説明

遺伝子検査方法

【課題】 安価かつ簡便な操作で複数変異領域(SNP)の検査が可能な遺伝子検査方法を提供し、臨床現場における遺伝子診断を現実のものとすること。
【解決手段】 検出すべき配列(SNP領域)に相補的な配列を含むプローブを表面に固定した支持体に対し、5’末端にアンカー配列を有する試料核酸をハイブリダイズさせる工程と、前記試料核酸を鋳型として前記プローブの相補鎖伸長反応を行う工程と、前記伸長反応で合成された前記プローブ伸長鎖から前記試料核酸を解離させ、除去する工程と、解離した前記プローブ伸長鎖を鋳型として、前記アンカー配列と同じ配列を有するプライマーを用いて、相補鎖伸長反応を行う工程と、前記プライマーの伸長反応によって生じるピロリン酸を生物化学発光により検出することにより、前記試料核酸のSNP型を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は遺伝子検査技術、特にDNA中に含まれる遺伝子多型等の検出を目的とした遺伝子検査技術又は遺伝子診断技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトをはじめとする種々のモデル生物のゲノム配列が利用可能となった現在、医療、製薬を始めとする様々な分野で、これを有効に活用するための試みが活発に行われている。その中でも、ゲノム配列中の1塩基置換であるSNPs(Single Nucleotide Polymorphisms)は、遺伝子と病気との関連あるいは医薬品感受性との関連を調べるという観点から大規模な解析が進められている。こうした解析から、個々のSNPsと病気との関連あるいは医薬品感受性との関連が明らかになってくると、個人のSNPs情報から病気の診断や医薬品に対する感受性の検査が一般的なものとなり、遺伝子診断といわれる検査の需要が大きくなるものと考えられる。
【0003】
遺伝子診断では、未知の遺伝子の解析とは異なり、すでに知られた遺伝子やその変異の有無が検査対象であって、低コストで検査できることが望ましく、そのための種々の方法も開発されてきている。また、成人病などのように複数の遺伝子と環境要因の複合によって発症すると考えられる疾患の遺伝子診断では、単一の遺伝子の検査に加えて、複数の遺伝子を検査することが重要となる。従って、複数の遺伝子を簡便かつ低コストで検査できる方法及び装置が求められている。
【0004】
SNPsの検出については種々の方法が提案されている。例えば、PCR増幅に際してマーカープローブの分解に伴う蛍光の増加を検出するTaqmanアッセイ(非特許文献1参照)、3本鎖DNAの形成とミスマッチを認識する酵素を組み合わせて消光状態の蛍光標識プローブを分解して蛍光検出するInvaderアッセイ(非特許文献2参照)、変異を含むDNA鎖が高次構造形成の違いから電気泳動速度に差を生ずることを利用してゲル電気泳動分離して検出するSSCP(Single Strand Conformation Polymorphisms)法(非特許文献3参照)、DNAチップを用いる方法(非特許文献4参照)、カラーコードした微粒子にDNAプローブを固定してこれらを集めてプローブアレイとして用いる方法(非特許文献5参照)等がある。これらの方法は、いずれもレーザを励起光源とした蛍光検出によるものである。
【0005】
一方、レーザ励起蛍光を用いないDNAの検出法としては、生物化学発光を用いたパイロシーケンシング法(非特許文献6参照)やBAMPER法(Bioluminometric Assay with Modified Primer Extension Reaction:非特許文献7参照)が報告されている。
【0006】
BAMPER法は、発明者らが開発した生物化学発光を用いた簡便で安価なDNA変異検出法である。この方法では、通常DNAプローブの3’末端をターゲットDNAの変異部位に一致させておく。一般に、相補鎖合成反応に使用するプライマーの3’末端がターゲットDNAの配列に相補的で、完全にハイブリダイズしていると、相補鎖合成反応は起こるが、相補的でない部分が存在すると、相補鎖合成反応は起こらないか、起こりにくい。すなわち、プライマーの3’末端の一致、不一致、つまりプライマーの3’末端がターゲットDNAに相補的であるか、相補的でないかによって、相補鎖合成反応を制御できることになる。さらに、プライマーの3’末端近傍の塩基種を、ターゲットDNAに相補的な塩基種と異なるものにしておくと、プライマーの3’末端近傍のハイブリダイゼーションは弱くなるため、プライマーの3’末端がターゲットDNAに相補的なときは、相補鎖合成反応が元のプライマーの時とほぼ同等の効率で行われるが、相補的でない場合には相補鎖合成反応はほとんど行われない。BAMPER法では、こうした人工的なミスマッチを3’末端近傍に導入したプライマーを用いて相補鎖合成反応を行い、生成するピロリン酸をATPに変換し、これにより誘起される生物化学発光を計測して、相補鎖合成反応の有無、即ちターゲットDNAの変異の有無を検出する。
