説明

鋼矢板

【課題】降伏強度が430〜600N/mmで、かつ良好な靱性を有する鋼矢板の提供
【解決手段】質量%で、C:0.04〜0.19%、Si:0.01〜0.60%、Mn:0.5〜2.0%、Nb:0.051〜0.10%、sol.Al:0.001〜0.10%およびN:0.0005〜0.0090%、ならびに、Cu:0.01〜2.0%、Ni:0.01〜3.0%、Cr:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜1.0%、V:0.001〜0.30%、Ti:0.001〜0.10%およびB:0.0001〜0.0050%から選択される1種以上を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、不純物としてのP、SおよびOが、それぞれP:0.04%以下、S:0.04%以下およびO:0.005%以下である化学組成を有し、降伏強度が430〜600N/mmである鋼材からなることを特徴とする鋼矢板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼矢板に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼矢板は、港湾、河川、土留(山留)などの工事において締切り材として用いられる鋼材である。鋼矢板には、ハット形、U形、組合せ形、直線形などの断面形状を有するものがある。また、鋼矢板を用いた構造形式には、自立式、タイロッド式、セル式などの様々な種類がある。
【0003】
例えば、自立式は、鋼矢板の剛性と、鋼矢板が埋め込まれた地盤の抵抗力(水平方向の抵抗力)によって外力に抵抗する構造形式である。この方式は、地盤が良好で水深が小さい場合に適用される場合が多く、たとえば、護岸、岸壁、擁壁、土留めなどに用いられる。タイロッド式は、鋼矢板と、控え工をタイロッドまたはタイワイヤーで連結することで壁体を安定させる構造形式である。たとえば、護岸、岸壁、擁壁などに用いられる。
【0004】
自立式の場合には、鋼矢板自体を支持する部材がなく、鋼矢板にしなりが生じるため、ヤング率を考慮した強度設計が必要となる。一方、タイロッド式の場合にはタイロッドによりしなりが抑制されるので、降伏強度を考慮した設計が必要となり、鋼矢板の高強度化が求められる。特に、タイロッド式の工法に用いる鋼矢板には、降伏強度が430N/mm以上であることが必要とされる場合がある。
【0005】
鋼矢板には、構造物としての安全性の観点から、良好な靱性と溶接性を兼ね備えていることが望まれる。しかし、鋼矢板は、やや複雑な断面形状を有しているため、その製造時の温度履歴に制約があり、一般には、ウェブの圧下を高温で終了させ、その後の加速冷却を実施しないことが求められている。このため、圧下後にミクロ組織が成長して、製品の結晶粒が粗大になるなど、靱性が低下しやすい。
【0006】
従来から高強度鋼矢板に関する技術は多く開示されている。例えば、特許文献1には、高強度広幅鋼矢板に関する技術が開示されている。特許文献1で開示された技術によれば、降伏強度が390N/mm以上の高強度鋼矢板が得られるとされている。また、特許文献2には、鋼矢板の製造方法に関する技術が開示されている。特許文献2で開示された技術によれば、ウェブの靭性に優れる鋼矢板が得られるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−332414号公報
【特許文献2】特開2008−221318号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1および特許文献2で開示された技術を用いても、430N/mm以上の降伏強度と優れた靱性を有する鋼材を安定的に得ることが難しい。また、特許文献2で開示された技術では圧延中に水冷することが必要であるため、水冷による変形が生じて、製品形状は悪化する懸念がある。
【0009】
本発明は、このような従来技術の問題を解決するため、一般に用いられる鋼矢板のサイズの中では最も厚い27.6mmよりも大きい厚さであっても、鋼材の降伏強度が430〜600N/mmである鋼矢板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
