説明

酸化物超電導線材およびその製造方法

【課題】酸化物超電導層への水分の浸入を抑えることができる酸化物超電導線材、及び該酸化物超電導線材を良好な生産性で製造できる酸化物超電導線材の製造方法の提供。
【解決手段】本発明の酸化物超電導線材10は、基材1と中間層2と酸化物超電導層3とがこの順に積層されて超電導積層体5が構成され、この超電導積層体5の周面側に、少なくとも酸化物超電導層3の上面に被着するように銀層7が形成され、銀層7を備えた前記超電導積層体の外側に、含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤より形成された化成皮膜9を備えることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物超電導線材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年になって発見されたRE−123系酸化物超電導体(REBaCu7−X:REはYを含む希土類元素)は、液体窒素温度以上で超電導性を示し、電流損失が低いため、実用上極めて有望な素材とされており、これを線材に加工して電力供給用の導体あるいは磁気コイル等として使用することが要望されている。この酸化物超電導体を線材に加工するための方法として、金属基材テープ上に酸化物超電導層を形成する方法が研究されている。
【0003】
酸化物超電導線材にあっては、酸化物超電導層上に薄い銀の安定化層を形成し、その上に銅などの良導電性金属材料からなる厚い安定化層を設けた2層構造の安定化層を積層する構造が採用されている。前記銀の安定化層は、酸化物超電導層を酸素熱処理する際に酸素量の変動を調節する目的のためにも設けられており、銅の安定化層は、酸化物超電導層が超電導状態から常電導状態に遷移しようとしたとき、該酸化物超電導層の電流を転流させるバイパスとして機能させるための目的で設けられている。
【0004】
2層構造の安定化層を形成する技術の一例として、酸化物超電導層の上にスパッタリングにより薄い銀の安定化層を設けた後、線材全体を硫酸銅水溶液のめっき浴に浸漬し、電気めっきにより銀の安定化層上に銅の安定化層を形成する技術が知られている(特許文献1参照)。また、酸化物超電導層の上に銀の安定化層を設けた線材と銅製の安定化材テープとをはんだを介して重ね合わせて加熱・加圧ロールに通すことによって、銀の安定化層上に銅の安定化層を形成する技術も知られている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−80780号公報
【特許文献2】特開2009−48987号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
RE−123系酸化物超電導層の特定組成のものは水分により劣化しやすく、線材を水分の多い環境に保管した場合や、線材に水分が付着した状態のまま放置した場合に、酸化物超電導層に水分が浸入すると、超電導特性が低下する要因となる。
引用文献1のようにめっき処理して銅の安定化層を形成した構造では、銅めっき部に欠陥があるとめっき欠陥部から水分が浸入して酸化物超電導層に達し、酸化物超電導層が劣化してしまう虞がある。
引用文献2のように銀の安定化層上に銅製の安定化材テープを積層して銅の安定化層を形成する技術では、銅の安定化層にめっき欠陥部が形成される問題はない。しかし、銀の安定化層の上面のみが銅の安定化層で保護される構造であり、水分によりダメージを受けやすい酸化物超電導層の側面が外部に露呈しているため、製造工程の途中などに水分が浸入することにより超電導特性の低下を引き起こす虞がある。
【0007】
本発明は、以上のような従来の実情に鑑みなされたものであり、酸化物超電導層への水分の浸入を抑えることができる酸化物超電導線材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明の酸化物超電導線材は、基材と中間層と酸化物超電導層とがこの順に積層されて超電導積層体が構成され、この超電導積層体の周面側に、少なくとも前記酸化物超電導層の上面に被着するように銀層が形成され、前記銀層を備えた前記超電導積層体の外側に、含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤より形成された化成皮膜を備えることを特徴とする。
本発明の酸化物超電導線材は、銀層を備えた超電導積層体の外側に化成皮膜が形成されている構成である。そのため、酸化物超電導層が外部から遮蔽された構成を実現できる。従って、酸化物超電導層への水分の浸入を抑えるので、酸化物超電導層が水分によりダメージを受けることがなく、超電導特性が劣化することを防止できる。
【0009】
本発明の酸化物等電導線材において、前記超電導積層体の周面全体に被着するように前記銀層が形成されてなることもできる。
この場合、超電導積層体の外周全体を覆うように銀層および化成皮膜が形成されている構成となるため、さらに効果的に超電導積層体を外部から遮蔽できる。従って、より確実に酸化物超電導層への水分の浸入を抑えるので、酸化物超電導層が水分によりダメージを受けることがなく、超電導特性の劣化を防ぐことができる酸化物超電導線材となる。
【0010】
また、本発明の酸化物超電導線材において、前記酸化物超電導層上の前記銀層上に金属安定化層が積層され、前記化成皮膜が、前記銀層と前記金属安定化層を覆うように形成されてなることもできる。
この場合、酸化物超電導層上に銀層と金属安定化層を備える構成となるため、酸化物超電導層を安定化する効果が更に高まる。また、酸化物超電導層の上面が銀層、金属安定化層および化成皮膜により被覆される構成となり、さらに効果的に酸化物超電導層への水分の浸入を抑えるので、酸化物超電導層が水分によりダメージを受けることがなくなり、超電導特性が劣化することをより確実に防止できる。
【0011】
本発明の酸化物超電導線材において、前記化成皮膜が前記銀層を覆うように形成され、前記酸化物超電導層上の前記銀層上に前記化成皮膜を介して金属安定化層が積層されてなることもできる。
この場合、酸化物超電導層の上面が銀層、化成皮膜および金属安定化層により被覆される構成となり、効果的に酸化物超電導層への水分の浸入を抑えるので、酸化物超電導層が水分によりダメージを受けることがなくなり、超電導特性が劣化することを確実に防止できる。
【0012】
本発明の酸化物超電導線材において、前記金属安定化層が、金属テープの貼り合わせ又はめっきにより形成されてなることもできる。
金属安定化層が金属テープの貼り合わせより形成されている場合、金属テープの厚さを調整することで容易に金属安定化層の厚さを調整できるので、酸化物超電導層を安定化するに充分な厚さを確保しやすく、安定化効果が高い酸化物超電導線材となる。また、金属安定化層がめっきにより形成されている場合、銀層を備えた超電導積層体の全面を覆うように金属安定化層が形成される構成となる。そのため、超電導積層体を外部からより効果的に遮蔽することができるので、水分による酸化物超電導層の劣化をさらに確実に抑制できる。
【0013】
また、本発明の酸化物超電導線材において、前記銀層の一部に剥離部が形成され、この剥離部を前記化成皮膜が覆っている構成であることもできる。
この場合、仮に銀層の一部に剥離部が形成されていた場合であっても、該剥離部が化成皮膜により覆われているため、酸化物超電導層が外部から化成皮膜で遮蔽された構成を実現できる。そのため、酸化物超電導層への水分の浸入を抑制でき、超電導特性の劣化を防ぐことができる。
さらに、本発明の酸化物超電導線材において、前記含窒素複素環化合物が、イミダゾール系化合物である構成とすることもできる。
【0014】
上記課題を解決するため、本発明の酸化物超電導線材の製造方法は、基材と中間層と酸化物超電導層とがこの順に積層されてなる超電導積層体を準備する第1工程と、前記超電導積層体の周面側に、少なくとも前記酸化物超電導層の上面に被着するように銀層を形成して銀複合積層体とする第2工程と、前記銀複合積層体を、含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤により処理することにより、該銀複合積層体の外側に化成皮膜を形成する第3工程と、を備えることを特徴とする。
本発明の酸化物超電導線材の製造方法は、銀複合積層体の外側に銀層および化成皮膜を形成する構成である。そのため、酸化物超電導層が外部から遮蔽された構成の酸化物超電導線材を製造できる。従って、酸化物超電導層への水分の浸入を抑えるので、酸化物超電導層が水分によりダメージを受けることがなく、超電導特性が劣化することを防止できる酸化物超電導線材を提供できる。
【0015】
また、本発明の酸化物超電導線材の製造方法は、前記第2工程において、前記銀層を形成した後に、前記酸化物超電導層上の前記銀層上に金属安定化層を積層し、その後、前記第3工程において、前記銀層と前記金属安定化層を覆うように前記化成皮膜を形成することもできる。
この場合、酸化物超電導層上に銀層と金属安定化層を形成する構成となるため、酸化物超電導層を安定化する効果が更に向上した酸化物超電導線材を製造できる。また、酸化物超電導層の上面が銀層、金属安定化層および化成皮膜により被覆される構成の酸化物超電導線材が製造できるため、さらに効果的に酸化物超電導層への水分の浸入を抑えるので、酸化物超電導層が水分によりダメージを受けて超電導特性が劣化することをより確実に防ぐことができる酸化物超電導線材を提供できる。
【0016】
また、本発明の酸化物超電導線材の製造方法は、前記第3工程において、前記銀複合積層体の外側に化成皮膜を形成した後に、前記酸化物超電導層上の前記銀層上に前記化成皮膜を介して金属安定化層を積層することもできる。
この場合、酸化物超電導層の上面が銀層、化成皮膜および金属安定化層により被覆される構成の酸化物超電導線材が製造できるため、より効果的に酸化物超電導層への水分の浸入を抑えるので、酸化物超電導層が水分によりダメージを受けて超電導特性が劣化することをより確実に防ぐことができる酸化物超電導線材を提供できる。
また、本発明の酸化物超電導線材の製造方法において、前記含窒素複素環化合物が、イミダゾール系化合物である構成とすることもできる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、酸化物超電導層への水分の浸入を抑えることができる酸化物超電導線材及びその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係る酸化物超電導線材の第1実施形態を示す断面斜視図である。
【図2】図1に示す酸化物超電導線材の積層構造を模式的に示す構成図である。
【図3】銀層に剥離部がある場合の本発明に係る酸化物超電導線材の一例構造を模式的に示す斜視図である。
【図4】本発明に係る酸化物超電導線材の第2実施形態を示す断面斜視図である。
【図5】本発明に係る酸化物超電導線材の第3実施形態を示す断面斜視図である。
【図6】図6(a)は図5に示す酸化物超電導線材の積層構造を模式的に示す構成図であり、図6(b)は本発明に係る超電導線材の他の例を示す断面模式図である。
【図7】本発明に係る酸化物超電導線材の第4実施形態を示す断面斜視図である。
【図8】本発明に係る酸化物超電導線材の第5実施形態を示す断面斜視図である。
【図9】イオンビームスパッタ法により銀層を成膜するための成膜装置構成と成膜状態の一例を示す説明図である。
【図10】図10(a)はプレッシャークッカー試験前の比較例1の酸化物超電導線材の外観写真であり、図10(b)は試験24時間後の実施例1の酸化物超電導線材の外観写真であり、図10(c)は試験24時間後の比較例1の酸化物超電導線材の外観写真である。
【図11】実施例3の酸化物超電導線材の銀層の剥離部付近の電子顕微鏡写真である。
【図12】実施例3の酸化物超電導線材の銀層の剥離部上の膜の分析結果を示す図であり、図12(a)は分析を行った剥離部の拡大写真であり、図12(b)は剥離部のAg元素分布、図11(c)は剥離部のBa元素分布、図12(d)は剥離部のC元素分布である。
【図13】プレッシャークッカー試験24時間後の比較例4の酸化物超電導線材の外観写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係る酸化物超電導線材及びその製造方法の実施形態について図面に基づいて説明する。
[第1実施形態]
図1は本発明に係る酸化物超電導線材の第1実施形態を模式的に示す断面斜視図であり、図2は図1に示す酸化物超電導線材の積層構造を模式的に示す構成図である。
図1及び図2に示す酸化物超電導線材10は、基材1の上に中間層2と酸化物超電導層3を順次積層してなる超電導積層体5の周面側に、銀層7が形成され、この銀層7の外側に化成皮膜9が形成されてた構造となっている。銀層7は、超電導積層体5の上面(すなわち、酸化物超電導層3の上面)および幅方向の両側面を覆うように形成されている。また、化成皮膜9は銀層7の外表面上に形成されている。
【0020】
