説明

降水分布の推定システムおよび降水分布の推定方法

【課題】降水分布を精度良く推定する構成とした降水分布の推定システムおよび降水分布の推定方法の提供。
【解決手段】降水分布の推定システム1は、MPレーダ雨量測定手段2、
MPレーダ雨量を在来型雨量格子1kmに変換する変換手段3、空間ローパスフィルタ4、補正係数付与手段(回帰分析・品質管理)5を有する。また、在来型レーダ雨量測定手段6、空間ローパスフィルタ7を有し、フィルタ処理後のデータは補正係数付与手段5に送信される。MPレーダ雨量と在来型レーダ雨量は、ダイナミック補正手段8で補正され、MP−在来型合成雨量作成手段9でMP−在来型合成雨量(MP−JMA合成雨量)を作
成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測定対象領域の降水分布を正確に推定できる構成とした、降水分布の推定システムおよび降水分布の推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、都市型水害が多発し大きな社会問題になっている。都市部では中小河川や排水路の流出応答が速く、その予測には、現況の定量的降水推定およびごく短時間の定量的降水予測(ナウキャスト)が重要である。しかしながら、現在のところその精度は十分なものとはいえない。
【0003】
本出願人は、3 cm波長(以下、Xバンド)のマルチパラメータレーダ(以下、MPレーダ
)による偏波レーダパラメータを用いた降雨推定に関する研究を行っている。この研究は、地上で観測された雨滴粒径分布のデータを用いた散乱シミュレーションによる降雨強度推定式に関する研究などであり、実用化に向けた連続観測を開始している。特許文献1には、MPレーダを用いた「降雨強度と雨水量の3次元分布推定装置および方法」の発明が記載されている。
【0004】
MPレーダでは、比偏波間位相差情報を用いて降雨強度を推定する。この方法は、粒径分布の変動に対してR-Z関係ほど敏感ではない、降雨減衰の影響を受けない、レーダシス
テムのキャリブレーション誤差を受けにくいという利点を有している。このため、在来型レーダに比べ、精度よい降雨推定が可能である。
【0005】
降雨予測をおこなうモデルには、外挿法(ナウキャスト)、降雨の時間発展モデル(概念モデル)、数値気象予測モデルがある。このうち、都市型水害のように、降雨に対する時間応答が早い現象のための降雨予測モデルとしては、ナウキャストが適している。しかしながら、降雨予測にナウキャストを採用した場合にも、測定誤差が発生する。ナウキャストの誤差は大きく3つに分けられる。(1)R-Z関係の誤差(初期値の誤差)、(2)
移動ベクトルの推定誤差、(3)降雨場の時間発展、である。
【0006】
在来型のレーダは、反射強度Zを雨量推定に用いる(R-Z関係)。ナウキャストに関する研究のほとんどは、初期値として、このR-Z関係に基づいた降雨情報を用いている。しか
しながら、R-Z関係式を用いた降雨情報には様々な誤差が含まれる。この誤差がナウキャ
ストの誤差に大きく影響している。
【0007】
【特許文献1】特開2006−208195号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載されているようなMPレーダを用いた降水分布の推定は、前記のように従来のレーダを用いた降水分布の推定よりも測定精度が良好になるという利点がある。しかしながら、降雨減衰のため電波が受信感度以下になる領域(電波消散領域)が生じ、レーダの観測範囲の制限など、測定範囲が限定されるという問題があった。
【0009】
本発明は、このような問題に鑑みて、測定範囲を拡張し、電波消散領域の影響を低減して降水分布を精度良く推定する構成とした、降水分布の推定システムおよび降水分布の推定方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明にかかる降水分布の推定システムは、
比偏波間位相差情報等を用いて降雨強度を推定するマルチパラメータレーダ(MPレーダ)により対象領域の雨量情報(MPレーダ雨量)を取得する手段と、
在来型のレーダおよびレーダネットワークにより対象領域の雨量情報(在来型レーダ雨量)を取得する手段と、
前記MPレーダ雨量を前記在来型レーダ雨量格子へ変換する手段と、
前記在来型レーダ雨量格子へ変換された前記MPレーダ雨量により前記在来型レーダ雨量を補正するための補正係数を算出する手段とを備え、
前記MPレーダ雨量により前記在来型レーダ雨量を補正することを特徴とする。
【0011】
また、本発明の降水分布の推定システムは、前記MPレーダ雨量と前記補正された在来型レーダ雨量とを合成した合成雨量を推定する手段を設けたことを特徴とする。
【0012】
また、本発明の降水分布の推定システムは、前記MPレーダ雨量を取得した降雨場を移動ベクトル推定値により移動させるナウキャストの生成手段と、
前記ナウキャストで移動させた降雨場の所定時間後の雨量情報を推定する手段と、により所定エリアにおける所定時間後の降水分布を推定することを特徴とする、請求項2に記載の降水分布の推定システム。
【0013】
また、本発明の降水分布の推定システムは、前記移動ベクトル推定値は、二つの降雨分布が最も類似する移動距離を検索し類似度に相関係数を用いる相互相関法により演算し、前記相互相関法は、相互相関値の算出に高速フーリエ変換を用いるFFT相互相関法である
ことを特徴とする。
【0014】
また、本発明の降水分布の推定システムは、前記前記在来型レーダ雨量格子へ変換された前記MPレーダ雨量にフィルタ処理を行う第1の空間ローパスフィルタと、
