説明

電動機制御装置

【課題】電力変換器の電圧が飽和していない状態と飽和した状態で自動切り替えを行い、電圧が飽和しても電動機のトルク制御を一定の応答特性で実現できるようにすること。
【解決手段】d軸電流指令とd軸電流の差、q軸電流指令とq軸電流の差を、それぞれ比例増幅器331、積分増幅器332、積分器333、及び比例増幅器334、積分増幅器335、積分器336に入力し、d軸電圧指令Vd*、q軸電圧指令Vq*を出力する。qd軸非干渉補償器337、dq軸非干渉補償器338は、d軸、q軸の干渉を補償する。出力電圧が飽和していない状態では、不感帯要素33Eを遮断状態としリミッタを導通状態とすることにより、磁束電流とトルク電流の独立した電流フィードバック制御を実現する。また、出力電圧が飽和した状態では、不感帯要素33Eを能動状態としトルク電流をトルク電流指令に追従させ、磁束電流は磁束電流指令への追従を放棄する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電動機制御に関する発明であり、特に電力変換装置の出力電圧が飽和した際の制御とその状態への切り替えに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来技術に基づく電動機制御装置の例を図9から図16に示し、これらの図に基づき従来技術を説明する。
【0003】
図9において、電流検出器2は、交流電動機1に流れる三相の電流iU、iV、iWを検出する。電動機制御装置3はトルク指令τ*及び三相の電流iU、iV、iW及び二次鎖交磁束角θを入力し、三相の電圧指令VU*、VV*、VW*を出力する。電力変換装置4は、三相の電圧指令VU*、VV*、VW*を入力し、最大電圧以下であればVU*、VV*、VW*と等価な電圧をVU、VV、VWとして出力し、最大電圧を超過した際には振幅が最大電圧となる三相の電圧をVU、VV、VWとして出力し電動機1に印加する。
【0004】
電動機1を模式的に表したものが図10である。電動機1が誘導電動機の場合、一次電流の誘導電流により回転子に電流が流れ二次鎖交磁束Φ2が成立する。一方で、電動機1が永久磁石式同期電動機の場合、回転子にある永久磁石により磁石磁束Φが存在している。いずれにしても、回転子の磁束と電流の流れた固定子コイルの間の電磁力によりトルクが発生することから、制御上は同様に考えることができる。
電動機1の固定子コイルには、iU、iV、iWの三相の電流が流れるが、制御上では二次鎖交磁束Φ2の方向をd軸、d軸に直交する方向をq軸として、図11のように回転子と同期した回転座標で電流成分を分解して考える。電流成分のうち、d軸成分であるd軸電流idは磁束を持する磁束電流であり、q軸成分であるq軸電流iqはトルク発生に比例するトルク電流である。
【0005】
次に、図12に基づき電動機制御装置3について説明する。電流指令変換器31はトルク指令τ*を入力し、トルク指令τ*を満足するようなq軸電流指令iq*とd軸電流指令id*を出力する。電流座標変換器32は、三相の電流iU、iV、iWを二次鎖交磁束角θに基づきd軸電流idとq軸電流指令iqに変換する。
なお、二次鎖交磁束角θは電流・電圧から演算する手法や、センサを用いて計測する手法等が存在する。詳細は非特許文献1等に記載されているのでここでは割愛する。
電流制御器33は、d軸及びq軸の電流がそれぞれの電流指令に追従できるようなd軸電圧指令Vd*とq軸電圧指令Vq*を生成する。電圧指令座標変換器34は、d軸電圧指令Vd*とq軸電圧指令Vq*を二次鎖交磁束角θに基づき座標変換し、三相の電圧指令VU*、VV*、VW*を出力する。
【0006】
次に図13から図16を用いて、電流制御装置33の構成例について説明する。
図13は、電流制御装置の一例である。d軸比例増幅器331はd軸電流指令id*とd軸電流idの差を入力して比例ゲインKpdを乗じた値を出力する。d軸積分増幅器332はid*とd軸電流idの差を入力して積分ゲインKidを乗じた値を出力し、この出力はd軸積分器333により積分される。d軸比例増幅器331の出力とd軸積分器333の和が、d軸電圧指令Vd*として出力される。
【0007】
