説明

鉄損特性に優れる方向性電磁鋼板の製造方法

【課題】製品コイルの全長にわたって低鉄損の方向性電磁鋼板を製造する。
【解決手段】mass%で、C:0.001〜0.10%、Si:1.0〜5.0%、Mn:0.01〜0.5%、sol.Al:0.003〜0.050%、N:0.0010〜0.020%、SおよびSeのうちから選ばれる1種または2種:合計0.005〜0.040%を含有する鋼スラブを熱間圧延し、冷間圧延し、一次再結晶焼鈍し、仕上焼鈍する方向性電磁鋼板の製造方法において、上記一次再結晶焼鈍の昇温過程におけるT1(℃):500+2×(NB−NA)とT2(℃):600+2×(NB−NA)との間の昇温速度S1を80℃/sec以上とし、かつ、温度T2〜750℃の間の平均昇温速度S2を、上記S1の0.1〜0.7倍とする。ここで、上記式中の、NAは冷延後の析出N量、NBは一次再結晶焼鈍後の析出N量。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性電磁鋼板の製造方法に関し、具体的には、製品コイルの全長にわたって鉄損特性に優れる方向性電磁鋼板を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、結晶方位がゴス方位({110}<001>)に高度に集積した軟磁性材料であり、主に変圧器の鉄心などとして用いられている。変圧器に用いられる方向性電磁鋼板には、無負荷損(エネルギーロス)を低減するため、50Hzの周波数で1.7Tに磁化させたときの磁気損失を表す鉄損W17/50(W/kg)が低いことが求められる。
【0003】
電磁鋼板の鉄損は、結晶方位や純度等に依存するヒステリシス損と、比抵抗や板厚、磁区の大きさ等に依存する渦電流損との和で表される。したがって、鉄損を低減する方法としては、結晶方位の集積度を高めて磁束密度を向上させる方法や、電気抵抗を高めるSiの含有量を増加させる方法、鋼板の板厚を低減する方法、二次再結晶粒を微細化したり、磁区を細分化したりする方法等が知られている。
【0004】
このうち、二次再結晶粒を微細化する技術としては、脱炭焼鈍時に急速加熱する方法や脱炭焼鈍直前に急速加熱処理し、一次再結晶集合組織を改善する方法が知られている。例えば、特許文献1には、最終板厚まで圧延した鋼板を脱炭焼鈍する直前に、PHO/PHが0.2以下の非酸化性雰囲気中で100℃/秒以上の加熱速度で700℃以上の温度へ加熱処理することで、また、特許文献2には、最終板厚まで圧延した鋼板を脱炭焼鈍する前に、雰囲気酸素濃度500ppm以下で、加熱速度100℃/秒以上で800〜950℃に急速加熱処理し、脱炭焼鈍工程の前部領域の温度を急速加熱での到達温度よりも低い775〜840℃とし、引き続く後部領域の温度を前部領域よりも高い815〜875℃で脱炭焼鈍を施すことで、極めて低鉄損の方向性電磁鋼板が得られることが開示されている。また、特許文献3および特許文献4には、脱炭焼鈍工程の昇温段階の少なくとも600℃以上の温度域を95℃/s以上または100℃/s以上の昇温速度で800℃以上に加熱し、かつこの温度域の雰囲気を適正に制御することによって、被膜特性と磁気特性に優れる電磁鋼板を得る技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平07−062436号公報
【特許文献2】特開平10−298653号公報
【特許文献3】特開2003−027194号公報
【特許文献4】特開2000−204450号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記従来技術の多くは、急速加熱する開始温度を一義的に決定し、かつ、急速加熱の到達温度を700℃以上と規定することで、一次再結晶集合組織を改善し、二次再結晶粒の微細化を図っている。しかしながら、発明者らの研究によれば、確かに、上記従来技術を適用することにより、多くの場合、二次再結晶粒を微細化でき、鉄損が改善されるが、急速加熱する前の析出物の析出状態によっては、二次再結晶挙動が安定せず、コイル全長にわたって上記改善効果を得ることができない場合があることが明らかとなった。
【0007】
