説明

還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの製造方法および光反応性溶液

【課題】生体系と同様にPSIIとPSIとを併用して高効率で安全にNADHを得ることが可能である還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの製造方法およびそれに適した反応性溶液を提供する。
【解決手段】光合成タンパク質複合体PSIIおよび光合成タンパク質複合体PSIと、フェニル−p−ベンゾキノンおよび水を含む光反応性溶液に光エネルギーを与えて酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを還元する、あるいは光合成タンパク質複合体PSIIおよび光合成タンパク質複合体PSIと、2,6−ジクロロインドフェノールおよび水を含む光反応性溶液に光エネルギーを与えて酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを還元する還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの製造方法、及び前記の光反応性溶液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、光エネルギーおよび水を原料とする酵素の駆動源となる還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの製造方法およびそれに適した光反応性溶液に係り、さらに詳しくは光合成タンパク質複合体の1種であるPSII(光化学系IIともいう。以下、単にPSIIと略記することもある。)および光合成タンパク質複合体の他の1種であるPSI(光化学系Iともいう。以下、単にPSIと略記することもある。)、特定の電子伝達メディエーター、水および酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(以下、NADと略記することもある。)を含む光反応性溶液に光エネルギーを与えて酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを還元する還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(以下、NADHと略記することもある。)の製造方法及びそれに適した光反応性溶液に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、生体系においては、NADHはNADからPSIIおよびPSIの協働(又は連結)によって還元されて生成されることが知られている。
これに対して、非生体系では、PSIIおよびPSIは生体外に分離・精製して別々に取り出され、個々の機能について研究されており、分離・精製して取り出された2種類の光合成タンパク質複合体を併用して使用する試みは今までなされていない。
【0003】
一方、NADHは種々の酸化還元酵素を用いる酵素分析による医学的診断の用途や栄養補給剤用などに用いられる。さらに、NADHはギ酸脱水素酵素、ホルムアルデヒド脱水素酵素やアルコール脱水素酵素などの脱水素酵素を用いた酵素反応において電子供与体として働くことが知られている(特許文献1)。この酵素反応の具体例として、二酸化炭素からギ酸およびホルムアルデヒドを経由するメタノール合成を挙げることができる。
【0004】
このような種々の用途を有するNADHの製造法としては、例えばNADをNADHに還元する酵素法が知られている(非特許文献1)。この場合、エタノールを出発原料として大過剰に使用し、生じる揮発性アセトアルデヒドを反応系から連続的に排除する必要がある。また、前記のNADHを電子供与体として用いる酵素反応において、NADHが酸化されて生成したNADを含む反応系内にほうれん草などの緑色植物から抽出したPSIIを加え、光照射することにより自動的にNADHが生成することが知られている(特許文献1)。
また、NADHに類似した還元型NADPH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)の製造法として、ラン藻細胞の存在下、酸化型NADPを光化学的に還元する方法が知られている(特許文献2)。
【0005】
【非特許文献1】アプライド・バイオケミストリー・アンド・バイオテクノロジー(Applied Biochemistry and Biotechnology)、第14巻、1987、第147〜197頁
【特許文献1】米国特許第6440711号明細書
【特許文献2】特公昭63−32439号公報
【0006】
しかし、前記非特許文献1においては合成のさいに毒性のあるアセトアルデヒドが生じ、前記特許文献1においてはPSIIを用いてNADを直接還元してNADHを生成させておりPSIIとPSIとの併用については記載されてなく、前記特許文献2においてはNADPHの生産量が実施例によれば5μmol/mgChl.h.未満である。
