説明

鉛蓄電池用正極板および鉛蓄電池

【課題】充放電において膨張収縮による活物質の応力を緩和し、活物質同士あるいは活物質と集電体との密着性を充分に保つことによって容量を維持する正極板と、この正極板を用いた長寿命の鉛蓄電池を提供する。
【解決手段】15〜40%の開口率の開口部1aを有するチタン又はチタン合金からなる基材の表面に二酸化錫膜、あるいは二酸化錫とその表面にβ型二酸化鉛を有する正極集電体3a,3bを、その開口部を介して正極活物質4により包み込んだ構造からなることを特徴とする鉛蓄電池用正極板5。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛蓄電池の正極の活物質同士あるいは活物質と集電体との密着性を保つことによって容量を向上した正極板と、この正極板を用いて容量を向上せしめた鉛蓄電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の車両に搭載される電装部品の増加やアイドリングストップ車の普及等に伴いバッテリーには、高出力化が望まれると同時に、燃費問題、車両重量の軽量化および車内空間の確保等の観点から小型軽量化や充電受入性の向上が望まれるようになり、正極活物質(PbO)と負極活物質(Pb)と希硫酸からなる電解液を備え、正極活物質(PbO)を正極集電体に保持させ、負極活物質(Pb)を負極集電体に保持させた鉛蓄電池が使用される環境は大きく変化してきている。
【0003】
正極集電体には、従来より、量産性の点から、鋳造格子や鉛合金シートを網状に拡げたエキスパンド格子が広く用いられている。この正極集電体は、過充電時のアノード酸化による腐食によって鉛蓄電池の主な寿命の原因となるために、その厚みを厚くせざるを得ず、そのために鉛蓄電池の重量および寸法の増大の問題が生じていた。
そこで、耐食性に優れるとともに比重の小さいチタンを正極集電体の基材に使用し、その電解液側の面に酸化防止層として導電性のSnOを積層する技術が提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平6−349519号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
Ti板を正極集電体に用いたTi/SnO/活物質(PbO)正極板は、充放電による活物質の膨張収縮により、活物質同士あるいは活物質と集電体との密着性が低下し、その容量の低下を招き易いという問題が生じている。
【0006】
このような状況の中、活物質とSnO間の密着性をより高めるために設けられる剥離が生じない均一なβ−PbO膜の形成により、Ti/SnO集電体と活物質との結合を良好に保ち、且つ開口度を制御した集電体を用いることにより、充放電において膨張収縮による活物質の応力が緩和され、その結果、活物質同士あるいは活物質と集電体との密着性が充分に保たれることによって容量を維持する正極板と、この正極板を用いた長寿命の鉛蓄電池を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の発明は、15〜40%の開口率の開口部を有するチタン又はチタン合金からなる基材の表面に二酸化錫膜を形成した正極集電体を、前記開口部を介して正極活物質により包み込んだ構造からなることを特徴とする鉛蓄電池用正極板である。
【0008】
本発明の第2の発明は、第1の発明における鉛蓄電池用正極板において、二酸化錫膜の表面にβ型二酸化鉛膜を有することを特徴とするものである。
【0009】
本発明の第3の発明は、第1または第2の発明における鉛蓄電池用正極板を用いた鉛蓄電池を特徴とするものである。
【発明の効果】
【0010】
開口度を制御したTi板の適用により、充放電において膨張収縮による活物質の応力が緩和され、その結果、活物質同士あるいは活物質と集電体との密着性を充分に保ち、その容量の維持、向上の効果を奏する。
さらに、SnO膜上に、剥離を生じない均一なβ−PbO膜を形成することにより、Ti/SnO集電体と正極活物質との結合が良好に保たれ、その密着性が維持されることにより、その容量の維持、向上が図られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】基材となる適正な開口率の開口部を有するTi板で、(a)は部分平面図、(b)は図1のA−A’線における断面図である。
【図2】本発明の正極集電体を示す断面図の一部で、(a)はTi基材/SnO集電体、(b)はTi基材/SnO/β−PbO集電体である。
【図3】図2(b)のTi基材/SnO/β−PbO集電体を用いた正極板の断面図の一部である。
【図4】実施例における「開口率」と「正極活物質の剥離割合」および「サイクル数による放電容量」との関係を示す図で、(a)はTi基材/SnO集電体、(b)はTi基材/SnO/β−PbO集電体の場合である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者は、Ti基材/SnO/活物質(PbO)正極板の課題に対して、開口部を持たない平板型Ti板(開口率:0%)を用いたTi/SnO/活物質(PbO)正極板は、充放電による活物質の膨張収縮により、活物質同士あるいは活物質と集電体との密着性が乏しくなり容量が低下しやすいという知見と、その改善には、開口部を有するTi板を用い、その開口率を適正化することが有効であるとの知見、およびSnO膜上にさらにβ−PbO膜を形成した、適正化した開口部を有するTi基材/SnO/β−PbO/活物質(PbO)正極板が有効であるとの知見を得た。
