説明

電子分光器を有する透過型電子顕微鏡装置,試料ホルダ,試料台及びスペクトル像の取得方法

【課題】複数個の試料から同時にスペクトル像を取得し、スペクトル像より抽出された電子エネルギー損失スペクトルから、高精度のケミカルシフトを測定することが可能な透過型電子顕微鏡装置,試料ホルダ,試料台及びスペクトル像の取得方法を提供する。
【解決手段】透過電子顕微鏡装置1は、電子線3を放射する電子銃と、放射された電子線3を収束する収束レンズ4と、収束された電子線3が放射され、試料を配置する複数個の試料台20,21と、試料台を移動する試料移動制御装置22と、複数個の試料を透過した電子線3を結像する結像レンズ系7と、結像された電子線3の有するエネルギー量により電子線3を分光し、エネルギー分散軸及びエネルギー分散軸と直交する方向とで収束位置を異ならせたスペクトル像を出力して複数個の試料より同時にスペクトル像を取得する電子分光器8と、取得したスペクトル像を表示する画像表示装置14とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数個の試料から同時にスペクトル像を取得し、スペクトル像より抽出された電子エネルギー損失スペクトルから、高精度のケミカルシフトを測定することが可能な電子分光器を有する透過型電子顕微鏡装置,試料ホルダ,試料台及びスペクトル像の取得方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シリコン半導体や磁気デバイス等の加工寸法が微細化し、高集積化するとともに、これまで以上にデバイス特性の劣化や信頼性の低下が重要な問題となっている。近年では、新規プロセスの開発や量産過程で、ナノメータ領域の半導体デバイスの不良を解析し、不良の原因を根本的に突き止め解決するために、(走査)透過型電子顕微鏡((Scanning)Transmission Electron Microscopy:(S)TEM)及び電子エネルギー損失分光法(Electron Energy Loss Spectroscopy:EELS)を用いたスペクトル分析や、二次元元素分布分析が必須の分析手段となっている。
【0003】
電子エネルギー損失スペクトルには、試料を通過する際にエネルギーを損失しないゼロロススペクトル、価電子帯の電子を励起してエネルギーを損失することにより得られるプラズモンロススペクトル、内殻電子を励起してエネルギーを損失することにより得られる内殻電子励起損失スペクトルに大別できる。内殻電子励起損失(コアロス)スペクトルでは、吸収端近傍に微細構造が観察される。
【0004】
この構造は、吸収端微細構造(Energy Loss Near-Edge Structure:ELNES)と呼ばれ、試料の電子状態や化学結合状態を反映した情報を有している。また、エネルギー損失値(吸収端位置)は元素固有であるため、定性分析が可能である。また、ケミカルシフトと呼ばれる吸収端位置のシフトから注目元素の周辺の配位に関連する情報も得ることが出来るため、簡易的な状態分析も可能である。
【0005】
従来、試料上の異なる箇所での電子エネルギー損失スペクトルを取得する場合は、小さく絞った電子線を走査コイルにより試料上を走査させる走査透過型電子顕微鏡と、電子線の有するエネルギー量により分光可能な電子分光器とを組み合わせることにより、試料を透過してきた電子線を分光させて、電子エネルギー損失スペクトルを連続的に取得していた。
【0006】
しかしながら、この手法の場合、装置周辺の外乱変化に伴う電子線の加速電圧のドリフトや磁場・電場変化により、電子エネルギー損失スペクトルの収差や原点位置が変化するため、各測定位置での電子エネルギー損失スペクトルの吸収端微細構造の形状やわずかなケミカルシフトを比較することは難しい。
【0007】
そこで、例えば特許文献1には、短い時間での測定を複数のピクセルにより構成される二次元位置検出素子を用いて複数回行い、複数回行われた各測定における各ピクセルの検出値について、電子線のスペクトル強度が最大となるピクセルをそれぞれ検出し、電子線のスペクトル強度が最大となるピクセルをそれぞれ検出し、各測定について電子線のスペクトル強度が最大となるピクセル位置が一致するように二次元検出素子をシフトし、このときに位置が一致するピクセルを同じエネルギー値についてのピクセルであると同定し、各測定における検出値を積算することにより長い時間での測定を可能にする方法が記載されている。