【0007】
BAMPER法では、相補鎖合成により伸長するDNA鎖の長さ分だけのピロリン酸が生成するため、原理的に相補鎖合成の際の一塩基伸長で生成するピロリン酸を検出するパイロシーケンス法と比較して2桁程度大きな信号が期待できる。また、SNP部位のアレルを正確に識別するために、プローブとして、末端が各アレルに相補的な配列を有する2種類のものを用意して、それぞれを独立に反応させ、発生する生物化学発光量の比較から変異種の有無、それがヘテロかホモかといった判定も行える。
【0008】
実用的な遺伝子診断手法に要請される事項として、簡便であること、高価な装置を必要としないこと、プロセスが単純であること、複数の検査部位を一括して調べられること、などがある。これまでに開発されたり、使用されたりしている方法の多くは、検査対象ごとにDNAを増幅したり、試料調製を行って測定する方法であるため、複数の測定部位を持つ検査対象では手間と時間と費用がかかるという問題点があった。また、蛍光検出を用いる方法では、蛍光標識されたヌクレオチドあるいはプローブ試薬、及びレーザを搭載した装置が必要になるといった、コスト面での問題があった。こうした要請、問題点への対応として、発明者らは、上記のBAMPER法を提案し、良好な結果を得ていた。
【0009】
しかしながら、BAMPER法でも、測定に先立ってPCRなどで対象となるDNAを増幅してから、磁気ビーズなどを用いて一本鎖DNAを精製する必要があった。そこで、発明者らはBAMPER法を改良して、鋳型となる一本鎖DNAの精製を行わず、二本鎖DNAから直接、目的とする配列及び変異に特異的な相補鎖合成反応を行い、生成したピロリン酸を生物化学発光により検出するという方法を開発した(特許文献1参照)。この方法は、試料調製から検査計測までを原理的に一つの容器で行えるため、簡便で安価なSNPsタイピングを実現できるが、検査ターゲット領域の増幅工程後に、検体中に残存するピロリン酸、増幅用プライマー、dNTPなどを酵素によって分解する工程が必要とされる。また、一つ一つの反応は、一つの反応容器内で行えるが、多因子の遺伝子疾患やハプロタイプ解析などで必要となる、複数ターゲット領域の検査を行うためには、複数の反応容器が必要となるといった問題があった。
【0010】
発明者らは、さらに各ターゲットごとに区画されたサブセル内でBAMPER法による化学発光を同時に行なうことで複数ターゲット領域を有する試料を同時解析する方法を開発した(特許文献2参照)。この方法は、対象となるDNAのコピー数を増幅せず相補鎖反応で生じるピロリン酸の量を増幅することで検出感度を高めることにより、PCR増幅に伴う副産物の問題も克服している。しかしながら、この方法では、固相上で相補鎖伸長を行うため、基質とプローブとの接触確率が低くなり、相補鎖伸長反応の効率が液相上に比べて落ちるという問題があった。
【0011】
【特許文献1】特開2003-135098号公報
【特許文献2】特開2003-135097号公報
【非特許文献1】Procedure Natural Academy of Sciences USA 88, p7276-7280 (1991)
【非特許文献2】Nature Biotechnology 17, p292-296 (1999)
【非特許文献3】Genomics 5, p874-879 (1989)
【非特許文献4】Genomic Research 10, p853-860 (2000)
【非特許文献5】Science 287, p451-452 (2000)
【非特許文献6】Analitical Biochemistry 280, p103-110 (2000)
