説明

防曇性被膜被覆物品、防曇性被膜形成用塗工材料及び防曇性被膜被覆物品の製造方法

【課題】 防曇性能と耐摩耗性に優れる防曇性被膜被覆物品、防曇性被膜形成用塗工材料及び該防曇性被膜被覆物品の効率的な製造方法を提供すること。
【解決手段】 基材と、該基材表面に形成された防曇性被膜を備える防曇性被膜被覆物品であって、該防曇性被膜がリンとアルカリ土類金属を含有する防曇性被膜被覆物品、リン酸化合物とアルカリ土類金属を含む防曇性被膜形成用塗工材料、及び該塗工材料を基材表面に塗布し、成膜することによって防曇性被膜を形成する防曇性被膜被覆物品の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、防曇性被膜被覆物品、防曇性被膜形成用塗工材料及び防曇性被膜被覆物品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラスその他の物品表面が曇る現象は、物品の表面に結露等によって微小な水滴が付着し、この微小水滴が光を乱反射するために生じる。この曇りは、眼鏡、ゴーグル、光学レンズ等の光学部品において、その性能の著しい低下を引き起こし、また建築用窓ガラスや鏡においては、意匠上や設計上問題となる。さらに、自動車をはじめとする車両用窓ガラスにおいては、視野の低下を招き、安全上の問題が生じる場合がある。
これらの曇りをなくすために、防曇性被膜が施される。防曇性被膜には、有機系のものと無機系のものがあり、有機系の防曇性被膜は防曇性能に優れるが、膜の硬度が低く、耐摩耗性が低いという欠点を有する。一方、無機系の防曇性被膜は、膜の硬度が高く、耐摩耗性が高いという利点があるが、有機系の防曇性被膜に比較して防曇性能に劣るという欠点がある。
【0003】
以上の問題点を解決するために種々の提案がなされており、例えば有機系物質と無機系物質を複合化した防曇膜を備えた防曇性物品等が提案されている。具体的には、特定の粒径を有する金属酸化物をマトリックスとする凹凸状の膜を基材上に被覆し、さらにその上に特定の官能基を有するオルガノシラン等の層を形成させた防曇物品(特許文献1、請求項1及び7参照)、界面活性剤およびイソシアネート基含有シラン化合物を含んでなることを特徴とする防曇性組成物(特許文献2、請求項1参照)などが提案されている。
しかしながら、これら提案される防曇物品及び防曇性組成物は、いずれも、防曇性能が不十分である、防曇性能を維持することが困難である、あるいは膜硬度が低いために耐摩耗性に乏しいという欠点があった。
【0004】
また、膜に長期間にわたって親水性を付与することで防曇性能を維持し、かつ膜の強度を持続させることを目的にリン酸化合物を用いることが提案されている。例えば、リン酸化合物バインダーおよび平均粒径1〜300nmの酸化物微粒子を配合してなることを特徴とする防曇性コーティング材料が提案されている(特許文献3、請求項1参照)。
しかしながら、提案されているコーティング組成物は、防曇維持性能が乏しく、また被膜の膜厚が厚く、膜硬度が低いために耐摩耗性に乏しいという欠点があった。
【0005】
【特許文献1】特開平11−100234号公報
【特許文献2】特開2003−73652号公報
【特許文献3】特開2003−231827号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、上記問題点に鑑み、防曇性能と耐摩耗性に優れる防曇性被膜被覆物品、防曇性被膜形成用塗工材料及び防曇性被膜被覆物品の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、基材上にリンとアルカリ土類金属を含有する防曇性被膜を配した防曇性被膜被覆物品によって、前記課題を解決し得ることを見出し、その知見に基づいて本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、
(1)基材と、該基材表面に形成された防曇性被膜を備える防曇性被膜被覆物品であって、該防曇性被膜がリンとアルカリ土類金属を含有する防曇性被膜被覆物品、
(2)前記アルカリ土類金属がマグネシウムである上記(1)に記載の防曇性被膜被覆物品、
(3)防曇性被膜中のマグネシウムとリンの割合(Mg/P)が0.5〜10である上記(2)に記載の防曇性被膜被覆物品、
