説明

電子・電気機器用銅合金、銅合金薄板および導電部材

【課題】コネクタその他の端子材など、電子・電気機器導電部品用のCu−Zn―Sn系銅合金として、耐応力緩和特性が優れ、しかも強度や圧延性、曲げ加工性、導電率などの諸特性も優れた銅合金を提供する。
【解決手段】Znを23〜36.5%、Snを0.1〜0.8%、Niを0.05以上、0.15%未満、Feを0.005%以上、0.10%未満、Pを0.005〜0.05%含有し、さらにこれらの元素の含有量の相互の比率として、原子比で、0.05<Fe/Ni<1.5、 3<(Ni+Fe)/P<15、 0.5<Sn/(Ni+Fe)<5を満たし、残部がCuおよび不可避的不純物よりなることを特徴とする。さらにCoを0.005%以上、0.10%未満添加しても良い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体装置のコネクタや、その他の端子で代表される電子・電気用の導電部品として使用される銅合金に関し、特に黄銅(Cu−Zn合金)にSnを添加してなるCu−Zn―Sn系の電子・電気機器用銅合金と、それを用いた銅合金薄板および導電部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
半導体装置のコネクタやその他の端子で代表される電子・電気用の導電部品としては、銅もしくは銅合金が使用されており、そのうちでも、強度、加工性、コストのバランスなどの観点から、黄銅(Cu−Zn合金)が従来から広く使用されている。またコネクタなどの端子の場合、主として相手側の導電部材との接触の信頼性を高めるため、Cu−Zn合金からなる基材(素板)の表面に錫(Sn)めっきを施して使用することが多くなっている。
上述のようにCu−Zn合金を基材としてその表面にSnめっきを施したコネクタなどの導電部品においては、Snめっき材のリサイクル性を向上させるとともに、強度を向上させるため、基材のCu−Zn合金自体についても、合金成分としてSnを添加したCu−Zn―Sn系合金を使用する場合がある。
【0003】
ところで半導体のコネクタやその他の端子で代表される電子・電気機器導電部品の製造プロセスとしては、一般に素材の銅合金を圧延加工によって厚みが0.05〜1.0mm程度の薄板(条材)とし、打ち抜き加工によって所定の形状とし、さらにその少なくとも一部に曲げ加工を施すのが通常であり、その場合、曲げ部分付近で相手側導電部材と接触させて相手側導電部材との電気的接続を得るとともに、曲げ部分のバネ性により相手側導電材との接触状態を維持させるように使用されることが多い。このようなコネクタやその他の端子においては、通電時の抵抗発熱を抑えるために導電性が優れていることはもちろん、強度が高く、かつ薄板(条材)に圧延して打ち抜き加工を施すことから、圧延性や打ち抜き加工性が優れていることが望まれる。さらに、前述のように曲げ加工を施してその曲げ部分のバネ性により、曲げ部分付近で相手側導電材との接触状態を維持するように使用されるコネクタなどの場合は、曲げ加工性がすぐれているばかりでなく、曲げ部分付近での相手側導電材との接触が長時間(あるいは高温雰囲気でも)良好に保たれるように、耐応力緩和特性が優れていることが要求される。すなわち、曲げ部分のバネ性を利用して相手側導電材との接触状態を維持させるコネクタなどの端子においては、耐応力緩和特性が劣っていて経時的に曲げ部分の残留応力が緩和されれば、あるいは高温の使用環境下で曲げ部分の残留応力が緩和されれば、相手側導電部材との接触圧が十分に保たれなくなって、接触不良の問題が早期に生じてしまいやすい。
【0004】
ところで、コネクタなどの端子に使用されるCu−Zn―Sn系合金の耐応力緩和特性を向上させるための方策としては、従来から例えば特許文献1〜特許文献3に示すような提案がなされている。さらに本発明で主用途としているコネクタなどの端子の用途とは異なるが、リードフレーム用のCu−Zn―Sn系合金として、特許文献4にも耐応力緩和特性を向上させるための方策が示されている。
【0005】
すなわち、先ず特許文献1においては、Cu−Zn―Sn系合金にNiを含有させてNi−P系化合物を生成させることによって耐応力緩和特性を向上させることができるとされ、またFeの添加も耐応力緩和特性の向上に有効であることが示されている。また特許文献2の提案においては、Cu−Zn―Sn系合金に、Ni、FeをPとともに添加して化合物を生成させることにより、強度、弾性、耐熱性を向上させ得ることが記載されており、ここでは耐応力緩和特性の直接的な記載はないが、上記の強度、弾性、耐熱性の向上は、耐応力緩和特性の向上を意味しているものと思われる。
これらの特許文献1、2の提案に示されるように、Cu−Zn―Sn系合金にNi、Fe、Pを添加することが耐応力緩和特性の向上に有効であること自体は、本発明者等も確認しているが、特許文献1、2の提案ではNi、Fe、Pの個別の含有量が考慮されているだけであり、このような個別の含有量の調整だけでは、必ずしも耐応力緩和特性を確実かつ十分に向上させることができないことが、本発明者等の実験、研究によって判明している。
【0006】
一方特許文献3の提案では、Cu−Zn―Sn系合金にNiを添加するとともに、Ni/Sn比を特定の範囲内に調整することにより耐応力緩和特性を向上させることができると記載され、またFeの微量添加も耐応力緩和特性の向上に有効である旨、記載されている。
このような特許文献3の提案に示されているNi/Sn比の調整も、確かに耐応力緩和特性の向上に有効ではあるが、P化合物と耐応力緩和特性との関係についてはまったく触れられていない。すなわちP化合物は、特許文献1、2に示されているように耐応力緩和特性に大きな影響を及ぼすと思われるが、特許文献3の提案では、P化合物を生成するFe、Niなどの元素に関しては、その含有量と耐応力緩和特性との関係が全く考慮されておらず、本発明者等の実験でも、特許文献3の提案に従っただけでは、十分かつ確実な耐応力緩和特性の向上を図り得ないことが判明している。
【0007】
そしてまたリードフレームを対象とした特許文献4の提案では、Cu−Zn―Sn系合金に、Ni、FeをPとともに添加し、同時に(Fe+Ni)/Pの原子比を0.2〜3の範囲内に調整して、Fe―P系化合物、Ni―P系化合物、もしくはFe―Ni―P系化合物を生成させることにより、耐応力緩和特性の向上が可能となる旨、記載されている。
しかしながら、本発明者等の実験によれば、特許文献4で規定されているようにFe、Ni、Pの合計量と、(Fe+Ni)/Pの原子比とを調整しただけでは、耐応力緩和特性の十分な向上は図り得ないことが判明した。その理由は定かではないが、耐応力緩和特性の確実かつ十分な向上のためには、Fe、Ni、Pの合計量と(Fe+Ni)/Pの調整以外に、Fe/Ni比の調整、さらにはSn/(Ni+Fe)の調整が重要であって、これらの各含有量比率をバランス良く調整しなければ、耐応力緩和特性を確実かつ十分な向上させ得ないことが、本発明者等の実験、研究によって判明している。
