説明

酸化物超電導線材及び酸化物超電導線材の製造方法

【課題】テープ状の超電導積層体の側面における防水性を容易かつ効率的に確保することができる酸化物超電導線材の製造方法提供する。
【解決手段】酸化物超電導線材の製造方法は、金属基材と中間層と酸化物超電導層と安定化層とを積層させて備えたテープ状の超電導積層体を巻回してなるコイル体の側面に、気相合成法により導電体からなる保護層を形成する保護層形成工程S3を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物超電導線材及び酸化物超電導線材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化物超電導線材の一例として、テープ状の金属基材の上に、イットリウム系超電導体等の酸化物超電導体の薄膜を設けた構造が提案されている。また、酸化物超電導体の通電時の安定性を高める目的で、従来から、酸化物超電導体の上に銀や銅等の低抵抗金属をコーティングすることが行われている。
酸化物超電導体の側面(金属基材上に積層していく積層方向とは直交する方向側の面)は、積層方向側の面に対して面積が小さいが、側面に超電導層を露出させたまま長時間放置すると、水分が侵入し、酸化物超電導体の特性が低下する要因となる。そのため、酸化物超電導体の側面と表面の両方に、通電時の安定性および耐水性を高めるための保護層を設ける技術は極めて重要である。
【0003】
たとえば、特許文献1に記載された超電導線材では、ハステロイ(登録商標、米国ヘインズ社製商品名)からなる基材の上面に中間層を形成し、中間層の上面にYBaCu7−xなる組成の超電導層を形成して積層体を構成する。そして、ターゲットを配置するとともに、積層体をターゲットの上方に、超電導層がターゲット側を向くように配置し、レーザーアブレーション法により下方から積層体の超電導層側の面に安定化膜を形成する。この後で、積層体を回転させ、積層体のそれぞれの側面にも安定化膜を形成する。
この方法により、積層体の超電導層側の面だけでなく、積層体の両側面にも安定化膜が形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−44636号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の超電導線材は、レーザーアブレーション法により積層体の周囲の面に安定化層を形成しているので、ターゲットから放出された原子のうち積層体に堆積できる原子の割合が小さく、多くの原子を無駄にすることになるので製造効率が悪いという問題がある。
【0006】
本発明は、このような問題点に鑑みてなされたものであって、テープ状の超電導積層体の側面における防水性を容易かつ効率的に確保することができる酸化物超電導線材及び酸化物超電導線材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、この発明は以下の手段を提案している。
本発明の酸化物超電導線材の製造方法は、金属基材と中間層と酸化物超電導層と安定化層とを積層させて備えたテープ状の超電導積層体を巻回してなるコイル体の側面に、気相合成法により導電体からなる保護層を形成する保護層形成工程を備えることを特徴とする。
本発明の酸化物超電導線材の製造方法において、前記保護層形成工程では、前記コイル体の側面に露出されている前記金属基材の側面と、前記中間層の側面と、前記酸化物超電導層の側面と、前記安定化層の側面とを、保護層で覆うことが好ましい。
本発明の酸化物超電導線材の製造方法において、前記保護層の厚さを1μm以上10μm以下とすることが好ましい。
本発明の酸化物超電導線材の製造方法において、前記気相合成法がスパッタ法であることが好ましい。
本発明の酸化物超電導線材の製造方法において、前記保護層形成工程の後で、前記コイル体を巻きほぐすことにより、前記コイル体の隣り合う前記超電導積層体の間で前記保護層を分離して分離保護層とし、前記超電導積層体における前記金属基材の側面と、前記中間層の側面と、前記酸化物超電導層の側面と、前記安定化層の側面とを前記分離保護層で覆ってなる酸化物超電導線材を得る巻きほぐし工程を備えることが好ましい。
