説明

転動装置の観察方法

【課題】X線照射によって得られた転動装置のX線断層データによって潤滑剤の状態を正確に観察することができる転動装置の観察方法を提供する。
【解決手段】X線を照射することで転動装置の内部のX線吸収率データを得るとともに、このX線吸収率データに基づいて、前記転動装置の内部の濃淡をグレースケールで表すX線画像データを取得する。次いで、CADデータに基づいて転動装置を構成する内側軌道部材、外側軌道部材及び転動体の形状を示すCAD画像データを取得する。次いで、前記X線画像データ及び前記CAD画像データの差に基づいてこれらデータの非共通部分である差分画像データを取得する。次いで、前記X線画像データ及び前記差分画像データに基づいて前記転動装置の内部形状を画像表示装置に表示し、形状変化部分を観察する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線照射により画像データを取得して転動装置の内部の状態を観察する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グリース(潤滑剤)を封入した転がり軸受(転動装置)は、グリース潤滑による軸受寿命の延長を図るために、転がり軸受内部の軌道面のどの部分にグリースが存在しているか(グリース分布)、グリースがどのように付着しているか(グリース形状)といったグリース状態を検査する必要がある。
従来、内輪(内側軌道部材)及び外輪(外側軌道部材)の少なくとも一方をアクリル酸樹脂等の透明体で構成し、この透明体越しにグリースを透視することで、転がり軸受内のグリース状態の情報を取得する方法が知られている(例えば特許文献1)。
【0003】
この特許文献1の方法は、内輪及び外輪の少なくとも一方の透明体越しに透視したグリースの表面のみを観察しているだけなので、グリースの分布、形状の情報を正確に取得することができない。
そこで、例えば特許文献2,3に示すように、試料内部にX線を照射し、試料内部のX線吸収係数の違いに基づくX線透過像の画像処理を行って試料内部を検査する方法、或いは、特許文献4に示すように、グリースを封入した転がり軸受にX線を照射してX線断層像を撮影し、X線断層像の濃色域の面積変化及び位置変化を比較してグリース状態の情報を取得する方法が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−69288号公報
【特許文献2】特開2001−201465号公報
【特許文献3】特開2007−111525号公報
【特許文献4】特開2007−155534号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献2,3の試料を転がり軸受に適用しても、或いは、特許文献4の方法のように、転がり軸受にX線を照射しただけでは転がり軸受内のグリース状態の情報を正確に取得することは難しい。
すなわち、通常、転がり軸受の構成部材である内輪、外輪、転動体等は、グリースと比較してX線吸収率が高い軸受鋼を使用しており、軸受鋼製の構成部材の形状を撮影するために強度のX線を照射するとグリースの存在が消えてしまい、グリースの状態が撮影できる程度のX線を照射すると、X線が軸受鋼製の構成部材を透過できす、その形状を撮影することができないという問題がある。
【0006】
そこで、本発明は、上記のような従来技術が有する問題点を解決し、X線照射によって得られた転動装置のX線断層データによって潤滑剤の状態を正確に観察することができる転動装置の観察方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、請求項1記載の発明は、内側軌道部材、外側軌道部材、転動体及び潤滑剤を備えた転動装置の内部状態を観察する方法であって、X線を照射することで前記転動装置の内部のX線吸収率データを得るとともに、このX線吸収率データに基づいて、前記転動装置の内部の濃淡をグレースケールで表すX線画像データを取得し、転動装置設計時のCADデータに基づいて前記内側軌道部材、前記外側軌道部材及び前記転動体の形状を示すCAD画像データを取得し、前記X線画像データ及び前記CAD画像データの差に基づいてこれらデータの非共通部分である差分画像データを取得するとともに、前記X線画像データ及び前記差分画像データに基づいて前記転動装置の内部形状の変化部分を画像表示装置に表示するようにした。
【0008】
また、請求項2記載の発明は、請求項1記載の転動装置の観察方法において、前記潤滑剤のグレースケールが前記内側軌道部材、前記外側軌道部材及び前記転動体のグレースケールと異なる範囲となるように、前記内側軌道部材、前記外側軌道部材、前記転動体及び前記潤滑剤の材料を選定した。