【0008】
以上のように、Cu−Zn―Sn系合金からなる電子・電気機器導電部品用銅合金として、耐応力緩和特性を向上させるための従来の提案では、耐応力緩和特性の向上効果は未だ確実かつ十分とは言えず、さらなる改良が望まれている。すなわち、コネクタのごとく、薄板(条)に圧延して曲げ加工を施した曲げ部分を有しかつその曲げ部分付近で相手側導電部材と接触させて、曲げ部分のバネ性により相手側導電部材との接触状態を維持するように使用される部品では、経時的に、もしくは高温環境で、残留応力が緩和されて相手側導電部材との接触圧が保たれなくなり、その結果、接触不良などの不都合が早期に生じやすいという問題があり、このような問題を回避するために、従来は材料の肉厚を大きくせざるを得ず、そのため材料コストの上昇を招くともに、重量の増大を招いてしまっていたのが実情である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平5−33087号公報
【特許文献2】特開2006−283060号公報
【特許文献3】特許第3953357号公報
【特許文献4】特許第3717321号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前述のように、Snめっき付き黄銅条の基材として使用されている従来のCu−Zn―Sn系合金は、コネクタやその他の各種端子など、曲げ加工を施しかつその曲げ部付近で相手側導電部材との接触を得るように使用される薄板材料(条材)としては、耐応力緩和特性が、未だ確実かつ十分に優れているとは言えず、そこで耐応力緩和特性のより一層の確実かつ十分な改善が強く望まれている。
【0011】
本発明は、以上のような事情を背景としてなされたものであって、コネクタやその他の端子など、電子・電気機器の導電部品として使用される銅合金、特にCu−Zn―Sn系合金として、耐応力緩和特性が確実かつ十分に優れていて、従来よりも部品素材の薄肉化を図ることができ、しかも強度や圧延性、導電率などの諸特性も優れた銅合金、およびそれを用いた銅合金薄板と導電部材を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題に対する解決策について、鋭意実験・研究を重ねたところ、Cu−Zn―Sn系合金に、Ni(ニッケル)およびFe(鉄)を適切な量だけ同時に添加するとともに、P(リン)を適切な量だけ添加し、しかもこれらの各合金元素の個別の含有量を調整するだけではなく、合金中におけるNi、Fe、P、およびSnの相互間の比率、とりわけFeおよびNiの含有量の比Fe/Niと、NiおよびFeの合計含有量(Ni+Fe)とPの含有量との比(Ni+Fe)/Pと、Snの含有量とNiおよびFeの合計含有量(Ni+Fe)との比Sn/(Ni+Fe)とを、それぞれ原子比で適切な範囲内に調整することにより、耐応力緩和特性を確実かつ十分に向上させることができ、しかも強度や圧延性、導電率など、コネクタやその他の端子に要求される諸特性も優れた銅合金が得られることを見い出し、本発明をなすに至ったのである。
またさらに、上記のNi、Fe、Pと同時に適量のCoを添加することにより、耐応力緩和特性をより一層向上させることができることを見い出した。
【0013】
すなわち本発明の基本的な形態(第1の形態)による電子・電気機器用銅合金は、Znを23〜36.5%(mass%、以下同じ)、Snを0.1〜0.8%、Niを0.05%以上、0.15%未満、Feを0.005%以上、0.10%未満、Pを0.005〜0.05%含有し、かつFeの含有量とNiの含有量との比Fe/Niが、原子比で、
0.05<Fe/Ni<1.5
を満たし、かつNiの含有量およびFeの含有量の合計量(Ni+Fe)とPの含有量との比(Ni+Fe)/Pが、原子比で、
3<(Ni+Fe)/P<15
を満たし、さらにSnの含有量とNiの含有量およびFeの含有量の合計量(Ni+Fe)との比Sn/(Ni+Fe)が、原子比で、
0.5<Sn/(Ni+Fe)<5
を満たすように定められ、残部がCuおよび不可避的不純物よりなることを特徴としている。
【0014】
このような本発明の基本的な形態によれば、適切な量のSnに加え、NiおよびFeを、Pとともに適切な量だけ同時に添加し、しかもSn、Ni、Fe、およびPの相互間の添加比率を適切に規制することにより、母相(α相主体)から析出した〔Ni,Fe〕−P系析出物が適切に存在する組織のCu−Zn―Sn系合金を得ることができ、そしてこのようなCu−Zn―Sn系合金では、耐応力緩和特性が確実かつ十分に優れ、同時に強度や圧延性、導電率などの、コネクタその他の端子に要求される諸特性も優れている。すなわち、単純にSn、Ni、Fe、およびPの個別の含有量を所定の範囲内に調整しただけでは、実際の材料におけるこれらの元素の含有量によっては十分な耐応力緩和特性の改善が図れないことがあり、またその他の特性が不十分となったりすることがあるが、それらの元素の含有量の相対的な比率を、前記各式で規定される範囲内に規制することによって、耐応力緩和特性を確実かつ十分に向上させると同時に、コネクタなどの端子材に要求される諸特性を満足させることが可能となったのである。
なおここで〔Ni,Fe〕−P系析出物とは、Ni―Fe―Pの3元系析出物、あるいはFe―PもしくはNi―Pの2元系析出物であり、さらにこれらに他の元素、例えば主成分のCu、Zn、Sn、不純物のO、S、C、Co、Cr、Moなどを含有した多元系析出物を含むことがあるものを意味している。またこの〔Ni,Fe〕−P系析出物は、リン化物、もしくはリンを固溶した合金の形態で存在するものである。
【0015】
また本発明の第2の形態による電子・電気機器用銅合金は、Znを23〜36.5%、Snを0.1〜0.8%、Niを0.05%以上、0.15%未満、Feを0.005%以上、0.10%未満、Coを0.005%以上、0.10%未満、Pを0.005〜0.05%含有し、かつFeおよびCoの合計含有量とNiの含有量との比(Fe+Co)/Niが、原子比で、
0.05<(Fe+Co)/Ni<1.5
を満たし、かつNi、FeおよびCoの合計含有量(Ni+Fe+Co)とPの含有量との比(Ni+Fe+Co)/Pが、原子比で、
3<(Ni+Fe+Co)/P<15
を満たし、さらにSnの含有量とNi、FeおよびCoの合計含有量(Ni+Fe+Co)との比Sn/(Ni+Fe+Co)が、原子比で、
0.5<Sn/(Ni+Fe+Co)<5
を満たすように定められ、残部がCuおよび不可避的不純物よりなることを特徴とするものである。