(4)前記防曇性被膜の厚さが2〜1000nmである上記(1)〜(3)のいずれかに記載の防曇性被膜被覆物品、
(5)初期のヘイズ値が0.5%以下である上記(1)〜(4)のいずれかに記載の防曇性被膜被覆物品、
(6)テーバー摩耗試験前後のヘイズ値の差が2%以下である上記(1)〜(5)のいずれかに記載の防曇性被膜被覆物品、
(7)前記基材が、透明な、ガラス板、樹脂板又は樹脂フィルムのいずれかである上記(1)〜(6)のいずれかに記載の防曇性被膜被覆物品、
(8)リン酸化合物とアルカリ土類金属を含む防曇性被膜形成用塗工材料、
(9)前記リン酸化合物がオルトリン酸、メタリン酸、ポリリン酸、ピロリン酸、三リン酸、四リン酸及びリン酸塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である上記(8)に記載の防曇性被膜形成用塗工材料、
(10)前記アルカリ土類金属が水酸化物、塩化物、酸化物及び硫化物からなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物を出発物質とする上記(8)又は(9)に記載の防曇性被膜形成用塗工材料、
(11)前記アルカリ土類金属がマグネシウムである上記(10)に記載の防曇性被膜形成用塗工材料、
(12)マグネシウムとリンの含有割合(Mg/Pの質量割合)が0.05〜4である上記(11)に記載の防曇性被膜形成用塗工材料、
(13)前記塗工材料が溶媒を含み、塗工材料中のアルカリ土類金属とリンの総量(金属換算)が0.01〜50質量%であるである上記(8)〜(12)のいずれかに記載の防曇性被膜形成用塗工材料、
(14)前記溶媒がアルコール又は水である上記(13)に記載の防曇性被膜形成用塗工材料、及び
(15)上記(8)〜(14)のいずれかに記載の防曇性被膜形成用塗工材料を基材表面に塗布し、成膜することによって防曇性被膜を形成する防曇性被膜被覆物品の製造方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の防曇性被膜被覆物品は防曇性能と耐摩耗性に優れ、眼鏡、ゴーグル、光学レンズ等の光学部品、建築用または車両用窓ガラスなどとして好適に使用される。また、本発明の防曇性被膜形成用塗工材料及び該防曇性被膜形成用塗工材料を用いた防曇性被膜被覆物品の製造方法によれば、防曇性能と耐摩耗性に優れる防曇性被膜被覆物品を高い生産性で、効率よく製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の防曇性被膜被覆物品における防曇性被膜はリンとアルカリ土類金属を含有することを特徴とする。防曇性被膜中におけるリン(P)及びアルカリ土類金属(M)は酸素を介して結合していると推定され、−P−O−P−、−P−O−M−、−M−O−M−などの結合によって防曇性被膜を形成するものと思われる。
アルカリ土類金属としては、ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、ラジウムが挙げられ、これらのうちリン化合物と結合しやすく、膜を形成しやすいマグネシウムが好ましい。
【0010】
防曇性被膜中のリンとアルカリ土類金属との存在割合については、本発明の効果を奏する範囲で特に限定されないが、アルカリ土類金属(M)とリン(P)の割合が0.5〜10の範囲であることが好ましい。ここで割合とは、X線光電子分光分析法により検出されたアルカリ土類金属とリンの光電子の単位時間あたりの数の比(M/P、単位;count/sec)をいう。
アルカリ土類金属(M)とリン(P)の割合が0.5以上であると、十分な耐摩耗性を有するという利点があり、10以下であると防曇維持性に優れるという利点がある。以上の観点から、アルカリ土類金属(M)とリン(P)の割合は、1〜6の範囲であることがさらに好ましい。
アルカリ土類金属として、最も好適な態様であるマグネシウムの場合においても同様であり、マグネシウムとリンの含有割合が、マグネシウム(Mg)とリン(P)の割合として(Mg/P)で0.5〜10の範囲であることが好ましく、さらに1〜6の範囲であることが好ましい。
なお、防曇性被膜中のアルカリ土類金属(M)とリン(P)の割合は、防曇性被膜の深さ方向に、アルゴンエッチングをしながら、X線光電子分光分析によってMとPの元素分析を行い、防曇性被膜全体の平均値として算出した。