【0008】
また、本発明の酸化物超電導線材は、金属基材と中間層と酸化物超電導層と安定化層とを積層させて備えたテープ状の超電導積層体と、前記超電導積層体を巻回してなるコイル体の側面に気相合成法により導電体からなる保護層を形成し、前記コイル体を巻きほぐすことにより、前記コイル体の隣り合う前記超電導積層体の間で前記保護層を分離してなるものであって、前記超電導積層体の側面に配置された分離保護層と、を備えることを特徴とする。
また、本発明の酸化物超電導線材は、前記分離保護層の厚さが1μm以上10μm以下とされてなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の酸化物超電導線材の製造方法によれば、超電導積層体を巻回してコイル体とした状態で、コイル体の側面に気相合成法により保護層を形成する。このため、ターゲットから放出された原子等がコイル体の側面以外に照射されるのを抑えて、コイル体の側面に保護層を効率的に形成することができる。さらに、超電導積層体を巻回してコイル体としておくことで、超電導積層体の側面に一度に容易に保護層を形成することができる。
また、保護層形成工程では、コイル体の側面に露出されている金属基材、中間層、酸化物超電導層及び安定化層の側面を保護層で覆うので、超電導積層体の側面における防水性を確実に高めることができる。
保護層の厚さを1μm以上10μm以下とすることで、超電導積層体の側面を好適に防水するとともに、保護層の形成に要する費用と時間を低減させることができる。
そして、気相合成法がスパッタ法であるので、保護層をコイル体の側面から剥がれにくくすることができる。
保護層形成工程の後で巻きほぐし工程を備えるため、保護層を形成したコイル体を巻きほぐして、コイル体のときに隣り合う超電導積層体にそれぞれ形成された保護層を分離することで、超電導積層体の側面が分離保護層で覆われた酸化物超電導線材を得ることができる。
【0010】
本発明の酸化物超電導線材によれば、超電導積層体を巻回してコイル体とした状態で形成された保護層が分離された分離保護層が超電導積層体の両側面に配置されているので、超電導積層体の両側面を好適に防水することができる。
前記分離保護層の厚さを1μm以上10μm以下とすることで、超電導積層体の側面を好適に防水するとともに、保護層の形成に要する費用と時間を低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施形態の酸化物超電導線材の斜視図である。
【図2】同酸化物超電導線材を構成する超電導積層体の斜視図である。
【図3】本発明の実施形態の酸化物超電導線材の製造方法を示すフローチャートである。
【図4】同酸化物超電導線材の製造方法に用いるコイル体の一方の側面にスパッタ法により保護層を成膜している状態を示す概略構成図である。
【図5】図4中のA部拡大図である。
【図6】同酸化物超電導線材の製造方法に用いるコイル体の他方の側面にスパッタ法により保護層を成膜している状態を示す概略構成図である。
【図7】同酸化物超電導線材の製造方法に用いるコイル体を巻きほぐして酸化物超電導線材を得る手順を示す図である。
【図8】同酸化物超電導線材の製造方法におけるコイル体に形成された保護層が薄い場合を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係る酸化物超電導線材の実施形態を、図1から図8を参照しながら説明する。図1は、本発明の実施形態の酸化物超電導線材1の斜視図であり、図2は、同酸化物超電導線材1の超電導積層体10の斜視図である。
【0013】
図1に示すように、酸化物超電導線材1は、テープ状の超電導積層体10と、超電導積層体10の両側面に形成された導電体からなる分離保護層21、22とを備えている。
図2に示すように、超電導積層体10は、テープ状の金属基材11の上に、拡散防止層12、ベッド層13、中間層14、キャップ層15、酸化物超電導層16及び安定化層17をこの順に積層させて構成されている。
【0014】