【非特許文献7】Nucleic Acids Research 29, e93 (2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の課題は、従来の遺伝子検査方法の問題点を解決し、より簡便なプロセスと装置を用いて、複数のターゲット領域の同時検査が可能な遺伝子検査方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明では、複数のターゲット領域に対応したプローブを固相表面に固定することにより、検査ターゲット領域の増幅工程で検体中に残存するピロリン酸、増幅用プライマー、dNTPの酵素による分解工程を不要とし、複数ターゲット領域の単一デバイスによる同時検出を可能にした。
【0014】
すなわち、本発明は、検出すべき配列に相補的な配列を含むプローブを表面に固定した支持体に対し、5’末端にアンカー配列を有する試料核酸をハイブリダイズさせる工程と、前記試料核酸を鋳型として前記プローブの相補鎖伸長反応を行う工程と、前記相補鎖伸長反応で合成された前記プローブ伸長鎖から前記試料核酸を解離し、除去する工程と、解離した前記プローブ伸長鎖を鋳型として、前記アンカー配列と同じ配列を有するプライマーを用いて、相補鎖伸長反応を行う工程と、前記プライマーの伸長反応によって生じるピロリン酸を生物化学発光により検出する工程とを含む、遺伝子検査方法に関する。
【0015】
本発明の方法では、検査対象であるゲノムDNA等に対し、少なくともその一方の5'端に共通のアンカー配列を有するプライマーを用いて核酸増幅を行うことにより、少なくとも一方の5’末端に共通配列(アンカー配列に対応する配列)を有する試料核酸を得る。
【0016】
次いで、上記アンカー配列を有する試料核酸を、DNAポリメラーゼと基質を含む相補鎖伸長用の反応液とともに、検出すべき配列に対応したプローブを固定した前記支持体表面に加え、相補鎖伸長反応を行う。これにより、支持体表面では試料核酸の配列に対応したプローブでのみ相補鎖が合成される。プローブからの相補鎖伸長は、常法に従い温度サイクル下で実施できる。
【0017】
反応終了後、固体表面を洗浄し、変性剤を加えて支持体表面のプローブ伸長鎖を一本鎖DNAの状態にする。この洗浄により、検査ターゲット領域の増幅工程で検体中に残存するピロリン酸、増幅用プライマー、dNTPも同時に除去される。ここに、前記アンカー配列と同一の配列を有するプライマー、DNAポリメラーゼと基質を含む相補鎖伸長用の反応液、及び相補鎖伸長反応の際に生成するピロリン酸から生物化学発光を生ぜしめる発光試薬を加える。かくして、生じる生物化学発光を検出することで、特異的相補鎖伸長反応が生じたプローブ固定領域を特定し、試料核酸の配列を特定することができる。
【0018】
本発明の方法は、前記アンカー配列と同じ配列を有するプライマーを用いた相補鎖伸長を行う工程と、伸長反応によって生じるピロリン酸を生物化学発光により検出する工程とを同時に行うものであってもよい。
【0019】
本発明の方法では、固定化プローブの伸長反応の鋳型として用いるゲノムDNAの増幅産物として、二本鎖DNAの代わりに一本鎖DNAを用いてもよい。この場合、核酸増幅反応に用いるプライマーの一方をビオチン標識し、プライマーからの増幅産物を、ビオチン−アビジン反応によりアビジンを介して担体表面に固定化し、前記増幅産物を一本鎖核酸に変性することにより、一本鎖核酸からなる試料核酸を得る。
【0020】
ある実施形態において、本発明の遺伝子検査方法は特定の変異部位のタイピングに用いられる。すなわち、前記支持体上に、検出すべき変異部位に予測される配列に対応した各プローブを区別できるように固定し、各プローブ固定領域からの生物化学発光により、前記試料核酸の変異のタイピングを行う。例えば、検出すべき変異が遺伝子多型であれば、当該多型の各アレルに対応したプローブを前記支持体上に固定し、各プローブ固定領域からの生物化学発光により、前記試料核酸の多型のタイピングを行う。
【0021】
別な実施形態において、本発明の方法は、複数の変異の同時タイピングに用いられる。この場合、前記支持体上には、検出すべき複数の変異部位に予測される配列に対応した各プローブを区別できるように固定し、各プローブ固定領域からの生物化学発光により、前記試料核酸に含まれる複数の変異のタイピングを同時に行う。例えば、検出すべき複数の変異が複数の遺伝子多型であれば、当該複数の多型の各アレルに対応するプローブを同一の支持体上に区別できるように固定し、各プローブ固定領域からの生物化学発光により、前記試料核酸に含まれる複数の多型のタイピングを同時に行う。
【0022】
