説明

遺伝子送達方法および基材

【課題】RNA干渉作用を持つ核酸を利用して標的とする遺伝子発現を減衰させる方法と、該核酸を目的部位に送達する方法、および送達するための基材複合体を製造する方法を提供する。
【解決手段】RNA干渉作用を持つ核酸を、リン酸カルシウム系基材及び必要に応じ生体適合性ポリマーに保持させて、核酸−基材複合体を作製し、該作用を持つ核酸を目的部位に送達させて、標的とする遺伝子発現を減衰させる方法。及び該核酸−基材複合体を製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はRNA干渉作用を持つ核酸を目的部位へと送達するための複合体,及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
「RNA干渉(RNAi)」は導入遺伝子の過剰発現又は誤発現あるいは細胞内への短い干渉RNAの意図的な導入が原因で起こる現象である。RNAiを引き起こすためには2種類に代表的な方法が知られている。1つは短い干渉RNA(siRNA)の導入で,もう一つは短いヘアピンRNA(shRNA)を発現するプラスミドやウイルスベクターの導入である。これらは遺伝子機能を研究するための強力な手段であることが判明しつつあり,その機能はまだ解明されていない点も多いが,遺伝子由来疾患やウイルス感染などの治療に有効である可能性が示唆されている。
【0003】
有効なsiRNA配列あるいはshRNA配列が決定された後は,標的とする細胞・組織等にこれらを送達するための方法が必要とされる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、有効かつ安全であるRNA干渉作用を持つ核酸を細胞・組織へと導入し、標的遺伝子へと送達することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は,有効かつ安全なRNA干渉作用を持つ核酸を基材と複合化することによって標的となる細胞・組織へと安定に送達し,導入し,標的遺伝子の発現を抑制するための手段を提供する。具体的には、以下の標的細胞における標的遺伝子の発現を減衰させる方法、宿主細胞における標的遺伝子の発現を減衰させるための基材を調整するためのキット、RNA干渉作用を持つ核酸を保持するための使用に関する。
1. 標的細胞における標的遺伝子の発現を減衰させる方法であって,RNA干渉作用を持つ核酸をリン酸カルシウム系基材と複合化して核酸-基材複合体を形成し、該複合体を標的細胞の近傍に配置して前記核酸を標的細胞へ送達することを特徴とする、方法。
2. 標的細胞における標的遺伝子の発現を減衰させるための複合体であって,RNA干渉作用を持つ核酸がリン酸カルシウム系基材に保持されていることを特徴とする、複合体。
3. リン酸カルシウム系基材がβ-リン酸三カルシウム,α-リン酸三カルシウム,リン酸四カルシウムまたはハイドロキシアパタイト、必要に応じてさらに生体適合性ポリマーを含む、項3に記載の複合体。
4. 前記生体適合性ポリマーがコラーゲン又はハイドロゲルである項3に記載の複合体。
5. RNA干渉作用を持つ核酸をリン酸カルシウム系基材に保持させて複合体を製造する方法。
6. 標的遺伝子を減衰させるためのRNA干渉作用を持つ核酸とリン酸カルシウム系基材を含む,宿主細胞における標的遺伝子の発現を減衰させるための基材を調整するためのキット。
7. リン酸カルシウム系基材の、RNA干渉作用を持つ核酸を保持するための使用。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、RNA干渉作用を持つ核酸を持続的に、かつ、RNaseなどによる分解を抑制しつつ標的となる細胞・組織に導入し、標的遺伝子の発現産物(mRNA)を分解することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の方法を用いることによってRNA干渉作用を持つ核酸を安定に送達し,目的部位にとどめることが可能となる。
【0008】
RNA干渉作用を持つ核酸にはsiRNA(低分子干渉RNA),shRNA(低分子ヘアピンRNA)を発現するウイルスベクター/プラスミドなどが包含されるが、これらに限定されるものではない。修飾されたsiRNAを使用して、siRNAの分解を抑制することもできる。siRNAは、タンパク質発現に特異的に干渉するそれらの能力に因んで名付けられた15〜28ヌクレオチド長、より好ましくは17〜25ヌクレオチド長、さらにより好ましくは19〜23ヌクレオチド長、および最も好ましくは21〜23ヌクレオチド長の二本鎖RNA分子を指す。
【0009】
siRNA 分子の長さは、相補的でない部分を含んでいてもよい。例えば、21リボヌクレオチド長(21-mer)と記載されるsiRNA は、19個の連続した塩基対形成として共にアニールする2つの逆のRNA鎖を含み得る。各鎖における2つの残りのリボヌクレオチドは、オーバーハングを形成する。siRNA が異なる長さの2つの鎖を含む場合、鎖のより長い方がsiRNA の長さを表す。例えば、21ヌクレオチド長である1つの鎖および20ヌクレオチド長である第二の鎖を含むdsRNAは、21-merを構成する。
