説明

酵母の還元反応を用いたL−タリトールの製造方法

【課題】 環境にやさしい生化学的手法により、目的とするL-タリトールを高純度、高収率で製造すること。
【解決手段】 L-プシコースからL-タリトール生産能を有するメチニコビア・コレンシス(Metschnikowia koreensis)LA1(NITE P-19)。原料であるL-プシコースに微生物を接触させてL-タリトールに転換するL-タリトールの製造方法において、該微生物としてL-プシコースをL-タリトールに転換する能力を有するメチニコビア属に属する酵母を用いることを特徴とする。上記微生物との接触が、上記微生物を培養して得られた菌体に原料であるL-プシコースを添加してインキュベーションすることにより行なう。L-プシコースを含有する水溶液の形で、原料であるL-プシコースに微生物を接触させる。上記のメチニコビア属に属する酵母が、メチニコビア・コレンシス(Metschnikowia koreensis)であることを特徴とする。生産したL-タリトールを回収することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、L-タリトールの製造方法に関するものであり、更に詳細には、L-プシコースからL-タリトール生産能を有する酵母を用いて、L-プシコースからL-タリトールを製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
L-タリトールは、糖アルコールに分類される単糖類で、自然界には殆ど存在しない希少糖アルコールである。その製造方法としては、原理的には、有機化学的手法によりL-タロース,L-アルトロース等の単糖類を金属触媒の下、高温高圧化で水素を用いて還元して製造することが可能である。しかし、この方法はL-タリトールを高収率で製造できるものの、高圧オートクレーブを必要とし、多量の水素やエネルギーを消費するのみならず、防災上からも高度な安全施設や管理を必要とする欠点がある。また、実際には、原料となるL-タロース,L-アルトロース等を得ることは極めて困難である。
【0003】
第二の方法は、本発明者等が特許文献1、特許文献2、特許文献3等に記載しているケトース3−エピメラーゼ等を用いる酵素反応、およびポリオール脱水素酵素を用いる酵素反応により得られるL-プシコースを,上述の有機化学的手法により製造することが可能である。しかし、L-プシコースを、水素を用いて還元した場合、得られる糖アルコールはL-タリトールとアリトールの混合物となり、収率の低下、製分離をしなければならない等の欠点がある。
【特許文献1】特開平6−125776号公報
【特許文献2】特開平8−154696号公報
【特許文献3】特開平11−056583号公報
【0004】
第三の方法は、第二の方法と同様に、ケトース3−エピメラーゼ等を用いる酵素反応、およびポリオール脱水素酵素を用いる酵素反応により得られるL-タガトースからL-タリトールを高収率で製造することが可能である。しかし,使用する酵素の調製,ポリオール脱水素酵素や,本酵素と共役させる蟻酸脱水素酵素が高価である等の改善点を有する.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、生化学工業が急速に発達し、糖質化学の分野において、従来、殆ど必要としなかった多種類の糖アルコールの需要が興りつつあり、新たな糖アルコールを容易に、安定して製造する方法の確立が望まれている。本発明は、環境にやさしい生化学的手法により、目的とするL-タリトールを高純度、高収率で製造する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、上記課題を解決するために、L-タリトールを生化学的手法による大量、安価に製造することを目的に鋭意研究した。その結果、メチニコビア属に属し、L-プシコースからL-タリトール生産能を有する酵母が、水溶液中のL-プシコースを容易にL-タリトールに変換することを見出し、これを採取することにより、L-タリトールが高収率で製造されることを確認して、本発明を完成した。本発明は、L-タリトールの製造方法に関するものであり、更に詳細には、メチニコビア属に属し、L-プシコースからL-タリトール生産能を有する酵母を用いて、L-プシコースからL-タリトールを製造する方法に関するものである。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の(1)の微生物を要旨としている。
(1)L-プシコースからL-タリトール生産能を有するメチニコビア・コレンシス(Metschnikowia koreensis)LA1(NITE P-20)。
【0008】
また、本発明は、以下の(2)〜(7)のL-タリトールの製造方法を要旨としている。
(2)原料であるL-プシコースに微生物を接触させてL-タリトールに転換するL-タリトールの製造方法において、該微生物としてL-プシコースをL-タリトールに転換する能力を有するメチニコビア属に属する酵母を用いることを特徴とするL-タリトールの製造方法。
(3)上記微生物との接触が、上記微生物の菌体培養系に原料であるL-プシコースを添加して培養することにより行なう(2)のL-タリトールの製造方法。
(4)上記微生物との接触が、上記微生物を培養して得られた菌体に原料であるL-プシコースを添加してインキュベーションすることにより行なう(1)のL-タリトールの製造方法。