上記のタイピングでは、各プローブの3’末端は変異部位(多型部位)に対応するように設計され、前記試料核酸がプローブの3’末端の配列に相補な配列を有する場合のみ特異的なハイブリダイゼーションと相補鎖伸長反応が起きる。
【0023】
前記プローブには、さらに、その3’末端から2〜4番目にミスマッチを導入してもよい。これにより、プローブと試料核酸とのハイブリダイゼーションの特異性が高まり、検出感度が向上する。
【0024】
ある態様において、前記変異は一塩基多型である。
好ましくは、前記支持体上において、前記プローブは各プローブ固定領域ごとに仕切りを設けて固定される。例えば、各プローブ固定領域ごとに、高さ1mm、幅2mm程度の仕切りを設けることにより、最後の相補鎖伸長反応の際に生成するピロリン酸の拡散による広がりが防止できるため、ピロリン酸からの発光が局在化し、検査精度の向上が実現できる。
【0025】
本発明の方法において、前記アンカー配列は試料核酸に非特異的な配列であれば特に限定されないが、例えばポリA配列等を用いることができる。
【0026】
本発明の方法において、前記支持体は、前記試料核酸あるいは反応試薬の注入及び排出のための部位を有する容器中に存在することが好ましい。また、生物化学発光を検出する光検出素子が、前記支持体のプローブ固定領域ごとに配置されていることが好ましい。
【0027】
さらに、前記光検出素子と前記支持体の間には、導光路が配置されていることが好ましく、前記導光路としては、例えば、ロッドレンズ、球形レンズ、光ファイバーロッド等を用いることができる。
【0028】
一般に、相補鎖伸長反応は固相上の場合に液相上より効率が落ちる。これは、基質とプローブ等の接触確率が低くなるためである。しかしながら、本発明の方法はピロリン酸を生じさせるプライマー伸長反応を、固相側からではなく、液相側から進めるため、伸長反応効率を高めてピロリン酸の生成効率を高めることができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、複数のターゲット領域(例えば、SNP部位)の解析において、ゲノムDNAの増幅から計測までを実質的に1つのデバイスで実現できる。したがって、操作が簡便で検査コストも低廉であり、臨床現場における遺伝子検査が現実のものとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、図面を参照しながら、本発明について詳細に説明する。
【0031】
1.アンカー配列
図1は、本発明を利用したSNP検出のプロセスを模式的に示したものである。まず、ヒトの血液試料などから抽出したゲノムDNA1を出発物質として、SNP計測の対象となる複数の遺伝子部位に対応したPCRプライマーセット2、3を用いて、複数の遺伝子部位を同時にPCR増幅5する。
【0032】
各プライマーセットは検出対象であるSNP部位を含む、ゲノム上の約100〜約1000塩基長、好ましくは約150〜約300塩基長の核酸断片を増幅するように設計する。また、各プライマーセットの一方3の5’末端には共通のアンカー配列4を付加しておく。これにより、各PCR増幅産物6の一方の端には共通の配列4が導入される。前記アンカー配列は、10〜40塩基長、好ましくは15〜25塩基長の任意の塩基配列からなる、鋳型非特異的な配列であれば特に限定されず、例えばポリA配列等を用いることができる。
【0033】
2.プローブ及び支持体(チップ)
次に、検出すべき配列に相補的な配列を含むDNAプローブを表面に固定した支持体(ここでは、チップ)を用意する。前記支持体上に固定されるDNAプローブは、検出すべき配列(SNP等の変異)に相補的な塩基配列を有し、かつ、その3’末端が標的SNP位置に一致するように設計されたオリゴヌクレオチドである。前記DNAプローブには、必要に応じてその3’末端から2〜4塩基目にミスマッチを導入してもよい。なお、ミスマッチの導入とは、鋳型配列とは非相補な塩基あるいは塩基相当物(スペーサー等)を当該プローブ中に挿入することを意味する。本発明において、前記DNAプローブの長さは特に限定されないが、約10〜約50塩基長、特に約20〜約30塩基長が好ましい。
【0034】
