説明

軽量アクリル繊維およびその製造方法

【課題】 繊維製品とした場合でも十分な強度と中空率を有し、かつ取り扱い性に優れる軽量アクリル繊維、およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 アクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(I)と、平均直径(Dv)が0.1μm以上1μm以下の空孔を有するアクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(II)からなり、繊維横断面において層(I)と層(II)の合計の平均層数(N)が3層を超えるように縞状に積層された多層複合構造を有することを特徴とする軽量アクリル繊維。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は軽量アクリル繊維およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、社会の要求として老人や子供の衣類、寝装具の軽量化へのニーズが高まっている。特に各種合成繊維の中でもアクリル繊維は柔軟性、保温性、発色性、耐候性などに優れることから、衣料や寝装具等に幅広く使用されており、軽量化を狙った技術開発が活発に行われている。その一つにアクリル繊維の横断面内に多数の空孔を持つ多孔質アクリル繊維がある。多孔質アクリル繊維は内部に空孔を有することで通常のアクリル繊維と比べて繊維自体が軽量性を有することに加え、保温性が向上するため、衣類、寝装具といった製品に応用できるとともに必要な繊維量を削減することができるというメリットを有する。
【0003】
この多孔質アクリル繊維を製造する技術としては、例えばアクリロニトリル系ポリマーの原液中に水溶性高分子を添加し製糸工程中で除去する方法(特許文献1参照)、異種ポリマーを添加し界面剥離により空孔を形成させる方法(特許文献2参照)、発泡剤を添加する方法(特許文献3参照)などが公知技術として知られている。
【0004】
しかし、これらの手法で作成されたアクリル繊維は繊維全体に空孔が存在することで、繊維強度が低く、繊維のフィブリル化による劣化が著しく、実用に耐えなかった。
【0005】
そこで、多孔質アクリル繊維を複合化し、強度を高める技術として、空孔を有する層と空孔を含まない層を芯鞘複合型にする方法(特許文献4参照)、3層積層型にする方法(特許文献5参照)、サイドバイサイド複合型にする方法(特許文献6参照)があるが、いずれの方法においても空孔を形成する方法としては、非相溶な異種ポリマーを混合することで界面剥離を起こして空孔を発生させる技術である。これらの方法で作成された多孔質アクリル繊維は繊維中に異種ポリマー成分が存在することで、発色性、捲縮堅牢度、風合いの点で問題があった。また繊維のカット、カード、織り編み加工時や、製品の使用に際して繊維が受ける摩擦や圧縮により空孔部分から異種ポリマーの剥離が起こり、粉塵が発生したり、孔が潰れるなどの問題を有していた。さらに、製造方法として複合口金を使用する場合、多ホール化が困難であり、生産性が低いといった問題があった。また、上記の手法はいずれも捲縮加工前に繊維に空孔を形成するため、その後の捲縮加工やセット、カット、カードの工程や精紡から織り編み、染色加工までの工程の間に空孔がつぶれてしまい、多孔質形状による特性発現を損なうという問題があった。また加工方法の改善により多孔質形状をある程度までなら維持することも可能であるが、その場合には特別な加工条件が必要となるため、設備投資を要する、生産性が低下するなどの問題があった。
【特許文献1】特開平3−124811号公報(第4頁)
【特許文献2】特公昭60−11124号公報(第4頁)
【特許文献3】特開2001−131821号公報(第2頁)
【特許文献4】特開2002−13029(1〜6頁)
【特許文献5】特開2000−45126(1〜11頁)
【特許文献6】特公昭63−060129(1〜13頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、上記従来技術の問題点として挙げられていた繊維の強度、中空率を向上し、生産性に優れる軽量アクリル繊維およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を達成するために、本発明は以下の構成を要旨とするものである。
【0008】
本発明の第1の発明は、アクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(I)と、平均直径(Dv)が0.1μm以上1μm以下の空孔を有するアクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(II)からなり、繊維横断面において層(I)と層(II)の合計の平均層数(N)が3層を超えるように縞状に積層された多層複合構造を有することを特徴とする軽量アクリル繊維である。
【0009】
本発明の第2の発明は、アクリロニトリル系ポリマー(A)の層(III)と、エステル系ポリマー(B)がアクリロニトリル系ポリマー(A)中に分散している層(IV)からなり、繊維横断面において層(III)と層(IV)の合計の平均層数(N)が3層を超えるように縞状に積層された多層複合構造を有することを特徴とする多層複合型アクリル繊維である。
【0010】
本発明の第3の発明は、請求項2記載の多層複合型アクリル繊維から、アルカリ溶液によりエステル系ポリマー(B)を溶出することを特徴とする請求項1記載の軽量アクリル繊維の製造方法である。
【0011】
本発明の第4の発明は、アクリロニトリル系ポリマー(A)の原液(a)と、エステル系ポリマー(B)をアクリロニトリル系ポリマー(A)と混合した原液(b)を多層分割して紡糸口金に導入し製糸することを特徴とする請求項2記載の多層複合型アクリル繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の軽量アクリル繊維はアクリル繊維の持つ特性を損ねることなく高い中空率と高い力学特性を両立する軽量保温性に優れた繊維であり、従来品と比較して取り扱い性に優れ、アクリル繊維製品の軽量化に貢献する。本発明の製造方法により、製糸工程以降の繊維製品製造工程における孔のつぶれを抑制し、上述のような優れた特性を持つ軽量アクリル繊維を生産性に優れた方法で提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の軽量アクリル繊維について詳細に説明する。
【0014】
