説明

酸化亜鉛単結晶の成長方法と酸化亜鉛原料

【課題】高純度で高品質な酸化亜鉛単結晶を再現性よく安定して成長させることができる酸化亜鉛単結晶の成長方法とこの方法に適用する酸化亜鉛原料を提供する。
【解決手段】長さ方向一端側から他端側に向けて温度勾配を有する成長容器1の高温部に酸化亜鉛原料2が配置され、上記成長容器1の低温部において化学気相輸送法により酸化亜鉛単結晶を析出させる酸化亜鉛単結晶の成長方法であって、酸化亜鉛原料2中に含まれる窒素の濃度を500mass ppm以下とする。更に、窒素濃度が300mass ppm以下の酸化亜鉛原料を用いることにより収率がより改善される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化亜鉛デバイス用基板材料に適した高純度で高品質な酸化亜鉛単結晶を得るための成長方法に係り、特に、酸化亜鉛単結晶を安定して成長させることが可能な酸化亜鉛単結晶の成長方法とこの方法に用いられる酸化亜鉛原料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
酸化亜鉛(Zn0)単結晶は、室温でバンドギャップが3.3eVのII−VI族化合物半導体であり、窒化ガリウム(GaN)に代表される窒化物半導体と同様、紫外から緑色に至る短波長領域で発光可能な発光ダイオード(LED)やレーザーダイオード(LD)等の光デバイス材料としての応用が期待される材料である。特に、酸化亜鉛単結晶は励起子結合エネルギーが59meVと大きいことから室温でも励起子が保持され、高効率で単色性に優れる等、新しい機能を持った発光デバイスが可能であるといった特徴を有する。
【0003】
ところで、半導体材料をデバイスとして用いる場合には、酸化亜鉛に限らず薄膜構造を形成する必要があるが、薄膜の品質に大きな影響を与えるのがベースとなる基板材料の特性である。また、良質なデバイスを実現するには、良質な薄膜単結晶を成長させる必要があり、そのためには、格子定数や熱膨張係数が同じである同種基板を用いるのが最良の方法である。
【0004】
そして、酸化亜鉛の場合、サファイア等の異種基板の上に酸化亜鉛薄膜をエピタキシャル成長させることによって薄膜構造を得る試み(特許文献1参照)が数多く実施されている。しかし、サファイアと酸化亜鉛とでは、格子不整合が約18%もあり、また熱膨張係数にも2.6倍という大きな差があるため、成長後の酸化亜鉛薄膜には多くの結晶欠陥が生じている。更に、サファイアと酸化亜鉛との熱膨張係数の差に起因して酸化亜鉛薄膜にクラック等が生じる問題を回避するため、酸化亜鉛薄膜のエピタキシャル成長法に適用できる方法は、分子線成長法(MBE法)等の低温成長法に制限される等の問題がある。
【0005】
一方、良質な酸化亜鉛デバイスを実現するためにはバルクの酸化亜鉛単結晶をエピタキシャル成長用基板として用いることが適切であるという観点から、最近では酸化亜鉛バルク単結晶の成長が試みられている。その代表的なものは、水熱合成法を用いるものである(特許文献2参照)。この方法では比較的大型の結晶育成が可能という特徴を持つが、溶媒からの不純物混入が多いという問題がある。そして、不純物の多い酸化亜鉛単結晶をエピタキシャル成長用基板として用いた場合、格子不整合や熱膨張係数の差による影響は軽減されるものの、得られる酸化亜鉛薄膜に基板から不純物が混入し、酸化亜鉛薄膜にとって重要な電気的特性が影響を受けてしまい、所望のデバイスを形成することが著しく困難になる。酸化亜鉛薄膜の場合、デバイスの実用化のためにはp型導電性の制御が特に大きな課題となっているが、基板から混入する不純物の影響は、この課題解決を更に困難にしてしまう。
【0006】
以上述べたように、酸化亜鉛薄膜を用いたデバイスを実用化させるには、高純度で転位等の結晶欠陥の少ない良質のバルクの単結晶を得ることが重要な課題となっている。このような高純度で高品質な酸化亜鉛単結晶を得る方法としては化学気相輸送法が有効である。この化学気相輸送法とは、真空封管した石英管(成長容器)の一端に酸化亜鉛原料と炭素等の輸送剤を装入し、炭素(輸送剤)と酸化亜鉛原料とを加熱する一方、石英管(成長容器)の他端をこれより低い温度に維持し、この部分に酸化亜鉛単結晶を析出させる方法である。この方法では、揮発精製効果により、不純物濃度の低い、高品質の酸化亜鉛単結晶を成長させることが可能である(非特許文献1)。