基材1は、通常の超電導線材の基材として使用し得るものであれば良く、長尺のプレート状、シート状又はテープ状であることが好ましく、耐熱性の金属からなるものが好ましい。耐熱性の金属の中でも、合金が好ましく、ニッケル(Ni)合金又は銅(Cu)合金がより好ましい。中でも、市販品であればハステロイ(商品名、ヘインズ社製)が好適であり、モリブデン(Mo)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、コバルト(Co)等の成分量が異なる、ハステロイB、C、G、N、W等のいずれの種類も使用できる。また、基材1としてニッケル(Ni)合金などに集合組織を導入した配向金属基材を用い、その上に中間層2および酸化物超電導層3を形成してもよい。
基材1の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良く、通常は、10〜500μmであることが好ましく、20〜200μmであることがより好ましい。下限値以上とすることで強度が一層向上し、上限値以下とすることでオーバーオールの臨界電流密度を一層向上させることができる。
【0021】
中間層2は、酸化物超電導層3の結晶配向性を制御し、基材1中の金属元素の酸化物超電導層3への拡散を防止するものである。さらに、基材1と酸化物超電導層3との物理的特性(熱膨張率や格子定数等)の差を緩和するバッファー層として機能し、その材質は、物理的特性が基材1と酸化物超電導層3との中間的な値を示す金属酸化物が好ましい。中間層2の好ましい材質として具体的には、GdZr、MgO、ZrO−Y(YSZ)、SrTiO、CeO、Y、Al、Gd、Zr、Ho、Nd等の金属酸化物が例示できる。
中間層2は、単層でも良いし、複数層でも良い。例えば、前記金属酸化物からなる層(金属酸化物層)は、結晶配向性を有していることが好ましく、複数層である場合には、最外層(最も酸化物超電導層3に近い層)が少なくとも結晶配向性を有していることが好ましい。
【0022】
中間層2は、基材1側にベッド層が介在された複数層構造でもよい。ベッド層は、耐熱性が高く、界面反応性を低減するためのものであり、その上に配される膜の配向性を得るために用いる。このようなベッド層は、必要に応じて配され、例えば、イットリア(Y)、窒化ケイ素(Si)、酸化アルミニウム(Al、「アルミナ」とも呼ぶ)等から構成される。このベッド層は、例えばスパッタリング法等の成膜法により形成され、その厚さは例えば10〜200nmである。
【0023】
さらに、本発明において、中間層2は、基材1側に拡散防止層とベッド層が積層された複数層構造でもよい。この場合、基材1とベッド層との間に拡散防止層が介在された構造となる。拡散防止層は、基材1の構成元素拡散を防止する目的で形成されたもので、窒化ケイ素(Si)、酸化アルミニウム(Al)、あるいは希土類金属酸化物等から構成され、その厚さは例えば10〜400nmである。なお、拡散防止層の結晶性は問われないので、通常のスパッタ法等の成膜法により形成すればよい。
このように基材1とベッド層との間に拡散防止層を介在させることにより、中間層2を構成する他の層や酸化物超電導層3等を形成する際に、必然的に加熱されたり、熱処理される結果として熱履歴を受ける場合に、基材1の構成元素の一部がベッド層を介して酸化物超電導層3側に拡散することを効果的に抑制することができる。基材1とベッド層との間に拡散防止層を介在させる場合の例としては、拡散防止層としてAl、ベッド層としてYを用いる組み合わせを例示することができる。
【0024】
また中間層2は、前記金属酸化物層の上に、さらにキャップ層が積層された複数層構造でも良い。キャップ層は、酸化物超電導層3の配向性を制御する機能を有するとともに、酸化物超電導層3を構成する元素の中間層2への拡散や、酸化物超電導層3積層時に使用するガスと中間層2との反応を抑制する機能等を有するものである。
【0025】
キャップ層は、前記金属酸化物層の表面に対してエピタキシャル成長し、その後、横方向(面方向)に粒成長(オーバーグロース)して、結晶粒が面内方向に選択成長するという過程を経て形成されたものが好ましい。このようなキャップ層は、前記金属酸化物層よりも高い面内配向度が得られる。
キャップ層の材質は、上記機能を発現し得るものであれば特に限定されないが、好ましいものとして具体的には、CeO、Y、Al、Gd、Zr、Ho、Nd等が例示できる。キャップ層の材質がCeOである場合、キャップ層は、Ceの一部が他の金属原子又は金属イオンで置換されたCe−M−O系酸化物を含んでいても良い。
キャップ層は、PLD法(パルスレーザ蒸着法)、スパッタリング法等で成膜することができるが、大きな成膜速度を得られる点でPLD法を用いることが好ましい。
【0026】
中間層2の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良いが、通常は、0.1〜5μmである。
中間層2が、前記金属酸化物層の上にキャップ層が積層された複数層構造である場合には、キャップ層の厚さは、通常は、0.1〜1.5μmである。
【0027】
中間層2は、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法、イオンビームアシスト蒸着法(以下、IBAD法と略記する)等の物理的蒸着法;化学気相成長法(CVD法);塗布熱分解法(MOD法);溶射等、酸化物薄膜を形成する公知の方法で積層できる。特に、IBAD法で形成された前記金属酸化物層は、結晶配向性が高く、酸化物超電導層3やキャップ層の結晶配向性を制御する効果が高い点で好ましい。IBAD法とは、蒸着時に、結晶の蒸着面に対して所定の角度でイオンビームを照射することにより、結晶軸を配向させる方法である。通常は、イオンビームとして、アルゴン(Ar)イオンビームを使用する。例えば、GdZr、MgO又はZrO−Y(YSZ)からなる中間層2は、IBAD法における配向度を表す指標であるΔΦ(FWHM:半値全幅)の値を小さくできるため、特に好適である。
【0028】
酸化物超電導層3は通常知られている組成の酸化物超電導体からなるものを広く適用することができ、REBaCu(REはY、La、Nd、Sm、Er、Gd等の希土類元素を表す)なる材質のもの、具体的には、Y123(YBaCu)又はGd123(GdBaCu)を例示することができる。また、その他の酸化物超電導体、例えば、BiSrCan−1Cu4+2n+δなる組成等に代表される臨界温度の高い他の酸化物超電導体からなるものを用いても良いのは勿論である。
酸化物超電導層3は、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法等の物理的蒸着法;化学気相成長法(CVD法);塗布熱分解法(MOD法)等で積層でき、なかでもレーザ蒸着法が好ましい。
酸化物超電導層3の厚みは、0.5〜5μm程度であって、均一な厚みであることが好ましい。
【0029】
超電導積層体5の上面(酸化物超電導層3の上面)および幅方向の両側面を覆うように形成されている銀層7は、スパッタ法などの気相法により成膜されており、その厚さを1〜30μm程度とされる。より詳細には、酸化物超電導層3上の銀層7Pの厚さは1〜30μm程度とされ、超電導積層体5の側面側に形成された銀層7Qの厚さは、通常、銀層7Pよりも薄く0.5〜26μm程度とされる。なお、気相法により成膜された銀層7は、銀の粒子が超電導積層体5の表面(成膜面)に被着して膜を形成している。そのため、銀層7は全体的に均一な膜ではなく、膜厚や膜表面形状にバラつきがある場合もありうる。銀層7の形成方法の詳細については、後述する。
銀層7を備える構成とする理由としては、銀は良導電性かつ酸化物超電導層3と接触抵抗が低くなじみの良い点、及び、酸化物超電導層3に酸素をドープするアニール工程においてドープした酸素を酸化物超電導層3から逃避し難くする性質を有する点を挙げることができる。
【0030】
なお、図1および図2に示す例では銀層7(7Q)が、超電導積層体5の側面全体を覆っている例を示しているが、本発明はこの例に限定されない。銀層7は、少なくとも酸化物超電導層3の上面および側面を覆っていれば、後述する化成皮膜9が銀層7の表面上に形成される構成となり、酸化物超電導層3を外部から遮蔽し、酸化物超電導層3に水分が浸入することを抑止できる。
【0031】
銀層7の外面上に形成された化成皮膜9は、含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤より形成されている。化成皮膜9の形成方法の詳細は後述するが、超電導積層体5の外周側に銀層7が形成された銀層複合積層体S1を、含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤により処理することにより、化成皮膜9を形成できる。
含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤としては、銀および銅等の良導電性の金属材料と錯形成可能な含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤であれば特に限定されず、金属の変色防止剤、防食剤、防錆剤、酸化防止剤、プレフラックス剤、封孔処理剤等として従来公知の表面処理剤を使用することができ、一般に市販されているものを使用できる。含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤としては、水溶性、非水溶性(溶剤系)のどちらも使用できるが、環境負荷を低減できる点から水溶性のものを用いることが好ましい。
【0032】
このような含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤と、超電導積層体5の外周側に銀層7が形成された銀複合積層体S1を接触させることにより、銀複合積層体S1の外周の銀層7の表面の銀と、金属表面処理剤中の含窒素複素環化合物が反応し、銀−含窒素複素環化合物錯体を形成して高分子化し、銀層7の表面に化成皮膜9が形成される。化成皮膜9の詳細な化学構造は現時点では明らかではないが、銀−含窒素複素環化合物錯体を含む構造の高分子膜であると推定される。なお、後述の実施形態の如く、超電導積層体5の外側に銅等よりなる金属安定化層が形成された積層体を含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤で処理する場合は、外表面の銀だけでなく外表面の銅の安定化層も金属表面処理剤中の含窒素複素環化合物と反応し、銀層7の表面には銀−含窒素複素環化合物錯体の化成皮膜9が形成され、銅の安定化層の表面には銅−含窒素複素環化合物錯体を含む化成皮膜が形成される。また、化成皮膜は上述の銀錯体(または銅錯体)以外の化合物を含んでいても含んでいなくてもよい。化成皮膜の形成に用いる金属表面処理剤の種類により銀錯体(または銅錯体)以外の化合物も生成され、化成皮膜を構成する場合がある。
化成皮膜9の厚さは特に限定されず、例えば0.1nm〜3.0μm程度である。
【0033】
化成皮膜9を形成する金属表面処理剤が含有する含窒素複素環化合物としては、銀および銅等の良導電性の金属材料と錯形成可能であり、且つ、窒素原子を含む複素環化合物であれば特に限定されないが、銀層7および後述する銅系の金属安定化層との反応性が良いためイミダゾール系化合物またはトリアゾール系化合物であることが好ましく、イミダゾール系化合物がより好ましい。
【0034】
化成皮膜9を形成する金属表面処理剤が含有する含窒素複素環化合物として適するイミダゾール化合物は、分子中にイミダゾール骨格を有する化合物であれば特に制限されないが、例えば、アルキルイミダゾール化合物、アリールイミダゾール化合物、アラルキルイミダゾール化合物、アルキルベンズイミダゾール化合物、アリールベンズイミダゾール化合物やアラルキルベンズイミダゾール化合物が挙げられる。これらは1種単独でまたは2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0035】
前記アルキルイミダゾール化合物としては、1−デシルイミダゾール、2−メチルイミダゾール、2−ウンデシルイミダゾール、2−ヘプタデシルイミダゾール、2−エチル−4−メチルイミダゾール、2−ウンデシル−4−メチルイミダゾール、4−メチルイミダゾール、4−オクチルイミダゾール、2−シクロヘキシルイミダゾール等が挙げられる。
【0036】
