説明

軸索再生剤

【課題】
軸索再生を阻害する物質の存在下であっても脊髄等の中枢神経を再生することが可能な軸索再生剤を提供すること。
【解決手段】
Rhoキナーゼ阻害剤を主成分とする軸索再生剤とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脊髄等の中枢神経を再生することが可能な軸索再生剤に関する。
【背景技術】
【0002】
脊髄等の中枢神経が交通事故等に起因する傷害あるいは脳血管障害等で損傷を受けると、神経機能は失われたまま再生することはできない。末梢神経が再生するのとは対照的である。中枢神経は損傷すると再生できないので、中枢神経を損傷するとしばしば部分的又は完全な麻痺が起きる。したがって、損傷した中枢神経を再生させることは医療分野における重要な課題である。
【0003】
一方、成人の中枢神経の軸索が末梢神経のグラフトを介して再生することに関する報告(非特許文献1参照)があり、成人の中枢神経が再生しない主な原因は、神経細胞を取り巻く局所的な環境にあることが示唆されている。
【0004】
そしてこれまでに成人の中枢神経系において、軸索再生を阻害する物質としてミエリン由来のタンパク質が3つ発見されている(非特許文献2参照)。それらは、Nogo、ミエリン結合糖タンパク質(MAG)及び乏突起神経膠細胞−ミエリン糖タンパク質(OMgp)であり、すべてp75を介して機能する(非特許文献3〜4参照)。
【0005】
p75の下流のシグナル伝達機構を解明する上で、鍵となる細胞内物質の1つはスモールGTPアーゼのRhoAである。RhoAが活性化することで、アクチン骨格系は不活化し、結果的に軸索伸展を阻害し、成長円錐の崩壊を引き起こす。すなわち、p75を介してNogo、MAG、OMgpがRhoAを活性化すると、神経細胞の突起伸展が抑制されると考えられている(非特許文献3〜4参照)。なおこのp75を介したMAG、NogoによるRhoAの活性化は、p75によりRhoAとRho GDIが解離することで導かれる(非特許文献5参照)。なお、RhoAだけでなく、そのエフェクターであるRhoキナーゼも軸索伸展を制御する重要な役割を果たすと考えられているが、まだどのように軸索伸展を制御しているか解明されていない。
【0006】
なお軸索伸展には、細胞骨格のダイナミックな再配列が必要であるとの報告があり(非特許文献6参照)、軸索の遠位端である成長円錐では細胞骨格タンパク質の微小管やアクチンが激しく構造を変化させ、軸索伸展に関わっているとの報告(非特許文献7参照)、軸索伸展にはアクチンと微小管の相互作用が必要であるとの報告(非特許文献7〜10参照)もある。したがって、ダイナミックなアクチンが微小管の輸送、重合を促進することで、軸索伸展を促していると考えられる(非特許文献11参照)。したがって、微小管は軸索伸展を制御する上で重要であると考えられる。
【0007】
ところで、CRMP−2は軸索伸展における微小管の動きを制御する重要な因子の1つであり、CRMP−2はチューブリンと結合して微小管形成を促すとの報告がある(非特許文献13)。なおこの報告ではCRMP−2を過剰発現させると軸索伸展が促進し、微小管重合活性を欠落させた突然変異体は軸索伸展を抑制したと報告されている。以上より、軸索の遠位端にCRMP−2とチューブリンの複合体が集まり、微小管重合を調節し、軸索伸展に関与していることが示唆されている。
【0008】
【非特許文献1】S. David, A. J. Aguayo, Science 214, 931−3 (Nov 20, 1981).
【非特許文献2】L. McKerracher, M.J. Winton, Neuron 36, 345−8 (Oct 24, 2002).
【非特許文献3】T. Yamashita, H. Higuchi, M. Tohyama, J Cell Biol 157, 565−70 (May 13, 2002).
【非特許文献4】K.C. Wang, J.A. Kim, R. Sivasankaran, R. Segal, Z. He, Nature 420, 74−8 (Nov 7, 2002).
【非特許文献5】T. Yamashita, M. Tohyama, Nat Neurosci 6, 461−7 (May, 2003).
【非特許文献6】P.W. Baas, L. Luo, Neuron 32, 981−4 (Dec 20, 2001).