q軸比例増幅器334はq軸電流指令iq*とq軸電流iqの差を入力して比例ゲインKpqを乗じた値を出力する。q軸積分増幅器335はiq*とq軸電流iqの差を入力して積分ゲインKiqを乗じた値を出力し、この出力はq軸積分器336により積分される。q軸比例増幅器334の出力とq軸積分器336の和が、q軸電圧指令Vq*として出力される。
【0008】
図14は、電流制御装置の他の一例である。
誘導電動機の電圧電流は、次の式になることが知られている。
【0009】
Vd=(R+p・Lσ)id−ω・Lσ・iq+p・M/L2・Φ2 ・・・(1)式
Vq=ω・Lσ・id+(R+p・Lσ)iq+ω・M/L2・Φ2 ・・・(2)式
【0010】
ここで、Rは一次抵抗、Lσは漏れインダクタンス、pは微分演算子、Mは相互インダクタンス、L2は二次自己インダクタンス、Φ2は二次鎖交磁束、ωは交流電動機1の電気角速度である。
【0011】
一方で、永久磁石型同期電動機の電圧電流は、次の式になることが知られている。
【0012】
Vd=(R+p・Ld)id−ω・Lq・iq ・・・(3)式
Vq=ω・Ld・id+(R+p・Lq)iq+ωΦ ・・・(4)式
【0013】
ここで、Rは一次抵抗、Ldはd軸インダクタンス、Lqはq軸インダクタンス、pは微分演算子、Φは磁石磁束、ωは電動機角速度である。
【0014】
(1)式と(2)式及び、(3)式と(4)式共に、d軸及びq軸の電圧電流の関係だけでなく、直交する軸の電流と磁束による影響を受けることがわかる。そこで、図14の構成ではこれらの成分の相殺を行っている。
すなわち、qd軸非干渉補償器337は、(1)式もしくは(3)式の第2項をq軸電流iqを用いて演算する。dq軸非干渉補償器338は、(2)式もしくは(4)式の第1項をd軸電流idを用いて演算する。磁束補償器339は、(2)式もしくは(4)式の第3項を演算する。なお、磁束補償器339を設けなくても制御は可能である。
d軸比例増幅器331の出力とd軸積分器333の出力の和から上記qd軸非干渉補償器337の出力を引いたものが、d軸電圧指令Vd*として出力される。また、q軸比例増幅器334の出力とd軸積分器336の出力と上記dq軸非干渉補償器338の出力と磁束補償器339の出力の和がd軸電圧指令Vd*として出力される。
【0015】
この構成により、(1)式もしくは(3)式の第2項成分及び(2)式もしくは(4)式の第1項と第3項成分が相殺されて、それぞれの軸の電圧電流の関係で制御できることから、制御特性が改善される。
【0016】
ところで、図13の構成及び図14の構成では、電力変換装置4の出力電圧が飽和すると、電流制御ができなくなる。それは、(1)式と(2)式もしくは(3)式と(4)式の関係が拘束されて、d軸電流及びq軸電流の独立した制御ができなくなるためである。
その問題を解決するために、図15に示す構成が提案されている。この手法は、(1)式もしくは(3)式の第2項成分及び(2)式もしくは(4)式の第1項を積極的に利用することにより、電圧が飽和した際にd軸電流idはd軸電流指令id*への追従を放棄し、q軸電流iqがq軸電流指令iq*に追従できるようにすることにより、トルク制御が可能になる手法である。
【0017】
dq軸積分増幅器33Aはd軸電流指令id*とd軸電流idの差を入力して直交軸積分ゲインωKid2を乗じたものを出力する。dq軸積分増幅器33Aの出力とq軸積分増幅器335の和がq軸積分器336に入力される。q軸積分器336の出力にはリミッタ33Dが設けられており、q軸積分器336の出力が最大電圧より大きくなる際には制限される。
qd軸積分増幅器33Bはq軸電流指令iq*とq軸電流iqの差を入力して直交軸積分ゲインωKiq2を乗じたものを出力する。qd軸積分増幅器33Bの出力とd軸積分増幅器332の差がd軸積分器333に入力される。
なお、dq軸積分増幅器33A及びqd軸積分増幅器33B共に、直交軸積分ゲインは交流電動機1の電気角速度に比例したゲインとする。
【0018】
スイッチ33Cは低速運転時に接続され高速運転時に開放される。なお、開放される速度は電圧が飽和するまでの適当な速度である。
