説明

長鎖高度不飽和脂肪酸を含む抗酸化油脂組成物

本発明の目的は、魚油の戻り臭を長期間防ぎ、しかも一般の調理にも問題無く用いることができる油脂組成物を提供することである。 本発明は、EPA及びDHA等の長鎖高度不飽和脂肪酸以外の酸化性の高い多価不飽和脂肪酸を積極的に一定量共存させ、特定の脂肪酸比に油脂を混合することによって得られる油脂組成物、即ち、長鎖高度不飽和脂肪酸1重量部に対し、オレイン酸3〜9重量部、好ましくは3〜7重量部、リノール酸5〜15重量部、好ましくは6〜10重量部、及び、リノレン酸0.1〜1.5重量部、好ましくは0.5〜1.5重量部の脂肪酸組成比率を持つ油脂組成物、及び、長鎖高度不飽和脂肪酸1重量部に対し、オレイン酸5〜40重量部、好ましくは、8〜35重量部、リノール酸10〜60重量部、好ましくは12〜45重量部、及びリノレン酸0.1〜4重量部、好ましくは0.2〜3重量部の脂肪酸組成比率を持つ油脂組成物を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長鎖高度不飽和脂肪酸、特に、EPA及び/又はDHAを含む抗酸化油脂組成物、及びその調製方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
エイコサペンタエン酸(以下、「EPA」と記載)及びドコサヘキサエン酸(以下、「DHA」と記載)に代表される長鎖高度不飽和脂肪酸は様々な生理活性を有し、それらの機能性に関する研究が盛んに行なわれている。しかしながら、これらの長鎖高度不飽和脂肪酸は酸化しやすいという欠点があり、また、保存中にこれらの油脂特有の「戻り臭」と呼ばれる官能上好ましくない風味が発生するため、健康食品に代表されるゼラチンカプセルや缶詰等のみに応用範囲が限られていた。
【0003】
これまでに長鎖高度不飽和脂肪酸を高度に含有する油脂の変質の防止には抗酸化剤、酸化防止剤、抗酸化相乗剤を組み合わせて添加する方法が示されている。
例として、特開平02−208390号公報にはリン脂質とトコフェロールを有効成分とする抗酸化剤組成物が示され、特開平02−55785号公報には茶抽出物とトコフェロール、L−アスコルビン酸エステル等を配合してなる抗酸化剤組成物が開示されている。
【0004】
更に、特開平05−140584号公報(特許第338075号:特許文献1)にはトコフェロール及びL−アスコルビン酸パルミチン酸エステル、更にレシチン混合物を添加することによる多価不飽和脂肪酸の戻り臭抑制の方法、特開平09−263784号公報(特許文献2)にはδ−トコフェロール、及びそれとL−アスコルビン酸エステルを含む臭気の抑制された多価不飽和脂肪酸含有油脂、並びに、特開平11−299420号公報(特許文献3)にはオリーブ油、トコフェロール及びアスコルビン酸類が含有されたドコサヘキサエン酸含有油脂組成物が開示されている。
しかしながら、これら発明で得られる魚油の戻り臭に対する効果は一時的であり、持続力を有しない。
【0005】
一方、マスキング剤に関しても、特開平06−189717号公報に脂溶性ジンジャーフレーバーを用いる方法、特開平07−236418号公報にはシソ科、フトモモ科、クスノキ科香辛料抽出物を用いる方法、特開平08−239685号公報には南天の葉抽出エキスとビタミンCを用いた方法、及び特開平08−275728号公報にはレモン油を用いた方法等、多種多用の抽出物を用いた方法が示されているが、抗酸化剤も含めてこれら製剤の油脂への添加は脱臭後の不活性ガス下で作業を行う必要性があり、濁りを生じることがある等、作業性、商品価値の問題があった。
【0006】
更に、高度不飽和脂肪酸含有油脂の構造や物性を変化させることにより油脂自体の安定性を改善し食品に応用する方法として、特開平06−287593号公報、特開平07−308153号公報、及び特開平08−269447号公報に固体脂や水素添加油脂等の酸化安定性の高い油脂と魚油のエステル交換技術が開示され、更に、特開平07−216383号公報、特開平07−264985号公報、特開平07−268385号公報、及び特開平07−274826号公報には魚油自体を微水添することによって酸化安定性を向上させる手法が開示されている。
【0007】