【非特許文献7】P.R. Gordon−Weeks, Bioessays13, 235−9, (May, 1991).
【非特許文献8】P.R. Gordon−Weeks, J Neurocytol 22, 717−25 (Sep, 1993).
【非特許文献9】C.H. Lin, P. Forscher, J Cell Biol 121, 1369−83 (Jun, 1993).
【非特許文献10】J.F. Challacombe, D.M. Snow, P.C. Letourneau, J Cell Sci 109, 2031−40 (Aug, 1996).
【非特許文献11】F. Bradke, C.G. Dotti, Science 283, 1931−4 (Mar 19, 1999).
【非特許文献12】Y. Fukata, T.J. Itoh, T. Kimura, C. Menager, T. Nishimura, T. Shiromizu, H. Watanabe, N. Inagaki, A. Iwamatsu, H. Hotani, K. Kaibuchi, Nat Cell Biol 4, 583−91 (Aug, 2002).
【非特許文献13】N. Inagaki, K. Chihara, N. Arimura, C. Menager, Y. Kawano, N. Matsuo, T. Nishimura, M. Amano, K. Kaibuchi, Nat Neurosci 4, 781−2 (Aug, 2001).
【非特許文献14】P. Doherty, M. Fruns, P. Seaton, G. Dickson, C.H. Barton, T.A. Sears, F.S.Walsh , Nature 343, 464−6 (Feb 1, 1990)
【非特許文献15】Z. Li, C.D. Aizenman, H.T. Cline, Neuron 33, 741−50 (Feb 28, 2002).
【非特許文献16】M. Amano, M. Ito, K. Kimura, Y. Fukata, K. Chihara, T. Nakano, Y. Matsuura, K. Kaibuchi, J Biol Chem 271, 20246−9 (Aug 23, 1996).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記CRMP−2に関する報告は、CRMP−2の微小管形成に関する報告であるが、MAGやNogoといった軸索再生を阻害する物質との関係についてまで考慮されておらず、軸索再生を阻害する物質の存在下であっても軸索再生を可能とすることについてまでは考慮されていない。
【0010】
そこで本発明は、上記課題を鑑み軸索再生を阻害する物質の存在下であっても脊髄等の中枢神経を再生することが可能な軸索再生剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題につき鋭意検討を行ったところ、MAG、Nogoが幼若ラットの小脳顆粒細胞においてCRMP−2をリン酸化すること、また小脳顆粒細胞においてCRMP−2の非リン酸化型を発現させると、MAG又はNogoによる突起伸展阻害作用が失われることも発見した。そして更に鋭意検討を行ったところ、このリン酸化がRhoキナーゼ依存性を有していることを確認し、Rhoキナーゼ阻害剤を用いることにより、軸索再生に対する阻害を抑制することができることに想到し、本発明にいたった。
【0012】
即ち本発明は、Rhoキナーゼ阻害剤を主成分とする軸索再生剤とする。また、後述の実験例で説明するとおり、この場合においてRhoキナーゼ阻害剤は、Y−27632又はファスジルであることが望ましい。
【発明の効果】
【0013】
以上、本発明により、軸索再生を阻害する物質の存在下であっても脊髄等の中枢神経を再生することが可能な軸索再生剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明に係る軸索再生剤の形態の一つは、Rhoキナーゼ阻害剤を主成分とする。ここでRhoキナーゼ阻害剤とはRhoキナーゼの活性を下げるものをいい、RhoキナーゼとはRhoAによって活性化されるタンパク質リン酸化酵素をいう。Rhoキナーゼ阻害剤の例については特段に限定されるわけではないが、Y−27632、ファスジルが好ましい。本軸索再生剤は、患部に対しより有効である。