この構成で電力変換装置4の電圧が飽和すると、リミッタ33Dが制限されることによりq軸積分器336による制御はできなくなる。一方で、スイッチ33Cは電圧が飽和するより前に開放されるため、d軸積分器333への入力はqd軸積分増幅器33Bの出力のみになる。そのため、d軸電圧指令Vd*はq軸電流q軸電流iqがq軸電流指令iq*に追従するように動作し、電圧が飽和してもトルク制御が実現できる。(特許文献1参照)
【0019】
また、交流電動機1を同期電動機とした場合、二次鎖交磁束角θの代わりに一次鎖交磁束角を用いることにより制御可能である。(特許文献2参照)
その場合、一次鎖交磁束と一致する方向をM軸とし,M軸に直交する方向とT軸とする。その場合,電流指令変換器31はトルク指令τ*を入力し、トルク指令τ*を満足するようなT軸電流指令iT*とM軸電流指令iM*を出力する。電流座標変換器32は、三相の電流iU、iV、iWを、一次鎖交磁束角θΦ1に基づき、M軸電流iMとT軸電流iTに変換する。なお、一次鎖交磁束と一致する方向をM軸とする。
【0020】
電流制御器33は、d軸及びq軸を用いた場合と同一の構成とし、d軸をM軸に、q軸をT軸に置き換えたものとして、M軸電流iMがとM軸電流指令iM*に、T軸電流iTがT軸電流指令iT*に追従するように、M軸電圧指令VM*及びT軸電圧指令VT*を出力する。
電圧指令座標変換器34は、M軸電圧指令VM*とT軸電圧指令VT*を一次鎖交磁束角θΦ1に基づき座標変換し、三相の電圧指令VU*、VV*、VW*を出力する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0021】
【特許文献1】特開2003−88193公報
【特許文献2】特開2003−209997公報
【非特許文献】
【0022】
【非特許文献1】内藤治夫著、「実用モータドライブ制御系設計とその実際」、初版、株式会社日本テクノセンター、2006年2月、p. 212―214
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
特許文献1に記載の手法の場合、電力変換装置4の電圧が飽和するより速い速度でスイッチ33Cを開放する必要がある。
図16は、特許文献1に記載の制御装置における、電圧飽和時の制御系と電動機の等価ブロック図である。図16より、この状態では電動機の電気的な共振ループ(同図中の矢印で示したループ)がみられる。
そのため、特許文献1に記載の手法の場合、電動機の電気共振が発生しやすく、トルク応答が振動的になるという問題がある。
図16より、電力変換装置4の電圧が飽和した状態におけるq軸電流指令iq*に対するq軸電流iqの伝達関数を求めると、次式(5)のとおりになる。
【0024】
【数1】

【0025】
なお、図16及び(5)式では、sを微分演算子とし、制御ゲインは図16のブロック図中のものとして計算している。
(5)式より、q軸電流指令iq*に対するq軸電流q軸電流iqの伝達関数は速度によって変動する。そのため、速度によって応答特性が変動し制御ゲイン設計が困難である。
本発明は上述した問題点を解決するものであって、スイッチ等による切り替えをすることなく、電力変換器の電圧が飽和していない状態と飽和した状態との自動切り替えを行って、電動機のトルク制御を行うことができ、また、速度が変動しても一定の応答特性を得ることができ、さらに、トルク応答が振動的になるという問題が生ずることがない電動機制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明においては、次のようにして前記課題を解決する。
(1)請求項1の発明は、交流電動機の一次電流を回転座標変換し磁束電流とトルク電流に分解する手段と、前記磁束電流と磁束電流指令との磁束電流偏差を求める手段と、この偏差を比例増幅する手段と積分増幅する手段と、比例増幅及び積分増幅した結果を加算し、第1の和を求める手段と、前記トルク電流により前記磁束電流方向に発生する速度に比例する第1の電圧成分を前記トルク電流を用いて演算する手段と、上記第1の和から上記第1の電圧成分を引くことにより磁束電流方向の電圧指令を生成する手段と、前記トルク電流とトルク電流指令とのトルク電流偏差を求める手段と、この偏差を比例増幅する手段と積分増幅する手段と、比例増幅及び積分増幅した結果を加算し、第2の和を求める手段と、前記磁束電流及び前記磁束により前記トルク電流方向に発生する速度に比例する第2の電圧成分を前記磁束電流を用いて演算する手段と、上記第2の和に、少なくとも上記第2の電圧成分を加えることによりトルク電流方向の電圧指令を生成する手段とを備え、磁束方向及びトルク方向の前記電圧指令に基づき電圧型電力変換器により前記交流電動機に交流電圧を印加する電動機制御装置において、以下の手段を設けたことを特徴とする。