前記在来型レーダ雨量にフィルタ処理を行う第2の空間ローパスフィルタと、を設けたことを特徴とする。
【0015】
本発明の降水分布の推定方法は、在来型のレーダおよびレーダネットワークにより対象領域の雨量情報(在来型レーダ雨量)を取得する手順と、
比偏波間位相差情報等を用いて降雨強度を推定するマルチパラメータレーダ(MPレーダ)により対象領域の雨量情報(MPレーダ雨量)を取得する手順と、
前記MPレーダ雨量を前記在来型レーダ雨量格子へ変換する手順と、
前記在来型レーダ雨量にフィルタ処理を行う手順と、
前記前記在来型レーダ雨量格子へ変換された前記MPレーダ雨量にフィルタ処理を行う手順と、
前記フィルタ処理されたMPレーダ雨量を前記在来型レーダ雨量を補正するための補正係数を算出する手順と、
前記MPレーダ雨量により前記在来型レーダ雨量を補正する手順と、を備えたことを特徴とする。
【0016】
また、本発明の降水分布の推定方法は、前記MPレーダ雨量と前記補正された在来型レーダ雨量とを合成した合成雨量を推定する手順をさらに有することを特徴とする。
【0017】
また、本発明の降水分布の推定方法は、測定対象の降雨場における降雨強度の初期値を設定する手順と、
降雨場の移動ベクトルを推定する手順と、
前記降雨場の移動・合成を行う手順と、を有し、
前記降雨場の移動ベクトルを推定する手順は、
前記初期値に対する空間ローパスフィルタ処理を行う手順と、
前記降雨強度を階級分けする手順と、
前記階級毎に移動ベクトルを設定する手順と、
前記移動ベクトルに対する時間ローパスフィルタ処理を行う手順と、を含み
前記降雨場の移動・合成を行う手順は、
前記階級毎に降雨場を移動する手順と、
前記移動した降雨場の降雨強度を合成する手順と、を含み
所定エリアの所定時間後の降雨量を予測する
ことを特徴とする。
【0018】
また、本発明の降水分布の推定方法は、前記降雨強度の測定値とナウキャストの演算結果の相互相関係数を演算する手順と、
前記ナウキャストの演算結果を座標系で所定値ずらして、前記降雨強度の測定値との回帰分析を行い、回帰係数と決定係数とを求める手順と、をさらに有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、MPレーダの電波消散領域を補完することにより、MPレーダ観測範囲外の雨量情報を補い広範囲かつ高精度で現況の降水分布を推定できる。また、現況の降水分布をナウキャストの初期値とすることにより、降水分布を高精度で予測できる。さらに、FFT相互相関法をナウキャストモデルに用いることにより、予測降水分布を高速で作成で
きる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施形態を示すシステム構成図である。
【図2】本発明の実施形態を示すシステム構成図である。
【図3】本発明の実施形態を示すフローチャートである。
【図4】本発明の実施形態を示す説明図である。
【図5】本発明の実施形態を示す説明図である。
【図6】本発明の基本原理を示す特性図である。
【図7】本発明の基本原理を示す特性図である。
【図8】本発明の実施形態を示す説明図である。
【図9】本発明の実施形態を示す特性図である。
【図10】本発明の実施形態を示す特性図である。
【図11】本発明の実施形態を示す特性図である。
【図12】本発明の実施形態を示す特性図である。
【図13】本発明の実施形態を示す説明図である。
【図14】本発明の実施形態を示す特性図である。
【図15】本発明の実施形態を示す説明図である。
【図16】本発明の実施形態を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図により本発明の実施形態を説明する。図4は、検証領域EbとMPレーダ観測
範囲Eaを示す説明図である。MPレーダサイトRは、神奈川県海老名市に設置されている。ナウキャスト対象領域Ebは、MPレーダサイトRから半径40 kmの範囲内とした。この
範囲には、東京都南部と神奈川県全域が含まれる。MPレーダの観測範囲は半径80 kmであ
る。図4の全矩形領域(関東全域)は、ナウキャストに必要な初期値を取得するための領域である。
【0022】
本発明の実施形態で、現況の降水分布の推定値とナウキャストに使用する初期値は、MPレーダ観測から得られる雨量情報(以下,MPレーダ雨量)と、補正された在来型レーダ情報を合成した雨量である.この実施形態では例えば気象庁・全国合成レーダー・エコー強度GPV(以下、JMAレーダ雨量)を合成したMP-JMAレーダ雨量である。
【0023】
この点について、さらに説明する。本発明の実施形態で,現況の降雨分布の推定値(ナウキャスト初期値にも用いる)は、MPレーダ観測から得られる雨量情報(以下、MPレーダ雨量)と、以下に記述する手法で補正された在来型レーダ情報とを、相補的に合成した雨量である。本実施例では在来型レーダ情報として、気象庁・全国合成レーダー・エコー強度GPV(以下,JMPレーダ雨量〉を用いた。ここで,在来型レーダ情報としては、
単一レーダ・レーダネットワークの反射因子情報、変換雨量情報,雨量計で補正された雨量情報などがあり、原埋的には同様に補正が可能である。
【0024】
MPレーダ雨量を、0.7°から4.7°までの計8仰角のPPIスキャン観測データにより(1)式で計算した。(1)式のRは降雨強度 [mm h-1]、KDP[°km-1]は比偏波間位相差(偏波間位相差φDP(°)の単位距離あたりの変化量)である。
【0025】
【数1】