鋼矢板は、良好な寸法精度を確保することが優先される。このため、鋼材の強度および靱性を向上させるために、圧延時に比較的低温域での累積圧下率を大きく増加させたり、圧延中または圧延後に加速冷却を適用したりすることは難しい。また、鋼矢板の板厚が大きいほど良好な靱性を得ることが難しい傾向にある。
【0011】
本発明者らは、鋼矢板のウェブの圧延を模擬した圧延条件、すなわち、圧延終了温度が900℃以上で、かつ、圧延中または圧延後に加速冷却を適用しない条件で、板厚が28mmの鋼材を圧延しても、降伏強度が430〜600N/mmで、かつ良好な靱性が得られる条件を調査し、本発明を完成させた。
【0012】
本発明は、下記の(A)〜(E)の鋼矢板を要旨とする。
【0013】
(A)質量%で、C:0.04〜0.19%、Si:0.01〜0.60%、Mn:0.5〜2.0%、Nb:0.051〜0.10%、sol.Al:0.001〜0.10%およびN:0.0005〜0.0090%、ならびに、Cu:0.01〜2.0%、Ni:0.01〜3.0%、Cr:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜1.0%、V:0.001〜0.30%、Ti:0.001〜0.10%およびB:0.0001〜0.0050%から選択される1種以上を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、不純物としてのP、SおよびOが、それぞれP:0.04%以下、S:0.04%以下およびO:0.005%以下である化学組成を有し、降伏強度が430〜600N/mmである鋼材からなることを特徴とする鋼矢板。
【0014】
(B)化学組成が、下記の(1)式から求められるPnの値が0.22以下を満足するものである上記(A)の鋼矢板。
Pn=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10−Nb/2+5B・・・(1)
ただし、(1)式中の元素記号は各元素の鋼中含有量(質量%)を意味する。
【0015】
(C)化学組成が、さらに、質量%で、Ca:0.01%以下およびREM:0.02%以下の一方または両方を含有するものである上記(A)または(B)の鋼矢板。
【0016】
(D)化学組成が、さらに、質量%で、Mg:0.01%以下を含有するものである上記(A)〜(C)のいずれかの鋼矢板。
【0017】
(E)化学組成が、さらに、質量%で、Sn:0.50%以下を含有するものである上記(A)〜(D)のいずれかの鋼矢板。
【発明の効果】
【0018】
本発明の鋼矢板は、降伏強度が430〜600N/mmで、かつ良好な靱性を有するので、自立式またはタイロッド式の工法に用いる鋼矢板として好適である。本発明の鋼矢板は、特にタイロッド式矢板壁に用いる鋼矢板として好適である。本発明の鋼矢板は溶接性にも優れているため、溶接作業も容易に実施することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお、化学組成における各元素の含有量の「%」は「質量%」を意味する。
【0020】
[1]鋼材の化学組成について
C:0.04〜0.19%
Cは、鋼の強度を高めるために必要な元素である。この効果を得るために、C含有量は0.04%以上とする。しかし、Cの含有量が0.19%を超えると、靱性が低下しやすくなり、また、溶接割れが起こりやすくなる。よって、C含有量は0.04〜0.19%とする。好ましい下限は0.05%である。好ましい上限は0.15%であり、より好ましい上限は0.10%である。
【0021】
Si:0.01〜0.60%
Siは、脱酸作用を有する元素である。この効果を得るために、Si含有量は0.01%以上とする。しかし、Siの含有量が0.60%を超えると、母材および溶接熱影響部の靱性が著しく悪化する。よって、Si含有量は0.01〜0.60%とする。好ましい下限は0.03%であり、より好ましい下限は0.05%である。好ましい上限は0.45%であり、より好ましい上限は0.20%である。
【0022】
Mn:0.5〜2.0%
Mnは、鋼材の強度を高める作用を有する。この効果を得るために、Mn含有量は0.5%以上とする。しかし、その含有量が2.0%を超えると、溶接割れが起こりやすくなる。このため、Mnの含有量は0.5〜2.0%とする。好ましい下限は1.0%であり、より好ましい下限は1.2%である。また、好ましい上限は1.7%、より好ましい上限は1.5%である。
【0023】
Nb:0.051〜0.10%
