説明

酵母数測定方法

【課題】酵母とSS分を含有する溶液の酵母数を迅速かつ精確に測定することが可能な酵母数測定方法を提供する。
【解決手段】酵母に引力が作用すると共に、SS分に斥力が作用する周波数をシミュレーション等により予め選定しておく。測定装置20の電極部21にサンプルを置き、選定した周波数を有する交流電圧を電極部21に印加することにより、櫛歯状電極22、23の針状部22a、23aに酵母のみを集積させる。電極部21のインピーダンスがインピーダンス測定部24により測定され、測定されたサンプルのインピーダンスから検量線に基づいて酵母数を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母とSS分を含有する溶液の酵母数を誘電泳動インピーダンス計測法を用いて測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酵母は酸素が無いところで、糖を用いてアルコール発酵する微生物である。その活用範囲は、燃料としてのエタノール(バイオエタノール)の生産やアルコール飲料、パン等の食品生産など多岐に亘っている。
アルコール発酵の活性度は酵母の繁殖度合、具体的には溶液中に所定数以上の酵母が存在するかどうかによって決定される。
【0003】
従来、溶液中の酵母数を測定する場合、サンプルを10倍、10倍、・・・と段階的に希釈し、得られた希釈液の一定量を寒天平板培地上に接種塗沫して23〜25℃で1日間程度培養した後、この寒天平板上に出現したコロニー数に希釈倍率を乗じて酵母数を求めていた。
しかし、従来の酵母数測定方法では、増菌培養によるコロニーの成長が必要なため、測定に長時間を要するという問題があった。
【0004】
他方、特許文献1では、複数の電極を備えた測定セル内に微生物含有の液体を導入し、前記電極間に交流電圧を印加して前記測定セル内の微生物に誘電泳動力を及ぼして電界集中部に集め、前記電極間でインピーダンス又は電気伝導率を測定して微生物数を算出する微生物数測定装置及び微生物数測定方法の発明が開示されている。そして、この発明によれば、薬剤や特別な装置を必要とすることなく、高感度で、電気伝導率の高い試料であっても迅速に自動で微生物数を測定できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−189150号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1と同様、溶液中の酵母数を測定する場合も誘電泳動インピーダンス計測法(DEPIM)を適用することができるが、例えばアルコール発酵のように溶液が清澄でなくSS分(浮遊物質)を含んでいる場合、即ち酵母とSS分を含有する溶液の場合、SS分も酵母と同様の挙動を示すため、酵母数を精確に測定することができない。具体的には、酵母とSS分が同じ電極に集まるため、溶液中の酵母数を測定することができない。さらに、酵母とSS分の大きさがほぼ等しいため、フィルターを用いて酵母とSS分を分離することも難しい。
【0007】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、酵母とSS分を含有する溶液中の酵母数を迅速かつ精確に測定することが可能な酵母数測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
誘電泳動は、不均一な交流電場中におかれた粒子に作用する誘電泳動力によって、粒子が強電場側あるいは弱電場側に泳動する現象である。
本発明者等は、電極間に印加する交流電圧の周波数を変化させていくと、特定の周波数帯域において酵母とSS分が異なる挙動を示すことを発見した。本発明では、この特性を利用して、酵母とSS分を分離し、誘電泳動インピーダンス計測法により酵母数を測定する。
【0009】
即ち、本発明は、酵母と浮遊物質であるSS分を含有する溶液の酵母数を誘電泳動インピーダンス計測法を用いて測定する方法であって、誘電泳動力として、前記酵母に引力が作用すると共に前記SS分に斥力が作用する周波数を選定することにより、前記溶液中の前記酵母数を測定することを特徴としている。
ここで、「引力」は、後述する正の誘電泳動力、「斥力」は、後述する負の誘電泳動力のことである。また、SS分(Suspended Solid)は、溶液中に浮遊する不溶解性固体の微粒子のことであり、浮遊物質あるいは懸濁物質と呼ばれることもある。
【0010】