好ましくは、前記DNAプローブは、複数の標的変異(SNP)について、その野生型9と変異型10に対応するプローブと、参照用の何も固定されていないもの11をそれぞれ一組にして、チップ上の特定の位置に固定する。前記DNAプローブのチップ上への固定は、公知の方法(例えば、(Nucleic Acids Research 30, e87(2002)等)にしたがい、市販のスポッターを用いて、容易に実施することができる。あるいは、基盤上で当該DNAプローブを合成してチップを作製してもよい。
【0035】
前記チップでは、各DNAプローブ固定領域の周囲に適宜仕切りを設けてもよい。例えば、高さ1mm、幅2mmの仕切りを設けることにより、最後の相補鎖伸長反応の際に生成するピロリン酸の拡散による広がりが防止できるため、ピロリン酸からの発光が局在化し、検査精度の向上が実現できる。
【0036】
なお、支持体はチップ(ガラス製、金属製あるいはプラスチック製)に限定されず、メンブレンフィルター、キャピラリー、ビーズ等、DNAが固定可能な固相であれば、いずれの支持体を用いてもよい。
【0037】
3.特異的相補鎖伸長反応
PCR増幅産物を、DNA相補鎖伸長用の耐熱酵素と基質を含む反応溶液7とともに前記チップ8上に滴下し、反応溶液がチップのDNAプローブ領域を覆った状態12でサーマルサイクル反応13にかける。このとき、PCR増幅産物14のSNP位置の配列と相補な3’末端を有するDNAプローブ15のみが伸長16する。反応終了後、固体表面を洗浄17し、アルカリなどの変性剤18を加えることにより、チップ表面に固定されたDNAプローブ伸長産物と未反応DNAプローブを、それぞれ一本鎖DNA19の状態にする。この際、DNAプローブ伸長産物の3’末端にはすべて共通のアンカー配列20に相補的な配列が導入されている。
【0038】
4.生物化学発光と検出
次に、前記アンカー配列と同一の塩基配列を有するプライマー、DNA相補鎖伸長用の耐熱酵素、基質、及び発光試薬を含む反応溶液21でチップのDNA固定領域を覆う。こうして、チップ上の伸長反応生成物を鋳型とした相補鎖伸長反応22と、それにより生成するピロリン酸を基質とする発光反応を同時に行う。なお、反応溶液21中には、拡散したピロリン酸の検出を避けるためにアピラーゼを添加しておいてもよい。
【0039】
アンカー配列が導入されたDNAプローブが固定された領域では、相補鎖伸長反応によってピロリン酸が生成する。このピロリン酸をルシフェリン−ルシフェラーゼにより生物化学発光23として検出する。すなわち、ピロリン酸をピロリン酸ジホスホキナーゼあるいはATPスルフリラーゼを用いてATPに変換する。変換したATPとルシフェリンをルシフェラーゼにより酸化的に反応させ、オキシルシフェリン、ピロリン酸、及びその他の一連の物質が生成させる。この生成した励起状態の酸化ルシフェリンが基底状態に戻るとき、530nm近傍の発光を生じるので、この発光を発光位置識別能を有する光検出器で計測し、ゲノムDNA中のSNPの型を判定する。
【0040】
本発明の遺伝子検査方法は、単純なDNA存在の有無はもとより、上記したSNPを始めとするDNA中の変異の検出に広く適用される。また、特定の塩基配列を有するDNAの存在の有無の検査、あるいは検体中のmRNAに由来するcDNAの分布を計測することによる遺伝子発現プロファイル解析などにも適用できる。
【実施例】
【0041】
以下、実施例により本発明についてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0042】
実施例1:
ヒトゲノムDNAを出発物質とする複数遺伝子部位の同時PCRは、Multiplex PCR Kit (QIAGEN社製品)のプロトコルをベースに以下の手順で進めた。まず、TE Buffer (Tris HCl 10 mM, EDTA 1 mM, pH 8.0)に、図2に示す9組の遺伝子特異的配列を有するプライマーセット計18種類のプライマー(配列番号1〜18)を最終濃度2 μMになるよう希釈した。アンカー配列については任意の配列を用いることができるが、検出対象であるゲノム配列に対して非特異的な配列を選択する必要がある。本実施例においては、20塩基からなるポリA配列をアンカー配列として図2に示されるプライマー2の5’末端に導入した。
【0043】
次に、96ウェルPCRプレート中に、QIAGEN Multiplex PCR kitの Master Mix 20 μl, Q solution 4 μl, 上記プライマーMix 2 μl, 滅菌水11 μl, 匿名ボランティアの血液から抽出されたヒトゲノムDNA3 μlを加え、ピペッターでよく混和した。さらに、サーマルサイクラーを用いて、PCR反応を行った。(95℃ 15分間後、94℃ 30秒間→57℃ 90秒間→72℃ 90秒間を40サイクル、その後72℃ 10分間を行って4℃に下げる。)PCR産物 1μlを使って電気泳動を行い、9種類の各Multiplex PCR産物濃度及び長さを確認した。
