説明

酵素またはタンパク質を包埋させたマイクロカプセルの製造方法およびその利用方法

【課題】マイクロカプセルによる酵素安定化およびプロテインチップやバイオセンサーに用いるタンパク質を安定に固定化する方法の開発。
【解決手段】ウイルスのキャプシドタンパク質に目的のタンパク質を結合させ得られるマイクロカプセルは、目的タンパク質の安定化に寄与し、その結果、プロテインチップやバイオセンサー用チップ上の目的タンパク質を安定に保持すること。また、マイクロカプセル内の酵素と低分子化合物の反応による酵素反応を可能にしたり、一方で包埋された酵素を表出させることにより、酵素触媒反応を行うことも可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルスキャプシドタンパク質を利用し、ウイルスキャプシドタンパク質で構成されるマイクロカプセルに酵素やタンパク質を包埋させ基板上に安定に固定化する方法および、酵素やタンパク質を包埋させたマイクロカプセルを使用した酵素やタンパク質の間の相互作用や、酵素やタンパク質と他の低分子化合物との結合、さらにその結合を利用した生体分子に含まれる物質の検出方法に関する。これらの技術はプロテインチップやバイオセンサーに応用することができる。
【背景技術】
【0002】
ヒトを始めとする様々な生物種のゲノム解析プロジェクトが各国で展開されており、すでに多くの生物種のゲノム解読が終了している。中でもヒトの場合は約99%以上終了しており、人間の遺伝子はおよそ3万種類であることが判明した。一方でヒトの体を構成する細胞のタンパク質はおよそ10万種類あるのに対して、ヒトゲノムが3万種類の遺伝子から構成されているということはすなわち、一つの遺伝子が複数のタンパク質の発現・生産に関わっていることを意味している。このため研究の主流はゲノム研究からタンパク質の網羅的解析であるプロテオーム解析に転換しつつある。プロテオームとはゲノム情報の最終的な表現型であるタンパク質の全体を意味しており、現在ではプロテオームの大規模解析によりゲノム情報の機能的な側面を理解し、ゲノムと生命の関係を解き明かす発現・機能プロテオミクス解析研究が中心である。現在プロテオミクス研究のツールの一つとして、プロテインチップが開発されている。すなわち、タンパク質の機能解析・構造解析を実施し、タンパク質間相互作用のみならず、酵素反応を利用した基質の同定や薬剤のターゲットタンパク質・スクリーニングに使用されうる。しかし、現在のところ、このタンパク質の分離・同定には2次元電気泳動法などを中心に行われているが、機能解析や構造解析についてはほとんど進展しないのが現状である。この最大の原因はタンパク質が不安定な分子であると同時に、高次構造を有する複雑な分子であることに帰因している。すなわち、プロテインチップは、タンパク質を立体構造を保持し、その生物活性を維持したまま基板上に固定化しなければならないという大きな技術課題を克服する必要がある。
【0003】
また、プロテインチップ以外に主に酵素タンパク質を用いた、例えば血糖値を測定するようなバイオセンサーについてもチップにタンパク質を固定化する必要がある。現在主に市販化されているのは前述した血糖値センサーであり、これは乾燥状態においてもその酵素であるグルコースオキシダーゼがその立体構造を保持できており(特許文献1)、さらにカルボキシメチルセルロースのような水溶性高分子とともに基板上に固定化する(特許文献2)ことにより安定に保持することを可能にしている。しかし、一般に多くのタンパク質が高次構造を保持するのが困難であるため、他の酵素を使用したバイオセンサーは実用化に至っていない。
【特許文献1】特開平9-089163号公報
【特許文献2】特開2003-297623号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、遺伝子組換え技術を用いてウイルス、中でもヒトB型肝炎ウイルスのキャプシドタンパク質を合成し、適切な条件下得られるマイクロカプセルの内部に酵素やタンパク質を包埋させ、内部の酵素やタンパク質を安定に保持する技術を提供することを目的とする。また、本発明は、その内部に酵素やタンパク質を包埋させたマイクロカプセルを利用し、生体分子に含まれる物質の検出方法を提供すること、さらにハイスループットな低分子化合物およびタンパク質などのスクリーニングに適したプロテインチップや酵素やタンパク質を乾燥状態で安定に固定化したバイオセンサー用チップを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明はウイルスのキャプシドタンパク質が形成するマイクロカプセルの内部に酵素やタンパク質を包埋させる方法を提供する。マイクロカプセルの内部に酵素またはタンパク質を包埋させることで、安定に内部のタンパク質の活性を保持することができる。このようにして得られたマイクロカプセルに、生体分子を接触させることにより、マイクロカプセルに包埋させた酵素またはタンパク質を特異的に結合する化合物を検出することができる。