前記磁束電流偏差を積分増幅した結果が予め設定された一定の値を越えたとき、該積分増幅した結果を一定の値にリミットするリミッタと、前記トルク電流偏差を積分増幅した結果の絶対値が予め設定された閾値を越えるまでは、ゼロを出力し、上記絶対値が上記閾値を超えると、該閾値からの超過分に比例した出力を出力する不感帯要素と、前記不感帯要素の出力が入力されて、前記交流電動機の角速度に反比例するゲインを有し、前記不感帯要素の出力を微分比例増幅する手段と、前記微分比例増幅する手段の出力を、前記リミッタの出力から減算する手段を設ける。
そして、前記電圧型電力変換器の出力電圧が飽和していない状態では前記磁束電流と前記トルク電流の独立した電流フィードバック制御を実現し、前記電圧型電力変換器の出力電圧が飽和した状態では、前記トルク電流を前記トルク電流指令に追従させ、前記磁束電流の前記磁束電流指令への追従を放棄させる。
【0027】
(2)請求項2の発明の発明は請求項1に記載の電動機制御装置において、前記交流電動機誘導電動機であり、前記磁束電流は二次鎖交磁束方向の電流成分で前記トルク電流は前記二次鎖交磁束方向に直交する電流成分であることを特徴とする。
【0028】
(3)請求項3の発明は請求項1に記載の電動機制御装置において、前記交流電動機が同期電動機であり、前記磁束電流は二次鎖交磁束方向の電流成分で前記トルク電流は前記二次鎖交磁束方向に直交する電流成分であり、前記電圧指令が前記電圧型電力変換器の最大電圧を超過した際には前記電圧指令の磁束電流方向成分を指令と同一とした前記電圧型電力変換器の最大電圧振幅を有する電圧を出力することを特徴とする。
【0029】
(4)請求項4の発明は請求項1に記載の電動機制御装置において、前記交流電動機が同期電動機であり、前記磁束電流は一次鎖交磁束方向の電流成分で前記トルク電流は前記一次鎖交磁束方向に直交する電流成分であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0030】
本発明においては、以下の効果を得ることができる。
(1)リミッタと不感帯要素を設け、電圧型電力変換器の出力電圧が飽和していない状態では、不感帯要素を遮断状態としリミッタを導通状態とすることにより、磁束電流とトルク電流の独立した電流フィードバック制御を実現し、電圧型電力変換器の出力電圧が飽和した状態では、不感帯要素を能動状態としリミッタがリミットされることにより、トルク電流はトルク電流指令に追従させ、磁束電流は磁束電流指令への追従を放棄させるようにしたので、電力変換器の電圧が飽和していない状態と飽和した状態を、スイッチ等の切り替えなしで自動的に切り替えて、電圧が飽和しても電動機のトルク制御を実現することができる。
(2)電力変換装置の電圧が飽和した状態でのq軸電流指令に対するq軸電流の伝達関数に、電動機の電気角速度ωが含まれていないので、電圧型電力変換器の出力電圧が飽和した状態、飽和していない状態のそれぞれの状態での伝達関数を一定にすることができ、速度が変動しても一定の応答特性を得ることができる。
が得られる。
(3)電力変換装置の電圧が飽和した状態におけるq軸電流指令に対するq軸電流の伝達関数に振動ループが含まれないので、トルク応答が振動的になるという問題が生ずることがない。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の実施例1に係る電動機制御装置の電流制御器の一例である。
【図2】本発明の実施例1に係る電動機制御装置の不感帯要素の動作を示す図である。
【図3】誘導電動機の電圧ベクトルを示す図である。