【0026】
(1)式は、降雨強度が小さいときにはR-Z関係式を、降雨強度が大きいときにはR-KDP関係式を利用する方法である。R-Z関係式を用いる理由は、弱い雨の時、KDPが精度良く求められないためである。その使い分けの判定基準として、KDP=0.3°km-1(降雨度に換算
すると約7 mm h-1)を用いた。この値は、本発明の実施形態に用いたMPレーダのKDPに対
する測定精度から決定した。 (1)式から計算される降雨強度は、極座標系(1°×0.1 km)における雨量である。小領域を対象としたナウキャストでは、直交座標系に変換した方が便利なため、Cressman内挿法を用いて格子点間隔を0.5 km直交座標系に変換する。
【0027】
JMAレーダ雨量は、気象庁が全国に展開するCバンドのレーダ観測網の情報を、アメダス雨量計を用いて補正し生成される。生成過程の概要を以下に示す。反射因子Z[dBZ]をレーダ雨量強度R[mm/h]に変換する係数は、B=200、β=1.6である。各仰角のデータをもとに、最低高度面(山岳域以外は,ほぼ2 km)のCAPPIを生成する。補正は10分前のアメダス雨
量計の観測データを用いて、観測範囲全域に対する線形的な補正と、距離と降雨強度を考慮したアメダス近傍の局所的な補正、の二つを行っている。最後に雨量強度の大きいレーダの情報を優先しながら合成を行い、GPVを生成する。なお、この補正法の基本的な概念
は、レーダー・アメダス解析雨量と同様である。異なる点は、(1)過去の雨量情報による補正係数を用いる。(2)アメダス雨量計のみを使い自治体の雨量計は用いない、という点である。この雨量をRJMA RJMAで表し、以下ではJMAレーダ雨量と称する。なお、格子点間隔は1 kmである。
【0028】
次に、MP-JMA合成雨量について説明する。Xバンド(3 cm)のMPレーダは、Cバンド(5 cm)やSバンド(10 cm)に比べてより弱い降雨に対して、KDPの感度が高く降雨推定に対
して有利である一方で、非常に強い降雨域の背後では降雨減衰により、電波が受信感度以下になっている領域(電波消散領域と称する)が生じるという問題がある。図5は、MP-JMAレーダ雨量の作成例を示す説明図である。図5(a)にMPレーダ雨量と電波消散領域Exの一例を示す。強い降雨域の背後に電波消散領域Exが生じていることがわかる。図
5(b)はJMAレーダ雨量、図5(c)はMP-JMAレーダ合成雨量を示す。図4で説明した
ように、ナウキャスト対象領域Ebは半径40km、MPレーダ観測範囲Eaは半径80kmである。
【0029】
ここで、電波消散領域Exの判定について説明する。レンジr[km]までの片道経路積算減衰量をPIA(r)[dB]、レンジrでの最小受信感度をdBZ0(r)[dBZ]、降雨強度Rcに対応する
反射因子をdBZc[dBZ]とすると、電波消散領域は(2)式から求めることができる。(2
)式で、 PIA(r)は、水平偏波減衰量AH[dBkm-1]の区間(0,r)の積分値である。
【0030】
【数2】