【0006】
本発明は分子間相互作用を検出するプロテインチップや、酵素反応の結果生じる電子の動きを電気化学的なシグナルに変換するバイオセンサーに応用できる。
【0007】
すなわちウイルスのキャプシドタンパク質が形成するマイクロカプセルの相互作用に影響を与えない空間に酵素やタンパク質を人工的に配置することを可能にし、ガラス基板などの固相に安定に酵素やタンパク質を固定化することによりプロテインチップなどとして利用可能なチップを得ることができる。
【0008】
本発明は以下を提供する。
【0009】
1.ウイルスキャプシドタンパク質と、酵素またはタンパク質を酸性溶液もしくは含塩溶液に溶解させ静置することを特徴とする酵素またはタンパク質をその内部に包埋させたマイクロカプセルの製造法。
【0010】
2.請求項1に記載の製造法により得られる酵素またはタンパク質をその内部に包埋させたマイクロカプセルに、界面活性剤またはアルカリ溶液と生体分子を含む溶液を接触させることにより、マイクロカプセルに包埋させた酵素またはタンパク質と特異的に結合するタンパク質、核酸、糖、脂質または低分子化合物を検出する方法。
【0011】
3.マイクロカプセルに包埋させた酵素またはタンパク質と特異的に結合するタンパク質、核酸、糖、脂質または低分子化合物を検出する際に、電気化学的なシグナルで検出することを特徴とする請求項2に記載のマイクロカプセルに包埋させた酵素またはタンパク質と特異的に結合するタンパク質、核酸、糖、脂質または低分子化合物を検出する方法。
【0012】
4.請求項1に記載の製造法により得られる酵素またはタンパク質をその内部に包埋させたマイクロカプセルを基板に固定化したチップ。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、酵素やタンパク質溶液内にウイルスのキャプシドタンパク質を加え、酸性または含塩溶液条件にすることによりその内部に酵素またはタンパク質を包埋しているマイクロカプセルを形成からなる。マイクロカプセル内の酵素やタンパク質は安定にその活性を保持することが可能になる。さらに、マイクロカプセルを固相に固定化する技術を提供することにより、従来その不安定性から展開の困難であったプロテインチップの作製を可能にするものである。すなわち、タンパク質間相互作用やタンパク質と他の分子との結合を解析することが可能なプロテインチップを提供することができる。また、従来は測定できなかった疾患関連物質の検出を、電気化学的なシグナルで検出するバイオセンサーを提供することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
(1.マイクロカプセルについて)
マイクロカプセルは、球体直径がおよそ数ミクロン(1ミクロン=1/1600ミリメートル)から1ミリメートル程度の球体の極めて微小な容器で、様々な手法によって作製されまる。マイクロカプセルにより、その内部に包埋させる物質を次のように取り扱うことが可能になる。
・ 見かけ上、固体として取り扱うことができる。(形態の改変)。
・ 他の物質との反応や混合を避けることができる(隔離効果)。
・ 保存期間を延ばすことができる(安定化効果)。
・ 不安定要素を安定化できる(保護効果)。
・ 放出を制御できる(放出制御)
【0015】
すなわち、中身をマイクロカプセル化することにより、内部に包埋させた物質を保護し、必要なときまで他の物質と反応しないように、あるいは混合しないように隔離させたり、あるいは、外部に放出する速度をコントロールすることが可能になる。
【0016】
(2.マイクロカプセルの選択)
本発明ではマイクロカプセルはウイルスキャプシドタンパク質で構成されているものを使用する。その由来は任意のウイルス由来であってよい。たとえば、微生物に感染するバクテリオファージ、動物ウイルス、植物ウイルス、無脊椎動物ウイルス、藻類ウイルスなど、広い範囲のウイルスを用いることができる。より好ましくは、球状ウイルス由来のキャプシドで、B型肝炎ウイルスのコアタンパク質、アデノウイルス、ポリオウイルスなどの動物ウイルス、φX174、MS2などのファージ、カリフラワーモザイクウイルス、トマトブッシースタントウイルス、イネわい化ウイルスなどの植物ウイルス、ガガンボイリデッセントウイルス、ブラックビートルウイルスなどの無脊椎動物ウイルス、ゾウリムシ共生藻ウイルスなどの藻類ウイルスのキャプシドを用いることができる。