【図4】本発明の実施例1に係る電動機制御装置の電圧飽和時の電流制御器と電動機の等価ブロック図である。
【図5】本発明の実施例2に係る電動機制御装置の電流制御器の一例である。
【図6】同期電動機の電圧ベクトル図を示す図である。
【図7】本発明の実施例2に係る電動機制御装置の電圧ベクトル補正機の動作を示す図である。
【図8】本発明の実施例2に係る電動機制御装置の制御軸を説明する図である。
【図9】従来の技術による電動機制御装置の全体構成を示す図である。
【図10】交流電動機の模式図である。
【図11】交流電動機の制御軸を説明するための模式図である。
【図12】従来の技術による電動機制御装置の一例である。
【図13】従来の技術による電動機制御装置の電流制御器の一例である。
【図14】従来の技術による電動機制御装置の電流制御器の一例である。
【図15】従来の技術による電動機制御装置の電流制御器の一例である。
【図16】従来の技術による電動機制御装置の電圧飽和時の電流制御器と電動機の等価ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下に図面を参照して、本発明にかかる電動機制御装置の好適な実施の形態を詳細に説明する。
【実施例1】
【0033】
図1から図4を用いて請求項1及び請求項2に係る一実施例である実施例1について説明するが、従来の技術と同一部分については詳細な説明は省略する。
本実施例において、電動機制御装置の全体構成は前記図12に示したものと同様であり、また、図1に示す電流制御器の前提となる構成は前記図14で説明したものと同様である。
【0034】
すなわち、本実施例の電動機制御装置は、図12で説明したように、電流指令変換器31(交流電動機の一次電流を回転座標変換し磁束電流とトルク電流に分解する手段)と、電流制御器33と、電流座標変換器32と、電圧指令座標変換器34を備える。
電流制御器は、図1に示す構成を有し、その基本構成は図14で説明したものと同様であり、磁束電流idと磁束電流指令id*との磁束電流偏差を求める手段と、この偏差を比例増幅する手段(d軸比例増幅器331)と積分増幅する手段(d軸積分増幅器332,d軸積分器333)と、比例増幅及び積分増幅した結果を加算し、第1の和を求める手段と、前記トルク電流iqにより前記磁束電流方向に発生する速度に比例する第1の電圧成分を前記トルク電流を用いて演算する手段(qd軸非干渉補償器337)と、上記第1の和から上記第1の電圧成分を引くことにより磁束電流方向の電圧指令Vd*を生成する手段と、前記トルク電流iqとトルク電流指令iq*とのトルク電流偏差を求める手段と、この偏差を比例増幅する手段(q軸比例増幅器334)と積分増幅する手段(q軸積分増幅器335,q軸積分器336)と、比例増幅及び積分増幅した結果を加算し、第2の和を求める手段と、前記磁束電流id及び前記磁束により前記トルク電流方向に発生する速度に比例する第2の電圧成分を前記磁束電流を用いて演算する手段(dq軸非干渉補償器338)と、上記第2の和に、少なくとも上記第2の電圧成分を加えることによりトルク電流方向の電圧指令Vq*を生成する手段とを備える。
【0035】
図1に示す本実施例の電流制御器においては、上記構成の電流制御器において、さらに、前記磁束電流偏差を積分増幅した結果が予め設定された一定の値を越えたとき、該積分増幅した結果を一定の値にリミットするリミッタ(33D)と、前記トルク電流偏差を積分増幅した結果の絶対値が予め設定された閾値を越えるまでは、ゼロを出力し、上記絶対値が上記閾値を超えると、該閾値からの超過分に比例した出力を出力する不感帯要素(33E)と、前記不感帯要素(33E)の出力が入力されて、前記交流電動機の角速度に反比例するゲインを有し、前記不感帯要素(33E)の出力を微分比例増幅する手段(微分比例増幅器33F)と、この微分比例増幅する手段(微分比例増幅器33F)の出力を、前記リミッタ(33D)の出力から減算する手段が設けられている。
なお、図1では磁束補償器339が示されているが、前記したように磁束補償器339は必須ではなく、磁束補償器339を設けなくても制御は実現可能である。しかし、磁束補償器339を設けた方が、制御特性やリミッタ・閾値の調整が容易となる。