【0044】
次に、プローブDNAを固定するチップとしてガラス基板を用い、このガラス基板表面にプローブDNAを固定した。なお、プローブDNA固定には様々な方法が利用できるが、本実施例ではガラスビーズにシランカップリング剤の一つである3−アミノプロピルトリメトキシシランでアミノ基を導入し、このアミノ基導入ビーズにN−(11−マレイミドウンデカノキシロキシ)スクシイミドでマレイミド基を導入したあとに5’末端チオール修飾のオリゴDNAプローブを固定する方法(Nucleic Acids Research 30, e87 (2002))を利用した。固定した10組のSNP識別用のプローブ配列(配列番号19〜38)を図3に示した。各SNPには2つのアレルが存在するため、各アレル(メジャーアレルとマイナーアレル)に対応した10組のプローブセット(合計20)を準備した。
【0045】
固定化DNAプローブの伸長反応では、ゲノムDNAのPCR増幅産物に、TaqDNAポリメラーゼ(0.05ユニット/μL)、MgCl2(0.15mM)、dNTP(0.125mM)を添加し、94℃で10秒間、50℃で10秒間、72℃で20秒間のサイクルを5回繰り返した。
【0046】
最後のアンカー配列からの相補鎖伸長反応と生成するピロリン酸の発光反応は、上記アンカー配列の相補鎖からなるDNAプライマーに、TaqDNAポリメラーゼ、MgCl2、dNTPからなる上記伸長反応試薬、及び発光試薬(Nucleic Acids Research 29, e93 (2001)に記載のルシフェリン−ルシフェラーゼ発光反応用試薬)を用いて行った。得られた発光パターンの一例を図4に示す。本実施例では、チップ底面からの発光を、結像レンズ24を介して、CCDカメラ(C3077-70、浜松フォトニクス)25で計測した。
【0047】
なお、固定化プローブの伸長反応の鋳型として用いるゲノムDNAの増幅産物としては、上記の二本鎖DNAの代わりに一本鎖DNAを用いてもよい。この場合には、図2に示したプライマーセットのうち、アンカー配列が付いていないプライマーの5’末端にビオチンを標識しておく。そして、上記と同様の反応条件でPCR反応を行い、生成した増幅産物をストレプトアビジン標識セファロース(Amersham Biosciences社)と反応させ、増幅産物を上記セファロース上にトラップする。これに、0.2MのNaClからなる変性溶液を加え、溶液中に遊離してくる、アンカー配列付きの一本鎖DNAを回収する。これを中和したものを用いて、固定化DNAプローブの伸長反応を行う。固定化DNAプローブへの一本鎖DNAのハイブリダイゼーションは、適当なハイブリダイゼーション溶液下で、42℃、30分程度行えばよい。ハイブリダイゼーション反応後、チップ表面を滅菌水などで洗浄する。伸長反応は、上記の二本鎖DNAで用いた反応液と同じ組成の反応液を加えて、55℃、10分間程度行えばよい。
【0048】
実施例2:
本発明の第二の実施例を図5を用いて説明する。本実施例は、本発明の実用化に適した発光計測装置に関するものである。ここでは、実施例1で示した10個のSNP部位を計測するために、各3箇所からなる30箇所の検出サイト26からなるチップ27を作製した。チップはガラス基板で、各サイトは直径1mmの円形で、個々にそれぞれDNAプローブ28が固定化されている。各スポット間の距離は1.5mmで、これが5行6列に配置されている。30箇所の発光サイトからの発光をチップ底面から検出する。計測のための検出器としては、複数のフォトダイオードアレイをシリコン基板上に形成したものを用いた。各フォトダイオード29の配置は、上記チップの検出サイトの配置と同じにした。
【0049】
すなわち、直径1mmのフォトダイオードが、1.5mm間隔で、5行6列の配置をもつ。こうしたフォトダイオードアレイセンサ30は、特開2003-329681にしたがって作製することができる。チップの下面には発光のクロストークを避けるために、30箇所の直径1mmの発光サイトの部分のみ透明なシート31密着し、さらに直径2mmのガラス円柱からなるロッドレンズ32のアレイ33を介してフォトダイオードアレイを配置した。結果として、本実施例においても、図4と同様な発光パターンが得られた。なお、ロッドレンズの代わりに、球形レンズや光ファイバーアレイを用いても発光のクロストークを低減できる。