前記アリールイミダゾール化合物としては、1−フェニルイミダゾール、2−フェニルイミダゾール、2−トルイルイミダゾール、2−(4−クロロフェニル)イミダゾール、2−フェニル−4−メチルイミダゾール、2−フェニル−1−ベンジルイミダゾール、2−フェニル−4−ベンジルイミダゾール、2,4−ジフェニルイミダゾール、2,4−ジフェニル−5−メチルイミダゾール、2−フェニル−4−(3,4−ジクロロフェニル)イミダゾール、2−フェニル−4−(2,4−ジクロロフェニル)−5−メチルイミダゾール、2−(2,4−ジクロロフェニル)−4−フェニル−5−メチルイミダゾール、4−フェニルイミダゾール、2−ノニル−4−フェニルイミダゾール、4−フェニル−5−デシルイミダゾール、2−フェニル−4−メチル−5−ベンジルイミダゾール、2−(1−ナフチル)イミダゾール、2−(2−ナフチル)−4−(4−クロロフェニル)−5−メチルイミダゾール、2−フェニル−4−(2−ナフチル)イミダゾール、2,4,5−トリフェニルイミダゾール、2−(2,4−ジクロロフェニル)−4,5−ジフェニルイミダゾール、2−(1−ナフチル)−4,5−ジフェニルイミダゾール、2−(4−ピリジル)−4,5−ジフェニルイミダゾール等が挙げられる。
【0037】
前記アラルキルイミダゾール化合物としては、1−ベンジルイミダゾール、1−(4−クロロフェニル)メチル−2−メチルイミダゾール、2−ベンジルイミダゾール、2−ベンジル−4−メチルイミダゾール、2−(2−フェニルエチル)イミダゾール、2−(5−フェニルペンチル)イミダゾール、2−メチル−4,5−ジベンジルイミダゾール、1−(2,4−ジクロロフェニル)メチル−2−ベンジルイミダゾール、2−(1−ナフチル)メチル−4−メチルイミダゾール等が挙げられる。
【0038】
前記アルキルベンズイミダゾール化合物としては、1−ドデシル−2−メチルベンズイミダゾール、2−プロピルベンズイミダゾール、2−ペンチルベンズイミダゾール、2−オクチルベンズイミダゾール、2−ノニルベンズイミダゾール、2−ヘプタデシルベンズイミダゾール、2−ヘキシル−5−メチルベンズイミダゾール、2−ペンチル−5,6−ジクロロベンズイミダゾール、2−(1−エチルペンチル)ベンズイミダゾール、2−(2,4,4−トリメチルペンチル)ベンズイミダゾール、2−シクロヘキシルベンズイミダゾール、2−(5−シクロヘキシルペンチル)ベンズイミダゾール、2−フェノキシメチルベンズイミダゾール、2−(2−アミノエチル)ベンズイミダゾール、2,2´−エチレンジベンズイミダゾール、2−(メルカプトメチル)ベンズイミダゾール、2−ペンチルメルカプトベンズイミダゾール等が挙げられる。
【0039】
前記アリールベンズイミダゾール化合物としては、1−フェニルベンズイミダゾール、2−フェニルベンズイミダゾール、2−(4−クロロフェニル)ベンズイミダゾール、1−ベンジル−2−フェニルベンズイミダゾール、2−オルソトリル−5,6−ジメチルベンズイミダゾール、2−(1−ナフチル)−5−クロロベンズイミダゾール、5−フェニルベンズイミダゾール、2−(2−ピリジル)ベンズイミダゾール等のアリールベンズイミダゾール化合物が挙げられる。
【0040】
前記アラルキルベンズイミダゾール化合物としては、1−ベンジルベンズイミダゾール、2−ベンジルベンズイミダゾール、2−(4−クロロフェニル)メチルベンズイミダゾール、2−(4−ブロモフェニル)メチルベンズイミダゾール、2−(2,4−ジクロロフェニル)メチルベンズイミダゾール、2−(3,4−ジクロロフェニル)メチルベンズイミダゾール、2−パラトリルメチル−5,6−ジクロロベンズイミダゾール、1−アリル−2−(4−クロロフェニル)メチルベンズイミダゾール、2−(2−フェニルエチル)ベンズイミダゾール、2−(3−フェニルプロピル)−5−メチルベンズイミダゾール、2−(1−ナフチル)メチルベンズイミダゾール、2−(2−フェニルビニル)ベンズイミダゾール、2−(ベンジルメルカプト)ベンズイミダゾール、2−(2−ベンジルメルカプトエチル)ベンズイミダゾール等が挙げられる。
【0041】
化成皮膜9を形成する金属表面処理剤が含有する含窒素複素環化合物として適するトリアゾール系化合物としては、分子中にトリアゾール骨格を有する化合物であれば特に制限されない。例えば、1,2,3−トリアゾール、1,2,4−トリアゾール、1,2,4−トリアゾール−3−カルボン酸、3−アミノ−1,2,4−トリアゾール、1,2,3−ベンゾトリアゾール、トリルトリアゾール、ニトロベンゾトリアゾール、4−アミノ−1,2,4−トリアゾール、5−アミノ−1,2,4−トリアゾール−3−カルボン酸、3−メルカプト−1,2,4−トリアゾール等のトリアゾール誘導体およびこれらの金属塩が挙げられる。これらは1種単独でまたは2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0042】
化成皮膜9を形成する金属表面処理剤には、これらの含窒素複素環化合物が溶媒に溶解された状態で含有されている。
前記溶媒としては、上記した含窒素複素環化合物を完全に溶解させるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、水、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコールなどのアルコール類、アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類、酢酸エチルなどのエステル類、ジメチルホルムアミドなどのアミド類等を挙げることができるが、これらの中でも、環境負荷の低減、取り扱いの容易さ、作業性の点で水、または水と混和する有機溶媒、もしくは水と有機溶媒との混合溶媒が好ましい。
含窒素複素環化合物は金属表面処理剤中に、0.01〜10重量%の割合、好ましくは0.1〜5重量%の割合で含有されている。
【0043】
化成皮膜9を形成する金属表面処理剤は、前記含窒素複素環化合物以外に、有機酸や無機酸、アミン系化合物、無機塩基、金属塩、界面活性剤、キレート剤などを含有していてもよい。
前記有機酸としては、例えばギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、カプロン酸、ラウリル酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、アジピン酸、マレイン酸、フマル酸、グリコール酸、グリオキシル酸、乳酸、リンゴ酸、安息香酸、メタンスルホン酸、アクリル酸等が挙げられる。
前記無機酸としては、例えば塩酸、臭化水素酸、硫酸、リン酸などが上げられる。
【0044】
前記アミン系化合物としては、例えばアンモニア、メチルアミン、エチルアミンなどのアルキルアミン、ベンゾトリアゾール、ベンゾイミダゾール、2−フェニルイミダゾール、2,4−ジフェニルイミダゾール、2−ウンデシルイミダゾールなどのアゾール類が挙げられる。
前記無機塩基としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウムなどが挙げられる。
前記金属塩としては、例えば、酢酸銅、塩化銅、臭化銅、硫酸銅、硝酸銅などの銅塩、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、臭化亜鉛、硫酸亜鉛、硝酸亜鉛などの亜鉛塩、塩化カリウム、臭化カリウム、ヨウ化カリウムなどのハロゲン化アルカリ金属塩などが挙げられる。
【0045】
このような含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤としては、市販品を使用でき、例えば、四国化成社製のタフエースF2(LX)PKなどのタフエースシリーズ等が挙げられる。また、東京化成工業社製の1,2,3−ベンゾトリアゾールを、所望の添加剤とともに水や溶剤に溶かして金属表面処理剤とすることもできる。
【0046】
次に、本実施形態の酸化物超電導線材10の製造方法について説明する。
本実施形態の酸化物超電導線材10の製造方法は、基材1と中間層2と酸化物超電導層3とがこの順に積層されてなる超電導積層体5を準備する第1工程と、超電導積層体5の周面側に、少なくとも酸化物超電導層3の上面と側面に被着するように銀層7を形成して銀複合積層体S1とする第2工程と、銀複合積層体S1を、上記した含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤により処理することにより、銀層7の外側に化成皮膜9を形成する第3工程と、を備える。
【0047】
まず、前述した超電導積層体5を準備する(第1工程)。一例として、基材1上にスパッタ法で拡散防止層とベッド層を形成した後、このベッド層の上にIBAD法で中間層2を形成し、さらにPLD法でキャップ層と酸化物超電導層3を形成することにより超電導積層体5を得ることができる。
次に、超電導積層体5の上面(酸化物超電導層3の上面)と幅方向の両側面に被着するように銀層7を形成して銀複合積層体S1を作製する(第2工程)。ここで、超電導積層体5の側面の銀層7Qは、少なくとも酸化物超電導層3の側面を覆うように被着していればよい。
銀層7の形成方法は特に限定されず従来公知の方法を適用できるが、気相法により形成することが好ましい。気相法としては、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法等の物理的蒸着法、化学気相成長法(CVD法)が挙げられるが、比較的簡便に成膜が可能であり、コストも安価であるため、スパッタ法が特に好ましい。スパッタ法としては、イオンビームスパッタ法、DC(直流)スパッタ法、RF(高周波)スパッタ法、マグネトロンスパッタ法のいずれの方法でもよい。
【0048】
スパッタ法により銀層7を形成する方法の一例として、イオンビームスパッタ法により銀をスパッタして銀層を形成する場合について説明する。まず、超電導積層体5の酸化物超電導層3と銀のターゲットを対向配置する。そして、この状態でイオンビームをターゲットに照射し、ターゲットの構成粒子である銀を叩き出すか蒸発させて、銀粒子を対向する超電導積層体5の酸化物超電導層3上に堆積させて銀層7を成膜する。ここで、超電導積層体5の厚さは、通常数100μm程度と薄いため、ターゲットからの銀粒子は超電導積層体5の側面側にも回り込み、銀粒子が超電導積層体5の幅方向の側面にも被着し、銀側7Qが形成される。以上により、銀層7を形成することができる。なお、銀層7の成膜条件については、常法により適宜調整すればよい。また、長尺テープ状の超電導積層体5に銀層7を成膜する場合には、スパッタ装置の内部において超電導積層体5をリールに巻回しておき、一方のリールから他方のリールに繰り出す間に成膜できるようにして、長尺テープ状の超電導積層体5の全長にわたり銀層7を形成することができる。
【0049】
形成する銀層7の厚さは、1〜30μm程度とされ、より詳細には、酸化物超電導層3上の銀層7Pの厚さは1〜30μm程度とされ、超電導積層体5の側面側に形成された銀層7Qの厚さは、上記の如くスパッタ法等の気相法により形成された場合は、通常、銀層7Pよりも薄く、0.5〜26μm程度とされる。なお、気相法により成膜された銀層7は、銀の粒子が超電導積層体5の表面(成膜面)に被着して膜を形成している。そのため、銀層7は全体的に均一な膜ではなく、膜厚や膜表面形状にバラつきがある場合もありうる。
【0050】
次に、作製した銀複合積層体S1を、含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤で処理することにより銀層7の外側に化成皮膜9を形成する(第3工程)。
含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤としては、上記したものを使用できる。中でも、含窒素複素環化合物としてイミダゾール系化合物またはトリアゾール系化合物を含む金属表面処理剤を使用することが好ましく、イミダゾール系化合物を含む金属表面処理剤は銀層7との反応性が良いため特に好適である。
形成する化成皮膜9の厚さは特に限定されず、例えば0.1nm〜3.0μm程度である。
【0051】
銀複合積層体S1を金属表面処理剤で処理する方法としては、銀複合積層体S1を上記金属表面処理剤に含浸したり、銀複合積層体S1に上記金属表面処理剤を吹き付けたり、スピンコーターを用いて塗布したりした後、乾燥する等の方法が挙げられる。
銀複合積層体S1を金属表面処理剤で処理する処理温度は、通常10〜80℃、好ましくは15〜70℃、より好ましくは20〜60℃である。前記温度範囲で処理することにより、銀層7の表面に十分な化成皮膜を形成することができる。
銀複合積層体S1を金属表面処理剤で処理する処理時間は、通常1秒〜30分、好ましくは5秒〜25分、より好ましくは10秒〜20分である。前記処理時間で処理することにより、銀層7の表面に十分な皮膜を形成させることができる。
形成する化成皮膜9の厚さは特に限定されず、例えば0.1nm〜3.0μm程度であるが、適宜処理方法、条件を変えて膜厚をコントロールすることができる。
【0052】
このような含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤と、超電導積層体5の外周側に銀層7が形成された銀複合積層体S1を接触させることにより、銀複合積層体S1の外周の銀層7の表面の銀と、金属表面処理剤中の含窒素複素環化合物が反応し、銀−含窒素複素環化合物錯体を形成して高分子化し、銀層7の表面に化成皮膜9が形成される。化成皮膜9の詳細な化学構造は現時点では明らかではないが、銀−含窒素複素環化合物錯体を含む構造の高分子膜であると推定される。