本発明におけるアクリロニトリル系ポリマー(A)はアクリロニトリルホモポリマー及び/又は用途に応じてアクリロニトリルモノマーと他種モノマーとの共重合体である。他種モノマーの例としては、アクリル繊維の風合いや染色性を変える目的でスチレン、ビニルトルエン、酢酸ビニル、塩化ビニル、塩化ビニリデン、臭化ビニル、臭化ビニリデン、フッ化ビニル、フッ化ビニリデンなどの不飽和モノマー類、さらにp−スルホフェニルメタリルエーテル、メタリルスルホン酸、アリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸及びこれらのアルカリ金属塩などが挙げられる。そのほか、軽量アクリル繊維を炭素繊維前駆体として用いる場合は、耐炎化工程でのアクリロニトリル系ポリマー(A)の環化の進行を促進する目的でカルボン酸基、もしくはそのエステル化物を有するモノマーもしくはアクリルアミド系モノマーが共重合されていてもよい。アクリロニトリルモノマーと他種モノマーとの比率は繊維の用途に応じて適宜選択可能であるが、好ましくはアクリロニトリル系共重合体中のアクリロニトリルモノマーが50重量%以上、より好ましくは85重量%以上、最も好ましくは90重量%以上である。アクリロニトリルモノマーの比率を上げることで、軽量アクリル繊維においてもアクリル繊維独自の優れた特性が保たれる。
【0015】
本発明の軽量アクリル繊維はアクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(I)と、平均直径(Dv)が0.1μm以上1μm以下の空孔を有するアクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(II)からなる。アクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(I)は通常の紡糸工程を経て緻密化しており、この層(I)が存在することで、空孔を有する層(II)のみでは達成しえなかった十分な強度が得られる。また、空孔を有する層(II)が存在することでアクリル繊維に軽量性が付与される。
【0016】
また、両層は吸水性、保水性、保温性などの機能付与の目的でアクリロニトリル系ポリマー(A)以外の異種成分を20重量%以下含んでもよいが、アクリロニトリル系ポリマー(A)と界面剥離を起こして空孔を形成しやすい異種成分を含まない。これにより、従来の界面剥離によって空孔を形成する軽量アクリル繊維と比較して繊維の加工時や製品の使用時に粉塵が発生しにくく、発色性に優れ、また取り扱い性にも優れる。なお、界面剥離を起こしやすい異種成分の例としては、例えば酢酸セルロース、ポリ酢酸ビニルなどが挙げられる。
【0017】
本発明の軽量アクリル繊維は繊維横断面において層(I)と層(II)の合計の平均層数(N)が3層を超えるように縞状に積層された多層複合構造を有する。本発明でいう多層複合構造とは、繊維横断面において層(I)と層(II)が縞状に積層された構造である。縞状に積層された構造とすることで、繊維側面は両層を構成する成分で構成される。繊維側面に層(II)が存在することで空孔に由来する軽量性や保温性以外に、吸水性、速乾燥性などが発現し、層(I)が存在することで耐フィブリル性、繊維強度が保たれる。
【0018】
また、合計の平均層数(N)が3層を超えるように積層することで、繊維構造の均一性が向上し、安定した強度などの繊維物性および優れた発色性が得られる。好ましくは合計の平均層数(N)が3.5層以上15層以下で、より好ましくは4層以上8層以下である。合計の平均層数(N)を15層以下とすることで両層を構成する成分に由来する強度と軽量性が最大限に発揮される。なお、ここでいう合計の平均層数(N)とは実施例C.項に記載する方法により求められる値である。
【0019】
また、軽量アクリル繊維横断面において単繊維の外周により囲まれる面積に対して層(II)の占める面積分率としては軽量アクリル繊維の強度を保ち軽量性を発現する目的で20%以上90%以下が好ましく、より好ましくは30%以上80%以下である。
【0020】
本発明では層(II)中の空孔の平均直径(Dv)は0.1μm以上1μm以下であることを特徴とするが、空孔の平均直径(Dv)が0.1μm以上1μm以下であることで、繊維の強度を十分保った状態で軽量性が発現する。より好ましくは0.5μm以上1μm以下である。平均直径(Dv)が0.1μm未満の空孔によって繊維に軽量性を付与するためには多数の空孔を形成しなくてはならないが、多数の空孔を形成することで空孔間を隔てるポリマー層が肉薄となり繊維の強度低下が起きる。また、平均直径(Dv)が1μmを超えると、繊維中に1μmより大きい空孔が多く存在するために繊維構造が不均一となり強度低下を招く他、繊維の染色斑、捲縮斑などの原因となる。
【0021】
なお、最大の空孔直径(Dvmax)と空孔の平均直径(Dv)との比(Dvmax/Dv)は1以上20以下、好ましくは1以上10以下であることが高い力学特性と軽量性を両立できる点からより好ましい。繊維横断面での空孔の面積の合計(Sv)と単繊維の外周により囲まれる面積(Sf)との比の百分率で表される中空率も高い力学特性と軽量性を両立できる点から5%以上40%以下であることが好ましく、10%以上40%以下がより好ましい。また、空孔の個数としては軽量性の点から、繊維の横断面内に30個以上であることが好ましく、60個以上であることがより好ましい。本発明における空孔の個数、最大の空孔直径(Dvmax)、空孔の平均直径(Dv)、繊維横断面での空孔の面積の合計(Sv)、単繊維の外周により囲まれる面積(Sf)および中空率は実施例記載D.項記載の手法により求められる値とする。
【0022】
本発明における軽量アクリル繊維は、製糸、高次加工の工程通過性の観点から単糸繊度1.0dtex以上100dtex以下、強度1.0cN/dtex以上10cN/dtex以下、伸度10%以上100%以下が好ましい。
【0023】
本発明の軽量アクリル繊維は多数の孔を有する層と、実質的に孔を有さない層を有するため、高い中空率と高い力学特性を両立する軽量保温性に優れた繊維である。本発明の軽量アクリル繊維は単体で用いても良く、綿、麻、ウールなどの天然繊維、レーヨン、アセテートなどの化学繊維、ポリエステルやナイロンとの合成繊維と混紡あるいは混繊、交織、交編して用いることも可能である。用途例としてはカーテン、毛布、絨毯、足ふきマット、タオル、ドライヤーカンバス、セーター、肌着、靴下などが挙げられる。また繊維内部の空孔および繊維表面に機能性物質を吸着させることで、抗菌衣料、薬液徐放素材、細胞培地などにも用いることができる。
【0024】
次に、本発明の多層複合構造を有することを特徴とする多層複合型アクリル繊維について詳細に説明する。
【0025】
本発明におけるアクリロニトリル系ポリマー(A)はアクリロニトリルホモポリマー及び/又は用途に応じてアクリロニトリルモノマーと他種モノマーとの共重合体である。他種モノマーの例、共重合比率等は前述のとおりである。
【0026】
本発明におけるエステル系ポリマー(B)とは、主鎖にエステル結合を有しているポリマーであれば分子種に特に制限はないが、多層複合型アクリル繊維をアルカリ溶液で処理することで、エステル系ポリマー(B)の溶出除去を行って空孔を形成する目的で、溶出速度を高める点からポリオール、特にはポリアルキレングリコールを共重合したブロックポリエーテルエステルがより好ましい。さらに、繊維の耐水性を保つ目的でこのブロックポリエーテルエステルにアクリロニトリル系ポリマー(A)をグラフト共重合したエステル系ポリマー(B)が最も好ましい。