【0017】
ウイルスキャプシドタンパク質は、内部に何も含まれない状態でも安定で強固な構造を取っていることが知られており、本発明では、その内部に酵素またはタンパク質を包埋させる。
【0018】
ウイルスキャプシドタンパク質は、そのアミノ酸およびそれをコードする核酸配列が既知で、かつ遺伝子工学的手法で作成可能である上、内部に分子を内包しうるため、本発明には好都合である。特に、B型肝炎ウイルスが属するヘパドナウイルス科ウイルスのキャプシドタンパク質は、大腸菌等を用いた遺伝子工学的手法で容易に作成、精製可能であり、内部に何も含まれない状態でも安定で強固な構造を取っているため、本発明のマイクロカプセルの作成には好都合である。
【0019】
包埋させる酵素やタンパク質の大きさ、形状に応じて適切なウイルスキャプシドタンパク質を選択することができる。マイクロカプセルの大きさはマイクロカプセルの結晶のX線結晶構造解析結果の原子座標により測定することができる。内包させた酵素・タンパク質分子全体の大きさ、形状は、電子顕微鏡、原子間力顕微鏡、X線小角散乱等を用いて測定することができる。たとえば、マイクロカプセルであるB型肝炎ウイルスのコアタンパク質(HBcAg)の内径、すなわち内側の半径はX線結晶構造解析の結果、約11.2nm、内側の表面積は約1576nm2であることが知られている(サマンサ・エー・ワイニー(Samantha A. Wynne et al.)モレキュラー・セル(Molecular Cell)、ザ・クリスタル・ストラクチャー・オブ・ザ・ヒューマン・ヘパタイテス・ビー・ビロス・キャプシド(The crystal structure of the human hepatitis B virus capsid.)、米国、1999年、第3巻、p.771-780、図1)。このマイクロカプセルは240個のキャプシドタンパク質で形成されているので、1分子あたりのマイクロカプセル内側の表面積は約6.6nm2である。従って、断面積が6.6nm2より小さい分子は、ウイルスキャプシドタンパク質に結合させて、包埋可能であると判断できる。また、分子の長さはマイクロカプセルの内径11.2nm以下である必要がある。すなわち、マイクロカプセルに対しては断面積6.6nm2以下、長さ11.2nm以下の分子を結合させることが好ましい。マイクロカプセル内部に分子が内包可能かどうかは、適切なコンピュータプログラムを用いてマイクロカプセルの原子座標を観察することにより判断することができる。より大きなタンパク質などを内包させる場合には、バクテリオファージφX174やライノウイルス等の表面積が大きなマイクロカプセルを用いることができる。非常に小さなタンパク質を解析する場合には、フィコシアニン等の円柱状のマイクロカプセルも用いることができる。
【0020】
ヘパドナウイルス科のウイルスの外殻は、脂質膜を含む外側のエンベロープと内側のコアの2重のキャプシドで構成されている。特に、内側のコアキャプシドは、安定なマイクロカプセルを形成することが知られているため、本発明で用いるマイクロカプセルとして好都合である。中でも、B型肝炎ウイルスのコアタンパク質(HBcAg)は、強制的にマイクロカプセルを形成させる条件が既知であり、その原子座標がPDBに登録され公開されているため、本発明で用いるマイクロカプセルとして用いるのに特に好都合である。例えば配列番号1に記載したDNAによりコードされるものが好ましい。なお、変異体タンパク質とは、タンパク質を構成しているアミノ酸の一部の配列を他のアミノ酸に置換したり、一部の配列を挿入、もしくは欠損させたものであって、B型肝炎ウイルスのコアタンパク質としての機能を保持したタンパク質をあらわす。同様に、核酸を構成している核酸塩基の一部の配列を他の核酸塩基に置換したり、一部の配列を挿入、もしくは欠損させた、核酸を「変異体(核酸)」と呼ぶ。
【0021】
(3.マイクロカプセルへの酵素またはタンパク質の包埋化)