【0013】
さらに、Ti基材の表面にSnO膜を形成する方法としては、錫化合物を溶媒に溶解した原料液を、加熱したTi基材の表面に間歇的に噴霧する方法を用いることによって、Ti基材の表面に結晶性の高いSnO膜を形成することができる。その場合に用いる錫化合物としては、有機錫化合物であるジブチル錫ジアセテート、トリブトキシ錫等の有機錫化合物、又は四塩化錫等の無機錫化合物が利用でき、溶媒には、エタノール又はブタノール等の有機溶媒を使用するのが好ましい。
【0014】
以下、図を交えて本発明を詳細する。
図1は基材となる適正な開口率の開口部を有するTi板で、(a)は部分平面図、(b)は図1のA−A’線における断面図である。図1において、1はTi基材、1aは開口部である。
図2は本発明の正極集電体を示す断面図の一部で、(a)はTi基材/SnO集電体、(b)はTi基材/SnO/β−PbO集電体で、図1(a)のA−A’線断面に対応した断面図である。図2において、2はSnO膜、3aはTi基材/SnO集電体、3bはTi基材/SnO/β−PbO集電体、6はβ−PbO膜である。
図3は図2(b)のTi基材/SnO/β−PbO集電体を用いた正極板の断面図の一部である。図3において、4は正極活物質、5は正極板である。
図4は実施例における「開口率」と「正極活物質の剥離割合」および「サイクル数による放電容量」との関係を示す図で、(a)はTi基材/SnO集電体、(b)はTi基材/SnO/β−PbO集電体の場合である。
【0015】
先ず、基材となるTi板は、図1((a)平面図、(b)A−A’線断面図)に示すように、適正な量の開口部1aが設けられているTi基材1である。
この開口部1aは、通常パンチングプレスによって形成すると良い。その開口部1aは、図1のような円形が後に形成される各膜の膨張収縮による各膜に及ぼす応力を緩和するのには最適であるが、他の形状であっても本発明の効果は維持される。
さらに、開口率が適正化された開口部は、開口部を介して正極活物質により正極集電体を包み込んだ構造(図3参照)を採り、この構造によって正極集電体と正極活物質の密着を、より堅固に維持するものである。
その開口部の開口率は、正極集電体を構成するTi基材の面積の15〜40%が望ましい。15%未満では包み込む効果が弱く、40%を超える開口率では、集電体としての強度の維持が難しく、また密着性の向上にも寄与しないこと、集電体の電圧降下が大きくなって鉛蓄電池の性能低下が目立つようになることから限定している。
【0016】
次に、Ti基材の上に設けられるSnO膜は、酸化防止層として設けられることから耐食性に優れたものが望ましく、特にX線回折における半値幅が、1度以下の結晶性の高いSnO膜が良い。
このSnO膜の形成は、前述した方法によるのが一般的であるが、ディップコーティング法やスピンコーティング法によることもできる。
【0017】
Ti基材/SnO集電体上に形成するPbO膜は、その結晶構造がβ型(ルチル型の正方晶)であることを特徴とする。その厚みは、約10μm以下が望ましい。
このβ−PbO膜を備える正極集電体を形成する際には、SnO膜とβ−PbO膜との密着性を考慮して、β−PbO膜に含まれるβ−PbOの結晶性を、溶液の濃度やメッキ速度を調整することにより制御する。すなわち、メッキ条件をSnO膜に含まれるSnOの結晶と、β−PbOの結晶との格子定数の差異によって生じるミスフィットが緩和されることを考慮して定めるのがよい。
【実施例】
【0018】
Ti板をパンチング加工により、開口率15〜40%に制御したTi基板を作製した。
そのTi基板上にスプレー熱分解(Splay Pyrolysis Deposition:SPD)法によりSnO膜を厚み約100nmに形成して、Ti基材/SnO正極集電体を作製した。
このSnO膜は、X線回折パターンにおいて、メインピークの半値幅が1度以下の結晶性の高いものであることを確認した。
【0019】
Ti基材/SnO/β−PbO正極集電体は、Ti/SnO集電体上に電気めっき法により、PbOメッキ膜を形成して作製した。そのPbO膜の結晶構造はβ型(ルチル型の正方晶)であった。また膜の厚みは3μm(片面)であった。
【0020】
作製した図2(a):Ti基材/SnO正極集電体、図2(b):Ti基材/SnO/β−PbO正極集電体に正極活物質PbOを充填して実施例に係る正極板を作製した。図3は図2(b)の正極集電体に正極活物質PbOを充填してなる正極板の断面図を示している。
【0021】
比較例として、開口率が15%未満、もしくは40%以上であるTi基板を用いた正極板を作製した。
従来例として、開口部の無い平板なTi基材を用いたTi基材/SnO正極集電体/正極活物質構成の正極板を作製した。
作製した、正極板の構成要素を表1に纏めて示す。
【0022】
作製した正極板とPbを活物質とする負極板、既存の鉛蓄電池用セパレータを用いて、単セルを作製して、DODが100%(5HR)の充放電サイクル試験を行い、その放電容量の変化、および試験終了後に単セルから正極板を取り出し、その外観観察、および断面観察を行い、各膜の剥離状態を調査した。
【0023】
【表1】

