説明

酵素反応の有無の検出方法

【課題】
核酸増幅反応などの酵素反応の有無を、複雑な操作や特殊な装置を必要とせずに、簡便かつ迅速に検出する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】
トリリン酸化合物からジリン酸化合物を生成する反応、またはその逆反応を触媒する酵素反応において、基質または反応生成物と金属イオンとによって形成される化合物の電気化学的特性を測定することを特徴とする酵素反応の有無の検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は核酸の増幅反応などの酵素反応の有無の検出方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
核酸塩基配列の相補性に基づく分析方法は、遺伝的な特徴を直接的に分析することが可能である。そのため、この分析方法は遺伝的疾患、癌化、微生物の識別等には非常に有力な手段である。また、遺伝子そのものを検出対象とするために、例えば培養のような時間と手間のかかる操作を省略できる場合もある。
しかしながら、試料中に存在する目的の核酸量が少ない場合の検出は一般に容易ではなく、標的核酸そのものを、あるいは検出シグナル等を増幅することが必要となる。
【0003】
核酸の増幅産物を検出する最も一般的な方法は、増幅反応後の溶液をアガロースゲル電気泳動にアプライし、エチジウムブロマイド等の蛍光インターカレーターを結合させて特異的な蛍光を観察するというものである。増幅産物の有無のみを知りたい場合には、電気泳動を省略して増幅反応後の溶液に蛍光インターカレーターを加えて蛍光を観察することも可能である。
しかしながら、これらの方法は簡便であるものの、蛍光を観察するためのUVランプと暗室が必要である。
【0004】
固相等の支持体上で核酸を発色させる方法には、酵素を利用し金属−硫黄錯体を固着させる方法(例えば、特許文献1参照)、金属染色法で染色した核酸に色素前駆体と補力剤とを作用させる方法(例えば、特許文献2参照)があるが、いずれも煩雑な工程を必要とする。
【0005】
蛍光色素をはじめとする各種標識物質で標識したプライマーやヌクレオチドを用いて増幅反応を行い、増幅産物に取り込まれた標識を観察する方法(例えば、特許文献3参照)もあるが、増幅産物に取り込まれなかったフリーの標識プライマー(あるいはヌクレオチド)を分離する操作が必要であり、反応液量が微量である核酸増幅反応には適さない。また、標識プライマーやヌクレオチドは高価である。
【0006】
電気泳動ゲルや膜等の支持体および標識物質を使用しない検出法には、核酸増幅反応液に偏光を通過させその偏光の旋光度または円偏光二色性を測定する方法(例えば、特許文献4参照)、伸長した増幅産物の偏光成分の変化を検知する方法(例えば、特許文献5、6および7参照)がある。また、増幅反応に伴い生成するピロリン酸とマグネシウムによる不溶性物質の沈殿を観察する方法(例えば、特許文献8参照)も開発されているが、沈殿による検出は極めて簡便で実用的であるものの、シグナルとしての認識性および訴求力にやや乏しい面もある。さらに、ピロリン酸を対象とする分析方法として、ピロリン酸に対して、酸化酵素を含む酵素反応試薬で処理し、酸化酵素が作用する際に起こる電子移動を、電気化学的活性インターカレータの存在下で増幅し、電気化学的に電流として検出する方法もあるが操作の煩雑さは否めない(例えば、特許文献9および10参照)。
この問題を解決するため、本発明者は、核酸増幅反応におけるdNTPとピロリン酸の結合能の差に基づく反応液中の金属イオン量の変化を、金属指示薬によって検知する核酸増幅の有無を検出する方法を既に提案している(例えば、特許文献11参照)。
【0007】
【特許文献1】特開平2−9400号公報
【特許文献2】特開昭61−66964号公報
【特許文献3】特開平9−187275号公報
【特許文献4】特開2002−186481号公報
【特許文献5】特開2002−171997号公報
【特許文献6】特開2002−171998号公報
【特許文献7】特開2002−171999号公報
【特許文献8】WO01/83817号
【特許文献9】特開2003−299号公報
【特許文献10】特開2003−47500号公報
【特許文献11】特開2004−283161号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記方法では、通常、光学測定を行うため、光源および光検出器が必要となり、装置の小型化や簡易化を進める上では不利となる場合が多いという問題があった。