【0007】
しかしながら、化学気相輸送法による酸化亜鉛単結晶の成長においては、適用する酸化亜鉛原料の製造メーカーが違ったり、あるいは、製造メーカーが同じでも製造ロット等が相違したりすると、酸化亜鉛単結晶の成長が全く起こらないことがある等、結晶成長の再現性に乏しいという問題が存在した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003−264201号公報(第1頁)
【特許文献2】特開2003−146800号公報(第1頁)
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J. M. Ntep et al, Journal of Crystal Growth 207(1999)30-34
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明はこのような問題点に着目してなされたもので、その課題とするところは、化学気相輸送法による酸化亜鉛単結晶の成長方法を前提とし、適用する酸化亜鉛原料の違いに起因して生じる結晶成長の不安定性を低減させ、高純度でかつ高品質な酸化亜鉛単結晶を再現性よく安定して成長させることができる酸化亜鉛単結晶の成長方法と、この方法に適用する酸化亜鉛原料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで、上記課題を解決するため、原料として用いる酸化亜鉛について本発明者等が詳細な考察を行なったところ、酸化亜鉛原料に含まれる窒素不純物の濃度によって、上記結晶成長の安定性が損なわれていることを発見するに至った。本発明はこのような技術的発見に基づき完成されている。
【0012】
すなわち、請求項1に係る発明は、
長さ方向一端側から他端側に向けて温度勾配を有する成長容器の高温部に酸化亜鉛原料が配置され、かつ、上記成長容器の低温部において化学気相輸送法により酸化亜鉛単結晶を析出させる酸化亜鉛単結晶の成長方法において、
上記酸化亜鉛原料中に含まれる窒素の濃度が500 mass ppm 以下であることを特徴とし、
請求項2に係る発明は、
請求項1に記載の発明に係る酸化亜鉛単結晶の成長方法において、
上記酸化亜鉛原料中に含まれる窒素の濃度が300 mass ppm 以下であることを特徴とするものである。
【0013】
また、請求項3に係る発明は、
請求項1に記載の酸化亜鉛単結晶の成長方法に用いられる酸化亜鉛原料において、
上記原料中に含まれる窒素の濃度が500 mass ppm 以下であることを特徴とし、
請求項4に係る発明は、
請求項2に記載の酸化亜鉛単結晶の成長方法に用いられる酸化亜鉛原料において、
上記原料中に含まれる窒素の濃度が300 mass ppm 以下であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る酸化亜鉛単結晶の成長方法によれば、酸化亜鉛原料中に含まれる窒素の濃度が500 mass ppm 以下であるため、適用する酸化亜鉛原料の違いに起因して生じる結晶成長の不安定性を低減させることができ、高純度で高品質な酸化亜鉛単結晶を歩留まりよく成長させることが可能となる効果を有する。
【0015】
また、酸化亜鉛単結晶の成長方法に用いられる本発明の酸化亜鉛原料によれば、原料中に含まれる窒素の濃度が500 mass ppm 以下であるため、結晶成長の不安定性が低減されて、高純度で高品質な酸化亜鉛単結晶を歩留まりよく成長させることが可能となる効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1(A)は実施例に係る酸化亜鉛単結晶の成長方法に適用された成長容器の概略断面図、図1(B)は上記成長容器の温度勾配を示すグラフ図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0018】