【0016】
このような第2の形態による電子・電気機器用銅合金では、上述のようなNi、Fe、Pと同時に適量のCoを添加して、〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物が適切に存在する組織とすることにより、耐応力緩和特性をより一層向上させることができる。
なおここで〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物とは、Ni―Fe―Co―Pの4元系析出物、あるいはNi−Fe―P、Ni―Co―P、もしくはFe−Co―Pの3元系析出物、あるいはFe―P、Ni−P、もしくはCo―Pの2元系析出物であり、さらにこれらに他の元素、例えば例えば主成分のCu、Zn、Sn、不純物のO、S、C、Cr、Moなどを含有した多元系析出物を含むことがあるものを意味している。またこの〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物は、リン化物、もしくはリンを固溶した合金の形態で存在するものである。
【0017】
また本発明の第3の形態による電子・電気機器用銅合金薄板は、前記第1もしくは第2の形態の銅合金の圧延材からなり、厚みが0.05〜1.0mmの範囲内にあるものである。
【0018】
このような厚みの圧延板薄板(条材)は、コネクタ、その他の端子に好適に使用することができる。
【0019】
さらに本発明の第4の形態による電子・電気機器用銅合金薄板は、前記第3の形態の銅合金薄板の表面にSnめっきが施されているものである。
【0020】
この場合、Snめっきの下地の基材は0.1〜0.8%のSnを含有するCu−Zn―Sn系合金で構成されているため、使用済みのコネクタなどの部品をSnめっき黄銅系合金のスクラップとして回収して良好なリサイクル性を確保することができる。
【0021】
また本発明の第5の形態による電子・電気機器用導電部材は、前記第3もしくは第4の形態の銅合金薄板よりなり、かつ相手側導電部材と接触させて相手側導電部材との電気的接続を得るための導電部材であって、しかも板面の少なくとも一部に曲げ加工が施されて、その曲げ部分のバネ性により相手側導電材との接触を維持するように構成されたものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、適切な量のSnに加え、NiおよびFeを、Pとともに適切な量だけ同時に添加し、しかもSn、Ni、Fe、およびPの相互間の添加比率を適切に規制することにより、母相(α相主体)から析出した〔Ni,Fe〕−P系析出物が存在する組織のCu−Zn―Sn系合金を得ることができ、そしてこのようなCu−Zn―Sn系合金では、耐応力緩和特性が確実かつ十分に優れ、同時に強度や圧延性、導電率などの、コネクタその他の端子に要求される諸特性も優れており、特に薄板条材として曲げ加工を施しかつその曲げ部分で相手側の導電部材に接するコネクタなどの用途において、高温環境下でも長期間応力緩和が生じることがなく、そのため確実な接触状態を長期間維持することができ、またその結果、コネクタその他の端子材の薄肉化を図ることができる。
またSn、Ni、Fe、Pのほか、さらにCoを適切な量、適切な比率で添加して〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物が存在する組織のCu−Zn―Sn系合金とすることによっても、耐応力緩和特性の確実かつ十分な向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施例の本発明例No.2の合金についての、FE−SEM(電界放出型走査電子顕微鏡)観察による析出物を含む部位の組織写真である。
【図2】図1中の析出物についてのEDX(エネルギー分散型X線分光法)分析結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の電子・電気機器用銅合金についてより詳細に説明する。
本発明の電子・電気機器用銅合金は、基本的には、合金元素の個別の含有量としては、Znを23〜36.5%、Snを0.1〜0.8%、Niを0.05%以上、0.15%未満、Feを0.005%以上、0.10%未満、Pを0.005〜0.05%含有するものであり、さらに各合金元素の相互間の含有量比率として、Feの含有量とNiの含有量との比Fe/Niが、原子比で、次の(1)式
0.05<Fe/Ni<1.5 ・・・(1)
を満たし、かつNiの含有量およびFeの含有量の合計量(Ni+Fe)とPの含有量との比(Ni+Fe)/Pが、原子比で、次の(2)式
3<(Ni+Fe)/P<15 ・・・(2)
を満たし、さらにSnの含有量とNiの含有量およびFeの含有量の合計量(Ni+Fe)との比Sn/(Ni+Fe)が、原子比で、次の(3)式
0.5<Sn/(Ni+Fe)<5 ・・・(3)
を満たすように定められ、上記各合金元素の残部がCuおよび不可避的不純物とされたものである。
【0025】
そしてまた、上記のZn、Sn、Ni、Fe、Pのほか、さらにCoを0.005%以上、0.10%未満含有しており、かつこれらの合金元素の相互間の含有量比率として、FeおよびCoの合計含有量とNiの含有量との比(Fe+Co)/Niが、原子比で、次の(1´)式
0.05<(Fe+Co)/Ni<1.5 ・・・(1´)
を満たし、さらにNi、FeおよびCoの合計含有量(Ni+Fe+Co)とPの含有量との比(Ni+Fe+Co)/Pが、原子比で、次の(2´)式
3<(Ni+Fe+Co)/P<15 ・・・(2´)
を満たし、さらにSnの含有量とNi、FeおよびCoの合計含有量(Ni+Fe+Co)との比Sn/(Ni+Fe+Co)が、原子比で、次の(3´)式
0.5<Sn/(Ni+Fe+Co)<5 ・・・(3´)
を満たすように定められ、上記各合金元素の残部がCuおよび不可避的不純物とされたものである。
【0026】
そこで先ずこれらの本発明銅合金の成分組成およびそれらの相互間の比率の限定理由について説明する。
【0027】
Zn 23〜36.5%:
Znは、本発明で対象としている銅合金(黄銅)において基本的な合金元素であり、強度およびばね性の向上に有効な元素である。またZnはCuより安価であるため、銅合金の材料コストの低減にも効果がある。Znが23%未満ではこれらの効果が十分に得られない。一方Znが36.5%を越えれば、耐応力緩和特性が低下してしまい、後述するように本発明に従ってFe、Ni、Pを添加しても、十分な耐応力緩和特性を確保することが困難となり、また耐食性が低下するとともに、β相が多量に生じるため冷間圧延性および曲げ加工性も低下してしまう。したがってZnの含有量は23〜36.5%の範囲内とした。なおZn量は、上記の範囲内でも特に24〜36%の範囲内が好ましい。