【0010】
オーバーハングを含むsiRNA が望ましい。オーバーハングは、鎖の5'または3'末端、好ましくは各RNA鎖の3'末端にある。オーバーハングの長さは変わりうるが、好ましくは、約1〜4ヌクレオチド長であり、より好ましくは2〜3ヌクレオチド長、特に2ヌクレオチド長である。オーバーハング、ウリジン(U)又はチミン(T)であるのが好ましい。
【0011】
前記核酸を保持して複合化する基材はリン酸カルシウム系基材であることが望ましい。リン酸カルシウム系基材は両性イオン交換体として静電相互作用に基づく吸着能を有し,タンパク質、核酸などを吸着することができるため,RNA干渉作用を持つ核酸の有効性を維持したまま標的遺伝子を有する細胞・組織へと該核酸を送達することが可能となる。
基材としては、β-リン酸三カルシウム,α-リン酸三カルシウム,リン酸四カルシウムないしハイドロキシアパタイトなどのリン酸カルシウム系材料のみからなる無機基材であってもよく、リン酸カルシウム系材料と生体適合性材料から構成される複合基材であってもよい。生体適合性材料としては、天然高分子(コラーゲン,ゼラチン,キチン,キトサン,セルロース、ポリアスパラギン酸、ポリグルタミン酸、ポリリジン、カゼインなど),合成高分子(シリコン,ポリメタクリル酸メチル,ポリ乳酸,ポリグリコール酸,乳酸−グリコール酸共重合体、ポリエチレン,ポリプロピレンなど),金属(ステンレス鋼,チタン,チタン合金,コバルト−クロム合金など),セラミック(アルミナ,ジルコニアなど)が挙げられる。リン酸カルシウム系材料は、これら生体適合性材料からなる粒子、シート、多孔体などの表面にコーティングされていてもよく、或いは、リン酸カルシウム系材料と生体適合性ポリマーがマトリクスを形成し、そのマトリクス中のリン酸カルシウム系材料の部分に核酸が保持されていてもよい。
【0012】
標的遺伝子の発現を抑制するための核酸と基材の複合体は,有効かつ安全であることが確認されているRNA干渉作用を持つ核酸を基材(生体適合性ポリマーを含んでいてもよい)と混合することによって作製される。このとき,複合化したRNA干渉作用を持つ核酸を効率的に細胞へと導入するために,エレクトロポレーション/トランスフェクション試薬などを組み合わせても良い。例えばRNA干渉作用を持つ核酸は、リポソーム或いはリポフェクタミンなどのトランスフェクション試薬に封入された状態で基材に保持することもできる。
【0013】
前記核酸は疾患,患者の年齢及び体重等によって適宜設定することができるが、基材1g当たり0.01〜10000nmol/l 程度保持されるのが好ましい。
【0014】
本発明の核酸-基材複合体は、例えば骨ないし軟骨欠損部位や臓器ないし組織の特定の部位に埋め込むことにより、核酸を連続的に標的細胞内に供給することができる。
【0015】
核酸-基材複合体の組織への埋め込み方法は,通常医療行為として行なわれる移植方法と同様で良い.すなわちたとえば骨欠損部への移植の場合は,人工骨等の移植を行なうのと同様の手法によって本発明の複合体を移植することができる。
【0016】
また,前記方法によって送達されたRNA干渉作用を持つ核酸によって標的遺伝子の発現が抑制されることで癌や感染症といった種々の疾患が治療される。
【実施例】
【0017】
以下、本発明を実施例に基づいてより詳細に説明する。
実施例1:In vitroにおける評価1
(siRNA基材複合体の作製)
説明書に従って調整したanti−GFP siRNA(商品名;GFP-22 siRNA, Rhodamine (5nmol);QIAGEN)をリポフェクション試薬(商品名;HiPerFect Transfection Reagent;QIAGEN)及び無血清培地(商品名;Opti-MEM I Reduced-Serum Medium;Invitrogen)と混合しsiRNA溶液を調整した。この溶液中にハイドロキシアパタイト製セラミックス(商品名;セルヤードHAスキャホールド;ペンタックス株式会社)を入れ,siRNA基材複合体を作製した。
コントロールとして,培養に使用する培地を用いて前記複合体を作製するときと同じ処理を行った。
(基材へのsiRNA保持状態の確認)
蛍光色素(ローダミン)で標識されたsiRNAを用いて,前記の方法に従ってsiRNA基材複合体を作製した。蛍光実体顕微鏡にてsiRNAの基材への保持状態を観察した(図1)。
(細胞と培養条件)
GFP遺伝子を導入したHOS細胞を,10%牛胎児血清(FBS)を含むMEM中で増殖させた。
(細胞の播種)
HOS細胞をトリプシン処理し,前記の通り作製したsiRNA基材複合体とコントロールに,1個当たり1×105細胞となるように播種した。一晩インキュベーション後,24ウェルプレートに1ウェルあたり1個入れ,10%FBSを含むMEMで培養した。
(細胞増殖活性の定量)
siRNAによる細胞増殖阻害の影響を確認するために細胞内在性のATPを定量した。
(蛍光量の定量)
蛍光イメージアナライザーを用いてGFP蛍光量の定量を行った。
(結果)
複合体とコントロールの間に細胞増殖の差は認められなかった。一方,複合体に播種した細胞のGFP量がコントロールに比べ明らかに低いことから,複合体上のsiRNAの効果が確認された(図2)。