本発明は、従来技術が抱える上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、二次再結晶挙動を安定化させることによって製品コイルの全長にわたって二次再結晶粒を微細化し、もって、製品コイルの全長を低鉄損とすることができる方向性電磁鋼板の有利な製造方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、上記課題の解決に向けて、従来技術で一義的に定められている急速加熱温度領域における鋼板中の窒素(N)の析出状態が一次再結晶挙動に及ぼす影響について様々な観点から検討を行なった。その結果、鋼板中のNの析出状態(析出量)によって、好適な急速加熱温度領域が変化している可能性があることがわかってきた。というのは、一般に、鋼板中の固溶Nは、結晶粒界や転位上に偏在しており、冷間圧延後の鋼板中に残留している固溶Nは、その後の熱処理の昇温過程で析出するが、その多くは、偏在する転位上に析出し、転位のポリゴン化を抑制し、組織の回復や再結晶の開始を遅滞させる効果がある。そして、上記効果は、固溶Nの析出状態(析出量)によって、変化すると考えられるからである。
【0009】
そこで、発明者らは、回復温度域や再結晶温度域と昇温速度との関係を正確に把握し、制御することで、二次再結晶粒の微細化を安定的に達成し得るのではないかと考え、さらに検討を重ねた。その結果、回復温度域や再結晶温度域のそれぞれの温度域のそれぞれに最適な昇温速度を設定する、すなわち、図1に示すように、主に回復のみが進行する比較的低温の温度域(以降、「低温度域」ともいう)に対しては高い昇温速度を設定してやること、および、回復と再結晶が進行する比較的高い温度域(以降、「高温度域」ともいう)に対しては、上記低温度域の昇温速度よりも低い昇温速度を設定してやることで、二次再結晶粒径の微細化を安定的に達成することが可能であることを見出し、本発明を開発した。
【0010】
すなわち、本発明は、C:0.001〜0.10mass%、Si:1.0〜5.0mass%、Mn:0.01〜0.5mass%、sol.Al:0.003〜0.050mass%、N:0.0010〜0.020mass%、SおよびSeのうちから選ばれる1種または2種:合計0.005〜0.040mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼スラブを熱間圧延し、必要に応じて熱延板焼鈍を施した後、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延をして最終板厚の冷延板とし、一次再結晶焼鈍し、焼鈍分離剤を塗布し、仕上焼鈍する一連の工程からなる方向性電磁鋼板の製造方法において、上記一次再結晶焼鈍の昇温過程において、下記(1)式;
T1(℃):500+2×(NB−NA) ・・・(1)
から求められる温度T1と、下記(2)式;
T2(℃):600+2×(NB−NA) ・・・(2)
から求められる温度T2との間の昇温速度S1を80℃/sec以上とし、かつ、温度T2〜750℃の間の平均昇温速度S2を、上記S1の0.1〜0.7倍とすることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法である。ここで、上記(1)、(2)式中の、NAは最終冷間圧延後の析出N量(massppm)、NBは一次再結晶焼鈍後の析出N量(massppm)である。
【0011】
本発明の方向性電磁鋼板の製造方法は、上記一次再結晶焼鈍後の析出N量NB(massppm)に代えて、鋼スラブの全N含有量NB´(massppm)を用いることを特徴とする。
【0012】
また、本発明の方向性電磁鋼板の製造方法における上記鋼スラブは、上記成分組成に加えてさらに、Cu:0.01〜0.2mass%、Ni:0.01〜0.5mass%、Cr:0.01〜0.5mass%、Mo:0.01〜0.5mass%、Sb:0.01〜0.1mass%、Sn:0.01〜0.5mass%、Bi:0.001〜0.1mass%、P:0.001〜0.05mass%、Ti:0.005〜0.02mass%およびNb:0.0005〜0.0100mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、製品コイルの全長にわたって二次再結晶粒を安定して微細化することができるので、高い歩留まりで低鉄損の方向性電磁鋼板を製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】一次再結晶焼鈍における本発明の昇温パターンを、従来技術の昇温パターンと比較して説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