本実施形態の酸化物超電導線材1に適用できる金属基材11は、通常の超電導積層体の基材として使用でき、高強度であればよく、長尺のケーブルとするためにテープ状であることが好ましく、耐熱性の金属からなるものが好ましい。例えば、ステンレス鋼、ハステロイ等のニッケル合金等の各種金属材料、もしくはこれら各種金属材料上にセラミックスを配したもの等が挙げられる。各種耐熱性の金属の中でも、ニッケル合金が好ましい。
なかでも、市販品であれば、ハステロイ(登録商標、米国ヘインズ社製商品名)が好適であり、ハステロイとして、モリブデン、クロム、鉄、コバルト等の成分量が異なる、ハステロイB、C、G、N、W等のいずれの種類も使用できる。金属基材11の厚さは、目的に応じて適宜調整すればよく、通常は、10〜500μmである。
【0015】
ベッド層13は、耐熱性が高く、界面反応性を低減するためのものであり、その上に配される膜の配向性を得るために用いる。このようなベッド層13は、必要に応じて配され、例えば、イットリア(Y)、窒化ケイ素(Si)、酸化アルミニウム(Al、「アルミナ」とも呼ぶ)等から構成される。このベッド層13は、例えばスパッタ法等の成膜法により形成され、その厚さは例えば10〜200nmである。
本実施形態においては、金属基材11とベッド層13との間に拡散防止層12が介在されているが、この拡散防止層12は必須の構成ではない。拡散防止層12は、金属基材11の構成元素拡散を防止する目的で形成されたもので、窒化ケイ素(Si)、酸化アルミニウム(Al)、あるいは希土類金属酸化物等から構成され、その厚さは例えば10〜400nmである。なお、拡散防止層の結晶性は問われないので、通常のスパッタ法等の成膜法により形成すればよい。
【0016】
このように金属基材11とベッド層13との間に拡散防止層12を介在させるのは、中間層14やキャップ層15及び酸化物超電導層16等の他の層を形成する際に、加熱されたり、熱処理されたりする結果として熱履歴を受けるが、そのときに金属基材11の構成元素の一部がベッド層13を介して酸化物超電導層16側に拡散することを抑制するためである。本実施形態のように、拡散防止層12とベッド層13の2層構造とすることで、金属基材11側からの元素拡散を効果的に抑制することができる。金属基材11とベッド層13との間に拡散防止層12を介在させる場合の例としては、拡散防止層12としてAl、ベッド層13としてYを用いる組み合わせを挙げることができる。
【0017】
中間層14は、単層構造あるいは複層構造のいずれでも良く、その上に積層される酸化物超電導層16の結晶配向性を制御するために2軸配向する物質から選択される。中間層14の好ましい材質として具体的には、GdZr、MgO、ZrO−Y(YSZ)、SrTiO、CeO、Y、Al、Gd、Zr、Ho、Nd等の金属酸化物を例示することができる。
この中間層14をイオンビームアシスト蒸着法(IBAD法)により良好な結晶配向性(例えば結晶配向度15゜以下)で成膜するならば、中間層14の上に形成するキャップ層15の結晶配向性を良好な値(例えば結晶配向度5゜前後)とすることができ、これによりキャップ層15の上に成膜する酸化物超電導層16の結晶配向性を良好なものとして優れた超電導特性を発揮できるようにすることができる。
【0018】
中間層14の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良いが、通常は、0.005〜2μmの範囲とすることができる。
中間層14は、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法、イオンビームアシスト蒸着法(以下、IBAD法と略記する)、化学気相成長法(CVD法)等の物理的蒸着法;塗布熱分解法(MOD法);溶射等、酸化物薄膜を形成する公知の方法で積層できる。特に、IBAD法で形成された金属酸化物層は結晶配向性が高く、酸化物超電導層16やキャップ層15の結晶配向性を制御する効果が高い点で好ましい。IBAD法とは、蒸着時に、下地の蒸着面に対して所定の角度でイオンビームを照射することにより、結晶軸を配向させる方法である。通常は、イオンビームとして、アルゴン(Ar)イオンビームを使用する。例えば、GdZr、MgO又はZrO−Y(YSZ)からなる中間層14は、IBAD法における結晶配向度を表す指標であるΔΦ(FWHM:半値全幅)の値を小さくできるため、特に好適である。