以上の工程により、酸化物超電導線材10を製造できる。
【0053】
本実施形態の酸化物超電導線材10は、超電導積層体5の外周側に、超電導積層体5の上面および側面を覆うように銀層7および化成皮膜9が形成されている構成であるため、酸化物超電導層3を含む超電導積層体5の上面及び側面が外部から遮蔽された構成が実現できる。このような構成にすることで、酸化物超電導層3への水分の浸入を抑え、酸化物超電導層が水分によりダメージを受けて超電導特性が劣化することを防ぐことができる。
【0054】
また、本実施形態の酸化物超電導線材10は、銀層7と化成皮膜9により酸化物超電導層3が被覆された構成であるが、酸化物超電導線材10の運転温度と想定される77K(液体窒素温度)程度の極めて低温の状況下でも、熱収縮により化成皮膜9に変形やクラックが生じることがない。通常、高分子(樹脂)などの有機膜により被覆された超電導線材においては、液体窒素温度等の極めて低温での使用によるクラックの発生などが問題になることがあるが、驚くべきことに、本実施形態の酸化物超電導線材10では後述する実施例の結果が示すように、このような問題は生じない。化成皮膜9による被覆が液体窒素温度等の極めて低温での使用にも耐えうる理由は現在のところ明らかではないが、化成皮膜9の厚さが数nm〜数百nm程度と非常に薄いことや、銀層7の表面の銀と金属表面処理剤が反応して、銀層7の表面に化成皮膜が形成されていることにより、銀層7と化成皮膜9の密着性が良好であること等が要因ではないかと推定される。
【0055】
さらに、本実施形態の酸化物超電導線材10は、上記の如く薄い化成皮膜9に被覆された構成であるため、線材の小型化が可能であり、線材を巻銅などに巻回してコイル加工して超電導コイルとする際にも取り扱い性が良好である。
【0056】
また、本発明者の検討によれば、後述の実施例3に示す如く、銀複合積層体S1を上記金属表面処理剤で処理すると、銀層7の一部がイオン化して銀−含窒素複素環化合物の高分子膜(錯体)を形成する他、イオン化した銀の一部は凝集して被処理体(銀複合積層体S1)に被着する。そのため、万一、銀層7の一部が剥離して剥離部が形成され、酸化物超電導層3の一部が露出している場合にも、凝集した銀と化成皮膜により銀層7の剥離部が埋められ、酸化物超電導層3を外部から遮蔽する構造を実現できる。図3は、本実施形態の酸化物超電導線材において、仮に銀層7の一部が剥離していた場合の一例構造を模式的に示す斜視図である。図3に示す形態の酸化物超電導線材10Aは、銀層7の剥離部17が化成皮膜9により被覆されているため、酸化物超電導層3が化成皮膜9により外部から遮蔽された構造となる。そのため、後述の実施例3の結果が示すように、銀層7に剥離部17がある場合にも、酸化物超電導層3への水分の浸入および超電導特性の劣化を抑制できる。
【0057】
このような銀層7の剥離部17は頻繁に形成されるものではないが、製造工程中に銀層7の一部が僅かに剥離してしまう場合に形成されうる。例えば、中間層2や酸化物超電導層3の成膜等の製造工程途中に混入した異物が除去されず酸化物超電導層3に付着した状態で銀層7を成膜した場合には、該異物の剥離に伴い銀層7の一部も剥離してしまう場合がある。異物の混入を防ぐためには、線材の洗浄が有効であるが、線材に付着した異物はエアー洗浄などでは除去しにくく、また、線材表面をブラッシングして洗浄すると、表面の膜を傷つけてしまい、特性が劣化するおそれがある。線材の長尺化や製造本数の増加により銀層7に剥離部が形成される可能性が高くなるため、銀層7への剥離部の導入を完全に無くすことより、銀層7形成後に剥離部を修復する方がより現実的である。
【0058】
本実施形態の酸化物超電導線材およびその製造方法によれば、後述の実施例に示す如く、万が一銀層に剥離部が導入された場合にも、化成皮膜により被覆する構成であることにより、酸化物超電導層が外部から完全に遮蔽された構造を実現できる。従って、本実施形態の酸化物超電導線材の製造方法によれば、製造工程の簡略化、不良品率の低下、生産性の向上が望める。
【0059】
[第2実施形態]
図4は本発明に係る酸化物超電導線材の第2実施形態を模式的に示す断面斜視図である。
図4に示す酸化物超電導線材10Bは、基材1の上に中間層2と酸化物超電導層3を順次積層してなる超電導積層体5の周面側に、銀層7Bが形成され、この銀層7の外側に化成皮膜9Bが形成されてた構造となっている。銀層7Bは、超電導積層体5の上面(すなわち、酸化物超電導層3の上面)を覆う銀層7Pと、超電導積層体5の幅方向両側面を覆う銀層7Qと、超電導積層体5の下面(すなわち、基材1の裏面)を覆う銀層7Rとで構成されている。化成皮膜9は銀層7の外表面上に形成されており、超電導積層体5の全周を覆っている。
【0060】
本実施形態の酸化物超電導線材10Bは、超電導積層体5の下面(基材1の裏面)側も、銀層7および化成皮膜9により被覆されている点で、第1実施形態の超電導線材10とは異なっている。図4において、上記第1実施形態の酸化物超電導線材10と同一の構成要素には同一の符号を付し、説明を省略する。
【0061】
超電導積層体5の外周面を覆うように形成されている銀層7Bは、スパッタ法などの気相法により成膜されており、その厚さを1〜30μm程度とされる。より詳細には、酸化物超電導層3上の銀層7Pの厚さは1〜30μm程度とされ、超電導積層体5の側面側および裏面側に形成された銀層7Qおよび7Rの厚さは、通常、銀層7Pよりも薄く、0.5〜26μm程度とされる。なお、気相法により成膜された銀層7Bは、銀の粒子が超電導積層体5の表面(成膜面)に被着して膜を形成している。そのため、銀層7Bは全体的に均一な膜ではなく、膜厚や膜表面形状にバラつきがある場合もありうる。銀層7Bの形成方法の詳細については、後述する。
【0062】
銀層7Bの外面上に形成された化成皮膜9Bは、上記第1実施形態の酸化物超電導線材10の化成皮膜9と同様に、前述の含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤より形成されている。化成皮膜9Bは、超電導積層体5の外周側に銀層7Bが形成された銀層複合積層体S2を、含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤により処理することにより形成される。
化成皮膜9Bの厚さは特に限定されず、例えば0.1nm〜3.0μm程度である。
【0063】
本実施形態の酸化物超電導線材10Bは、超電導積層体5の外周全体を覆うように銀層7Bおよび化成皮膜9Bが形成されている構成である。そのため、上述の第1実施形態の酸化物超電導線材10よりも、さらに効果的に超電導積層体5を外部から遮蔽できる。従って、本実施形態の酸化物超電導線材10Bによれば、上記第1実施形態の酸化物超電導線材10の効果に加え、より確実に酸化物超電導層3への水分の浸入を抑えるので、酸化物超電導層が水分によりダメージを受けることがなく、超電導特性の劣化をより効果的に防ぐことができる。
【0064】
次に、本実施形態の酸化物超電導線材10Bの製造方法について説明する。
本実施形態の酸化物超電導線材10Bの製造方法は、基材1と中間層2と酸化物超電導層3とがこの順に積層されてなる超電導積層体5を準備する第1工程と、超電導積層体5の周面側の全周に被着するように銀層7Bを形成して銀複合積層体S2とする第2工程と、銀複合積層体S2を、上記した含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤により処理することにより、銀層7Bの外側に化成皮膜9Bを形成する第3工程と、を備える。
【0065】
まず、前述した超電導積層体5を準備し(第1工程)、超電導積層体5の周面側の全周を覆うように銀層7Bを形成して銀複合積層体S2を作製する(第2工程)。
銀層7Bの形成方法は特に限定されず従来公知の方法を適用できるが、気相法により形成することが好ましい。気相法としては、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法等の物理的蒸着法、化学気相成長法(CVD法)が挙げられるが、比較的簡便に成膜が可能であり、コストも安価であるため、スパッタ法が特に好ましい。スパッタ法としては、イオンビームスパッタ法、DC(直流)スパッタ法、RF(高周波)スパッタ法、マグネトロンスパッタ法のいずれの方法でもよい。
【0066】
スパッタ法により銀層7Bを形成する方法の一例として、イオンビームスパッタ法により銀をスパッタして銀層7Bを成膜する方法について説明する。
図9は、イオンビームスパッタ法により超電導積層体5の全周を覆うように銀を成膜する場合に使用される成膜装置の一例を示す概略構成図である。
【0067】
図9に示す成膜装置50は、基材1と中間層2と酸化物超電導層3がこの順に積層されて構成されたテープ状の超電導積層体5を、長手方向に走行させて連続成膜することができる装置である。
成膜装置50は、テープ状の超電導積層体5を巻回するリール等の巻回部材を複数個同軸的に配列してなり、離間して対向配置された一対の第1ロール54、第2ロール55より構成される超電導積層体5が走行する走行系51と、走行系51に超電導積層体5を送り出す送出リール52と、走行系51から排出される超電導積層体5を巻き取る巻取リール53と、超電導積層体5に対して銀層7Bを形成する第1の成膜系56及び第2の成膜系57とを備えている。成膜装置50は真空容器G1に収容されており、真空容器G1には真空排気装置G2が接続され、この真空排気装置G2により真空容器G1内を所定の圧力に減圧するようになっている。
【0068】
第1の成膜系56と第2の成膜系57は、走行系51を走行する超電導積層体5を挟んで対向配置されている。第1の成膜系56は、第1ロール54側から第2ロール55側に向かう直線経路(図9中、矢印Aで示す順方向の往路)を走行する超電導積層体5の酸化物超電導層3と対向するように配置された第1のターゲット56aと、第1のターゲット56aにイオンを照射する第1のスパッタビーム照射装置56bとを備え、第2の成膜系57は、第2ロール55側から第1ロール54側に向かう直線経路(図9中、矢印Bで示す逆方向の復路)を走行する超電導積層体5の酸化物超電導層3と対向するように配置された第2のターゲット57aと、第2のターゲット57aにイオンを照射する第2のスパッタビーム照射装置57bとを備えている。第1のターゲット56a及び第2のターゲット57aは、銀より構成されている。
【0069】
この形態では、第1ロール54は、送出リール52と巻取リール53との間に設けられ、第2ロール55は、第1ロール54と離間して対向配置されている。この形態において、第1ロール54と第2ロール55はそれらの回転中心軸を鉛直向きとして配置され、第1ロール54の周面と第2ロール55の周面にはテープ状の超電導積層体5が、これらの間を複数ターン相互に離間しながら周回するように巻き付けられ、この周回された超電導積層体5は、酸化物超電導層3の表面を外周側にして複数周(図9に示す例では7周)、各周がレーストラック状になるように複数列が互いに離間して並設した状態で掛け渡されている。
【0070】
第1ロール54、第2ロール55、送出リール52及び巻取リール53を駆動装置(図示略)により互いに同期して駆動させることにより、送出リール52から送り出された超電導積層体5が第1ロール54の周面上に供給され、第1ロール54及び第2ロール55にガイドされて各周においてレーストラック状に複数周走行した後、巻取リール53に巻き取られるようになっている。超電導積層体5が走行系51をレーストラック状に走行している間、超電導積層体5には、第1の成膜系56及び第2の成膜系57によって、夫々、イオンの照射により第1のターゲット56a及び第2のターゲット57aから叩き出すか蒸発された各ターゲット56a、57aの構成粒子である銀が成膜される。
【0071】
図9に示す構成の成膜装置50を用いてテープ状の超電導積層体5の全周を覆うように銀層7Bを成膜するには、第1のターゲット56a及び第2のターゲット57aを所定の位置に設置し、次いで、送出リール52に巻回されている超電導積層体5を引き出しながら、第1ロール54及び第2ロール55に順次、相互に離間するように複数ターン巻回し、その後、超電導積層体5の先端側を巻取リール53に巻き取り可能に取り付ける。
これによって、走行系51である一対の第1ロール54及び第2ロール55に巻回された超電導積層体5が、第1ロール54及び第2ロール55を周回し、第1のターゲット56aに対向する位置および第2のターゲット57aに対向する位置に複数列並んで移動するようになる。その後、真空排気装置を駆動し、真空容器内を減圧する。
【0072】
次に、駆動手段(図示略)を作動させて、第1ロール54、第2ロール55、送出リール52及び巻取リール53を互いに同期して駆動させることにより、走行系51に超電導積層体5を走行させるとともに、第1のスパッタビーム照射装置56b及び第2のスパッタビーム照射装置57bを作動させる。