従って本発明は、このような従来の課題に着目してなされたものであって、酵素反応の有無、特に核酸の増幅反応の有無または増幅過程を、複雑な操作や特殊な装置を必要とせずに、簡便かつ迅速に検出できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、電気化学的に活性な金属イオンに対するトリリン酸基とジリン酸基との配位力の違いに着目し、電気化学的に活性な金属イオンを用い、電極表面での酸化反応に基づく電流を測定することによって酵素反応を高感度に検出できることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
本発明は、下記のような構成からなるものである。
(1)トリリン酸化合物からジリン酸化合物を生成する反応、またはその逆反応を触媒する酵素反応において、基質または反応生成物と金属イオンとによって形成される錯化合物の電気化学的特性を測定することを特徴とする酵素反応の有無の検出方法。
(2)金属イオンに電位を印加して発生する電流を測定する(1)記載の方法。
(3)印加する電位が-1.2〜1.2Vの範囲である(1)または(2)記載の方法。
(4)金属イオンの濃度が1μM〜100mMの範囲である(1)〜(3)記載の方法。
(5)反応生成物がピロリン酸イオンまたはヌクレオシド二リン酸である(1)〜(4)記載の方法。
(6)錯化合物がピロリン酸-金属錯体またはヌクレオシド二リン酸-金属錯体である(1)〜(5)記載の方法。
(7)金属イオンおよび/または金属錯体が酸素発生電位と水素発生電位との間に酸化還元電位を有する金属イオンおよび/または金属錯体である(1)〜(6)記載の方法。
(8)金属イオンが遷移金属である(1)〜(7)記載の方法。
(9)金属イオンがMn(II)および/またはCu(II)である(1)〜(8)記載の方法。
(10)電気化学的特性の測定法が電位規制法である(1)〜(9)記載の方法。
(11)電位規制法がサイクリックボルタンメトリー、リニアースイープボルタンメトリーまたはリニアースイープストリッピングボルタンメトリーである(10)記載の方法。
(12)酵素反応が核酸の増幅反応である(1)〜(11)記載の方法。
(13)核酸の増幅反応がLAMP法である(12)記載の方法。
(14)酵素がDNAポリメラーゼである(1)〜(13)記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法によれば、酵素反応の有無、特に核酸の増幅反応の有無または増幅過程を、複雑な操作や特殊な装置を必要とせずに、簡便かつ迅速に検出することができる。
以下、本発明について更に詳細に説明する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、DNAポリメラーゼを用いた核酸の増幅反応などの酵素反応を電気化学的に検出する方法であり、具体的には、金属イオンの電極表面での酸化・還元反応を利用した酸化電流測定法である。特に、ある種の金属イオンは、所定の範囲の電位を印加した電極表面で酸化反応を行い、酸化電流を発生させる。
この酸化電流の大きさは、金属イオンの濃度や配位状態に依存する。核酸の増幅反応に伴って金属イオンの溶存状態が変化すれば、その酸化電流を測定することで核酸の増幅反応を検出することができる。
dNTPは弱い配位子であるが、核酸増幅反応の結果生じるピロリン酸イオンは強い配位子である。従って、フリーの金属イオンまたは溶液中の他の成分と弱く相互作用している金属イオンは、核酸の増幅反応の進行に伴ってピロリン酸-金属錯体へと変化する。
本発明においては、金属イオンの配位状態の変化に伴う酸化電流の変化を測定することで、光学的測定による濁度検出と略同等の感度で核酸の増幅反応を検出することができる。
【0013】
本発明においては、酵素反応の際に生ずるジリン酸(例えば、ピロリン酸やヌクレオシド二リン酸など)と結合する金属イオンにより形成される錯体の電気化学的特性を測定することにより、酵素反応の有無を検出することができる。具体的には、金属イオンに電位を印加または走査して発生する電流を測定する。この際、印加または走査する電位は、−1.2〜1.2Vの範囲であることが好ましく、より好ましくは、−1.0〜1.0Vの範囲である。
特に金属イオンがMn(II)イオンの場合は、0.6Vであることが好ましい。
本発明における電気化学的特性の測定法としては、電位規制法が好ましいものとして用いられ、特にサイクリックボルタンメトリー、リニアースイープボルタンメトリーまたはリニアースイープストリッピングボルタンメトリーが最も好ましい。