このように、従来、EPAやDHA等の長鎖高度不飽和脂肪酸の風味安定性を維持するには、酸化安定性の高い中鎖脂肪酸トリグリセリドや飽和、モノ飽和酸系油脂(例えば、パーム油など)とのエステル交換や魚油自体の微水添等、トリグリセリド1分子中の二重結合数の減少若しくは油脂組成物を構成する脂肪酸全体の2重結合数を減少させることが重要であると考えられていた。
しかしながら、これらの作業を行った場合、油脂は常温で固体となり使用できる食品や用途は限定されてしまうのみならず、魚油微水添を行ってしまった場合にはEPA、DHA自体が還元されてしまうため、生理活性も著しく低下する恐れがあった。
【0008】
【特許文献1】特開平05−140584号公報
【特許文献2】特開平09−263784号公報
【特許文献3】特開平11−299420号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って、当該技術分野において、魚油の戻り臭を長期間防ぎ、しかも一般の調理にも問題無く用いることができる油脂組成物の開発が望まれていた。従って、本発明の目的はこのような油脂組成物を提供することである。
【0010】
本発明者は上記課題を解決すべく検討した結果、特定の抗酸化剤を用いることなく、あえてEPA及びDHA等の長鎖高度不飽和脂肪酸以外の酸化性の高い多価不飽和脂肪酸を積極的に一定量共存させ、特定の脂肪酸比に油脂を混合することによって、簡便に、しかも効果的に長期間魚臭(戻り臭)を抑制し、長期間保存しても官能上好ましい風味が維持されることを見出し、本発明を完成させた。
【課題を解決するための手段】
【0011】
即ち、本発明は、長鎖高度不飽和脂肪酸1重量部に対し、オレイン酸3〜9重量部、好ましくは3〜7重量部、リノール酸5〜15重量部、好ましくは6〜10重量部、及び、リノレン酸0.1〜1.5重量部、好ましくは0.5〜1.5重量部の脂肪酸組成比率を持つ油脂組成物に係る。かかる脂肪酸組成比率を有する油脂組成物においては、油脂組成物中の全脂肪酸組成に占める長鎖高度不飽和脂肪酸の割合は3〜7重量%であることが好ましい。7重量%以上であると魚臭(戻り臭)の抑制効果が十分でなくなり、官能上好ましくない。
【0012】
本発明は更に、長鎖高度不飽和脂肪酸1重量部に対し、オレイン酸5〜40重量部、好ましくは、8〜35重量部、リノール酸10〜60重量部、好ましくは12〜45重量部、及びリノレン酸0.1〜4重量部、好ましくは0.2〜3重量部の脂肪酸組成比率を持つ油脂組成物に係る。かかる脂肪酸組成比率を有する油脂組成物においては、油脂組成物中の全脂肪酸組成に占める長鎖高度不飽和脂肪酸の割合は1〜3重量%未満であることが好ましい。
【0013】
本発明において「長鎖高度不飽和脂肪酸」とは、炭素数20以上かつ二重結合を3つ以上有するn−3系の脂肪酸を意味する。
【0014】
以上のような特定の脂肪酸組成比率を満たす場合、風味安定性が高く、長期間保存しても官能上好ましい風味が維持される長鎖高度不飽和脂肪酸含有油脂組成物が得られる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によって、特定の抗酸化剤を用いることなく、あえてEPA及びDHA等の長鎖高度不飽和脂肪酸以外の酸化性の高い多価不飽和脂肪酸を一定量共存させ、特定の脂肪酸比に油脂を混合することによって、簡便に、しかも効果的に長期間魚臭(戻り臭)を抑制し、長期間保存しても官能上好ましい風味が維持することが出来た。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の長鎖高度不飽和脂肪酸の代表的な例として、EPA及び/又はDHAを挙げることが出来る。これら長鎖高度不飽和脂肪酸の由来に特に制限は無く、各種動植物、微生物、藻類から得られたものが市販されており、これら当業者には公知のものを適宜使用することができる。その中でも、特に魚油、特にカツオ、マグロ由来のEPA及びDHA濃縮油(精製魚油)は純度とコストの点で好ましい。尚、本発明の油脂組成物には二種類以上の長鎖高度不飽和脂肪酸が含まれていても良い。
【0017】