【0073】
これにより、第1のスパッタビーム照射装置56bから第1のターゲット56aにイオンを照射し、第1のターゲット56aの構成粒子である銀を叩き出すか蒸発させて、第1の成膜系56を図9中矢印A方向に走行中の超電導積層体5の酸化物超電導層3側の表面上に堆積するとともに、第2のスパッタビーム照射装置57bから第2のターゲット57aにイオンを照射し、第2のターゲット57aの構成粒子である銀を叩き出すか蒸発させて、第2の成膜系57を図9中矢印B方向に走行中の超電導積層体5の酸化物超電導層3側の表面上に堆積する。
【0074】
この際、走行系51を走行する超電導積層体5は、図9に示す如く互いに離間して複数レーンが並設した状態で第1ロール54、第2ロール55に複数周掛け渡されている。そのため、イオンの照射により第1のターゲット56aから叩き出されるか蒸発された銀粒子は、第1の成膜系56を走行中の複数列が互いに離間して並設された超電導積層体5間の隙間を通り抜けて、第1の成膜系56と走行系51を介して対向する第2の成膜系57を走行中の超電導積層体5の裏面まで到達し、第2の成膜系57を走行中の超電導積層体5の裏面上(基材1側)に堆積する。同様に、イオンの照射により第2のターゲット57aから叩き出されるか蒸発された銀粒子は、第2の成膜系57を走行中の複数列が互いに離間して並設された超電導積層体5間の隙間を通り抜けて、第2の成膜系57と走行系51を介して対向する第1の成膜系56を走行中の超電導積層体5の裏面まで到達し、第2の成膜系56を走行中の超電導積層体5の裏面上(基材1側)に堆積する。また、超電導積層体5の厚さは、通常数100μm程度と薄いため、第1のターゲット56a及び第2のターゲット57aより叩き出された銀粒子は、超電導積層体5の側面側にもまわり込むため、超電導積層体5の全周に亘って銀がスパッタされる。
【0075】
超電導積層体5は、走行系51を走行中にその全周に亘って銀層7Bが形成された後、巻取リール53に巻き取られる。
以上の工程により、超電導積層体5の全周を覆うように銀層7Bを形成して銀複合積層体S2を作製できる。
図9に示す構成の成膜装置50を使用して銀層7Bを形成するならば、イオンの照射により第1のターゲット56a及び第2のターゲット57aからの銀粒子を、良好な収率で超電導積層体5の表面、裏面、及び両側面に堆積させることができ、生産工程の短縮化、及びターゲットの有効利用が可能となる。
【0076】
次に、作製した銀複合積層体S2を、前述の含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤で処理することにより銀層7Bの外側に化成皮膜9Bを形成する(第3工程)。
含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤としては、上記したものを使用できる。中でも、銀層7Bおよび後述する銅系の金属安定化層との反応性が良いため、含窒素複素環化合物としてイミダゾール系化合物またはトリアゾール系化合物を含む金属表面処理剤を使用することが好ましく、イミダゾール系化合物を含む金属表面処理剤は特に好適である。
形成する化成皮膜9Bの厚さは特に限定されず、例えば0.1nm〜3.0μm程度である。
銀複合積層体S2を金属表面処理剤で処理する方法および条件は、前記第1実施形態の場合と同様である。
【0077】
前述の含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤と、超電導積層体5の外周側に銀層7Bが形成された銀複合積層体S2を接触させることにより、銀複合積層体S2の外周の銀層7Bの表面の銀と、金属表面処理剤中の含窒素複素環化合物が反応し、銀−含窒素複素環化合物錯体を形成して高分子化し、銀層7Bの表面に化成皮膜9Bが形成される。
以上の工程により、本実施形態の酸化物超電導線材10Bを製造できる。
【0078】
本実施形態の酸化物超電導線材10Bの製造方法によれば、超電導積層体5の外周全体を覆うように銀層7Bおよび化成皮膜9Bを形成する構成である。そのため、上述の第1実施形態も、さらに効果的な遮蔽構造を実現できる。従って、本実施形態の製造方法によれば、上記第1実施形態の効果に加え、より確実に酸化物超電導層3への水分の浸入を抑えるので、酸化物超電導層が水分によりダメージを受けることがなく、超電導特性の劣化を防止できる酸化物超電導線材を提供できる。
【0079】
[第3実施形態]
図5は本発明に係る酸化物超電導線材の第3実施形態を模式的に示す断面斜視図であり、図6(a)は図5に示す酸化物超電導線材の積層構造を模式的に示す構成図である。
図5及び図6(a)に示す酸化物超電導線材10Cは、基材1の上に中間層2と酸化物超電導層3を順次積層してなる超電導積層体5の周面側に、超電導積層体5の上面(すなわち、酸化物超電導層3の上面)および幅方向の両側面を覆うように銀層7が形成され、この銀層7上に金属安定化層8が積層された積層体S3の外側に化成皮膜9Cが形成された構造となっている。銀複合積層体S1の上面に金属安定化層8が積層された積層体S3は、その上面(すなわち、金属安定化層8の上面)および幅方向の両側面(金属安定化層8の両側面および銀層7の両側面)が化成皮膜9Cで被覆されている。
【0080】
本実施形態の酸化物超電導線材10Cは、前記第1実施形態の酸化物超電導線材10の構成に加え、超電導積層体5の上面(すなわち、酸化物超電導層3の上面)に形成された銀層7と化成皮膜9との間に金属安定化層8が介在された構成となっている。図5及び図6(a)において、上記第1実施形態の酸化物超電導線材10と同一の構成要素には同一の符号を付し、説明を省略する。
【0081】
銀層7のうち、酸化物超電導層3上の銀層7P上に積層された金属安定化層8は、良導電性の金属材料からなり、酸化物超電導層3が超電導状態から常電導状態に遷移しようとした時に、銀層7とともに、酸化物超電導層3の電流が転流するバイパスとして機能する。
金属安定化層8を構成する金属材料としては、良導電性を有するものであればよく、特に限定されないが、銅、黄銅(Cu−Zn合金)、Cu−Ni合金等の銅合金、ステンレス等の比較的安価な材質からなるものを用いることが好ましく、中でも高い導電性を有し、安価であることがら銅製が好ましい。
なお、酸化物超電導線材10Cを超電導限流器に使用する場合は、金属安定化層8は抵抗金属材料より構成され、Ni−Cr等のNi系合金などを使用できる。
【0082】
金属安定化層8の形成方法は特に限定されず、例えば、銅などの良導電性材料よりなる金属テープを半田などの接合剤を介して銀層7上に積層することにより形成できる。
金属安定化層8の厚さは特に限定されず、適宜調整可能であるが、10〜300μmとすることが好ましい。下限値以上とすることにより酸化物超電導層3を安定化する一層高い効果が得られ、上限値以下とすることにより酸化物超電導線材10Cを薄型化できる。
【0083】
化成皮膜9Cは、金属安定化層8の上面を覆う化成皮膜9Pと、金属安定化層8の両側面を覆う化成皮膜9Qと、超電導積層体5の側面側の銀層7Qを覆う化成皮膜9Qとで構成されている。
本実施形態の酸化物超電導線材10Cの化成皮膜9Cは、上記第1実施形態の酸化物超電導線材10の化成皮膜9と同様に、前述の含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤より形成されている。化成皮膜9Cは、銀複合積層体S1上に金属安定化層8が積層された積層体S3を、含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤により処理することにより形成される。
【0084】
前述の含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤と、銀複合積層体S1上に金属安定化層8が積層された積層体S3を接触させることにより、積層体S3の外表面の銀層7Qの表面の銀および金属安定化層8の表面の金属(例えば、銅)と、金属表面処理剤中の含窒素複素環化合物が反応する。そして、銀層7Q上では銀−含窒素複素環化合物錯体を形成して高分子化し、銀層7Qの表面に化成皮膜9Qが形成される。また、銅などの金属安定化層8上では銅−含窒素複素環化合物錯体を形成して高分子化し、金属安定化層8の上面に化成皮膜9Pが、金属安定化層8の側面に化成皮膜9Qがそれぞれ形成される。
化成皮膜9Cの厚さは特に限定されず、例えば0.1nm〜3.0μm程度である。
なお、図5および図6(a)に示す例では化成皮膜9P、9Q、9Qの厚さが同程度である例を示しているが、本発明はこの例に限定されず、化成皮膜9Cの厚さは不均一であってもよい。化成皮膜9Cの厚さは、使用する金属表面処理剤の金属との反応性により異なり、例えば、銀よりも銅との反応性が高い金属表面処理剤を用いて化成皮膜9Cを形成した場合は、銅の金属安定化層8の表面に形成される化成皮膜9P、9Qの厚さは、銀層7の表面に形成される化成皮膜9Qの厚さよりも厚くなる。
【0085】
次に、本実施形態の酸化物超電導線材10Cの製造方法について説明する。
本実施形態の酸化物超電導線材10Cの製造方法は、まず、前述の第1実施形態の酸化物超電導線材10の製造方法と同様にして第2工程までを行い、銀被覆積層体S1を作製する。その後、作製した銀複合積層体S1の銀層7P上に、銅などの良導電性材料よりなる金属テープを半田などを介して積層することにより金属安定化層8を形成して、積層体S3を作製する。
【0086】
その後、銀複合積層体S1上に金属安定化層8を積層した積層体S3を、前述の含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤で処理することにより積層体S3の外側に化成皮膜9Cを形成する(第3工程)。
含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤としては、上記したものを使用できる。中でも、銀層7および銅系の金属安定化層8との反応性が良いため、含窒素複素環化合物としてイミダゾール系化合物またはトリアゾール系化合物を含む金属表面処理剤を使用することが好ましく、イミダゾール系化合物を含む金属表面処理剤は特に好適である。
形成する化成皮膜9Cの厚さは特に限定されず、例えば0.1nm〜3.0μm程度である。
積層体S3を金属表面処理剤で処理する方法および条件は、前記第1実施形態の場合と同様である。
以上の工程により、本実施形態の酸化物超電導線材10Cを製造できる。
【0087】
本実施形態の酸化物超電導線材10Cは、前記第1実施形態の酸化物超電導線材10の構成に加え、酸化物超電導層3上の銀層7の上に金属安定化層8を備える構成である。従って、本実施形態の酸化物超電導線材10Cによれば、上記第1実施形態の酸化物超電導線材10の効果に加え、酸化物超電導層3を安定化する効果が更に高まる。また、酸化物超電導層3の上面が銀層7、金属安定化層8および化成皮膜9により被覆されているため、上記第1実施形態の酸化物超電導線材10よりも、さらに確実に酸化物超電導層3への水分の浸入を抑え、酸化物超電導層3が水分によりダメージを受けて超電導特性が劣化することを防ぐことができる。
また、金属安定化層8が金属テープの貼り合わせより形成されており、金属テープの厚さを調整することで容易に金属安定化層8の厚さを調整できるので、酸化物超電導層3を安定化するに充分な厚さを確保しやすく、安定化効果が高い酸化物超電導線材10Cとなる。
【0088】
本実施形態の酸化物超電導線材10Cは、銀被覆積層体5上(銀層7P上)に金属安定化層8を積層した積層体S3の外側に化成皮膜9Cが形成されているが、本発明においては、銀層7の表面上のみに化成皮膜が形成される構成とすることもできる。
図6(b)は、本発明に係る酸化物超電導線材の他の例を示す断面斜視図である。図6(b)に示す酸化物超電導線材10Cは、基材1の上に中間層2と酸化物超電導層3を順次積層してなる超電導積層体5の周面側に、超電導積層体5の上面(すなわち、酸化物超電導層3の上面)および幅方向の両側面を覆うように銀層7が形成され、銀層7の外側に化成皮膜9Cが形成され、この銀層7上に化成皮膜9Cを介して金属安定化層8が積層された構造となっている。
【0089】
本実施形態の酸化物超電導線材10Cは、前記第1実施形態の酸化物超電導線材10の構成に加え、酸化物超電導層3上の銀層7P上に化成皮膜9Cを介して金属安定化層8が積層された構成となっている。図6(b)において、上記第1実施形態の酸化物超電導線材10および上記第3実施形態の酸化物超電導線材10Cと同一の構成要素には同一の符号を付し、説明を省略する。
【0090】
