーザー構造が設けられているので、潤滑剤Lの漏出を十分に防止することが可能である。
なお、密封装置5の内端部5b及び外端部5aの一方又は両方に前記表面処理を施せば、潤滑剤Lの漏出を防止することが可能であるが、さらに内輪1の外周面のうち密封装置5の内端部5bに対向する対向面1b(密封装置5の内端部5bと隙間Cを介して対向してラビリンスを形成する部分である)及び密封装置5が取り付けられている外輪2の溝2bの内面にも前記表面処理を施すと、潤滑剤Lの漏出をより十分に防止することが可能となる。
【0069】
また、対向面1b及び内端部5bに撥水撥油処理が施してあれば、密封装置5と内輪1との間の隙間Cからの潤滑剤Lの漏出を十分に抑制することができるが、内輪1の外周面のうちラビリンスを形成する部分(対向面1b)のみに撥水撥油処理を施すよりも、ラビリンスを形成する部分よりも広い範囲の面(軸方向に広い範囲の面)に撥水撥油処理を施した方が、隙間Cからの潤滑剤Lの漏出をより抑制することができる。
【0070】
さらに、潤滑剤Lの漏出を十分に防止するためには、前記表面処理が施された表面と潤滑剤Lとの接触角が大きいことが好ましい。特に潤滑油を軸受内部空間内に密封するためには、前記接触角が110°以上となるように、前記表面処理を施すことが好ましい。なお、前記表面処理が施された表面と水との接触角が110°以上となるように、前記表面処理を施せば、軸受内部空間内への水の侵入を抑制することができる。
【0071】
さらに、隙間Cが大きいと、前記表面処理を施しても、潤滑剤Lの漏出を防止する効果が低下するおそれがある。特に潤滑油を軸受内部空間内に密封するためには、隙間Cは340μm以下とすることが好ましい。
さらに、密封装置5が非接触形であるため深溝玉軸受は低トルク,低騒音であり、潤滑剤Lを粘性の低い潤滑油とすれば、深溝玉軸受はさらに低トルク,低騒音となる。そして、潤滑剤Lの漏出が生じにくいため、深溝玉軸受は潤滑性に優れ長寿命である。さらに、前記表面処理が施された表面は、油を弾く撥油性とともに水を弾く撥水性も有しているので、隙間Cから軸受内部空間内への水の侵入も抑制される。
【0072】
ただし、密封装置5は、ゴムシール等の接触形の密封装置であってもよい。密封装置5が接触形である場合は、内輪1に滑り接触する内端部5bと、内輪1の外周面のうち内端部5bに滑り接触する対向面1bと、外輪2の溝2bの内面と、外輪2の溝2bに嵌入されている密封装置5の外端部5aとに、前記のような表面処理を施して優れた撥水性及び撥油性を付与すればよい。
【0073】
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態においては、密封装置5に前記表面処理の第一工程(親水化処理)を施したが、鋼等の親水性の高い金属材料で構成されている場合には、前記表面処理の第一工程(親水化処理)を省略することができる。
また、本実施形態においては、転がり軸受の例として深溝玉軸受をあげて説明したが、本発明は深溝玉軸受以外の種類の様々な転がり軸受に対して適用することができる。例えば、アンギュラ玉軸受,自動調心玉軸受,円筒ころ軸受,円すいころ軸受,針状ころ軸受,自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受,スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。
【実施例】
【0074】
〔接触角の測定〕
以下に、実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。ニトリルゴムの平板に親水処理及び撥水撥油処理を施して、イオン液体との接触角を測定した。また、高炭素クロム軸受鋼材であるSUJ2の平板に、撥水撥油処理を施して、イオン液体との接触角を測定した。なお、これらの平板の寸法は共に、縦40mm、横50mm、厚さ1mmである。また、これらの平板の表面は平滑である。
【0075】
まず、第一〜第四の溶液に相当する溶液A〜Cについて説明する。第一の溶液に相当する溶液Aは、テトラエトキシシラン6.1質量%、水6.1質量%、エタノール87.0質量%、平均一次粒径が30nmのシリカ粒子0.8質量%を含有し、塩酸によりpHを3.0に調整されたものである。なお、溶液Aは、まずエタノールにシリカ粒子を加えて防爆型ホモジナイザーで撹拌した後に、テトラエトキシシランと水と塩酸を加えることにより調製した。
【0076】
また、第二及び第四の溶液に相当する溶液Bは、pH12の水酸化ナトリウム水溶液である。さらに、第三の溶液に相当する溶液Cは、1H,1H,2H,2H−パーフルオロデシルトリエトキシシラン16.0質量%、水5.5質量%、エタノール78.5質量%を含有し、塩酸によりpHを3.0に調整されたものである。