まず、炭素を輸送剤として用いる酸化亜鉛の化学気相輸送法において、本発明者等は、適用する酸化亜鉛原料の種類によって結晶成長の状態が大きく変化する現象に注目し、その原因について調査を行った。酸化亜鉛原料として、「A社製のロット1」「A社製のロット2」「B社製」および「C社製」の4種類について数回に亘って結晶成長の試験を実施したところ、結晶成長が可能である原料グループと、殆ど結晶成長が起こらない原料グループとに分かれることが確認された。
【0019】
そして、これ等原料について、グロー放電質量分析(GDMS)による微量不純物の分析を行ったところ、以下の表1に示すような結果が得られた。尚、表1中には、結晶成長の結果(結晶成長したものが○、結晶成長しないものが×で示される)も合わせて示した。
【0020】
【表1】

そして、表1に示された結果を詳細に分析した結果、「A社製のロット1」「A社製のロット2」「B社製」「C社製」の各酸化亜鉛原料および「結晶成長結果」の特徴として、窒素不純物濃度(N)に相関関係があることに着目した。
【0021】
すなわち、結晶成長が可能であった「A社製のロット1」と「C社製」酸化亜鉛原料の窒素濃度(前者が26 mass ppm、後者が270 mass ppm)に対し、結晶成長しなかった「A社製のロット2」と「B社製」酸化亜鉛原料の窒素濃度(前者が1510 mass ppm、後者が1200 mass ppm)は1000 mass ppm 以上になっており、この窒素濃度の相違が化学気相輸送法における結晶成長の可否に影響を与えている可能性に注目した。
【0022】
そこで、酸化亜鉛原料中の窒素濃度が結晶成長に与える影響を考察した。
【0023】
まず、炭素を輸送剤として用いる化学気相輸送法の場合、以下の化学式(式1)と(式2)で示される炭素、一酸化炭素による酸化亜鉛の還元と、化学式(式3)に示すブルドア反応による初期反応を経て、最終的に化学式(式4)に示すような定常状態となり、原料側で酸化亜鉛が還元されて亜鉛蒸気となり、これが低温側の結晶成長側に移動し、そこで再酸化されて酸化亜鉛として結晶成長するものである。
【0024】
ZnO(s)+C(s)→Zn(g)+CO(g) (式1)
ZnO(s)+CO(g)→Zn(g)+CO2(g) (式2)
C(s)+CO2(g)⇔ CO(g) (式3)
ZnO(s)+CO(g)→Zn(g)+CO2(g)
→ZnO(s)+CO(g) (式4)
(原料側) (結晶成長側)
【0025】
ここで、窒素濃度1000 mass ppm 以上の酸化亜鉛原料1gを、石英アンプル(内径13mm、長さ80〜90mm)に真空封入し、石英アンプルを約970℃に加熱した際の石英アンプル内の窒素分圧を計算(但し、全窒素が酸化亜鉛から放出されると仮定)したところ、石英アンプル内の窒素分圧は0.3〜0.4 atm に達することが示された。
【0026】
このように石英アンプル内の窒素分圧が相当に大きな場合、上記化学式(式4)に示されたZn(g)やCO2(g)等の蒸気種の輸送が抑制されるため、酸化亜鉛単結晶の成長が阻止されるものと考えられる。実際に、結晶成長が可能な「A社製ロット1」の酸化亜鉛原料を用い、かつ、石英アンプル内を真空排気後において窒素ガスを0.3 atm まで充填して封入した石英アンプルを用い、酸化亜鉛の結晶成長を行ったところ、結晶成長は全く起こらなかった。
【0027】
このように、化学気相輸送法による酸化亜鉛単結晶の成長において、適用する酸化亜鉛原料に含まれる窒素濃度が高い場合には結晶成長時における成長容器内の圧力が高くなり、これにより上述した蒸気種の輸送が抑制される結果、酸化亜鉛の結晶成長が阻害されるものと思われる。
【0028】
そして、以下に示す実施例の結果から、窒素濃度が500 mass ppm 以下の条件を満たす酸化亜鉛原料を用いることで安定した結晶成長が可能になることが確認されており、更に、窒素濃度が300 mass ppm 以下の条件を満たす酸化亜鉛原料を用いることで収率がより改善されることも確認されている。
【0029】
尚、炭素を輸送剤として用いる化学気相輸送法において説明したが、添加する輸送剤の種類は炭素に限られたものではなく、輸送剤として一酸化炭素や二酸化炭素、金属亜鉛と二酸化炭素との組み合わせを添加する化学気相輸送法においても同様である。すなわち、本発明において、適用する輸送剤の種類は任意である。
【0030】
以下、本発明の実施例について具体的に説明する。
【実施例1】
【0031】
