説明

逆ベシクルを用いて形成された油中水(W/O)型エマルション

【課題】水含有量が多くても安定な油中水(W/O)型エマルションを提供する。
【解決手段】
乳化剤として両親媒性化合物の逆ベシクルを用いた三相乳化法によって得られた油中水(W/O)型エマルションを提供する。両親媒性化合物としてはショ糖脂肪酸エステルが好ましく、HLB6〜12のショ糖脂肪酸エステルがより好ましい。逆ベシクルは、非極性溶剤中に両親媒性化合物を混合することにより作製できる。得られた逆ベシクルを含有する混合液を油相として用い、これに水を添加して乳化することで油中水(W/O)型エマルションを形成できる。非極性溶剤としては、シクロヘキサンなどの脂環式炭化水素系溶剤が好ましい。逆ベシクルの粒子径は1μm以下が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、逆ベシクルを乳化剤として用いた三相乳化法により形成された油中水(W/O)型エマルションに関する。
【背景技術】
【0002】
従来の界面活性剤を用いた乳化法では、油と水との界面に界面活性剤を吸着させ、その界面エネルギーを低下させる事を乳化・分散法の基本としていたので、その界面張力を低下させるために多量の乳化剤を必要としていた。
【0003】
近年、両親媒性化合物のナノ粒子をファンデルワールス力により油界面に付着させることによりエマルションを形成する方法が提案されており、そこでは、両親媒性化合物のナノ粒子として、水中で自己組織化したベシクルが用いられている(特許文献1〜4参照)。
【0004】
上記ベシクルを用いた方法では、安定な水中油(O/W)型エマルションを得る事が出来るが、油中水(W/O)型エマルションについては、内水相が極めて少ない領域でしか得られていない。
【0005】
一方、両親媒性化合物は、油中で通常のベシクルとは逆に親水基同士を向け合った二分子膜である逆ベシクルを自己組織化することが報告されているが、これを乳化剤として用いた三相乳化法によるエマルション形成の研究については未だ行われていない(非特許文献1〜3)。
【0006】
【特許文献1】特開2006−239666号公報
【特許文献2】特開2006−241424号公報
【特許文献3】特開2007−74909号公報
【特許文献4】特開2007−77178号公報
【非特許文献1】國枝博信,中村和吉,ファインケミカル,Vol. 23, No.4, p.12-20(1994)
【非特許文献2】國枝博信,高分子,Vol. 44, No.9, p.624 (1995)
【非特許文献3】國枝博信,小川悦子,表面,Vol. 34, No.11, p.24-32(1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記状況に鑑み、本発明は、従来の油中水(W/O)型エマルションよりも水含有量が多くても安定な油中水(W/O)型エマルションの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記目的の下に鋭意研究した結果、両親媒性化合物の逆ベシクルを乳化剤として使用した三相乳化法でエマルションを形成することにより、従来よりも水含有量が多くても安定な油中水(W/O)型エマルションが得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明によれば、乳化剤として両親媒性化合物の逆ベシクルを含有した油中水(W/O)型エマルションが提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明の油中水(W/O)型エマルションは、逆ベシクルを乳化剤として用いることとしたので、従来のベシクルを用いたエマルションと異なり、安定性の高いエマルションが得られ、水含有量も容易に高めることができる。さらに、本発明の油中水(W/O)型エマルションは、従来の二相エマルションとは異なり、連続相を形成する油相と、該油相中で複数の逆ベシクルによって包囲されて分散相として点在する水相と、逆ベシクル内に包含された油相とからなる三相乳化構造を備え、さらには、水相は逆ベシクルの2分子膜の間に介在して逆ベシクルの安定化に寄与することもできるので、水含有量が高くても安定性の高い油中水(W/O)型エマルションが得られる。また、本発明の油中水(W/O)型エマルションは、従来の二相エマルションとは異なり、各種の広範囲なHLB値を備えた乳化剤を使用することができ、エマルションの設計の自由度が高い。また、本発明の油中水(W/O)型エマルションは、水含有量が高くてもエマルションの粘度が低く、さらには、逆ベシクル内に各種の水溶性又は油溶性の成分を含有させることもできるため、従来の用途だけでなくそれ以外の様々な用途にも応用が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を更に詳細に説明する。