【0011】
本発明の防曇性被膜には、上述のリン及びアルカリ土類金属の他に本発明の効果を阻害しない範囲内で他の成分を含んでいてもよい。例えば、光触媒機能を有するチタニア、防曇性被膜の強度を上げるためのシリカ、ジルコニア、アルミナ等である。
また、本発明の効果を損なわないものであれば、防曇性被膜中に基材中の成分が拡散されて存在してもよい。例えば、基材としてソーダライムガラスを用い、その上に防曇性被膜を形成するとソーダライムガラス中のナトリウム成分が拡散され、防曇性被膜中にナトリウム成分が含まれる場合がある。
【0012】
本発明におけるリンの化合物とアルカリ土類金属は、防曇性被膜中にあって吸水性材料として機能し、これらによって防曇性被膜上に吸着水層が形成されるものと推定される。そして、防曇性被膜表面が親水性化され、これによって防曇性を発現しているものと考えられる。これら吸着水層の厚さは被膜の膜構造によって変化すると思われ、被膜の表面積が大きいほど、被膜上により多くの吸着水を安定的に保持することが可能である。従って、防曇性被膜の表面は平滑な表面よりも、凹凸形状や細孔構造を有していることが好ましい。凹凸形状を有する場合には、算術平均粗さ(Ra)が80nm以下であることが好ましく、さらには30nm以下であることが好ましい。算術平均粗さ(Ra)が80nm以下であると、初期のヘイズ値を小さく抑えることができ好ましい。
【0013】
本発明の防曇性被膜の厚さについては、本発明の効果を奏する範囲で特に限定されないが、2〜1000nmであることが好ましい。2nm以上であると十分な吸着水層ができるために十分な防曇維持性能が得られると考えられる。一方、1000nm以下であると十分な耐摩耗性を得ることができる。以上の観点から、防曇性被膜の厚さは、さらに2〜500nmの範囲であることが好ましい。さらに干渉色が認められないとの観点から、特に2〜200nmの範囲であることが好ましい。
【0014】
本発明における防曇性被膜は、基材上に直接形成してもよいし、基材の表面に金属酸化物の平滑または凹凸を有する膜を形成しておき、その上に形成してもよい。特に凹凸を有する金属酸化物膜上に防曇性被膜を形成すると、金属酸化物膜の凹凸に応じて防曇性被膜も凹凸が形成され好ましい。金属酸化物膜に凹凸を付与する方法としては特に制限はなく、例えば酸化ケイ素などの微粒子を金属酸化物中に分散させて凹凸を得る方法や、熱分解可能な樹脂微粒子を金属酸化物中に内包させておいて成膜の後に該樹脂微粒子を熱分解・焼失させることにより凹凸を得る方法などがある。
上記熱分解可能な樹脂微粒子を用いて凹凸を得る方法においては、例えば水ガラスなどのマトリックス中に熱分解可能な樹脂微粒子を内包させ、基材上に成膜後、該樹脂微粒子の分解温度以上(通常300℃程度以上)、かつ基材の耐熱温度以下の温度で熱処理する。ここで基材の耐熱温度とは基材の特性が保持できる上限の温度をいい、用いる基材の種類によって異なる。例えばガラス基材の場合には軟化点や失透温度をいい(通常600〜700℃程度)、プラスチック基材の場合は、ガラス転移温度、結晶化温度、分解点などをいう。
【0015】
次に、本発明の防曇性被膜被覆物品はその初期のヘイズ値が0.5%以下であることが好ましい。ここで、ヘイズ値は直読ヘイズコンピューター(スガ試験機(株)製「HGM−2DM」)を用いて測定した値である。
また、本発明の防曇性被膜被覆物品はテーバー摩耗試験前後のヘイズ値の差が2%以下であることが好ましい。ここでテーバー摩耗試験とは、JIS R3212:1998 3.7の方法において、摩耗ホイールの回転を100回転とした場合の試験である。テーバー摩耗試験によって、防曇性被膜被覆物品のヘイズ率の変化が小さいほど耐摩耗性が高いことを意味する。
【0016】
本発明で用いる基材としては特に限定されず、例えば、ガラス、樹脂、セラミックス、プラスチック、金属などが挙げられる。これらのうち透明性を確保する観点からガラスまたは樹脂が好ましく、特に透明な、ガラス板、樹脂板、または樹脂フィルムが好ましい。基材の厚さは、用途に応じ適宜選定されるものであり、特に限定されないが、通常0.01〜10mm程度である。
【0017】