Nbは、鋼材の強度を向上させる効果を有する。この効果を得るために、Nbを0.051%以上含有させる。しかし、その含有量が0.10%を超えると、母材と溶接熱影響部の靱性が悪化する。よって、Nbを含有させる場合には、その含有量を0.051〜0.10%とする。好ましい下限は0.055%である。好ましい上限は0.08%であり、より好ましい上限は0.07%である。
【0024】
sol.Al:0.001〜0.10%
Alは、脱酸作用を有する元素である。この効果を得るために、sol.Al(「酸可溶Al」)として0.001%以上含有させる。しかし、sol.Al含有量が0.10%を超えると、溶接熱影響部の靱性が悪化する場合がある。よって、sol.Al含有量は0.001〜0.10%とする。好ましい下限は0.003%である。好ましい上限は0.050%であり、より好ましい上限は0.030%である。
【0025】
N:0.0005〜0.0090%
Nは、Ti、B、Nb、Al、Vとともに析出物を形成し、母材および溶接熱影響部の靱性を改善するのに有効な元素である。これらの効果を得るために、Nを0.0005%以上含有させる。しかし、その含有量が0.0090%を超えると、母材および溶接熱影響部の靱性が悪化する。よって、N含有量は0.0005〜0.0090%とする。好ましい下限は0.002%である。好ましい上限は0.006%である。
【0026】
本発明の鋼矢板は、上記の各元素を基本成分とし、さらに、強度、靱性を向上させるために、Cu:0.01〜2.0%、Ni:0.01〜3.0%、Cr:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜1.0%、V:0.001〜0.30%、Ti:0.001〜0.10%およびB:0.0001〜0.0050%から選択される1種以上を含有する化学組成を有する。
【0027】
Cu:0.01〜2.0%
Cuは、鋼材の強度を向上させるのに有効な元素である。この効果は、Cuを0.01%以上含有させた場合に得られる。しかし、Cu含有量が2.0%を超えると、鋼材の表面性状および靱性が悪化し、溶接割れが起こりやすくなる。よって、Cuを含有させる場合の含有量は0.01〜2.0%以下とする。好ましい下限は0.1%である。好ましい上限は0.50%以下である。
【0028】
Ni:0.01〜3.0%
Niは、鋼材の強度および靱性を向上させるのに有効な元素である。この効果は、Niを0.01%以上含有させた場合に得られる。しかし、Ni含有量が3.0%を超えると、鋼材の表面性状が悪化することがある。よって、Niを含有させる場合には、その含有量を0.01〜3.0%とする。好ましい下限は0.1%である。好ましい上限は1.0%、より好ましい上限は0.50%である。
【0029】
Cr:0.01〜1.0%
Crは、鋼材の強度を向上させるのに有効な元素である。この効果は、Crを0.01%以上含有させた場合に得られる。しかし、Cr含有量が1.0%を超えると、溶接割れが起こりやすくなる。よって、Crを含有させる場合には、その含有量を0.01〜1.0%とする。好ましい下限は0.1%である。好ましい上限は0.50%である。
【0030】
Mo:0.01〜1.0%
Moは、鋼材の強度を向上させるのに有効な元素である。この効果は、Moを0.01%以上含有させた場合に得られる。しかし、Mo含有量が1.0%を超えると、溶接割れが起こりやすくなる。よって、Moを含有させる場合には、その含有量を0.01〜1.0%とする。好ましい下限は0.1%である。好ましい上限は0.50%である。
【0031】
V:0.001〜0.30%
Vは、鋼材の強度を向上させるのに有効な元素である。この効果は、Vを0.001%以上含有させた場合に得られる。しかし、V含有量が0.30%を超えると靱性が悪化するおそれがある。よって、Vを含有させる場合には、その含有量を0.001〜0.30%とする。好ましい下限は0.01%であり、より好ましい下限は0.04%である。好ましい上限は0.15%である。
【0032】
Ti:0.001〜0.10%
Tiは、鋼材の強度を向上させるのに有効な元素であり、また、Nとともに析出物(TiN)を形成し、溶接熱影響部の靱性を改善するのに有効な元素である。この効果は、Tiを0.001%以上含有させた場合に得られる。また、固溶N量を調整して、B(ボロン)の働きを制御する効果もある。しかし、その含有量が0.10%を超えると、母材と溶接熱影響部の靱性が悪化する。よって、Ti含有量は0.001〜0.10%とする。好ましい下限は0.005%である。好ましい上限は0.025%であり、より好ましい上限は0.020%であり、さらに好ましい上限は0.014%である。