【0031】
AHは、(3)式で得られる。(3)式の(α,β)は、散乱計算から求められる定数である。
【0032】
【数3】

【0033】
上述した電波消散領域の問題を解決するために、本発明では、MPレーダ雨量とJMAレー
ダ雨量を相補的に用いる方法を提案する。図1は、本発明の実施形態のシステム構成図である。図1において、降水分布の推定システム1は、MPレーダ雨量測定手段2、在来型レーダ雨量測定手段6を有している。在来型レーダ雨量測定手段6は、例えば気象庁・全国合成レーダエコー強度GPVを用いる。ここでは、JMAレーダ雨量として表すことにする。10は、在来型レーダ雨量補正手段で、変換手段3は、MPレーダ雨量を在来型レーダ雨量格子に変換する。例えば、MPレーダ雨量をJMAレーダ雨量格子1kmにバイリニア内挿で変換される。変換値は、空間ローパスフィルタ(二次元FIR)4で処理され、補正係数付与手段(回帰分析・品質管理)5に送信される。JMAレーダ雨量は、空間ローパスフィルタ(二次元FIR)7で処理され、補正係数付与手段5に送信される。補正係数が付与されたMPレーダ雨量は、ダイナミック補正手段8に送信され、在来型レーダ雨量を補正する。MPレーダ雨量と補正された在来型レーダ雨量は、合成雨量推定手段9でMP−JMA合成雨量が推定される。
【0034】
図2は、本発明の実施形態を示すシステム構成図である。図2において、降水分布の推定システム1は、MPレーダ2a、在来型レーダ/レーダ網、例えば気象庁レーダ網6aが設けられている。13は現況降水分布推定手段で、JMAレーダ雨量測定手段12、在来型レーダ雨量推定手段または在来型レーダ雨量取得手段13、MPレーダ雨量で在来型レーダ雨量を補正する在来型レーダ雨量補正手段14、現況の合成雨量推定手段9aを有している。16は予測降水分布推定手段で、移動ベクトルの推定手段17、降雨場の移流手段18、予測雨量の推定手段19を有している。15は現況降水分布の出力手段、20は予測降水分布の出力手段である。
【0035】
MPレーダ雨量とJMAレーダ雨量は、補正係数付与手段5を経由してダイナミック補正手段8で補正され、MP−JMA合成雨量作成手段9でMP−JMA合成雨量を作成す
る。このようにして、MP−JMA合成雨量作成手段9で作成される雨量をMP-JMA合成雨
量(Rcomp)と称する。MP−JMA合成雨量は(4)式で表される。
【0036】
【数4】