また、請求項3記載の発明は、請求項1記載の転動装置の観察方法において、前記内側軌道部材、前記外側軌道部材、前記転動体、前記潤滑剤及び転動装置内部に存在する空気が、それぞれ異なるグレースケールとなるように、前記内側軌道部材、前記外側軌道部材、前記転動体及び前記潤滑剤の材料を選定した。
【0009】
また、請求項4記載の発明は、請求項1乃至3の何れか1項に記載の転動装置の観察方法において、前記内側軌道部材と前記外側軌道部材の軌道間で前記転動体を案内保持する保持器を備えており、CADデータに基づいて前記内側軌道部材、前記外側軌道部材及び前記転動体とともに前記保持器の形状を示すCAD画像データを取得し、前記X線画像データ及び前記CAD画像データの差に基づいてこれらデータの非共通部分である差分画像データを取得するとともに、前記X線画像データ及び前記差分画像データに基づいて前記転動装置の内部形状の変化部分を画像表示装置に表示するようにした。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る転動装置の観察方法によると、X線を照射することで転動装置の内部のX線吸収率データを得るとともに、このX線吸収率データに基づいて、転動装置の内部の濃淡をグレースケールで表すX線画像データを取得し、転動装置の設計時のCADデータに基づいて内側軌道部材、外側軌道部材及び転動体の形状を示すCAD画像データを取得し、X線画像データ及びCAD画像データの差に基づいてこれらデータの非共通部分である差分画像データを取得するとともに、X線画像データ及び前記差分画像データに基づいて前記転動装置の内部形状を画像表示装置に表示するようにしたので、比較的形状変化が少ないが相対的な動きのある各構成部材(内輪、外輪、玉)の形状を正確に把握することができる。これにより、転動装置内部に封入された潤滑剤の分布、形状という比較的変化の大きいものを正確に取得することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】内部観察用としての第1実施形態の転動装置の軸方向断面を示す図である。
【図2】図1のA−A線矢視図である。
【図3】第1実施形態の転動装置の内部観察を行なう観察装置の構成を示す図である。
【図4】内部観察用の第2実施形態の転動装置を示す図である。
【図5】内部観察用の第3実施形態の転動装置を示す図である。
【図6】内部観察用の第4実施形態の転動装置を示す図である。
【図7】内部観察用の第5実施形態の転動装置を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための最良の形態(以下、実施形態という。)を、図面を参照しながら詳細に説明する。
(転がり軸受の構成)
図1は、本発明に係る転がり軸受1を示す軸方向断面図、図2は、図1のA−A断面である。
【0013】
図1に示すように、転がり軸受1は、外輪2と、内輪3と、これら外輪2及び内輪3の間に複数個組み込まれる玉4と、複数個の玉4を等配して案内する冠形の保持器5とを備えている。
外輪2の内周面の軸方向中央部には、円弧溝状の外輪軌道面2aが形成されており、内輪3の外周面の軸中央部には、外輪軌道面2aと対向する円弧溝状の内輪軌道面3aが形成されている。
【0014】
図2に示すように、外輪軌道面2a、内輪軌道面3a及び保持器5で囲まれた転がり軸受1の内部空間には、所定の分布、形状でグリース6が封入されているとともに、グリース6とは異なる内部領域に空気(気泡)7が存在している。
【0015】
外輪2及び内輪3は、フッ素系樹脂及びカーボン繊維の複合材、或いは耐熱性樹脂及びカーボン繊維の複合材で形成されている。フッ素系樹脂及びカーボン繊維の複合材としての具体的な材料は、例えばテトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン−エチレン共重合体(ETFE)、ポリビニリデンフルオライド(PVDF)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、クロロトリフルオロエチレン−エチレン共重合体(ECTFE)、ポリエーテルニトリル(PEN)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルエーテルケトンとポリベンゾイミダゾールとのコポリマー(PEEK−PBI)、熱可塑性ポリイミド(TPI)、ホウ酸アルミニウムウイスカー、チタン酸カリウムウイスカー、カーボンウイスカー、アラミド繊維、芳香族ポリイミド繊維、液晶ポリエステル繊維、グラファイトウイスカー、ガラス繊維、炭素繊維、ボロン繊維、炭化珪素ウイスカー、窒化珪素ウイスカー、アルミナウイスカー、窒化アルミニウムウイスカー、ウォラストナイト等の繊維状充填材を配合した材料が挙げられる。