【0015】
本形態に係る軸索再生剤の投与方法としては、静脈内投与等がある。静脈内投の場合は、1回30mgを1日2〜3回のように投与することができる。
【0016】
また本実施形態に係る軸索再生剤については、Y−27632の場合はCalbiochem社より、またファスジルの場合は旭化成より入手が可能である。
【0017】
このようにすることで、軸索再生を阻害する物質の存在下であっても脊髄等の中枢神経を再生することが可能な軸索再生剤を提供することができる。
【0018】
以下、本発明の構成及び効果の立証のため、行った実験について詳細に説明する。
【0019】
(A)材料及び方法
(1)細胞培養
後根神経節細胞は、生後6−10日のラットからの後根神経節を0.025%トリプシン溶液中で1つにし、粉砕し、37℃で5分間インキュベートした。また、小脳顆粒細胞は、ラットからの小脳を5mlの0.025%トリプシン溶液中で1つにし、粉砕し、37℃で10分間インキュベートした。
【0020】
次にそれぞれ10% FCS含有DMEM培地を添加し、1000rpmで遠心して細胞を回収し、この細胞をポリ−L−リジンでコートしたチャンバースライド上のSato培地(非特許文献15)中にプレートした。成長アッセイのために、プレートした細胞を24時間インキュベートし、4%パラホルムアルデヒドで固定し、ニューロンに特異的なβチューブリンIIIタンパク質を認識する目的でモノクローナル抗体(TuJ1、Covance Research Products,Inc.,アメリカ)で免疫染色した。そして最長の突起(軸索)の長さ又はβチューブリンIII陽性ニューロンの総神経突起長を測定した。なお軸索再生を評価するため、MAG(25μg/ml)、Nogoをプレート後の培地に添加した。mycタグを付けた非リン酸化型CRMP−2プラスミドあるいは、CRMP−2欠落突然変異体プラスミドを小脳顆粒細胞に形質移入した。形質移入後24時間でリプレートし、さらに24時間インキュベートした。形質移入した細胞を確認するために、抗myc抗体(Sigma社製)で染色した。
【0021】
(2)ウェスタンブロット
細胞を培養していた3.5cmディッシュをPBSで3回洗った後、溶解バッファー(1% NP−40(商品名、非イオン界面活性剤)、0.1% SDS、50 mM Tris−HCl [pH 7.4]、2 mM EDTA、150 mM NaCl、1mM オルソバナジン酸ナトリウム、1mM フッ化ナトリウム、プロテアーゼ阻害剤混合物(Roche Biochemicals社製))により、4℃で10分間、細胞を溶解した。その後15分間遠心分離を行い、溶解液はタンパク質アッセイキット(BioRad社製)を用いてタンパク質濃度を一定にした後、サンプルバッファーを加え、5分間煮沸してからSDS−PAGEにかけ、常法によりウェスタンブロット分析を行なった。なお抗体として、ポリクローナル抗リン酸化CRMP−2抗体(貝淵研究室製)、ポリクローナル抗CRMP−2抗体(貝淵研究室製)、ポリクローナル抗リン酸化コフィリン抗体(Promega社製)、ポリクローナル抗コフィリン抗体(Promega社製)、ポリクローナル抗リン酸化MLC抗体(旭化成製)、ポリクローナル抗MLC抗体(旭化成製)を用いた。
【0022】
(3)免疫染色
単量体チューブリンを除外するために、0.1Mリン酸塩緩衝液(PB)、10mM EGTA、2mM MgCl2(pH 6.9)、4%パラホルムアルデヒド、0.2% Triton X−100(商品名)で神経細胞を30分間固定した。EB1の固定は5分間、−20℃のメタノールで行った。その他の染色は、4%パラホルムアルデヒドと0.1MのPBで行った。固定した神経細胞は、PBSで洗った後、5%仔牛血清、0.1% Triton X−100、0.1%アルブミンでブロッキング後、1次抗体と反応させた。微小管の染色には、抗βチューブリンIII抗体を用いた。APCとEB1の分布を評価するために、ポリクローナル抗APC抗体(Promega社製)、ポリクローナル抗EB1抗体(Promega社製)と同時に、TuJ1あるいは抗神経線維抗体を用いて二重染色した。次に2次抗体を反応させ、蛍光顕微鏡で観察した。蛍光を定量化するのに、露光時間やカメラの設定は固定した。
【0023】