【0037】
ここで、係数αは、JMAJMAレーダ雨量の補正係数である。αは、MPレーダ雨量を真値として、MPレーダ観測領域と気象庁レーダ観測領域が重なる領域の観測データを使って求めた。この方法は、ダイナミックに(動的に)JMAレーダ雨量を補正できるという点で、雨
量計補正より優れている。
【0038】
MP-JMA合成雨量は、MPレーダの電波消散領域を補完することに加えて、MPレーダ観測範囲外の雨量情報を補う。これは、本発明で設定しているナウキャスト対象領域において、1時間先までのナウキャストを行うためには、少なくとも半径100 kmの領域内の雨量情報
が必要であるが、本発明で用いているMPレーダの最大観測範囲が半径80 kmの円内に限ら
れるためである。
【0039】
MP-JMA合成雨量の作成例を図5に示す。図5(a)はMPレーダ雨量で、2007年9月11日19:50(UTC)の観測例である。前記したように、レーダから見て、強い降雨セルの後方に黒塗りで示した電波消散領域Exが生じている。図5(b)は同じ時刻のJMAレーダ雨量である。半径80 kmのMPレーダ観測範囲内でのMPレーダ雨量とJMA雨量を比較すると、降雨強度の強いところで両者に明瞭な違いが認められる。
【0040】
すなわち、MPレーダ雨量に現れている強い降水セルが捉えられていない。この理由としては、JMAレーダ雨量はR-Z関係式に基づく雨量情報であり、様々な誤差要因のために精度が悪くなる場合があるためであると考えられる。気象庁では、精度を上げるために地上の雨量計を用いてレーダ雨量を補正しているが、図5のケースでは強い降水エコーが海上にあったために利用できる雨量計が無かったこと、降水エコーが陸上にあったが、そのスケールが小さくて地上雨量計で捉えられなかったことなどが考えられる。
【0041】
図5(c)にMP-JMA合成雨量を示す。(10)式で示したように、MPレーダ雨量とJMAレーダ
雨量の合成雨量を作成する際は、MPレーダ雨量を優先している。図5は、この原則に基づき電波消散領域がうまく補完されていることを示している。一方、 MPレーダ観測領域外
がJMAレーダ雨量で補われることによって、MPレーダ1台では困難だったメソβスケールの降水システムの特徴を把握することができるようになった。MP-JMA合成雨量の時間間隔は、JMAレーダ雨量を使っているため、10分間隔である。
【0042】
ナウキャストの誤差には、3つの要因があるが、本発明では、このうち初期値の誤差を改善することで、予測雨量の精度向上を図るものである。また、MPレーダの推定雨量(以下、MPレーダ雨量と略記する)をナウキャストに効果的に利用できる手法を開示する。さらに、激しい豪雨の事例を含む複数の事例に対して適用し、MPレーダ雨量のナウキャスト精度向上へのインパクトを提示する。
【0043】
最初に、本発明に係るナウキャストモデルについて説明する。本発明に係るナウキャストモデルは、移動ベクトルの推定と降雨場の移動から構成した。移動ベクトルを推定する方法としては、個々の降水セルを対象とする手法と、降雨エリアを対象とする手法がある。個々の降水セルを対象とする手法は、一般にセル追跡法と称される。セル追跡法は、個
々の降水セルの特徴の同定を行い、それぞれの移動ベクトルを推定する方法である。さらに、個々の降水セルの合併・分裂を考慮した複雑なモデルも提案されている。セル追跡法を用いたモデルの多くは、強風、雹、雷の予報を目的としているが、量的な雨量推定も目的としている。
【0044】
降雨エリアを対象とする移動ベクトルの計算手法として、相互相関法がある。相互相関法とは、二つの降雨分布が最も類似する移動距離を検索するもので、類似度には一般に相関係数が用いられる。相互相関法では、個々のセルを同定する必要はなく、対象領域の平均的な移動ベクトルを推定する。相互相関法とセル追跡法の比較実験では、両者の予測精度に大きな違いはみられていない。本発明では、安定性・簡易性・高速性などの点で優位性のある相互相関法を用いた。なお、風で移流するモデルとの比較において、対流性が卓越する事例では、相互相関法やセル追跡法などの手法の方が、風で移流するモデルより精度が良いという結果が得られている。
【0045】
相互相関法には、直接相互相関法とFFT相互相関法がある。直接相互相関法は、過去の
時刻に観測した降雨分布に対して、現況の降雨分布を少しずつずらしながら最も類似する移動量を検出するものである。直接相互相関法は、原理が簡潔であるため、ナウキャストの一般的な方法として用いられているが、高解像度化したデータをリアルタイムに計算するには問題が生じることがある。このため、本発明では高速性に優れたFFT相互相関法を
用いて移動ベクトルを求めた。
【0046】
FFT相互相関法は、直接相互相関法と同様に降雨パターンの類似度を相互相関で評価す
るが、相互相関値の算出に高速フーリエ変換を用いることにより高速化を図る。具体的な計算手順は以下の通りである、二つの降雨分布,のフーリエ変換,から、(5)式のクロススペクトルが得られる。
【0047】
【数5】

【0048】
さらに、(5)式に逆フーリエ変換を施すことにより、(6)式のととの間の相互相関係数が得られる。
【0049】
【数6】

【0050】
この相互相関係数分布の最大値の位置をとすると、移動ベクトルは(7)式で求められる。ここで、は観測時間間隔で、本発明の実施形態においては、Y=10(分間)、とした。
【0051】
【数7】

【0052】
図3は、本発明の処理手順を示すフローチャートである。図3のフローチャートについて説明する。
S1:測定対象の降雨場における初期値(降雨強度)を設定する。
S2:移動ベクトルの推定
S2a:初期値に対するローパスフィルタ処理(空間)
S2b:降雨強度の階級分け
S2c:階級毎に移動ベクトルを設定
S2d:移動ベクトルに対するローパスフィルタ処理(時間)
S3:降雨場の移動・合成
S3a:階級毎に降雨場を移動
S3b:合成
S4:予測雨量(1時間積算雨量)
【0053】
降雨場にはより短い時間変動が含まれる。これは移動ベクトルの推定誤差につながるため、取り除く必要があるが、時間領域にローパスフィルタをかけるには観測時間間隔が不十分である。しかしながら、降雨場の空間スケールと時間変動の間には比例関係がある。そこで、本発明では空間領域にローパスフィルタをかけ、小さな空間スケールを取り除くことにより、短い時間変動を取り除いた。
【0054】
レーダ観測画像の時系列をよく観察すると、強い降雨強度域の動きが全体の降雨場の動きと異なる場合が良くある。このような個々の降雨域の動きの違いを考慮する方法として、本発明では以下のような階級分けによる分割法を用いた。説明のため、観測した降雨強度をR (mmh-1)、階級kの降雨強度をRk、階級kの上限値をUk、下限値をDkとする。降
雨強度Rkは(8)式の関係を満たす必要がある。
【0055】
【数8】