【0033】
B:0.0001〜0.0050%
Bは、鋼材の強度を向上させるのに有効な元素である。また、Nとともに析出物(BN)を形成し、母材、溶接熱影響部の靱性を改善する効果もある。これらの効果は、Bを0.0001%以上含有させた場合に得られる。しかし、Bの含有量が0.0050%を超えると、溶接割れが起こりやすくなる。よって、Bを含有させる場合には、その含有量を0.0001〜0.0050%とする。好ましい下限は0.0005%である。好ましい上限は0.0025%であり、より好ましい上限は0.0020%である。
【0034】
なお、Cu、Ni、Cr、Mo、V、TiおよびBから選択される2種以上を含有させる場合には、その合計含有量を3.0%以下とすることが好ましい。合計含有量は2.0%以下とするのがより好ましい。
【0035】
本発明の鋼矢板は、上記の化学組成を有し、残部はFeおよび不純物からなるものである。不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料その他の要因により混入する成分を意味する。ただし、P、SおよびOは、不純物としての含有量が高いと、鋼の特性を顕著に悪化させる可能性がある。よって、これらの元素については、その含有量を下記の範囲に制限する必要がある。
【0036】
P:0.04%以下
Pは、鋼材中に不純物として不可避的に存在し、靱性を悪化させる元素である。そのため、P含有量は0.04%以下とする必要がある。好ましい上限は0.02%である。より好ましい上限は0.012%である。
【0037】
S:0.04%以下
Sは、鋼材中に不純物として不可避的に存在し、靱性に有害な元素である。そのため、S含有量は0.04%以下とする必要がある。好ましい上限は0.01%であり、より好ましい上限は0.007%であり、さらに好ましい上限は0.004%である。
【0038】
O:0.005%以下
O(酸素)は、鋼材中に不純物として不可避的に存在し、母材靱性に悪影響を及ぼす元素である。そのため、O含有量は0.005%以下とする必要がある。好ましい上限は0.003%であり、より好ましい上限は0.002%である。
【0039】
なお、鋼材には、Feの一部に代えて、Ca、REM、MgおよびSnから選択される一種以上の元素を含有させてもよい。それぞれの元素を含有させる場合の含有量の範囲と限定理由は下記のとおりである。
Ca:0.01%以下
REM:0.02%以下
CaおよびREMは、硫化物(特にMnS)の形態を制御し、靱性を向上させるのに有効な元素である。この効果を得るために、CaおよびREMの一方または両方を含有させてもよい。ただし、含有量が過剰な場合、CaおよびREMを含む介在物が粗大となる。粗大化した介在物がクラスター化すると、鋼の清浄度を害し、溶接性にも悪影響を及ぼすことがある。よって、Caを含有させる場合には、その含有量は0.01%以下とし、REMを含有させる場合には、その含有量は0.02%以下とする。上記の効果は、Caは0.0005%以上、REMは0.001%以上含有させた場合に顕著となる。Ca含有量は、溶接性の観点から0.006%以下にすることが好ましい。
【0040】
なお、REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素の総称であり、これらの元素から選択される1種以上を含有させることができる。REMの含有量は上記元素の合計量を意味する。
【0041】
Mg:0.01%以下
Mgは、微細に分散した酸化物を形成し、溶接熱影響部のオーステナイト粒径の粗大化を抑制して低温靭性を向上させる効果を発揮する。この効果を得るためにMgを含有させてもよい。ただし、Mg含有量が0.01%を超えると、粗大な酸化物を生成して靭性を劣化させることがある。このため、Mgを含有させる場合には、その含有量は0.01%以下とする。上記の効果は、Mgを0.0005%以上含有させた場合に顕著となる。
【0042】
Sn:0.50%以下