【0018】
実施例2:In vitroにおける評価2
細胞と培養条件は上記と同様に行った。
(shRNA発現vector基材複合体の作製)
anti−GFP shRNA発現vector(商品名 piGENETM hU6 Puro ベクター;株式会社iGENE)をリポフェクション試薬(商品名;リポフェクトアミン2000;Invitrogen)及び無血清培地(商品名;Opti-MEM I Reduced-Serum Medium;Invitrogen)と混合しvector溶液を調整した。この溶液中にハイドロキシアパタイト製セラミックス(商品名;セルヤードHAスキャホールド;ペンタックス株式会社)を入れ,shRNA発現vector基材複合体を作製した。
コントロールとして,培養に使用する培地を用いて前記複合体を作製するときと同じ処理を行った。
(細胞の播種)
HOS細胞をトリプシン処理し,前記の通り作製したshRNA発現vector基材複合体とコントロールに,1個当たり1×105細胞となるように播種した。一晩インキュベーション後,24ウェルプレートに1ウェルあたり1個入れ,10%FBSを含むMEMで培養した。
(細胞増殖活性の定量)
試薬による細胞増殖阻害の影響を確認するために細胞内在性のATPを定量した。
(蛍光量の定量)
蛍光イメージアナライザーを用いてGFP蛍光量の定量を行った。
(結果)
複合体とコントロールの間に細胞増殖の差は認められなかった。一方,複合体に播種した細胞のGFP量がコントロールに比べ明らかに低いことから,複合体上のvectorが細胞へと導入され,細胞内でanti-GFP shRNAを発現することによってGFPの発現を抑制したと考えられ,本複合体の効果が確認された(図3)。
【0019】
実施例3:In vivoにおける評価
(siRNA基材複合体の作製)
実施例1と同様にsiRNA基材複合体を作製した。
(移植)
GFPを発現するトランスジェニックラットの皮下に作製した複合体及びコントロールを移植した。
(摘出・評価)
・ 3日および7日後に摘出し,RNAを抽出後GFP遺伝子の発現をリアルタイムPCR(機種;iCycler iQ;BioRad)にて定量した。
(結果)
移植7日後において,コントロールに比べ複合体でGFP遺伝子の発現が低下しており,作製した複合体上のsiRNAが生体内においても効果を発揮していることが示唆された(図4)。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1 (a)はsiRNA基材複合体の実体顕微鏡写真である。図1 (b)は(a)と同じ視野を実体蛍光顕微鏡で観察した。基材の気孔内部にローダミン標識されたsiRNAが多数観察でき,siRNAが基材に保持されていることを示している。
【図2】図2はin vitroにおいて,siRNA基材複合体上に播種した細胞のGFP量が低下しており,複合体上のsiRNAが効果を有していることを示している。
【図3】図3はin vitroにおいて,in vitroにおいて,shRNA発現vector基材複合体上に播種した細胞のGFP量が低下しており,複合体上のvectorが細胞内に導入されshRNAを発現したことを示している。
【図4】図4はin vivoにおいて,複合体上に保持したsiRNAが周辺組織へと送達され効果を示したことを表している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的細胞における標的遺伝子の発現を減衰させる方法であって,RNA干渉作用を持つ核酸をリン酸カルシウム系基材と複合化して核酸-基材複合体を形成し、該複合体を標的細胞の近傍に配置して前記核酸を標的細胞へ送達することを特徴とする、方法。
【請求項2】
標的細胞における標的遺伝子の発現を減衰させるための複合体であって,RNA干渉作用を持つ核酸がリン酸カルシウム系基材に保持されていることを特徴とする、複合体。
【請求項3】
リン酸カルシウム系基材がβ-リン酸三カルシウム,α-リン酸三カルシウム,リン酸四カルシウムまたはハイドロキシアパタイト、必要に応じてさらに生体適合性ポリマーを含む、請求項3に記載の複合体。
【請求項4】
前記生体適合性ポリマーがコラーゲン又はハイドロゲルである請求項3に記載の複合体。
【請求項5】
RNA干渉作用を持つ核酸をリン酸カルシウム系基材に保持させて複合体を製造する方法。
【請求項6】
標的遺伝子を減衰させるためのRNA干渉作用を持つ核酸とリン酸カルシウム系基材を含む,宿主細胞における標的遺伝子の発現を減衰させるための基材を調整するためのキット。
【請求項7】
リン酸カルシウム系基材の、RNA干渉作用を持つ核酸を保持するための使用。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−193977(P2008−193977A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−33882(P2007−33882)
【出願日】平成19年2月14日(2007.2.14)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】