まず、本発明の基本的技術思想である、主に回復のみが進行する比較的低温の温度域(低温度域)に対して高い昇温速度を設定し、回復と再結晶が進行する比較的高い温度域(高温度域)に対して低温度域よりも低い昇温速度を設定することで、二次再結晶粒の微細化を安定的に達成することについて説明する。
【0016】
二次再結晶挙動を適正化するためには、一次再結晶集合組織の制御が必要である。特に、二次再結晶粒を微細化するためには、一次再結晶集合組織中のゴス方位({110}<001>)の核の数が重要である。また、二次再結晶を安定的に生じさせ、なおかつ、粗大な二次再結晶粒に成長させないためには、ゴス方位に蚕食される{111}一次再結晶組織の多寡が大きく関係する。
【0017】
まず、主に回復のみが進行する低温度域の昇温速度を高める理由について説明する。
上記ゴス方位({110}<001>)の核は、圧延組織の歪エネルギーが蓄積され易い{111}繊維組織中に生じる変形帯の中に存在することが知られている。この変形帯は、{111}繊維組織の中でも、特に歪エネルギーが蓄積された領域である。
ここで、一次再結晶焼鈍における低温度域の昇温速度が低い場合には、歪エネルギーが極めて高い変形帯が優先的に回復を起こし、歪エネルギーが緩和されてしまうため、ゴス方位核の再結晶が起こり難くなる。一方、上記低温度域の昇温速度が高い場合には、歪エネルギーが高い状態のままで変形帯を高温まで保持することができるので、ゴス方位核の再結晶を優先的に起こさせることができる。
【0018】
次に、上記低温度域に続く高温度域で、低温度域よりも昇温速度を低くし、かつ、その昇温速度を特定範囲に限定する理由について説明する。
一般に、ゴス方位({110}<001>)に蚕食され易い{111}一次再結晶組織が多過ぎると、二次再結晶粒(ゴス方位粒)の成長が促進されるため、ゴス方位の核が多数あっても、それぞれが成長する前に、1つの結晶粒が粗大化してしまうおそれがある。逆に、{111}一次再結晶組織が少な過ぎると、二次再結晶粒が成長し難くなり、二次再結晶不良を起こす。したがって、{111}一次再結晶組織は適正量に制御する必要がある。
【0019】
ここで、{111}一次再結晶組織は、圧延組織中の{111}繊維組織が再結晶することで生じる。また、圧延集合組織は{111}繊維組織に集積しているため、特別な熱処理等をしない限り、一次再結晶集合組織の主方位は{111}一次再結晶組織となる。また、{111}繊維組織は、ゴス方位の核を生成する変形帯ほどではないものの、周囲の他の組織に比べて歪エネルギーが高い。そのため、主に回復のみが生じる低温度域を急速加熱する熱処理条件では、ゴス方位に次いで再結晶しやすい結晶方位であるといえる。
【0020】
低温度域を急速加熱した後、高温度域の昇温速度を遅くすることで、歪エネルギーを保持した変形帯や{111}繊維組織からの再結晶を促進することができる。しかし、遅くし過ぎると、ゴス方位の核も多少増加するが、元来、組織的に主方位となる{111}一次再結晶組織はさらに過剰に増加する。その結果、{111}一次再結晶組織が過多となり、二次再結晶焼鈍において、ゴス方位粒が粗大化してしまう。
しかし、回復と再結晶が同時に進行する比較的高い高温度域を、低温度域と同様の高い昇温速度で加熱すると、ゴス方位や、その次に再結晶しやすい{111}一次再結晶組織の再結晶が進行する前に、全ての方位の結晶も一次再結晶を開始するため、集合組織としてはランダム化する。その結果、{111}一次再結晶組織が少なくなり、二次再結晶そのものが生じなかったりする。
【0021】