【0028】
Sn 0.1〜0.8%:
Snの添加は強度向上に効果があり、またSnめっきを施して使用する電子・電気機器材料の母材黄銅合金として、Snを添加しておくことが、Snめっき付き黄銅材のリサイクル性の向上に有利となる。さらにSnがNiおよびFeと共存すれば、耐応力緩和特性の向上にも寄与することが本発明者等の研究により判明している。Snが0.1%未満ではこれらの効果が十分に得られず、一方Snが0.8%を越えれば、熱間加工性および冷間圧延性が低下してしまい、熱間圧延や冷間圧延で割れが発生してしまうおそれがあり、また導電率も低下してしまう。そこでSnの添加量は0.1〜0.8%の範囲内とした。なおSn量は、上記の範囲内でも特に0.2〜0.7%の範囲内が好ましい。
【0029】
Ni 0.05%以上、0.15%未満:
Niは、Fe、Pと並んで本発明において特徴的な添加元素であり、Cu−Zn―Sn合金に適量のNiを添加して、NiをFe、Pと共存させることによって、〔Ni,Fe〕−P系析出物を母相(α相主体)から析出させることができ、また、NiをFe、Co,Pと共存させることによって、〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物を母相(α相主体)から析出させることができ、これらの〔Ni,Fe〕−P系析出物もしくは〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物の存在によって、耐応力緩和特性を大幅に向上させることができる。ここで、Niの添加量が0.05%未満では、耐応力緩和特性を十分に向上させることができない。一方Niの添加量が0.15%以上となれば、固溶Niが多くなって導電率が低下し、また高価なNi原材料の使用量の増大によりコスト上昇を招く。そこでNiの添加量は0.05%以上、0.15%未満の範囲内とした。なおNiの添加量は、上記の範囲内でも特に0.05%以上、0.10%未満の範囲内とすることが好ましい。
【0030】
Fe 0.005%以上、0.10%未満:
Feは、Ni、Pと並んで本発明において特徴的な添加元素であり、Cu−Zn―Sn合金に適量のFeを添加して、FeをNi、Pと共存させることによって、〔Ni,Fe〕−P系析出物を母相(α相主体)から析出させることができ、また、FeをNi、Co,Pと共存させることによって、〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物を母相(α相主体)から析出させることができ、これらの〔Ni,Fe〕−P系析出物もしくは〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物の存在によって、耐応力緩和特性を大幅に向上させることができる。ここで、Feの添加量が0.005%未満では、耐応力緩和特性を十分に向上させることができない。一方Feの添加量が0.10%以上となれば、一層の耐応力緩和特性の向上は認められず、固溶Feが多くなって導電率が低下し、また冷間圧延性も低下してしまう。そこでFeの添加量は0.005%以上、0.10%未満の範囲内とした。なおFeの添加量は、上記の範囲内でも特に0.005%〜0.08%の範囲内とすることが好ましい。
【0031】
Co 0.005%以上、0.10%未満:
Coは、必ずしも必須の添加元素ではないが、少量のCoをNi、Fe、Pとともに添加すれば、〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物が生成され、耐応力緩和特性をより一層向上させることができる。ここでCo添加量が0.005%未満では、Co添加による耐応力緩和特性のより一層の向上効果が得られず、一方Co添加量が0.10%以上となれば、固溶Coが多くなって導電率が低下し、また高価なCo原材料の使用量の増大によりコスト上昇を招く。そこでCoを添加する場合のCoの添加量は0.005%以上、0.10%未満の範囲内とした。なおCoの添加量は、上記の範囲内でも特に0.005%〜0.08%の範囲内とすることが好ましい。なおまた、Coを積極的に添加しない場合でも、不純物として0.005%未満のCoが含有されることがあることはもちろんである。
【0032】
P 0.005〜0.05%:
Pは、Fe、Ni、さらにはCoとの結合性が高く、Fe、Niとともに適量のPを含有させれば、〔Ni,Fe〕−P系析出物を析出させることができ、またFe、Ni、Coとともに適量のPを含有させれば、〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物を析出させることができ、そしてこれらの析出物の存在によって耐応力緩和特性を向上させることができる。ここで、P量が0.005%未満では、十分に〔Ni,Fe〕−P系析出物または〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物を析出させることが困難となり、十分に耐応力緩和特性を向上させることができなくなる。一方P量が0.05%を越えれば、P固溶量が多くなって、導電率が低下するとともに圧延性が低下して冷間圧延割れが生じやすくなってしまう。そこでPの含有量は、0.005〜0.05%の範囲内とした、なおP量は、上記の範囲内でも特に0.01%〜0.04%の範囲内が好ましい。
なおまた、Pは、銅合金の溶解原料から不可避的に混入することが多い元素であり、従ってP量を上述のように規制するためには、溶解原料を適切に選定することが望ましい。
【0033】
以上の各元素の残部は、基本的にはCuおよび不可避的不純物とすればよい。ここで不可避的不純物としては、Mg,Al, Mn, Si, (Co),Cr,Ag,Ca,Sr,Ba,Sc,Y,Hf,V,Nb,Ta,Mo,W,Re,Ru,Os,Se,Te,Rh,Ir,Pd,Pt,Au,Cd,Ga,In,Li,Ge,As,Sb,Ti,Tl,Pb,Bi,S,O,C,Be,N,H,Hg, B、Zr、希土類等が挙げられるが、これらの不可避不純物は、総量で0.3質量%以下であることが望ましい。
【0034】
さらに本発明の電子・電気機器用銅合金においては、各合金元素の個別の添加量範囲を上述のように調整するばかりではなく、それぞれの元素の含有量の相互の比率が、原子比で、前記(1)〜(3)式、あるいは(1´)〜(3´)式を満たすように規制することが重要である。そこで以下に(1)〜(3)式、(1´)〜(3´)式の限定理由を説明する。
【0035】
(1)式: 0.05<Fe/Ni<1.5