Snは、Sn2+となって溶解し、腐食を抑制する作用を有する。これは、Sn2+が腐食促進作用を有するFe3+を速やかに還元するからである。Snはまた、鋼のアノード溶解反応を抑制し耐食性を向上させる作用も有する。これらの効果を得るためにSnを含有させてもよい。ただし、Sn含有量が0.50%を超えると、これらの効果は飽和する。よって、Snを含有させる場合には、その含有量を0.50%以下とする。上記の効果は、Snを0.03%以上含有させた場合に顕著となる。好ましい下限は0.05%である。好ましい上限は0.30%である。
【0043】
Pn:0.22以下
鋼材中の各元素をそれぞれ規定するだけでは、鋼矢板のウェブの圧延を模擬した圧延条件(圧延終了温度が900℃以上で、かつ、圧延中または圧延後に加速冷却を適用しない条件)で板厚が28mmの鋼材を圧延した場合に、降伏強度が430〜600N/mmで、かつ良好な靱性を有する鋼矢板を得ることができないことがある。そのため、本発明者らは、種々の化学組成を有する鋼材を上記の圧延条件で圧延する実験を数多く実施した結果、下記(1)式から求められるPnを0.22以下にした場合に、機械的特性が安定することを見出した。Pnは、0.18以下とすることがより好ましく、0.16以下とすることがさらに好ましく、0.14以下とすることが一層好ましい。
Pn=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10−Nb/2+5B・・・(1)
ただし、(1)式中の元素記号は各元素の鋼中含有量(質量%)を意味する。
【0044】
[2]製造条件について
上記[1]で説明した化学組成を有する鋼片または鋼塊を用いて、加熱、圧延を行うことで鋼矢板を製造することができる。各工程の好ましい条件を以下に示す。
【0045】
圧延前の加熱温度は、鋼材の熱間圧延を容易に行うため、1000℃以上とすることが好ましい。この温度で圧延前の加熱を行えば、炭窒化物の固溶が促進するなどの効果が得られ、強度および靱性が向上する。加熱温度は、1200℃以上とするのがより好ましい。ただし、加熱温度が高すぎると、オーステナイト結晶粒が粗大化して靱性が劣化することがある。したがって、加熱温度は1350℃以下とするのが好ましい。
【0046】
圧延は、900℃以下の温度域における合計圧下率が10%以下となる条件で行うことが好ましい。これにより、圧延荷重を小さくすることができ、良好な形状を確保することが容易になる。900℃以下の温度域における合計圧下率は5%以下とするのがより好ましい。ここで、「900℃以下の温度域における合計圧下率」とは、{(900℃に達した時点の厚さ)−(圧延仕上厚さ)}/(900℃に達した時点の厚さ)×100(%)を意味する。
【0047】
さらに、圧延仕上温度は、700℃以上とすることが好ましい。これにより、良好な形状がより確実に得られる。好ましい下限は750℃であり、より好ましい下限は800℃である。
【0048】
上記各温度は、被圧延材の代表位置(例えば中央部)における表面温度を意味する。
【0049】
圧延中、圧延後の加速冷却を適用することにより、強度および靱性を改善できる場合があるが、変形が懸念されるため加速冷却は特に必要とされない。ただし、本発明の実施において、圧延中の圧延設備の冷却水が鋼材にかかる場合もある。また、圧延後は放冷することが好ましいが、本発明の実施において、冷却床においてスプレー水が鋼材にかかる場合もある。これらの水による冷却による鋼矢板の特性への影響はほとんどない。
【実施例1】
【0050】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0051】
表1に示す化学組成を有する厚さ140mmの鋼片を、1250℃に加熱し、加熱後にその温度で1時間保持し、熱間圧延して、鋼板を作製した。熱間圧延において、圧延仕上温度を表2に示す。また、仕上板厚は28mmとし、圧延後は放冷した。この製造方法は実際の鋼矢板の製造を模擬したものである。
【0052】
得られた各鋼板について、常温で引張試験およびシャルピー衝撃試験を行った。また、合わせて組織観察も行った。それぞれの試験は、下記の通りに行った。各試験結果を表2に記載した。
【0053】
<引張試験>
板厚中央部から、試験片の軸が圧延方向に対して平行になるように採取した丸棒引張試験片(平行部の直径:8.5mm、標点距離:42.5mm)を用いて、室温で引張試験を実施し、降伏強度(YS。0.2%耐力とした)、引張強度(TS)を求めた。YSは430MPa以上であることを、TSは510〜750MPaであることを目標とする。
【0054】
<シャルピー衝撃試験>