【0019】
キャップ層15は、中間層14の表面に対してエピタキシャル成長し、その後、横方向(面方向)に粒成長(オーバーグロース)して、結晶粒が面内方向に選択成長するという過程を経て形成されたものが好ましい。このようなキャップ層15は、前記金属酸化物層からなる中間層14よりも高い面内配向度が得られる。
キャップ層15の材質は、上記機能を発現し得るものであれば特に限定されないが、好ましいものとして具体的には、CeO、Y、Al、Gd、Zr、Ho、Nd等が例示できる。キャップ層15の材質がCeOである場合、キャップ層15は、Ceの一部が他の金属原子又は金属イオンで置換されたCe−M−O系酸化物を含んでいても良い。
【0020】
このキャップ層15は、PLD法(パルスレーザ蒸着法)、スパッタ法等で成膜することができるが、大きな成膜速度を得られる点でPLD法を用いることが望ましい。PLD法によるキャップ層15の成膜条件としては、金属基材11の温度約500〜1000℃、約0.6〜100Paの酸素ガス雰囲気中で行うことができる。
キャップ層15の膜厚は、50nm以上であればよいが、十分な配向性を得るには100nm以上が好ましく、500nm以上であれば更に好ましい。但し、厚すぎると結晶配向性が悪くなるので、500〜1000nmとすることが好ましい。
【0021】
酸化物超電導層16は公知のもので良く、具体的には、REBaCu(REはY、La、Nd、Sm、Er、Gd等の希土類元素を表す)なる材質のものを例示できる。この酸化物超電導層16として、他にY123(YBaCu7−X)又はGd123(GdBaCu7−X)などを例示することができる。また、その他の酸化物超電導体、例えば、BiSrCan−1Cu4+2n+δなる組成等に代表される臨界温度の高い他の酸化物超電導体からなるものを用いても良いのは勿論である。
酸化物超電導層16の厚みは、0.5〜5μm程度であって、均一な厚みであることが好ましい。
酸化物超電導層16は、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法、化学気相成長法(CVD法)等の物理的蒸着法;塗布熱分解法(MOD法)等で積層することができ、なかでも生産性の観点から、TFA−MOD法(トリフルオロ酢酸塩を用いた有機金属堆積法、塗布熱分解法)、PLD法又はCVD法を用いることが好ましい。
【0022】
ここで前述のように、良好な配向性を有するキャップ層15上に酸化物超電導層16を形成すると、このキャップ層15上に積層される酸化物超電導層16もキャップ層15の配向性に整合するように結晶化する。よってキャップ層15上に形成された酸化物超電導層16は、結晶配向性に乱れが殆どなく、この酸化物超電導層16を構成する結晶粒の1つ1つにおいては、金属基材11の厚さ方向に電気を流しにくいc軸が配向し、金属基材11の長さ方向にa軸どうしあるいはb軸どうしが配向している。従って、得られた酸化物超電導層16は、結晶粒界における量子的結合性に優れ、結晶粒界における超電導特性の劣化が殆どないので、金属基材11の長さ方向に電気を流し易くなり、十分に高い臨界電流密度が得られる。
【0023】
酸化物超電導層16の上に積層されている安定化層17は、Agなどの良電導性を有し、かつ酸化物超電導層16と接触抵抗が低くなじみの良い金属材料からなる層として形成される。
安定化層17は、良導電性の金属材料からなり、酸化物超電導層16が超電導状態から常電導状態に遷移しようとした時に、酸化物超電導層16の電流が転流するバイパスとして機能する。
安定化層17を構成する金属材料としては、良導電性を有するものであればよく、特に限定されないが、Cu等の比較的安価なものを用いるのが好ましい。これにより、材料コストを低く抑えながら安定化層17を厚膜化することが可能となる。
【0024】
これまで説明してきた超電導積層体10のうち、拡散防止層12、ベッド層13及びキャップ層15は必須の要素ではなく、超電導積層体10に適宜用いられるものである。
【0025】