本発明者等の詳細な実験によれば、耐応力緩和特性にはFe/Ni比が大きな影響を与え、その比が特定の範囲内にある場合に、はじめて耐応力緩和特性を十分に向上させ得ることが判明した。すなわち、FeとNiを共存させ、かつFe、Niのそれぞれの含有量を前述のように調整するだけではなく、それらの比Fe/Niを、原子比で、0.05を越えかつ1.5未満の範囲内とした場合に、十分な耐応力緩和特性の向上を図り得ることを見い出した。ここで、Fe/Ni比が1.5以上となれば、耐応力緩和特性が低下し、またFe/Ni比が0.05未満となっても耐応力緩和特性が低下する。また、Fe/Ni比が0.05未満では、高価なNiの原材料使用量が相対的に多くなって、コスト上昇を招く。そこでFe/Ni比は、上記の範囲内に規制することとした。なおFe/Ni比は、上記の範囲内でも、特に0.1〜1.2の範囲内が望ましい。
【0036】
(2)式: 3<(Ni+Fe)/P<15
NiおよびFeがPと共存することにより、〔Ni,Fe〕−P系析出物が生成されて、その〔Ni,Fe〕−P系析出物の分散により耐応力緩和特性を向上させることができるが、(Ni+Fe)に対してPが過剰に含有されれば、固溶Pの割合の増大によって逆に耐応力緩和特性が低下してしまい、またPに対して(Ni+Fe)が過剰に含有されれば、固溶したNi、Feの割合の増大によって耐応力緩和特性が低下してしまうから、耐応力緩和特性の十分な向上のためには、(Ni+Fe)/P比も重要である。(Ni+Fe)/P比が3以下では、固溶Pの割合の増大に伴って耐応力緩和特性が低下し、また同時に固溶Pにより導電率が低下するとともに、圧延性が低下して冷間圧延割れが生じやすくなり、さらに曲げ加工性も低下する。一方、(Ni+Fe)/P比が15以上となれば、固溶したNi、Feの割合の増大により導電率が低下してしまう。そこで(Ni+Fe)/P比を上記の範囲内に規制することとした。なお(Ni+Fe)/P比は、上記の範囲内でも、特に3を越え、10以下の範囲内が望ましい。
【0037】
(3)式: 0.5<Sn/(Ni+Fe)<5
前述のようにSnがNiおよびFeと共存すれば、Snは耐応力緩和特性の向上に寄与するが、その耐応力緩和特性向上効果は、Sn/(Ni+Fe)比が特定の範囲内でなければ十分に発揮されない。すなわち、Sn/(Ni+Fe)比が0.5以下では、十分な耐応力緩和特性向上効果が発揮されず、一方Sn/(Ni+Fe)比が5を越えれば、相対的に(Ni+Fe)量が少なくなって、〔Ni,Fe〕−P系析出物の量が少なくなり、耐応力緩和特性が低下してしまう。なおSn/(Ni+Fe)比は、上記の範囲内でも、特に1〜4.5の範囲内が望ましい。
【0038】
(1´)式: 0.05<(Fe+Co)/Ni<1.5
Coを添加した場合、Feの一部をCoで置き換えたと考えればよく、したがって(1´)式も基本的には(1)式に準じている。すなわち、Fe、Niに加えてCoを添加した場合、耐応力緩和特性には(Fe+Co)/Ni比が大きな影響を与え、その比が特定の範囲内にある場合に、はじめて耐応力緩和特性を十分に向上させ得るのであり、NiとFeおよびCoを共存させ、かつFe、Ni、Coのそれぞれの含有量を前述のように調整するだけではなく、FeとCoの合計含有量とNi含有量との比(Fe+Co)/Niを、原子比で、0.05を越えかつ1.5未満の範囲内とした場合に、十分な耐応力緩和特性の向上を図り得る。ここで、(Fe+Co)/Ni比が1.5以上となれば、耐応力緩和特性が低下し、また(Fe+Co)/Ni比が0.05未満となっても耐応力緩和特性が低下する。そこで(Fe+Co)/Ni比は、上記の範囲内に規制することとした。なお(Fe+Co)/Ni比は、上記の範囲内でも、特に0.1〜1.2の範囲内が望ましい。
【0039】
(2´)式: 3<(Ni+Fe+Co)/P<15
Coを添加する場合の(2´)式も、前記(2)式に準じている。すなわち、Ni、FeおよびCoがPと共存することにより、〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物が生成されて、その〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物の分散により耐応力緩和特性を向上させることができるが、(Ni+Fe+Co)に対してPが過剰に含有されれば、固溶Pの割合の増大によって逆に耐応力緩和特性が低下してしまうから、耐応力緩和特性の十分な向上のためには、(Ni+Fe+Co)/P比も重要である。(Ni+Fe+Co)/P比が3以下では、固溶Pの割合の増大に伴って耐応力緩和特性が低下し、また同時に固溶Pにより導電率が低下するとともに、圧延性が低下して冷間圧延割れが生じやすくなり、さらに曲げ加工性も低下する。一方、(Ni+Fe+Co)/P比が15以上となれば、固溶したNi、Fe、Coの割合の増大により導電率が低下してしまう。そこで(Ni+Fe+Co)/P比を上記の範囲内に規制することとした。なお(Ni+Fe+Co)/P比は、上記の範囲内でも、特に3を越え、10以下の範囲内が望ましい。
【0040】
(3´)式: 0.5<Sn/(Ni+Fe+Co)<5
Coを添加する場合の(3´)式も、前記(3)式に準じている。すなわち、SnがNi、FeおよびCoと共存すれば、Snは耐応力緩和特性の向上に寄与するが、その耐応力緩和特性向上効果は、Sn/(Ni+Fe+Co)比が特定の範囲内でなければ十分に発揮されない。具体的には、Sn/(Ni+Fe+Co)比が0.5以下では、十分な耐応力緩和特性向上効果が発揮されず、一方Sn/(Ni+Fe+Co)比が5を越えれば、相対的に(Ni+Fe+Co)量が少なくなって、〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物の量が少なくなり、耐応力緩和特性が低下してしまう。なおSn/(Ni+Fe+Co)比は、上記の範囲内でも、特に1〜4.5の範囲内が望ましい。
【0041】
以上のように各合金元素を、個別の含有量だけではなく、各元素相互の比率として、(1)〜(3)式もしくは(1´)〜(3´)式を満たすように調整した電子・電気機器用銅合金においては、既に述べたような〔Ni,Fe〕−P系析出物もしくは〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物が、母相(α相主体)から分散析出したものとなり、このような析出物の分散析出によって、耐応力緩和特性が向上するものと考えられる。
【0042】
なお耐応力緩和特性には、材料の結晶粒径もある程度の影響を与えることが知られており、一般には結晶粒径が小さいほど耐応力緩和特性は低下するが、強度と曲げ加工性は向上する。本発明の合金の場合、成分組成と各合金元素の比率の適切な調整によって良好な耐応力緩和特性を確保できるため、結晶粒径を小さくして、強度と曲げ加工性の向上を図ることができる。具体的な結晶粒径の値は特に限定しないが、後述する製造プロセス中における再結晶および析出のための中間熱処理後の段階で、平均結晶粒径が20μm以下となるようにすることが望ましい。