【0036】
本実施例において、交流電動機1はかご形誘導電動機として、制御上は二次鎖交磁束方向をd軸、d軸に直行する方向をq軸として制御する。
上記不感帯要素33Eはq軸積分器336の出力が入力され、図2に示すように、入力の絶対値が閾値以下であればゼロを出力し、入力の絶対値が閾値より大きいと、閾値からの超過に比例した値を出力する。
微分比例増幅器33Fは(6)式のように、ゲインを交流電動機1の電気角速度ωに反比例したゲインとし、不感帯要素33Eの出力にゲインを掛けたものを出力する。なお、sは微分演算子である。
【0037】
【数2】

【0038】
d軸積分器333の出力には、上記リミッタ33Dが設けられている。d軸電圧指令Vd*は、d軸比例増幅器331の出力とリミッタ33Dの出力の和から、qd軸非干渉補償器337の出力と微分比例増幅器33Fの出力を引いたものである。
【0039】
次に、図1に示す実施例1の動きについて説明する。
電力変換装置4の電圧が飽和していない状態では、q軸電圧指令Vq*の大半はdq軸非干渉補償器338と磁束補償器339が保持するため、q軸積分器336の出力は一次抵抗Rとq軸電流iqの積と同程度である。不感帯要素33Eの閾値は一次抵抗Rとq軸電流iqの想定される最大値の積より若干大きい値とすることにより、電圧が飽和していない状態では不感帯要素はゼロを出力する。同様に、電力変換装置4の電圧が飽和していない状態では、d軸積分器333の出力は一次抵抗Rとd軸電流idの積と同程度である。リミッタ33Dのリミット値は、一次抵抗Rとd軸電流idの想定される最大値の積より若干大きい値とすることにより、電圧が飽和していない状態では導通状態を維持する。
そのため、等価的に図14の構成と同一の状態であり、d軸電流idとq軸電流iqの干渉を受けない制御が実現する。
【0040】
誘導電動機の電圧ベクトルvは、図3に示すようにほぼq軸方向を向いている。電力変換装置4の電圧が飽和すると電圧ベクトルは位相方向にのみ動かせるため、電圧ベクトルはd軸方向に動かせるがq軸方向には動かせない状態である。そのため、電力変換装置4の電圧が飽和するとd軸電圧指令Vd*は出力電圧に反映されるが、q軸電圧指令Vq*は電力変換装置4の電圧飽和によりリミットされるため反映されない。なお、図3では一次抵抗による影響は微小であるため、割愛している。
【0041】
そのため、電力変換装置4の電圧が飽和するとq軸電流iqの追従制御ができずにq軸電流指令iq*とq軸電流q軸電流iqの誤差が発生する。この誤差がq軸積分器336で積分されて不感帯要素33Eの閾値を超えると、q軸積分器336の出力がd軸電圧指令Vd*に反映される。
この状態では、d軸積分器333の出力とq軸積分器336の出力の両者がd軸電圧指令Vd*に反映された状態であり、両者が干渉する。しかしながら、両者が干渉することによりd軸積分器333の出力が増大してリミッタ33Dがリミットされることにより、q軸積分器336の出力のみがd軸電圧指令Vd*に反映される状態となる。
【0042】
前記段落〔0040〕に記載の通り、電力変換装置4の電圧が飽和した状態では、q軸電圧指令Vq*は反映されない。そのため、dq軸非干渉補償器338の出力も遮断状態となるため、前記(2)式の第1項は相殺されなくなるため、d軸電流idを経由してq軸電流iqの制御が可能となる。
以上より、電力変換装置4の電圧が飽和した状態でも、d軸電圧指令Vd*を用いてq軸電流iqの追従制御が可能となる。交流電動機1のトルクは、q軸電流iqに比例することから、q軸電流iqの追従制御が可能であればトルクの追従制御も可能となる。
【0043】
図4は、電力変換装置4の電圧が飽和した状態での制御系と電動機等価ブロック図である。この図4から、q軸電流指令iq*に対するq軸電流q軸電流iqの伝達関数を求めると、次に示す(7)式のとおりになる。
【0044】
【数3】

【0045】
なお、図4及び(7)式では、sを微分演算子とし、制御ゲインは図4のブロック図中のものとして計算している。
(7)式と(5)式を比べると、(7)式の中には電動機の電気角速度ωが含まれていないことがわかる。これは、電力変換装置4の電圧が飽和した状態であれば、いかなる速度であっても同一のトルク応答が得られることを意味している。そのため、制御ゲインの設計が容易になる。