本発明の防曇性被膜物品における被膜は、基材表面にリン酸化合物とアルカリ土類金属を含む防曇性被膜形成用塗工材料を塗布し、成膜することによって形成することができる。
以下、リン酸化合物とアルカリ土類金属を含む防曇性被膜形成用塗工材料(以下単に「塗工材料」という場合がある。)について詳細に説明する。
塗工材料におけるリン酸化合物としては特に制限はなく、例えばオルトリン酸、メタリン酸、ポリリン酸、ピロリン酸、三リン酸、四リン酸、リン酸塩などを挙げることができる。これらは単独でまたは2種以上を混合して用いることができる。これらのうち特に、直鎖構造を有するものの方が耐水性に優れ、またリン酸塩等と比較してアルカリ土類金属との結合が強いとの観点からオルトリン酸、ポリリン酸、ピロリン酸、三リン酸及び四リン酸が好ましい。これらのリン酸化合物は後に詳述するアルカリ土類金属(M)と反応して、酸素を介してP−O−M結合を形成し、コーティング膜の強度を高めると考えられる。
【0018】
塗工材料中のアルカリ土類金属としては、上述した防曇性被膜中に存在するアルカリ土類金属と同様であり、特にマグネシウムが好ましい。
また、アルカリ土類金属の出発物質としては種々の形態のものを用いることができ、例えば水酸化物、塩化物、酸化物、硫化物などを用いることができる。これらのうち取り扱いの容易さ等を考慮すると水酸化物または塩化物が好ましい。
従って、アルカリ土類金属としてマグネシウムを用いる場合には、塗工材料中に存在する出発物質として水酸化マグネシウム、塩化マグネシウム、酸化マグネシウム、硫化マグネシウムなどを用いることができる。これらのうち取り扱いの容易さ等を考慮すると、水酸化マグネシウム又は塩化マグネシウムが好ましい。
【0019】
塗工材料中でのアルカリ土類金属とリン酸化合物との含有割合(M/Pの質量割合)は、本発明の効果を奏する範囲で特に限定されないが、アルカリ土類金属(M)とリン(P)の質量比換算で0.05〜4の範囲であることが好ましい。アルカリ土類金属(M)とリン(P)の含有割合が0.05以上であると十分な耐摩耗性を有するという利点があり、4以下であると防曇維持性に優れるという利点がある。以上の観点から、アルカリ土類金属(M)とリン(P)の含有割合は、0.1〜2の範囲であることがさらに好ましく、0.3〜1の範囲であることが特に好ましい。
また、アルカリ土類金属として、最も好適な態様であるマグネシウムの場合においても同様であり、マグネシウムとリン酸化合物との含有割合(Mg/Pの質量割合)が、マグネシウム(Mg)とリン(P)の質量比換算で0.05〜4の範囲であることが好ましい。さらには0.1〜2の範囲であることが好ましく、0.3〜1の範囲であることが特に好ましい。なお、アルカリ土類金属(M)とリン(P)の含有割合(M/Pの質量割合)は、ICP発光分析法により算出した。
【0020】
基材に塗工材料を塗布する方法としては、特に限定されず公知の方法を用いることができ、例えば、スパッタリングや蒸着法等の真空成膜、フローコーティング法、ディップコーティング法、カーテンコーティング法、スピンコーティング法、スプレーコーティング法、バーコーティング法、ロールコーティング法、手塗り法、浸漬吸着法、ゾルゲル法などのウエットコーティングが挙げられる。ウエットコーティングは高価な設備を必要しない点で有利であり、以下ウエットコーティング法を用いた場合を例として、本発明の防曇性被膜被覆物品の製造方法について詳細に説明する。
【0021】
リン酸化合物とアルカリ土類金属を含む塗工材料の溶媒に関しては、リン酸化合物とアルカリ土類金属を溶解し得るものであれば特に限定されず、水、アルコール等が好適に挙げられるが、特に水が好ましい。水は成膜時の乾燥や成膜後の熱処理によって簡単に除去でき、製造環境上も好適である。なお、該溶媒は1種を単独で、又は2種以上を混合して使用することができる。
また、塗工材料中のマグネシウム等のアルカリ土類金属とリンの総量(金属換算)は、0.01〜50質量%の範囲であることが好ましい。0.01質量%以上であると、一定以上の膜厚が確保され、防曇維持性が良いとの利点があり、50質量%以下であると膜厚が厚くなりすぎず、耐摩耗性が良いという利点がある。以上の観点から、マグネシウム等のアルカリ土類金属とリンの総量は、さらに0.07〜10質量%の範囲が好ましい。
【0022】