(5)L-プシコースを含有する水溶液の形で、原料であるL-プシコースに微生物を接触させる(3)または(4)のL-タリトールの製造方法。
(6)上記のメチニコビア属に属する酵母が、メチニコビア・コレンシス(Metschnikowia koreensis)であることを特徴とする(2)ないし(5)のいずれかのL-タリトールの製造方法。
(7)生産したL-タリトールを回収することを特徴とする(2)ないし(6)のいずれかのL-タリトールの製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、従来得ることの極めて困難であったL-タリトールを、生化学的方法によって容易に製造する方法を確立するものである。メチニコビア属に属する酵母を用いてL-プシコースを原料としてL-タリトールを生産できる、工業的製造法にとって有利であるL-タリトールの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明において、L-プシコースからL-タリトールを製造するのに使用される酵母はメチニコビア属に属し、L-プシコースからL-タリトール生産能を有する酵母である。
本発明でいう、メチニコビア属に属し、L-プシコースからL-タリトール生産能を有する酵母は、L-プシコースを含有する水溶液に接触し、L-プシコースからL-タリトールを生産し得る微生物であればよく、例えば、メチニコビア・コレンシス、または、この変異株などの酵母が好適であり、通常これら酵母を栄養培地で培養し、望ましくは、振トウ、通気攪拌などの好機的条件下で培養し、培養中に、または得られた生菌体を用いて、水溶液中のL-プシコースをL-タリトールに変換させ、生成するL-タリトールを採取すればよい。
実施例で用いた微生物は、L-プシコースからL-タリトール生産能を有するメチニコビア・コレンシス(Metschnikowia koreensis)LA1である。
【0011】
Metschenikowia koreensis LA1は、YM液体培地での栄養細胞の形態は楕円形または円筒形で,大きさは(3-6×4-7μm),皮膜の形成なし.
YM寒天培地でのコロニーの色調は白からクリーム色,性状はバター状.コロニー表面は粗面,光沢は鈍光.
コーンミール培地を用いたDalumau plate培養での偽菌糸形成は認められない.
1/10V8寒天培地上で形成した子嚢中の胞子数は2個.
発酵性はD-グルコース:+,D-ガラクトース,スクロース,マルト−ス,ラフィノース,トレハロース:−
資化性はD-グルコース:+,ガラクトース:+,L-ソルボース:+,スクロース:+,マルト−ス:+,セロビオース:プラス,トレハロース:+,ラクト−ス:−,メリビオース:−,ラフィノース:−,メレジトース:+,イヌリン:−,可溶性デンプン:+,D-キシロース:+,L-アラビノース:−,D-アラビノース:+,D-リボース:+,L-ラムノース:−,エタノール:+,グリセロール:+,エリスリトール:−,リビトール:+,マンニトール:+,ソルビトール:+,サリシン:+,乳酸:−,クエン酸:−,イノシトール:−
硝酸資化性:−,ビタミンフリー培地での増殖:−,37℃での増殖:−,DBB反応:−,ウレアーゼ試験:+
【0012】
上記菌株は、Cletus P. Kurtman and Christie J. Robnett, Identification and
phylogeny of ascomycetous yeasts from analysis of nuclear large subunit(26S)
ribosomal DNA partial sequences. Antonie van Leeuwenhoek 73,
331-371, 1998に準じて26SrDNAのD1/D2ドメインの部分塩基配列を測定し,National Center of Biotechnology Information のNCBI-BLASTを用い,塩基配列の相同性より最終的な菌株の種の決定を行なっている。
【0013】
メチニコビア・コレンシス に属する菌株は、このたび特許出願するに際し、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に2004年9月6日に国内寄託している(NITE P-19)。
【0014】
培養方法としては、メチニコビア属に属する酵母が必要とする栄養源、例えば、炭素源、窒素源、無機塩などを含有する栄養培地、望ましくは、微酸性乃至中性の液体培地に、L-プシコースからL-タリトール生産能を有する酵母を植菌し、温度約30℃で48時間乃至60時間、好気的条件下で培養すればよい。とりわけ、炭素源として炭素源としてL-アラビトールが最適であり,その他,L-アラビノース,D-キシロース,エリスリトールなども炭素源として好適である.炭素源とともに他の各種栄養源を含有する液体培地で好気的に培養するのが望ましい。
【0015】
前述のような培養方法によって得られた生菌体を、L-プシコースを含有する水溶液と接触、望ましくは、振トウ、通気攪拌、酸素の圧入などの好気的条件下で接触させ、その糖質を、L-タリトールに変換させることができる。この変換に際して,反応液中にD-ソルビトール,グリセロール等を共存させることにより,L-プシコースからL-タリトールへの変換速度が速くなり好都合である.