また、図4を見ると、図16にあった電気共振のループがないことがわかる。そのため、電気共振によりトルク波形が振動的になるという問題がなくなり、応答が安定することがわかる。
【実施例2】
【0046】
図5から図7を用いて請求項3に係る一実施例である実施例2を説明するが、実施例1と同一部分は省略する。
本実施例において、交流電動機1は同期電動機とする。
同期電動機の電圧ベクトル図を図6に示す。図6の同期電動機の電圧ベクトルは、図3に示した誘導電動機の電圧ベクトル図に比べると、次のような特徴がある。なお、図6では図3同様に、一次抵抗による影響は微小であるため、割愛している。
【0047】
同期電動機では、誘導電動機の漏れインダクタンスLσに比べて各軸のインダクタンスが大きくなる。特に、埋め込み磁石型同期電動機では、d軸インダクタンスに比べq軸インダクタンスが大きいという特徴がある。そのため、電圧ベクトルvのd軸成分が誘導電動機に比べ負の方向に大きくなる。
また、誘導電動機では二次鎖交磁束を励磁するために、d軸電流は正の値を流す必要があるのに対し、永久磁石型同期電動機では、高速域に磁石誘起電圧を抑制するために負のd軸電流を流す必要がある。そのため、電圧ベクトルvのq軸成分が誘導電動機に比べ小さくなる。
【0048】
以上より、誘導電動機の電圧ベクトルvはほぼq軸と近い方向であったのに対し、同期電動機の電圧ベクトルはq軸から離れた位置となる。〔実施例1〕の手法では、電圧ベクトルvがq軸に近いため、電力変換装置4の電圧が飽和すると、q軸電圧指令Vq*は反映されずにd軸電圧指令Vd*のみ出力電圧に反映されることになるが、同期電動機では両者が干渉して制御不能に陥る。
そこで、本実施例では、図5に示すように、d軸電圧指令Vd*及びq軸電圧指令Vq*を電圧ベクトル補正機33Gを用いて補正する。
【0049】
図7は、電圧ベクトル補正機33Gの動作を説明する図である。d軸電圧指令Vd*とq軸電圧指令Vq*からなる電圧ベクトルが電力変換装置4の最大電圧を超えた場合、d軸電圧指令Vd*は維持してベクトルの大きさが電力変換装置4の最大電圧と一致するようになるq軸電圧指令Vq*を出力する。
この構成により、交流電動機1に同期電動機を用いた場合であっても、電力変換装置4の電圧が飽和すると、q軸電圧指令Vq*は反映されずにd軸電圧指令Vd*のみ出力電圧に反映されるため、実施例1と同一の制御効果が得られる。
【実施例3】
【0050】
図8を用いて請求項4に係る一実施例である実施例3を説明するが、実施例1と同一部分は省略する。交流電動機1は、同期電動機とする。電流指令変換器31はトルク指令τ*を入力し、トルク指令τ*を満足するようなT軸電流指令iT*とM軸電流指令iM*を出力する。電流座標変換器32は、三相の電流iU、iV、iWを、一次鎖交磁束角θΦ1に基づき、M軸電流iMとT軸電流iTに変換する。なお、一次鎖交磁束と一致する方向をM軸とする。
【0051】
電流制御器33は、実施例1と同一の構成とし、実施例1のd軸をM軸に、q軸をT軸に置き換えたものとして、M軸電流iMがとM軸電流指令iM*に、T軸電流iTがT軸電流指令iT*に追従するように、M軸電圧指令VM*及びT軸電圧指令VT*を出力する。
電圧指令座標変換器34は、M軸電圧指令VM*とT軸電圧指令VT*を一次鎖交磁束角θΦ1に基づき座標変換し、三相の電圧指令VU*、VV*、VW*を出力する。
【0052】
交流電動機1の電圧ベクトルは、図8に示すように一次鎖交磁束とほぼ直行することが知られている。電力変換装置4の電圧が飽和すると電圧ベクトルは位相方向にのみ動かせるため、電圧ベクトルはM軸方向に動かせるがT軸方向には動かせない状態である。
そのため、制御軸を一次鎖交磁束を基準としたM軸及びT軸を用いることにより、電力変換装置4の電圧が飽和した場合、M軸電圧指令VM*のみ出力電圧に反映して、T軸電圧指令VT*は出力電圧指令に反映されない状態となるため、〔実施例1〕と同様にトルク制御が可能となる。
【符号の説明】
【0053】
1 交流電動機
2 電流検出器
3 電動機制御装置