基材に前記塗工材料を塗布するにあたり、基材表面の洗浄や表面改質を行うことができる。基材の汚れの付着状態等によっては、該溶液をはじくなどの現象が起こり、均一に成膜できない場合があり、その場合に洗浄は有効である。洗浄の方法としては、例えばアルコール、アセトン、ヘキサン等の有機溶媒による脱脂洗浄、アルカリや酸による洗浄、研磨剤により基材表面を研磨する方法などがある。
また、基材表面には親水性基が存在することが好ましく、親水性基を増加させる目的で、防曇性被膜を形成する前に、あらかじめ基材の表面処理を行うことも好適である。表面改質の方法としては、紫外線照射処理、紫外線オゾン処理、プラズマ処理、コロナ放電処理、熱処理などが挙げられる。
【0023】
基材上に塗工材料を塗布した後は、室温から200℃の範囲、さらに好ましくは100〜200℃の範囲で乾燥することが好ましい。また乾燥後に焼成することが好ましく、焼成温度としては300℃よりも高く、かつ基材の耐熱温度以下の温度で熱処理することが好ましい。具体的には300〜700℃の範囲が好ましく、さらに好ましくは300〜500℃の範囲である。
【実施例】
【0024】
次に、本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
(評価方法)
(1)防曇性被膜の分析
被膜組成をX線光電子分光分析(アルバック・ファイ(株)製「ESCA−5600ci」)を用いて評価した。X線光電子分光分析の条件は以下のとおりである。
(a)前処理方法;試料切断後、モリブデンマスクを用いて試料台に固定した。
(b)分析条件
Current X-ray anode;Al Monochromated 2mm Filament
Anode Energy;1486.6eV
Anode Power;150Watts
X-ray Voltage;14kV
Stage Angle;45゜
(c)エッチング条件
Primary ion species;Ar
Beam voltage;3.0kV
Raster;4×4mm
Etching Rate;約1.4nm/min(SiO2膜換算)
また、被膜の表面構造及び断面構造を走査型電子顕微鏡(日立製作所(株)製「S−4700型」)を用いて、加速電圧5kV、照射電流10μA、傾斜角10度(断面)、30度(表面)、表面の観察倍率5万倍、断面の観察倍率10万倍の条件で観察した。
(2)耐摩耗性の評価
各実施例及び比較例で得られた防曇性被膜被覆物品について、JIS R3212:1998 3.7の方法による耐摩耗性試験(テーバー摩耗試験)を行い、試験前後の耐摩耗性をヘイズ値で評価した。なお、摩耗ホイールの回転を100回転として試験を実施した。ヘイズ値は、直読ヘイズコンピューター(スガ試験機(株)製「HGM−2DM」)を用いて測定した。ヘイズ値の値が小さいほど、膜剥がれやキズ等の外観不良がなく、耐摩耗性に優れていることを示す。
(3)防曇維持性の評価
各実施例及び比較例で得られた防曇性被膜被覆物品について、温度20±5℃、湿度30±10%の室内に放置し、防曇性能の経時変化を、呼気を吹き付けた際のガラス越しに見える視界の曇り具合の見え方で評価した。評価は以下の基準に基づいて行った。
◎;曇りがなく、見え方が乾燥状態と変わらない。
○;ぼやけや歪みがわずかに見られるが、見え方は良好である。
△;同一条件で呼気を吹き付けた通常のガラスにおける曇りよりも良好であるが、見え方は悪い。
×;同一条件で呼気を吹き付けた通常のガラスにおける曇りと同等もしくはそれ以下であり、見え方は悪い。
(4)塗工材料中の元素分析
ICP発光分析法により、塗工材料中のリン(P)、マグネシウム(Mg)、チタン(Ti)の定量分析を実施した。なお、測定装置としては、ICP発光分析装置(島津製作所製「ICPS−8000」を使用した。
【0025】
実施例1
イオン交換水1000質量部に四塩化チタン(TiCl4;キシダ化学(株)製)100質量部を混合し、30分以上攪拌してA液を得た。またイオン交換水4000質量部と、このA液200質量部を混合し、30分以上攪拌してB液を得た。次に、B液1000質量部に、ポリリン酸(H1346;キシダ化学(株)製)70質量部、水酸化マグネシウム(Mg(OH)2;シグマアルドリッチジャパン(株)製)20質量部を混合して攪拌した。この後、これを静置することによって沈殿物を沈澱させ、上澄み液をイオン交換水で5倍に希釈して防曇性被膜形成用塗工材料Cとした。塗工材料C中のマグネシウムとリンの含有量はそれぞれ0.166質量%、0.546質量%であった。また、チタンについては検出限界以下であった。