このように、公知のNADHの製造法では、生体系と同様にPSIIとPSIとを併用することによって高効率で安全にNADHを得ることはできなかったのである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、この発明の目的は、生体系と同様にPSIIとPSIとを併用して高効率で安全にNADHを得ることが可能である還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの製造方法及びそれに適した光反応性溶液を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明者らは、前記の目的を達成することを目的として鋭意検討した結果、非生体系ではPSIIとPSIとを併用しても通常の条件ではこれらの協働は達成されないことを見出し、さらに検討を行った結果、この発明を完成した。
この発明は、光合成タンパク質複合体であるPSIIおよびPSI、フェニル−p−ベンゾキノン、水および酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(以下、NADと略記することもある。)を含む光反応性溶液に光エネルギーを与えて酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを還元する還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの製造方法に関する。
【0009】
また、この発明は、光合成タンパク質複合体であるPSIIおよびPSI、2,6−ジクロロインドフェノール、水および酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを含む光反応性溶液に光エネルギーを与えて酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを還元する還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの製造方法に関する。
【0010】
さらに、この発明は、光合成タンパク質複合体であるPSIIおよびPSI、フェニル−p−ベンゾキノン、水および酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを含む光反応性溶液に関する。
さらに、この発明は、光合成タンパク質複合体であるPSIIおよびPSI、2,6−ジクロロインドフェノール、水および酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを含む光反応性溶液に関する。
【発明の効果】
【0011】
この発明によれば、生体系と同様に光合成タンパク質複合体であるPSIIとPSIとを併用して高効率で安全に還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを得ることが可能である。
また、この発明によれば、光を照射して高効率で安全に還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを製造することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
この発明における好適な態様を次に示す。
1)PSIIおよびPSIおよびフェニル−p−ベンゾキノン又は2,6−ジクロロインドフェノール(以下、Medと略記することもある。)の割合が、100mM(モル)のNADに対して、100〜10000μgChl(クロロフィル )のPSIIおよび100〜20000μgChlのPSIおよび200〜100000μMのMedである前記の製造方法。
2)PSIIに対するPSIとの割合[PSI/PSII(μgChl比)]が1:10〜10:1である前記の製造方法。
3)光反応性溶液が、水溶液である前記の製造方法。
4)光反応性溶液の温度が、0℃〜35℃である前記の製造方法。
5)PSIIおよびPSIおよびMedの割合が、100mM(モル)のNADに対して、100〜10000μgChl(クロロフィル )のPSIIおよび100〜20000μgChlのPSIおよび200〜100000μMのMedである前記の光反応性溶液。
【0013】
この発明においては、PSIIおよびPSIと水とNADと親油性電子伝達メディエーターであるフェニル−p−ベンゾキノンとを含む反応系又はPSIIおよびPSIと水とNADと親水性電子伝達メディエーターである2,6−ジクロロインドフェノールとを含む光反応性溶液であることが必要である。
【0014】
光反応性溶液として、水およびNADに加えて、1)フェニル−p−ベンゾキノンおよび2,6−ジクロロインドフェノールのいずれかを含むが光合成タンパク質複合体として特許文献1のようにPSIIのみを含む場合、2)光合成タンパク質複合体としてPSIIおよびPSIを併用するが電子伝達メディエーターを含まない場合、あるいは3)光合成タンパク質複合体としてPSIIおよびPSIを併用するが前記特定の電子伝達メディエーター以外の他の電子伝達メディエーターを含む場合のいずれであっても、光照射によってNADを還元して高効率でNADHを得ることは困難である。