【0056】
そのため、R≦Ukのとき、Rk=R―Dkとし、R>Ukのとき、Rk=Uk―Dkとした。本発明の実施形態では、階級数を3とし、閾値を15.25mmh-1とした。
【0057】
各階級での移動ベクトルを推定する際に、特に降雨強度の強い階級で移動ベクトルの誤推定が生ずることがある。これは、強い階級では時間発展が激しいためである。このため、本発明の実施形態では、次の二つの制限を用いることにより誤ベクトルの発生頻度を低減させた。(1)相互相関係数分布の最大値の検出範囲を、物理的に移動可能な範囲に限定する。(2)予測時までの移動ベクトルの大きさと角度について統計値をとり、分散の3倍以上のものは誤推定として不採用とする。ある降雨階級で移動ベクトルが求まらなかった場合、その降雨強度の一つ弱い階級で求められた移動ベクトルで代用する。
【0058】
降雨場の移動は、階級毎に推定された移動ベクトルをもとに行う。階級kにおける現況
の降雨強度をRk、0[mm/ h]、時間ステップn(移動させる時間間隔Δt)における降雨
強度をRkn[mm/ h]とすると、(9)式が成立する。
【0059】
【数9】

【0060】
(9)式のuとvは、それぞれ各階級で求められた移動ベクトルの東西、南北の成分である。各階級の予測降雨強度を加算したものが、(10)式で表される積算雨量の予測値となる。
【0061】
【数10】

【0062】
ここで、(9)式のを十分短くとらないと、小さなスケールの強い降雨セルが高速度で移動するような場合、斑点状あるいは縞模様の積算雨量パターンが現れることがある。最適なは、降雨の空間スケールや移動速度、観測データの空間分解能などに依存すると考えられるが、本発明では高速度で移動する複数の降雨事例について試行計算を行い、=20秒
とした。
【0063】
短時間の降雨予測において、その実用性を考えた場合、計算速度は重要な要素である。初期値の作成から移動ベクトルの推定、1時間積算雨量の予測までの一連のナウキャスト
の計算にかかる時間は、使用する計算機や初期値の降雨域の面積や特徴に依存する。現在一般的に利用可能なワークステーションを用いた場合の計算時間は、50秒程度であった。
【0064】
次に、検証に用いた解析事例を表1に示す。
【0065】
【表1】

【0066】
表1の事例1は、組織化された線状対流系が繰り返しMPレーダ観測領域上空を通過する事例である。ただし、終盤にバックビルディング型へ移行する。事例2は、組織化された団塊状対流系であり、関東地方で局所的な豪雨が発生するときに観測される典型的な雷雨
の事例である。事例3は、平成20年8月末豪雨の事例であり、典型的なバックビルディン
グ型である。バックビルディング型は同一地域に繰り返し降水セルが生成され、局所的に大きな雨量をもたらし、大きな災害につながることが多い。表1には解析に用いた日時を示した。解析期間の設定の条件は、ナウキャスト対象領域内の平均降雨強度が5 mm以上の比較的強い雨の時間帯とした。
【0067】
初期値の精度の検証には、検証領域内の合計15点のアメダス雨量計を用いた。検証は1
時間積算雨量について行った。その理由は、これが国や地方自治体の防災対策に利用されているためである。たとえば、東京都では下水道計画降雨量として1時間積算雨量50 mmh-1を採用している。1時間積算雨量は、20秒毎に時間内挿して得られるMP-JMA合成雨量を
積算して求めた。内挿の際に必要となる移動ベクトルは、前記したFFT相互相関法を用い
て求めた。検証のために必要となるアメダス地点でのMP-JMA合成雨量の算出には、最近傍内挿法を用いた。
【0068】
図6は、アメダス雨量計を用いたJMAレーダ雨量の精度の検証結果を示す特性図である
。図6の(a)、(b)、(c)はそれぞれ事例1・2・3における結果である。図6によれば、事例1と事例2の場合、JMAレーダ雨量はアメダス雨量計に対して過小評価している(回帰係数
はともに0.68)。特に、強い雨の時にその傾向は顕著である。一方、事例3に関しては、
ばらつきはあるもののJMAレーダ雨量はアメダス雨量計と良く合っている(回帰係数は0.88)。図6の(a)、(b)、(c)において、Da〜Dcは、原点を通る回帰直線である。
【0069】
図7はMP-JMA合成雨量をアメダス雨量計用いて検証した結果を示す特性図である。事例1、2、3ともに、MP-JMA合成雨量はアメダス雨量計と良く合っている。回帰係数は事例1では0.68(JMAレーダ雨量)から0.90(MP-JMA合成雨量)に、事例2では0.68(JMAレーダ雨
量)から1.10(MP-JMA合成雨量)に改善されている。事例1と3については、MP-JMA合成雨量のばらつきはJMAレーダ雨量と比較して小さくなっている。図7の(a)、(b)、(c)において、Dd〜Dfは、原点を通る回帰直線である。
【0070】
表2に初期値の精度検証結果をまとまた。
【0071】
【表2】