これらの溶液を用いて以下に示す処理を行い、ニトリルゴムの平板(実施例1)及びSUJ2の平板(実施例2)を得た。なお、比較例1のニトリルゴムの平板は、親水化処理のみを施して撥水撥油処理を施していないものである。また、比較例2のSUJ2の平板は、親水化処理及び撥水撥油処理共に施していないものである。
【0077】
まず、実施例1の表面処理について説明する。ニトリルゴムの平板にプラズマ処理を施して、その表面に親水性を付与した。そして、プラズマ処理を施したニトリルゴムの平板をメタノール中で超音波洗浄し、乾燥させた。その直後に、約25℃に保持したニトリルゴムの平板に、約25℃の溶液Aを塗布した。塗布した溶液Aの揮発成分が蒸発したら、速やかに約25℃の溶液Bをさらに塗布した。すると、テトラエトキシシランは加水分解を受けてシラノールになり、続いてシラノールの脱水縮重合によりシリカとなる。その後、ニトリルゴムの平板をエタノールで洗浄したら、120℃のクリーンオーブン中で30分間乾燥を行い、冷却後エタノール中で超音波洗浄を行った。得られたニトリルゴムの平板の表面には、表面が凹凸状をなすシリカ被膜(金属酸化物層)が形成されていた。
【0078】
次に、このニトリルゴムの平板を、大気圧下で約25℃の溶液Cに30分間浸漬した。浸漬中は、溶液Cを緩やかに撹拌した。30分間浸漬したらニトリルゴムの平板を引き上げて、速やかに約25℃の溶液B中に入れ、大気圧下で30分間浸漬した。30分間浸漬したらニトリルゴムの平板を引き上げて、エタノールで洗浄した。そして、120℃のクリーンオーブン中で30分間乾燥を行い、冷却後エタノール中で超音波洗浄を行った。すると、シリカ被膜(金属酸化物層)の上に撥水撥油層が形成されたニトリルゴムの平板が得られた。
【0079】
次に、実施例2の表面処理について説明する。SUJ2の平板をメタノールで超音波洗浄して乾燥させた後、約25℃に保持したSUJ2の平板に、約25℃の溶液Aを塗布した。塗布した溶液Aの揮発成分が蒸発したら、速やかに約25℃の溶液Bをさらに塗布した。すると、テトラエトキシシランは加水分解を受けてシラノールになり、続いてシラノールの脱水縮重合によりシリカとなる。その後、SUJ2の平板をエタノールで洗浄したら、120℃のクリーンオーブン中で30分間乾燥を行い、冷却後エタノール中で超音波洗浄を行った。得られたSUJ2の平板の表面には、表面が凹凸状をなすシリカ被膜(金属酸化物層)が形成されていた。
【0080】
次に、このSUJ2の平板を、大気圧下で約25℃の溶液Cに30分間浸漬した。浸漬中は、溶液Cを緩やかに撹拌した。30分間浸漬したらSUJ2の平板を引き上げて、速やかに約25℃の溶液B中に入れ、大気圧下で30分間浸漬した。30分間浸漬したらSUJ2の平板を引き上げて、エタノールで洗浄した。そして、160℃のクリーンオーブン中で30分間乾燥を行い、冷却後エタノール中で超音波洗浄を行った。すると、シリカ被膜(金属酸化物層)の上に撥水撥油層が形成されたSUJ2の平板が得られた。
【0081】
次に、比較例1の表面処理について説明する。ニトリルゴムの平板にプラズマ処理を施して、その表面に親水性を付与した。そして、プラズマ処理を施したニトリルゴムの平板をメタノール中で超音波洗浄し、乾燥させた。
なお、比較例2には親水処理及び撥水撥油処理共に施していない。
実施例1及び2においては、図2に示すように、シリカ被膜(金属酸化物層)がニトリルゴムの平板及びSUJ2の平板の表面に対して化学結合された状態で形成され、その上に、フルオロアルキルトリシロキサンの単分子膜(撥水撥油層)が化学結合された状態で形成されている。そして、シリカ被膜の表面は凹凸状をなしている。
【0082】
実施例1及び2と、比較例1及び2とについて、その表面とイオン液体1〜3との接触角を測定した。イオン液体1には、1−メチル−1−プロピルピロリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドを、イオン液体2には、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドを、イオン液体3には、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム−2−(2−メトキシエトキシ)エチルスルファートを用いた。
【0083】
実施例1及び2、比較例1及び2の各平板の表面にそれぞれイオン液体1〜3を滴下して、その液滴と実施例1及び2、比較例1及び2の各平板の表面との接触角を測定した。雰囲気温度は25℃であり、接触角の測定はイオン液体の滴下20秒後に行った。
結果を表1に示す。なお、実施例1及び2におけるイオン液体3の接触角は、液滴が転がってニトリルゴムの平板及びSUJ2の平板の上に留まらなかったため、測定できなかった。
【0084】
【表1】