本発明で用いられる「マイクロカプセルの内部」とは、マイクロカプセル内においてマイクロカプセルを構成するタンパク質間の相互作用に影響を与えない空間を意味する。また、マイクロカプセル内部にタンパク質が配置されている状態を「マイクロカプセルに包埋」されているという。たとえば、会合体としてフィコシアニン等の円筒状のマイクロカプセルを用いる場合には、結合させる分子は完全にマイクロカプセルに覆われている必要はなく、マイクロカプセル内においてウイルスキャプシドタンパク質間の相互作用に影響を与えない円筒の内側に存在すれば、結合させた分子は「マイクロカプセルの内部」にあり、「マイクロカプセルに包埋」されている状態である。また、本発明で用いられる「酵素またはタンパク質」とは、ウイルスキャプシドタンパク質内部に包埋されるものを表す。
【0022】
本発明のマイクロカプセル内部に酵素またはタンパク質を包埋させる方法では、ウイルスキャプシドタンパク質と酵素またはタンパク質を酸性溶液もしくは含塩溶液に溶解させ静置することが重要である。好ましくは、ウイルスキャプシドタンパク質のみから形成されるマイクロカプセルを低塩もしくはアルカリ条件下分解し、高濃度の酵素やタンパク質の溶液内に入れ、再び高塩条件下、低酸性条件下キャプシドタンパク質を再構成することにより、酵素やタンパク質を包埋化させたマイクロカプセルを得ることができる。ザ・エンボ・ジャーナル(the EMBO Journal vol21 No5 pp876-884 2002)のザ・モルフォジェニック・リンカーペプチド オブ エッチビーブイキャプシド プロテイン フォーム ア モビリティー アレイ オン ザ インテリアー サーフェイス(The morphogenic linker peptide of HBV capsid protein forms a mobile array on the interior surface)では、大腸菌で発現させたキャプシドタンパク質を100mM炭酸ナトリウム、2mMDTT(ジチオスレイトール)(pH9.5)のアルカリ条件下Sepharose4Bゲル濾過(アマシャム社製)により精製する。次に、0.1M HEPES(N−2−ヒドロキシエチル−ピペラジン−N−2−エタンスルホン酸)、0.4MNaCL、2mMDTT(ジチオスレイトール)、60mM塩化マグネシウム(pH5)の酸性条件下、21℃1時間処理することにより再度マイクロカプセルに再構成し、SepharoseCL-6Bゲル濾過(アマシャム社製)による精製を実施している。しかし、この文献では、酵素またはタンパク質を包埋させる方法については記載されていない。
【0023】
マイクロカプセルへの酵素またはタンパク質の包埋化方法は、マイクロカプセルを構成するキャプシドタンパク質と酵素またはタンパク質を混合し、酸性溶液または含塩溶液に溶解させ静置することにより可能になる。
【0024】
キャプシドタンパク質と酵素またはタンパク質の混合比は、タンパク濃度比で1:1〜1:1000で混合することが好ましいが、これは包埋化させる酵素またはタンパク質の性質により変動する。
【0025】
また、酸性溶液としては、pH3〜pH6の溶液が使用可能であり、具体的には、トリス緩衝液、リン酸緩衝液、HEPES(N−2−ヒドロキシエチル−ピペラジン−N−2−エタンスルホン酸)緩衝液などが使用できる。含塩溶液として使用できるのは、塩化ナトリウム、硫酸アンモニウム、塩化マグネシウムなどの塩が含まれる溶液であり、具体的には、50mMHEPES(N−2−ヒドロキシエチル−ピペラジン−N−2−エタンスルホン酸)緩衝液などが使用できる。このとき、塩の濃度は1Mから50mMが好ましい。
【0026】
次に、包埋させた酵素やタンパク質の確認についてであるが、包埋させた酵素やタンパク質の生理活性を検討する必要がある。この場合は、マイクロカプセルを壊す場合とそうでない場合がある。マイクロカプセルを壊す場合は、トリス緩衝液(pH9)などのアルカリ溶液または10%SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)などの界面活性剤を添加することにより可能である。その結果包埋されていた酵素やタンパク質が表出化するので、それら酵素やタンパク質に合わせた生理活性測定を行い、包埋化を確認することができる。一方、破壊する必要がない場合は、包埋させている酵素やタンパク質が緑色蛍光タンパク質のように可視的に確認できる場合や、マイクロカプセルを透過する低分子物質が包埋化された酵素やタンパク質が反応することによりそれらの生理活性を測定することが可能であるため、包埋化を確認できる。
【0027】
(4.キャプシドタンパク質の配列情報および遺伝子の入手)
