説明

軸及びピニオンシャフト

【課題】異物混入環境下で使用されても長寿命で、且つ、安価な軸及びピニオンシャフトを提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の軸及びピニオンシャフトは、浸炭処理及び浸炭窒化処理はいずれも施されていないため安価である。また、表面の残留オーステナイト量を15体積%以上40体積%以下とすることで、異物により生じる圧痕のエッジ部における応力の集中を軽減することができ、表面硬度を650Hv以上900Hvとすることで、耐摩耗性、耐圧痕性、静的強度が良好になる。そのため、本発明の軸及びピニオンシャフトは、異物混入環境下においても長寿命である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸及びピニオンシャフトに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば自動車の自動変速機に用いられる遊星歯車装置は、サンギヤ,リングギヤ,及びキャリヤを備えており、これらの回転要素は出力軸の周りに同心に配されている。また、サンギヤ及びリングギヤに噛み合うピニオンギヤが、キャリヤに固定されたピニオンシャフトに、軸受用ころを介して回転自在に支持されている。
近年、自動車の低燃費化の要求がますます強まっており、低燃費化を目的としてトランスミッションの小型化や高効率化が行われている。そのため、ピニオンギヤの回転速度が高まっているので、ピニオンシャフトに負荷される荷重が増大し且つ温度が上昇し、さらに潤滑油量が減少する傾向となっている。
【0003】
また、遊星歯車装置は、軸受内部に異物(例えば、塵埃、摩耗粉)が混入するような厳しい環境下(以下、「異物混入環境」と記すこともある。)で使用される場合があるため、そのような場合でも長寿命なピニオンシャフトの開発が望まれている。
異物混入環境下で使用されるピニオンシャフトを長寿命化する手法として、異物によって形成された圧痕縁への応力集中を緩和する効果のある残留オーステナイトを、ピニオンシャフトを構成する鋼材中に確保することが有効である。これは、鋼材の表面疲労のみならず、内部疲労にも有効である。
【0004】
残留オーステナイトを鋼材中に確保する手法としては、例えば特許文献1に開示されているように、浸炭処理又は浸炭窒化処理を施すことによって、鋼材中の残留オーステナイトの量を増加させる方法が知られている。また、特許文献2には、高炭素クロム軸受鋼に窒化処理又は浸炭窒化処理を施して、表層部に圧縮残留応力を付与し、同時に窒化物を形成して高硬度とし、耐熱性と転がり疲労寿命を改善する例が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−291302号公報
【特許文献2】特開2006−071022号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、浸炭処理又は浸炭窒化処理を行う方法はコストがかかるため、コストの点からは、浸炭処理又は浸炭窒化処理を行わず、鋼材中の残留オーステナイトの量を増加させることが好ましい。
本発明は、このような問題を解決するためになされたものであり、異物混入環境下で使用されても長寿命で、且つ、安価な軸及びピニオンシャフトを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以上の課題を解決するため、本発明の一態様に係る軸は、転がり軸受の内輪軌道面として機能する面を有する軸であって、下記の3つの条件を満足することを特徴とする。
条件1:高炭素クロム軸受鋼で構成されている。
条件2:浸炭処理及び浸炭窒化処理はいずれも施されておらず、高周波焼入れ処理、焼戻し処理の順序で熱処理が施されている。
条件3:表面硬度が650Hv以上900Hv以下、且つ、残留オーステナイト量が15体積%以上40体積%以下である表層部が、前記転がり軸受の内輪軌道面として機能する面に形成されている。
【0008】
また、上記軸においては、前記高周波焼入れ処理は、900℃以上950℃以下の温度で行われていることが好ましい。
また、上記軸においては、さらに下記の2つの条件を満足することが好ましい。
条件4:残留オーステナイト量が0体積%である芯部を備えている。
条件5:圧縮残留応力が100MPa以上である。