31 電流指令変換器
32 電流座標変換器
33 電流制御器
34 電圧指令座標変換器
331 d軸比例増幅器
332 d軸積分増幅器
333 d軸積分器
334 q軸比例増幅器
335 q軸積分増幅器
336 q軸積分器
337 qd軸非干渉補償器
338 dq軸非干渉補償器
339 磁束補償器
33A dq軸積分増幅器
33B qd軸積分増幅器
33C スイッチ
33D リミッタ
33E 不感帯要素
33F 微分比例増幅器
33G 電圧ベクトル補正機
4 電力変換装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
交流電動機の一次電流を回転座標変換し磁束電流とトルク電流に分解する手段と、
前記磁束電流と磁束電流指令との磁束電流偏差を求める手段と、この偏差を比例増幅する手段と積分増幅する手段と、比例増幅及び積分増幅した結果を加算し、第1の和を求める手段と、前記トルク電流により前記磁束電流方向に発生する速度に比例する第1の電圧成分を前記トルク電流を用いて演算する手段と、上記第1の和から上記第1の電圧成分を引くことにより磁束電流方向の電圧指令を生成する手段と、
前記トルク電流とトルク電流指令とのトルク電流偏差を求める手段と、この偏差を比例増幅する手段と積分増幅する手段と、比例増幅及び積分増幅した結果を加算し、第2の和を求める手段と、
前記磁束電流及び前記磁束により前記トルク電流方向に発生する速度に比例する第2の電圧成分を前記磁束電流を用いて演算する手段と、上記第2の和に、少なくとも上記第2の電圧成分を加えることによりトルク電流方向の電圧指令を生成する手段とを備え、
磁束方向及びトルク方向の前記電圧指令に基づき電圧型電力変換器により前記交流電動機に交流電圧を印加する電動機制御装置において、
前記磁束電流偏差を積分増幅した結果が予め設定された一定の値を越えたとき、該積分増幅した結果を一定の値にリミットするリミッタと、
前記トルク電流偏差を積分増幅した結果の絶対値が予め設定された閾値を越えるまでは、ゼロを出力し、上記絶対値が上記閾値を超えると、該閾値からの超過分に比例した出力を出力する不感帯要素と、
前記不感帯要素の出力が入力されて、前記交流電動機の角速度に反比例するゲインを有し、前記不感帯要素の出力を微分比例増幅する手段と、前記微分比例増幅する手段の出力を、前記リミッタの出力から減算する手段とを備え、
前記電圧型電力変換器の出力電圧が飽和していない状態では、前記磁束電流と前記トルク電流の独立した電流フィードバック制御を実現し、
前記電圧型電力変換器の出力電圧が飽和した状態では、前記トルク電流を前記トルク電流指令に追従させ、前記磁束電流の前記磁束電流指令への追従を放棄させる
ことを特徴とする電動機制御装置。
【請求項2】
前記交流電動機は誘導電動機であり前記磁束電流は二次鎖交磁束方向の電流成分で前記トルク電流は前記二次鎖交磁束方向に直行する電流成分である
ことを特徴とする請求項1に記載の電動機制御装置。
【請求項3】
前記交流電動機は同期電動機であり前記磁束電流は二次鎖交磁束方向の電流成分で前記トルク電流は前記二次鎖交磁束方向に直行する電流成分であり
前記電圧指令が前記電圧型電力変換器の最大電圧を超過した際には前記電圧指令の磁束電流方向成分を指令と同一とした前記電圧型電力変換器の最大電圧振幅を有する電圧を出力することを特徴とする請求項1に記載の電動機制御装置。
【請求項4】
前記交流電動機は同期電動機であり前記磁束電流は一次鎖交磁束方向の電流成分で前記トルク電流は前記一次鎖交磁束方向に直行する電流成分であることを特徴とする請求項1に記載の電動機制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2012−151931(P2012−151931A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−6825(P2011−6825)
【出願日】平成23年1月17日(2011.1.17)
【出願人】(304021288)国立大学法人長岡技術科学大学 (458)
【出願人】(000003115)東洋電機製造株式会社 (380)
【Fターム(参考)】