【0016】
玉4は、セラミック、或いはガラスを材料としており、セラミックの具体的な材料としては、窒化珪素(Si34)、炭化珪素(SiC)、サイアロン(Sialon)、部分安定化ジルコニア(ZrO2)、硬質カーボン、およびアルミナ(Al23)等が挙げられる。
保持器5は、フッ素系樹脂、或いは耐熱性樹脂を材料としており、具体的な材料としては、前述したPFA、ETFE、PVDF、FEP、PCTFE、ECTFE、PEN、PEEK、PEEK−PBI、TPI等が挙げられる。
【0017】
グリース6は、基油、増ちょう剤、添加剤の種類、配合割合は特に制限がなく、基油として鉱物油、エステル系合成油、エーテル系合成油、炭化水素系合成油等を用い、増ちょう剤としてリチウム石けん等の金属石けん、ウレア系化合物等が用いられている。
【0018】
(転がり軸受観察装置)
次に、上記構成とした転がり軸受1の観察を行う転がり軸受観察装置の1実施形態について、図3を参照して説明する。
本実施形態の転がり軸受観察装置10は、転がり軸受1に対して軸方向に直交する所定位置からX線を照射することでCT値(例えば、医療用の場合、水を0、空気を−1000とした値)データを計測するX線CT11と、X線CT11で計測したCT値データを保存するCTデータ保存部12と、CT値データに基づいてCT画像を作成するCT画像作成演算部13と、このCT画像作成演算部13で作成した前記CT画像にグレースケール処理を行うグレースケール処理演算部14と、このグレースケール処理演算部14でグレースケール処理を行ったデータ(X線画像データ)を保存するX線画像データ保存部24と、観察する転がり軸受1のCAD(Computer Aided Design)データに基づいて3次元形状の外輪2、内輪3、玉4及び保持器5の画像データ(CAD画像データ)が保存されているCAD画像データ保存部25と、X線画像データ保存部24及びCAD画像データ保存部25のデータに基づいてCT画像解析データを表示する表示装置(画像表示装置:カラーディスプレイ)16と、X線CT11、CTデータ保存部12、画像作成演算部13、グレースケール処理演算部14、CT画像解析処理部15及び表示装置16を制御するMPU(マイクロプロセッシングユニット)17と、MPU17の操作を行う操作部18とを備えている。
【0019】
X線CT11は、軸方向が鉛直方向(重力方向)を向くように、且つ軸回りに回転自在となるように転がり軸受1を載置している試料載置台20と、転がり軸受1に対して軸方向に直交する方向からX線を照射するX線照射部21と、X線照射部21を上下方向に移動させる移動部22と、転がり軸受1のCT値を計測するX線計測部23とを備えている。試料載置台20は、転がり軸受1を軸回りに回転させる機能を有している。
【0020】
グレースケール処理演算部14では、画像作成演算部13で作成したCT画像に基づき、例えばCT値を14ビットの数値で保存して214=16384階調の−8192〜8192の範囲のグレースケールで表し、所定範囲の階調毎に強調表示する。
CT画像解析処理部15は、転がり軸受1の各構成部材の形状が把握できるデータ、最終的にグリース6の分布、形状が把握できるデータを作成する。
【0021】
ここで、上記構成の転がり軸受観察装置10は、X線CT11の試料載置台20を回転駆動して転がり軸受1を軸回りに所定角度まで回転し、移動部22を駆動して転がり軸受1の上下方向位置を変更することで、X線照射部21からX線が照射される転がり軸受1の照射方向が適宜変更されながら、表示装置16にはCT画像解析データが表示されるものとする。
【0022】
したがって、本実施形態の転がり軸受1の観察方法においては、転がり軸受1にX線を照射することで転がり軸受1内部のCT値データを得るとともに、このCT値データに基づいて転がり軸受1内部の濃淡をグレースケールで表すX線画像データを取得し、予め記憶されているCADデータに基づいて転がり軸受1の外輪2、内輪3、玉4及び保持器5の形状を示すCAD画像データを取得し、前記X線画像データ及び前記CAD画像データの差に基づいてこれらデータの非共通部分である差分画像データを取得し、この差分画像データに基づいて形状変化部分を観測できる。また、X線画像データにおいて各構成部材(内輪3、外輪2、玉4、保持器5及びグリース6)のグレースケール値に差が無くても、X線画像データ及びCAD画像データの差に基づいてこれらデータの非共通部分である差分画像データを取得し、各構成部材(内輪3、外輪2、玉4、保持器5)の形状とその他の部分の区別が可能であり、それにより、転がり軸受1内部に存在するグリース6等の形状を確実に把握し、グリース6とその他の部分を明確に分離処理することができるので、軸受内部のグリース6の分布、形状を正確に取得することができる。