本実施形態の酸化物超電導線材10Cは、上記第1実施形態の酸化物超電導線材10と同様に、超電導積層体5の外周側に、超電導積層体5の上面および側面を覆うように銀層7および化成皮膜9が形成されている構成であるため、酸化物超電導層3を含む超電導積層体5の上面及び側面が外部から遮蔽された構成が実現できる。このような構成にすることで、酸化物超電導層3への水分の浸入を抑え、酸化物超電導層が水分によりダメージを受けて超電導特性が劣化することを防ぐことができる。また、酸化物超電導層3の上面が銀層7P、化成皮膜9Cおよび金属安定化層8により被覆されているため、上記第1実施形態の酸化物超電導線材10よりも、さらに確実に酸化物超電導層3への水分の浸入を抑え、酸化物超電導層3が水分によりダメージを受けて超電導特性が劣化することを防ぐことができる。
【0091】
本実施形態の酸化物超電導線材10Cを製造するには、上記第1実施形態の酸化物超電導線材10の製造方法と同様にして銀被覆積層体S1を作製した後に、銀被覆積層体S1の外側に化成皮膜9Cを形成し、さらに、この銀被覆積層体S1の銀層7P上の化成皮膜9C上に金属安定化層8を形成すればよい。金属安定化層8の形成方法は、上記第3実施形態の金属安定化層8の形成方法と同様である。
【0092】
なお、図6(b)に示す例では、超電導積層体5の上面(酸化物超電導層3の上面)および側面に銀層7が形成されている例を示しているが、本発明はこの例に限定されない。図4に示す上記第2実施形態の酸化物超電導線材10Bのように、超電導積層体5の全周を覆うように銀層7Bが形成され、銀層7Bの外側に化成皮膜が形成されていてもよい。この場合、上記第2実施形態の酸化物超電導線材10Bの構成に加え、酸化物超電導層3上の銀層7P上に化成皮膜を介して金属安定化層8が積層された構成となる。そのため、上記第2実施形態の酸化物超電導線材10Bよりも、さらに確実に酸化物超電導層3への水分の浸入を抑え、酸化物超電導層3が水分によりダメージを受けて超電導特性が劣化することを防ぐことができる。
このような構造の酸化物超電導線材を製造するには、上記第2実施形態の酸化物超電導線材10Bの製造方法と同様にして銀被覆積層体S2を作製した後、この銀被覆積層体S2の銀層7P上の化成皮膜9B上に金属安定化層8を形成すればよい。金属安定化層8の形成方法は、上記第3実施形態の金属安定化層8の形成方法と同様である。
【0093】
[第4実施形態]
図7は本発明に係る酸化物超電導線材の第4実施形態を模式的に示す断面斜視図である。
図7に示す酸化物超電導線材10Dは、基材1の上に中間層2と酸化物超電導層3を順次積層してなる超電導積層体5の周面側に、超電導積層体5の全周を覆うように銀層7Bが形成され、この銀層7Bの上に金属安定化層8が積層された積層体S4の外側に、積層体S4の全周を覆う化成皮膜9Dが形成された構造となっている。
【0094】
本実施形態の酸化物超電導線材10Dは、前記第2実施形態の酸化物超電導線材10Bの構成に加え、酸化物超電導層3上に形成された銀層7Pと化成皮膜9との間に、第3実施形態で前記した金属安定化層8が介在された構成となっている。図7において、前記第1〜第3実施形態の酸化物超電導線材10、10B、10Cと同一の構成要素には同一の符号を付し、説明を省略する。
【0095】
化成皮膜9Dは、金属安定化層8の上面を覆う化成皮膜9Pと、金属安定化層8の両側面を覆う化成皮膜9Qと、超電導積層体5の側面側の銀層7Qを覆う化成皮膜9Qと、超電導積層体5の基材1側の銀層7Rを覆う化成皮膜9Rとで構成されている。
本実施形態の酸化物超電導線材10Dの化成皮膜9Dは、上記第1実施形態の酸化物超電導線材10の化成皮膜9と同様に、前述の含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤より形成されている。化成皮膜9Dは、銀複合積層体S2上に金属安定化層8が積層された積層体S4を、含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤により処理することにより形成される。
【0096】
前述の含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤と、銀複合積層体S2上に金属安定化層8が積層された積層体S4を接触させることにより、積層体S4の外表面の銀層7Q並びに7Rの表面の銀及び金属安定化層8の表面の金属(例えば、銅)と、金属表面処理剤中の含窒素複素環化合物が反応する。そして、銀層7Q上および銀層7R上では銀−含窒素複素環化合物錯体を形成して高分子化し、銀層7Qの表面に化成皮膜9Qが、銀層7Rの表面に化成皮膜9Rがそれぞれ形成される。また、銅などの金属安定化層8上では銅−含窒素複素環化合物錯体を形成して高分子化し、金属安定化層8の上面に化成皮膜9Pが、金属安定化層8の側面に化成皮膜9Qがそれぞれ形成される。
化成皮膜9Dの厚さは特に限定されず、例えば0.1nm〜3.0μm程度である。
なお、図7に示す例では化成皮膜9P、9Q、9Q、9Rの厚さが同程度である例を示しているが、本発明はこの例に限定されず、化成皮膜9Dの厚さは不均一であってもよい。化成皮膜9Dの厚さは、使用する金属表面処理剤の金属との反応性により異なり、例えば、銀よりも銅との反応性が高い金属表面処理剤を用いて化成皮膜9Dを形成した場合は、銅の金属安定化層8の表面に形成される化成皮膜9P、9Qの厚さは、銀層7の表面に形成される化成皮膜9Q、9Rの厚さよりも厚くなる。
【0097】
次に、本実施形態の酸化物超電導線材10Dの製造方法について説明する。
本実施形態の酸化物超電導線材10Dの製造方法は、まず、前述の第2実施形態の酸化物超電導線材10Bの製造方法と同様にして第2工程までを行い、銀被覆積層体S2を作製する。その後、作製した銀複合積層体S2の銀層7P上に、銅などの良導電性材料よりなる金属テープを半田などを介して積層して金属安定化層8を形成することにより、積層体S4を作製する。
【0098】
その後、銀複合積層体S2上に金属安定化層8を積層した積層体S4を、前述の含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤で処理することにより積層体S4の外側に化成皮膜9Dを形成する(第3工程)。
含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤としては、上記したものを使用できる。中でも、銀層7Bおよび銅系の金属安定化層8との反応性が良いため、含窒素複素環化合物としてイミダゾール系化合物またはトリアゾール系化合物を含む金属表面処理剤を使用することが好ましく、イミダゾール系化合物を含む金属表面処理剤は特に好適である。
形成する化成皮膜9Dの厚さは特に限定されず、例えば0.1nm〜3.0μm程度である。
積層体S4を金属表面処理剤で処理する方法および条件は、前記第1実施形態の場合と同様である。
以上の工程により、本実施形態の酸化物超電導線材10Dを製造できる。
【0099】
本実施形態の酸化物超電導線材10Dは、超電導積層体5の外周全体を覆うように銀層7Bおよび化成皮膜9Dが形成されている構成である。そのため、上述の第1実施形態の酸化物超電導線材10よりも、さらに効果的に超電導積層体5を外部から遮蔽できる。従って、本実施形態の酸化物超電導線材10Dによれば、上記第1実施形態の酸化物超電導線材10の効果に加え、より確実に酸化物超電導層3への水分の浸入を抑えるので、酸化物超電導層が水分によりダメージを受けることがなく、超電導特性の劣化を一層効果的に防止できる。
【0100】
また、本実施形態の酸化物超電導線材10Dは、前記第1実施形態の酸化物超電導線材10の構成に加え、酸化物超電導層3上の銀層7Pの上に金属安定化層8を備える構成である。従って、本実施形態の酸化物超電導線材10Dによれば、上記第1実施形態の酸化物超電導線材10の効果に加え、酸化物超電導層3を安定化する効果が更に高まる。さらに、金属安定化層8が金属テープの貼り合わせより形成されており、金属テープの厚さを調整することで容易に金属安定化層8の厚さを調整できるので、酸化物超電導層3を安定化するに充分な厚さを確保しやすく、安定化効果が高い酸化物超電導線材10Dとなる。
【0101】
[第5実施形態]
図8は本発明に係る酸化物超電導線材の第5実施形態を模式的に示す断面斜視図である。
図8に示す酸化物超電導線材10Eは、基材1の上に中間層2と酸化物超電導層3を順次積層してなる超電導積層体5の周面側に、超電導積層体5の全周を覆うように銀層7Bが形成された銀複合積層体S2を中心に備え、この銀複合積層体S2の外周面全体が、めっき法により形成された金属安定化層8Eと化成皮膜9Eにより順次被覆された構造となっている。
【0102】
本実施形態の酸化物超電導線材10Dは、前記第2実施形態の酸化物超電導線材10Bの構成に加え、超電導積層体5の全周を覆う銀層7Bと化成皮膜9との間に、めっき法により形成された金属安定化層8Eが介在された構成となっている。図8において、前記第1〜第4実施形態の酸化物超電導線材10、10B、10C、10Dと同一の構成要素には同一の符号を付し、説明を省略する。
【0103】
銀複合積層体S2の外周を覆う金属安定化層8Eは、酸化物超電導層3が超電導状態から常電導状態に遷移しようとした時に、銀層7Bとともに、酸化物超電導層3の電流が転流するバイパスとして機能する。
金属安定化層8Eは、電気めっきにより形成されている。金属安定化層8Eを構成する材質としては、良導電性の金属が好ましく、Cu、Alなどが挙げられ、高い導電性を有するためCuが特に好ましい。金属安定化層8Eの厚さは特に限定されず、適宜変更可能であるが、10〜100μm程度とすることができ、20μm以上100μm以下とすることが好ましく、20μm以上50μm以下とすることがより好ましい。金属安定化層8Eの厚さを10μm以上とすることにより酸化物超電導層3を安定化する一層高い効果が得られ、100μm以下とすることにより酸化物超電導線材10Dを薄型化できる。
【0104】
化成皮膜9Eは、金属安定化層8Eの外周面を覆うように形成されている。
本実施形態の酸化物超電導線材10Eの化成皮膜9Eは、上記第1実施形態の酸化物超電導線材10の化成皮膜9と同様に、前述の含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤より形成されている。化成皮膜9Eは、銀複合積層体S2の外周が金属安定化層8Eにより被覆された被覆体を、含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤により処理することにより形成される。
【0105】
前述の含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤と、銀複合積層体S2の外周が金属安定化層8Eにより被覆された被覆体を接触させることにより、該被覆体の外表面の金属安定化層8Eの表面の金属(例えば、銅)と、金属表面処理剤中の含窒素複素環化合物が反応する。そして、銅などの金属安定化層8E上で銅−含窒素複素環化合物錯体を形成して高分子化し、金属安定化層8Eの表面に化成皮膜9Eが形成される。
化成皮膜9Eの厚さは特に限定されず、例えば0.1nm〜3.0μm程度である。
【0106】
次に、本実施形態の酸化物超電導線材10Eの製造方法について説明する。
本実施形態の酸化物超電導線材10Eの製造方法は、まず、前述の第2実施形態の酸化物超電導線材10Bの製造方法と同様にして第2工程までを行い、銀被覆積層体S2を作製する。
【0107】
次いで、作製した銀被覆積層体S2をめっき浴に浸漬させて電気めっきを行うことにより、銀被覆積層体S2の全周を覆って金属安定化層8Eを形成する。金属安定化層8EはCuまたはAlより形成されていることが好ましく、Cuより形成されていることがより好ましい。
金属安定化層8EをCuのめっきより形成する場合、銀被覆積層体S2を硫酸銅水溶液のめっき浴に浸漬させて電気めっきを行うことにより、銀被覆積層体S2の全周を覆ってCuの金属安定化層8Eを形成することができる。
【0108】
その後、銀複合積層体S2の外周を金属安定化層8Eにより被覆した被覆体を、前述の含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤で処理することにより該被覆体の外側に化成皮膜9Eを形成する(第3工程)。
含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤としては、上記したものを使用できる。中でも、金属表面処理剤は金属安定化層8Eとの反応性が良いため、含窒素複素環化合物としてイミダゾール系化合物またはトリアゾール系化合物を含む金属表面処理剤を使用することが好ましく、イミダゾール系化合物を含む特に好適である。
形成する化成皮膜9Eの厚さは特に限定されず、例えば0.1nm〜3.0μm程度である。
銀複合積層体S2の外周を金属安定化層8Eにより被覆した被覆体を金属表面処理剤で処理する方法および条件は、前記第1実施形態の場合と同様である。
以上の工程により、本実施形態の酸化物超電導線材10Eを製造できる。
【0109】