【0043】
次に、本発明の電子・電気機器用銅合金の製造方法の好ましい例について、厚みが0.05〜1.0mm程度の薄板(条材)を製造する場合を例にとって説明する。
【0044】
先ず前述のような成分組成の銅合金溶湯を溶製する。ここで、溶解原料のうち銅原料としては、純度が99.99%以上とされたいわゆる4NCu、例えば無酸素銅を使用することが望ましいが、スクラップを原料として用いてもよいことはもちろんである。また溶解工程では、大気雰囲気炉を用いてもよいが、Znの酸化を抑制するために、真空炉、あるいは、不活性ガス雰囲気又は還元性雰囲気とされた雰囲気炉を用いてもよい。
【0045】
次いで成分調整された銅合金溶湯を、適宜の鋳造法、例えば金型鋳造などのバッチ式鋳造法、あるいは連続鋳造法、半連続鋳造法などによって鋳造して、鋳塊(スラブ状鋳塊など)とする。
その後、必要に応じて偏析を解消して鋳塊組織を均一化するために均質化処理を行なう。この均質化処理の条件は特に限定しないが、通常は600〜950℃において5分〜24時間加熱すればよい。均質化処理温度が600℃未満、あるいは均質化処理時間が5分未満では、十分な均質化効果が得られないおそれがあり、一方均質化処理温度が950℃を越えれば、偏析部位が一部溶解してしまうおそれがあり、さらに均質化処理時間が24時間を越えることはコスト上昇を招くだけである。均質化処理後の冷却条件は、適宜定めれば良いが、通常は水焼入れすればよい。なお均質化処理後には、必要に応じて面削を行なう。
【0046】
次いで、鋳塊に対して熱間圧延を行い、板厚0.5〜50mm程度の熱延板を得る。この熱間圧延の条件も特に限定されないが、通常は、開始温度600〜950℃、終了温度300〜850℃、圧延率10〜90%程度とすることが好ましい。なお熱間圧延開始温度までの鋳塊加熱は、前述の鋳塊均質化処理と兼ねて行なってもよい。すなわち均質化処理後に室温近くまで冷却せずに、熱間圧延開始温度まで冷却された状態で熱間圧延を開始してもよい。
【0047】
熱間圧延後には、一次冷間圧延(中間圧延)を施して、板厚0.05〜5mm程度の中間板厚とする。この一次冷間圧延の圧延率は特に限定されないが、通常は20〜99%程度とする。一次冷間圧延後には、中間熱処理を施す。この中間熱処理は、組織を再結晶させると同時に、〔Ni,Fe〕−P系析出物もしくは〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物を分散析出させるために重要な工程であり、これらの析出物が生成されるような加熱温度、加熱時間の条件を適用すればよい。これらの析出物が生成される温度域は、300〜800℃であり、従って中間熱処理は、この温度域内で行なえばよい。またその温度域での加熱時間は、これらの析出物が十分に生成される時間、すなわち通常は1秒〜24時間とすればよい。但し、既に述べたように結晶粒径も耐応力緩和特性にある程度の影響を与えるから、中間熱処理による再結晶粒を測定して、加熱温度、加熱時間の条件を適切に選択することが望ましい。なお、必要に応じて、上記の冷間圧延と中間熱処理を、複数回繰り返しても良い。
【0048】
中間熱処理の好ましい加熱温度、加熱時間は、次に説明するように、具体的な熱処理の手法によっても異なる。
すなわち中間熱処理の具体的手法としては、バッチ式の加熱炉を用いても、あるいは連続焼鈍ラインを用いて連続的に加熱しても良い。そして中間熱処理の好ましい加熱条件は、バッチ式の加熱炉を使用する場合は、300〜800℃の温度で、5分〜24時間加熱することが望ましく、また連続焼鈍ラインを用いる場合は、加熱到達温度300〜800℃とし、かつその範囲内の温度で、保持なし、もしくは1秒〜5分程度保持することが好ましい。またこの中間熱処理の雰囲気は、非酸化性雰囲気(窒素ガス雰囲気、不活性ガス雰囲気、あるいは還元性雰囲気)とすることが好ましい。
中間熱処理後の冷却条件は、特に限定しないが、通常は2000℃/秒〜100℃/時間程度の冷却速度で冷却すればよい。
【0049】
中間熱処理の後には、製品板板厚(0.05〜1.0mm程度)まで仕上げ、同時に加工硬化により所要の強度を得るために、再び冷間圧延(仕上げ冷間圧延)を行なう。この仕上げ冷間圧延の圧延率は、通常は5〜99%とすることが好ましい。仕上げ冷間圧延率が5%未満では最終板として十分な強度が得られなくなるおそれがあり、一方99%を越えれば、耳割れ発生のおそれがある。なお強度が必要とされない場合、仕上げ冷間圧延を省略してもよい。
【0050】
仕上げ冷間圧延後には、必要に応じて歪み取り焼鈍として、低温熱処理(仕上げ焼鈍)を行なう。この低温熱処理は、50〜500℃の範囲内の温度で、1秒〜24時間行なうことが望ましい。低温熱処理の温度が50℃未満、または低温熱処理の時間が1秒未満では、十分な歪み取りの効果が得られなくなるおそれがあり、一方低温熱処理の温度が500℃を超える場合は再結晶のおそれがあり、さらに低温熱処理の時間が24時間を越えることは、コスト上昇を招くだけである。
【0051】
以上のようにして、α相主体の母相から〔Ni,Fe〕−P系析出物もしくは〔Ni,Fe,Co〕−P系析出物が分散析出した、板厚0.05〜1.0mm程度のCu−Zn―Sn系合金薄板(条材)を得ることができる。このような薄板は、これをそのまま電子・電気機器用導電部品に使用しても良いが、通常は板面の一方、もしくは両面に、膜厚0.1〜10μm程度のSnめっきを施し、Snめっき付き銅合金条として、コネクタその他の端子などの電子・電気機器用導電部品に使用するのが通常である。この場合のSnめっきの方法は特に限定されないが、常法に従って電解めっきを適用したり、また場合によっては電解めっき後にリフロー処理を施してもよい。
【0052】
なお実際にコネクタやその他の端子に使用するにあたっては、薄板に曲げ加工を施すのが通常であることは既に述べたとおりであり、またその曲げ加工部分付近で、曲げ部分のバネ性により相手側導電部材に圧接させ、相手側導電部材との電気的導通を確保するような態様で使用することが一般的であり、このような態様での使用に対して、本発明の銅合金は最適である。
【0053】
以下、本発明の効果を確認すべく行った確認実験の結果を本発明の実施例として、比較例とともに示す。なお以下の実施例は、本発明の効果を説明するためのものであって、実施例に記載された構成、プロセス、条件が本発明の技術的範囲を限定するものでないことはもちろんである。
【実施例】
【0054】