【0014】
本発明で使用できる金属イオンは、酵素反応の結果生じるジリン酸(例えば、ピロリン酸やヌクレオシド二リン酸など)と結合可能な金属イオンである限り、公知の金属イオンの中から適宜選択すれば良い。
本発明において金属イオンおよび/または金属錯体としては、酵素発生電位と水素発生電位との間に酸化還元電位を有する金属イオンおよび/または金属錯体が挙げられる。金属イオンとしては、遷移金属が好ましく、より好ましくはMn(II)および/またはCu(II)である。
【0015】
金属イオンを添加する場合のその濃度は、1μM〜100mMの範囲であることが好ましく、より好ましくは、0.01〜1.0mMの範囲である。濃度が1μMより低いと、核酸の増幅反応を十分に電気化学的に検出することができず、100mMより高い濃度では、ポリメラーゼ活性の低下により、増幅反応に影響を及ぼすときがある。
【0016】
核酸の合成反応では、使用する酵素により核酸の末端にヌクレオチドを付加する過程でピロリン酸が生成する場合がある。本発明は、このような酵素による核酸の合成反応で生成されたピロリン酸と金属イオンの結合能を指標として核酸の存在を検出することができる。前記酵素としては、特に限定されるものではなく、E.Coli DNA ポリメラーゼ、Taq DNA ポリメラーゼ、T4 DNA ポリメラーゼ、逆転写酵素( Reverse Transcriptase )、SP6 RNA ポリメラーゼ、T7 RNA ポリメラーゼ、ターミナルデオキシヌクレオチジルトランスフェラーゼ、Poly(A)ポリメラーゼ、Bst DNAポリメラーゼ、Vent DNAポリメラーゼ等が挙げられる。各酵素の反応は、公知の任意の条件で行うことができる( T. Maniatis et al., Molecular cloning, A Laboratory Manual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1989 )。
【0017】
本発明の検出対象は、ピロリン酸と結合する金属イオンに電位を印加して発生する電流であることから、本発明において適用される増幅反応は、ヌクレオチドが核酸鎖に取り込まれる際にピロリン酸が生成する反応である限り、特に限定されるものではない。例えば、in vitroにおける核酸の増幅技術として現在最も一般的な方法であるPCR( Polymerase Chain Reaction )法の他、LAMP(Loop-Mediated Isothermal Amplification )法と呼ばれる増幅法(特許第3313358号等)、SDA( Strand Displacement Amplification )法(特公平7−114718号公報等)、NASBA( Nucleic Acid Sequence Based Amplification )法(特許第2650159号)等に適用することができる。
【0018】
増幅反応のうちLAMP法は、増幅対象となる塩基配列の末端にループ構造を形成し、そこを起点としてポリメラーゼによる伸長反応が起きると同時に、ループ内の領域にハイブリダイズしたプライマーが、鎖置換反応により核酸鎖を伸長しながら先の伸長反応の産物を1本鎖に解離させていくというものである。生成した1本鎖核酸はその末端に自己相補性領域を持つため、末端にループを形成し新たな伸長反応が始まる。実際のLAMP法では等温で進行するため、上に述べた反応は同時に並行して起こる。LAMP法の特徴としては、等温で進行する鎖置換型の反応であることの他に、増幅産物の量が非常に多いことが挙げられる。これは、ポリメラーゼが失活する原因である熱変性の操作が含まれていないことも一因である。増幅産物の量が多いということは、生成するピロリン酸の量すなわちピロリン酸と反応する金属イオンの量も多いため、本発明を適用する核酸増幅法としてLAMP法は好適である。
【0019】
LAMP法において使用されるオリゴヌクレオチドプライマーは、標的核酸の塩基配列の計6領域から設計・作製された、ループ構造の形成に関与する2種類の内部プライマー(FAプライマー、RAプライマー)と、2種類の外部プライマー(F3プライマー、R3プライマー)の、少なくとも計4種類のオリゴヌクレオチドプライマーが挙げられる。
【0020】
【実施例】
【0021】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれによって限定されるものではない。
【0022】
実験例.