【0072】
事例1〜事例3のいずれの事例においても、MP-JMA合成雨量は、JMAレーダ雨量と比較
して精度が向上している。このことは、MPレーダ雨量自体が高精度であることと、本発明
で提案したJMAレーダ雨量の補正方法の精度がよいことを証明している。予測結果を評価
するとき、パターンとしては良く合っていても相関係数やRMSEなどが悪い場合がある。その原因の一つとして予測値と観測値の位置のずれの影響が考えられる。予測が高空間分解能になればなるほどその影響が大きくなる。そこで、本発明では位置のずれ、予測結果の絶対値、パターンの類似度についてそれぞれ分離して評価する。具体的な手順は以下のとおりである。
【0073】
最初に観測値(MP-JMA合成雨量)と、ナウキャスト結果に式(2)を適用して各グリッド
点の相互相関係数を計算する。相互相関係数が最大となる点の座標を(X,Y)とすると、これらの値がそれぞれ東方向の位置ずれと北方向の位置ずれになる。 次にナウキャス
ト結果を(−X,−Y)だけずらしたものと、観測値(MP-JMA合成雨量)との間で回帰分析をおこない、回帰係数,決定係数を求める.その際,回帰直線は原点を通るものとした。
【0074】
回帰係数はナウキャスト降雨強度の絶対値の誤差を表す指標で、1より小さい場合には
過小評価を、1より大きいときは過大評価していることを意味する。決定係数は、相関係数と似た特性を持つ指標でありパターンの類似度を表す指標で、表す指標で0から1の値をとる。決定係数が1に近いほどパターンが類似していることを意味する。ナウキャスト結
果の検証は、30分間隔で取り出して行った。検証結果について説明する。図8は、事例1
のナウキャスト結果を示す説明図である。図8(a)は、観測値(MP-JMA合成雨量)、図8(b)、図8(c)はそれぞれ初期値をMP-JMA合成雨量、JMAレーダ雨量とした場合のナウキャスト結果である。図の雨量は、12:30から13:30の1時間積算雨量である(予測時刻は12:30)。図8によれば、MP-JMA合成雨量を初期値として用いたナウキャスト結果は観測値と良く合っている。たとえば、積算雨量が20 mmから30 mmの南北に延びる2本の線状の降雨域(図中にA,Bと付記した)は良く予測されている。
【0075】
一方、JMAレーダ雨量を初期値として用いたナウキャスト結果は、分布パターンについ
ては観測と比較的良く合っているが、絶対値は過小評価されている。降雨量が30 mmを越
える線状の降雨域AおよびBの予測降雨量はそれぞれ10 mm、20 mmに達していない。図-7(c)の結果が過小評価されることは、図-5(a)で示したように初期値としてのJMAレーダ雨量
が過小評価される傾向があるためと考えられる。
【0076】
図9は、ナウキャスト結果と観測値の位置ずれ修正後の散布の状態を示す特性図である。図の各点は図8の各格子点に該当する。図9(a)によれば、予測値の値とパターンは観
測とよくあっている(回帰係数1.00,決定係数 0.85)。予測結果の位置ずれは、(X、
Y)=(-0.5, 0)で、南方向に0.5 kmのずれである。
【0077】
図9(b)は、JMAレーダ雨量を初期値とした場合のナウキャスト結果である。回帰係数は0.41で、 MP-JMA合成雨量を初期値とした図9(a)の場合に比べて、予測雨量を過小評価している。一方,決定係数は0.85で、初期値がMP-JMA合成雨量の場合とほぼ同じである。位置ずれは=(-0.5, -1.5)であり観測と比べて南南西方向に若干ずれている。このように、
図9では初期値のナウキャスト結果へのインパクトが明瞭に表れている。
【0078】
図10は、ナウキャストの検証結果を時系列で示す特性図である。図10の(a)は雨域の平均雨量、(b)は回帰係数、(c)は決定係数、(d)は北方向へのずれ、(e)は東方向へのずれを示している。初期値のナウキャストへのインパクトを見るために、JMAレーダ雨量を初期値とした結果についても示した。MP-JMA合成雨量を初期値とした場合
の回帰係数は、時刻によって異なるが、0.5から1.3の範囲内にある。JMAレーダ雨量を初
期値とした場合と比べると、変化の幅が少なく、変動の中心はより1に近い。この結果はMP-JMA合成雨量を初期値とすることによって、絶対値の予測誤差が改善されていることを
示す。
【0079】
また、図10(b)の回帰係数の時間変化は、雨域の平均雨量の時間変化、すなわち、図10(a)の特性と良く対応しており、30分程度の遅れがある。JMAレーダ雨量を初期
値とした結果にも、遅れ時間は異なるが、同様な変動がみられる。図10(c)の決定係数については、MP-JMA合成雨量を初期値とした場合、一時的に値が小さくなるとき(14:00付近と17:30付近)があるが、それ以外の時間帯では0.8に近い値である。
【0080】
これは、JMAレーダを初期値とした場合に比べよい値となっており、パターンの類似度
も改善されていることを示す。決定係数が低下する時間帯は、雨域の平均雨量が低下する時間帯とよく対応している。図10(d)、(e)の位置ずれに関しては、18:00以降に
南北、東西方向に顕著なずれが生じている。18:00に始まった南方向へのずれは、18:30には最大7 kmとなっている。その後、徐々に改善されるが、19:30でも5 kmのずれ、20:00以降も2 kmから3 kmの誤差が生じている。
【0081】
一方、東西方向のずれは、18:00から18:30の間だけでそれ以下はほぼゼロである。この原因をレーダ観測画像で調べた。17:30にはナウキャスト対象領域内に顕著な対流性降雨
域は見られないが、18:00以降領域南側に強い降雨域が発生、組織化される。その後、バ
ックビルディング型の降水セルが繰り返し発生していた。バックビルディングが生じると予測雨量の位置ずれが顕著となる。したがって、18:30以後の南北方向の位置ずれはバッ
クビルディングがの発生によるためと考えられる。この傾向は初期値によらず見られる。以上のように、事例1については、 MP-JMA合成雨量を初期値とした予測結果は、JMAレーダ雨量を初期値とした予測結果を、回帰係数と決定係数で上回った。
【0082】
図11は、事例2の検証結果の時系列を示す特性図である。図11の(a)は雨域の平
均雨量、(b)は回帰係数、(c)は決定係数、(d)は北方向へのずれ、(e)は東方向へのずれを示している。MP-JMA合成雨量を初期値とした場合の回帰係数は、図11(b)に示されているように、0.5から1.3の範囲内にある。JMAレーダ雨量を初期値とした場
合と比べると、変動の中心はより1に近くなり、絶対値の予測精度が改善されている。時間変化については、事例1と同様、雨域の平均雨量の変化と良く対応している。図11(c)の決定係数については、MP-JMA合成雨量を初期値とした場合、13:00から14:00で小さ
くなるが、それ以外は0.6から0.8と高い値を示し、パターンの類似度が比較的高い。この事例の決定係数についてはJMAレーダ雨量を初期値とした場合も同様な結果だった。
【0083】
図11(d)、(e)の位置のずれに関しては、14:00以外、初期値によらず常に東西
に2-3 km程度、南北に1km程度のずれが生じた。なお、14:00の東方向への位置ずれ誤差が大きくなっているが、ナウキャスト対象領域内に雨がほとんどない時間帯にあたっており、位置ずれの推定に大きな誤差を生じたためである。以上のように,事例2については、
初期値のインパクトは絶対値の予測精度の改善にみられた。
【0084】
図12は、事例3の検証結果の時系列を示す特性図である。図12の(a)は雨域の平
均雨量、(b)は回帰係数、(c)は決定係数、(d)は北方向へのずれ、(e)は東方向へのずれを示している。図12(b)の回帰係数は、16:00以前では0.5から1.0の範囲
で過少評価傾向となり、16:30以降ではほぼ1に近くなった。図12(c)の決定係数は、
変動はあるものの、0.6から0.9の範囲であり、パターンの類似度はよい。一方、図12(d)、(e)位置ずれに関しては、12:00から14:00と16:00から19:00の時間帯で、5 km程度の南方向のずれが生じた。この時間帯は、バックビルディングが生じた時間帯であり、事例1でバックビルディングが発生していた時間帯の傾向と類似している。この事例に関
しては、初期値による違いがほとんど生じなかった。
【0085】
表3にナウキャスト結果の検証結果をまとめて示した。
【0086】
【表3】