ここで、上記低温度域の範囲および高温度域の範囲は、材料の回復温度や再結晶温度と密接な関係を有しているために、前述したように、一次再結晶焼鈍における転位のポリゴン化を抑制し、組織の回復や再結晶の開始を遅滞させる効果のある固溶Nの析出状態、具体的には、一次再結晶焼鈍において析出してくるN量によって変化する。そのため、上記析出N量に応じて昇温速度も変化させる必要があることになる。
本発明は、上記技術思想に立脚するものである。
【0022】
次に、本発明の方向性電磁鋼板の素材となる鋼スラブの成分組成について説明する。
C:0.001〜0.10mass%
Cは、ゴス方位粒を発生させるのに有用な成分であり、かかる作用を発現させるためには、0.001mass%以上の含有を必要とする。一方、Cが0.10mass%を超えると、脱炭焼鈍において脱炭不足を起こして磁気特性の低下を招くおそれがある。よって、Cは0.001〜0.10mass%の範囲とする。
【0023】
Si:1.0〜5.0mass%
Siは、鋼の電気抵抗を高めて、鉄損を低下させる効果があり、本発明では、少なくとも1.0mass%の添加を必要とする。一方、5.0mass%を超えて添加すると、冷間圧延することが困難となる。よって、Siは1.0〜5.0mass%の範囲とする。好ましくは2.0〜4.5mass%の範囲である。
【0024】
Mn:0.01〜0.5mass%
Mnは、鋼の熱間脆性の改善に有効に寄与するだけでなく、SやSeを含有している場合には、MnSやMnSe等の析出物を形成し、インヒビタとしての機能を果たす。Mnの含有量が0.01mass%未満では、上記効果が十分ではなく、一方、0.5mass%を超える添加は、MnSやMnSe等の析出物を溶解させるのに必要なスラブ加熱温度が極めて高温となり好ましくない。よって、Mnは0.01〜0.5mass%の範囲とする。好ましくは0.01〜0.3mass%の範囲である。
【0025】
sol.Al:0.003〜0.050mass%
Alは、鋼中でAlNを形成して分散第二相として析出し、インヒビタとして作用する有用成分である。しかし、sol.Alでの含有量が0.003mass%未満では、十分な析出量を確保できず、上記効果は得られない。一方、sol.Alで0.050mass%を超えて添加すると、AlNの固溶に必要なスラブ加熱温度が極めて高温になると共に、熱延以降の熱処理でAlNが粗大化し、インヒビタとしての作用が失われてしまう。よって、Alは、sol.Alで0.003〜0.050mass%の範囲とする。
【0026】
N:0.0010〜0.020mass%
Nは、Alと同様、インヒビタであるAlNを形成するために必要な成分である。しかし、添加量が0.0010mass%未満では、AlNの析出が不十分である。一方、0.020mass%を超えて添加すると、スラブ加熱時にふくれ等を生じるようになる。よって、Nは0.0010〜0.020mass%の範囲とする。
【0027】
SおよびSe:合計で0.005〜0.040mass%
SおよびSeは、MnやCuと結合し、MnS,MnSe,Cu−XS,Cu−XSeを形成して鋼中に分散第二相として析出し、インヒビタとして作用する有用成分である。これらS,Seの合計の添加量が0.01mass%未満では、上記添加効果が十分に得られず、一方、0.05mass%を超える添加は、スラブ加熱時の固溶が不完全となるだけでなく、製品の表面欠陥の原因ともなる。よって、これらの元素の添加量は、単独添加または複合添加を問わず、0.01〜0.05mass%の範囲とする。
【0028】
本発明の方向性電磁鋼板は、上記成分組成に加えてさらに、Cu:0.01〜0.2mass%、Ni:0.01〜0.5mass%、Cr:0.01〜0.5mass%、Mo:0.01〜0.5mass%、Sb:0.01〜0.1mass%、Sn:0.01〜0.5mass%、Bi:0.001〜0.1mass%、P:0.001〜0.05mass%、Ti:0.005〜0.02mass%およびNb:0.0005〜0.0100mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を添加することができる。