【0015】
この発明における光合成タンパク質複合体であるPSIIおよびPSIは、緑色植物の葉の中に存在し、例えばほうれん草などの緑色植物から抽出法によって各々単離取得することができる。前記の抽出法として、例えばBBY法が挙げられる。このPSIIおよびPSIは生体系、例えば緑色植物の葉の中ではPSIIからPSIへの電子伝達が可能でありPSIIとPSIとが協働して酸化還元反応に関与し得る。しかし、緑色植物の葉から単離して非生体系で人工的に使用する場合には、PSIは電子の伝達に基づく反応に関与しないかほとんど関与しないことが知られている。このため、光合成タンパク質複合体を、緑色植物の葉から単離して人工的に使用する場合には、通常は前記特許文献1に記載されているようにPSIIが単独で使用される。
【0016】
この発明における親油性電子伝達メディエーターであるフェニル−p−ベンゾキノンあるいは親水性電子伝達メディエーターである2,6−ジクロロインドフェノール(これら2種の電子伝達メディエーターを総称してMedと略記することもある。)は、葉緑素中での存在は確認されていないが公知の化合物であり、各々以下の化学式で示される。なお、フェニル−p−ベンゾキノンと2,6−ジクロロインドフェノールとは併用してもよく、フェニル−p−ベンゾキノン又は2,6−ジクロロインドフェノールは他の電子伝達メディエーターと組み合わせてもよい。
【0017】
【化1】

【0018】
【化2】

【0019】
以下、この発明の光反応性溶液によって水を原料として光エネルギーによってNADからNADHを製造する反応について、この発明の1実施態様の反応式の概念図である図1を用いて説明する。
図1に示すように、前記の反応は逐次的に行われる。
図1に示す反応において、光エネルギーを与えられた水がPSIIの関与によって酸素とプロトン(H)と電子(e)を放出し、放出された電子はMedに、さらにPSIに伝達され、それを光エネルギーによってFd(ferredoxin)が受け取り、さらにFNRを介してNADに電子が伝達され、NADの還元反応によってNADHを生成すると考えられる。
【0020】
図1に示す反応における前記のFdは、電子伝達体として機能し光合成を含む主要な代謝系に用いられるタンパク質であり、FNRはフェレドキシン酸化還元酵素である。FdおよびFNRは生体内の電子伝達反応に関与していることが知られている。
前記のFdおよびFNRは、例えば、緑色植物の葉の中に存在し、ほうれん草などから周知の抽出方法によって取得することが可能であり、また市販品(例えば、シグマアルドリッチ社)を使用することも可能である。
【0021】
この発明の製造方法について、この発明による一連の反応における酸化還元電位の変化を示す概念図である図2を用いて説明する。
図2において縦軸は酸化還元電位を、横軸は電子伝達の工程を示す。
図2に示すように、水からPSIIによって放出された電子の酸化還元電位が光エネルギーによって大幅に増大し、この電子はMedを介してPSIに伝達され、その際減少した電子の酸化還元電位が光エネルギーによって大幅に増大し、この電子がPSIからFdに伝達され、さらにFNRを介してNADに伝達され、NADと電子とが反応してNADHを生成すると考えられる。
図2から明らかなように、前記の各成分のうちMedおよびPSIを含まない反応系では、水からPSIIを経由してNADへの電子の受容−供与の一連の伝達がなされず、高効率でNADHを得ることができないと考えられる。
従って、この発明の光反応性溶液においては水、PSIIとともにPSIおよび前記特定のMedが必須成分であることが理解される。
【0022】
次に、この発明について、種々の電子伝達メディエーターの存在下又は不存在下でのPSIIからの電子受容性を最大酸素発生速度によって示すグラフである図3、およびこの発明における特定の電子伝達メディエーターの存在下でのPSIIからPSIへの電子供与性を酸素濃度の経時変化によって示すグラフである図4を用いて説明する。
これら図3および図4は、後述の実施例の欄に詳細に説明される酸素電極を用いた酸素発生量、酸素吸収量を測定することによってPSIIからの電子受容性、PSIIからPSIへの電子供与性を評価した結果を示すグラフである。図3において、横軸は電子伝達メディエーターの種類(略号で表示)を示し、nは実験回数を示す。
【0023】
前記の酸素電極を用いた酸素発生量、酸素吸収量測定の原理は、酸素電極の陰極側ではOが白金表面で受け取った4eおよび4Hと反応して水を生成し、陽極側では4Agと4Clとから4AgClを生じ、さらに4eを電極に受け渡す。この4eの電極での授受を電流として測定し、測定された電流は陰極で消費される量と化学両論的に相関があることに基づいている。