【0050】
実施例3:
本発明の第三の実施例を図6を用いて説明する。本実施例は、本発明の実用化に適したチップデバイスに関するものである。実施例2で示したディメンジョンで配置したチップ領域を覆うようなチップデバイス34を構成し、試薬類を注入、排出するポート35、36を設けた。このチップデバイス34にゲノムDNAからの同時増幅産物と相補鎖伸長反応溶液を導入し、実施例1と同様の温度サイクルをかけ、チップ上のDNAプローブの選択的伸長反応を行った。伸長反応終了後、排出ポートから反応溶液を排出し、さらに注入口から洗浄液、アルカリ溶液を順次、注入、排出し、チップ上の伸長DNA産物を一本鎖化した。
【0051】
次いで、実施例1と同様の反応液を加え、アンカー配列からの相補鎖伸長反応と生成するピロリン酸を利用した発光反応を行った。発光は、実施例2で示した構成の検出装置に本チップデバイス34を載せることにより検出した。かくして、1つのチップデバイス34を用いて、10SNP、合計30サイトのSNP検査が一度に実現できた。
【0052】
上記デバイスでは、各DNAプローブ固定サイトの周囲に仕切りを設けてもよい。例えば、高さ1mm、幅2mmの仕切りを設けることにより、最後の相補鎖伸長反応の際に生成するピロリン酸の拡散による広がりが防止できるため、ピロリン酸からの発光の局在化が容易になり、検査精度の向上が実現できる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
ライフサイエンス分野では、SNPの大量解析が盛んに行われており、個々のSNPと疾病との関連、あるいは薬効との関連が急速に判明しつつある。その結果、近い将来、個々人のSNPを計測することにより、疾病の罹患リスク判定や、個人にあった薬剤の提供といった、テーラーメイド医療が現実のものとなると考えられる。テーラーメイド医療における遺伝子診断では、現在主流のSNPの大規模タイピングとは異なり、各個人ごとに問題となる数十箇所のSNPを安価かつ簡便に計測する方法、装置が求められる。本発明の遺伝子検査方法は、こうしたテーラーメイド医療における遺伝子診断に利用できる。
【配列表フリーテキスト】
【0054】
配列番号1〜18−人工配列の説明:合成DNA(プライマー)
配列番号19〜38−人工配列の説明:合成DNA(プローブ)
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】図1は、本発明のプロセスを説明する模式図である。
【図2】図2は、本発明の実施例で用いたPCRプライマーセットの例を示す。
【図3】図3は、本発明の実施例で用いたSNP識別用プローブの配列を示す。
【図4】図4は、本発明で得られた発光パターンの例を示す。
【図5】図5は、本発明の検出装置の構成図である。
【図6】図6は、本発明のチップデバイスの構成図である。
【符号の説明】
【0056】
1:ゲノムDNA
2,3:PCRプライマーセット
4:アンカー配列
5:PCR増幅
6:PCR増幅産物
7:反応溶液
8:チップ
9:メジャーアレル用プローブ
10:マイナーアレル用プローブ
11:参照用プローブ
12:反応溶液がチップのDNAプローブ領域を覆ったもの
13:サーマルサイクル反応
14:ゲノムDNA増幅産物
15:DNAプローブ
16:伸長
17:洗浄
18:変性剤
19:一本鎖DNA
20:アンカー配列
21:反応溶液
22:相補鎖伸長反応
23:生物化学発光
24:結像レンズ
25:CCDカメラ
26:検出サイト
27:チップ
28:DNAプローブ
29:フォトダイオード
30:フォトダイオードアレイセンサ
31:シート
32:ロッドレンズ
33:ロッドレンズアレイ
34:チップデバイス
35:注入ポート
36:排出ポート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検出すべき配列に相補的な配列を含むプローブを表面に固定した支持体に対し、5’末端にアンカー配列を有する試料核酸をハイブリダイズさせる工程と、
前記試料核酸を鋳型として前記プローブの相補鎖伸長反応を行う工程と、
前記相補鎖伸長反応で合成された前記プローブ伸長鎖から前記試料核酸を解離し、除去する工程と、