キャプシドタンパク質の遺伝子、すなわちアミノ酸配列をコードするDNAは、ウイルスに感染した患者、動物、細胞、微生物からPCR法により単離することができる。例えば、B型肝炎ウイルスのコアタンパク質(HBcAg)の場合、慢性活動性B型肝炎感染患者の血清から抽出したcDNAライブラリーから、例えば文献(アントニー・トウズ他(Antoine Touze, et al.)、ジャーナル・オブ・クリニカル・マイクロバイオロジー(Journal of Clinical Microbiology)、バキュロビロス・エクスプレッション・オブ・キメリック・ヘパタイテス・ビー・ビロス・コア・パーティクルズ・ウイズ・ヘパタイテス・イー・ビロス・エピトープス・アンド・ゼア・ユース・イン・ア・ヘパタイテス・イー・イミュノアッセイ(Baculovirus Expression of Chimeric Hepatitis B Virus Core Particles with Hepatitis E Virus Epitopes and Their Use in a Hepatitis E Immunoassay)、米国、1999年、第37巻、p.438-441)記載のプライマーを用いて、PCR法により単離することができる。B型肝炎ウイルス以外のウイルスのキャプシドタンパク質遺伝子も同様の方法で単離することができる。単離に必要なプライマーは各ウイルスの遺伝子の配列情報を使って設計することができる。ウイルスのDNAおよびアミノ酸配列情報は例えばNCBIのゲノムデータベースに登録されており、インターネット上で公開されている。ウイルスキャプシド以外の遺伝子も同様の方法で入手可能である。例えば、実施例Xのフィコシアニン遺伝子はシアノバクテリアから抽出したcDNAライブラリーを用いてPCR法により単離できる。
【0028】
また、PCR法で単離できない場合、および人工的に設計した場合は、マイクロカプセルを形成するタンパク質のDNAもしくはアミノ酸配列情報に従って部分的に化学合成したDNAをDNAポリメラーゼ等を用いてつなぎ合わせることでその遺伝子を作成することができる。また、バクテリオファージの遺伝子はたとえば独立行政法人製品評価技術基盤機構・生物遺伝資源センター(NBRC)から有償で入手することができる。
【0029】
(5.目的となる酵素またはタンパク質の入手)
酵素またはタンパク質は、どのような手段で入手してもかまわない。通常次のいずれの方法を用いることで入手できる。化学合成、動植物や微生物などの酵素またはタンパク質を含む物質からの単離・抽出、またそれらをコードする遺伝子を用いたタンパク質発現である。酵素またはタンパク質をキャプシドタンパク質と融合させて生産する場合も同様である。酵素またはタンパク質の遺伝子もまたキャプシド遺伝子と同様の方法で入手可能である。
【0030】
(6.融合タンパク質を利用したマイクロカプセルへの酵素やタンパク質の包埋化)
マイクロカプセルへの酵素やタンパク質の包埋化は、定法の遺伝子組換え操作により作製することも可能である。すなわち、マイクロカプセルのキャプシドタンパク質と目的タンパク質との結合は、キャプシドタンパク質、目的タンパク質、それぞれを構成するタンパク質を融合させた融合タンパク質を慣用の遺伝子操作によって作成することで達成できる。本発明で用いられる「融合」とは、両タンパク質間をペプチド結合で結合させることを意味する。通常、タンパク質をコードしたDNAの前後または途中にタンパク質もしくはペプチドをコードするDNAを挿入し、そのDNAを用いて融合タンパク質を作製するが、他の方法、たとえば、化学合成によっても融合タンパク質は得られる。目的タンパク質をキャプシドタンパク質に融合させる部位は、マイクロカプセルの内側に露出しているアミノ酸の直前または直後であることが好ましい。
【0031】
融合による結合においては、遺伝子さえあれば容易に慣用の遺伝子操作によって解析目的分子を結合でき、遺伝子を組み込んだ発現ベクターは容易に増幅可能であり、何度でも再現性よく目的タンパク質が同一部位に融合したタンパク質を作成できる。そのため、結合部位を制御する必要が無く、後述の共有結合を形成させた結合に比べて、融合による結合は互いに同一の分子種及び同一の分子数かつ同じ立体構造を有したマイクロカプセルを作成するための有効な手段の一つである。
【0032】
(7.発現用ベクターの作成)
遺伝子、すなわちPCR産物もしくは化学合成DNAは精製後、適切な制限酵素を用いて、切り出し、発現用ベクターに組み込むことができる。PCR法の場合は、用いたプライマーに、化学合成の場合は合成するDNA配列に予め特定の制限酵素で切断される配列(制限酵素サイト)を組み込んでおけば、発現用ベクターの作成はより容易になる。発現用ベクターは発現用ベクターを組み込ませる予定の宿主の種類に応じて、宿主に適した発現用ベクターを用いることが好ましい。