【0016】
この変換に用いられる酵母は、培養液中のそれを利用することも、また、培養液から分離された生菌体を利用することも随意である。
【0017】
以上述べた各種の方法により生成、蓄積したL-タリトールを含有する水溶液は、適当な分離方法、例えば、遠心分離、濾過などの方法によって菌体など不溶物と分離され、採取される。
【0018】
得られたL-タリトール水溶液は、必要により、例えば、硫安塩析、水酸化亜鉛吸着などによる除蛋白、活性炭吸着による脱色、H型、CO型イオン交換樹脂による脱塩などの方法により生成し、濃縮してシロップ状のL-タリトール製品を採取することができる。更にイオン交換樹脂を用いるカラムクロマトグラフィーで分画、精製、濃縮することにより結晶化することができ、99%以上の高純度の結晶表品も容易に得ることができる。
【0019】
このようにして製造されるL-タリトールは,通常,原料のL-プシコースに対し70w/w%以上の高収率で得られ,大量,安価に供給する工業的製造方法として好適である.
【0020】
したがって、L-タリトールは、試薬用途のみならず、食品工業、医薬品工業、化学工業などの工業用途にその原料、中間体などとして有効に利用できる。
【実施例1】
【0021】
カザミノ酸0.4w/v%,酵母エキス0.1w/v%,リン酸一カリウム0.1w/v%,硫酸マグネシウム・7水塩0.05w/v%,炭酸カルシウム・2水塩0.01w/v%,L-アラビノース1.0w/v%および脱イオン水からなる培養液100mlを500ml容振トウフラスコ6本にとり,121℃,15分間オートクレーブした後,放冷した.これに同培地にて,48時間,あらかじめ培養したメチニコビア・プルランスLA1の培養液を0.1v/v%植菌し,30℃で48時間振トウ培養した.
【0022】
培養後,遠心分離により集菌し,得られた生菌体をL-プシコース0.5w/v%,D-ソルビトール1w/v%を含有する0.05M PIPES緩衝液(pH7.0)100mlに加え混合し,これを50mlずつ,500m容振トウフラスコ2本にとり,30℃,24時間振トウし,L-プシコースをL-タリトールに変換させた.24時間後,遠心分離して菌体を除去した.
【0023】
得られた上清液に25w/v%硫酸亜鉛を1/10容加え,pH7.6に調整し,遠心分離して上清液を採取した.この上清液を,定法に従って,活性炭を用いて脱色し,次いで『ダイアイオンSK1B』(H型,三菱化成工業株式会社製造の商品名)および『アンバーライトIRA611』(CO型,オルガノ株式会社製造の商品名)を用いて脱塩し,減圧濃縮して,濃度約60%の透明なシラップを得た.
【0024】
『ダウエックス50WX2』(Ca型カチオン交換樹脂,ダウケミカル社製造の商品名)を用いるカラムクロマトグラフィーによりL-タリトール高含有画分を採取し,これを生成,濃縮し,L-タリトールを結晶化させ,分蜜して結晶L-タリトールを採取した.結晶L-タリトールのL-プシコースに対する収率は,固形物当たり約50%であった.
【0025】
このようにして得られた製品を同定するために,実験により理化学的性質を調べ,その性質を,『ジャーナル・オブ・ファーメンテーション・アンド・バイオエンジニアリング』,第85巻,84頁乃至88頁(1998年)に記載された方法により,D-プシコースから調製されたD-タリトールを標準物質として,その測定値と比較した.
【0026】
(1)高速液体クロマトグラフィーによる分析
本製品を高速液体クロマトグラフィー(日立製作所LaChrom:カラム,日立製作所GL−C611;溶離液,10―4M水酸化ナトリウム,60℃;流速,1ml/min;検出,日立製作所L-3350)で分析したところ,その溶出位置は,標準物質としてのD-タリトールと同一の21.6分であった.また本製品の融点は88.0℃とD-タリトールと一致した.
【0027】
(2)比旋光度
本製品の測定値[α]D=−3.20°
標準試薬のD-タリトールの測定値[α]D=+3.20°
【0028】
(3)赤外吸収スペクトル
KBr錠剤法で測定した本製品の赤外吸収スペクトルを図1に示した.このスペクトルは,図2に示した標準のD-ソルビトールの赤外吸収スペクトルとよく一致した.