【0009】
さらに、本発明の別の態様に係る軸は、転がり軸受の内輪軌道面として機能する面を有する軸であって、下記の3つの条件を満足することを特徴とする。
条件1:高炭素クロム軸受鋼で構成されている。
条件2:浸炭処理及び浸炭窒化処理はいずれも施されておらず、ずぶ焼入れ処理、焼戻し処理の順序で熱処理が施されている。
条件3:表面硬度が650Hv以上900Hv以下であり、且つ、表面の残留オーステナイト量が15体積%以上40体積%以下である。
【0010】
また、上記別の態様に係る軸においては、前記ずぶ焼入れ処理は、850℃以上900℃以下の温度で行われていることが好ましい。
さらに、本発明の上記各態様に係る軸は、遊星歯車装置のサンギヤ及びリングギヤに噛み合うピニオンギヤの中心孔に挿通されて前記ピニオンギヤを回転自在に支持するピニオンシャフトとすることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の軸及びピニオンシャフトは、浸炭処理及び浸炭窒化処理はいずれも施されていないため安価である。また、表面の残留オーステナイト量を15体積%以上40体積%以下とすることで、異物により生じる圧痕のエッジ部における応力の集中を軽減することができ、表面硬度を650Hv以上900Hvとすることで、耐摩耗性、耐圧痕性、静的強度が良好になる。そのため、本発明の軸及びピニオンシャフトは、異物混入環境下においても長寿命である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】第1実施形態のピニオンシャフトを備える遊星歯車装置の分解斜視図である。
【図2】第1実施形態のピニオンシャフトの断面図である。
【図3】第2実施形態のピニオンシャフトの断面図である。
【図4】塑性変形測定試験を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る軸及びピニオンシャフトの実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
〔第1実施形態〕
本発明の第1実施形態について、以下に説明する。
図1は、本発明に係る第1実施形態のピニオンシャフトを備えた遊星歯車装置の分解斜視図である。
図1に示す遊星歯車装置は、図示しない軸が挿通されたサンギヤ1と、該サンギヤ1と同心に配されたリングギヤ2と、サンギヤ1及びリングギヤ2に噛み合う1個以上(図1においては3個)のピニオンギヤ3と、サンギヤ1及びリングギヤ2と同心に配されピニオンギヤ3を回転自在に支持するキャリヤ4と、を備えている。
【0014】
ピニオンギヤ3に形成された中心孔3aには、かしめ等の慣用の固着手段によりキャリヤ4に固定されたピニオンシャフト5が挿通されており、また、ピニオンシャフト5の外周面とピニオンギヤ3の中心孔3aの内周面との間には図示されない複数の針状ころが配されていて、これによりピニオンギヤ3はピニオンシャフト5を軸として回転自在とされている。
【0015】
次に、図2を参照しながら、ピニオンシャフト5について詳細に説明する。このピニオンシャフト5は、高炭素クロム軸受鋼で構成されている。なお、ピニオンシャフト5の材料としては、高炭素クロム軸受鋼であれば特に限定されることはなく、SUJ2,SUJ3,SUJ1,SUJ4,SUJ5等の高炭素クロム軸受鋼を用いることができる。
さらに、このピニオンシャフト5には、摺動部分(転走面)に潤滑油を供給するための給油路10が設けてある。給油路10は、ピニオンシャフト5の径方向中心部分を軸方向に延び軸方向両端面5dのうち一方のみに開口する中心孔11と、中心孔11から分岐して径方向中心部分から径方向外方に延びピニオンシャフト5の外周面5eに開口する2つの分岐孔12,13と、からなる。
【0016】
外周面5eの軸方向略中央に開口する分岐孔12と、外周面5eの軸方向端部近傍に開口する分岐孔13とは、中心孔11により連通されている。そして、分岐孔13の開口部13aから導入された潤滑油が、中心孔11内を通って分岐孔12に至り、外周面5eの軸方向略中央に位置する開口部12aから吐出されるようになっている。吐出された潤滑油は、摺動するピニオンシャフト5の外周面5eと前記針状ころとの間の潤滑に供される。すなわち、分岐孔13の開口部13aは、中心孔11内に潤滑油を導入する潤滑油導入口として機能し、分岐孔12の開口部12aは、中心孔11内の潤滑油を吐出する潤滑油吐出口として機能する。