Cu,Ni,Cr,Mo,Sb,Sn,Bi,P,TiおよびNbは、結晶粒界や表面に偏析しやすい元素、あるいは、炭窒化物を形成する元素であり、補助的なインヒビタとしての作用を有する。したがって、これらの元素を添加することで、さらなる磁気特性の改善を図ることができる。しかし、上記添加量に満たない場合には、二次再結晶過程の高温域で、一次再結晶粒の粗大化を抑制する効果が十分に得られない。一方、上記添加量を超えると、二次再結晶不良や被膜の外観不良を発生しやすくなる。よって、これらの元素を添加する場合には、上記範囲で添加するのが好ましい。
【0029】
上記のように、本発明の方向性電磁鋼板の素材となる鋼スラブは、Nを0.0010mass%以上含有し、かつ、窒化物を形成して析出するAlなどの窒化物形成元素を含有するものであることが必要である。
なお、上述した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。ただし、本発明の作用効果を害しない範囲内であれば、その他の成分の含有を拒むものではない。
【0030】
次に、本発明の方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
本発明の方向性電磁鋼板の製造方法は、上述した本発明に適合する成分組成を有する鋼スラブを熱間圧延し、必要に応じて熱延板焼鈍を施した後、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延をして最終板厚の冷延板とし、一次再結晶焼鈍し、MgOやAl等を主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、仕上焼鈍する一連の工程からなるものである。
ここで、上記鋼スラブの製造方法は、本発明に適合する成分組成を満たすよう調整する必要があること以外は特に制限はなく、通常公知の製造方法を用いることができる。また、鋼スラブの熱間圧延に先立って再加熱する温度は、インヒビタ成分を完全に固溶させる必要があることから、1300℃以上とすることが好ましい。
また、熱間圧延条件、必要に応じて行う熱延板焼鈍条件、および、最終板厚の冷延板とする1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延条件についても、常法に準じて行えばよく、特に制限はない。なお、上記冷間圧延において、パス間時効や温間圧延を適宜採用してもよい。以下、冷間圧延以降の製造条件について説明する。
【0031】
冷間圧延後の一次再結晶焼鈍は、二次再結晶粒の微細化を安定的に実現し、コイル内における低鉄損となる領域の比率を高めるため、昇温過程の、主に回復のみが進行する低温度域と、回復に加えて一次再結晶が進行する高温度域の昇温速度を、それぞれ適正に制御する必要がある。具体的には、上記低温度域の昇温速度を通常の一次再結晶焼鈍よりも高い80℃/sec以上に設定すると共に、上記高温度域での昇温速度を低温度域の昇温速度の0.1〜0.7倍の範囲に設定することで、安定的に鉄損低減効果が得ることができる。
【0032】
ここで、上記昇温過程における低温度域および高温度域の温度範囲は、鋼板中のNの析出状態を基に決定する。冷間圧延後に存在する固溶Nは、結晶粒界や転位上に偏在し、一次再結晶焼鈍の昇温過程においては窒化物を形成し、転位上に微細析出するため、転位の移動を制限し、ポリゴン化を抑制する、すなわち、圧延組織の回復や再結晶を遅滞させる効果がある。したがって、一次再結晶焼鈍で析出したN量が、回復や再結晶に大きく影響すると考えられる。
【0033】
このような考えの下、発明者らは、最終冷間圧延後の鋼板中の析出N量NA(massppm)と、一次再結晶焼鈍後の鋼板中の析出N量NB(massppm)とを測定し、それらの差(NB−NA)(massppm)が一次再結晶焼鈍で新たに析出するN量と仮定し、この(NB−NA)と、良好な磁気特性が得られる昇温条件(昇温速度、温度範囲)との関係について調査するため、多くの実験を重ねた。その結果、以下に示すような(NB−NA)に応じた適正な昇温条件が存在することを見出した。
【0034】
まず、低温度域では、下記(1)式;
T1(℃):500+2×(NB−NA) ・・・(1)
から求められる温度T1と、下記(2)式;
T2(℃):600+2×(NB−NA) ・・・(2)