【0027】
共重合するポリアルキレングリコールの分子量は、溶出速度促進の観点から1000〜20000が好ましく、3000〜6000とすることがより好ましい。またポリアルキレングリコールの混合比率は、エステル系ポリマー(B)の全重量に対して1〜60重量%が好ましい。1重量%以上とすることで、アルカリ溶液で多層複合型アクリル繊維を処理する際のエステル系ポリマー(B)の分解速度が促進され、60重量%以下とすることで多層複合型アクリル繊維の耐水性が向上する。ポリアルキレングリコールの具体的な例としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコールなどが挙げられるが、中でも溶出速度の点からポリエチレングリコールが特に好ましい。
【0028】
ブロックポリエーテルエステルのポリエステル部の組成については、エステル系ポリマー(B)の結晶性を抑え、アルカリ処理時の分解性を向上させる目的で、脂肪族ジオールに対し脂肪族ジカルボン酸、あるいは脂肪族ジカルボン酸と芳香族ジカルボン酸の混合物を組み合わせたものが好ましい。脂肪族ジオールの例としては、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、ペンタンジオール、ヘキサンジオール、ネオペンチルグリコール等が挙げられ、脂肪族ジカルボン酸としては、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカンジオン酸、芳香族ジカルボン酸としてはテレフタル酸、イソフタル酸、オルトフタル酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸、パラフェニレンジカルボン酸などがあげられる。特に炭素数6以下の脂肪族ジカルボン酸成分を含むことがより好ましい。
【0029】
本発明の多層複合型アクリル繊維はアクリロニトリル系ポリマー(A)の層(III)と、エステル系ポリマー(B)がアクリロニトリル系ポリマー(A)中に分散している層(IV)からなる。アクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(III)は通常の紡糸工程を経て緻密化しており、この層(III)が存在することで、エステル系ポリマー(B)がアクリロニトリル系ポリマー(A)中に分散している層(IV)単独では達成しえなかった十分な強度が得られる。また、層(IV)が存在することでアルカリ処理を行ってエステル系ポリマー(B)を除去することで空孔を形成し、多孔質となった軽量アクリル繊維を得ることができる。
【0030】
また、両層は吸水性、保水性、保温性などの機能付与の目的でアクリロニトリル系ポリマー(A)とエステル系ポリマー(B)以外の異種成分を20重量%以下含んでもよいが、アクリロニトリル系ポリマー(A)と界面剥離を起こして空孔を形成しやすい異種成分を含まないことが好ましい。そのようにすることで、繊維の加工時や製品の使用時に粉塵が発生しにくく、取り扱い性に優れる。なお、界面剥離を起こしやすい異種成分の例としては、例えば酢酸セルロース、ポリ酢酸ビニルなどが挙げられる。
【0031】
本発明のアクリル繊維は繊維横断面において層(III)と層(IV)の合計の平均層数(N)が3層を超えるように縞状に積層された多層複合構造を有する。本発明でいう多層複合構造とは、繊維横断面において層(III)と層(IV)が縞状に積層された構造である。このような縞状の多層複合構造とすることで、両層の収縮率の違いに由来して立体的な捲縮の発現が可能となる。合計の平均層数(N)が3層を超えるように積層されていることで、繊維構造の均一性が向上し、捲縮数のばらつきが少なく安定した繊維物性が得られるため紡績における工程通過性が向上する。また、繊維の優れた発色性が得られる。成分を異とする層の積層構造を保ち、これに由来する立体的で嵩高性に優れた特殊な捲縮を発現する目的で好ましくは合計の平均層数(N)は3.5層以上15層以下で、より好ましくは4層以上8層以下である。ここでいう合計の平均層数(N)とは実施例に記載する方法により求められる値である。
【0032】
多層複合繊維の横断面において単繊維の外周により囲まれる面積に対する層(IV)の占める面積分率としては多層複合型繊維をアルカリ処理することで得られる軽量アクリル繊維の高い力学特性と軽量性を両立できる点から20%以上90%以下が好ましく、より好ましくは30%以上80%以下である。
【0033】
なお、多層複合型繊維をアルカリ処理することで得られる軽量アクリル繊維の高い力学特性と軽量性を両立する目的でエステル系ポリマー(B)からなる島部の平均直径(De)は0.1μm以上1μm以下であることが好ましく、より好ましくは0.5μm以上1μm以下である。またエステル系ポリマー(B)からなる島部の最大直径(Demax)と島部の平均直径(De)との比(Demax/De)は1以上20以下であることが好ましく、より好ましくは1以上10以下である。また、繊維横断面におけるエステル系ポリマー(B)からなる島部の面積の合計(Se)と単繊維の外周により囲まれる面積(Sf)との比の百分率で表される海島率も、多層複合型繊維をアルカリ処理することで得られる軽量アクリル繊維の高い力学特性と軽量性を両立できる点から5%以上40%以下であることが好ましく、10%以上40%以下がより好ましい。また、エステル系ポリマー(B)からなる島部が繊維断面中に30個以上存在することが好ましく、より好ましくは60個以上である。本発明におけるエステル系ポリマー(B)からなる島部の個数、最大の直径(Demax)、平均直径(De)、繊維横断面での島部の面積の合計(Se)、単繊維の外周により囲まれる面積(Sf)および海島率は実施例D.項に記載の手法により求められる値とする。
【0034】
本発明の多層複合型アクリル繊維は、製糸、高次加工の工程通過性の観点から単糸繊度1.0dtex以上100dtex以下、強度1.0cN/dtex以上10cN/dtex以下、伸度10%以上100%以下が好ましい。
【0035】
本発明の多層複合型アクリル繊維は多層複合構造を有することで優れた捲縮性を発現し、多層複合構造でない従来のアクリル繊維と比較して風合い、嵩高性、発色性に優れる。また、アルカリにより容易に溶出可能なエステル系ポリマー(B)を用いているため、軽量アクリル繊維の好適な前駆体繊維として用いることができる。
【0036】
以下、本発明の軽量アクリル繊維の製造方法について詳細に説明する。
【0037】
本発明では、上述の多層複合型アクリル繊維からアルカリ溶液によりエステル系ポリマー(B)を溶出することで空孔を有する軽量アクリル繊維を得ることを特徴とする。本発明で言う「溶出することで空孔を有する軽量アクリル繊維を得る」とはアルカリ溶液で繊維を処理することにより繊維の重量が減少し、かつアルカリ処理前には繊維横断面内に実質的に空孔が存在しない状態から、アルカリ処理後に繊維横断面内に多数の空孔が存在する状態に変わることを指す。本発明ではアルカリ処理前には実質的に空孔が存在せず、通常のアクリル繊維と同様の製糸および高次加工を行っても空孔がつぶれることはない。