【0017】
そして、このピニオンシャフト5は、焼鈍し処理に続いて、ピニオンシャフト5の外周面5eのうち前記針状ころの転走面のみに高周波焼入れ処理が施され、さらに焼戻し処理が施されている。なお、転走面が、本発明の構成要件である転がり軸受の内輪軌道面として機能する面に相当する。また、ピニオンシャフト5を製造する際には、高炭素クロム軸受鋼で構成された鋼材を所定の寸法(例えば外径8mm以上20mm以下、長さ24mm)に旋削加工を施した後に、前述のような一連の熱処理を施し、さらに仕上げ研削加工を施すとよい。
【0018】
上記高周波焼入れ処理は、高周波誘導加熱により900℃以上950℃以下に加熱して、ピニオンシャフト5の表層部5aをオーステナイト組織とするものである。
このような熱処理が施された結果、ピニオンシャフト5には焼入れ硬化された表層部5aと、焼入れ硬化されていない芯部5bとが形成され、表層部5aの残留オーステナイト量は15体積%以上40体積%以下、表面硬度は650Hv以上900Hv、表面の圧縮残留応力は100MPa以上となっている。そして、芯部5bの残留オーステナイト量は0体積%となっている。
【0019】
通常、含まれる残留オーステナイト量を多くするために施される手法として浸炭処理や浸炭窒化処理等があげられる。例えば、SUJ2に高周波焼入れ処理のみを施した場合には、表層部に通常含まれる残留オーステナイト量は5体積%以上15体積%以下であるため、浸炭窒化処理と高周波焼入れ処理とを組み合わせて15体積%以上40体積%以下としている。
本実施形態のピニオンシャフト5は、浸炭処理や浸炭窒化処理を施すことなく、表層部5aに含まれる残留オーステナイト量が15体積%以上40体積%以下となっている。よって、高コストの浸炭窒化処理を省くことができるため、安価にピニオンシャフトを製造することができる。
【0020】
また、表層部5aの残留オーステナイト量を15体積%以上40体積%以下とすることで、異物により生じる圧痕のエッジ部における応力の集中を軽減することができるため、ピニオンシャフト5の転がり疲労寿命を確保し、異物混入環境下においてもピニオンシャフトを長寿命とすることができる。
十分な転がり疲労寿命を得るためには、ピニオンシャフト5の表層部5aの残留オーステナイト量は15体積%以上とする必要がある。ただし、表層部5aの残留オーステナイト量が40体積%を超えると、前記効果が飽和してしまうばかりか、高温での熱変形が大きくなって耐熱性及び硬さが低下し、かえって転がり疲労寿命が低下する。よって、表層部5aの残留オーステナイト量は40体積%以下とすることが必要である。
【0021】
また、表層部5aの表面硬度を650Hv以上900Hv以下とすることで、高速回転条件下、高温及び潤滑不良などの油膜形成性が劣化する環境下、及び、異物混入環境下での耐摩耗性、耐圧痕性、静的強度が良好になるため、転がり疲労寿命を確保し、ピニオンシャフトを長寿命とすることができる。
表層部5aの表面硬度が650Hv未満であると、内部疲労であれば非金属介在物周辺の亀裂進展が促進され、また、表面疲労であれば耐圧痕性が悪化し、転がり疲労寿命が低下する。また、表層部5aの表面硬度を900Hv以上とするためには、焼入れ温度を高く設定する必要があり、結晶粒の粗大化や炭化物の母相への溶け込み量が多くなるため、耐摩耗性が低下し、転がり疲労寿命が低下する。したがって、表層部5aの表面硬度を650Hv以上900Hv以下とする必要がある。
【0022】
さらに、芯部5bの残留オーステナイト量を0体積%とすることで、ピニオンシャフト5の塑性変形(特に曲り)を抑制することができるため、転がり疲労寿命を確保し、ピニオンシャフトを長寿命とすることができる。残留オーステナイトは、荷重等の応力や熱が加わると、分解してフェライトとセメンタイトの混合物やマルテンサイトに変化するため、ピニオンシャフトに塑性変形が生じる。したがって、芯部5bの残留オーステナイト量を0体積%とすることが好ましい。
また、表層部5aの圧縮残留応力が100MPa以上であり耐摩耗性が良好になるため、転がり疲労寿命を確保し、ピニオンシャフトを長寿命とすることができる。
【0023】