この塗工材料Cを洗浄したガラス基板上に、20℃、相対湿度30%の条件下でフローコート法により塗布した。その後、室温下で30分間、さらに100℃で30分間乾燥した後、320℃で30分間熱処理した。このガラス物品について、上記評価を実施した。
図1及び第1表にX線光電子分光分析による測定結果を示す。防曇性被膜の主成分としてマグネシウム(1S軌道)とリン(2p軌道)が検出され、スパッタリング時間30分程度の部分までリンが存在することがわかる。スパッタリング時間30分程度でSi(2p軌道)が飽和することから、この時点以降は基板部分であると考えられる。防曇性被膜中のマグネシウムとリンの平均の割合は2.6であった。
また、走査型電子顕微鏡写真を図2及び図3に示す。該ガラス物品の防曇性被膜の厚さは約50nmであった。
次に、テーバー摩耗試験前後のヘイズ率変化、及び防曇維持性の評価結果を第2表に示す。テーバー摩耗試験前後のヘイズ率変化が小さく、膜剥がれやキズ等の外観不良もなく、耐摩耗性に優れていることが確認された。また、2ヶ月放置後であっても防曇性能が維持されていることが確認された。
【0026】
実施例2
実施例1で調製したB液1000質量部に、リン酸(H3PO4;キシダ化学(株)製)60質量部、水酸化マグネシウム(Mg(OH)2;前出)20質量部を混合して攪拌した。この後、これを静置することによって沈殿物を沈澱させ、上澄み液を防曇性被膜形成用塗工材料Dとした。塗工材料D中のマグネシウムとリンの含有量はそれぞれ1.32質量%、1.46質量%であった。また、チタンについては検出限界以下であった。
この塗工材料Dを洗浄したガラス基板上に、20℃、相対湿度30%の条件下でフローコート法により塗布した。その後、室温下で30分間乾燥した後、320℃で15分間熱処理した。このガラス物品について、上記評価を実施した。
得られたガラス物品の防曇性被膜の厚さは約250nmであった。また、防曇性被膜の主成分としてマグネシウムとリンが検出され、防曇性被膜中のマグネシウムとリンの平均の割合は2.7であった。テーバー摩耗試験前後のヘイズ率変化、及び防曇維持性の評価結果を第2表に示す。テーバー摩耗試験前後のヘイズ率変化が小さく、膜剥がれやキズ等の外観不良もなく、耐摩耗性に優れていることが確認された。また、2ヶ月放置後であっても防曇性能が維持されていることが確認された。
【0027】
実施例3
実施例1の塗工材料Cを、イオン交換水を用いて4倍に希釈したこと以外は実施例1と同様にしてガラス物品を得、同様に評価した。得られたガラス物品の防曇性被膜の厚さは約13nmであった。また、防曇性被膜の主成分としてマグネシウムとリンが検出され、塗工材料中のマグネシウムとリンの含有量は、それぞれ0.0415質量%、0.1365質量%であった。また、防曇性被膜中のマグネシウムとリンの平均の割合は2.7であった。テーバー摩耗試験前後のヘイズ率変化、及び防曇維持性の評価結果を第2表に示す。テーバー摩耗試験前後のヘイズ率変化が小さく、膜剥がれやキズ等の外観不良もなく、耐摩耗性に優れていることが確認された。また、2ヶ月放置後であっても防曇性能が維持されていることが確認された。
【0028】
比較例1
水溶性第一リン酸アルミニウム水溶液50質量部(多木化学(株)製「50L」、水溶性第一リン酸アルミニウム含有量33質量%)に蒸留水150質量部とエチレングリコールモノブチルエーテル20質量部を添加した。その後、平均粒径20nmのシリカゾル分散体(日産化学工業(株)「スノーテックスC」、分散媒;水、シリカ含有量;20質量%)200質量部とエタノール500質量部を加え、防曇性被膜形成用塗工材料Eを得た。溶液E中の水溶性リン酸アルミニウム/シリカの固形分換算質量比は、0.29/0.71、全固形分濃度は5.8質量%であった。
この塗工材料Eを洗浄したガラス基板上に20℃、相対湿度30%の条件下でフローコート法により塗布し、その後、300℃で1時間熱処理して防曇性被膜被覆ガラス物品を得た。得られたガラス物品の防曇性被膜の厚さは200nmであった。このガラス物品について、実施例1と同様に評価した。評価結果を第2表に示す。