【0038】
さらに本発明ではアルカリ溶液によりエステル系ポリマー(B)を溶出するが、この際にエステル系ポリマー(B)は加水分解して低分子の状態で速やかに溶出される。このため、有機溶媒や熱水によるポリマーの抽出に比べて、溶出工程に必要な用役、エネルギーの大幅な削減が可能となるため最も好ましい形態である。また、従来の界面剥離により空孔形成を行う製造方法と比較して、本発明の製造方法によって得られる軽量アクリル繊維は加工、使用に際して粉塵が発生しにくいという優れた特徴を有する。
【0039】
本発明に用いるアルカリ溶液とはpHが7よりも大きい溶液であり、処理速度向上の観点からpH12以上が好ましく、pH13以上がより好ましい。アルカリ溶液としては水酸化バリウム、水酸化カルシウム、水酸化銅、水酸化アルミ、アンモニア、炭酸水素ナトリウムなどの水溶液などを用いることができるが、強アルカリであり、電離度が高く、工業的に安価である水酸化ナトリウム、水酸化カリウムを用いた水溶液とすることが最も好ましい。
【0040】
アルカリ溶液による処理時間は繊維の形態、アルカリ溶液の濃度により異なるが、1〜180minが工業的な実用性から好ましく、10〜120minがより好ましい。また処理温度は10〜98℃、好ましくは20〜70℃とすることが溶出時間短縮とアルカリ溶液からの水の蒸発抑制の観点から適している。
【0041】
アルカリ処理は連続糸、捲縮糸、カット綿、紡績糸といった糸や綿、巻取りパッケージ、トウなどの形態や、不織布、編物、織物といったシートや製品など、いずれの形態で行うことができる。またアルカリ処理はアルカリ溶液の浴に連続して通過させても良く、液浴に繊維のかせや原綿、紡績糸チーズ、布帛を浸すバッチ処理でも良い。
【0042】
アルカリ処理を行う工程は製糸後、捲縮加工後、カット後、紡績後、製織編後、精練後などが挙げられるが、多孔質化した後の孔のつぶれを抑制する点からは捲縮加工後およびそれ以降の工程が好ましい。
【0043】
本発明の製造方法によって製糸工程以降の繊維製品製造工程における孔のつぶれを抑制し、アクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(I)と、平均直径(Dv)が0.1μm以上1μm以下の空孔を有するアクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(II)からなり、繊維断面において層(I)と層(II)の合計の平均層数(N)が3層を超えるように縞状に積層された多層複合構造を有することを特徴とする軽量アクリル繊維を高い生産性で得られる。
【0044】
以下、本発明の多層複合型アクリル繊維の製造方法について詳細に説明する。
【0045】
本発明におけるアクリロニトリル系ポリマー(A)はアクリロニトリルホモポリマー及び/又は用途に応じてアクリロニトリルモノマーと他種モノマーとの共重合体である。他種モノマーの例、共重合比率等は前述のとおりである。
【0046】
このアクリロニトリル系ポリマー(A)は、分子量の指標となる45℃における20重量%ジメチルスルホキシド溶液の粘度が100〜2000poiseであることが、優れた力学特性を得る点から好ましい。
【0047】
本発明のアクリロニトリル系ポリマー(A)の原液(a)はアクリロニトリル系ポリマー(A)を可溶な溶媒に溶解したポリマー溶液である。可溶な溶媒とは、例えばジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドなどが挙げられる。原液(a)の濃度としては45℃における溶液の粘度が100〜2000poiseとなる濃度が紡糸安定性の面から好ましい。
【0048】
本発明におけるエステル系ポリマー(B)とは、前述のとおりである。
【0049】
エステル系ポリマー(B)をアクリロニトリル系ポリマー(A)と混合した原液(b)を作る方法としては、アクリロニトリル系ポリマー(A)とエステル系ポリマー(B)と溶媒が均一に混合できればよく、例えば、両ポリマーを混合した後に両ポリマーに共通の良溶媒に溶解しても、一方のポリマーを溶解したポリマー溶液に、他方のポリマーを混合しても、両ポリマーの溶液同士の混合でもよい。混合方法としては、例えばフラスコやタンクなどの容器中で撹拌翼やホモミキサーによる混合を用いても良いし、エクストルーダーなどによるポリマー溶液の混合攪拌、あるいは配管中での静止型管内混合器による混合などを単独あるいは併用して用いることができる。得られる多層複合型繊維の優れた捲縮発現と、エステル系ポリマー(B)を溶出した後の軽量アクリル繊維の高い力学特性と軽量性を保つ目的で、エステル系ポリマー(B)の混合比率としては、原液(b)中のアクリロニトリル系ポリマー(A)とエステル系ポリマー(B)の合計重量に対して5重量%以上70重量%以下が好ましく、より好ましくは10重量%以上60重量%以下である。また、原液(b)の濃度としては45℃における溶液の粘度が100〜2000poiseとなる濃度が好ましい。
【0050】
また、得られる多層複合型アクリル繊維の層間の剥離を防ぎ、均一な発色性を保つ目的で、原液(a)および原液(b)に使用するアクリロニトリル系ポリマー(A)は同一のものを使用することが好ましい。
【0051】
アクリロニトリル系ポリマー(A)の原液(a)と、エステル系ポリマー(B)をアクリロニトリル系ポリマー(A)と混合した原液(b)を多層分割させる方法としては、両原液を口金直前の配管中で静止型管内混合器を用いて行う。用いる静止型管内混合器としては東レ(株)製の“ハイミキサー”、ノリタケ(株)製の“スタティックミキサー”、桜製作所(株)製の“スケヤミキサー”、特殊化工機械(株)製の“ロスISGミキサー”などを挙げることができる。これらの装置の中でも、構成エレメントが複雑でなく、紡糸原液の流動抵抗が比較的小さく、しかも紡糸原液流路における有効断面積の変化が少ないことで装置内での紡糸原液の異常滞留が生じ難いことから“スタティックミキサー”、“スケヤミキサー”が好ましく使用される。
【0052】
静止型管内混合器のエレメント数としては、使用する口金の孔数に対応して、実施例で示す計算による単糸中理論層数(Ncal)が3より大きく15以下となるように選択することが好ましい。Ncalが3を超えるようにエレメント数を選択することで、得られる繊維中の合計の平均層数(N)が3を超え、層(III)と層(IV)の収縮率の違いに由来して捲縮加工を施した際に立体的で嵩高性に優れた捲縮が発現する。また、Ncalを15以下とすることで、得られる繊維の断面における層(III)と層(IV)の積層構造が保たれ、優れた捲縮発現性が保たれる。また、繊維構造の均一性を向上し、安定した繊維物性および優れた発色性を得る目的でより好ましくはNcalが3.5以上15以下、最も好ましくは4以上8以下とすることがよい。
【0053】