成長容器1として、図1(A)に示された内径13mmφ、長さ80mmの石英管を用い、かつ、酸化亜鉛原料2として、同一製造ロットで窒素濃度の分析値が400〜500 mass ppmである酸化亜鉛原料1〜1.5gと、輸送剤3である炭素約0.1mgを石英管にそれぞれ投入しかつ真空封入した。
【0032】
尚、図1(A)に示すように、成長容器1の内部は、仕切り4を介して容器上方側に位置する原料部と容器下方側に位置する成長部とに区画され、かつ、原料部側に設けられた毛細管5を介して原料部と成長部間の気相輸送が行なわれるようになっている。
【0033】
この石英管を抵抗加熱電気炉にセットし、かつ、原料部が966℃、成長部が957℃(温度差9℃)になるように温度を調整すると共に、1週間保持して酸化亜鉛の結晶成長を行った。
【0034】
そして、計10回の結晶成長を実施したが、全てにおいて0.5〜0.8gの酸化亜鉛単結晶が成長していた。従って、原料酸化亜鉛量に対し、酸化亜鉛単結晶として回収される割合は約50%であった。
【実施例2】
【0035】
酸化亜鉛原料として、同一製造ロットで窒素濃度の分析値が200〜300 mass ppmである酸化亜鉛原料1〜1.5gを適用した以外は実施例1と同一条件で計10回の結晶成長を実施した。
【0036】
そして、全てにおいて0.7〜1.0gの酸化亜鉛単結晶が成長していた。従って、原料酸化亜鉛量に対し、酸化亜鉛単結晶として回収される割合は約70%であった。
【実施例3】
【0037】
酸化亜鉛原料として、同一製造ロットで窒素濃度の分析値が20〜30mass ppmである酸化亜鉛原料1〜1.5gを適用した以外は実施例1と同一条件で計10回の結晶成長を実施した。
【0038】
そして、全てにおいて0.9〜1.4gの酸化亜鉛単結晶が成長していた。従って、原料酸化亜鉛量に対し、酸化亜鉛単結晶として回収される割合は約90%であった。
【0039】
[比較例1]
酸化亜鉛原料として、同一製造ロットで窒素濃度の分析値が1200〜2000 mass ppmである酸化亜鉛原料を適用した以外は実施例1と同一条件で計10回の結晶成長を実施したが、全てにおいて結晶成長が起こらなかった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明に係る酸化亜鉛単結晶の成長方法により高純度で高品質な酸化亜鉛単結晶を歩留まりよく成長させることが可能になるため、酸化亜鉛デバイス用基板材料の製造コストを低減できる等の産業上の利用可能性を有している。
【符号の説明】
【0041】
1 成長容器
2 酸化亜鉛原料
3 輸送剤
4 仕切り
5 毛細管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
長さ方向一端側から他端側に向けて温度勾配を有する成長容器の高温部に酸化亜鉛原料が配置され、かつ、上記成長容器の低温部において化学気相輸送法により酸化亜鉛単結晶を析出させる酸化亜鉛単結晶の成長方法において、
上記酸化亜鉛原料中に含まれる窒素の濃度が500 mass ppm 以下であることを特徴とする酸化亜鉛単結晶の成長方法。
【請求項2】
上記酸化亜鉛原料中に含まれる窒素の濃度が300 mass ppm 以下であることを特徴とする請求項1に記載の酸化亜鉛単結晶の成長方法。
【請求項3】
請求項1に記載の酸化亜鉛単結晶の成長方法に用いられる酸化亜鉛原料において、
上記原料中に含まれる窒素の濃度が500 mass ppm 以下であることを特徴とする酸化亜鉛原料。
【請求項4】
請求項2に記載の酸化亜鉛単結晶の成長方法に用いられる酸化亜鉛原料において、
上記原料中に含まれる窒素の濃度が300 mass ppm 以下であることを特徴とする酸化亜鉛原料。

【図1】
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【公開番号】特開2011−57463(P2011−57463A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−205554(P2009−205554)
【出願日】平成21年9月7日(2009.9.7)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】