図1に示すように、分離保護層21、22は、本実施形態では、たとえば導電体の銅で膜状に形成されている。分離保護層21の幅方向X(超電導積層体10の積層方向)の両端部には、幅方向Xに突出した突部23と、幅方向Xに凹んだ凹部24とが分離保護層21の長手方向Yに交互に並び、金属基材11の底面両側と安定化層17の表面両側の縁部に沿って形成されている。突部23が凹部24から突出する長さは、分離保護層21の幅に対して充分短くなっている。
分離保護層22も分離保護層21と同様に、突部23と凹部24とが長手方向Yに交互に並んで形成されている。
【0026】
次に、以上のように構成された酸化物超電導線材1を製造する本実施形態の酸化物超電導線材1の製造方法について説明する。図3は、酸化物超電導線材1の製造方法の一例を示すフローチャートであり、図4は、酸化物超電導線材1の製造方法に用いるコイル体30の一方の側面30aにスパッタ法により保護層を成膜する状態の一例を示す概略構成図である。
図3に示すように、本実施形態の酸化物超電導線材1の製造方法は、超電導積層体10を形成する線材形成工程S1と、超電導積層体10をリールに巻き付けてコイル体30とする線材巻回工程S2と、コイル体30の両側面に保護層を形成する保護層形成工程S3と、コイル体30を巻きほぐして酸化物超電導線材1を得る巻きほぐし工程S4とを備えている。
【0027】
まず、線材形成工程S1において、上述したように公知の方法を用いて超電導積層体10を形成する。すなわち、金属基材11上に、拡散防止層12、ベッド層13、中間層14、キャップ層15、酸化物超電導層16及び安定化層17を、この順にスパッタ法やIBAD法等で積層させて形成する。
【0028】
続いて、線材巻回工程S2において、図4に示すように、超電導積層体10をリール100のリング状の巻芯101回りに巻き付け、超電導積層体10を巻回させたコイル体30を形成する。なお、このリール100は、巻芯101の両端部に配置されるドーナツ板状の支持材102a、102bが巻芯101に対して着脱可能となっている(図4では支持材102bは装着されていない。支持材102bは図6参照。)。
このとき、図5に示すように、コイル体30における超電導積層体10の幅方向の端部は、隣り合う超電導積層体10の間で完全に面一に揃わずに段差Dが形成される場合がある。
【0029】
次に、保護層形成工程S3において、気相合成法の一種であるスパッタ法により、コイル体30の両側面に保護層を形成する。
まず、図4に示すように、コイル体30を取り付けたリール100から支持材102bを取り外し、コイル体30を取り付けたリール100を真空チャンバ105内の支持台106上に配置する。このとき、コイル体30の一方の側面30aが真空チャンバ105内に取り付けられた銅で形成されたターゲット107に対向するように、コイル体30を配置する。
真空チャンバ105内には、スパッタビーム照射装置108が、自身の先端をターゲット107が配置された方向に向くように取り付けられている。スパッタビーム照射装置108は、先端からイオンBを照射することができる。
真空チャンバ105内の圧力を不図示の真空ポンプ等で所定の圧力まで低下させ、真空チャンバ105に接続された不図示のガス供給手段から、真空チャンバ105内にアルゴン等の不活性ガスを一定の圧力まで流入させる。支持台106内に備えられた不図示のヒータにより、リール100を介してコイル体30を所定の温度まで加熱する。
【0030】
そして、スパッタビーム照射装置108によりターゲット107にイオンBを照射させると、ターゲット107の構成粒子が叩き出され、図5に示すように、側面30aに銅からなる保護層31が形成される。
このとき、コイル体30の側面30aに露出されている金属基材11、拡散防止層12、ベッド層13、中間層14、キャップ層15、酸化物超電導層16及び安定化層17のそれぞれの側面が保護層31で覆われる。
【0031】
続いて、図6に示すように、リール100の巻芯101に支持材102bを取り付けるとともに巻芯101から支持材102aを取り外し、コイル体30の他方の側面30bがターゲット107に対向するように、リール100を支持台106上に配置する。
そして、スパッタビーム照射装置108によりターゲット107にイオンBを照射させ、側面30bに保護層32(図7参照)を形成する。
保護層31、32の厚さは、イオンBを照射する時間等を調節することで、例えば、1μm以上10μm以下に調節できる。