から求められる温度T2との間の昇温速度S1を80℃/sec以上とする必要があることがわかった。
【0035】
上記(1)式および(2)式は、一次再結晶焼鈍において析出するN量が多くなると、回復や再結晶が遅延するため、低温度域の温度範囲が高温化することを示している。
また、この温度範囲の昇温速度S1が80℃/secより遅いと、ゴス方位{110}<001>の核が生成する変形帯で回復が生じてしまい、ゴス方位核の優先的な再結晶が生じず、Goss方位核の数を多くすることができないため、二次再結晶粒を微細化することができない。
なお、本発明では、この低温度域での昇温速度を80℃/sec以上に高めればよいので、T1未満の温度から平均昇温速度を80℃/sec以上としていてもよい。
【0036】
次に、回復と共に再結晶が進行する高温度域は、上記T2(=600+2(NB−NA))〜750℃の温度範囲とし、その間の昇温速度S2は、低温度域の昇温速度S1の0.1〜0.7倍の範囲とするのが好ましい。
ここで、高温度域の温度範囲の下限温度は、低温度域の上限温度T2であり、昇温速度S1で加熱したことにより特定の結晶方位(ゴス方位)のみが再結晶を開始する温度に相当する。一方、上限温度は、殆どの結晶が再結晶してしまう温度である750℃である。
【0037】
また、高温度域の昇温速度S2が、S1と関係するのは、低温度域の昇温速度が高いほど、優先的に再結晶を起こさせたいゴス方位の回復を抑制した状態にできるため、高温度域の滞留時間は短くても、ゴス方位の再結晶を促進することができ、低温度域の昇温速度S1に応じて、高温度域の最適昇温速度もそれに応じて高くなるものと考えられるからである。
ただし、高温度域の昇温速度S2が高過ぎる場合は、優先的に再結晶させたい組織の再結晶までも抑制した状態となるため、すべての方位が再結晶を起こし、再結晶集合組織がランダム化するため、二次再結晶不良を起こすため、S2の昇温速度はS1の0.7倍以下に制限するのが好ましい。逆に、この高温度域の昇温速度S2が、遅くなり過ぎると、{111}一次再結晶組織が多くなり、二次粒の微細化効果が得られなくなるので、S1の0.1倍以上とするのが好ましい。
【0038】
なお、本発明は、冷間圧延で導入された転位上に偏在しているNが、そのまま一次再結晶焼鈍で転位上に窒化物を形成して析出することを前提としている。そのため、一次再結晶焼鈍で鋼中N量を増加させる窒化処理を行うような場合には、本発明を適用することはできない。
【0039】
なお、一般に一次再結晶焼鈍は、脱炭焼鈍と兼ねて実施される場合が多く、本発明においても、脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍とすることができる。この場合、脱炭焼鈍は、雰囲気の酸化度がPHO/PHで0.1以上の湿水素雰囲気下で、本発明に適合した昇温速度で加熱処理することが好ましい。また、焼鈍設備の制約がある場合には、本発明に適合した温度範囲と昇温速度による加熱処理を、非酸化性雰囲気下で実施した後、脱炭焼鈍を施すようにしてもよい。
【0040】
上記のようにして一次再結晶焼鈍した鋼板は、その後、鋼板表面に適宜、焼鈍分離剤を塗布した後、二次再結晶を起こさせる仕上焼鈍を施す。上記焼鈍分離剤としては、例えば、フォルステライト被膜を形成させる場合には、MgOを主成分とし、必要に応じてTiOなどを添加したものを、また、フォルステライト被膜を形成させない場合には、SiOやAlを主成分としたものを用いることができる。
【0041】
仕上焼鈍した鋼板は、その後、鋼板表面の未反応焼鈍分離剤を除去した後、必要に応じて、鋼板表面に絶縁被膜を塗布・焼き付けたり、形状矯正のための平坦化焼鈍を施したりして製品板とする。なお、上記絶縁被膜の種類については、特に制限はないが、鉄損をより低減するには、鋼板表面に引張張力を付与する張力コーティングを用いることが好ましく、例えば、特開昭50−79442号公報や特開昭48−39338号公報等に記載されているリン酸塩−クロム酸−コロイダルシリカを含有する塗布液を焼き付けた絶縁被膜を好ましく用いることができる。また、前述した焼鈍分離剤にフォルステライト被膜を形成しないものを用いる場合には、仕上焼鈍後の鋼板表面に改めてMgOを主成分とする水スラリを塗布し、フォルステライト被膜を形成する焼鈍を施してから、絶縁被膜を被成してもよい。また、鉄損をより低減するため、仕上焼鈍後の鋼板に、プラズマジェットやレーザー照射、電子ビーム照射を線状に施したり、突起状ロールで線状の歪を付与したりする公知の磁区細分化処理を施してもよい。