本実施形態の酸化物超電導線材10Eは、前記第2実施形態の酸化物超電導線材10Bの構成に加え、超電導積層体5の全周を覆う銀層7Bと化成皮膜9との間に金属安定化層8Eを備える構成である。従って、本実施形態の酸化物超電導線材10Eによれば、上記第2実施形態の酸化物超電導線材10Bの効果に加え、酸化物超電導層3を安定化する効果が更に高まる。また、超電導積層体5の全周が銀層7B、金属安定化層8Eおよび化成皮膜9Eにより被覆されているため、上記第2実施形態の酸化物超電導線材10Bよりも、さらに効果的に酸化物超電導層3への水分の浸入を抑え、酸化物超電導層3が水分によりダメージを受けて超電導特性が劣化することをより確実に防ぐことができる。
【0110】
前述の特許文献1の技術のように、超電導積層体の超電導層上に銀層を形成した後、電気めっきにより積層体の外周に安定化層を形成して、超電導線材の安定化および密閉構造を実現しようとする技術が知られている。しかし、本発明者の検討によれば、万が一銀層に数十μm程度の大きな剥離部が形成された状態で、銀層の外側に電気めっきにより金属安定化層を形成した場合には、該剥離部が金属安定化層により充分に埋められないような場合があることが明らかとなった。これは、このように大きな剥離部が形成された場合、剥離部で露出している酸化物超電導層にめっきが付着し難く、めっき層(金属安定化層)で酸化物超電導層を充分に保護できないためであると考えられる。
【0111】
本実施形態の酸化物超電導線材10Eは、後述の実施例5に示す如く、万が一、銀層に数十μm程度の大きな剥離部が形成され、めっき層(金属安定化層8E)により該剥離部が充分に埋められないような場合にも、化成皮膜により金属安定化層8Eを被覆する構成であることにより、酸化物超電導層を外部から完全に遮蔽し、酸化物超電導層が水分により劣化することを抑制できる。
【0112】
めっき法により形成された金属安定化層8Eでも埋めきれないような剥離部が銀層7Bにある場合にも、化成皮膜9Eを形成することにより酸化物超電導層3を外部から遮蔽する構造を実現できる理由としては次の理由が考えられる。すなわち、本実施形態の酸化物超電導線材10Eは、前記第1実施形態および後述の実施例3の酸化物超電導線材の場合と同様、化成皮膜9Eを形成する際に上記金属表面処理剤で処理すると、銀層7Bあるいは金属安定化層8Eの一部がイオン化して銀−含窒素複素環化合物あるいは銅−含窒素複素環化合物の高分子膜を形成する他、イオン化した銀あるいは銅の一部は凝集して被処理体(金属安定化層8Eに被覆された銀複合積層体S2)に被着する。そのため、この被着物である化成皮膜9Eにより、銀層7Bおよび金属安定化層8Eで被覆されずに露出していた酸化物超電導層3の表面が覆われ、外部から遮蔽された構造が実現できるものと推定される。このように、本実施形態では、万が一銀層7Bに剥離部が導入された場合にも、化成皮膜9Eにより剥離部を覆い、該剥離部を塞ぐことができる。さらに、化成皮膜9Eを形成する金属表面処理剤が前述の如く銀のみならず銅とも作用することにより、万が一、めっき法により形成された銅の金属安定化層8Eにピンホールがあった場合にも、ピンホールをも化成皮膜9Eにより塞ぐことができる。
【0113】
このような銀層7Bの剥離部は頻繁に形成されるものではないが、稀に、製造工程途中に銀層7Bの一部が僅かに剥離してしまう場合などがある。例えば、製造工程中に混入した異物が除去されず酸化物超電導層3に付着した状態で銀層7Bを成膜した場合には、該異物の剥離に伴い銀層7Bの一部も剥離してしまう場合がある。
異物の混入を防ぐためには、線材の洗浄が有効であるが、線材に付着した異物はエアー洗浄などでは除去しにくく、また、線材表面をブラッシングして洗浄すると、表面の膜を傷つけてしまい、特性が劣化するおそれがある。線材の長尺化や製造本数の増加により銀層7Bに剥離部が形成される可能性が高くなるため、銀層7Bへの剥離部の導入を完全に無くすことより、銀層7B形成後に剥離部を修復する方が、より現実的である。
【0114】
本実施形態の酸化物超電導線材10Eおよびその製造方法によれば、万が一異物が混入して銀層に剥離部が導入され、この剥離部がめっき法により形成された金属安定化層8Eでも埋め切れないような場合にも、化成皮膜により被覆する構成であることにより、該剥離部を被覆して酸化物超電導層が外部から完全に遮蔽された構造を実現できる。従って、本実施形態の酸化物超電導線材の製造方法によれば、製造工程の簡略化、不良品率の低下、生産性の向上が望める。
【0115】
なお、図8に示す例では銀層7Bは超電導積層体5の外周全体を覆っているが、本発明はこの例に限定されず、図1に示す第1実施形態の酸化物超電導線材10の如く、銀層が超電導積層体5の上面(すなわち、酸化物超電導層3の上面)および幅方向の両側面を覆っている構成とすることもできる。しかしながら、基材1の裏面側は、中間層2および酸化物超電導層3を成膜する工程を経る内に、不要な堆積物や高温生成物などが僅かに付着したり、基材1の裏面側(酸化物超電導層3が形成されていない面側)が酸化されて酸化皮膜が形成されることがある。そのため、基材1の裏面側は、電気めっきによるめっきの付きが特に悪くなる場合があるが、図8に示す本実施形態のように超電導積層体5の全周(周面全体)を覆うように銀層7Bを形成することにより、めっき法により金属安定化層8Eを形成する際に、基材1の裏面側のめっきの付きを良くすることができる。
【0116】
以上、本発明の酸化物超電導線材およびその製造方法について説明したが、上記実施形態において、酸化物超電導線材の各部、酸化物超電導線材の製造方法に使用する装置を構成する各部は一例であって、本発明の範囲を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。
【実施例】
【0117】
「超電導積層体の作製」
幅10mm、厚さ100μmのハステロイC276(米国ヘインズ社製商品名)製のテープ状の金属基材の上に、IBAD法により1.0μm厚のGdZr(GZO)なる組成の中間層を形成し、さらにこの配向層の上にPLD法により1.0μm厚のCeOなる組成のキャップ層を成膜した。次に、このキャップ層の上にPLD法により1.0μm厚のGdBaCu7−xなる組成の酸化物超電導層を形成して超電導積層体を作製した。なお、各層の成膜を実施するにあたり、成膜装置内部でテープ状の基材をリールに巻回しておき、一方のリールから他方のリールに繰り出す間に成膜できるようにして、テープ状の基材の全長にわたり各層を形成した。
【0118】
「実施例1」
上記で作製した超電導積層体の酸化物超電導層側を成膜面として、スパッタ法により厚さ2μmの銀層を成膜して銀複合積層体を作製した。銀層は超電導積層体の酸化物超電導層の上面および酸化物超電導層の側面側に形成されており、酸化物超電導層の側面は銀層に被覆されていた。なお、銀層の成膜は、成膜装置内部でテープ状の超電導積層体をリールに巻回しておき、一方のリールから他方のリールに繰り出す間に成膜できるようにして、テープ状の超電導積層体の全長にわたり銀層を形成した。
次に、作製した銀複合積層体を、イミダゾール系化合物を含む金属表面処理剤(四国化成社製、タフエースF2(LX)PK)に40℃で60秒間浸漬した後、100℃で60秒間乾燥することにより、銀層の表面を覆う厚さ120nmの化成皮膜を形成して、液体窒素温度(77K)における臨界電流値Ic0=390Aの酸化物超電導線材を作製した。
【0119】
「実施例2」
実施例1と同様にして銀複合積層体を作製し、この銀複合積層体の酸化物超電導層の上面側の銀層上に、厚さ100μmの銅テープを半田で貼り合わせた積層体を作製した。その後、この積層体をイミダゾール系化合物を含む金属表面処理剤(四国化成社製、タフエースF2(LX)PK)に40℃で60秒間浸漬した後、100℃で60秒間乾燥することにより、銀層および銅層の表面を覆う化成皮膜を形成して、液体窒素温度(77K)における臨界電流値Ic0=420Aの酸化物超電導線材を作製した。なお、銅層の表面に形成された化成皮膜の厚さは200nmであり、銀層の表面に形成された化成皮膜の厚さは120nmであった。これは、銀よりも銅の方が使用した金属表面処理剤との反応性が高いためである。
【0120】
「実施例3」
実施例1と同様にして銀複合積層体を作製した後、実施例1と同様の手順で銀層の表面に厚さ120nmの化成皮膜を形成した。さらに、この銀複合積層体の酸化物超電導層の上面側の銀層に形成された化成皮膜上に、厚さ100μmの銅テープを半田で貼り合わせて、液体窒素温度(77K)における臨界電流値Ic0=390Aの酸化物超電導線材を作製した。
【0121】
「比較例1」
銀複合積層体の外側に化成皮膜を形成しなかったこと以外は、実施例1と同様にして、液体窒素温度(77K)における臨界電流値Ic0=380Aの酸化物超電導線材を作製した。
【0122】
「比較例2」
外面に化成皮膜を形成しなかったこと以外は、実施例2と同様にして、液体窒素温度(77K)における臨界電流値Ic0=390Aの酸化物超電導線材を作製した。
【0123】
実施例1〜3および比較例1、2の各酸化物超電導線材について、温度120℃、湿度100%、圧力2気圧の雰囲気中に保持するプレッシャークッカー試験を行い、試験時間24時間経過後、及び100時間経過後の各酸化物超電導線材の液体窒素温度(77K)における臨界電流値Icを測定した。
各酸化物超電導線材について、プレッシャークッカー試験前の臨界電流値Ic0に対して試験後の臨界電流値Icの割合(Ic/Ic0×100(%))を算出し、得られた値を超電導特性保持率として表1に記載した。
【0124】
【表1】

【0125】
表1の結果より、本発明に係る実施例1〜3の酸化物超電導線材は、酸化物超電導層の上面および側面を銀層および化成皮膜で保護する構成であるため、化成皮膜を有さない比較例1、2の酸化物超電導線材と比較して、酸化物超電導層への水分の浸入を抑えることができ、水分侵入により酸化物超電導層が劣化することを抑制できることが明らかである。
【0126】
また、図10(a)にプレッシャークッカー試験前の比較例1の酸化物超電導線材の外観写真を示し、図10(b)に試験24時間後の実施例1の酸化物超電導線材の外観写真を示し、図10(c)に試験24時間後の比較例1の酸化物超電導線材の外観写真を示す。なお、実施例1の酸化物超電導線材のプレッシャークッカー試験前の外観は、図10(a)と同様であった。また、図10の外観写真において酸化物超電導線材から伸びる線状物は、線材へ通電するための電力配線である。
【0127】
図10(b)に示すように、実施例1の酸化物超電導線材は24時間のプレッシャークッカー試験後も外観に変化がほとんど見られなかった。これに対し、図10(c)に示す比較例1の酸化物超電導線材は、24時間のプレッシャークッカー試験後には、線材上面に多数の白色析出物が生成していた。この白色結晶は、酸化物超電導層に水分が浸入することにより発生した炭酸バリウムである。この結果より、本発明に係る実施例1の酸化物超電導線材は、酸化物超電導層が化成皮膜により保護された構造であるため、酸化物超電導層への水分の侵入を効果的に抑止できることが明らかである。
【0128】
さらに、実施例1、2の酸化物超電導線材は、プレッシャークッカー試験(120℃;393K)前後に、液体窒素温度(−196℃;77K)で超電導特性を測定しており、高温から極めて低温までの温度変化に対する耐性が高く、温度変化による熱収縮等に起因する化成皮膜の剥離やクラックの導入がなく、液体窒素温度等の極めて低温での使用が想定される酸化物超電導線材として好適であると考えられる。
【0129】
「実施例4」
実施例1と同様にして銀被覆積層体を作製し、得られた銀被覆積層体の銀層の一部(約30μm×30μm)を剥がし取り、下層の酸化物超電導層が露出する剥離部を作製した。
次に、銀層に剥離部を作製した銀複合積層体を、イミダゾール系化合物を含む金属表面処理剤(四国化成社製、タフエースF2(LX)PK)に40℃で60秒間浸漬した後、100℃で60秒間乾燥することにより、銀複合積層体を覆う厚さ120nmの化成皮膜を形成して、液体窒素温度(77K)における臨界電流値Ic0=390Aの酸化物超電導線材を作製した。
得られた酸化物超電導線材の銀層の剥離部付近の電子顕微鏡写真を図11に示す。図11の写真に示すように、銀層の剥離部には、剥離面を覆う微細な粒状物が観察された。なお、化成皮膜は厚さが非常に薄いため、肉眼および図11の写真では確認できなかった。
【0130】
そこで、図11の剥離部について、電界放射型走査電子顕微鏡(FE−SEM)により組成分析を行った。図12(a)は分析を行った剥離部の拡大写真(倍率20000倍)、図12(b)は剥離部のAg元素分布、図11(c)は剥離部のBa元素分布、図12(d)は剥離部のC元素分布である。図12(b)〜図12(d)において、明るく見える部分が各元素が分布している部分である。図12の結果より、剥離部には銀と炭素が分布しており、銀と炭素を含む化成皮膜が形成されていると考えられる。また、Baは酸化物超電導層の構成元素であり、化成皮膜が非常に薄いために、検出光が化成皮膜を透過して下層の酸化物超電導層まで入射および反射したことにより、Baが検出されたものと考えられる。なお、剥離部以外の銀層(図11の写真において鱗状に見える広範部分)上についても同様に組成分析を行ったが、銀層の検出ピーク強度が強すぎて、他の構成元素のピークを検出することができなかった。
