説明

鉛蓄電池

【構成】 鉛蓄電池は正極格子と正極活物質、負極格子と負極活物質、及び希硫酸から成る電解液を備え、正極格子がPb-Sb系合金から成り、電解液はAl3+イオンを0.02mol/L以上0.2mol/L以下、Liイオンを0.02mol/L以上0.2mol/L以下含有する。
【効果】 正極格子にPb-Sb系合金を備えた鉛蓄電池に対して、高温での軽負荷寿命性能を向上させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は鉛蓄電池に関する。
【背景技術】
【0002】
トラック、バス等の大型車用鉛蓄電池には、正極活物質の剥離あるいは脱落を抑制し、サイクル寿命特性を向上させるため、正極格子にPb-Sb系合金が使用されている。しかしながら、蓄電池がエンジンなどの付近に置かれる一部の車種において、廃熱の影響を受けて電池温度が60℃に達する場合があり、このような使用環境ではSbの小さい水素過電圧の影響で減液速度が著しく増加して、補水の頻度が増える、あるいは水素発生反応によって硫酸鉛の充電反応が阻害されることで硫酸鉛が早期に蓄積し、短寿命となる場合があることがわかった。また、同様にPb-Sb系格子からなるクラッド式極板を使用する電気車用途においても、夏場の使用においては組電池の中央部分に配置される電池の温度が70℃を超える場合があり、同様の劣化現象が起こる。なおPb-Sb系の正極格子は電解液の減液を速めるので、メンテナンスフリー性を重視する場合は使用されない。
【0003】
硫酸鉛の蓄積への対策として、特許文献1(WO2007/036979)は電解液にAl3+イオンを含有させると、負極の充電受入性が向上し、充電時に硫酸鉛を金属鉛に還元できるとしている。また特許文献1は、正極格子の表面にPb-Sb系の表面層を設けると正極活物質と格子との密着性を改善でき、電解液にLiイオンを含有させると鉛蓄電池の容量が増加するとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】WO2007/036979
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この発明の課題は、少なくとも正極格子にPb-Sb系合金を備えた鉛蓄電池に対して、高温での寿命性能を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明は、正極格子と正極活物質、負極格子と負極活物質、及び希硫酸から成る電解液を備えた鉛蓄電池において、少なくとも前記正極格子がPb-Sb系合金から成り、前記電解液はAl3+イオンを0.02mol/L以上0.2mol/L以下、Liイオンを0.02mol/L以上0.2mol/L以下含有することを特徴とする。正極格子のみがPb-Sb系合金でも、正極格子と負極格子とが共にPb-Sb系合金でも、同様に高温での軽負荷寿命性能等が向上する。なおこの明細書で、高温とは蓄電池の温度が60℃以上であることをいう。
【0007】
正極格子にPb-Sb系合金を用いた鉛蓄電池を高温で使用すると、格子のPb-Sb合金のために減液が促進され、電解液の硫酸濃度が増して、負極活物質中に硫酸鉛が蓄積するサルフェーションが進行しやすくなる。サルフェーションが進行すると、大電流放電が困難になり、また充電受入性も低下するので、寿命性能が低下し、これが高温での軽負荷寿命性能の低下として現れる。これに対して、電解液にAl3+イオンを0.02mol/L以上0.2mol/L以下、Liイオンを0.02mol/L以上0.2mol/L以下含有させると、高温での軽負荷寿命性能が向上する(図1,図2)。そしてこの時、高温での軽負荷寿命性能に限らず、常温での軽負荷寿命性能も向上する(図1,図2)。また軽負荷寿命性能は、定電圧充電と大電流放電を含み、蓄電池の基本機能である充放電の性能を評価するのに適しており、軽負荷寿命性能を向上させることは蓄電池の寿命性能一般の向上につながる。
【0008】
なおAl3+イオンを電解液に0.02mol/L以上0.2mol/L以下の濃度で加えても、電解液が0.02mol/L以上0.2mol/L以下のLiイオンを含有しない限り、高温での軽負荷寿命性能の向上は僅かである(図2)。また電解液にLiイオンを0.02mol/L以上0.2mol/L以下の濃度で加えても、電解液が0.02mol/L以上0.2mol/L以下のAl3+イオンを含有しない限り、高温での軽負荷寿命性能の向上は僅かである(図1)。言い換えると、高温での軽負荷寿命性能の向上は、特定の濃度のAl3+イオンと特定の濃度のLiイオンとの組み合わせで発現する特異な現象である。
【0009】
高温での寿命性能を充分に向上させるには、電解液が0.02mol/L以上0.2mol/L以下のAl3+イオンと0.02mol/L以上0.2mol/L以下のLiイオンとを共に含有することが必要である(図1,図2)。即ち、高温での寿命性能の向上には、単に電解液がAl3+イオンとLiイオンとを含むことではなく、これらのイオンを特定の濃度で含むことが必要である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】正極格子がPb-Sb系、負極格子がPb-Ca系で、LiイオンとAl3+イオンとを含む電解液での、軽負荷寿命特性のAl3+イオン濃度依存を示す特性図