解離した前記プローブ伸長鎖を鋳型として、前記アンカー配列と同じ配列を有するプライマーを用いて、相補鎖伸長反応を行う工程と、
前記プライマーの伸長反応によって生じるピロリン酸を生物化学発光により検出する工程とを含む、遺伝子検査方法。
【請求項2】
前記アンカー配列と同じ配列を有するプライマーを用いた相補鎖伸長を行う工程と、伸長反応によって生じるピロリン酸を生物化学発光により検出する工程を同時に行うことを特徴とする、請求項1に記載の遺伝子検査方法。
【請求項3】
前記5’末端にアンカー配列を有する試料核酸が、前記アンカー配列を5’末端に含むプライマーを用いた核酸増幅反応によって得られることを特徴とする、請求項1に記載の遺伝子検査方法。
【請求項4】
前記試料核酸が二本鎖核酸であって、前記プローブ伸長反応を温度サイクル下で行うことを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の遺伝子検査方法。
【請求項5】
前記核酸増幅反応に用いるプライマーの一方がビオチン標識されていて、ビオチン、アビジン反応によってアビジンが表面に固定された担体に増幅産物を固定化する工程と、上記増幅産物を一本鎖核酸に変性する工程により、一本鎖核酸からなる試料核酸を得ることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の遺伝子検査方法。
【請求項6】
検出すべき配列が変異部位であって、当該変異部位に予測される配列に対応した各プローブをそれぞれ前記支持体上に区別できるように固定し、各プローブ固定領域からの生物化学発光により、前記試料核酸の変異のタイピングを行うことを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の遺伝子検査方法。
【請求項7】
検出すべき複数の変異部位について、当該複数の変異部位に予測される配列に対応した各プローブをそれぞれ同一の支持体上に区別できるように固定し、各プローブ固定領域からの生物化学発光により、前記試料核酸に含まれる複数の変異のタイピングを同時に行うことを特徴とする、請求項6に記載の遺伝子検査方法。
【請求項8】
前記プローブの3’末端が変異部位に対応するように設計されていることを特徴とする、請求項6又は7に記載の遺伝子検査方法。
【請求項9】
前記プローブが、さらに3’末端から2〜4番目にミスマッチを含むことを特徴とする、請求項8に記載の遺伝子検査方法。
【請求項10】
前記変異が一塩基多型であることを特徴とする、請求項6〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記支持体上において、前記プローブが各プローブ固定領域ごとに仕切りを設けて固定されていることを特徴とする、請求項1〜10のいずれか1項に記載の遺伝子検査方法。
【請求項12】
前記アンカー配列がポリA配列であることを特徴とする、請求項1〜11のいずれか1項に記載の遺伝子検査方法。
【請求項13】
前記支持体が前記試料核酸あるいは反応試薬の注入及び排出のための部位を有する容器中に存在することを特徴とする、請求項1〜12のいずれか1項に記載の遺伝子検査方法。
【請求項14】
生物化学発光を検出する光検出素子が、前記支持体のプローブ固定領域ごとに配置されていることを特徴とする、請求項1〜13のいずれか1項に記載の遺伝子検査方法。
【請求項15】
前記光検出素子と前記支持体の間に、導光路が配置されていることを特徴とする、請求項14に記載の遺伝子検査方法。
【請求項16】
前記導光路がロッドレンズ、球形レンズ、光ファイバーロッドのいずれかであることを特徴とする、請求項14又は15に記載の遺伝子検査方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−6274(P2006−6274A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−191781(P2004−191781)
【出願日】平成16年6月29日(2004.6.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成15年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(再)委託研究、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】