【実施例1】
【0024】
表1に示す開口率のTi基材、膜厚100nmのSnO膜の正極集電体を用いて、単セルを作製し、サイクル充放電試験を行った。その試験結果を表2に示す。
【実施例2】
【0025】
表1に示す開口率のTi基材、膜厚100nmのSnO膜の正極集電体を用いて、単セルを作製し、サイクル充放電試験を行った。その試験結果を表2に示す。
【実施例3】
【0026】
表1に示す開口率のTi基材、膜厚100nmのSnO膜、膜厚3μm(片面)のβ−PbOの正極集電体を用いて、単セルを作製し、サイクル充放電試験を行った。その試験結果を表2に示す。
【実施例4】
【0027】
表1に示す開口率のTi基材、膜厚100nmのSnO膜、膜厚3μm(片面)のβ−PbOの正極集電体を用いて、単セルを作製し、サイクル充放電試験を行った。その試験結果を表2に示す。
【0028】
(比較例1)
表1に示す開口率のTi基材、膜厚100nmのSnO膜の正極集電体を用いて、単セルを作製し、サイクル充放電試験を行った。その試験結果を表2に示す。
【0029】
(比較例2)
表1に示す開口率のTi基材、膜厚100nmのSnO膜の正極集電体を用いて、単セルを作製し、サイクル充放電試験を行った。その試験結果を表2に示す。
【0030】
(比較例3)
表1に示す開口率のTi基材、膜厚100nmのSnO膜、膜厚3μm(片面)のβ−PbOの正極集電体を用いて、単セルを作製し、サイクル充放電試験を行った。その試験結果を表2に示す。
【0031】
(比較例4)
表1に示す開口率のTi基材、膜厚100nmのSnO膜、膜厚3μm(片面)のβ−PbOの正極集電体を用いて、単セルを作製し、サイクル充放電試験を行った。その試験結果を表2に示す。
【0032】
(従来例)
開口率0%、平板のTi基材、膜厚100nmのSnO膜の正極集電体を用いて、単セルを作製し、サイクル充放電試験を行った。その試験結果を表2に示す。
【0033】
【表2】

【0034】
表2において、断面観察状況は極板表面積あたりの正極活物質の剥離した割合を質量%で示し、放電容量変化は1サイクル目の放電容量を100%としたときの5サイクル目の放電容量の維持率を%で示している。
また、上記した試験結果を図4(a)、(b)に示す。
【0035】
表1、2および図4(a)、(b)からも明らかなように、サイクル充放電試験において、本発明に係る実施例1から4の正極板は、各膜間の剥離は観察されず、健全であった。また、放電容量も急激に変化するようなこともなく初期の放電容量を維持していた。
一方、Ti基板の開口率が少ない比較例1、3、平板のTi基板の従来例では、どれも、膜間のどこかに剥離が見られ、放電容量もサイクル数の増加に伴って低下していた。また、Ti基板の開口率が45%と大きい比較例2,4においても、開口率が少なすぎる場合と同様に膜間のどこかに剥離が見られ、放電容量もサイクル数の増加に伴って低下していた。
【符号の説明】
【0036】
1 Ti基材
1a 開口部
2 二酸化錫膜:SnO
3a 正極集電体(Ti基材/SnO
3b 正極集電体(Ti基材/SnO/β−PbO
4 正極活物質
5 鉛蓄電池用正極板
6 β型二酸化鉛膜:β−PbO

【特許請求の範囲】
【請求項1】
15〜40%の開口率の開口部を有するチタン又はチタン合金からなる基材の表面に二酸化錫膜を形成した正極集電体を、前記開口部を介して正極活物質により包み込んだ構造からなることを特徴とする鉛蓄電池用正極板。
【請求項2】
請求項1に記載の鉛蓄電池用正極板において、前記二酸化錫膜の表面にβ型二酸化鉛膜を有することを特徴とする鉛蓄電池用正極板。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の正極板を用いた鉛蓄電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−216352(P2012−216352A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−79774(P2011−79774)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(507151526)株式会社GSユアサ (375)
【Fターム(参考)】