Cu−35%Zn母合金および純度99.99質量%以上の無酸素銅(ASTM B152 C10100)からなる原料を準備し、これを高純度グラファイト坩堝内に装入して、Nガス雰囲気において電気炉を用いて溶解した。銅合金溶湯内に、各種添加元素を添加して、本発明例として表1および表2のNo.1〜No.39に示す成分組成の合金、および比較例として表3のNo.41〜No.57に示す成分組成の合金溶湯を溶製し、カーボン鋳型に注湯して鋳塊を製出した。なお、鋳塊の大きさは、厚さ約25mm×幅約25mm×長さ約150mmとした。各鋳塊について、表4〜表6に示すような条件で処理した。すなわち、先ず鋳塊に対する均質化処理として、Arガス雰囲気中において、850℃で所定時間保持後、水焼き入れを実施した。
【0055】
次に、熱間圧延開始温度が850℃となるように再加熱して、圧延率約50%の熱間圧延を行い、圧延終了温度500〜700℃から水焼入れを行い、表面研削実施後、厚さ約11mm×幅約25mmの熱間圧延材を製出した。
その後、一次冷間圧延(表4〜表6中の中間圧延)として圧延率約80%の圧延を行なった後、中間熱処理(再結晶および析出処理)として、中間熱処理後の平均結晶粒径が約10μmとなるように、550℃で熱処理を実施した。
【0056】
中間熱処理後の段階においては、平均結晶粒径を次のようにして調べた。すなわち、中間熱処理後の各試料において鏡面研磨、エッチングを行い、光学顕微鏡にて、中間圧延方向が写真の横になるように撮影し、1000倍の視野(約300μm×200μm)で観察を行った。次に、JIS H 0501切断法に従い、写真縦、横の所定長さの線分を5本ずつ引き、完全に切られる結晶粒数を数え、その切断長さの平均値を平均結晶粒径とした。このようにして調べた中間熱処理後の段階での平均結晶粒径を表4〜表6中に示す。
【0057】
さらにその後、表4〜表6中に示す圧延率で仕上げ冷間圧延を実施し、厚さ約0.25mm×幅約25mmの条材(薄板)を製出した。
最後に、仕上げの歪み取り焼鈍(低温熱処理)として、Arガス雰囲気中において、200℃で1時間保持後、水焼き入れを実施し、表面研削を実施した後、特性評価用条材を製出した。
【0058】
これらの特性評価用条材について、圧延性、導電率、機械的特性(耐力)を調べるとともに、耐応力緩和特性を調べ、さらに組織観察を行なった。各評価項目についての試験方法、測定方法は次の通りであり、またその結果を表7〜表9に示す。
【0059】
〔圧延性評価〕
圧延性の評価としては、前述の仕上げ冷間圧延時における耳割れの有無を観察した。目視で耳割れが全く、あるいはほとんど認められなかったものを◎、長さ1mm未満の小さな耳割れが発生したものを○、長さ1mm以上3mm未満の耳割れが発生したものを△、長さ3mm以上の大きな耳割れが発生し、特性評価が著しく困難なものを×と、それぞれ評価した。なお、耳割れの長さとは、圧延材の幅方向端部から幅方向中央部に向かう耳割れの長さのことである。
【0060】
〔機械的特性〕
特性評価用条材からJIS Z 2201に規定される13B号試験片を採取し、JIS Z 2241のオフセット法により、0.2%耐力σ0.2を測定した。なお、試験片は、引張試験の引張方向が特性評価用条材の圧延方向に対して平行になるように採取した。
【0061】
〔導電率〕
特性評価用条材から幅10mm×長さ60mmの試験片を採取し、4端子法によって電気抵抗を求めた。また、マイクロメータを用いて試験片の寸法測定を行い、試験片の体積を算出した。そして、測定した電気抵抗値と体積とから、導電率を算出した。なお、試験片は、その長手方向が特性評価用条材の圧延方向に対して平行になるように採取した。
【0062】
〔耐応力緩和特性〕
耐応力緩和特性試験は、日本伸銅協会技術標準JCBA−T309:2004の片持はりねじ式に準じた方法によって応力を負荷し、150℃の温度で所定時間保持後の残留応力率を測定した。
試験方法としては、各供試材から長手方向から平行に試験片(幅10mm)を採取し、試験片の表面最大応力が耐力の80%となるよう、初期たわみ変位を2mmと設定し、スパン長さを調整した。上記表面最大応力は次式で定められる。
表面応力(MPa)=1.5Etδ0/Ls2
ただし、
E:たわみ係数(MPa)
t:試料の厚み(t=0.25mm)
δ:初期たわみ変位(2mm)
:スパン長さ(mm)
である。
150℃の温度で、80h保持後の曲げ癖から、残留応力率を測定し、その値が70%以上のものを◎、60%以上、70%未満のものを○、50%以上、60%未満のものを△、50%未満のものを×として評価した。なお残留応力率は次式を用いて算出した。
残留応力率(%)=(1-δt0)×100
ただし、
δ:150℃で80h保持後の永久たわみ変位(mm)
δ:初期たわみ変位(mm)
である。
【0063】
〔析出物の観察〕
各特性評価用条材について、析出物を確認するため、組織観察を実施した。各試料の圧延面に対して、鏡面研磨、エッチングを行ないFE−SEM(電界放出型走査電子顕微鏡)を用いて、約40000倍で観察を行った。また析出物の成分について、EDX(エネルギー分散型X線分光法)を用いて確認した。
【0064】
上記の各評価結果について、表7〜表9中に示す。また、上述の組織観察の一例として、本発明例のNo.2の試料のFE−SEM観察写真を図1に示す。さらにその本発明例のNo.2の試料における析出物のEDX(エネルギー分散型X線分光法)による分析結果を図2に示す。
【0065】
【表1】

【0066】
【表2】

【0067】
【表3】

【0068】
【表4】

【0069】
【表5】

【0070】
【表6】

【0071】
【表7】

【0072】
【表8】

【0073】
【表9】

【0074】
図1において、中央付近の白い楕円状の部分が析出物である。そしてこの図1中の析出物についてのEDXによる分析結果(図2)から、その析出物が、Fe、Pを含有するもの、すなわち既に定義した〔Ni,Fe〕−P系析出物の一種であることが確認された。
【0075】
さらに、各試料の評価結果について説明する。なお、No.1〜No.16は、30%前後のZnを含有するCu−30Zn合金をベースとする本発明例、No.17〜No.27は、25%前後のZnを含有するCu−25Zn合金をベースとする本発明例、No.28〜No.39は、35%前後のZnを含有するCu−35Zn合金をベースとする本発明例であり、またNo.41、No.42、No.44〜No.54、No.56、No.57は、30%前後のZnを含有するCu−30Zn合金をベースとする比較例、No.42は、37.1%のZnを含有する比較例、No.55は、25%前後のZnを含有するCu−25Zn合金をベースとする比較例である。
【0076】