本発明で使用するオレイン酸、リノール酸は当業者に公知な任意のものを使用することができる。これらは、通常、トリグリセリドの構成脂肪酸として様々な油脂に含まれている。この様な油脂の例として、コーン油、ヒマワリ油、紅花油、小麦胚芽油、等の植物油脂を挙げることができる。また、任意の2種以上植物油脂を適宜混合して使用することもできる。この中でも特にコーン油はコスト面、脂肪酸組成面両方の点で好ましい。
【0018】
本発明で使用するリノレン酸は当業者に公知な任意のものを使用することができる。これは、通常、トリグリセリドの構成脂肪酸として様々な油脂に含まれている。この様な油脂の例として、亜麻仁油、紫蘇油、菜種油、大豆油等の植物油脂が挙げることができる。この中でも特に、亜麻仁油が脂肪酸組成の点で好ましい。
【0019】
本発明の油脂組成物の調製方法に特に制限はない。例えば、上記に示した各油脂のいずれか一種から、又はそれらを適当に混合することによって調製することが出来る。特に、亜麻仁油、コーン油及び精製魚油から調製された油脂組成物が好適である。
【0020】
本発明におけるEPA、DHA、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸の重量%は、「基準油脂分析試験法 参3.2.3−1996」に従い、ガスクロマトグラフ(GLC)分析法によるクロマトグラムピーク面積比に基づく百分率組成比から算出した重量%を基準に規定した。
【0021】
既に記載したように、本発明の油脂組成物においては、各脂肪酸が所定の組成比率を満たすことによって、風味安定性が高く、長期間保存しても官能上好ましい風味が維持される、という効果が奏効される。従って、このような効果を得るために、本発明の油脂組成物に酸化防止剤を添加する必要は一切ない。しかしながら、油脂の酸化安定性の向上、加熱安定性の向上機能性付与の観点から、トコフェロール、アスコルビン酸エステル、ローズマリー抽出物、茶抽出物、甘草抽出物等の当業者に公知の酸化防止剤(抗酸化剤)や、クエン酸やリンゴ酸等の金属器キレート剤、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、レシチン等の乳化剤やシリコーン等の消泡剤も適宜任意に添加することができる。酸化防止剤を添加する場合には、通常、0.005〜0.2重量%が適当である。
尚、本発明の油脂組成物は、フライ調理を除く一般的な調理に広く使用することができる。
【0022】
油脂の酸化の経時変化を調べる目的等で過酸化物価(POV)が指標として用いられることがある。これは、油脂が空気中の酸素を取りこんで生成するハイドロパーオキサイドをヨウ化カリウムと反応させ、遊離したヨウ素をチオ硫酸ソーダ溶液で滴定し、試料1kgに対するミリ等量数(単位:meq/kg)で表したものであるが、本発明においてはPOVと官能上好ましくない風味(戻り臭)との明確な相関がないことも特徴の一つである。そのため本発明の効果については油脂組成物中に含まれる各脂肪酸の配合と官能評価により判定する。
【0023】
本発明における「官能上好ましくない風味」とは、2,4,7−デカトリエナール等に代表されるような生臭い魚臭(戻り臭)のことであり、このような「官能上好ましくない風味」に関する評価は、本明細書中の実施例、比較例の官能評価法によって行うことができる。
【実施例】
【0024】
次に実施例及び比較例により本発明を説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。各実施例中、%は重量%を示す。
【0025】
(実施例1、実施例2、比較例1、比較例2、比較例3、比較例4)
ドコサヘキサン酸(DHA)26.7%、エイコサペンタエン酸(EPA)8.3%を含有する精製高ドコサヘキサエン酸含有魚油と、オレイン酸28.8%、リノール酸45.5%を含む精製コーン油、リノレン酸を39.8%含む精製亜麻仁油を用いて表1に示す割合に均一に混合した。
【0026】
(比較例5)
ドコサヘキサン酸(DHA)26.7%、エイコサペンタエン酸(EPA)8.3%を含有する精製高ドコサヘキサエン酸含有魚油と、オレイン酸77.4%を含む精製ハイオレイック紅花油、リノール酸77.3%を含む精製紅花油、リノレン酸を39.8%含む精製亜麻仁油を用いて表1に示す割合に均一混合した。
【0027】
【表1】