本発明では、多層分割した原液を紡糸口金に導入し、製糸することを特徴とする。具体的には、多層分割された原液を紡糸口金より押し出し、アクリロニトリル系ポリマー(A)とエステル系ポリマー(B)の両ポリマーに対して固化能力のある溶媒、すなわち凝固溶媒で満たした凝固浴中に吐出する湿式紡糸、一旦空中を走行させてから凝固浴に導く乾湿式紡糸が適用できる。なお、紡糸口金としては、従来のアクリル繊維に用いられる通常の丸型、矩形口金などを用いることができる。このため、特殊な複合口金を使用する必要がなく、紡糸口金の多ホール化が非常に容易である。
【0054】
原液の吐出量としては、得られる繊維の単糸繊度が1.0〜100dtexとなるように設定することが製糸性および得られる繊維の加工性の点から好ましい。また、得られる多層複合型繊維の物性を保つ目的で、原液(a)と原液(b)の吐出量の比率としては、一定時間に吐出される原液(b)に含まれるポリマーの重量が、両原液中に含まれるポリマーの合計重量に対して、20重量%以上90重量%以下となるように設定することが好ましく、より好ましくは30重量%以上80重量%以下である。
【0055】
凝固溶媒としてはアクリロニトリル系ポリマー(A)とエステル系ポリマー(B)の両成分に対する貧溶媒を含む溶液であればよく、溶媒回収の観点から、両成分に対する貧溶媒とポリマー原液調製の際に用いる溶媒との混合溶媒が特に好ましい。このような例としては、メタノール、エタノール、プロパノールなどのアルコール類や、水といった貧溶媒と原液調製時の溶媒との混合溶液が挙げられる。環境負荷の低減と、凝固溶媒を安全に取り扱うための設備費用面から、水と原液調製の際に用いる溶媒との混合溶液を用いることが最も好ましい。混合溶液の濃度としては、凝固溶媒中における原液調製時の溶媒の濃度が10重量%以上90重量%以下であることが好ましい。凝固溶媒中における原液調製時の溶媒の濃度を10重量%以上とすることで、凝固溶媒の回収、精製分離、再利用にかかる費用が削減でき、90重量%以下とすることで紡糸原液の速やかな固化が可能となる。より好ましくは20重量%以上80重量%以下である。凝固浴の温度は、操業性の点から0〜90℃で行うことが好ましく、より好ましくは5〜70℃である。また、凝固浴で原液を固化して得られる凝固糸の引き取り速度としては、操業性の観点から1〜100m/minが好ましい。得られた凝固糸は繊維強度を高める目的で延伸を行うことが好ましい。延伸は凝固に引き続き液浴延伸により多段階で行うことが好ましく、総延伸倍率は目的に応じ適宜調製することができるが2〜20倍程度が好ましい。また、工程の途中もしくは最後に適宜、乾燥、給油、洗浄を行っても良い。延伸に続き、水洗、乾燥を行った後、スタッフィング、スチームセットなどといった捲縮加工を行うことが最も好ましい。捲縮加工を施すことで繊維の多層複合構造に由来して立体的で嵩高性に優れた特殊な捲縮が発現する。
【0056】
本発明の多層複合型アクリル繊維の製造方法により、アクリロニトリル系ポリマー(A)の層(III)と、エステル系ポリマー(B)がアクリロニトリル系ポリマー(A)中に分散している層(IV)からなり、繊維断面において層(III)と層(IV)の合計の平均層数(N)が3層を超えるように縞状に積層された多層複合構造を有することを特徴とする多層複合型アクリル繊維を特殊な口金を使わずに製造することが可能となり、従来の複合口金を使用した複合型アクリル繊維と比較して高い生産性で上述のような優れた多層複合型アクリル繊維を得ることができる。
【0057】
本発明の軽量アクリル繊維の製造方法において最も好適な例は、アクリロニトリル系ポリマー(A)の20重量%ジメチルスルホキシド溶液からなる45℃における粘度が100〜2000poiseの原液(a)と、45℃における15重量%ジメチルスルホキシド溶液の粘度が2000poiseであるエステル系ポリマー(B)を混合したアクリロニトリル系ポリマー(A)のジメチルスルホキシド溶液からなる原液(b)を用い、両原液を口金直前の配管中で静止型管内混合器を用いて単糸中理論層数(Ncal)が3より多く15以下となるように多層分割した後、紡糸口金に導入して5〜70℃の20〜80重量%ジメチルスルホキシド水溶液からなる凝固浴中に吐出し、固化した後1〜100m/minで引き取り、引き続き延伸、水洗、乾燥を行った後に捲縮加工を施すことで立体的で嵩高性に優れた捲縮を持つ多層複合型アクリル繊維を得る。この多層複合型アクリル繊維をpHが13以上であり20〜70℃の水酸化ナトリウム水溶液に10〜120分間浸漬させることで繊維の横断面内に空孔が60個以上あり、空孔の平均直径(Dv)が0.1μm以上1μm以下、中空率が10〜40%の多孔質アクリル繊維を得る方法である。
【実施例】
【0058】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明する。なお実施例中の各特性値は次の方法で求めた。
【0059】
A.ポリマー溶液の粘度
BROOKFIELD社製DV−II+Pro VISCOMETERを用い、温度をBROOKFIELD製 TC500にて一定に制御した条件下で、せん断速度10〜20sec−1で測定した粘度値を溶液粘度とした。
【0060】
B.単糸中理論層数の計算
単糸中理論層数(Ncal)は次式によって求めた。
【0061】
【数1】

【0062】
ここで、Kは紡糸口金の外部形状により定まる定数であり、矩形状口金ではKの値は1、円形状口金ではKの値は1.1である。なお、紡糸原液流の分割層数としては、静止型管内混合器を構成するエレメントおよびそのエレメント数によるが、スタティックミキサーの場合はエレメント数をnとすると紡糸原液流の分割層数は次式の通りとなる。
紡糸原液流の分割層数=2
C.繊維断面における合計の平均層数および層の面積分率の計測
試料となる繊維をパラフィンに包埋した後に、ミクロトームを用いて繊維軸に垂直な面でスライスした薄片を作製し、この薄片を光学顕微鏡(オリンパス(株)製、BX60)によって400倍の倍率で観察を行い、写真を得た。得られた写真から合計で30本の繊維1本1本の断面における縞状に積層された層数を数えた値を平均し、合計の平均層数(N)とした。この際、繊維断面の外周線に接しておらず別の層の中に取り込まれている層については層数に加えなかった。
【0063】
また、層(II)または層(IV)の面積分率の測定には、試料となる繊維をエポキシ樹脂に含浸した後にミクロトームを用いて繊維軸に垂直な面の超薄切片を作製し、透過型電子顕微鏡((株)日立製作所、H−7100FA)により4000倍の倍率で観察を行い、写真を得た。得られた写真を使って、繊維の外周で囲まれる繊維断面を切り抜き、この紙片の重量を計測した値(単位:g)をWとした。さらに、繊維断面において縞状にせきそうされた層の境界部分に沿って鋏で切り、層ごとに分け、層(II)または層(IV)の部分を集めて計測した重量(単位:g)をWとした。この際、繊維断面の外周線に接しておらず別の層の中に取り込まれている層については切り分けなかった。
【0064】
繊維の断面中に含まれる層(II)または層(IV)の占める面積分率としては次式を用いて計算し、合計5本の繊維から平均値を求めた。
層(II)または層(IV)の占める面積分率=W/W×100
D.繊維断面の形態観察および島部、空孔の計測