【0032】
次に、巻きほぐし工程S4において、図7に示すように、コイル体30を巻きほぐすことにより、コイル体30の隣り合う超電導積層体10の間で保護層31を分離して分離保護層21とし、保護層32を分離して分離保護層22とする。そして、テープ状の超電導積層体10における金属基材11、拡散防止層12、ベッド層13、中間層14、キャップ層15、酸化物超電導層16及び安定化層17のそれぞれの両側面を分離保護層21、22で覆ってなる酸化物超電導線材1を得る。
このとき、隣り合う超電導積層体10の側面に形成された保護層31を引き離すように分離して得られた分離保護層21と分離保護層21との間には、分離保護層21の幅方向Xに突出した突部23と、幅方向に凹んだ凹部24が分離保護層21の長手方向Yが交互に並んで形成される。
【0033】
以上説明したように、本実施形態の酸化物超電導線材1の製造方法によれば、超電導積層体10を巻回してコイル体30とした状態で、コイル体30の側面30a、30bにスパッタ法により保護層31、32を形成する。このため、ターゲット107から放出された原子等がコイル体30の側面30a、30b以外に照射される量を極力少なくして、コイル体30の側面30a、30bに、個別に成膜する場合よりも防水性の保護層を効率的に形成することができる。
さらに、超電導積層体10を巻回してコイル体30としておくことで、超電導積層体10の側面に一度に容易に保護層31、32を形成することができる。
【0034】
また、保護層形成工程S3では、コイル体30の側面30a、30bに露出されている金属基材11、拡散防止層12、ベッド層13、中間層14、キャップ層15、酸化物超電導層16及び安定化層17のそれぞれの両側面を保護層31、32で覆う。したがって、超電導積層体10の側面における防水性を確実に高めることができる。
保護層31、32の厚さを1μm以上とすることで、保護層が設けられていない部分である欠損部が生じるのを防止し、超電導積層体10の側面を好適に防水することができる。一方で、保護層31、32の厚さを10μm以下とすることで、スパッタ法により保護層31、32を形成にするのに要する費用と時間を低減させることができる。
【0035】
そして、気相合成法がスパッタ法であるので、保護層31、32をコイル体30の側面30a、30bに良好な接着性でもって形成することができる。
本実施形態の酸化物超電導線材の製造方法は、保護層形成工程S3の後で巻きほぐし工程S4を備える。このため、保護層31、32を形成したコイル体30を巻きほぐして、コイル体30のときに隣り合う超電導積層体10にそれぞれ形成された保護層31、32を分離することで、超電導積層体10の側面が分離保護層21、22で覆われた酸化物超電導線材1を簡便に得ることができる。
さらに、スパッタ法により保護層31、32を形成するので、保護層31、32を薄く形成することができ、保護層31、32に使用する銅の量を低減することができる。保護層31が厚い場合には、保護層31が形成されたコイル体30から酸化物超電導線材1を得るときに、保護層31の剛性が大きくなって、保護層31が隣り合う超電導積層体10の間の位置P(図5、図7参照)で引き離されにくくなり、保護層31が分離される位置が、位置Pから分離保護層21の幅方向Xにずれやすくなる。このため、コイル体を分離して得られた酸化物超電導線材の防水性が低下する恐れがある。
【0036】
また、本実施形態の酸化物超電導線材1によれば、超電導積層体10を巻回してコイル体30とした状態で形成された保護層31、32が分離された分離保護層21、22が超電導積層体10の両側面に配置されているので、超電導積層体10の両側面を好適に防水することができる。
【0037】
以上、本発明の実施形態について図面を参照して詳述したが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の構成の変更なども含まれる。
たとえば、前記実施形態の酸化物超電導線材1の製造方法において、線材形成工程S1及び線材巻回工程S2は必須の構成ではない。たとえば、既に形成された超電導積層体10を用いる場合には、本実施形態の酸化物超電導線材1の製造方法に線材形成工程S1は備えられなくてもよい。さらに、超電導積層体10がリール100の巻芯101の回りに巻き付けられている場合等には、線材巻回工程S2は備えられなくてもよい。