【0085】
表1の結果から分かるように、撥水撥油処理を行った実施例1及び2の平板は、接触角が大きく、撥水撥油処理を行っていない比較例1及び2の平板に比して優れた撥水撥油性を有していた。
【0086】
〔腐食性試験〕
次に、親水処理及び撥水撥油処理を施していないSUJ2の平板を用いて腐食性試験を行った。SUJ2の平板を、150℃の前記イオン液体1〜3に各々浸漬し、100時間加熱した。
ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドイオンを有するイオン液体1及び2から錆の発生は見られなかったが、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドイオンを有しないイオン液体3からは錆の発生を確認した。
このことから、イオン液体を構成する陰イオンとして、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドイオンを有するイオン液体を用いることが好ましいことがわかる。
【0087】
〔電食耐久試験〕
次に、前記のような表面処理を施した密封装置を備える転がり軸受を用意して回転させ、電食耐久試験を行った。
実施例の転がり軸受は、呼び番号608の深溝玉軸受であり、2個の密封装置を備えている。この密封装置は、非接触形のニトリルゴム製のシールである(芯金は備えていない)。そして、転がり軸受に取り付けられた2個のニトリルゴム製のシールのうち一方は、ブリーザー構造を備えている。すなわち、軸受内外を連通する直径200μmの貫通孔が1個、ピンバイスにより形成されている。この貫通孔は、内輪よりも外輪に近い径方向位置に形成されており、その位置は、内輪の外周面と外輪の内周面との間の径方向距離の5/6の位置である。
【0088】
また、2個のニトリルゴム製のシールリップ部及び一方のシールに設けられた貫通孔の内面には以下のような表面処理が施してある。まず、シールリップ部及び貫通孔の内面にプラズマ処理を施して、その表面に親水性を付与した。そして、そのニトリルゴム製のシールをメタノール中で超音波洗浄し、乾燥させた。その直後に、シールリップ部及び貫通孔の内面に約25℃の前記溶液Aを塗布した後、約25℃の前記溶液Bをさらに塗布して、30分間放置した。すると、テトラエトキシシランは加水分解を受けてシラノールになり、続いてシラノールの脱水縮重合によりシリカとなる。その後、シールをエタノールで洗浄したら、120℃のクリーンオーブン中で30分間乾燥を行い、冷却後エタノール中で超音波洗浄を行った。得られたニトリルゴム製のシールリップ部及び貫通孔の内面には、表面が凹凸状をなすシリカ被膜(金属酸化物層)が形成されていた。
【0089】
次に、このニトリルゴム製のシールのシールリップ部及び貫通孔の内面に、約25℃の前記溶液Cを塗布した後、約25℃の溶液Bをさらに塗布して、30分間放置した。その後、ニトリルゴム製のシールをエタノールで洗浄したら、120℃のクリーンオーブン中で30分間乾燥を行い、冷却後エタノール中で超音波洗浄を行った。すると、シリカ被膜(金属酸化物層)の上に撥水撥油層が形成された。
【0090】
一方、内輪及び外輪のシール溝の内面には、以下のような表面処理が施してある。なお、この深溝玉軸受の内輪及び外輪は高炭素クロム鋼第2種(SUJ2)製であり、熱処理が施されて硬さがHRC60に調整されている。
内輪及び外輪をメタノール中で超音波洗浄し、乾燥させた。その直後に、内輪及び外輪のシール溝の内面に、約25℃の前記溶液Aを塗布した後、約25℃の前記溶液Bをさらに塗布して、30分間放置した。すると、テトラエトキシシランは加水分解を受けてシラノールになり、続いてシラノールの脱水縮重合によりシリカとなる。その後、内輪及び外輪をエタノールで洗浄したら、160℃のクリーンオーブン中で30分間乾燥を行い、冷却後エタノール中で超音波洗浄を行った。得られた内輪及び外輪のシール溝の内面には、表面が凹凸状をなすシリカ被膜(金属酸化物層)が形成されていた。
【0091】
次に、この内輪及び外輪のシール溝の内面に、約25℃の前記溶液Cを塗布した後、約25℃の溶液Bをさらに塗布して、30分間放置した。その後、内輪及び外輪をエタノールで洗浄したら、160℃のクリーンオーブン中で30分間乾燥を行い、冷却後エタノール中で超音波洗浄を行った。すると、シリカ被膜(金属酸化物層)の上に撥水撥油層が形成された。
【0092】
このようにして得られた内輪,外輪,及びニトリルゴム製のシールと、別途用意した転動体(玉)とを用いて、深溝玉軸受を組み立てた。そして、軸受内部空間に0.6gのイオン液体1,2、リチウムイオングリース、又は、導電性グリースをそれぞれの深溝玉軸受内に封入した。なお、イオン液体1を封入した深溝玉軸受を実施例21、イオン液体2を封入した深溝玉軸受を実施例22、リチウムグリースを封入した深溝玉軸受を比較例21、導電性グリースを封入した深溝玉軸受を比較例22とした。