【0023】
なお、本実施形態では観察用の転動装置として転がり軸受1を用いたが、図4に示すリニアガイド装置26、図5に示すボールねじ27、図6に示すラック&ピニオン28、或いは図7に示すウォームギヤ29を観察用の転動装置として用いても、装置内部に封入されたグリースの分布、形状を正確に取得することができる。なお、これらの図においてX線を照射してCT値を取得する断面は、図4のリニアガイド装置26ではベアリング部26bが移動自在に配置されたレール部26aの軸方向に直交する断面D1、図5のボールねじ27ではナット部27aが移動自在に配置されたねじ部27bの軸方向に直交する断面D2、図6のラック&ピニオン28では、ラック部28a及びピニオン28bの噛合断面D3、図7のウォームギヤ29ではウォーム29a及びウォームホイール29bの噛合断面D4とする。
【符号の説明】
【0024】
1…転がり軸受(転動装置)、2…外輪(外側軌道部材)、2a…外輪軌道面、3…内輪(内側軌道部材)、3a…内輪軌道面、4…玉(転動体)、5…保持器、6…グリース(潤滑剤)、7…空気、10…軸受観察装置、11…X線CT、12…データ保存部、13…画像作成演算部、14…グレースケール処理演算部、15…CT画像解析処理部、16…表示装置(画像表示装置)、17…MPU、18…操作部、20…試料載置台、21…X線照射部、22…移動部、23…X線計測部、24…X線画像データ保存部、25…CAD画像データ保存部、26…リニアガイド装置(転動装置)、27…ボールねじ(転動装置)、28…ラック&ピニオン(転動装置)、29…ウォームギヤ(転動装置)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内側軌道部材、外側軌道部材、転動体及び潤滑剤を備えた転動装置の内部状態を観察する方法であって、
X線を照射することで前記転動装置の内部のX線吸収率データを得るとともに、このX線吸収率データに基づいて、前記転動装置の内部の濃淡をグレースケールで表すX線画像データを取得し、
CADデータに基づいて前記内側軌道部材、前記外側軌道部材及び前記転動体の形状を示すCAD画像データを取得し、
転動装置設計時の前記X線画像データ及び前記CAD画像データの差に基づいてこれらデータの非共通部分である差分画像データを取得するとともに、
前記X線画像データ及び前記差分画像データに基づいて前記転動装置の内部形状の変化部分を画像表示装置に表示するようにしたことを特徴とする転動装置の観察方法。
【請求項2】
前記潤滑剤のグレースケールが前記内側軌道部材、前記外側軌道部材及び前記転動体のグレースケールと異なる範囲となるように、前記内側軌道部材、前記外側軌道部材、前記転動体及び前記潤滑剤の材料を選定したことを特徴とする請求項1記載の転動装置の観察方法。
【請求項3】
前記内側軌道部材、前記外側軌道部材、前記転動体、前記潤滑剤及び転動装置内部に存在する空気が、それぞれ異なるグレースケールとなるように、前記内側軌道部材、前記外側軌道部材、前記転動体及び前記潤滑剤の材料を選定したことを特徴とする請求項1記載の転動装置の観察方法。
【請求項4】
前記内側軌道部材と前記外側軌道部材の軌道間で前記転動体を案内保持する保持器を備えており、
CADデータに基づいて前記内側軌道部材、前記外側軌道部材及び前記転動体とともに前記保持器の形状を示すCAD画像データを取得し、
前記X線画像データ及び前記CAD画像データの差に基づいてこれらデータの非共通部分である差分画像データを取得するとともに、
前記X線画像データ及び前記差分画像データに基づいて前記転動装置の内部形状の変化部分を画像表示装置に表示するようにしたことを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項記載の転動装置の観察方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−38880(P2011−38880A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−185865(P2009−185865)
【出願日】平成21年8月10日(2009.8.10)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】