説明

電動トルクレンチによる締付方法

【課題】常にボルトの弾性域で、しかも安定した軸力により締付けが行える電動トルクレンチによる締付方法を提供する。
【解決手段】電動トルクレンチによる締付方法として、モータを制御して最初の肌すき吸収完了時点を越え軸力NとトルクTの関係が直線的になる1〜2秒後まで一次締めを行い、その軸力NとトルクTの関係が直線的になったときのモータ電流Iの上昇率を求める一方、トルク係数とモータ電流上昇率が、またトルクTとモータ電流Iがそれぞれ比例の関係にあり、さらにトルクT=トルク係数×ボルト径×規定の軸力Nの関係式であることにより、上記したモータ電流上昇率から所定の軸力Nに達するまでのモータ電流値Iを計算して、その電流値Iに達するまでモータを制御して二次締付けを行うようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボルトを被取付部材に所定の軸力で締付けて固定する電動トルクレンチによる締付方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、電動トルクレンチによる締付方法としては、主としてボルトの締付け時、軸力とトルクの関係が比例を示す特性を有することから、規定の軸力に達するトルクでモータを制御するようにしたトルク法と、軸力とトルクとの1次式の関係は、ボルト締付け時の耐力点の手前近くで崩れ、直線的な比例勾配が変化するこの点を捕らえて、締付け完了するのが、トルク勾配法が知られている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、上記した前者のトルク法では、そのトルク係数がめねじとおねじ間摩擦係数とボルト頭下と座間などの摩擦係数によって決まるのであるが、予め設定したトルク係数に対して、使用場所、新品或いは再使用品、潤滑油の有無などの条件により実際の締付け時におけるトルク係数が往々にして異なり、その結果、締付け完了後の軸力に大きなバラツキが発生し、常に安定した締付けが期待できない問題を有していた。
【0004】
また、後者のトルク勾配法では、直接的にはトルク係数の影響が少ないので安定した軸力が得られる(なお、トルク係数が高くなるとボルトのねじりトルクが大きくなり、耐力点は少し低くなる)。しかし、高軸力、つまり締付け過多ぎみで締付けを完了するため、ボルトにごく小さな亀裂等が生じることがあり、そのため長期使用する場合にこの亀裂等に基づく遅れ破壊が発生する問題がある。またボルトが弾性域を越えて少し塑性域に入り耐力点が少し低くなるため、繰り返し使用する場合に新品と同様のボルトとして再使用するには限界があるといった問題があった。
【0005】
さらに、別の締付け方法として、ナット回転角とボルト軸力との関係に着目したもので、塑性域に入るとナット回転角のバラツキに対して軸力のバラツキが少なくなるので、両者のトルクと軸力の関係が直線状になるまで1次締めを行い、その後例えば120度とか180度とかで締付けを行う方法もある。しかし、この方法もボルトが塑性域にかなり入る傾向にあり、上記したトルク勾配法と同様の問題が存在するものであった。
【0006】
そこで、本発明は常にボルトの弾性域で、しかも安定した軸力により締付けが行える電動トルクレンチによる締付方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記問題を解決するため本発明は、ボルトを被取付部材に所定の軸力で締付けて固定するモータを備えた電動トルクレンチによる締付方法であって、モータを制御して最初の肌すき吸収完了時点を越え軸力NとトルクTの関係が直線的になる1〜2秒後まで一次締めを行い、その軸力NとトルクTの関係が直線的になったときのモータ電流Iの上昇率Sを求める一方、トルク係数Kとモータ電流上昇率Sが、またトルクTとモータ電流Iがそれぞれ比例の関係にあり、さらにトルクT=トルク係数K×ボルト径D×規定の軸力Nの関係式であることにより、上記したモータ電流上昇率Sから所定の軸力Nに達するまでのモータ電流値Iを計算して、その電流値Iに達するまでモータを制御して二次締付けを行うようにしたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、まず、モータを制御して最初の肌すき吸収完了時点を越えてからモータ電流Iと締付け回転角θの関係が直線的になる1〜2秒後まで一次締めを行い、そのモータ電流Iと締付け回転角θの関係が直線的になったときのモータ電流Iの上昇率Sを求める。つまり使用場所、新品或いは再使用品、潤滑油の有無などの使用条件の異なるボルトの実際の締付け時におけるモータ電流Iの上昇率Sを各ボルトについてその都度求める。そして、その求めたモータ電流Iの上昇率Sに基づいて所定の軸力Nに達するまでのモータ電流値Iを計算して、その電流値Iに達するまでモータを制御して締付けを行うようにしたから、従来のように締付け完了後の軸力Nに大きなバラツキが発生したり、締付け過剰ぎみとなってボルトが塑性域に入ったりすることなく、常にボルトの弾性域で、しかも安定した軸力での締付けを行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態を図に基づいて説明する。