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態においては、遊星歯車装置のピニオンシャフトを例示して説明したが、本発明の軸は他の種類の様々な転がり軸受の内輪に相当する部材として適用することができる。
また、本実施形態のピニオンシャフト5は、自動車用オートマチックトランスミッション、又は、ハイブリッド自動車の遊星歯車機構のピニオンギヤに使用される、ラジアルニードル軸受のピニオンシャフトとして用いることができる。
【0024】
〔第2実施形態〕
次に、本発明の第2実施形態について、図3を参照しながら説明する。なお、第2実施形態のピニオンシャフトの構成及び作用効果は、第1実施形態のピニオンシャフトとほぼ同様であるので、異なる部分のみ説明し、同様の部分の説明は省略する。
このピニオンシャフト5は、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2等)で構成されている。
そして、このピニオンシャフト5は、焼鈍し処理に続いて、ずぶ焼入れ処理が施され、さらに焼戻し処理が施されている。なお、ピニオンシャフト5を製造する際には、高炭素クロム軸受鋼で構成された鋼材を所定の寸法(例えば外径8mm以上20mm以下、長さ24mm)に旋削加工を施した後に、前述のような一連の熱処理を施し、さらに仕上げ研削加工を施すとよい。
【0025】
上記ずぶ焼入れ処理は、850℃以上900℃以下に加熱して、ピニオンシャフト5の表面5cを含むピニオンシャフト5全体をオーステナイト組織とするものである。
このような熱処理が施された結果、ピニオンシャフト5全体が焼入れ硬化され、ピニオンシャフト5の外周面5eを含む表面5cの残留オーステナイト量は15体積%以上40体積%以下、表面硬度は650Hv以上900Hvとなっている。
【0026】
通常、含まれる残留オーステナイト量を多くするために施される手法として浸炭処理や浸炭窒化処理等があげられる。例えば、SUJ2にずぶ焼入れ処理のみを施した場合には、表層部に通常含まれる残留オーステナイト量は8体積%以上12体積%以下であるため、浸炭窒化処理とずぶ焼入れ処理とを組み合わせて15体積%以上40体積%以下としている。
本実施形態のピニオンシャフト5は、浸炭処理や浸炭窒化処理を施すことなく、表面5cに含まれる残留オーステナイト量が15体積%以上40体積%以下となっている。よって、高コストの浸炭処理及び浸炭窒化処理を省くことができるため、安価にピニオンシャフトを製造することができる。
【0027】
また、表面5cの残留オーステナイト量を15体積%以上40体積%以下とすることで、異物により生じる圧痕のエッジ部における応力の集中を軽減することができるため、ピニオンシャフト5の転がり疲労寿命を確保し、異物混入環境下においてピニオンシャフトを長寿命とすることができる。
十分な転がり疲労寿命を得るためには、表面5cの残留オーステナイト量は15体積%以上とする必要がある。ただし、表面5cの残留オーステナイト量が40体積%を超えると、前記効果が飽和してしまうばかりか、高温での熱変形が大きくなって耐熱性及び硬さが低下し、かえって転がり疲労寿命が低下する。よって、表面5cの残留オーステナイト量は40体積%以下とすることが必要である。
【0028】
また、表面5cの表面硬度を650Hv以上900Hv以下とすることで、高速回転条件下、高温及び潤滑不良などの油膜形成性が劣化する環境下、及び、異物混入環境下での耐摩耗性、耐圧痕性、静的強度が良好になるため、転がり疲労寿命を確保し、ピニオンシャフトを長寿命とすることができる。
表面5cの表面硬度が650Hv未満であると、内部疲労であれば非金属介在物周辺の亀裂進展が促進され、また、表面疲労であれば耐圧痕性が悪化し、転がり疲労寿命が低下する。また、表面5cの表面硬度を900Hv以上とするためには、焼入れ温度を高く設定する必要があり、結晶粒の粗大化や炭化物の母相への溶け込み量が多くなるため、耐摩耗性が低下し、転がり疲労寿命が低下する。したがって、表面5cの表面硬度を650Hv以上900Hv以下とする必要がある。
【0029】
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態においては、遊星歯車装置のピニオンシャフトを例示して説明したが、本発明の軸は他の種類の様々な転がり軸受の内輪に相当する部材として適用することができる。