本発明で使用する逆ベシクルとは、両親媒性化合物が親水基同士を向かい合わせて配列した二分子膜からなる閉鎖小胞体をいい、その詳細は、上記非特許文献1〜3に記載されている。
【0012】
逆ベシクルを形成する両親媒性化合物は、非極性溶剤中でラメラ液晶を形成するものであれば特に限定されず、例えば、ショ糖脂肪酸エステル、テトラエチレングリコールドデシルエーテル、ペンタエチレングリコールドデシルエーテル、レシチン、Nα―ラウロイルアルギニンメチルエステル塩化物、ビス(2−エチルヘキシル)スルフォコハク酸ナトリウム、ジドデシルジメチルアンモニウムブロマイド、ジグリセリルモノオレイン等が挙げられる。このうち、ショ糖脂肪酸エステルが好ましく、ショ糖と炭素数12〜20の高級脂肪酸とのエステルがより好ましく、HLB6〜16のショ糖脂肪酸エステルがさらにより好ましく、HLB6〜12のショ糖脂肪酸エステルが特に好ましい。
【0013】
非極性溶剤は、その中で両親媒性化合物が逆ベシクルを形成でき、この形成された逆ベシクルを安定に保持できるものであれば特に限定されず、例えば、炭素数6乃至20の脂肪族又は脂環式炭化水素系溶剤が挙げられる。このうち、好ましくは、炭素数8乃至16の脂肪族炭化水素系溶剤及び炭素数5〜7の脂環式飽和炭化水素系溶剤が挙げられ、特に好ましくは、シクロヘキサンなどの炭素数5〜7の脂環式飽和炭化水素系溶剤である。なお、この非極性溶剤は、通常、本発明の油中水(W/O)型エマルションの油相の溶剤成分としても使用される。
【0014】
逆ベシクルは、例えば、両親媒性化合物を非極性溶剤中に混合して機械的振とうを加えることにより調製することができる。機械的振とうは、混合装置、超音波処理装置などにより加えることができる。混合装置としては、ボルテックスミキサー等のミキサーが挙げられる。超音波処理装置としては、ホモジナイザー等が挙げられる。また、機械的振とうを加えずに、両親媒性化合物を非極性溶剤で希釈するだけで両親媒性化合物が自発的に逆ベシクルを形成する場合もある。逆ベシクルを安定化させるために、水又は別種の油若しくは両親媒性物質を少量添加してもよく、また、混合時に40〜90℃程度に加温してもよい。逆ベシクルが形成されているかどうかは、例えば、偏光や微分干渉を利用した光学顕微鏡観察や、凍結割断法による電子顕微鏡観察により確認することができる。
【0015】
逆ベシクルを形成させる際に非極性溶剤に添加する両親媒性化合物の量は、両者の種類によって異なるが、通常、両親媒性化合物の非極性溶剤に対する比率で1:5乃至1:20である。逆ベシクルの粒子径は、通常2μm以下であり、1μm以下であることが好ましく、400nm以下であることがより好ましく、300nm以下であることが特に好ましい。逆ベシクルの粒子径が小さいほど、逆ベシクルの安定性、延いては、本発明の油中水(W/O)型エマルションの安定性が向上する。使用するショ糖脂肪酸エステルのHLBの値が小さいほど逆ベシクルの粒子径が小さくなる傾向があり、また、逆ベシクル形成時に超音波処理装置を用いると逆ベシクルの粒子径を小さくすることができる。
【0016】
得られた逆ベシクル含有溶液は、そのまま本発明の油中水(W/O)型エマルションの油相として使用することもできるし、該逆ベシクル含有溶液を非極性溶剤で希釈して油相として使用してもよい。また、該逆ベシクル含有溶液を遠心分離することで、逆ベシクルを濃縮して本発明の油中水(W/O)型エマルションの油相として使用することもでき、また、この濃縮された溶液を再度非極性溶剤で希釈して油相として使用することもできる。希釈に使用する溶剤は、逆ベシクル形成時に使用した非極性溶剤と同じであってもよく、また、逆ベシクルの安定性に影響を与えない限り、他の非極性溶剤であってもよい。
【0017】
本発明の油中水(W/O)型エマルションは、上記で得られた油相に水を添加して乳化機で乳化することにより調製することができる。乳化機としては、公知の超音波ホモジナイザー等を使用することができる。
【0018】
油相の添加量は、上記逆ベシクルの乳化作用により形成された三相の油中水(W/O)型エマルションが得られる限り特に制限されず、通常、エマルション全量に対して5〜95質量%とすることができる。