図1は本発明に係る電動トルクレンチによる締付方法に用いる電動トルクレンチの使用状態図を示すもので、モータ1aを内蔵した電動トルクレンチ1によりナット2を所定角度締付けボルト3を座金4を介して被取付部材5に所定の軸力で締付けて固定するようになされている。
【0010】
また、図2は、ボルト3の使用場所や、ボルト3が新品又は再使用品であるかどうか、或いは潤滑油の有無などの使用条件によりボルト締付け時のトルク係数Kがその都度変わることから、例えばトルク係数Kが0.12の場合とトルク係数Kが0.15の場合について電動トルクレンチ1によるボルト締付け時の特性をグラフに表したものである。
【0011】
まず、図2の左上に記載したT−N特性からトルク係数Kが0.12の場合とトルク係数Kが0.15の場合のいずれも耐力点b,bの手前近くまでトルクTと軸力Nが比例する関係にあり、また、図2の左下に記載したI−T特性からいずれの場合にもトルクTとモータ電流Iが比例する関係にあることが解る。
【0012】
次に、図2の中上に記載したN−θ特性からトルク係数Kが0.12の場合、最初の肌すき吸収完了時点aを越えてから耐力点bの手前近くまでの軸力Nと締付け回転角θ(締付け時間t)が比例する関係にあり、図2の中下に記載したI−θ特性からトルク係数Kが0.12の場合、最初の肌すき吸収完了時点aを越えてから耐力点bの手前近くまでのモータ電流Iと締付け回転角θが比例する関係にあることが解る。
【0013】
さらに、図2の右上に記載したN−θ特性からトルク係数Kが0.15の場合、最初の肌すき完了時点aを越えてから耐力点bの手前近くまでの軸力Nと締付け回転角θ(締付け時間t)が比例する関係にあり、図2の右下に記載したI−θ特性からトルク係数Kが0.15の場合、最初の肌すき完了時点aを越えてから耐力点bの手前近くまでのモータ電流Iと締付け回転角θが比例する関係にあることが解る。
【0014】
そして、本発明は、T−N特性とI−T特性とN−θ特性とI−θ特性から最初の肌すき完了時点aを越えてから耐力点bの手前近くまでのトルク係数Kとモータ電流上昇率Sが共に比例の関係にあることと、上記したトルクTとモータ電流Iが比例の関係にあり、さらにトルクT=トルク係数K×ボルト径D×規定の軸力Nの関係式である点に着目し、ボルト3を被取付部材5に常にボルト3の弾性域で、しかも所定の軸力Nで締付けが行える電動トルクレンチ1の締付け方法として、次のように構成したのである。
【0015】
すなわち、予め設定したトルクTでモータを制御して最初の肌すき吸収完了時点aを越えてからモータ電流Iと締付け回転角θの関係が直線的になる1〜2秒後まで一次締めを行う一方、その軸力NとトルクTの関係が直線的になったときのモータ電流Iのモータ電流上昇率Sを求める。そして、トルク係数Kとモータ電流上昇率Sが、またトルクTとモータ電流Iがそれぞれ比例の関係にあり、さらにトルクT=トルク係数K×ボルト径D×規定の軸力Nの関係式であることにより、上記したモータ電流Iの上昇率Sから所定の軸力Nに達するまでのモータ電流値Iを計算して、その電流値Iに達するまでモータを制御して締付けを行うようにしたのである。
【0016】
また、電動トルクレンチ1には、図3に示すようにモータ1aを駆動制御する制御部10と、制御部10に所望する軸力Nを入力する軸力設定器11と、モータ電流Iを検出しその検出値を制御部10に出力するモータ電流検出器12と、締付け回転角θ(締付け時間t)を検出する締付け回転角検出器13とを備えている。
【0017】
次に本発明の作用について説明する。
まず、モータ1aを制御して最初の肌すき吸収完了時点aを越えてからモータ電流Iと締付け回転角θの関係が直線的になる1〜2秒後まで一次締めを行う。
【0018】
そして、この一次締めを行っている間に、モータ電流Iと締付け回転角θの関係が直線的になったときのモータ電流上昇率Sを求める。つまり、図2に示すように最初の肌すき完了時点aを越えてからモータ電流Iと締付け回転角θの関係が直線的になる例えば2秒後までのモータ電流Iと締付け回転角θをモータ電流検出器12と締付け回転角検出器13によりそれぞれ測定し、これを制御部10に入力して、制御部10で上昇率S=モータ電流I/締付け回転角θの関係式より上昇率S求める。これにより、使用場所、新品或いは再使用品或いは潤滑油の有無などの使用条件の異なるボルト3の実際の締付け時におけるモータ電流上昇率Sをその都度求めることができる。