前記の白金(Pt)陰極、銀(Ag)陽極での反応を以下に示す。
Pt電極:O+4H+4e→2H
Ag電極:4Ag+4Cl→4AgCl+4e
【0024】
図3から、この発明における前記の親油性電子伝達メディエーターであるフェニル−p−ベンゾキノン又は親水性電子伝達メディエーターである2,6−ジクロロインドフェノールは、他の公知の電子伝達メディエーターあるいは電子伝達メディエーターがない場合と比べて最大酸素発生速度が約2倍以上であり、従ってPSIIからの電子受容性が高いことを示す。
また、図4から、PSIIのみあるいはPSIIとMedとの組合せでは酸素濃度が時間の経過によっても平衡酸素濃度を下回ることがなくPSIへの電子供与性が低いのに比べて、この発明におけるPSIIおよびPSIとMedとの組合せでは酸素濃度が最大酸素発生後に時間の経過に伴い平衡酸素濃度を大幅に下回りPSIへの電子供与性が高いことが理解される。
【0025】
この発明における水とPSIIおよびPSIとMedとを含む光反応性溶液において、水は原料であり水溶液として用いることが好ましい。
また、前記の反応性溶液において、PSIIおよびPSIおよびMedの各成分の割合は、100mM(モル)のNADに対して、100〜10000μgChl(Chl:クロロフィル )、特に200〜5000μgChlのPSIIおよび100〜20000μgChl、特に200〜10000μgChlのPSIおよび200〜100000μM、特に1000〜50000μMのMedであることが好ましい。各成分の割合が過度に少ないと反応が遅く、各成分の割合が過度に多くても効果は増大しないので好ましくない。また、PSIIに対するPSIとの割合[PSI/PSII(μgChl比)]は1:10〜10:1、特に1:1〜5:1であることが好ましい。さらに、水の量は、100mM(モル)のNADに対して、500mM以上、特に1000〜50000mMであることが好ましい。
また、前記以外の他の成分については、100mMのNADに対して、1〜100mg、特に5〜50mgのFdであることが好ましく、1〜500単位、特に5〜100単位のFNRであることが好ましい。
【0026】
また、前記の反応系として水溶液を用いる場合、前記の各成分に加えて、任意の緩衝剤、例えば、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタンスルホン酸、ビシン、ヒスチジン、ビス−トリス、ヘペス(HEPES)、イミダゾール、又はMESなどの緩衝剤を加えてもよく、あるいは前記の緩衝剤を含む緩衝液を加えてもよい。緩衝液としては、前記の緩衝剤の他に、通常はショ糖、塩化ナトリウムおよび/又は塩化マグネシウムが含まれる。
前記の各成分は、全成分を最初から同時に添加して反応性溶液に含有させておいてもよく又は各成分を逐次的に含有させてもよいが、通常は全成分を最初から同時に添加して反応性溶液に含有させることが好ましい。
【0027】
反応の間に反応性溶液を、pHの値が6〜9の範囲内、特に6.5〜8.5の範囲内の緩衝液によってpHを一定に維持することが好ましい。
前記の反応は、50℃未満、好適には0℃〜35℃、特に25℃〜35℃の温度で行うことが好ましい。
また、この発明における光は、太陽光、キセノンランプ、ハロゲンランプなど任意の光であってよい。
前記の光の反応性溶液への照射は、光照射によって反応性溶液の温度が過度に上昇しないように光透過性熱吸収装置、例えば水槽を通過した光を照射してもよい。この場合、必要であれば、水槽通過後の光線から特定範囲の波長域以外の光線をフィルターを通して除去し、集光して反応性溶液に照射することが好ましい。
【0028】
この発明において、前記の各成分を含む反応性溶液、好適には水溶液を反応容器、例えばガラス製反応容器に入れて前記のいずれかの光源から光照射し、大気中、前記の室温で、0.5〜24時間、特に0.5〜5時間の反応時間で光エネルギーによってNADを還元することによって、高効率で安全にNADHを生成させることができる。
【0029】
この発明によって得られるNADHの生成量は、それ自体公知の方法、例えばジアホラーゼの作用によるニトロテトラゾリウムブルーの還元で生じるホルマザン色素を紫外可視光光度計による分光分析で求めることができる。
この発明によって得られるNADHは、反応後の溶液から分離取得してもよく又は分離取得することなくそのまま酵素の駆動源として種々の反応に用いることができる。
【実施例】
【0030】
以下、この発明の実施例を示す。
以下の各例において、NADからNADHへの変化は波長340nmの吸光度の測定により行った。
吸光度測定装置:株式会社日立ハイテクノロジー製 分光光度計 U−3010
1.酸素電極の実験方法
以下の各例において、図5に概略図を示す酸素電極による酸素発生量および吸収量を測定した。測定装置は白金電極と銀電極と攪拌子を備えた容器(セル)とハロゲンランプ光源からの照射光の熱を吸収した後、集光する集光レンズを備えている。光源はハロゲンランプで電圧100V、500W出力である。