(1)電気化学測定用機器
ポテンシオスタット(北斗電工(株)製:HZ−3000、HZ−5000)
作用電極:金ディスク電極(ビーエーエス株式会社製)
対極:白金電極(ビーエーエス株式会社製)
参照電極:飽和NaCl銀・塩化銀電極(ビーエーエス株式会社製)
微量サンプルフォルダー:バイコールガラス式200ul用
【0023】
(2)電気化学測定(リニアースイーボルタンメトリー(LSV)の測定)
バイコールガラス式微量サンプルフォルダーに150〜200ulのサンプルを投入し、次いで作用電極を挿入した。
電解槽にバッファー(20mM Tris-HCl(pH8.8),10mM KCl,10mM (NH4)2SO4)10mLを加え、上記サンプルフォルダーを浸漬した。参照電極、対極を所定の位置に挿入し、各電極をポテンシオスタットと結線した。LSV法を用いてMn(II)イオンの電気化学応答を測定した。
【0024】
LSV測定条件
初期電位:自然電位
最終電位:1.2V
スキャン速度:100mV/sec
電流測定レンジ:±100
ノイズフィルター:20Hz
【0025】
(3)LAMP反応
〔反応液組成〕
Tris−HCl(pH8.8) 20mM
KCl 10mM
(NH4)2SO4 10mM
MgSO4 8mM
Tween20 0.1%
dNTPs 1.4mM
BstDNAポリメラーゼ 8U
FAプライマー 1.6μM
RAプライマー 1.6μM
F3プライマー 0.4μM
R3プライマー 0.4μM
【0026】
・LAMP反応の鋳型としてPSA(前立腺特異抗原)DNA
5'-TGCTTGTGGCCTCTCGTGGCAGGGCAGTCTGCGGCGGTGTTCTGGTGCACCCCCAGTGGGTCCTCACAGCTGCCCACTGCATCAGGAACAAAAGCGTGATCTTGCTGGGTCGGCACAGCCTGTTTCATCCTGAAGACACAGGCCAGGTATTTCAGGTCAGCCACAGCTTCACACACCC-3'(配列番号1)
反応液組成中のFAプライマー、RAプライマーおよびF3、R3プライマーは、配列番号1に示す塩基配列に基づいて以下のように設計した。
・FAプライマー
5'-TGTTCCTGATGCAGTGGGCAGCTTTAGTCTGCGGCGGTGTTCTG-3'(配列番号2)
・RAプライマー
5'-TGCTGGGTCGGCACAGCCTGAAGCTGACCTGAAATACCTGGCCTG-3'(配列番号3)
・F3プライマー
5'-TGCTTGTGGCCTCTCGTG-3'(配列番号4)
・R3プライマー
5'-GGGTGTGTGAAGCTGTG-3'(配列番号5)
【0027】
実施例1.Tris−HClバッファー中でのMn(II)イオンの電気化学的検出
Tris−HClバッファー(Tris-HCl(pH8.8)=20mM,KCl=10mM, (NH4)2SO4=10mM)中のMn(II)イオンの電気化学応答(酸化反応)を調べた。すなわち、Mn(II)イオンを含む溶液のLSVを測定したところ、Mn(II)イオンを含まない溶液の測定値と著しく異なるLSV曲線が得られた(図1参照)。図1に示すように、3mMのMn(II)イオン溶液について測定した場合は、0.6V付近に約8μAの電流が流れることが判る。この電流値は、Mn(II)イオンの濃度を下げると低下したことから、この電流がMn(II)イオン由来であることが判った。
尚、過剰量の硫酸アンモニウム存在下であるから、Mn(II)イオンのカウンターイオンはこの電流には無関係である。
電位の絶対値および文献(D.Junwei and Z.Feng,Talanta 60 (2003) 31-36)から、この電流がMn(II)イオンの二酸化マンガンへの酸化反応に伴い生じる電流(以下、単に酸化電流という)と判断した。
この測定条件でMn(II)イオンを検出できることが判ったので、次に、この測定に及ぼす共存物質の影響について検討した。
【0028】
実施例2.Mn(II)イオンの電気化学的検出に及ぼすMg2+イオンおよびdNTPの添加効果
LAMP反応液の組成の中で、Mn(II)イオンの電気化学応答に影響を及ぼす可能性のあるものとして、同じ2価のカチオンであるMg2+イオン、およびトリリン酸基を有するdNTPが考えられる。