【0038】
また、本実施形態では、保護層31、32(分離保護層21、22についても同様)を導電体の銅で形成した。しかし、保護層31、32を形成する材料は銅に限ることなく、アルミニウム等の導電体でもよい。
本実施形態では、気相合成法としてスパッタ法を用いたが、気相合成法はスパッタ法に限られることなく、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法等を適宜用いることができる。
超電導積層体10の両側面を分離保護層21、22で覆って酸化物超電導線材1を製造したが、超電導積層体の使用期間が短い場合等、超電導積層体に求められる防水性能が低いときには、超電導積層体10の一方の側面のみを分離保護層で覆うようにして酸化物超電導線材を構成してもよい。
【0039】
また、保護層31の厚さが薄い場合には、超電導積層体10の側面全体にわたり保護層31が形成されない場合がある。しかし、この場合であっても、図8に示すように、保護層31は、幅方向Xにおいて隣り合う段差Dで囲まれる範囲の中間部が厚くなり、段差Dの部分が薄くなる傾向があると考えられる。超電導積層体10において、酸化物超電導層16の幅方向Xの一方には、金属基材11、拡散防止層12、ベッド層13、中間層14及びキャップ層15が、幅方向Xの他方には安定化層17が形成されている、すなわち、酸化物超電導層16は超電導積層体10の幅方向Xにおける中間部に形成されている。このため、酸化物超電導層16の側面には必要な保護層31が厚く形成されやすくなり、酸化物超電導層16の防水性が低下することが防止される。
【実施例】
【0040】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
幅10mm、厚さ0.1mmのハステロイC276(米国ヘインズ社製商品名)製の金属基材11の上に、IBAD法により1.2μm厚のGdZr(GZO)なる組成の中間層14を形成し、さらに中間層14の上にPLD法により1.0μm厚のCeOなる組成のキャップ層15を成膜した。次に、キャップ層15の上にPLD法により1.0μm厚のGdBaCu7−Xなる組成の酸化物超電導層16を形成し、さらに酸化物超電導層16の上に10μm厚の銀層(安定化層17)を成膜し、0.1mm厚の銅テープ(安定化層17)を貼り合わせて超電導積層体10を作製した。
得られた超電導積層体10をリール100に巻き付けてコイル体30を構成し、コイル体30を真空チャンバ105内で不活性ガス下において、スパッタ法により、表1に示すように、保護層31、32の厚さを変えて形成した。なお、ターゲット107としては銅を用いた。
そして、コイル体30を巻きほぐすことで、実施例1〜4の酸化物超電導線材を作製した。
【0041】
【表1】

【0042】
一方で、比較例として、表1の比較例1〜5に示すように、酸化物超電導線材において、銅テープ及び保護層31、32のうち少なくとも一方を備えないものや、保護層31、32の厚さを変えたものを比較のために作製した。
実施例1〜4及び比較例1〜5を用いて、これらの防水性を評価するためにプレッシャークッカー試験を行った。プレッシャークッカー試験における試験条件は、酸化物超電導線材を温度120℃、湿度100%、2気圧の環境下で、所定の時間放置するものである。そして、放置した後の酸化物超電導線材の超電導電流低下率を測定した。ここで、超電導電流低下率とは、酸化物超電導線材の、プレッシャークッカー試験を行う前の臨界電流(超電導状態で流すことができる最大の電流量)に対するプレッシャークッカー試験を行った後の臨界電流の低下量の比である。すなわち、超電導電流低下率が0.1のものは、プレッシャークッカー試験後に臨界電流が10%低下して当初の90%の電流量となったことを意味する。
なお、プレッシャークッカー試験における放置時間は、実施例1、比較例1、3が20時間(h)、実施例2〜4、比較例2、4、5が120時間とした。
【0043】