水の添加量は、上記逆ベシクルの乳化作用により形成された三相の油中水(W/O)型エマルションが得られる限り特に制限されず、通常、インク全量に対して5〜95質量%とすることができる。
両親媒性化合物の添加量は、三相の油中水(W/O)型エマルションが得られる限り特に制限されず、通常、インク全量に対して1〜10質量%とすることができる。
【実施例】
【0019】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0020】
実施例1
シクロヘキサン60質量部にHLB9のショ糖ステアリン酸エステル(S-970(商品名)三菱化学フーズ社製)5質量部を添加し、80℃で2分間加温した後、ボルテックスミキサーにて2分間振とうし、再度、80℃で2分間加温した後、ボルテックスミキサーにて2分間振とうし、逆ベシクル分散液を作製した。この時点で逆ベシクルが形成されたことは、光学顕微鏡を用いた微分干渉観察においてベシクル特有のドーナツ状の分子集合体が観察され、また、偏光顕微鏡観察からマルターゼクロスが観察されたことにより確認した。また、凍結割断法を用いた透過型電子顕微鏡(FF−TEM)観察でも逆ベシクルの形成が確認できた。また、動的光散乱法によって測定した逆ベシクルの粒子径(平均粒子径)は、調製1日後で約200nmであり、粒子径範囲は、75〜350nmの範囲であった。
【0021】
上記で作製した逆ベシクル分散液を一日静置した後、該分散液にイオン交換水35質量部を添加し、20kHzの超音波ホモジナイザーで超音波を5分間照射して乳化し、エマルションを作製した。得られたエマルションは油中水(W/O)型であった。
【0022】
得られたエマルションの粘度をAR−G2(ティー・エイ・インスツルメント 社製)を用いて測定した。また、得られたエマルションを室温で静置し、乳化の状態を経時(1時間後、1日後、1週間後、1ヶ月後)で目視観察し、下記の基準に従い評価した。結果を表1に示す。
【0023】
乳化状態の評価基準
○:分離無し。
△:水滴の沈降があるが攪拌により均一になる。
×:分離。
【0024】
実施例2
シクロヘキサンの量を50質量部に変更した以外、実施例1と同様の方法で逆ベシクル分散液を作製した。この時点で逆ベシクルが形成されたことは、実施例1と同様の方法で確認した。
そして、イオン交換水の量を45質量部に変更した以外、実施例1と同様の方法でエマルションを作製し、評価した。結果を表1に示す。
【0025】
実施例3
シクロヘキサンの量を40質量部に変更した以外、実施例1と同様の方法で逆ベシクル分散液を作製した。この時点で逆ベシクルが形成されたことは、実施例1と同様の方法で確認した。
そして、イオン交換水の量を55質量部に変更した以外、実施例1と同様の方法でエマルションを作製し、評価した。結果を表1に示す。
【0026】
実施例4
ドデカン60質量部にHLB9のショ糖ステアリン酸エステル(S-970(商品名)三菱化学フーズ社製)5質量部を添加し、80℃で2分間加温した後、ボルテックスミキサーにて2分間振とうし、再度、80℃で2分間加温した後、ボルテックスミキサーにて2分間振とうし、逆ベシクル分散液を作製した。この時点で逆ベシクルが形成されたことは、実施例1と同様の方法で確認した。
そして、実施例1と同様の方法でエマルションを作製し、評価した。結果を表1に示す。
【0027】
実施例5
HLB9のショ糖ステアリン酸エステル(S-970(商品名)三菱化学フーズ社製)の代わりにHLB7のショ糖ステアリン酸エステル(S-770(商品名)三菱化学フーズ社製)を用いた以外、実施例1と同様の方法で逆ベシクル分散液を作製した。この時点で逆ベシクルが形成されたことは、実施例1と同様の方法で確認した。
そして、実施例1と同様の方法でエマルションを作製し、評価した。結果を表1に示す。
【0028】
実施例6
HLB9のショ糖ステアリン酸エステル(S-970(商品名)三菱化学フーズ社製)の代わりにHLB11のショ糖ステアリン酸エステル(S-1170(商品名)三菱化学フーズ社製)を用いた以外、実施例1と同様の方法で逆ベシクル分散液を作製した。この時点で逆ベシクルが形成されたことは、実施例1と同様の方法で確認した。
そして、実施例1と同様の方法でエマルションを作製し、評価した。結果を表1に示す。
【0029】
実施例7
HLB9のショ糖ステアリン酸エステル(S-970(商品名)三菱化学フーズ社製)の代わりにHLB15のショ糖ステアリン酸エステル(S-1570(商品名)三菱化学フーズ社製)を用いた以外、実施例1と同様の方法で逆ベシクル分散液を作製した。この時点で逆ベシクルが形成されたことは、実施例1と同様の方法で確認した。