表7、表8に示しているように、各合金元素の個別の含有量が本発明で規定する範囲内であるばかりでなく、各合金成分の相互間の比率が本発明で規定する範囲内である本発明例No.1〜No.39は、いずれも残留応力率が60%以上で、耐応力緩和特性が優れており、そのほか導電率も21%IACS以上で、コネクタやその他の端子部材に十分に適用可能であり、さらに仕上げ圧延時の耳割れは、ほとんど発生しないか、または発生しても長さ3mm未満とわずかであって、圧延性が良好であり、また強度も従来材と比して特に遜色ないことが確認された。
【0077】
一方、表9に示しているように、比較例のNo.41は、Cu−30Zn合金からなる従来材、比較例のNo.42は、Cu−30Zn合金にSnのみを添加してなる従来材であるが、これらはいずれもCu−30Zn合金をベースとする本発明例No.1〜No.16と比較して耐応力緩和特性が劣っていた。
また比較例のNo.43は、Zn量が過剰なため、冷間圧延(仕上げ圧延)時に割れが発生してしまい、その後の低温熱処理は実施不可能となり、また各性能評価も実施できなかった。
さらに比較例のNo.44は、Sn量が過剰なため、熱間圧延時に割れが発生してしまい、その後の工程は実施不可能となり、また各性能評価も実施できなかった。一方比較例のNo.45は、Snを添加していないため、Cu−30Zn合金をベースとする本発明例No.1〜No.16と比較して耐応力緩和特性が劣っていた。
また比較例のNo.46は、Ni量が過剰なため、Cu−30Zn合金をベースとする本発明例No.1〜No.16と比較して耐応力緩和特性が劣っていた。一方比較例のNo.47は、Niを添加しなかったため、Cu−30Zn合金をベースとする本発明例No.1〜No.16と比較して耐応力緩和特性が劣っていた。
また比較例のNo.48は、Fe量が過剰なため、導電率が20%IACS以下と低く、しかもCu−30Zn合金をベースとする本発明例No.1〜No.16と比較して耐応力緩和特性も劣っていた。一方比較例のNo.49は、Feを添加しなかったため、Cu−30Zn合金をベースとする本発明例No.1〜No.16と比較して耐応力緩和特性が劣っていた。
比較例のNo.50は、P量が過剰なため、冷間圧延(仕上げ圧延)時に割れが発生してしまい、その後の低温熱処理は実施不可能となり、また各性能評価も実施できなかった。一方比較例のNo.51は、Pを添加しなかったため、Cu−30Zn合金をベースとする本発明例No.1〜No.16と比較して耐応力緩和特性が劣っていた。
【0078】
比較例のNo.52〜No.57はいずれも各合金元素の個別の含有量は本発明で規定する範囲内であるが、各合金元素の相互間の含有量比率(原子比)が、本発明で規定する範囲から外れているものである。
そのうち先ずNo.52の比較例は、Fe/Ni比が(1)式の下限より低く、この場合はCu−30Zn合金をベースとする本発明例No.1〜No.16と比較して耐応力緩和特性が劣っていた。一方No.53の比較例は、Fe/Ni比が(1)式の上限より高く、この場合も、Cu−30Zn合金をベースとする本発明例No.1〜No.16と比較して耐応力緩和特性が劣っていた。
またNo.54の比較例は、(Ni+Fe)/P比が(2)式の下限より低く、この場合はCu−30Zn合金をベースとする本発明例No.1〜No.16と比較して耐応力緩和特性が劣っていた。一方No.55の比較例は、(Ni+Fe)/P比が(2)式の上限より高く、この場合も、Cu−25Zn合金をベースとする本発明例No.17〜No.27と比較して耐応力緩和特性が劣っていた。
さらにNo.56の比較例は、Sn/(Ni+Fe)比が(3)式の下限より低く、この場合はCu−30Zn合金をベースとする本発明例No.1〜No.16と比較して耐応力緩和特性が劣っていた。
一方No.57の比較例は、Sn/(Ni+Fe)比が(3)式の上限より高く、この場合も、Cu−30Zn合金をベースとする本発明例No.1〜No.16と比較して耐応力緩和特性が劣っていた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Znを23〜36.5%(mass%、以下同じ)、Snを0.1〜0.8%、Niを0.05%以上、0.15%未満、Feを0.005%以上、0.10%未満、Pを0.005〜0.05%含有し、かつFeの含有量とNiの含有量との比Fe/Niが、原子比で、
0.05<Fe/Ni<1.5
を満たし、かつNiおよびFeの合計含有量(Ni+Fe)とPの含有量との比(Ni+Fe)/Pが、原子比で、
3<(Ni+Fe)/P<15
を満たし、さらにSnの含有量とNiおよびFeの合計量(Ni+Fe)との比Sn/(Ni+Fe)が、原子比で、
0.5<Sn/(Ni+Fe)<5
を満たすように定められ、残部がCuおよび不可避的不純物よりなることを特徴とする電子・電気機器用銅合金。
【請求項2】
Znを23〜36.5%、Snを0.1〜0.8%、Niを0.05%以上、0.15%未満、Feを0.005%以上、0.10%未満、Coを0.005%以上、0.10%未満、Pを0.005〜0.05%含有し、かつFeおよびCoの合計含有量とNiの含有量との比(Fe+Co)/Niが、原子比で、
0.05<(Fe+Co)/Ni<1.5
を満たし、かつNi、FeおよびCoの合計含有量(Ni+Fe+Co)とPの含有量との比(Ni+Fe+Co)/Pが、原子比で、
3<(Ni+Fe+Co)/P<15
を満たし、さらにSnの含有量とNi、FeおよびCoの合計含有量(Ni+Fe+Co)との比Sn/(Ni+Fe+Co)が、原子比で、
0.5<Sn/(Ni+Fe+Co)<5
を満たすように定められ、残部がCuおよび不可避的不純物よりなることを特徴とする電子・電気機器用銅合金。
【請求項3】
請求項1、請求項2のうちのいずれかの請求項に記載の銅合金の圧延材からなり、厚みが0.05〜1.0mmの範囲内にある、電子・電気機器用銅合金薄板。
【請求項4】
請求項3に記載の銅合金薄板の表面にSnめっきが施されている、電子・電気機器用銅合金薄板。
【請求項5】
請求項3、請求項4のうちのいずれかの請求項に記載の銅合金薄板よりなり、かつ相手側導電部材と接触させて相手側導電部材との電気的接続を得るための導電部材であって、しかも板面の少なくとも一部に曲げ加工が施されて、その曲げ部分のバネ性により相手側導電材との接触を維持するように構成された電子・電気機器用導電部材。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2012−158829(P2012−158829A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−30908(P2011−30908)
【出願日】平成23年2月16日(2011.2.16)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】