試料となる繊維をエポキシ樹脂に含浸した後にミクロトームを用いて繊維軸に垂直な面の超薄切片を作製し、透過型電子顕微鏡((株)日立製作所、H−7100FA)により4000倍の倍率で観察を行い、合計で5本の繊維断面形態の写真を得た。得られた写真を拡大して、5μm相当の長さが5cmになるようにして紙に印刷した。この拡大印刷した写真上にトレーシングペーパーを載せ、太さ0.5mmの水性ペンを用いて繊維断面の外周線と、空孔または島部の外周線を写し取った。この写し取った図をスキャナで読み取り、画像処理ソフト(三谷商事(株)製、winroof)を用いて各々の繊維断面について図形分離を行い、1本1本の繊維について以下の計測を行い、合計5本の繊維の平均値を求めた。
空孔の個数:独立した孔の個数を計測した。
空孔の直径:それぞれの空孔について円相当径を求めた。
空孔の最大直径(Dvmax):空孔の円相当径が最大のものを採用した。
空孔の平均直径(Dv):全ての空孔の円相当径を平均したものを求めた。
繊維横断面での空孔の面積の合計(Sv):全ての空孔の面積を合計した数値を用いた。
島部の個数:独立した島部の個数を計測した。
島部の直径:それぞれの島部について円相当径を求めた。
島部の最大直径(Demax):島部の円相当径が最大のものを採用した。
島部の平均直径(De):全ての島部の円相当径を平均したものを求めた。
繊維横断面での島部の面積の合計(Se):全ての島部の面積を合計した数値を用いた。
単繊維の外周により囲まれる面積(Sf):繊維の外周によって囲まれる部分の面積を求めた。
【0065】
なお中空率、海島率は以下の式により求めた。
中空率(%)=(Sv/Sf)×100
海島率(%)=(Se/Sf)×100
E.単繊維繊度、強度
単繊維繊度はサーチ社製DenierComputerを用いて測定し、10本の単糸繊度の平均値をもって単繊維繊度とした。強度の測定はオリエンテック社製テンシロンUTC−100を用いて初期長20mm、引張速度20mm/minで測定し、5回の測定の平均値をもって強度とした。また、軽量アクリル繊維については強度の変動率も求めたが、強度の変動率は強度の標準偏差を強度の平均値で割り、百分率で表した値である。本発明において強度は2.0cN/dtex以上、強度のばらつきは15%以下を合格とした。
【0066】
F.捲縮数および捲縮数変動率
JIS L1015(1999年改正)に準じ、単繊維に対し1.8mg/dtexの荷重をかけた状態で長さLa(mm)と山数(M)を測定し、次式で捲縮数を算出し、20本の平均の値を得た。
捲縮数(山/25mm)=M×25/La
また、捲縮数のばらつきを表す捲縮数変動率(%)は捲縮数の標準偏差を捲縮数の平均値で割り、百分率で表した値を求めた。本発明において捲縮数変動率(%)は30%以下を合格とした。
【0067】
実施例1
原液(a)としては、ジメチルスルホキシド(DMSO)を溶媒とする溶液重合法により、アクリロニトリル94重量%、アクリル酸メチル5重量%、メタリルスルホン酸ソーダ1重量%からなるアクリロニトリル系ポリマー(A)を重合し、(A)成分の20重量%DMSO溶液を原液(a)として得た。原液(a)の45℃における粘度は200poiseであった。
【0068】
エステル系ポリマー(B)としては、まず、アジピン酸5部、アゼライン酸12部に対してエチレングリコールを12部仕込み、エステル化反応を行い、プレポリマーを得た。次に、このプレポリマーにポリエチレングリコール(分子量4000)48部を加えて重縮合を行い、ポリエチレンアジペート、ポリエチレンアゼレート、ポリエチレングリコールからなるブロックポリエーテルエステルを得た。さらに、このブロックポリエーテルエステル100部をDMSO737部に溶解し、アクリロニトリル30部をグラフト重合したものをエステル系ポリマー(B)とした。このエステル系ポリマー(B)の15.0重量%DMSO溶液を調製したところ、溶液の粘度は45℃において15poiseを示した。
【0069】
原液(b)としては、原液(a)を17.4mL/min、エステル系ポリマー(B)の15.0重量%DMSO溶液を18.9mL/minとなるように、それぞれ独立したギアポンプで計量し、両者をエレメント数14のスタティックミキサーを使って配管内で混合し、原液(b)を得た。
【0070】
次に、原液(a)を13.4mL/minとなるようにギアポンプを用いて計量し、口金直前で原液(b)と合わせ、エレメント数8のスタティックミキサーを使用して配管内で原液を層状に積層し、口金孔数1000、口径0.065mmφの円形状口金より押し出し、40℃の40重量%DMSO/水混合溶液からなる凝固浴中に吐出した。このときの紡糸原液流の分割層数は256、単糸中理論層数(Ncal)は7.4である。凝固に引き続き糸条を5.0m/minで引き取った後、70℃の30重量%DMSO/水混合溶液、90℃の10重量%DMSO/水混合溶液からなる2段の延伸浴で6.0倍延伸した後、25℃の水浴で水洗し、続いて160℃のホットドラムを通過させ単糸繊度が3dtexのアクリル繊維を得た。
【0071】
得られた繊維を常圧水蒸気で糸条温度が75℃になるように予熱し、入口圧力0.06MPa、出口圧力0.01MPaのスタッフィングボックスに導入して捲縮数12山/25mmの捲縮を付与した。その後、113℃、弛緩状態で捲縮発現処理をした。さらに、この捲縮発現処理後の糸条を蒸気温度100℃下で1.2倍の倍率で再延伸して捲縮を消失させ、さらに紡績時の絡合性を良くするためにスタッフィングボックスで12山/25mmの機械捲縮を付与し、70℃の熱風で乾燥した。
【0072】
得られた繊維の横断面観察から、アクリロニトリル系ポリマー(A)成分からなる層(III)と、エステル系ポリマー(B)がアクリロニトリル系ポリマー(A)中に分散している層(IV)が交互に縞状に積層されている構造が確認され、多層複合型アクリル繊維が得られていることがわかった。また、層(IV)においては、アクリロニトリル系ポリマー(A)が海、エステル系ポリマー(B)が島である海島構造が見られたが、いずれの層においても明確な孔は観察されず、この時点ではアクリル繊維は多孔質化していなかった。断面観察により、合計の平均層数(N)が7.2、断面中に含まれる層(IV)の占める面積分率としては68%であった。また、エステル系ポリマー(B)からなる島部の個数は162個、平均直径(De)は0.83μm、最大直径(Demax)は3.6μm、海島率は29.8%であった。
【0073】
また、得られた多層複合型アクリル繊維を沸水中で10分間処理することで捲縮を顕在化させた後、70℃の熱風乾燥機で30分乾燥した後、単糸強度、捲縮数、捲縮変動率を測定した結果を表1に示す。沸水処理後に、立体的な捲縮を発現し、嵩高性に優れる多層複合型アクリル繊維となった。
【0074】
実施例2
原液(a)としては実施例1と同じものを使用した。
【0075】
原液(b)としては、原液(a)を52.3mL/min、エステル系ポリマー(B)の15.0重量%DMSO溶液を56.6mL/minとなるように、それぞれ独立したギアポンプで計量し、両者をエレメント数14のスタティックミキサーを使って配管内で混合し、原液(b)を得た。