(4)Rhoアッセイ
Rhoアッセイは、GST−Rho結合領域を用いて、以前記載されている通りに行った(非特許文献14)。即ち、4%パラホルムアルデヒドと0.1MのPB(pH7.4)で組織を1時間室温で固定した。PBSで洗浄後、PBSに5%アルブミン、0.1%Triton X−100を加えたブロッキングバッファーで1時間ブロッキングを行い、15 ug/mlのGST−Rho結合領域を含むブロッキングバッファーを4℃で一晩反応させた。PBSで洗浄後、再び2%パラホルムアルデヒドと0.1MPBで10分間室温で固定し、PBSで洗浄した。1次抗体として、モノクローナル抗GST抗体(Santa Cruz社製)とともに、Rhoの分布を評価するべく抗神経線維抗体を用いて二重染色した。培養神経細胞の固定は、4%パラホルムアルデヒドで行い、同様にモノクローナル抗GST抗体と抗神経線維抗体で染色した。2次抗体を反応させた後、蛍光顕微鏡で観察した。
【0024】
(5)画像解析と統計
抗APC抗体、抗EB1抗体、抗βチューブリンIII抗体を用いて、それぞれの分布を定量化した。成長円錐あるいは軸索の中間を選択し、蛍光密度を測定した。同時に背景の蛍光密度も測定し、それらを差し引きすることで最終的な平均蛍光密度を得た。データはすべて平均値±標準誤差で表し、対応のないスチューデントのt検定を行った。
【0025】
(6)外科的手技
ラットは2%のハロセンで麻酔した。メスのウィスターラット(250−300グラム)に対し、胸髄レベル9〜10で椎弓切除を行い、脊髄を露出した。メスで脊髄を完全損傷させ、損傷部位を中心に10mmから15mmの脊髄を取り出した。PBSに溶解した1mg/mlのY−27632(Calbiochem社製)を10ulだけ小さなゲルに染み込ませ、脊髄損傷部位に留置した。
【0026】
(7)組織標本
損傷を加えていない組織と損傷後2時間の組織を新鮮凍結組織として得た。ラットに十分深い麻酔を施し、頚を切断して脊髄を取り出した。Tissue Tek内に組織を埋め込み、ドライアイスを用いて−80℃で凍結した。切片は、クリオスタットで20μmの厚さで矢状断とした。切片は4%パラホルムアルデヒドと0.1MのPB(pH7.4)で1時間室温で固定した後、PBSで洗浄し、5%アルブミンと0.1% Triton X−100を含むPBSを用いて室温で1時間ブロッキングした。単量体チューブリンを除外するために、0.1MPB、10mM EGTA、2mM MgCl2 (pH 6.9)、4%パラホルムアルデヒド、0.2% Triton X−100で組織を1時間固定した。
【0027】
(B)結果
まず、生後7日の幼若ラットの小脳顆粒細胞に対するウェスタンブロットによる結果を図1(A)〜(C)に示す。
【0028】
図1(A)は培養した小脳顆粒細胞をNogoで刺激しない場合、図中の上部に示した濃度(10、30、100、300nM)で10分間刺激した場合のそれぞれにおける結果を示すものである。溶解液は抗リン酸化CRMP−2抗体(p−CRMP2)、抗リン酸化コフィリン抗体(p−cofilin)、抗リン酸化MLC抗体(p−MLC)でウェスタンブロットしている。また、2段目は、全CRMP−2を示している。
【0029】
この図によると、この神経細胞ではCRMP−2が多く発現していることが確認でき(2段目)、CRMP−2のリン酸化されたものも確認できた。またCRMP−2のリン酸化はNogoに対し用量依存性を有していることが確認できた。
【0030】
図1(B)は培養小脳顆粒細胞にRhoキナーゼ阻害剤であるY−27632(Y)、ファスジル(HA)を加えた場合の結果である。ここではY−27632(Y)、ファスジル(HA)を加えることでNogoによるCRMP−2のリン酸化が減じていることが確認できた。即ちこのCRMP−2のリン酸化はRhoキナーゼ依存性を有することが確認できた。
【0031】
図1(C)は培養小脳顆粒細胞をMAGで刺激しない場合、所定の時間で刺激した(10分、30分、60分、各25ug/ml)場合の結果である。MAGによりCRMP−2がリン酸化していることを確認できる一方、コフィリンのリン酸化レベルは変化していないことが確認できた。またMAGは10分以内にCRMP−2をリン酸化しており、MAGとNogoは幼若小脳顆粒細胞において、Rhoキナーゼ依存性を有してCRMP−2をリン酸化することが分かった。