【図2】正極格子がPb-Sb系、負極格子がPb-Ca系で、LiイオンとAl3+イオンとを含む電解液での、軽負荷寿命特性のLiイオン濃度依存を示す特性図
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本願発明の最適実施例を示す。本願発明の実施に際しては、当業者の常識及び先行技術の開示に従い、実施例を適宜に変更できる。
【実施例】
【0012】
Pb-2mass%Sb-0.2mass%Asから成るPb-Sb系合金を用い、鋳造法により正極格子を作製した。Pb-Sb系合金では、Sb濃度は1mass%〜4mass%が好ましく、As濃度は0.1mass%〜0.4mass%が好ましく、Sn,Se,Ag等の他の元素を例えば合計で0.5mass%以下含んでいても良く、残部はPbである。Pb-0.1mass%Ca-0.7mass%Snから成るPb-Ca系合金シートを用い、エキスパンド法により負極格子を作製した。なお正極格子と負極格子とに共にPb-Sb系合金を用いる実施例では、前記のPb-Sb系合金により鋳造法により負極格子を作製した。
【0013】
正極活物質としてボールミル法で作製した鉛粉に定法に従い合成樹脂繊維を加え、水と希硫酸とでペースト化し、正極格子に充填し、熟成と乾燥とを行い、未化成の正極板とした。負極活物質として同様にボールミル法で作製した鉛粉に、定法に従い合成樹脂繊維とBaSO4とリグニンとカーボンブラックとを加え、水と希硫酸とでペースト化し、負極格子に充填し、熟成と乾燥とを行い、未化成の負極板とした。鉛粉の製造方法と製造条件は任意で、鉛粉への添加物も任意である。
【0014】
未化成の負極板をポリエチレンの多孔質セパレータで包み、未化成の負極板と未化成の正極板とを積層した。次いで積層体の負極板の耳部をストラップで互いに接続し、正極板の耳部をストラップで互いに接続し、未化成のエレメントとした。エレメントを電槽内に直列に6組収納し、水と、Al3+イオンとLiイオンとを含有する希硫酸とを加え、電槽化成によりJIS D 5301:2006に規定される145G51タイプの鉛蓄電池とした。Al3+イオンは硫酸アルミニウムとして加え、Liイオンは硫酸リチウムとして加えたが、LiAlO2、LiOH、Al(OH)等の形態で加えても良く、添加形態は任意である。また電解液は希硫酸とAl3+イオンとLiイオンの他に、例えば0.02mol/L以下のNaイオン、Kイオン、Mg2+イオン等を含んでいても良い。Al3+イオン濃度とLiイオン濃度を異ならせた他は、各電池を同一の材料を同一の条件で処理して作製した。ただし負極格子はPb-Ca系合金とPb-Sb系合金の2種類である。また電槽への注入時の電解液は、Al3+イオンとLiイオンとを無視すると、20℃で比重が1.22の希硫酸である。
【0015】
電解液のAl3+イオンとLiイオン含有量の組み合わせ毎に、鉛蓄電池を6個ずつ作製し、JIS D 5301:2006 9.5.5a)に規定する軽負荷寿命試験を40℃と60℃の2種類の温度で、鉛蓄電池を3個ずつ用いて行った。JISの規定では、軽負荷寿命試験は25Aで4分間放電し、14.8V(最大充電電流 25A)で10分充電するサイクルを、毎週480サイクル行い、480サイクル毎にCCA電流で30秒間放電し、放電末の端子電圧が7.2V以下になると寿命とする。JISでは41±3℃で試験することを要求しているが、ここでは40℃での試験と60℃での試験を行った。また寿命性能は、Al3+イオンもLiイオンも含まない電解液の蓄電池が40℃で寿命に達するまでのサイクル数を100%とする、相対値で表す。
【0016】
鉛蓄電池がエンジン付近におかれる車種では、蓄電池の温度が60℃程度まで昇温することがある。エンジンの付近におかれない場合でも、夏期等の季節と地域と自動車の運転条件とによっては60〜70℃程度まで蓄電池が昇温することがある。またクラッド式正極板を使用する電気車では、組電池の中央部分の蓄電池は夏期に70℃以上の温度に達することがある。そこで蓄電池の耐久性を評価するには、40℃での試験のみでは不十分で、60℃等の高温での試験が必要である。
【0017】
図1,図2に主な結果を示し、図1はLiイオン濃度を0.02mol/Lまたは0.2mol/Lに固定し、Al3+イオン濃度を0〜0.3mol/Lの範囲で変化させた際の結果を示す。また図2はAl3+イオン濃度を0.02mol/Lまたは0.2mol/Lに固定し、Liイオン濃度を0〜0.3mol/Lの範囲で変化させた際の結果を示す。図1に示すように、Al3+イオン濃度が0.02mol/L未満では、40℃での寿命性能と60℃での寿命性能とに大差がある。これに対してAl3+イオン濃度が0.02mol/L以上0.2mol/L以下では高温での寿命性能が向上し、40℃と60℃とで寿命性能がほぼ等しくなる。一方、Al3+イオン濃度が0.2mol/Lを越えると、常温でも高温でも寿命性能は低下する。
【0018】