また、本実施形態のピニオンシャフト5は、自動車用オートマチックトランスミッション、又は、ハイブリッド自動車の遊星歯車機構のピニオンギヤに使用される、ラジアルニードル軸受のピニオンシャフトとして用いることができる。
【実施例】
【0030】
〔第1実施形態の実施例A〕
以下に実施例を示して、第1実施形態に係る発明をさらに具体的に説明する。熱処理の内容を表1に示すように種々変更した点を除いては、第1実施形態において記載したピニオンシャフト5の場合と同様にして、実施例のピニオンシャフト及び比較例のピニオンシャフトを製造した。また、表1において、実施例及び比較例共に、焼戻し処理の温度は160〜180℃である。
【0031】
【表1】

【0032】
得られた各ピニオンシャフトの表層部の表面硬度、残留オーステナイト量、芯部の残留オーステナイト量、圧縮残留応力、塑性変形、転がり疲労寿命を表1に示す。
各ピニオンシャフトを日本精工株式会社製のプラネタリニードル試験機に装着して回転試験を行い、前記ピニオンシャフトの転がり疲労寿命を評価した。なお、これらのピニオンシャフトの外径は14.5mm、長さは40mmである。また、プラネタリニードル試験機のプラネタリギヤは、ころ軸受を介してピニオンシャフトに回転自在に支持されているが、このころ軸受は総ころ仕様であり、ころの直径は3.5mmである。試験条件は以下の通りである。
【0033】
・基本動定格荷重C :31000N
・基本静定格荷重C :48000N
・ラジアル荷重 :10000N
・ピニオンギヤの自転速度:9000rpm
・計算寿命L10 :85時間
・潤滑油の種類 :オートマチックトランスミッションフルード
・潤滑油の温度 :100℃
【0034】
図4は、塑性変形測定試験を示した図である。回転試験終了後に、プラネタリニードル試験機からピニオンシャフトを取り外し、その湾曲量を測定した。すなわち、図4における破線と破線の間の値である塑性変形曲り量20を測定した。
試験結果を表1に示す。なお、転がり疲労寿命の数値は、比較例1の転がり疲労寿命を1とした場合の相対値で示してある。
【0035】
表1から分かるように、実施例1〜8は比較例1〜4と比べて転がり疲労寿命が優れていた。この理由としては、表層部の残留オーステナイト量が多いこと、表面硬度が高いこと、及び、圧縮残留応力が高いことがあげられる。また、芯部のオーステナイト量を0体積%とすることで、ピニオンシャフト5の塑性曲がりを抑制することができるため、実施例1〜8は比較例1〜4と比べて転がり疲労寿命が優れていた。
【0036】
〔第1実施形態の実施例B〕
さらに、別の実施例を示して、第1実施形態に係る発明をさらに具体的に説明する。熱処理の内容を表2に示すように種々変更した点を除いては、第1実施形態において記載したピニオンシャフト5の場合と同様にして、実施例のピニオンシャフト及び比較例のピニオンシャフトを製造した。また、表2において、実施例及び比較例共に、焼戻し処理の温度は160〜180℃である。
【0037】
【表2】

【0038】
得られた各ピニオンシャフトの表層部の表面硬度、残留オーステナイト量、転がり疲労寿命を表2に示す。
各ピニオンシャフトを日本精工株式会社製のプラネタリニードル試験機に装着して回転試験を行い、前記ピニオンシャフトの転がり疲労寿命を評価した。なお、これらのピニオンシャフトの外径は16.7mmである。プラネタリニードル試験機のプラネタリギヤは、ころ軸受を介してピニオンシャフトに回転自在に支持されているが、このころ軸受は総ころ仕様であり、ころの直径は3.5mmである。試験条件は以下の通りである。
【0039】
・基本動定格荷重C :21500N
・基本静定格荷重C :22000N
・ラジアル荷重 :10000N
・ピニオンギヤの自転速度:7000rpm
・計算寿命L10 :44時間
・潤滑油の種類 :オートマチックトランスミッションフルード
・潤滑油の温度 :100℃
【0040】
なお、塑性変形測定試験は実施例Aと同様に測定を行った。
試験結果を表2に示す。なお、転がり疲労寿命の数値は、比較例11の転がり疲労寿命を1とした場合の相対値で示してある。
表2から分かるように、実施例11〜13は比較例11〜13と比べて転がり疲労寿命が優れていた。この理由としては、表層部の残留オーステナイト量が多いこと、表面硬度が高いことが高いことがあげられる。
【0041】