【0042】
斯くして、本発明の製造方法によれば、製品コイルの全長にわたって安定的に二次再結晶組織を微細化することができるので、鉄損の低い方向性電磁鋼板を高い歩留まりをもって製造することができる。
【実施例1】
【0043】
C:0.06mass%、Si:3.3mass%、Mn:0.08mass%、S:0.023mass%、sol.Al:0.03mass%、N:0.008mass%、Cu:0.2mass%およびSb:0.02mass%を含有する鋼スラブを1430℃×30分加熱後、熱間圧延して板厚:2.2mmの熱延板とし、1000℃×1分間の熱延板焼鈍を施した後、冷間圧延して板厚:1.5mmの中間冷延板とし、中間焼鈍を施した。なお、この中間焼鈍は、1100℃まで加熱後、冷却速度を30℃/secとしてNの析出を促進させる条件と、1150℃まで加熱後、冷却速度を100℃/secとしてNを固溶状態に留める条件の2水準で行った。その後、さらに冷間圧延を行い板厚:0.23mmの最終冷延板とした。
得られた各冷延コイルの長手方向、幅方向の中央部から、100mm×300mmの試験片を採取し、実験室にて、一次再結晶と脱炭を兼ねた一次再結晶焼鈍を施した。なお、上記一次再結晶焼鈍は、通電加熱炉を用いて、表1に示したように、300℃から800℃間の昇温速度を種々に変化させて加熱した後、840℃×2分間保持して脱炭を進行させた。この際、雰囲気のPHO/PHは0.3とした。
また、上記冷延板から採取した試験片を、10mass%のAA系電解液(アセチルアセトン)を用いて電解し、ろ過、抽出して残された残渣から、冷延板における析出N量を定量し、この値を冷延板の析出N量NAとした。また、一次再結晶焼鈍終了後の鋼板についても、同様にして析出N量を定量し、この値を一次再結晶焼鈍後の析出N量NBとし、上記NBとNAの差(NB−NA)を一次再結晶焼鈍で新たに析出したN量とした。
次いで、上記一次再結晶焼鈍(脱炭焼鈍)した試験片を、それぞれの加熱条件について各50枚ずつ作製し、これらの試験片の表面に、MgOを主成分とし、TiOを10mass%添加した焼鈍分離剤を水スラリ状にして塗布乾燥し、仕上焼鈍を施して二次再結晶させた後、リン酸塩系の絶縁張力コーティングを塗布・焼付けた。
【0044】
斯くして得た各加熱条件の50枚の試験片すべてについて、鉄損W17/50を単板磁気試験機で測定し、平均値と標準偏差を求めた。また、上記鉄損測定後、試験片からコーティングを酸洗して除去し、線分法で300mm長の範囲の二次再結晶粒径を測定し、50枚の平均値を求めその結果を表1に併記した。この結果から、本発明に適合する条件で一次再結晶焼鈍の昇温を行った鋼板は、二次再結晶粒径が小さく、鉄損特性も良好で、ばらつきも軽減されていることがわかる。
【0045】
【表1】

【実施例2】
【0046】
表2および表3に示す成分組成を有する鋼スラブを1400℃×20分加熱後、熱間圧延して板厚:2.0mmの熱延板とし、1000℃×1分間の熱延板焼鈍を施した後、冷間圧延して板厚:1.5mmの中間冷延板とし、1100℃×2分間の中間焼鈍を施した後、冷間圧延して板厚:0.23mmの最終冷延板とし、その後、電解エッチングにより線状溝を形成して磁区細分化処理を施した。
次いで、非酸化性雰囲気で、表2および表3に示す昇温速度で750℃まで加熱した後、750〜840℃まで平均昇温速度:10℃/secで加熱し、その後、PHO/PH=0.3の雰囲気で2分間保持して脱炭する一次再結晶焼鈍を施した。次いで、上記一次再結晶後の鋼板表面に、MgOを主成分とし、TiOを10mass%添加した焼鈍分離剤を水と混ぜてスラリ状として塗布・乾燥し、コイルに巻き取り、仕上焼鈍を施した後、リン酸塩系の絶縁張力コーティングの塗布焼付けと鋼帯の平坦化を目的とする平坦化焼鈍を施して製品板とした。
なお、この製造工程において、冷間圧延後の鋼板の析出N量NAと、一次再結晶後鋼板の析出N量NBは、コイル長さ方向端部、幅方向中央部から採取した試験片を分析して求めた。