【0131】
図11および図12の剥離部の顕微鏡写真より、粒状に見えるものはAgであり、スパッタ法により形成された通常のAgの蒸着粒子と比較すると大粒となっている。これは、化成皮膜形成時に、銀層の一部が金属表面処理剤にイオン化して凝集したものと考えられる。この結果より、剥離部は、銀粒子および化成皮膜形成時に溶け出した銀イオンと金属処理剤とが反応した銀錯体とを含む化成皮膜により覆われている構造であると推定される。
【0132】
また、実施例4の酸化物超電導線材について、温度120℃、湿度100%、圧力2気圧の雰囲気中に保持するプレッシャークッカー試験を行い、試験時間24時間経過後の臨界電流値Ic(77K)を測定したところ、Ic=360Aであり、超電導特性が保持されていた。
実施例4の結果より、本発明の酸化物超電導線材は、万が一銀層に、その一部が剥離した剥離部がある場合にも、化成皮膜により酸化物超電導層が保護されるため、水分による酸化物超電導層の劣化を抑制することができることが明らかである。
【0133】
「実施例5、比較例3」
以下の検討例は、万が一、酸化物超電導層に異物が付着した状態で銀層を成膜した場合、銀層成膜後に異物が酸化物超電導層から剥離し、この剥離部分に成膜されていた銀層も同時に剥離して銀層に剥離部が形成された場合を想定した試験例である。この場合、剥離部の大きさは異物の大きさと同等またはそれ以上となると考えられる。本発明者の検討によれば、このように大きな剥離部が形成された場合、剥離部で露出している酸化物超電導層に銅のめっきが付着し難く、銅のめっき層(金属安定化層)で酸化物超電導層を充分に保護できない場合がある。そこで、製造工程における異物の混入の影響により銀層に剥離部が形成された場合を想定して、以下の実施例5および比較例3の検討を行った。
【0134】
上記と同様の手法で超電導積層体を作製した後、直径30〜120μm程度の金属屑(異物)をランダムに超電導積層体の酸化物超電導層上に付着させた。
次に、図9に示す構造のイオンビームスパッタ装置を用いて、スパッタ法により上記で異物を付着させた超電導積層体の全周に厚さ2μmの銀層を形成して銀複合積層体を作製した。イオンビームスパッタ法の実施にあたりテープ状の超電導積層体はスパッタ装置の内部においてリールに巻回しておき、一方のリールから他方のリールに繰り出す間に成膜できるようにしてテープ状の超電導積層体の全周、全長にわたり、銀層を形成した。なお、銀のスパッタは、無酸素雰囲気中、ビーム電流2.8A、ビーム電圧700V、アクセレレーター電圧200Vで行った。その後、得られた銀複合積層体を、長さ0.3mずつに切断して、25本の銀複合積層体を作製した。分割した25本の銀複合積層体のうち、8本の銀複合積層体は銀層に平均直径約70μmの剥離(剥離部)が形成されていた。
【0135】
次いで、作製した25本の銀複合積層体について、硫酸銅水溶液のめっき浴中に、該積層体を陰極とし、電極を正極として浸漬して電気めっきを行い、厚さ20μmの銅のめっき層(金属安定化層)を該積層体の外周に形成した。硫酸銅水溶液のめっき浴に浸漬する際、銀複合積層体をリールから繰り出してめっき浴に浸漬後、めっき浴から引き出して他のリールに巻き取るようにして、該積層体の全長にわたり、銅のめっき層(金属安定化層)を形成した。なお、銅の電気めっきは、被めっき体(積層体)の電流密度が5A/dmとなるように設定し、めっき浴温度25℃、浸漬時間18分で行った。
【0136】
続いて、銅のめっき層を形成した銀複合積層体のうち15本について、イミダゾール系化合物を含む金属表面処理剤(四国化成社製、タフエースF2(LX)PK)に40℃で60秒間浸漬した後、室温で乾燥する処理を行い、銅のめっき層(金属安定化層)の表面を覆う厚さ200nmの化成皮膜を形成して、実施例5の酸化物超電導線材を15本作製した。なお、使用した銅のめっき層を形成した銀複合積層体15本中5本には、銀層に剥離(剥離部)が形成されていた。
また、上記で銅のめっき層を形成した銀複合積層体のうち残り10本(銀層に剥離(剥離部)が形成された積層体3本を含む)は、化成皮膜を形成せずにそのまま比較例3の酸化物超電導線材とした。
【0137】
実施例5および比較例3の各酸化物超電導線材について、液体窒素温度(77K)における臨界電流値Ic0(A)を測定した後、温度120℃、湿度100%、圧力2気圧の雰囲気中に保持するプレッシャークッカー試験を行い、試験時間48時間経過後、及び100時間経過後の各酸化物超電導線材の液体窒素温度(77K)における臨界電流値Icを測定した。
各酸化物超電導線材について、プレッシャークッカー試験前の臨界電流値Ic0に対する試験後の臨界電流値Icの割合(Ic/Ic0×100(%))である超電導特性保持率を算出し、超電導特性保持率が90%以上のものはOK、超電導特性保持率が90%未満のものはNGとして判定した。
【0138】
その結果、実施例5の酸化物超電導線材は、プレッシャークッカー試験100時間経過後も、15本のサンプル全て超電導特性保持率が90%以上のOK判定であった。
一方、比較例3の酸化物超電導線材は、プレッシャークッカー試験48時間後に10サンプル中3サンプルが超電導特性保持率が90%未満となり、試験100時間後のOK判定サンプル率は70%であり、3割が劣化していた。
【0139】
比較例3の酸化物超電導線材では、3割の線材において超電導特性の劣化が確認されたが、これは10本中3本のサンプルで、混入させた異物に由来する銀層の剥離部が形成されており、周囲を20μm厚の銅のめっき層(金属安定化層)で被覆することでは、酸化物超電導層を完全に外部から遮蔽することが出来ず、酸化物超電導層へ水分が浸入して超電導特性が劣化したものと考えられる。
これに対し、実施例5の酸化物超電導線材は、15本全てのサンプルにおいて、プレッシャークッカー試験後も超電導特性が保持されていた。この結果より、実施例4の酸化物超電導線材は、万が一、銀層に数十μm程度の大きな剥離部が形成され、銅のめっき層により該剥離部が充分に埋められないような場合にも、化成皮膜により銅のめっき層を被覆する構成であることにより、酸化物超電導層を外部から完全に遮蔽し、酸化物超電導層が水分により劣化することを抑制できることが明らかである。
【0140】
「比較例4」
実施例1と同様にして銀被覆積層体を作製した。次に、銀とは錯体を形成しないが、銀層上に皮膜を形成可能な金属表面処理剤(メルテックス社製、エンテックCU−560)を使用し、作製した銀複合積層体をこの金属表面処理剤に60℃で10秒間浸漬した後、エアーカッターで乾燥することにより、銀層の表面を覆う厚さ200nmの皮膜を形成して、液体窒素温度(77K)における臨界電流値Ic0=430Aの酸化物超電導線材を作製した。
【0141】
比較例4の酸化物超電導線材について、液体窒素温度(77K)における臨界電流値Ic0(A)を測定した後、温度120℃、湿度100%、圧力2気圧の雰囲気中に保持するプレッシャークッカー試験を行い、試験時間24時間経過後、及び100時間経過後の各酸化物超電導線材の液体窒素温度(77K)における臨界電流値Icを測定した。
【0142】
プレッシャークッカー試験前の臨界電流値Ic0に対する試験後の臨界電流値Icの割合(Ic/Ic0×100(%))である超電導特性保持率を算出したところ、プレッシャークッカー試験24時間後の超電導特性保持率は13%であり、試験100時間後の超電導特性保持率は0%であった。
【0143】
図13にプレッシャークッカー試験24時間後の比較例4の酸化物超電導線材の外観写真を示す。図13に示すように、試験24時間後の比較例4の酸化物超電導線材は、皮膜にクラックが入り、皮膜の剥離も起こっていた。これは比較例4の酸化物超電導線材では、銀とは錯体を形成しない金属表面処理剤より皮膜が形成されているため、銀層と皮膜との密着性が低いためであると考えられる。
これに対し、上記実施例1の酸化物超電導線材は、銀と錯体を形成する金属表面処理剤より化成皮膜を形成したことにより、銀層の表面に銀錯体が形成された化成皮膜は、銀層との密着性が高く、プレッシャークッカー試験100時間後も化成皮膜にクラックが入ったり、剥離したりすることはなかった。
【産業上の利用可能性】
【0144】
本発明は、例えば超電導モータ、限流器など、各種電力機器に用いられる酸化物超電導線材に利用することができる。
【符号の説明】
【0145】
1…基材、2…中間層、3…酸化物超電導層、5…超電導積層体、7、7B…銀層、8、8E…金属安定化層、9、9B、9C、9C、9D、9E…化成皮膜、10、10A、10B、10C、10C、10D、10E…酸化物超電導線材、50…成膜装置、51…走行系、52…送出リール、53…巻取リール、54…第1ロール、55…第2ロール、56…第1の成膜系、56a…第1のターゲット、56b…第1のスパッタビーム照射装置、57…第2の成膜系、57a…第2のターゲット、57b…第2のスパッタビーム照射装置、G1…真空容器、G2…真空排気装置、S1、S2…銀複合積層体、S3、S4…積層体。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と中間層と酸化物超電導層とがこの順に積層されて超電導積層体が構成され、
この超電導積層体の周面側に、少なくとも前記酸化物超電導層の上面に被着するように銀層が形成され、
前記銀層を備えた前記超電導積層体の外側に、含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤より形成された化成皮膜を備えることを特徴とする酸化物超電導線材。
【請求項2】
前記超電導積層体の周面全体に被着するように前記銀層が形成されてなることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導線材。
【請求項3】
前記酸化物超電導層上の前記銀層上に金属安定化層が積層され、
前記化成皮膜が、前記銀層と前記金属安定化層を覆うように形成されてなることを特徴とする請求項1または2に記載の酸化物超電導線材。
【請求項4】
前記化成皮膜が前記銀層を覆うように形成され、前記酸化物超電導層上の前記銀層上に前記化成皮膜を介して金属安定化層が積層されてなることを特徴とする請求項1または2に記載の酸化物超電導線材。
【請求項5】
前記金属安定化層が、金属テープの貼り合わせ又はめっきにより形成されてなることを特徴とする請求項3または4に記載の酸化物超電導線材。
【請求項6】
前記銀層の一部に剥離部が形成され、この剥離部を前記化成皮膜が覆っていることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の酸化物超電導線材。
【請求項7】
前記含窒素複素環化合物が、イミダゾール系化合物であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の酸化物超電導線材。
【請求項8】
基材と中間層と酸化物超電導層とがこの順に積層されてなる超電導積層体を準備する第1工程と、
前記超電導積層体の周面側に、少なくとも前記酸化物超電導層の上面に被着するように銀層を形成して銀複合積層体とする第2工程と、
前記銀複合積層体を、含窒素複素環化合物を含む金属表面処理剤により処理することにより、該銀複合積層体の外側に化成皮膜を形成する第3工程と、
を備えることを特徴とする酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項9】
前記第2工程において、前記銀層を形成した後に、前記酸化物超電導層上の前記銀層上に金属安定化層を積層し、その後、前記第3工程において、前記銀層と前記金属安定化層を覆うように前記化成皮膜を形成することを特徴とする請求項8に記載の酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項10】
前記第3工程において、前記銀複合積層体の外側に化成皮膜を形成した後に、前記酸化物超電導層上の前記銀層上に前記化成皮膜を介して金属安定化層を積層することを特徴とする請求項8に記載の酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項11】
前記含窒素複素環化合物が、イミダゾール系化合物であることを特徴とする請求項8〜10のいずれか一項に記載の酸化物超電導線材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2012−160331(P2012−160331A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−18979(P2011−18979)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【Fターム(参考)】