そして、実施例1と同様の方法でエマルションを作製し、評価した。結果を表1に示す。
【0030】
比較例1
ポリオキシエチレン硬化ひまし油のエチレンオキシド( E O )付加物(EOの平均付加モル数10)( 以下、H C O− 1 0 という; 分子量1 3 8 0 g / m o l)5質量部をイオン交換水35質量部に添加し、80℃で2分間加温した後、ボルテックスミキサーにて2分間振とうし、再度、80℃で2分間加温した後、ボルテックスミキサーにて2分間振とうし、ベシクル分散液を作製した。この時点でベシクルが形成されたことは、実施例1と同様の方法で確認した。
【0031】
上記で作製したベシクル分散液を一日静置した後、該分散液にシクロヘキサン60質量部を添加し、20kHzの超音波ホモジナイザーで超音波を5分間照射して乳化し、エマルションを作製した。得られたエマルションは水中油(O/W)型であった。
得られたエマルションを実施例1と同様の方法で評価した。結果を表1に示す。
【0032】
比較例2
シクロヘキサン60質量部にHLB3のショ糖ステアリン酸エステル(S-370(商品名)三菱化学フーズ社製)を溶解させた。
得られた溶解液を一日静置後、イオン交換水を添加し、20kHzの超音波ホモジナイザーで超音波を5分間照射して乳化し、エマルションを作製した。得られたエマルションは油中水(W/O)型であった。
得られたエマルションを実施例1と同様の方法で評価した。結果を表1に示す。
【0033】
比較例3
イオン交換水35質量部にHLB9のショ糖ステアリン酸エステル(S-970(商品名)三菱化学フーズ社製)を溶解させた。
得られた溶解液を一日静置後、シクロヘキサンを添加し、20kHzの超音波ホモジナイザーで超音波を5分間照射して乳化し、エマルションを作製した。得られたエマルションは水中油(O/W)型であった。
得られたエマルションを実施例1と同様の方法で評価した。結果を表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
表1の結果から、両親媒性化合物の逆ベシクルを乳化剤として用いた三相乳化法により油中水(W/O)型エマルションが得られることがわかった。この油中水(W/O)型エマルションは高水分含量(30〜60質量%)にて安定に維持されることがわかった。また、この油中水(W/O)型エマルションはHLB6〜15の両親媒性化合物の逆ベシクルを用いることにより安定に形成されることがわかった。また、本発明の油中水(W/O)型エマルション(実施例1及び4〜7)は、油相と水相の比率が同じ従来の油中水(W/O)型二相エマルション(比較例2)に比べて、低粘度であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明の油中水(W/O)型エマルションは、医薬品、化粧品、食品、エマルションインクなどに使用でき、例えば、ライン型ヘッドを用いたインクジェット印刷機用のエマルションインキのように、水分含有量が高いにもかかわらず低粘度であることが要求されるエマルション製品において好適に使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳化剤として両親媒性化合物の逆ベシクルを含有した油中水(W/O)型エマルション。
【請求項2】
前記両親媒性化合物が、ショ糖脂肪酸エステルである請求項1に記載の油中水(W/O)型エマルション。
【請求項3】
前記ショ糖脂肪酸エステルのHLBが6〜12である請求項2に記載の油中水(W/O)型エマルション。
【請求項4】
前記エマルションの油相が、前記逆ベシクルを安定に保持する非極性溶剤を含有してなる請求項1に記載の油中水(W/O)型エマルション。
【請求項5】
前記非極性溶剤が、脂環式炭化水素系溶剤である請求項4に記載の油中水(W/O)型エマルション。
【請求項6】
逆ベシクルの粒子径が1μm以下である請求項1記載の油中水(W/O)型エマルション。

【公開番号】特開2010−104946(P2010−104946A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−281301(P2008−281301)
【出願日】平成20年10月31日(2008.10.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年8月29日 社団法人色材協会発行の「2008年度色材研究発表会 講演要旨集」に発表
【出願人】(000250502)理想科学工業株式会社 (1,191)
【Fターム(参考)】