【0047】
このようにして得た各製品コイルの長さ方向から一定間隔で、質量500g以上となるエプスタイン試験片を30組分採取し、コイル全長にわたる鉄損W17/50を測定し、コイル全長内における鉄損の最悪値と、鉄損W17/50が0.80W/kg以下である部分の製品コイル全長に対する比率(達成率:%)を求め、その結果を表2に併記した。
表2から、本発明に適合する条件で加熱した発明例では、鉄損W17/50の最悪値も良好で、かつ、鉄損W17/50が0.80W/kg以下となるコイル内の比率(達成率)が高いことがわかる。
【0048】
【表2】

【0049】
【表3】

【0050】
なお、本実施例のように、一次再結晶時に鋼中のNを積極的に増加させない(窒化しない)場合には、一次再結晶焼鈍後には、鋼スラブ中のN量の全てが析出していると考えてもよい。したがって、実操業上は、冷間圧延後(一次再結晶焼鈍前)の析出N量が判明すれば、適切な昇温速度パターンを設定することができる。また、最終冷間圧延以前の焼鈍パターン等の製造条件が一定であれば、冷間圧延後の鋼板中の析出N量についても、事前の予備調査を基に推定することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の技術は、無方向性電磁鋼板の集合組織改善や、薄鋼板の集合組織改善にも適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.001〜0.10mass%、
Si:1.0〜5.0mass%、
Mn:0.01〜0.5mass%、
sol.Al:0.003〜0.050mass%、
N:0.0010〜0.020mass%、
SおよびSeのうちから選ばれる1種または2種:合計0.005〜0.040mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼スラブを熱間圧延し、必要に応じて熱延板焼鈍を施した後、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延をして最終板厚の冷延板とし、一次再結晶焼鈍し、焼鈍分離剤を塗布し、仕上焼鈍する一連の工程からなる方向性電磁鋼板の製造方法において、
上記一次再結晶焼鈍の昇温過程において、下記(1)式から求められる温度T1と、下記(2)式から求められる温度T2との間の昇温速度S1を80℃/sec以上とし、かつ、温度T2〜750℃の間の平均昇温速度S2を、上記S1の0.1〜0.7倍とすることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。

T1(℃):500+2×(NB−NA) ・・・(1)
T2(℃):600+2×(NB−NA) ・・・(2)
ここで、NA:最終冷間圧延後の析出N量(massppm)
NB:一次再結晶焼鈍後の析出N量(massppm)
【請求項2】
上記一次再結晶焼鈍後の析出N量NB(massppm)に代えて、鋼スラブの全N含有量NB´(massppm)を用いることを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
上記鋼スラブは、上記成分組成に加えてさらに、Cu:0.01〜0.2mass%、Ni:0.01〜0.5mass%、Cr:0.01〜0.5mass%、Mo:0.01〜0.5mass%、Sb:0.01〜0.1mass%、Sn:0.01〜0.5mass%、Bi:0.001〜0.1mass%、P:0.001〜0.05mass%、Ti:0.005〜0.02mass%およびNb:0.0005〜0.0100mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2013−64178(P2013−64178A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−203349(P2011−203349)
【出願日】平成23年9月16日(2011.9.16)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】