【0076】
次に、原液(a)を40.3mL/minとなるようにギアポンプを用いて計量し、口金直前で原液(b)と合わせ、エレメント数8のスタティックミキサーを使用して配管内で原液を層状に積層し、口金孔数3000、口径0.065mmφの円形状口金より押し出し、40℃の40重量%DMSO/水混合溶液からなる凝固浴中に吐出した。このときの紡糸原液流の分割層数は256、単糸中理論層数(Ncal)は4.2である。凝固に引き続き、糸条を5.0m/minで引き取った後、70℃の30重量%DMSO/水混合溶液、90℃の10重量%DMSO/水混合溶液からなる2段の延伸浴で6.0倍延伸した後、25℃の水浴で水洗し、続いて160℃のホットドラムを通過させ単糸繊度が3dtexのアクリル繊維を得た。
【0077】
得られた繊維を常圧水蒸気で糸条温度が75℃になるように予熱し、入口圧力0.06MPa、出口圧力0.01MPaのスタッフィングボックスに導入して捲縮数12山/25mmの捲縮を付与した。その後、113℃、弛緩状態で捲縮発現処理をした。さらに、この捲縮発現処理後の糸条を蒸気温度100℃下で1.2倍の倍率で再延伸して捲縮を消失させ、さらに紡績時の絡合性を良くするためにスタッフィングボックスで12山/25mmの機械捲縮を付与し、70℃の熱風で乾燥した。
【0078】
得られた繊維の横断面観察ではアクリロニトリル系ポリマー(A)成分からなる層(III)と、エステル系ポリマー(B)がアクリロニトリル系ポリマー(A)中に分散している層(IV)が交互に縞状に積層されている構造が確認され、多層複合型アクリル繊維が得られていることがわかった。また、層(IV)においては、アクリロニトリル系ポリマー(A)が海、エステル系ポリマー(B)が島である海島構造が見られたが、いずれの層においても明確な孔は観察されず、この時点ではアクリル繊維は多孔質化していなかった。断面観察により、合計の平均層数(N)が4.1、断面中に含まれる層(IV)の占める面積分率としては73%であった。また、エステル系ポリマー(B)からなる島部の個数は157個、平均直径(De)は0.82μm、最大直径(Demax)は3.9μm、海島率は31.5%であった。
【0079】
また、得られた多層複合型アクリル繊維を沸水中で10分間処理することで捲縮を顕在化させ、100℃で乾燥した後、単糸強度、捲縮数、捲縮変動率を測定した結果を表1に示す。沸水処理後に、立体的な捲縮を発現し、嵩高性に優れる多層複合型アクリル繊維となった。
【0080】
実施例3
原液(a)としては実施例1と同じものを使用した。
【0081】
原液(b)としては、原液(a)を348.5mL/min、エステル系ポリマー(B)の15.0重量%DMSO溶液を377.5mL/minとなるように、それぞれ独立したギアポンプで計量し、両者をエレメント数14のスタティックミキサーを使って配管内で混合し、原液(b)を得た。
【0082】
次に、原液(a)を268.5mL/minとなるようにギアポンプを用いて計量し、口金直前で原液(b)と合わせ、エレメント数9のスタティックミキサーを使用して配管内で原液を層状に積層し、口金孔数20000、口径0.065mmφの円形状口金より押し出し、40℃の40重量%DMSO/水混合溶液からなる凝固浴中に吐出した。このときの紡糸原液流の分割層数は512、単糸中理論層数(Ncal)は3.3である。凝固に引き続き、糸条を5.0m/minで引き取った後、70℃の30重量%DMSO/水混合溶液、90℃の10重量%DMSO/水混合溶液からなる2段の延伸浴で6.0倍延伸した後、25℃の水浴で水洗し、続いて160℃のホットドラムを通過させ単糸繊度が3dtexのアクリル繊維を得た。
【0083】
得られた繊維を常圧水蒸気で糸条温度が75℃になるように予熱し、入口圧力0.06MPa、出口圧力0.01MPaのスタッフィングボックスに導入して捲縮数12山/25mmの捲縮を付与した。その後、113℃、弛緩状態で捲縮発現処理をした。さらに、この捲縮発現処理後の糸条を蒸気温度100℃下で1.2倍の倍率で再延伸して捲縮を消失させ、さらに紡績時の絡合性を良くするためにスタッフィングボックスで12山/25mmの機械捲縮を付与し、70℃の熱風で乾燥した。
【0084】
得られた繊維の横断面観察ではアクリロニトリル系ポリマー(A)成分からなる層(III)と、エステル系ポリマー(B)がアクリロニトリル系ポリマー(A)中に分散している層(IV)が交互に縞状に積層されている構造が確認され、多層複合型アクリル繊維が得られていることがわかった。また、層(IV)においては、アクリロニトリル系ポリマー(A)が海、エステル系ポリマー(B)が島である海島構造が見られたが、いずれの層においても明確な孔は観察されず、この時点ではアクリル繊維は多孔質化していなかった。断面観察により、合計の平均層数(N)が3.5、断面中に含まれる層(IV)の占める面積分率としては73%であった。また、エステル系ポリマー(B)からなる島部の個数は141個、平均直径(De)は0.84μm、最大直径(Demax)は3.8μm、海島率は30.7%であった。
【0085】
また、得られた多層複合型アクリル繊維を沸水中で10分間処理することで捲縮を顕在化させ、100℃で乾燥した後、単糸強度、捲縮数、捲縮変動率を測定した結果を表1に示す。沸水処理後に、立体的な捲縮を発現し、嵩高性に優れる多層複合型アクリル繊維となった。
【0086】
比較例1
原液(a)としては実施例1と同じものを使用した。
【0087】
原液(b)としては、原液(a)を8.7mL/min、エステル系ポリマー(B)の15.0重量%DMSO溶液を9.4mL/minとなるように、それぞれ独立したギアポンプで計量し、両者をエレメント数14のスタティックミキサーを使って配管内で混合し、原液(b)を得た。
【0088】
次に、原液(a)を6.7mL/minとなるようにギアポンプを用いて計量し、口金直前で原液(b)と合わせ、エレメント数6のスタティックミキサーを使用して配管内で原液を層状に積層し、口金孔数500、口径0.065mmφの円形状口金より押し出し、40℃の40重量%DMSO/水混合溶液からなる凝固浴中に吐出した。このときの紡糸原液流の分割層数は64、単糸中理論層数(Ncal)は2.6である。凝固に引き続き糸条を5.0m/minで引き取った後、70℃の30重量%DMSO/水混合溶液、90℃の10重量%DMSO/水混合溶液からなる2段の延伸浴で6.0倍延伸した後、25℃の水浴で水洗し、続いて160℃のホットドラムを通過させ単糸繊度が3dtexのアクリル繊維を得た。
【0089】
得られた繊維を常圧水蒸気で糸条温度が75℃になるように予熱し、入口圧力0.06MPa、出口圧力0.01MPaのスタッフィングボックスに導入して捲縮数12山/25mmの捲縮を付与した。その後、113℃、弛緩状態で捲縮発現処理をした。さらに、この捲縮発現処理後の糸条を蒸気温度100℃下で1.2倍の倍率で再延伸して捲縮を消失させ、さらに紡績時の絡合性を良くするためにスタッフィングボックスで12山/25mmの機械捲縮を付与し、70℃の熱風で乾燥した。