【0029】
(4)13C-NMRの測定
本製品の13C-NMRの測定を『バイオケミストリー(Biochemistry)』,第13巻,第146乃至153頁(1974年)に記載している方法に準じて行なったところ,その化学シフトは表1に示すごとく,標準のD-タリトールによく一致した.
【0030】
【表1】

【0031】
以上の結果から明らかなように,本製品が,高速液体クロマトグラフィー,融点,赤外線吸収スペクトル,13C-NMRの測定結果については,標準のD-タリトールの値とよく一致し,比旋光度については,標準のD-タリトールと本製品の値は一致したが,+,−が逆であり,本発明で得られた製品はL-タリトールであると判断される.本製品は希少糖類として試薬用途のみならず,食品工業,医薬品,化学工業などの原料,中間体などとしても利用できる.
【実施例2】
【0032】
実施例1と同組成の培養液を用い,同様の方法で菌体を培養し,次いで遠心分離し,菌体を採取した.得られた生菌体をL-プシコース3w/v%,D-ソルビトール1w/v%を含有する0.05M PIPES緩衝液(pH7.0)50mlに加え混合し,これを500m容振トウフラスコにとり,30℃,48時間振トウし,L-プシコースをL-タリトールに変換させた.変換反応中,共存させたD-ソルビトールは,12時間毎に反応液濃度が1w/v%となるよう注加した.72時間後,遠心分離して菌体を除去し,実施例1と同様に,定法に従って,活性炭で脱色,イオン交換樹脂で脱塩し,濃縮した.L-タリトール含有率75%,濃度約70%の透明なシラップを,原料に対して,固形物当たり約67%の収率で得た.
【0033】
本製品は,食品工業,医薬品工業,化学工業などの原料,中間体などとして有利に利用できる.
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は,従来得ることの極めて困難であったL-タリトールを,生化学的方法によって容易に製造する方法を確立するものである.特に,メチニコビア属に属する微生物を用いてL-プシコースを原料としてL-タリトールを生産できることを見いだしたことは,L-タリトールの製造法にとって,極めて有利である.
すなわち,原料となるL-プシコースは,本発明者等が特開平6−125776号広報,特開平8−154696号広報等に記載しているケトース3−エピメラーゼ等を用いる酵素反応,および特開平11−056583号に記載しているポリオール脱水素酵素を用いる酵素反応により,D-フルクトースを出発原料に,D-プシコースを経て,アリトールから,生化学的方法によって大量生産が可能になったケトヘキソースであるためL-タリトールの大量生産が可能となった.従って,本発明の方法は,L-タリトールの工業的製造法として好適であり,大量,安価な供給を容易にし,希少糖類としての試薬用途のみならず,従来予想すらできなかった食品工業,医薬品工業,化学工業など広範な工業用途への利用の道を拓くものである.
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】生産物のIRスペクトル
【図2】D-タリトールのIRスペクトル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
L-プシコースからL-タリトール生産能を有するメチニコビア・コレンシス(Metschnikowia koreensis)LA1(NITE P-19)。
【請求項2】
原料であるL-プシコースに微生物を接触させてL-タリトールに転換するL-タリトールの製造方法において、該微生物としてL-プシコースをL-タリトールに転換する能力を有するメチニコビア属に属する酵母を用いることを特徴とするL-タリトールの製造方法。
【請求項3】
上記微生物との接触が、上記微生物の菌体培養系に原料であるL-プシコースを添加して培養することにより行なう請求項2のL-タリトールの製造方法。
【請求項4】
上記微生物との接触が、上記微生物を培養して得られた菌体に原料であるL-プシコースを添加してインキュベーションすることにより行なう請求項1のL-タリトールの製造方法。
【請求項5】
L-プシコースを含有する水溶液の形で、原料であるL-プシコースに微生物を接触させる請求項3または4のL-タリトールの製造方法。
【請求項6】
上記のメチニコビア属に属する酵母が、メチニコビア・コレンシス(Metschnikowia koreensis)であることを特徴とする請求項2ないし5のいずれかのL-タリトールの製造方法。
【請求項7】
生産したL-タリトールを回収することを特徴とする請求項2ないし6のいずれかのL-タリトールの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−166730(P2006−166730A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−360233(P2004−360233)
【出願日】平成16年12月13日(2004.12.13)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【出願人】(592167411)香川県 (40)
【Fターム(参考)】