【0032】
なおRhoキナーゼは、様々な物質をリン酸化すること、例えばミオシン軽鎖(MLC)を直接リン酸化し活性化することが知られているが(非特許文献16)、この神経細胞においてNogoはMLCをリン酸化していないことが確認できた(図1(A))。更に、Rhoキナーゼによって活性化されるLIMキナーゼ(哺乳類においてLIMキナーゼはコフィリンをリン酸化し、それによってアクチンが脱重合する。特にショウジョウバエにおいてコフィリンは軸索成長に必須である。)についても確認したが、小脳顆粒細胞では、NogoもMAGもコフィリンのリン酸化レベルに変化をきたしていなかった。以上より、MAG、Nogoを介した軸索伸展抑制では、CRMP−2が重要な役割を果たしている示唆を得た。
【0033】
図2(A)は、非リン酸化型のmycタグを付けたCRMP−2を形質移入した小脳顆粒細胞(WT)、CRMP−2が発現していない突然変異体を形質移入した小脳顆粒細胞(ΔC)をそれぞれ24時間培養及びリプレートし、Nogoで刺激、あるいは刺激せず、さらに24時間培養した場合それぞれに免疫染色した結果を示すものである。図中aの写真はGFPを発現している細胞を、bの写真はGFPを発現している細胞をNogoで処理したものを、cの写真は非リン酸化型CRMP−2を発現している細胞を、dの写真は非リン酸化型CRMP−2を発現している細胞をNogoで処理したものを、eの写真はCRMP−2が発現していない細胞を、それぞれ示している。なお用いた幼若ラットの小脳顆粒細胞は生後7日のものである。
【0034】
また図2(B)は小脳顆粒細胞の軸索成長アッセイを示すものであり、図中「GFP」は、GFPを発現している細胞を、「WT」は非リン酸化型CRMP−2を発現している細胞を、「ΔC」はCRMP−2が発現していない細胞を、「GFP+Nogo」はGFPを発現している細胞に100nMでNogoを添加した場合を、「WT+Nogo」は、WTに100nMでNogoを添加した場合を、それぞれ示している。なおデータは平均値±標準誤差を示している。
【0035】
この結果、Nogo刺激で突起成長が抑制されることを確認したが、mycタグを付けた非リン酸化型のCRMP−2を小脳顆粒細胞に形質移入し、このCRMP−2を過剰発現させると、著明に突起伸展を促進することを確認した。そして更にこの細胞にNogoを加えたが、突起伸展抑制はなかった。CRMP−2を発現していない突然変異体を形質移入した小脳顆粒細胞は、微小管重合活性を欠落していたが、上記と似た結果を示した。したがって、CRMP−2の不活化はMAG、Nogoの効果を阻害することに関係していることが確認できた。
【0036】
図3(A)は、幼若ラットの後根神経節細胞をMAGで刺激しない場合(control、Y−27632)、或いはMAGで刺激した後固定したもの(MAG、MAG+Y27632)についての免疫染色の結果を示す。なお、ここでは細胞の固定と同時に単量体チューブリンを除去して重合した微小管だけを染色し、神経突起で重合した微小管を直接観察できるようにしている。また、図3(B)はそれぞれの状態において、相対的な微小管密度(コントロールとの比較)を定量化したものである。*印は統計学的に有意(Studentのt検定におけるp<0.05)であることを示す。また、図3(A)、(B)と同様の実験とほぼ同様であるが単量体チューブリンを除去せず、全チューブリン量について行った実験の結果を図3(C)、(D)に示す。
【0037】
図3(A)、(B)で示される結果によると、MAGで刺激しない場合は、軸索に沿って重合した微小管が分布していることを確認したが、MAGで処理すると著明に軸索における重合した微小管の密度が減少してしまった。しかし、MAGで処理した場合であってもY−27632の存在下では、コントロールのレベルまで重合した微小管の密度が回復していることを確認した。但し、Y−27632単独では、何の効果も示さないことが確認できた。なお全チューブリンのレベルは、MAGあるいはY−27632によって有意な変化を示していないことが確認できた(図3(C)、(D))。したがって、MAGはCRMP−2活性を阻害し、Rhoキナーゼの下流で微小管レベルを減らすように制御していると考えることができた。なお、上記についてMAGの代わりにNogoで処理した場合も同様の結果を得ることができた(図示省略)。
【0038】