〔第2実施形態の実施例〕
以下に実施例を示して、第2実施形態に係る発明をさらに具体的に説明する。熱処理の内容を表3に示すように種々変更した点を除いては、第2実施形態において記載したピニオンシャフト5の場合と同様にして、実施例のピニオンシャフト及び比較例のピニオンシャフトを製造した。また、表3において、実施例及び比較例共に、焼戻し処理の温度は160〜180℃である。
【0042】
【表3】

【0043】
得られた各ピニオンシャフトの表層部の表面硬度、残留オーステナイト量、転がり疲労寿命を表3に示す。
各ピニオンシャフトを日本精工株式会社製のプラネタリニードル試験機に装着して回転試験を行い、前記ピニオンシャフトの転がり疲労寿命を評価した。なお、これらのピニオンシャフトの外径は16.7mmである。また、プラネタリニードル試験機のプラネタリギヤは、ころ軸受を介してピニオンシャフトに回転自在に支持されているが、このころ軸受は総ころ仕様であり、ころの直径は3.5mmである。試験条件は以下の通りである。
【0044】
・基本動定格荷重C :21500N
・基本静定格荷重C :22000N
・ラジアル荷重 :10000N
・ピニオンギヤの自転速度:7000rpm
・計算寿命L10 :44時間
・潤滑油の種類 :オートマチックトランスミッションフルード
・潤滑油の温度 :100℃
【0045】
なお、塑性変形測定試験は実施例Aと同様に測定を行った。
試験結果を表3に示す。なお、転がり疲労寿命の数値は、表2の比較例11の転がり疲労寿命を1とした場合の相対値で示してある。
表3から分かるように、実施例21及び22は比較例21及び22と比べて転がり疲労寿命が優れていた。この理由としては、表層部の残留オーステナイト量が多いこと、表面硬度が高いことが高いことがあげられる。
【符号の説明】
【0046】
1 サンギヤ
2 リングギヤ
3 ピニオンギヤ
4 キャリヤ
5 ピニオンシャフト
5a 表層部
5b 芯部
5c 表面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受の内輪軌道面として機能する面を有する軸であって、下記の3つの条件を満足することを特徴とする軸。
条件1:高炭素クロム軸受鋼で構成されている。
条件2:浸炭処理及び浸炭窒化処理はいずれも施されておらず、高周波焼入れ処理、焼戻し処理の順序で熱処理が施されている。
条件3:表面硬度が650Hv以上900Hv以下、且つ、残留オーステナイト量が15体積%以上40体積%以下である表層部が、前記転がり軸受の内輪軌道面として機能する面に形成されている。
【請求項2】
前記高周波焼入れ処理は、900℃以上950℃以下の温度で行われていることを特徴とする請求項1に記載の軸。
【請求項3】
さらに下記の2つの条件を満足することを特徴とする請求項1又は2に記載の軸。
条件4:残留オーステナイト量が0体積%である芯部を備えている。
条件5:圧縮残留応力が100MPa以上である。
【請求項4】
転がり軸受の内輪軌道面として機能する面を有する軸であって、下記の3つの条件を満足することを特徴とする軸。
条件1:高炭素クロム軸受鋼で構成されている。
条件2:浸炭処理及び浸炭窒化処理はいずれも施されておらず、ずぶ焼入れ処理、焼戻し処理の順序で熱処理が施されている。
条件3:表面硬度が650Hv以上900Hv以下であり、且つ、表面の残留オーステナイト量が15体積%以上40体積%以下である。
【請求項5】
前記ずぶ焼入れ処理は、850℃以上900℃以下の温度で行われていることを特徴とする請求項4に記載の軸。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の軸であって、遊星歯車装置のサンギヤ及びリングギヤに噛み合うピニオンギヤの中心孔に挿通されて前記ピニオンギヤを回転自在に支持するピニオンシャフト。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−57714(P2012−57714A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−201325(P2010−201325)
【出願日】平成22年9月8日(2010.9.8)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】