【0033】
(8.マイクロカプセルの作成)
マイクロカプセルは、慣用のタンパク質生産のための遺伝子組換え体を用い、作成することができる。例えば、ウイルスキャプシドタンパク質の遺伝子を組み込んだ発現ベクターを大腸菌などの微生物、酵母、植物体あるいは植物細胞、動物細胞あるいはトランスジェニック動物、昆虫細胞あるいは昆虫などの宿主に感染またはリポソームなどとともに取り込ませて、形質転換して、タンパク質発現することが可能である。また、宿主を用いることなく、無細胞タンパク質発現系を用いて作成することもできる。無細胞タンパク質発現キットは、例えばロッシュリサーチ社から販売されており、タンパク質を簡便かつ短時間で作成することができ、有用な手段の一つである。
【0034】
また、マイクロカプセルはウイルスキャプシドタンパク質に比べ、大きくかつ高分子量である。この大きさおよび分子量の違いを利用して、例えば公知の精製法であるゲルクロマトグラフィー等の分子ふるいや遠心操作でマイクロカプセルを形成しないものや不純物を取り除けば、マイクロカプセルは容易に精製することができる。例えば、B型肝炎ウイルスのキャプシドタンパク質の場合、蔗糖密度勾配法を用いた遠心操作で容易に精製することができる。
【0035】
(9.マイクロカプセル内の酵素やタンパク質の表出化)
融合タンパク質やキャプシドタンパク質の再構成により包埋化された酵素やタンパク質を表出させることにより包埋されている酵素やタンパク質を基質と反応させ、バイオセンサーを始め様々な用途への展開が期待される。具体的な方法としては、酵素やタンパク質が包埋されたマイクロカプセルを含む溶液に界面活性剤や高濃度のアルカリ溶液を添加することによりマイクロカプセルの構造が壊れ、包埋されている酵素やタンパク質が表出化する。ザ・エンボ・ジャーナル(the EMBO Journal vol21 No5 pp876-884 2002)のザ・モルフォジェニック・リンカーペプチド オブ エッチビーブイキャプシド プロテイン フォーム ア モビリティー アレイ オン ザ インテリアー サーフェイス(The morphogenic linker peptide of HBV capsid protein forms a mobile array on the interior surface)では、1.5M尿素(pH9.5)下、キャプシドタンパク質はマイクロカプセルを形成せず、単量体で存在していることから、包埋された酵素やタンパク質は外部に表出するものと考えられる。
【0036】
酵素やタンパク質の表出化の際に、界面活性剤またはアルカリ溶液を使用するが、界面活性剤としては、SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)、TritonX-100(t−オクチルフェノキシポリエトキシエタノール)などが使用でき、アルカリ溶液としてはpH8〜pH14のものが使用できる。具体的には、トリス緩衝液などを使用するのが好ましい。
【0037】
酵素やタンパク質を表出化させる際に、生体分子を含む溶液を接触させることにより、マイクロカプセルに包埋させた酵素またはタンパク質と特異的に結合するタンパク質、核酸、糖、脂質または低分子化合物などを検出することができる。
【0038】
ここで、生体分子を含む溶液としては、酵素またはタンパク質の溶液、組織抽出液、などをあげることができ、マイクロカプセルに包埋させた酵素またはタンパク質と特異的に結合するタンパク質、核酸、糖、脂質または低分子化合物としては、抗体、レセプターなどのタンパク質、細胞核内やミトコンドリア内の核酸、脂肪酸、グリセロールなどの脂質、有機的もしくは無機的に化学合成した物質などの低分子化合物などをあげることができる。
【0039】
例えば、マイクロカプセルにグルコースオキシダーゼを包埋させた場合は、生体試料として血液を用いて血糖値をを検出することができる。
【0040】
すなわち、グルコースオキシダーゼと血液中の低分子物質であるグルコースが反応し、電子が放出される。その電子を電気化学的なシグナルで検出することが可能になる。
【0041】
(10.固相への目的タンパク質の固定化)