一般に、酵母の誘電率と導電率(電気伝導率)に比べて、SS分の誘電率と導電率は小さい。特に、SS分の導電率は酵母の導電率に比べて、際だって小さい。本発明は、酵母とSS分の導電率の違いを利用して、誘電泳動力として酵母に引力が作用し、SS分に斥力が作用する周波数を選定することにより、一方の電極(強電場側の電極)に酵母のみ集中させて誘電泳動インピーダンス計測法により溶液中の酵母数を測定するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る酵母数測定方法では、誘電泳動力として酵母に引力が作用し、SS分に斥力が作用する周波数を選定することにより、一方の電極に酵母のみ集中させて誘電泳動インピーダンス計測法により溶液中の酵母数を測定するので、酵母とSS分を含有する溶液の酵母数を迅速かつ精確に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】誘電泳動を説明するための模式図であり、(A)は正の誘電泳動、(B)は負の誘電泳動を示している。
【図2】本発明の一実施の形態に係る酵母数測定方法に使用される測定装置の模式図である。
【図3】電極に印加される交流電圧の周波数と酵母及びSS分の挙動との相関性を示したグラフである。
【図4】電極に印加される交流電圧の周波数と酵母及びSS分の挙動との相関性を示したグラフである。
【図5】電極に印加される交流電圧の周波数と酵母及びSS分の挙動との相関性を示したグラフである。
【図6】酵母のみを含有する滅菌水に対して交流電圧を印加したときのインピーダンスの時間変化を示したグラフであり、(A)は交流電圧の周波数が50kHzの場合、(B)は交流電圧の周波数が100kHzの場合、(C)は交流電圧の周波数が500kHzの場合である。
【図7】SS分のみを含有するミカンの脱汁液に対して交流電圧を印加したときのインピーダンスの時間変化を示したグラフであり、(A)は交流電圧の周波数が50kHzの場合、(B)は交流電圧の周波数が100kHzの場合、(C)は交流電圧の周波数が500kHzの場合である。
【図8】酵母のみを含有する滅菌水に対して交流電圧を印加したときのインピーダンスの時間変化を示したグラフであり、(A)は交流電圧の周波数が100kHzの場合、(B)は交流電圧の周波数が200kHzの場合である。
【図9】酵母のみを含有する滅菌水に対して交流電圧を印加したときのインピーダンスの時間変化を示したグラフであり、(A)は交流電圧の周波数が300kHzの場合、(B)は交流電圧の周波数が400kHzの場合である。
【図10】SS分のみを含有するミカンの脱汁液に対して交流電圧を印加したときのインピーダンスの時間変化を示したグラフであり、(A)は交流電圧の周波数が100kHzの場合、(B)は交流電圧の周波数が200kHzの場合である。
【図11】SS分のみを含有するミカンの脱汁液に対して交流電圧を印加したときのインピーダンスの時間変化を示したグラフであり、(A)は交流電圧の周波数が300kHzの場合、(B)は交流電圧の周波数が400kHzの場合である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
続いて、添付した図面を参照しつつ、本発明を具体化した実施の形態に付き説明し、本発明の理解に供する。
【0014】
先ず、本発明の一実施の形態に係る酵母数測定方法において重要となる誘電泳動について説明する。誘電泳動は、不均一な交流電場中において電場により分極した粒子に誘電泳動力が発生し、誘電泳動力によって粒子が強電場側あるいは弱電場側に泳動する現象である。
【0015】
図1は誘電泳動現象を示す模式図である。不均一な交流電場を作り出すため、一方の電極を針状電極10、11とし、他方の電極を平板状電極12としている。針状電極10、11と平板状電極12の間は、粒子13を含有する溶液で満たされている。
ここで、針状電極10、11と平板状電極12の間に交流電圧を印加すると、破線で示される電気力線14が発生する。針状電極10、11の近傍は電気力線14が密になっており電場強度が強い。一方、平板状電極12の近傍は電気力線14が疎になっており電場強度が弱い。図1(A)のように、電場強度の強い方向に向かう誘電泳動力15が粒子13に発生する場合を正の誘電泳動、図1(B)のように、電場強度の弱い方向に向かう誘電泳動力16が粒子13に発生する場合を負の誘電泳動と呼んでいる。
【0016】