【0019】
次に、制御部10でその求めたモータ電流上昇率Sに基づいて所定の軸力Nに達するまでの最終モータ電流値Iを計算して、その電流値Iに達するまでモータ1aを制御して締付けを行うのである。
【0020】
これにより、例えば図2の中下に記載したI−θ特性に示めされているようにその求めたモータ電流上昇率Sが小さい場合には最終モータ電流値Iが低くなり、また、図2の右下に記載したI−θ特性に示めされているようにその求めたモータ電流上昇率Sが大きい場合には最終モータ電流値Iが高くなるが、いずれも所定の軸力Nでバラツキなく締付けを行うことができる。
【0021】
以上のように本発明によれば、従来のように締付け軸力に大きなバラツキが発生したり、締付け過剰ぎみとなってボルトが塑性域に入ったりすることなく、常にボルト3の弾性域で、しかも安定した軸力での締付けを行うことができる。これにより例えば自動車などのように多数のボルトによる締付けに対して均一の軸力での締付けが要求される個所での締め付けが簡単容易にかつ良好に行える。
【0022】
なお、必要に応じて軸力設定器11により耐力点近くに軸力Nを設定することも可能である。
【0023】
また、例えばモータ1aを制御して最初の肌すき完了時点aを越え軸力NとトルクTの関係が直線的になる1〜2秒後まで低速回転で一次締めを行い、その後、その電流値Iに達するまでモータ1aを高速回転で制御して二次締めを行うようにしてもよい。このように構成すれば、モータ電流上昇率Sの計算をゆっくりと行うことが可能になるし、その場合、締め付けるボルト1のキャリブレーションでモータ電流上昇率S(トルク係数K)の大小による時間と軸力の関係を一度求めておけば、二次締めを行う際に、キャリブレーションで求めたモータ電流上昇率S(トルク係数K)の大小による時間と軸力の関係データを基にモータ回転数を制御して肌すき吸収完了後一定の時間で締め付けが終了するように制御することが可能になる。
【0024】
なお、上記した電動トルクレンチ1によりボルト3を締め付ける場合、電動トルクレンチ1に締め付け方向に対して反対側への反力が作用することになる。その際、小径軸のボルトについては電動トルクレンチをしっかりと握って保持することによりその反力による振動に対し対処できるけれども、大径軸のボルトについては十分に対処できなくなる場合がある。そのときには電動トルクレンチ1側に回り止め用の阻止棒を装着し、該阻止杆を例えば静止部材側の出っ張り部分に引っ掛けたり、或いは先に締結したボルト1の頭部に嵌め込んだ固定補助杆に上記回り止め用の阻止棒を引っ掛けるなどして電動トルクレンチ1が締め付け方向に対して反対方向に回転したり振動するのを阻止するようになされている。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】 本発明に係る電動トルクレンチによる締付方法に用いる電動トルクレンチの使用状態説明図である。
【図2】 ボルト締付け時の特性を示す説明図である。
【図3】 電動トルクレンチにおけるモータ制御の説明図である。
【符号の説明】
【0026】
1 電動トルクレンチ
1a モータ
D ボルト径
I モータ電流
K トルク係数
N 軸力
S モータ電流上昇率
T トルク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボルトを被取付部材に所定の軸力で締付けて固定するモータを備えた電動トルクレンチによる締付方法であって、モータを制御して最初の肌すき吸収完了時点を越え軸力NとトルクTの関係が直線的になる1〜2秒後まで一次締めを行い、その軸力NとトルクTの関係が直線的になったときのモータ電流Iの上昇率Sを求める一方、トルク係数Kとモータ電流上昇率Sが、またトルクTとモータ電流Iがそれぞれ比例の関係にあり、さらにトルクT=トルク係数K×ボルト径D×規定の軸力Nの関係式であることにより、上記したモータ電流上昇率Sから所定の軸力Nに達するまでのモータ電流値Iを計算して、その電流値Iに達するまでモータを制御して二次締付けを行うようにしたことを特徴とする電動トルクレンチによる締付方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−28883(P2009−28883A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−217604(P2007−217604)
【出願日】平成19年7月27日(2007.7.27)
【出願人】(592080752)日本ファスナー工業株式会社 (12)
【Fターム(参考)】