タンパク質は、室温保存により機能失活することが通例であり、機能を保持したままでの保存には4℃条件下で保存が必要である。プロテインチップやバイオセンサー用チップでは、室内でしかも乾燥状態でのタンパク質の立体構造の維持、すなわち、活性の維持が課題となる。マイクロカプセルを利用したタンパク質の包埋化により、一般に不安定なタンパク質や酵素の機能維持効果をもたらし、安定な有用タンパク質を提供可能になる。具体的には、キャプシドタンパク質が形成するマイクロカプセル内部に包埋されたタンパク質をガラス基板に固定する、または多糖類すなわち、アラビアガム、カラギーナンまたはキトサンと混合することで内部の酵素またはタンパク質が安定に保持され、その混合液を固相に固定化することにより、室温で乾燥状態下でも酵素やタンパク質を安定に、すなわち活性を維持したまま保存することが可能になる。固相としてはガラス基板、プラスチック表面、また電導性のある白金、金、パラジウムが挙げられる。固定化するマイクロカプセルの量は固相の大きさ、包埋化した酵素またはタンパク質の検出感度に依存する。固定化方法としては、自然乾燥が最適である。
【0042】
(11.プロテインチップ)
DNAはタンパク質の設計図であり、3万個といわれる遺伝子により種々のタンパク質は作成される。これらのタンパク質は、細胞を構成したり、生命活動を営むのに不可欠なものである。これらのタンパク質の複雑なシステムとして生命現象が営まれている。したがってタンパク質を分離同定し、疾病などとの関係を明らかにする必要がある。そのためには細胞の中で発現しているタンパク質を調べるためのデバイスが極めて重要であり、現在では二次元電気泳動が使用されるが、多量の試料が必要になるなど疾病の診断には使用不可である。疾病診断を目的に、数cm四方の小さいデバイスでタンパク質の分離・同定を行えるものとしてプロテインチップがある。これは、デバイスに抗体やレセプターを固定化させておき、生体分子を含む試料を添加することにより特異的に結合するタンパク質を分離・同定するものである。マイクロカプセルを用いた応用として、疾患に関係している酵素またはタンパク質をマイクロカプセル内に包埋させ、デバイスに固定化しプロテインチップを作製する。次に生体試料、例えば血液サンプルをこのプロテインチップに添加し、洗浄操作を加えることにより非特異的な吸着を抑制し、特異的に吸着するタンパク質を同定することにより、疾患関連マーカーを同定し、またそれをターゲットとし新たなドラッグの設計、すなわち創薬にも展開可能となる。
【0043】
(12.バイオセンサー)
バイオセンサーとは、測定対象とする化学物質を認識する分子認識材料、およびそのとき発生する物理的・化学的な変化を電気信号等の検出可能な信号に変換するトランスデューサーから構成される。生体内には互いに親和性のある物質の組み合わせとして、酵素−基質、抗原−抗体、ホルモン−レセプター等がある。バイオセンサーはこれらの組合わせの一方を固相に固定化して分子認識物質として用いることによって、もう一方の物質を選択的に計測することが可能になる。バイオセンサーで最も市販化されているものとして、グルコースセンサーが挙げられる。グルコースセンサーでは、電極にグルコースオキシダーゼと呼ばれる酵素を固定化し、そこに血液を添加すると血中に存在する低分子化合物であるグルコースが反応する。グルコースオキシダーゼはグルコースをグルコノラクトンに転換し、その結果生じる電子が電気化学的なシグナルとなり血液内のグルコース量を測定することが可能となる。グルコースセンサーは主に糖尿病患者の血糖値自己測定に使用されている。しかし、バイオセンサーの課題は酵素などを安定に繰り返し使用するための固定化法であるとされる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、何らこれに限定されるものではない。本発明の範囲は、実施例に示す特定の実施形態よりも、発明の詳細な説明の項目中で記述した内容により、請求の範囲が定義されるべきものである。
【0045】
ウイルスキャプシドタンパク質(HBcAg)によるウリカーゼタンパク質を包埋化させた場合の実施例
参考例1.遺伝子の調製
HBcAgの遺伝子及び発現ベクターを材料として、制限酵素及びDNAポリメラーゼを用いて、発現ベクターのマルチクローニングサイトの5‘側にHBcAgの1〜149番アミノ酸をコードする遺伝子1(配列番号1)を導入した。HBcAg遺伝子は、慢性活動性B型肝炎患者の血清より作成したcDNAライブラリーを用いて、クローニングした遺伝子を用いた。発現ベクターはNovagen社製pET20b+を使用した。
【0046】
参考例2. マイクロカプセを構成するキャプシドタンパク質の調製