そこで、それらの成分がMn(II)イオンの電気化学応答に及ぼす影響を調べた。LAMP反応で通常使用する濃度範囲のMg2+イオンは、Mn(II)イオンの電気化学応答にほとんど影響を及ぼさなかったが(図2参照)、dNTPは、僅かにMn(II)イオンの酸化電流を減少させたことが判る(図3参照)。
dNTPは、ピロリン酸イオンより弱い配位子であるものの、いくつかの金属イオンと錯形成することも知られている。したがって、通常LAMP反応で用いる濃度範囲のdNTPは、Mn(II)イオンと弱いながらも何等かの相互作用を行っていることが予想される。
本検出法の原理は、dNTPとピロリン酸イオンの間の配位力の差が重要であるから、Mn(II)イオンとdNTPが僅かに相互作用したとしても、その影響は小さいと考えられる。実際に、実用的な濃度のdNTP存在下においてMn(II)イオンの酸化電流が測定できたという事実から、本測定法はdNTP共存下でも有効であると判断した。
【0029】
実施例3.Mn(II)イオンの電気化学的検出におけるMn(II)イオンの濃度依存性
Mn(II)イオンはLAMP反応に対して阻害的に働くことが判っているので、できるだけMn(II)イオン濃度は低い方が実用上好ましい。
そこで、実際のLAMP反応条件([dNTP]=2.6mM,[MgSO]=4mM)におけるMn(II)イオンの検出感度を調べた(図4参照)。図4に示すように、測定したMn(II)イオン0.2mM〜0.8mMまでの範囲で、Mn(II)イオン濃度と酸化電流の値が直線関係を示した。この結果から、現在の測定条件(電極の大きさ、種類、反応液組成)でのMn(II)イオンの検出感度がおよそ0.2mM程度であることが判った。
【0030】
実施例4.Mn(II)イオンの電気化学的検出に及ぼすピロリン酸イオンの添加効果
LAMP反応検出のモデル実験として、ピロリン酸イオン添加によるMn(II)イオンの酸化電流の変化を調べた。その結果を図5に示す。
[dNTP]+[P4-]=6mM [Mg2+イオン]=8mMのLAMP反応条件)となるようにピロリン酸イオン(PP)(ピロリン酸カリウム溶液)およびdNTPを加えた溶液中でのMn(II)イオンの酸化電流は、ピロリン酸イオンの添加量が増加するにしたがって減少したことが判る。
したがって、ポリメラーゼによってdNTPが消費され、それと同時にピロリン酸イオンが遊離すると、Mn(II)イオンの酸化電流は減少することが予想される。そこで、次に実際のLAMP反応を用いてMn(II)イオンの電気化学応答を測定した。
【0031】
実施例5.LAMP反応の検出
(1)Mn(II)イオンを用いたLAMP反応の電気化学的検出
0.4mMのMn(II)イオンを含むLAMP反応(PSA増幅系)を所定時間行い、それら溶液のMn(II)イオンの酸化電流を測定した(図6参照)。
図3の結果から、本検出法にとってはdNTPが少ない方が有利であるから、Mg2+イオンおよびdNTP濃度ができるだけ低いLAMP反応条件([dNTP]=2.6mM,[Mg2+イオン]=4mM)を採用した。
LAMP反応ポジティブの場合は、LAMP反応の進行に伴ってMn(II)イオンの酸化電流が減少したが、LAMP反応ネガティブの場合は、僅かに減少するだけで略一定であった。この結果から、Mn(II)イオンの酸化電流を測定することによってLAMP反応を検出できることが明らかとなった。
リアルタイム濁度計LA−200(テラメックス社製)を用いた濁度を指標とした方法では、反応開始後15分の時点でも、まだ濁度が上昇しなかった。一方、電気化学的検出では僅かに信号(酸化電流の低下)が観察された(図7参照)。
したがって、本反応条件下では([Mn(II)イオン]=4mM)では、LA−200を用いた濁度検出より、電気化学検出の方が僅かに検出感度が高いと言える。
このことは、測定条件を至適化したり、Mn(II)イオンの必要濃度を低下させることができれば、より高感度にLAMP反応を検出できることを示唆している。
尚、LAMP反応ネガティブの場合の僅かな電流値の減少は、電極表面以外でのMn(II)イオンの酸化、例えば、溶存酸素による酸化が起き、有効Mn(II)イオン濃度が減少したためと思われる。
【0032】
(2)Mn(II)イオンを用いたLAMP反応の電気化学検出におけるピロフォスファターゼの添加効果