テーバー摩耗試験前後のヘイズ率変化が大きく、また、膜剥がれなどの外観変化も発生し、耐摩耗性に劣ることが確認された。また、2ヶ月放置後の防曇性能が低下しており、防曇維持性が低いことが確認された。
【0029】
【表1】

【0030】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明の防曇性被膜被覆物品は防曇性能と耐摩耗性に優れ、眼鏡、ゴーグル、光学レンズ等の光学部品、建築用または車両用窓ガラスなどとして好適に使用される。また、本発明の塗工材料及び該塗工材料を用いた製造方法によれば、防曇性能と耐摩耗性に優れる防曇性被膜被覆物品を高い生産性で、効率よく製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】実施例1で製造した被膜被覆物品の組成分析結果である。
【図2】実施例1で製造した被膜被覆物品の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図3】実施例1で製造した被膜被覆物品の表面の走査型電子顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材表面に形成された防曇性被膜を備える防曇性被膜被覆物品であって、該防曇性被膜がリンとアルカリ土類金属を含有する防曇性被膜被覆物品。
【請求項2】
前記アルカリ土類金属がマグネシウムである請求項1に記載の防曇性被膜被覆物品。
【請求項3】
防曇性被膜中のマグネシウムとリンの割合(Mg/P)が0.5〜10である請求項2に記載の防曇性被膜被覆物品。
【請求項4】
前記防曇性被膜の厚さが2〜1000nmである請求項1〜3のいずれかに記載の防曇性被膜被覆物品。
【請求項5】
初期のヘイズ値が0.5%以下である請求項1〜4のいずれかに記載の防曇性被膜被覆物品。
【請求項6】
テーバー摩耗試験前後のヘイズ値の差が2%以下である請求項1〜5のいずれかに記載の防曇性被膜被覆物品。
【請求項7】
前記基材が、透明な、ガラス板、樹脂板又は樹脂フィルムのいずれかである請求項1〜6のいずれかに記載の防曇性被膜被覆物品。
【請求項8】
リン酸化合物とアルカリ土類金属を含む防曇性被膜形成用塗工材料。
【請求項9】
前記リン酸化合物がオルトリン酸、メタリン酸、ポリリン酸、ピロリン酸、三リン酸、四リン酸及びリン酸塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項8に記載の防曇性被膜形成用塗工材料。
【請求項10】
前記アルカリ土類金属が水酸化物、塩化物、酸化物及び硫化物からなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物を出発物質とする請求項8又は9に記載の防曇性被膜形成用塗工材料。
【請求項11】
前記アルカリ土類金属がマグネシウムである請求項10に記載の防曇性被膜形成用塗工材料。
【請求項12】
マグネシウムとリンの含有割合(Mg/Pの質量割合)が0.05〜4である請求項11に記載の防曇性被膜形成用塗工材料。
【請求項13】
前記塗工材料が溶媒を含み、塗工材料中のアルカリ土類金属とリンの総量(金属換算)が0.01〜50質量%である請求項8〜12のいずれかに記載の防曇性被膜形成用塗工材料。
【請求項14】
前記溶媒がアルコール及び/又は水である請求項13に記載の防曇性被膜形成用塗工材料。
【請求項15】
請求項8〜14のいずれかに記載の防曇性被膜形成用塗工材料を基材表面に塗布し、成膜することによって防曇性被膜を形成する防曇性被膜被覆物品の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−239495(P2006−239495A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−55561(P2005−55561)
【出願日】平成17年3月1日(2005.3.1)
【出願人】(503330990)有限会社YOOコーポレーション (5)
【出願人】(000004008)日本板硝子株式会社 (853)
【出願人】(501428246)共信株式会社 (2)
【Fターム(参考)】