【0031】
実験手順:
純水1mLをセルに入れて攪拌し、測定電圧を安定させる(測定電圧1)。
ハイドロサルファイトナトリウム(ジチオナイト)を大過剰入れ、ストッパーを閉じて測定電圧が安定するまで待つ(測定電圧2)。
測定電圧1と測定電圧2との差が純水中の酸素濃度(平衡状態)の253μM、25℃、1気圧に相当する。
【0032】
2.電子伝達メディエーターのスクリーニング
2−1.PSIIからの電子受容性の測定
前記の酸素電極による測定装置を用いて、最終の溶液組成として、バッファー[20mMのMES−NaOH(pH6.5)、20mMのNaCl、400mMのショ糖)]、0.5mMの電子伝達メディエーターおよび15μgChl/mLのPSIIの合計1mLを用いて、溶液温度25℃で測定を行った。
セルにバッファーおよび電子伝達メディエーターを加えた状態で攪拌し、測定温度を安定させた。暗室にて溶液にPSIIを添加後、ストッパーを閉じ、測定電圧が安定していることを確認した後、光を照射し、測定電圧の変化をチャートに記録した。測定電圧変化から求められる酸素発生量の傾きから最大酸素発生速度を求めた。
酸素発生量の傾きから最大酸素発生速度を求める1例を図6に示す。
得られた最大酸素発生速度測定結果からPSIIからの電子受容性を判断した。最大酸素発生速度が大きいほどPSIIからの電子受容性が高い。
【0033】
2−2.PSIへの電子伝達の測定
上記と同様に、酸素電極による測定装置を用いて、最終の溶液組成として、バッファー[20mMのMES−NaOH(pH6.5)、20mMのNaCl、400mMのショ糖)]、0.5mMの電子伝達メディエーターと10μgChl/mLのPSIIと20μgChl/mLのPSIの合計1mLを用いて測定を行った。
バッファー、電子伝達メディエーターを加えた状態で攪拌し、測定温度を安定させた。暗室にて溶液に添加後、PSII単独又はPSIIとPSIとを溶液に添加後、ストッパーを閉じ、測定電圧が安定していることを確認した後、光を照射し、測定電圧の変化をチャートに記録した。酸素発生量がマイナス、すなわち酸素の吸収が認められればPSII⇒PSIの電子伝達がおこっていると判断した。
【0034】
以下の各例において、PSIIおよびPSIはBBY法(抽出法)によって得た。BBY法に用いたリン酸バッファーおよび葉緑体の調製法、PSIIおよびPSIの調製法を以下に示す。
(1)リン酸バッファーの調製
リン酸バッファーとして、50mMのNa/Kリン酸(pH6.5)、300mMのショ糖、100mMのNaClからなる組成割合で調製した。
【0035】
(2)葉緑体の調製
ほうれん草をジューサーで粉砕し、粉砕液を白い網目状の二重にした袋に入れて小型遠心ろ過器で葉緑体を搾り取った。
一連の操作の詳細は下記の通りである。
操作:5300rpm、10分間で遠心分離した後、沈殿をリン酸バッファーで懸濁し、次いで2000rpm、30秒間で遠心分離し、上澄液を5300rpm、8分間で遠心分離して、沈殿(葉緑体)を取得した。
(3)葉緑体のクロロフィル定量
80%アセトンで5分間抽出し、5000rpm、3分間で遠心分離した。クロロフィル濃度を3〜5mgChl/mLに調整した。常法による分光分析法でクロロフィル濃度をmgChl/mL単位で定量した。
以上の(2)および(3)の操作は低温、暗室下で行った。
【0036】
(4)PSIIおよびPSIの調製
総クロロフィル量の4倍の界面活性剤(ジキトニン)を投入し、0℃に保った状態で1時間攪拌し、以下の操作で沈殿物としてPSIIおよびPSIを得た。
操作:35000rpm、30分間で遠心分離した後、沈殿としてPSIIを得た。上澄液(PSIを含有)を53000rpm、90分間で遠心分離し、沈殿を蒸留水で洗って、53000rpm、90分間で遠心分離し、さらに沈殿を蒸留水で洗って、53000rpm、90分間で遠心分離して、PSIである沈殿を蒸留水に溶かし、凍結乾燥して保存した。
【0037】
また、以下の各例で用いた、フェニル−p−ベンゾキノン又は2,6−ジクロロインドフェノール、Fd、FNRおよびNADは以下のものを用いた。
フェニル−p−ベンゾキノン:DMSOに溶解させて用いた。
2,6−ジクロロインドフェノール:ナカライテスク社から購入したものをそのまま用いた。
Fd:シグマアルドリッチ社から購入したもの(ホウレン草より抽出、精製)をそのまま用いた。
FNR:シグマアルドリッチ社から購入したもの(ホウレン草より抽出、精製)をそのまま用いた。
NAD:ナカライテスク社から購入したものをそのまま用いた。
また、以下に検討を行った電子伝達メディエーターの具体例の略号と酸化還元電位(以下、ORPと略記することもある。pH7での値を示す。)と各々の化学式と性質とを併せて以下に示す。
【0038】
P−p−BQ:フェニル−p−ベンゾキノン、ORP=+0mV、親油性
DCIP:2,6−ジクロロインドフェノール、ORP=+217mV、親水性
OH−NQ:2−ヒドロキシ−1,4−ナフトキノン、ORP=−139mV、親水性、化学式:
【0039】
【化3】

Cl−NQ:2,3−ジクロロ−1,4−ナフトキノン、ORP=+11mV、親油性、化学式:
【0040】
【化4】

PMS:N−メチルフェナゾニウムメソサルフェート、ORP=+80mV、親水性、化学式:
【0041】
【化5】

DAD:2,3,5,6−テトラメチルフェニレンジアミン、ORP=+260mV、親油性、化学式:
【0042】
【化6】

KFeCN:フェロ/フェリシアン化カリウム、ORP=+404〜+501mV、親水性、代表的な化学式:
【0043】
【化7】

【0044】
参考例1
最大酸素発生速度測定によるPSIIからの電子受容性を、PSIIおよび各種の電子伝達メディエーターを用いた場合と、電子伝達メディエーターなしの場合について評価した。
得られた結果をまとめて図3に示す。
図3から、電子伝達メディエーターとしてP−p−BQおよびDCIPが特に有効であることが明らかになった。
【0045】
参考例2
酸素濃度の時間変化によるPSIへの電子供与性を、最終溶液として、(1)バッファーと0.5mMのMedと10μgChl/mLのPSIIと20μgChl/mLのPSIの合計1mL、(2)バッファーと0.5mMのMedと10μgChl/mLのPSIIとの合計1mL、および(3)バッファーと10μgChl/mLのPSIIの合計1mLの3例を用いて測定を行った。
結果をまとめて概略図として図4に示す。
図4から、PSIIとPSIとMedとの組合せの場合のみ、PSII⇒PSIの電子伝達がおこっていることが明らかになった。
【0046】
実施例1
参考例1で用いたのと同じ装置を用いて、以下の溶液組成の反応性溶液からなる反応系に光照射して、NADHを生成させた。
溶液組成:
バッファー:20mMのMES(pH6.5)、20mMのNaCl、400mMのショ糖)
PSII:3.5μgChl/mL
P−p−BQ:23μM
PSI:7μgChl/mL
Fd:0.1mg/mL
FNR:0.1単位/mL
NAD:1mM
溶液全量:1mL
得られた結果を実施例2および比較例1の結果とまとめて、NADHの生成濃度の時間変化として図7に示す。
【0047】
実施例2
P−p−BQに代えてDCIPを同量用いた他は実施例1と同様に実施した。得られた結果を実施例1および比較例1の結果とまとめて図7に示す。
【0048】
比較例1
MedおよびPSIを用いず、以下の溶液組成の反応性溶液について、光照射してNADHを生成させた。
溶液組成:
バッファー:20mMのMES(pH6.5)、20mMのNaCl、400mMのショ糖)
PSII:3.5μgChl/mL
NAD:1mM
溶液全量:1mL
得られた結果を実施例1および実施例2の結果とまとめて図7に示す。
【0049】
実施例3
PSII、P−p−BQおよびPSIの量を変えて、以下の溶液組成の反応性溶液に変えた他は実施例1と同様に実施した。
溶液組成:
バッファー、Fd、FNR、NAD、溶液全量:実施例1と同じ
PSII:5μgChl/mL
P−p−BQ:32μM
PSI:9.8μgChl/mL
得られた結果を実施例4の結果とともにまとめて図8に示す。
【0050】
実施例4
PSII、P−p−BQおよびPSIの量を変えて、以下の溶液組成の反応性溶液に変えた他は実施例1と同様に実施した。
溶液組成:
バッファー、Fd、FNR、NAD、溶液全量:実施例1と同じ
PSII:10μgChl/mL
P−p−BQ:64μM
PSI:19.6μgChl/mL
得られた結果を実施例3の結果とともにまとめて図8に示す。
【0051】
実施例5
各成分の量を変えて以下の溶液組成の反応性溶液に変えた他は実施例1と同様に実施した。
溶液組成:
バッファー、Fd、NAD、溶液液全量:実施例1と同じ
PSII:10μgChl/mL
P−p−BQ:64μM
PSI:19.6μgChl/mL
FNR:0.5単位/mL
得られた結果をまとめて図9に示す。
【0052】
実施例6
P−p−BQおよびFdの量を変えて、以下の溶液組成の反応性溶液に変えた他は実施例1と同様に実施した。
溶液組成:
バッファー、PSII、PSI、FNR、NAD、溶液全量:実施例1と同じ
P−p−BQ:115μM
Fd:0.5mg/mL
得られた結果をまとめて図10に示す。
【0053】
図7から、この発明における水にPSIIおよびPSIとMedとを組み合わせた反応性溶液により、PSIIのみの場合と比較してNADH生成量が多く、特にこの発明によれば時間の経過とともにNADH生成量が増大するのに対して、反応時間が約1時間を経過して以後はPSIIのみの場合にはNADH生成量が時間の経過とともに低下する。つまり、反応時間の経過とともに実施例1および実施例2と比較例1とでNADH生成量の差が顕著となる。
【0054】