図7で得られた結果がMn(II)イオンのdNTPとピロリン酸イオンに対する配位性の違いに基づいていることを確認するため、耐熱性ピロフォスファターゼ(Ppase:20mU/25ul)共存下で行ったLAMP反応液の電気化学測定を試みた。その結果を図8に示す。図8の結果から、Ppaseを加えなかった場合は、上記結果と同様、Mn(II)イオンの酸化電流が減少したが、Ppaseを加えた場合、Mn(II)イオンの酸化電流減少は起こらず、LAMP反応ネガティブの場合と略同じ電流値を示した。このことは、LAMP反応が起きてもピロリン酸イオンが生成しない場合は、Mn(II)イオンの酸化電流の減少が起こらないことを示している。この結果は、図2に示したMn(II)イオンによるLAMP反応検出が可能なことを示唆している。
【0033】
実施例6.ルシフェラーゼ反応
(1)ルシフェラーゼ反応液の基本組成(200μLスケール)
Tris−HCl(pH8.0) 25mM
MgSO 4mM
ATP 2.0mM
ルシフェリン 470μM
HP−β−CD 2.35mM
ルシフェラーゼ 0.61Ug(+)OR 9.15Ug(+++)
反応温度 室温
発光測定 EG&G BERTHOLD社製 MicroLUMATLB96B
【0034】
(2)ルシフェラーゼ反応
ルシフェラーゼは、ルシフェリンを基質として発光反応を行う際、ATPからピロリン酸イオン(ppi)を遊離する。そのため、ルシフェラーゼ反応が起きた場合も、ポリメラーゼ反応(dNTPからppiが遊離する反応)が起きた場合と同様に、Mn(II)イオンの配位状態が変化し、その酸化電流値が変わることが予測される。
そこで、ルシフェラーゼを添加した反応溶液にMn(II)イオンを添加し、その酸化電流を同様な方法で測定したところ、ルシフェラーゼを添加しなかった場合やルシフェラーゼを少量添加した場合に比べて顕著な酸化電流の減少が観察された(図9参照)。
この結果から、本発明がポリメラーゼだけに適用可能なのではなく、トリリン酸基からピロリン酸イオンが生成する様々な酵素反応を検出できることが判る。
【0035】
実施例7.ADPの検出
生成するジリン酸がピロリン酸イオンではなく、ADPである場合について同様の方法で検出できるかを検討した。すなわち、キナーゼ反応を検出するための実験として、Mn(II)イオンの酸化電流値に及ぼすATPおよびADPの添加量依存性をLSVで測定した。その結果を図10に示す。図10に示すように、ATPの存在下に比べて、ADPの存在下では、共存させたMn(II)イオンの酸化電流値が顕著に減少した。
この酸化電流の減少は、ピロリン酸イオンで観察された現象と同様に、ADPがMn(II)イオンに強く配位したためと考えられる。
従って、本発明の検出方法によれば、ピロリン酸イオンが生成する反応だけでなく、例えば、ADPを生成するキナーゼ反応にも適用できることが判る。
反応生成物がピロリン酸イオンの場合でも、ADPの場合でも検出できたということは、本発明の検出方法がトリリン酸基とジリン酸基のMn(II)イオンへの配位力の違いによることを裏付けている。
【0036】
実施例8.Cu(II)イオンを用いた検出
Cu(II)イオンの場合、−1.0Vからスタートさせたアノード曲線において、dNTPとピロリン酸イオンの量比に応じた酸化電流曲線の形状変化が見られた(図11参照)。図11に示すように、ピロリン酸イオンの添加量が増加すると、−0.1V付近の酸化電流におけるピーク電位がマイナス電位側にシフトしていく現象が観察された。
このことは、Cu(II)イオンの酸化電流測定でも、Mn(II)イオンと同様に、dNTPとピロリン酸イオンの識別が可能であることを意味している。
【0037】
実施例9.電極表面の電気化学的洗浄法
酵素反応をリアルタイムに検出するためには、Mn(II)イオンの酸化電流測定を繰り返しその場で検出する必要がある。
しかし、Mn(II)イオンは、LSV測定によって酸化されると二酸化マンガンとして電極表面に析出するため、一度測定した電極をそのまま次の測定に用いることができない。そこで、電極表面の電気化学的洗浄法を検討した。すなわち、LSV測定によって一旦析出した二酸化マンガンを電気化学的に還元してイオン化すれば電極表面が再生し、繰り返し測定できることになる。
電気化学的な還元処理方法を確認するため、まず二酸化マンガンが析出した電極表面のカソード分析を行った。二酸化マンガンが析出した電極のカソードLSV曲線と、析出していないLSV曲線との差曲線は、−0.4V付近にピーク電流を持つことがわかった。
2曲線の差は、二酸化マンガンの析出の有無だけであるから、この−0.4Vでの電流は、二酸化マンガンが還元された際に流れる電流であると考えられる。