ここまでの結果より、軸索成長には軸索の微小管の制御が関与していることが考えられる。おそらく、MAGあるいはNogoによってCRMP−2が不活化された結果、微小管重合を阻害するのと考えられる。
【0039】
ところで、微小管の制御には様々な分子が関与しており、軸索における微小管の重合を制御している可能性がある他の物質として、APCに注目し、検討した。
【0040】
APCは、基本領域を介して直接に、あるいはEB1結合領域を介して間接的に微小管のプラス端に結合する。軸索先端におけるAPC、EB1の局在は、NGFによる軸索成長に関わっている。以上より、ミエリン由来因子による軸索伸展阻害作用には、これらの分子が関与しているかもしれないと考えた。小脳顆粒細胞では小さく、このアッセイには不適切であるので、幼若ラットの後根神経節細胞を用いて、神経突起におけるAPCとEB1の局在を免疫染色で視覚化した。図4(A)にAPC、β−チューブリンについて行った二重染色の結果を、図4(B)に成長円錐におけるAPCの相対的な平均蛍光密度を、図4(C)に神経線維、EB1の二重染色の結果を、図4(D)に成長円錐におけるEB1の相対的な平均密度を、それぞれ示す。なお、図4(B)、(D)のデータは平均値±標準誤差を示すものである。
【0041】
図4(A)に示す結果によると、APCは細胞体、神経突起、軸索遠位端に強く染色されていることが確認できた(図4(A)中矢頭)。またMAGで処置した場合も、神経突起の先端では、同様のAPCの局在が観察された(図4(A)、(B))。またEB1に関しても、神経突起の先端で染色されていることが確認できた(図4C、矢頭)。但し、この局在は、MAG処置によって変化しなかった(図4C、D)。したがって、MAGを介した突起伸展抑制にAPCとEB1は関与していないことを確認した。
【0042】
次に、RhoAが、損傷を受けた軸索においてどのような役割を果たしているかを評価するために、脊髄損傷後の軸索におけるRhoの活性を調べた。ここではMAGで刺激しない又は30分間刺激(25μg/ml)した後根神経節細胞を固定し、GST−Rho結合領域を反応させた後、抗GST抗体で活性化RhoAを染色し、視覚化した。この結果の写真を図5(A)に示すとともに、図5(B)に成長円錐における活性化RhoAの相対的な平均蛍光密度を示す(データは平均値±標準誤差である。)。なお更に図5(A)においては活性化RhoAを染色した結果を上段に、神経の目印として神経線維を染色した結果を下段に示す。
【0043】
図5(A)、(B)によると、MAGで刺激していない細胞では神経突起は殆ど染色されていない(RhoAの活性が弱い)が、MAGで刺激した細胞では成長円錐でも軸索でもRhoAの著明な活性が確認できた。この現象は成長している軸索や、成長円錐で観察されることから、RhoAとRhoキナーゼが活性化することにより、微小管の重合が減じていることを示すものと考えられる。なお図5(B)中、*印は統計学的に有意(Studentのt検定におけるp<0.05)であることを示している。
【0044】
そして今度はラットの脊髄を損傷させ、2時間後に損傷部位周辺の組織を取り出し、上記と同様に染色した結果を図5(C)に示す。なお図5(C)は損傷した脊髄の矢状段を示すものであって、損傷部位から約15mm口側の白質を拡大したものである。脊髄損傷後では神経線維陽性の軸索でRhoAが活性化している(右図、SCI 2h)のに対し、コントロールはそうでないことが確認できた(左図、control)。このように、RhoAは損傷された軸索周辺で非常に活性化していることが分かった。
【0045】
今までの結果により、MAGとNogoはCRMP−2をリン酸化して不活化することで、神経細胞における微小管重合を減じていることが示され、これに一致して、RhoAが脊髄損傷後に活性化していることも示された。
【0046】
そこで、脊髄損傷後に、重合したチューブリンのレベルを調査し、in vitroで観察されたことがin vivoでも観察されるかどうかを検証した。脊髄損傷後2時間で新鮮凍結切片を作成し、Tuj1抗体で染色した。この結果を図6に示す。なお図6(A)は単量体のβチューブリンIIIを除去せず全チューブリン量について行った場合であり、図6(B)は単量体のβチューブリンIIIを除去し、重合した微小管だけを染色したものである。
【0047】