誘電泳動力をF、電界強度をEとすると、誘電泳動力Fは(1)式で表される。(1)式中のKはCM因子(Clausius−Mossotti因子)と呼ばれ、分極の程度を表す。誘電泳動力の方向はCM因子に依存する。CM因子の実部、則ちRe[K]が正の場合、誘電泳動力は正(引力)となり、電場強度の強いほうに粒子を誘導する正の誘電泳動となる。一方、CM因子の実部が負の場合、誘電泳動力は負(斥力)となり、電場強度の弱いほうに粒子を誘導する負の誘電泳動となる。
【0017】
【数1】

【0018】
続いて、誘電泳動インピーダンス計測法(以下では、「DEPIM」と呼ぶ。)について説明する。
溶液中の酵母(粒子)は固有の電気インピーダンスを有しているため、酵母が電極に集中すると、酵母数に応じて電極間のインピーダンスが変化する。DEPIMでは、インピーダンスと酵母数との関係を表す検量線を予め求めておく。そして、対象とするサンプルについて電極間のインピーダンスを測定し、検量線に基づいて酵母数を算出する。
【0019】
図2に、サンプルのインピーダンス測定に使用される測定装置の一例を示す。測定装置20は、酵母とSS分を分離する電極部21と、電極部21に交流電圧を印加する交流電源25と、電極部21のインピーダンスを測定するインピーダンス測定部24とを備えている。
【0020】
電極部21は、一対の櫛歯状電極22、23を有し、櫛歯状電極22の針状部22aと櫛歯状電極23の針状部23aとがサンドイッチ状に交差している。電極部21に交流電圧が印加されると、櫛歯状電極22の針状部22aと櫛歯状電極23の平板部23bとの間、及び櫛歯状電極23の針状部23aと櫛歯状電極22の平板部22bとの間に不均一な交流電場が発生する。電極部21では、針状部22a、23aが強電場側、平板部22b、23bが弱電場側の電極となる。
【0021】
次に、本発明の一実施の形態に係る酵母数測定方法について説明する。
本実施の形態に係る酵母数測定方法では、誘電泳動力として酵母(粒子)に引力(正の誘電泳動力)が作用すると共に、SS分(粒子)に斥力(負の誘電泳動力)が作用する周波数を選定することにより、針状部22a、23aに酵母のみを集中させて誘電泳動インピーダンス計測法により、酵母とSS分を含有する溶液中の酵母数を測定する。
【0022】
(1)先ず、酵母に引力が作用すると共に、SS分に斥力が作用する周波数を(1)式を用いて選定する。
(2)測定装置20の電極部21にサンプルを置き、酵母に引力が作用すると共に、SS分に斥力が作用する周波数を有する交流電圧を電極部21に印加する。これにより、櫛歯状電極22、23の針状部22a、23aに酵母のみ集積する。
(3)電極部21のインピーダンスがインピーダンス測定部24により測定される。
(5)測定されたサンプルのインピーダンスから検量線に基づいて酵母数を算出する。
【0023】
なお、培養法等により酵母数が明らかになっている複数のサンプルのインピーダンスを上記方法により測定し、酵母数とインピーダンスとの相関関係を検量線として予め求めておく必要がある。
【0024】
図3〜図5は、酵母とSS分を含有する溶液について、電極に印加する交流電圧の周波数を徐々に変化させていったとき、酵母とSS分がどのような挙動を示すか(1)式を用いて検証した結果を示している。印加する交流電圧の周波数を横軸、CM因子の実部Re[K]を縦軸としている。各シミュレーションに使用した溶媒、酵母、及びSS分の誘電率及び導電率は表1の通りである。
【0025】
【表1】

【0026】
酵母とSS分の導電率が同じで、SS分の誘電率を酵母の誘電率の1/10とした図3のケースでは、酵母とSS分は同様の挙動を示した。即ち、印加する周波数が同じ場合、酵母とSS分には同じ向きの誘電泳動力が作用した。一方、酵母とSS分の誘電率が同じで、SS分の導電率を酵母の導電率に比べて非常に小さい5.00E−04(S/m)とした図4のケースでは、酵母に引力(Re[K]が正)、SS分に斥力(Re[K]が負)が作用する周波数帯域が存在した。また、SS分の誘電率を酵母の誘電率の1/10、SS分の導電率を5.00E−04(S/m)とした図5のケースも、図4のケースとほぼ同様の結果であった。
上記シミュレーション結果より、酵母に引力が作用すると共にSS分に斥力が作用する周波数を選定することが可能であることがわかる。
【0027】