そこで、LSV測定を行う際、予め−0.4Vでカソード処理を行うことによって、その後のアノードLSVにおけるMn(II)イオンの酸化電流値がどのように変化するか調べた(図12参照)。
図12に示す結果から、還元処理を行わない場合は、測定を繰り返すと徐々に電流値が増加してしまうが、還元処理を行えば一定の電流値を示すことが判った。
従って、LSV測定の前に必ずカソード処理を行えば、Mn(II)イオンの酸化電流測定を繰り返し行うことができることが判った。
アノードLSV測定におけるMn(II)イオンの酸化電流がピロリン酸イオン等のジリン酸の存在によって低下することは既に明らかになっていることから、Mn(II)イオンの酸化電流が繰り返し測定できたということは、酵素反応をリアルタイムに検出可能であることを意味している。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】Mn(II)イオンの電極応答を示す図である。
【図2】Mn(II)イオンの電気化学検出に及ぼすMg2+イオンの添加効果を示す図である。
【図3】Mn(II)イオンの酸化電流に及ぼすdNTPの添加効果を示す図である。
【図4】LAMP反応液組成中でのMn(II)イオンの検出感度を示す図である。
【図5】Mn(II)イオンの電気化学検出に及ぼすピロリン酸イオンの添加効果を示す図である。
【図6】Mn(II)イオンを用いたLAMP反応(PSA)の電気化学検出を示す図である。
【図7】Mn(II)イオンの酸化電流のLAMP反応時間依存性を示す図である。
【図8】Mn(II)イオンを用いたLAMP反応の電気化学的検出におけるピロフォスファターゼの添加効果を示す図である。
【図9】Mn(II)イオンを用いたルシフェラーゼ反応の電気化学的検出を示す図である。
【図10】Mn(II)イオンの酸化電流測定によるATPとADPの添加量依存性を示す図である。
【図11】Cu(II)イオンの酸化電流に及ぼすピロリン酸イオンの添加効果を示す図である。
【図12】カソード処理による電極表面洗浄効果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリリン酸化合物からジリン酸化合物を生成する反応、またはその逆反応を触媒する酵素反応において、基質または反応生成物と金属イオンとによって形成される錯化合物の電気化学的特性を測定することを特徴とする酵素反応の有無の検出方法。
【請求項2】
金属イオンに電位を印加して発生する電流を測定する請求項1記載の方法。
【請求項3】
印加する電位が-1.2〜1.2Vの範囲である請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
金属イオンの濃度が1μM〜100mMの範囲である請求項1〜3記載の方法。
【請求項5】
反応生成物がピロリン酸イオンまたはヌクレオシド二リン酸である請求項1〜4記載の方法。
【請求項6】
錯化合物がピロリン酸-金属錯体またはヌクレオシド二リン酸-金属錯体である請求項1〜5記載の方法。
【請求項7】
金属イオンおよび/または金属錯体が酸素発生電位と水素発生電位との間に酸化還元電位を有する金属イオンおよび/または金属錯体である請求項1〜6記載の方法。
【請求項8】
金属イオンが遷移金属である請求項1〜7記載の方法。
【請求項9】
金属イオンがMn(II)および/またはCu(II)である請求項1〜8記載の方法。
【請求項10】
電気化学的特性の測定法が電位規制法である請求項1〜9記載の方法。
【請求項11】
電位規制法がサイクリックボルタンメトリー、リニアースイープボルタンメトリーまたはリニアースイープストリッピングボルタンメトリーである請求項10記載の方法。
【請求項12】
酵素反応が核酸の増幅反応である請求項1〜11記載の方法。
【請求項13】
核酸の増幅反応がLAMP法である請求項12記載の方法。
【請求項14】
酵素がDNAポリメラーゼである請求項1〜13記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2007−37483(P2007−37483A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−226394(P2005−226394)
【出願日】平成17年8月4日(2005.8.4)
【出願人】(000120456)栄研化学株式会社 (67)
【Fターム(参考)】