図2に示すように、Liイオン濃度が0.02mol/L未満では、40℃での寿命性能と60℃での寿命性能とに大差がある。これに対してLiイオン濃度が0.02mol/L以上0.2mol/L以下では高温での寿命性能が向上し、40℃と60℃とで寿命性能がほぼ等しくなる。一方、Liイオン濃度が0.2mol/Lを越えると、60℃での寿命性能が低下する。
【0019】
表1は各実施例の結果を示し、これから以下のことが分かる。
・ Al3+イオン濃度とLiイオン濃度が共に0.02mol/L以上0.2mol/L以下の電解液でのみ、60℃での軽負荷寿命性能を100以上にでき、この時40℃での軽負荷寿命も高くなる。
・ Al3+イオン濃度とLiイオン濃度のいずれかが0.02mol/L未満では、60℃での寿命性能を向上できない。
・ Al3+イオン濃度とLiイオン濃度のいずれかが0.2mol/Lを越える場合、60℃での軽負荷寿命性能を大きく向上させることができない。
【0020】
【表1】

【0021】
なお60℃で軽負荷寿命性能が著しく低下するのは、正極格子にPb-Sb系合金を用いた蓄電池に特有の現象である。例えば特許文献1等で正極格子にPb-Ca系合金を用い、その表面にPb-Sb系合金箔を積層した鉛蓄電池が知られているが、このような電池では60℃で軽負荷寿命性能が特に低下するとの現象は見られなかった。そもそも、Pb-Ca系合金の正極格子表面にPb-Sb系合金箔を積層する技術は、メンテナンスフリー性を維持したままPb-Ca系合金に特有な格子−活物質間の結着力の悪さを改善する技術であり、Sbは少量である。また、Pb-Ca系合金の正極格子表面にPb-Sb合金箔を積層する技術は、正極格子の腐食伸びに対しては効果がないため、振動等が加わり、格子の耐久性が求められるトラック・バス等の大型車用途では現在でも耐腐食性や機械的強度に優れたPb-Sb系合金の正極格子が使用されている。本発明はこのような用途における高温での軽負荷寿命性能の改善を目的とし、特許文献1等のPb-Ca系合金の正極格子表面にPb-Sb系合金箔を積層する技術とは、電池構成、技術的な背景、目的のいずれも異なる。
【0022】
実験では、電解液に適正量のAl3+イオンを含有させることにより、Pb-Sb系合金からなる正極格子を用いた際の減液速度を小さくできた。しかしその反面で、Al3+イオンを電解液に含有させると、大電流で放電した際に電解液の導電性が低下した。またAl3+イオンを含有する電解液にLiイオンを含有させると、大電流で放電した際の電解液の導電性が回復した。これらのことから、電解液に適正量のAl3+イオンとLiイオンとを共存させると、60℃での軽負荷寿命性能が向上することの機構を、以下のように推定できる。
・ Pb-Sb系合金では電解液の減液が問題になり、高温で減液が速くなる。
・ 電解液が減液すると、SO42- イオン濃度が増すため、充電受入性が低下し、PbSO4の蓄積が進んで、寿命性能が低下する。
・ ここでAl3+イオンを含有させると減液を遅らせることができるが、電解液の導電性が低下するため、大電流での放電が難しくなり、軽負荷寿命試験での寿命性能は向上しない。
・ Al3+イオンとLiイオンとを共存させると、電解液の導電性を向上させ、高温での軽負荷寿命試験の寿命性能を向上させることができる。ただし、Li+イオンも添加量が多くなり過ぎるとかえって電解液の導電性が低下するため、いずれのイオンも0.02mol/L以上0.2mol/L以下であることが有効であると考えられる。
【0023】
Pb-Sb系の正極格子に対し、Al3+イオンとLiイオンを共に0.02mol/L以上0.2mol/L以下含有する電解液が有効であることは、正極板がペースト式である場合に限らない。従ってPb-Sb系合金を用いたクラッド式の正極板を用いても良く、この場合、負極板は例えばペースト式とする。実施例では、Pb-Sb系合金からなる正極格子を用いた鉛蓄電池に対し、高温での軽負荷寿命性能を著しく向上させ、常温での軽負荷寿命性能も向上させることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極格子と正極活物質、負極格子と負極活物質、及び希硫酸から成る電解液を備えた鉛蓄電池において、
少なくとも前記正極格子がPb-Sb系合金から成り、
前記電解液はAl3+イオンを0.02mol/L以上0.2mol/L以下、Liイオンを0.02mol/L以上0.2mol/L以下含有することを特徴とする、鉛蓄電池。
【請求項2】
前記電解液にAl3+イオンを0.02mol/L以上0.2mol/L以下、Liイオンを0.02mol/L以上0.2mol/L以下含有させることにより、高温での寿命性能を向上させたことを特徴とする、請求項1の鉛蓄電池。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−84361(P2013−84361A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−221768(P2011−221768)
【出願日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【出願人】(507151526)株式会社GSユアサ (375)
【Fターム(参考)】