一例を挙げると、ミカンの脱汁液をエタノール発酵(アルコール発酵)させてエタノールを製造する場合、酵母と同様、脱汁液中のSS分も誘電体であるため、SS分にも誘電泳動力が作用する。しかし、酵母がタンパク質、SS分がセルロースであることから、SS分の導電率は酵母に比べて非常に小さい。従って、酵母に引力が作用すると共にSS分に斥力が作用する周波数が存在し、本実施の形態に係る酵母数測定方法により、脱汁液中の酵母数を迅速かつ精確に測定することができる。
【0028】
酵母のみを含有する滅菌水に対して、50、100、500kHzの交流電圧をそれぞれ印加したときのインピーダンスZ(Ω)の時間変化を図6(A)、(B)、(C)に、SS分のみを含有するミカンの脱汁液に対して同様の交流電圧をそれぞれ印加したときのインピーダンスZ(Ω)の時間変化を図7(A)、(B)、(C)にそれぞれ示す。ここで、W0は酵母数を0(cfu/ml)、W1は酵母数を10(cfu/ml)、W2は酵母数を10(cfu/ml)、W3は酵母数を10(cfu/ml)、W4は酵母数を10(cfu/ml)に調整したサンプルを示す。また、S0は水のみのサンプル、S1は原液を10倍に希釈したサンプル、S2は原液を10倍に希釈したサンプル、S3は原液を10倍に希釈したサンプル、S4は原液を10倍に希釈したサンプルである。
【0029】
これらの図において時間の経過と共にインピーダンスZ(Ω)が低下しているのは、酵母あるいはSS分が電極に集まってきているためである。50、100kHzでは、酵母とSS分共にインピーダンスZ(Ω)が変化しているが、500kHzになると、SS分のインピーダンスZ(Ω)は殆ど変化が無く、酵母のインピーダンスZ(Ω)のみ変化している。従って、100〜500kHzの周波数帯域に、酵母とSS分を分離できる周波数が存在する可能性がある。
【0030】
そこで、交流電圧の周波数を100、200、300、400kHzとして同様の試験を実施した。酵母のみを含有する滅菌水に対して、100、200、300、400kHzの交流電圧をそれぞれ印加したときのインピーダンスZ(Ω)の時間変化を図8(A)、(B)、図9(A)、(B)に、SS分のみを含有するミカンの脱汁液に対して同様の交流電圧をそれぞれ印加したときのインピーダンスZ(Ω)の時間変化を図10(A)、(B)、図11(A)、(B)にそれぞれ示す。なお、W0〜W4は図6と、S0〜S4は図7とそれぞれ同様である。
【0031】
これらの図より、300、400kHzでは、SS分のインピーダンスZ(Ω)は殆ど変化が無く、酵母のインピーダンスZ(Ω)のみ変化していることがわかる。従って、300〜500kHzの周波数帯域に、酵母とSS分を分離できる周波数が存在すると考えられる。
【0032】
以上、本発明の一実施の形態について説明してきたが、本発明は何ら上記した実施の形態に記載の構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載されている事項の範囲内で考えられるその他の実施の形態や変形例も含むものである。例えば、上記実施の形態では、測定されたサンプルのインピーダンスから検量線に基づいて酵母数を算出するようにしたが、検量線が予め組み込まれた演算部を測定装置に設けておき、自動的に酵母数を算出するようにしても良い。
【符号の説明】
【0033】
10、11:針状電極、12:平板状電極、13:粒子、14:電気力線、15、16:誘電泳動力、20:測定装置、21:電極部、22、23:櫛歯状電極、22a、23a:針状部、22b、23b:平板部、24:インピーダンス測定部、25:交流電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母と浮遊物質であるSS分を含有する溶液中の酵母数を誘電泳動インピーダンス計測法を用いて測定する方法であって、
誘電泳動力として、前記酵母に引力が作用すると共に前記SS分に斥力が作用する周波数を選定することにより、前記溶液中の前記酵母数を測定することを特徴とする酵母数測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−205531(P2012−205531A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−73053(P2011−73053)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【出願人】(306022513)新日鉄エンジニアリング株式会社 (897)
【出願人】(000156581)日鉄環境エンジニアリング株式会社 (67)
【Fターム(参考)】