実施例21,22、比較例21,22の深溝玉軸受を用いて、以下の条件で各軸受について連続して3回の電食耐久試験を行い、電食耐久試験後にアンデロメータを用いて音響特性を示す量(アンデロン値)を測定した。
【0093】
<試験条件>
回転速度:1800min-1(内輪回転)
アキシャル荷重:30N
軸受への付与電流:0.5A
雰囲気温度:室温
回転時間:10時間
得られた結果より、各サンプルについて、回転前のアンデロン値(初期音響)に対する、10時間回転後のアンデロン値の上昇値を算出し、この上昇値が1.0未満である深溝玉軸受を○、1.0以上2.0未満である軸受を△、2.0以上を×として、表2に示した。
【0094】
【表2】

【0095】
表2から、本発明の実施例である、実施例21及び22の転がり軸受は、1〜3回目の試験において全て○であった。これに対し、比較例に相当するリチウムグリースを密封した比較例21は、1〜3回目の試験において全て×であった。また、比較例に相当する導電性グリースを密封した比較例22は、1回目及び2回目の試験においては○だったものの、3回目の試験においては△となった。このことから、イオン液体を封止した本発明の転がり軸受は効果的に電食の発生を防止することができることがわかる。
また、本発明の撥水撥油処理を施すことにより、本発明の実施例21及び23の転がり軸受のイオン液体1及び2の漏洩率は0%であった。
【符号の説明】
【0096】
1 内輪
1a 軌道面
1b 対向面
2 外輪
2a 軌道面
2b 溝
3 転動体
5 密封装置
5a 外端部
5b 内端部(シール部)
7 貫通孔
10 金属製部材,高分子材料性部材
20 金属酸化物層
30 撥水撥油層
L 潤滑剤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と、外輪と、前記内輪の軌道面と前記外輪の軌道面との間に転動自在に配された複数の転動体と、前記内輪と前記外輪とのうち一方の軌道輪に取り付けられ他方の軌道輪に滑り接触又は隙間を空けて対向する密封装置と、前記両軌道面と前記転動体との間の潤滑を行う潤滑剤と、を備える転がり軸受において、
前記潤滑剤はイオン液体を含有し、
前記密封装置のうち前記一方の軌道輪に取り付けられる取付部と、前記一方の軌道輪のうち前記取付部が取り付けられる被取付部と、前記密封装置のうち前記他方の軌道輪に滑り接触又は隙間を空けて対向するシール部と、前記他方の軌道輪の表面のうち前記シール部に対向する対向面と、のうち少なくとも一つに、母材の表面に撥水性及び撥油性を付与する表面処理が施されており、
この表面処理は、シリコン,チタン,及びアルミニウムのうち少なくとも1種の金属と炭素数が1個以上6個以下のアルコキシ基とアルキル基若しくはハロゲン基とを備える金属アルコキシド又は前記金属のハロゲン化合物と、水と、炭素数が1個以上6個以下のアルコールと、平均粒径が1nm以上200nm以下であるシリカ,チタニア,及びアルミナのうち少なくとも1種の金属酸化物粒子と、を含有し且つpHが6以下であり前記金属酸化物粒子の含有量が0.1質量%以上5質量%以下である第一の溶液を接触させた上、pHが11以上13以下である第二の溶液をさらに接触させることにより、前記母材の表面に前記金属の酸化物からなる金属酸化物層を形成した後に、前記母材の表面に形成された前記金属酸化物層に、シリコン,チタン,及びアルミニウムのうち少なくとも1種の金属とフッ素とを備えるカップリング剤と、水と、炭素数が1個以上6個以下のアルコールと、を含有し且つpHが6以下である第三の溶液を接触させた上、pHが11以上13以下である第四の溶液をさらに接触させることにより、前記金属酸化物層の上に撥水撥油層を形成する撥水撥油処理であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記密封装置は、軸受内外を連通する貫通孔からなるブリーザー構造を有することを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記表面処理は、さらに前記貫通孔の内面にも施されていることを特徴とする請求項2に記載の転がり軸受。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−172713(P2012−172713A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−33136(P2011−33136)
【出願日】平成23年2月18日(2011.2.18)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】