以上の実施例1〜6の結果と比較例1の結果との比較から、この発明によれば特定の電子伝達メディエーターで電子の授受を行わせることにより、生体外であってもPSIIおよびPSIを協働させ、NADからNADHを生成させる一連の還元反応を高効率で起こさせることができたと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】図1は、この発明の反応の1実施態様の反応式の概念図である。
【図2】図2は、この発明による一連の反応における酸化還元電位の変化を示す概念図である。
【図3】図3は、種々の電子伝達メディエーターの存在下又は不存在下でのPSIIからの電子受容性を最大酸素発生速度によって示すグラフである。
【図4】図4は、この発明における特定の電子伝達メディエーターの存在下でのPSIIからPSIへの電子供与性を酸素濃度の経時変化によって示すグラフである。
【図5】図5は、各例で用いた電子の受容および供与の程度について酸素電極による酸素発生および吸収量を測定して評価するために用いた測定装置の概略図である。
【図6】図6は、酸素発生量から最大酸素発生速度を求めるための1例を示すグラフである。
【図7】図7は、実施例1〜2および比較例1のNADH生成量の経時変化を比較したグラフである。
【図8】図8は、実施例3〜4のNADH生成量の経時変化を示すグラフである。
【図9】図9は、実施例5のNADH生成量の経時変化を示すグラフである。
【図10】図10は、実施例6のNADH生成量の経時変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光合成タンパク質複合体であるPSIIおよびPSI、フェニル−p−ベンゾキノン、水および酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(以下、NADと略記することもある。)を含む光反応性溶液に光エネルギーを与えて酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを還元する還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの製造方法。
【請求項2】
光合成タンパク質複合体であるPSIIおよびPSI、2,6−ジクロロインドフェノール、水および酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを含む光反応性溶液に光エネルギーを与えて酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを還元する還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの製造方法。
【請求項3】
PSIIおよびPSIおよびフェニル−p−ベンゾキノン又は2,6−ジクロロインドフェノール(以下、Medと略記することもある。)の割合が、100mM(モル)のNADに対して、100〜10000μgChl(クロロフィル )のPSIIおよび100〜20000μgChlのPSIおよび200〜100000μMのMedである請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
PSIIに対するPSIとの割合[PSI/PSII(μgChl比)]が1:10〜10:1である請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
光反応性溶液が、水溶液である請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
光反応性溶液の温度が、0℃〜35℃である請求項1〜5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
光合成タンパク質複合体であるPSIIおよびPSI、フェニル−p−ベンゾキノン、水および酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを含む光反応性溶液。
【請求項8】
光合成タンパク質複合体であるPSIIおよびPSI、2,6−ジクロロインドフェノール、水および酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを含む光反応性溶液。
【請求項9】
PSIIおよびPSIおよびMedの割合が、100mM(モル)のNADに対して、100〜10000μgChl(クロロフィル )のPSIIおよび100〜20000μgChlのPSIおよび200〜100000μMのMedである請求項7又は8に記載の光反応性溶液。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2010−70476(P2010−70476A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−238468(P2008−238468)
【出願日】平成20年9月17日(2008.9.17)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】