板厚中央部から、試験片の長辺が圧延方向に対して平行になるように採取したVノッチ試験片(JIS Z 2242−2005)を用いてシャルピー衝撃試験を実施し、vE0(0℃での吸収エネルギー。試験片3本の平均値)を求めた。vE0は100J以上であることを目標とする。
【0055】
<組織観察>
ミクロ組織観察は、圧延方向と板厚方向を含む面を鏡面研磨し、ナイタールで腐食して試料を作製し、光学顕微鏡を用いて、板厚方向中央部を倍率500倍で5視野観察した。得られた組織については、画像処理により組織を解析した。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
表2に示すように、試験No.1〜6および10〜13(いずれも本発明例)はいずれも、YSが430MPa以上であり、vE0が100J以上であり、フェライト面積率が80%以上であった。本発明例のうち、No.6は、Pnがやや高いため、vE0が114Jと、他の本発明例よりも低い水準にとどまった。また、No.9は、請求項1に係る化学組成を満足するが、(1)式から求められるPnを満足しない。このため、この鋼材からなる鋼矢板は、YSが430MPa以上であるので、タイロッド式鋼矢壁に用いることができる。しかし、vE0が37Jと低いので、低温度下での使用が難しい。この原因は、ミクロ組織中のフェライト面積率が低いためであると考えられる。
【0059】
Nb量が本発明で規定される条件を満足しない試験No.7および8(いずれも比較例)は、YSが430MPa未満であった。特に、Pnが本発明で規定される条件を満足しない試験No.8は、vE0が40Jと低くなった。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の鋼矢板は、降伏強度が430〜600N/mmで、かつ良好な靱性を有するので、自立式またはタイロッド式の工法に用いる鋼矢板として好適である。本発明の鋼矢板は、特にタイロッド式矢板壁に用いる鋼矢板として好適である。本発明の鋼矢板は溶接性にも優れているため、溶接作業も容易に実施することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.04〜0.19%、Si:0.01〜0.60%、Mn:0.5〜2.0%、Nb:0.051〜0.10%、sol.Al:0.001〜0.10%およびN:0.0005〜0.0090%、ならびに、
Cu:0.01〜2.0%、Ni:0.01〜3.0%、Cr:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜1.0%、V:0.001〜0.30%、Ti:0.001〜0.10%およびB:0.0001〜0.0050%から選択される1種以上を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、
不純物としてのP、SおよびOが、それぞれP:0.04%以下、S:0.04%以下およびO:0.005%以下である化学組成を有し、
降伏強度が430〜600N/mmである鋼材からなることを特徴とする鋼矢板。
【請求項2】
化学組成が、下記の(1)式から求められるPnの値が0.22以下を満足するものであることを特徴とする請求項1に記載の鋼矢板。
Pn=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10−Nb/2+5B・・・(1)
ただし、(1)式中の元素記号は各元素の鋼中含有量(質量%)を意味する。
【請求項3】
化学組成が、さらに、質量%で、Ca:0.01%以下およびREM:0.02%以下の一方または両方を含有するものであることを特徴とする請求項1または2に記載の鋼矢板。
【請求項4】
化学組成が、さらに、質量%で、Mg:0.01%以下を含有するものであることを特徴とする請求項1から3までのいずれかに記載の鋼矢板。
【請求項5】
化学組成が、さらに、質量%で、Sn:0.50%以下を含有するものであることを特徴とする請求項1から4までのいずれかに記載の鋼矢板。

【公開番号】特開2012−201904(P2012−201904A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−65111(P2011−65111)
【出願日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】