この結果、図6(A)において、損傷部位に隣接した部位では、白質にβチューブリンIIIが存在しており、脊髄損傷後2時間でβチューブリンレベルは変化しなかった(SCI 2h)。Y−27632を損傷部位に作用させても染色様式に影響なかった(Y−27632)。
【0048】
一方、図6(B)において、重合した微小管は白質の軸索に沿って分布していることが確認でき(control)、脊髄損傷後2時間では損傷部位に隣接した部位で重合した微小管のレベルが著明に減少しており、損傷部位の口側でも尾側でも観察された(SCI)が、損傷部位にY−27632を染み込ませたゲルを留置すると、重合した微小管の減少は、完全にコントロールレベルまで戻ることが確認できた(Y−27632+SCI)。即ち、重合した微小管の減少は、脊髄損傷によってRhoAとRhoキナーゼが活性化したために起こったと考えられる。なお、CRMP−2についても、Tuj1抗体を用いて二重染色し、白質の軸索と灰白質の細胞体に発現していることを確認した。以上より、脊髄損傷後の微小管の脱重合にCRMP−2の不活化が重要な役割を果たしている可能性が示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】(A)培養小脳顆粒細胞に対しNogoで刺激しない又は所定の濃度で10分間刺激し、溶解液を抗リン酸化CRMP−2抗体、抗リン酸化コフィリン抗体、抗リン酸化MLC抗体でウェスタンブロットした図。(B)培養小脳顆粒細胞に対し、Rhoキナーゼ阻害剤であるY−27632(Y)、ファスジル(HA)を加えた場合におけるウェスタンブロットの結果を示す図。(C)培養小脳顆粒細胞をMAGで刺激しない、あるいは示した時間で刺激した場合におけるウェスタンブロットの結果を示す図。
【図2】(A)非リン酸化型のmycタグを付けたCRMP−2を形質移入した小脳顆粒細胞(WT)又はCRMP−2を発現していない突然変異体を形質移入した小脳顆粒細胞(ΔC)を24時間培養及びリプレートし、Nogoで刺激又は刺激せず、さらに24時間培養した場合における免疫染色の結果を示す図。(B)小脳顆粒細胞の軸索成長アッセイ結果を示す図。
【図3】(A)幼若ラットの後根神経節細胞はMAGで刺激しない、あるいは30分間刺激及び固定し、更に単量体チューブリンを除去した場合における免疫染色の結果を示す図。(B)それぞれの状態で、相対的な微小管密度(コントロールとの比較)を定量化した結果を示す図。(C)幼若ラットの後根神経節細胞はMAGで刺激しない、あるいは30分間刺激した後固定した場合における免疫染色の結果を示す図。(D)それぞれの状態で、相対的な微小管密度(コントロールとの比較)を定量化した結果を示す図。
【図4】(A)β−チューブリンとAPCの二重染色の結果を示す図。(B)成長円錐におけるAPCの相対的な平均蛍光密度を示す図。(C)神経線維とEB1の二重染色の結果を示す図。(D)成長円錐におけるEB1の相対的な平均蛍光密度を示す図。
【図5】(A)後根神経節細胞はMAGで刺激しない又は30分間(25μg/ml)刺激した後、活性化RhoA、神経線維を染色した結果を示す図。(B)成長円錐における活性化RhoAの相対的な平均蛍光密度を示す図。(C)損傷した脊髄の矢状断を示す図。
【図6】(A)Tuj1抗体を用いてニューロンに特異的なβチューブリンIIIを染色した図。(B)組織固定時に単量体チューブリンを除去し、重合した微小管だけを染色した場合の結果を示す図。
【図7】矢状断の切片に対し抗CRMP−2抗体(上図)とTuj1抗体(下図)を用いた二重染色を行った結果を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Rhoキナーゼ阻害剤を主成分とする軸索再生剤。
【請求項2】
前記Rhoキナーゼ阻害剤は、Y−27632又はファスジルであることを特徴とする請求項1記載の軸索再生剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−327942(P2006−327942A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−149678(P2005−149678)
【出願日】平成17年5月23日(2005.5.23)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】