【0090】
得られた繊維の横断面観察では、アクリロニトリル系ポリマー(A)成分からなる層(III)と、エステル系ポリマー(B)がアクリロニトリル系ポリマー(A)中に分散している層(IV)が2層以上積層されている構造の他に、アクリロニトリル系ポリマー(A)成分からなる層(III)とのみからなる断面や、エステル系ポリマー(B)のみからなる層構造を持たない断面が観察された。断面観察により、合計の平均層数(N)が2.8、断面中に含まれる層(IV)の占める面積分率としては74%であった。また、エステル系ポリマー(B)からなる島部の個数は136個、平均直径(De)は0.87μm、最大直径(Demax)は3.7μm、海島率は30.4%であった。また、層(IV)においては、アクリロニトリル系ポリマー(A)が海、エステル系ポリマー(B)が島である海島構造が見られたが、いずれの層においても明確な孔は観察されず、この時点ではアクリル繊維は多孔質化していなかった。
【0091】
また、得られた多層複合型アクリル繊維を沸水中で10分間処理することで捲縮を顕在化させ、100℃で乾燥した後、単糸強度、捲縮数、捲縮変動率を測定した結果を表1に示す。沸水処理後に捲縮を発現したが、繊維1本1本で捲縮数がばらつき、表1に示すとおり実施例1〜3と比較して、捲縮数変動率が非常に大きい。これは、単糸中理論層数(Ncal)が2.6と低いため、得られる繊維の断面を構成するポリマーの組成が1本1本の繊維で大きく異なり合計の平均総数(N)が2.8と低く、繊維1本1本で捲縮発現性に大きな違いが生じたと推測される。
【0092】
【表1】

【0093】
実施例4〜6
実施例1〜3で得られた多層複合型アクリル繊維をかせとして1.5重量%(pH13.5)の水酸化ナトリウム水溶液に浴比が1:100以上になるよう浸漬し、60℃、120minのアルカリ処理を行った。アルカリ処理前後で繊維(かせ)の重量減量を表2に示す。アルカリ処理後の繊維横断面観察を行ったところ、いずれの繊維もアクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(I)と、空孔を多数有するアクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(II)が交互に縞状に積層されている構造が確認され、多層複合構造を有する軽量アクリル繊維が得られていることがわかった。おのおのの繊維について、合計の平均層数(N)、断面中に含まれる層(II)の占める面積分率、空孔の数、空孔の平均直径(Dv)、最大直径(Dvmax)、中空率を求めた結果を表2に示す。
【0094】
得られた軽量アクリル繊維はいずれも表2に示すとおり高い強度および安定した変動率を示し、優れた力学特性を有していた。
【0095】
比較例2
比較例1で得られたアクリル繊維をかせとして実施例4〜6と同様のアルカリ処理を行った。アルカリ処理前後で繊維(かせ)の重量減量を表2に示す。アルカリ処理後の繊維横断面観察を行ったところ、アクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(I)と、空孔を多数有するアクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(II)が2層以上積層されている構造の他に、アクリロニトリル系ポリマー(A)成分からなる層(I)とのみからなる断面や、空孔を多数有するアクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(II)のみからなる多層複合構造を持たない断面が観察され、合計の平均層数(N)は2.9であった。この繊維について、断面中に含まれる層(II)の占める面積分率、空孔の数、空孔の平均直径(Dv)、最大直径(Dvmax)、中空率、強度、強度変動率を求めた結果を表2に示す。実施例4〜6の繊維と比較して強度が低く、また強度の変動率が大きく、単糸ごとに強度のばらつきが大きい。この理由としては合計の平均層数(N)が2.9と少ないことで、繊維の断面を構成するポリマーの組成が1本1本の繊維で大きく異なるため、繊維1本1本で強度に大きな違いが生じたと推測される。
【0096】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明の軽量アクリル繊維は、繊維製品とした場合でも十分な強度と中空率を両立する他、従来品と比較して粉塵の発生がなく取り扱い性、発色性に優れ、カーテン、毛布、絨毯、足ふきマット、タオル、ドライヤーカンバス、セーター、肌着、靴下、さらには空孔および多孔質繊維の表面に機能剤を吸着させることで、抗菌衣料、薬液徐放素材、細胞培地などに好適に用いることができる。また、本発明の多層複合型アクリル繊維は、優れた捲縮発現性を有する他、発色性に優れ、アルカリにより容易にエステル系ポリマー(B)が溶出されることから、上述の軽量アクリル繊維の前駆体繊維として好適に用いることができる。また、本発明の軽量アクリル繊維の製造方法により、上述のような軽量アクリル繊維を特別な加工条件、設備投資を必要とせず、高い生産性で得ることができる。また、本発明の多層複合型アクリル繊維の製造方法により、上述のような優れた多層複合型アクリル繊維を特別な加工条件、設備投資を必要とせず、高い生産性で得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(I)と、平均直径(Dv)が0.1μm以上1μm以下の空孔を有するアクリロニトリル系ポリマー(A)からなる層(II)からなり、繊維横断面において層(I)と層(II)の合計の平均層数(N)が3層を超えるように縞状に積層された多層複合構造を有することを特徴とする軽量アクリル繊維。
【請求項2】
アクリロニトリル系ポリマー(A)の層(III)と、エステル系ポリマー(B)がアクリロニトリル系ポリマー(A)中に分散している層(IV)からなり、繊維横断面において層(III)と層(IV)の合計の平均層数(N)が3層を超えるように縞状に積層された多層複合構造を有することを特徴とする多層複合型アクリル繊維。
【請求項3】
請求項2記載の多層複合型アクリル繊維から、アルカリ溶液によりエステル系ポリマー(B)を溶出することを特徴とする請求項1記載の軽量アクリル繊維の製造方法。
【請求項4】
アクリロニトリル系ポリマー(A)の原液(a)と、エステル系ポリマー(B)をアクリロニトリル系ポリマー(A)と混合した原液(b)を多層分割して紡糸口金に導入し製糸することを特徴とする請求項2記載の多層複合型アクリル繊維の製造方法。

【公開番号】特開2008−81883(P2008−81883A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−262684(P2006−262684)
【出願日】平成18年9月27日(2006.9.27)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】