銅テープが貼られていて保護層31、32の厚さが3μmの仕様である実施例1、2では、放置時間が20、120時間のときの超電導電流低下率がそれぞれ0.00、0.05であり、銅テープおよび保護層31、32により充分な防水性能を有することが分かった。
また、実施例2に対して、保護層31、32の厚さを1μmにした実施例3、10μmにした実施例4では、放置時間が120時間のときの超電導電流低下率がそれぞれ0.09、0.01となり、この場合においても充分な防水性能を有することが分かった。
【0044】
一方で、実施例1、2に対して保護層31、32を備えないように構成した比較例1、2では、超電導電流低下率がそれぞれ0.10、0.45、比較例1、2に対してさらに銅テープを備えないように構成した比較例3、4では、超電導電流低下率がそれぞれ0.50、1.0となり、超電導積層体の防水性能が不足していることが分かった。
また、実施例2に対して保護層31、32の厚さを0.8μmとした比較例5では超電導電流低下率が0.16となり、超電導積層体の防水性能が不足していることが分かった。
【符号の説明】
【0045】
1 酸化物超電導線材
10 超電導積層体
11 金属基材
14 中間層
16 酸化物超電導層
17 安定化層
21、22 分離保護層
30 コイル体
30a、30b 側面
31、32 保護層
S3 保護層形成工程
S4 巻きほぐし工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材と中間層と酸化物超電導層と安定化層とを積層させて備えたテープ状の超電導積層体を巻回してなるコイル体の側面に、気相合成法により導電体からなる保護層を形成する保護層形成工程を備えることを特徴とする酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項2】
前記保護層形成工程では、
前記コイル体の側面に露出されている前記金属基材の側面と、前記中間層の側面と、前記酸化物超電導層の側面と、前記安定化層の側面とを、保護層で覆うことを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項3】
前記保護層の厚さを1μm以上10μm以下とすることを特徴とする請求項1または2に記載の酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項4】
前記気相合成法がスパッタ法であることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項5】
前記保護層形成工程の後で、
前記コイル体を巻きほぐすことにより、前記コイル体の隣り合う前記超電導積層体の間で前記保護層を分離して分離保護層とし、前記超電導積層体における前記金属基材の側面と、前記中間層の側面と、前記酸化物超電導層の側面と、前記安定化層の側面とを前記分離保護層で覆ってなる酸化物超電導線材を得る巻きほぐし工程を備えることを特徴とする請求項2に記載の酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項6】
金属基材と中間層と酸化物超電導層と安定化層とを積層させて備えたテープ状の超電導積層体と、
前記超電導積層体を巻回してなるコイル体の側面に気相合成法により導電体からなる保護層を形成し、前記コイル体を巻きほぐすことにより、前記コイル体の隣り合う前記超電導積層体の間で前記保護層を分離してなるものであって、前記超電導積層体の側面に配置された分離保護層と、
を備えることを特徴とする酸化物超電導線材。
【請求項7】
前記分離保護層の厚さが1μm以上10μm以下とされてなることを特徴とする請求項6に記載の酸化物超電導線材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−22839(P2012−22839A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−158630(P2010−158630)
【出願日】平成22年7月13日(2010.7.13)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【Fターム(参考)】