【0028】
実施例1及び2、比較例1〜5に示した油脂組成物を内径7.4cm、深さ3.7cmの深型シャーレに10g取り、開放状熊で60℃オーブンに保存し、臭気を官能検査により評価した。評価は表2に示した5段階評価(4名のパネラー(n=4)による平均値)とした。
【0029】
【表2】

【0030】
評価結果を表3に示したが、EPA又は/及びDHAに対する脂肪酸組成重量比が条件を満たさない場合、戻り臭の抑制は顕著ではないことが判明した。また、全脂肪酸組成に占める割合が7%以上の場合、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸の重量比が適性であっても戻り臭の抑制効果は十分ではないことが判明した。
【0031】
【表3】

【0032】
(実施例3)
実施例1に記した油脂組成物に茶抽出抗酸化剤(三共(株)製サンフード油性)を窒素ガス存在下60℃で0.1%添加し、完全に溶解させた。
【0033】
(実施例4)
実施例1に記した油脂組成物にローズマリー抽出抗酸化剤(三菱化学(株)製RM21B)を窒素ガス存在下60℃で0.01%添加し、完全に溶解させた。
【0034】
実施例3及び実施例4に示した油脂組成物を内径8.4cm、深さ3.7cmの深型シャーレに10g取り、開放状態で60℃オーブンに保存し、臭気を官能検査により評価した。評価は表2に示した5段階評価とした。
評価結果を表4に示した。抗酸化剤の添加による魚臭(戻り臭)の抑制効果は実施例No.1と比べて顕著な差は認められず、官能上の悪影響を与えるものではない。また油脂酸化劣化を化学的指標で捉えた場合は、改善効果が十分期待できる。
【0035】
【表4】

【0036】
(実施例A,B,C)
ドコサヘキサエン酸(DHA)23%、エイコサペンタエン酸(EPA)7%を含有する精製高ドコサヘキサエン酸含有魚油と、オレイン酸28.8%、リノール酸45.5%を含む精製コーン油、リノレン酸を39.8%含む精製亜麻仁油を用いて表5に示す割合に均一に混合した。
【0037】
(比較例D)
ドコサヘキサエン酸(DHA)23%、エイコサペンタエン酸(EPA)7%を含有する精製高ドコサヘキサエン酸含有魚油と、オレイン酸77.4%を含む精製ハイオレイック紅花油を用いて表5に示す割合に均一に混合した。
【0038】
【表5】

【0039】
実施例A〜C、比較例Dに示した油脂組成物を内径8.4cm、深さ3.7cmの深型シャーレに10g取り、開放状態で60℃オーブンに保存し、臭気を官能検査により評価した。評価は表2に示した5段階評価(4名のパネラー(n=4)による平均値)とした。評価結果を表6に示したが、EPA又は/及びDHAに対する脂肪酸組成重量比が条件を満たさない場合、戻り臭の抑制は顕著ではないことが判明した。
【0040】
【表6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
長鎖高度不飽和脂肪酸1重量部に対し、オレイン酸3〜9重量部、リノール酸5〜15重量部、及びリノレン酸0.1〜1.5重量部の脂肪酸組成比率を持つ油脂組成物。
【請求項2】
長鎖高度不飽和脂肪酸1重量部に対し、オレイン酸3〜7重量部、リノール酸6〜10重量部、及びリノレン酸0.5〜1.5重量部の脂肪酸組成比率を持つ油脂組成物。
【請求項3】
全脂肪酸組成に占める長鎖高度不飽和脂肪酸の割合が3〜7重量%であることを特徴とする、請求項1又は2記載の油脂組成物。
【請求項4】
長鎖高度不飽和脂肪酸1重量部に対し、オレイン酸5〜40重量部、リノール酸10〜60重量部、及びリノレン酸0.1〜4重量部の脂肪酸組成比率を持つ油脂組成物。
【請求項5】
長鎖高度不飽和脂肪酸1重量部に対し、オレイン酸8〜35重量部、リノール酸12〜45重量部、及びリノレン酸0.2〜3重量部の脂肪酸組成比率を持つ油脂組成物。
【請求項6】
全脂肪酸組成に占める長鎖高度不飽和脂肪酸の割合が1〜3重量%未満であることを特徴とする、請求項4又は5記載の油脂組成物。
【請求項7】
長鎖高度不飽和脂肪酸がEPA及び/又はDHAである、請求項1ないし6のいずれか一項に記載の油脂組成物。
【請求項8】
酸化防止剤が添加されていないことを特徴とする、請求項1〜7のいずれか一項に記載の油脂組成物。
【請求項9】
酸化防止剤を0.005〜0.02重量%含む請求項1〜7のいずれか一項に記載の油脂組成物。
【請求項10】
5℃で液体状態であることを特徴とする請求項1〜9のいずれか一項に記載の油脂組成物。
【請求項11】
亜麻仁油、コーン油及び精製魚油から調製されたものであることを特徴とする、請求項1〜10のいずれか一項に記載の油脂組成物。

【国際公開番号】WO2005/005585
【国際公開日】平成17年1月20日(2005.1.20)
【発行日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−511463(P2005−511463)
【国際出願番号】PCT/JP2004/006368
【国際出願日】平成16年5月12日(2004.5.12)
【特許番号】特許第3884465号(P3884465)
【特許公報発行日】平成19年2月21日(2007.2.21)
【出願人】(302042678)株式会社J−オイルミルズ (75)
【Fターム(参考)】