1.で得られた遺伝子を用いて、次のように発現誘導、溶菌、遠心、硫安沈殿、透析、による精製を行い高純度に精製したキャプシドタンパク質を得た。
【0047】
すなわち、HBcAgのみの発現用ベクターを大腸菌BL21に組み込み、16時間培養後、IPTG(イソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド)を使って発現誘導した。さらに3時間培養後、15分間8,000rpmで遠心操作し集菌した。さらに以下の操作を行った。PBS(リン酸塩)バッファーにて菌を懸濁し、超音波にて10秒間3回破砕した。さらに、20分間10,000rpmで遠心操作をして、細胞片を取り除いた。遠心操作後の上澄みに硫安((NH4)2SO4)を濃度20%になるように加え、キャプシドタンパク質を沈殿させた。
【0048】
実施例1 マイクロカプセルへのウリカーゼの包埋化(マイクロカプセル製造)
2.で得られたキャプシドタンパク質を含む溶液および大腸菌生産ウリカーゼ(配列番号3)(Candida utilis由来)溶液を1mg/mL溶液1mLを混合し、50mMHEPESN−2−ヒドロキシエチル−ピペラジン−N−2−エタンスルホン酸)、0.4MNaCl、60mM塩化マグネシウム(pH5)の溶液に置換し、21℃1時間処理した。次にゲル濾過クロマトグラフィー(ハイロードスーパーデックス300 HR26/60 、アマシャム社)により精製し、マイクロカプセルに再構成され、ウリカーゼをその内部に含んだマイクロカプセル溶液を回収した。
【0049】
実施例2 マイクロカプセル溶液のチップへの固定およびバイオセンサーへの応用
実施例1で得られたウリカーゼを包埋したマイクロカプセル100μL、および0.5%ウリカーゼ(和光純薬社製)100μLに0.25%カルボキシメチルセルロースと100μLずつ混合し、ガラス基板上のフィルム電極に2μL塗布し、自然乾燥させた。次にフィルム電極をALS/II CH Instruments Electrochemical Analyzer(ビーエーエス社製)にセットし、0−5mM尿酸溶液を電極に滴下し、滴下後30秒から90秒間測定し、その電流値を測定したところ、コントロールウリカーゼと同等の電流値を得ることができた。結果を図2に示す。すなわち、尿酸濃度1〜5mMで電流値が滴下後35秒後に最大30μAであり、ウリカーゼと尿酸の間で酵素反応が生じたものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】HBcAgT4会合体の断面図である。
【図2】実施例2で測定したウリカーゼ単独またはウリカーゼを有するマイクロカプセルを、ガラス基板上のフィルム電極に液体状態で固定したチップの電気化学的変化を数値化した結果である。
【符号の説明】
【0051】
A:内側の半径(11.2 nm)
B:内側の表面積(1576 nm2)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルスキャプシドタンパク質と、酵素またはタンパク質を酸性溶液もしくは含塩溶液に溶解させ静置することを特徴とする酵素またはタンパク質をその内部に包埋させたマイクロカプセルの製造法。
【請求項2】
請求項1に記載の製造法により得られる酵素またはタンパク質をその内部に包埋させたマイクロカプセルに、界面活性剤またはアルカリ溶液と生体分子を含む溶液を接触させることにより、マイクロカプセルに包埋させた酵素またはタンパク質と特異的に結合するタンパク質、核酸、糖、脂質または低分子化合物を検出する方法。
【請求項3】
マイクロカプセルに包埋させた酵素またはタンパク質と特異的に結合するタンパク質、核酸、糖、脂質または低分子化合物を検出する際に、電気化学的なシグナルで検出することを特徴とする請求項2に記載のマイクロカプセルに包埋させた酵素またはタンパク質と特異的に結合するタンパク質、核酸、糖、脂質または低分子化合物を検出する方法。
【請求項4】
請求項1に記載の製造法により得られる酵素またはタンパク質をその内部に包埋させたマイクロカプセルを基板に固定化したチップ。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−223124(P2006−223124A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−38257(P2005−38257)
【出願日】平成17年2月15日(2005.2.15)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】