【0087】
表3に示されているように、初期値のナウキャスト結果に対するインパクトとしては、
事例1では平均回帰係数と平均決定係数に、事例2では平均回帰係数にみられる。
【0088】
本発明の実施形態では、MP-JMA合成雨量の精度検証にアメダス雨量計を用いた。一方、気象庁では高精度な雨量分布としてレーダー・アメダス解析雨量(気象庁,1995;以下,解析雨量)を提供している(更新間隔30分,空間分解能1 km)。これは、全国に展開する気象庁や河川局、道路局のレーダ雨量を、アメダス雨量計(17 km間隔)や自治体の雨量
計(たとえば,東京都では5 km間隔)で補正し、合成したもので、世界的にも稀な広域かつ高精度な雨量分布である。MP-JMA合成雨量とこの解析雨量を比較検証することは有益である。
【0089】
図13は、事例1の結果を示す説明図である。全体的なパターンは似ているが、MP-JMA合成雨量は解析雨量と比較して、強い降雨域が現れている(例えば,図中のA,B)。これらの強い降雨域でMP-JMA合成雨量が正しいかどうかは判断できないが、解析雨量では局所的な豪雨を捉えきれていない場合があることが示されている。また、解析雨量がやや空間的に不連続になっているが、この点については気象庁も改良を進めている。
【0090】
本発明では、ナウキャスト結果の検証に、初期値でもあるMP-JMA合成雨量を用いた。この検証の信頼性を裏づけるために、ここでは、さらに雨量計をもちいて検証を行った。事例1の結果を図14の特性図に示す。図14(a)の初期値をMP-JMA合成雨量としたナウキャスト結果は、雨量計とよい一致を示した(回帰係数0.94,決定係数0.79)。これは、図14(b)のJMAレーダ雨量を初期値としたナウキャスト結果と比較して、精度がよい
(回帰係数0.57,決定係数0.68)。この結果は、図9および表3の結果と矛盾しない。図
14(a)、(b)のDh、Diは、原点を通る回帰直線である。
【0091】
最後に、現業で提供されている気象庁のナウキャストと比較した。その結果を図15の
説明図に示す。図の分布は、JMAレーダ雨量を初期値とした図8(c)の本発明のナウキ
ャスト結果と同様な分布である。図16は、事例1の全期間について気象庁ナウキャスト結果と雨量計を比較した特性図である。図から明らかなように、気象庁ナウキャストは、強い雨を予測出来ていない。これは、初期値として用いているJMAレーダ雨量が、図6(
a)で説明したように過小評価されているためと考えられる。図16のDjは、原点を通る回帰直線である。
【0092】
以上説明したように、都市型水害予測のため現況の降水分布の推定および短時間降雨予測の精度向上を図ることを目的として、Xバンドのマルチパラメータレーダ(MPレーダ)の活用法とナウキャストへの適用方法の提案、およびそのインパクトについて検証を行った。以下にその結果をまとめる。
【0093】
(1) XバンドMPレーダは、精度よい雨量情報(MPレーダ雨量)を提供できるが、電波消散
領域や観測領域の問題がある。そこで本発明では、気象庁・全国合成レーダー・エコー強度GPV(JMAレーダ雨量)との相補的な合成を提案し、この問題を解決した。 (2) 本論文で提案した相補的な合成法により得られた合成雨量(MP-JMA合成雨量)は、アメダス雨量計とよい一致を示した。さらに、同じリアルタイム情報であるJMAレーダ雨量と比較し
て精度が高いことを示した。(3) MP-JMA合成雨量は、過去1時間の雨量であるレーダー・アメダス解析雨量と同様な雨量分布であった。MP-JMA合成雨量は、ナウキャストなどの予測モデルの初期値として使用できる点でより実用性が高いといえる。
【0094】
(4)予測雨量の高分解能化に伴って、位置の誤差の影響が増加する問題に対処するため
に、予測誤差を位置の誤差、絶対値の誤差、パターンの誤差、に分離する手法を提案した。(5) MP-JMA合成雨量を初期値に用いたナウキャスト結果は、在来型レーダから得られる初期値(JMAレーダ雨量)を用いた場合に比べ、精度が向上した。特に、絶対値とパター
ンの誤差に改善がみられた。この結果は、気象庁ナウキャスト結果(初期値はJMAレーダ
雨量)と比較しても同様に精度向上がみられた。
【産業上の利用可能性】
【0095】
以上説明したように、本発明によれば、測定範囲を拡張し、電波消散領域の影響を低減して降水分布を精度良く推定する構成とした、現況と予測に関する降水分布の推定システムおよび降水分布の推定方法を提供することができる。
【符号の説明】
【0096】
1・・・降水分布の推定システム、2・・・MPレーダ雨量測定手段、3・・・変換手段、4、7・・・空間ローパスフィルタ、5・・・補正係数算出手段、6・・・在来型レーダ雨量測定手段、8・・・ダイナミック補正手段、9・・・MP−JMA合成雨量推定手段、10・・・在来型レーダ雨量補正手段、11・・・現況の降水分布推定手段、16・・・予測降水分布推定手段、Da―Dj・・・回帰直線、Ea・・・MPレーダ観測領域、Eb・・・ナウキャスト対象領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
比偏波間位相差情報等を用いて降雨強度を推定するマルチパラメータレーダ(MPレーダ)により対象領域の雨量情報(MPレーダ雨量)を取得する手段と、
在来型のレーダまたはレーダネットワークにより対象領域の雨量情報(在来型レーダ雨量)を取得する手段と、
前記MPレーダ雨量を前記在来型レーダ雨量格子へ変換する手段と、
前記在来型レーダ雨量格子へ変換された前記MPレーダ雨量により前記在来型レーダ雨量を補正するための補正係数を算出する手段とを備え、
前記MPレーダ雨量により前記在来型レーダ雨量を補正することを特徴とする、降水分布の推定システム。
【請求項2】
前記MPレーダ雨量と前記補正された在来型レーダ雨量とを合成した合成雨量を推定する手段を設けたことを特徴とする、請求項1に記載の降水分布の推定システム。
【請求項3】
前記MPレーダ雨量を取得した降雨場を移動ベクトル推定値により移動させるナウキャストの生成手段と、
前記ナウキャストで移動させた降雨場の所定時間後の雨量情報を推定する手段と、により所定エリアにおける所定時間後の降水分布を推定することを特徴とする、請求項2に記載の降水分布の推定システム。
【請求項4】
前記移動ベクトル推定値は、二つの降雨分布が最も類似する移動距離を検索し類似度に相関係数を用いる相互相関法により演算し、前記相互相関法は、相互相関値の算出に高速フーリエ変換を用いるFFT相互相関法であることを特徴とする、請求項3に記載の降水分布
の推定システム。
【請求項5】
前記前記在来型レーダ雨量格子へ変換された前記MPレーダ雨量にフィルタ処理を行う第1の空間ローパスフィルタと、
前記在来型レーダ雨量にフィルタ処理を行う第2の空間ローパスフィルタと、を設けたことを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の降水分布の推定システム。
【請求項6】
在来型のレーダまたはレーダネットワークにより対象領域の雨量情報(在来型レーダ雨量)を取得する手順と、
比偏波間位相差情報等を用いて降雨強度を推定するマルチパラメータレーダ(MPレーダ)により対象領域の雨量情報(MPレーダ雨量)を取得する手順と、
前記MPレーダ雨量を前記在来型レーダ雨量格子へ変換する手順と、
前記在来型レーダ雨量にフィルタ処理を行う手順と、
前記前記在来型レーダ雨量格子へ変換された前記MPレーダ雨量にフィルタ処理を行う手順と、
前記フィルタ処理されたMPレーダ雨量により前記在来型レーダ雨量を補正するための補正係数を算出する手順と、
前記MPレーダ雨量により前記在来型レーダ雨量を補正する手順と、を備えたことを特徴とする、降水分布の推定方法。
【請求項7】
前記MPレーダ雨量と前記補正された在来型レーダ雨量とを合成した合成雨量を推定する手順をさらに有することを特徴とする、請求項6に記載の降水分布の推定方法。
【請求項8】
測定対象の降雨場における降雨強度の初期値を設定する手順と、
降雨場の移動ベクトルを推定する手順と、
前記降雨場の移動・合成を行う手順と、を有し、
前記降雨場の移動ベクトルを推定する手順は、
前記初期値に対する空間ローパスフィルタ処理を行う手順と、
前記降雨強度を階級分けする手順と、
前記階級毎に移動ベクトルを設定する手順と、
前記移動ベクトルに対する時間ローパスフィルタ処理を行う手順と、を含み
前記降雨場の移動・合成を行う手順は、
前記階級毎に降雨場を移動する手順と、
前記移動した降雨場の降雨強度を合成する手順と、を含み
所定エリアの所定時間後の降雨量を予測する
ことを特徴とする、降水分布の推定方法。
【請求項9】
前記降雨強度の測定値とナウキャストの演算結果の相互相関係数を演算する手順と、
前記ナウキャストの演算結果を座標系で所定値ずらして、前記降雨強度の測定値との回帰分析を行い、回帰係数と決定係数とを求める手順と、をさらに有することを特徴とする、請求項8に記載の降水分布の推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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