【0008】
また、例えば特許文献2,3には、電子線検出器でスペクトルのピークを検出し、そのピーク位置が電子線検出器上の基準位置からずれ量を検出し、電子線検出器上の電子線位置を制御する電子線位置制御装置を用いて、ずれ量を補正し、更にはスペクトルのピーク位置のずれ量の補正と、電子線検出器によるスペクトル測定とを制御しながら、電子エネルギー損失スペクトルを測定することが記載されている。
【0009】
上述の技術では、測定中の装置外乱変化等に伴うエネルギー移動(ドリフト)を補正して電子エネルギー損失スペクトルの測定がされているものの、ずれ量の検出に用いられるスペクトルと、分析対象となるスペクトルが常に同時に取得出来るわけではなく、ピーク位置のずれ量の補正を完全に行うことは困難である。
【0010】
また、複数箇所の電子エネルギー損失スペクトルを同時に取得していないため、各箇所で取得した電子エネルギー損失スペクトルのケミカルシフトを詳細に比較する場合、化学結合状態の違いを反映したケミカルシフトによるシフトか、もしくは外乱によるシフトなのかを判断することは、これまでの技術と同様に困難である。
【0011】
そこで、例えば特許文献4には、通常の透過型電子顕微鏡ではx軸,y軸双方の焦点位置を同一面にした透過型電子顕微鏡像を得るのに対し、上述の透過型電子顕微鏡に電子分光器を備え、x軸とy軸での焦点位置を異ならせることにより、x軸の焦点位置はスペクトル面、一方のy軸の焦点位置は像面とした二次元画像を画像検出器により取得することが記載されている。
【0012】
その結果、試料のy軸方向での電子エネルギー損失スペクトルを分離して観察することができる。すなわち、画像検出器により得られる画像は、図2(b)に示されるように、x軸はエネルギー損失量すなわちエネルギー分散軸、y軸は試料の位置情報を有するスペクトル像として観察することができる。スペクトル像は、図2(a)で示される透過型電子顕微鏡像の各積層膜に対応して、帯状に観察される。また、図2(a)より、各積層膜に対応した各箇所で、スペクトル像の強度プロファイルを抽出すると、図2(c)に示されるように、試料の異なる位置の電子エネルギー損失スペクトルを同時に観察することが可能であり、異なる位置での電子エネルギー損失スペクトルの吸収端微細構造やわずかなケミカルシフトを詳細に比較することが出来る。
【0013】
特許文献4に記載されたx軸がエネルギー損失量、y軸が試料の位置情報を有するスペクトル像は、電子分光器等のレンズ作用を変更し、x軸とy軸の焦点位置を異ならせ、画像検出器により得られる二次元画像であり、すなわち、試料の異なる位置の複数点の電子エネルギー損失スペクトルを同時に観察することが可能である。本技術において、一つの試料中の異なる複数点からスペクトル像すなわち電子エネルギー損失スペクトルを取得し、化学結合状態の違いによるケミカルシフトを議論するための技術についての開示はあるものの、複数個の試料からスペクトル像を同時に取得し、電子エネルギー損失スペクトルおよびケミカルシフトの測定については開示されておらず、複数個の試料から同時にスペクトル像を取得することが出来なかった。
【0014】
【特許文献1】特開2000−113854号公報
【特許文献2】特開2002−157973号公報
【特許文献3】特開2003−151478号公報
【特許文献4】特開平10−302700号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の目的は、複数個の試料から同時にスペクトル像を取得し、スペクトル像より抽出された電子エネルギー損失スペクトルから、高精度のケミカルシフトを測定することが可能な透過型電子顕微鏡装置,試料ホルダ,試料台及びスペクトル像の取得方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
すなわち、本発明の一態様に係る透過型電子顕微鏡装置は、電子線を放射する電子銃と、放射された電子線を収束する収束レンズと、収束された電子線が放射され、試料を配置する複数個の試料台と、前記試料台を移動する試料移動制御装置と、前記複数個の試料を透過した電子線を結像する結像レンズと、結像された電子線の有するエネルギー量により前記電子線を分光し、エネルギー分散軸及びエネルギー分散軸と直交する方向とで収束位置を異ならせたスペクトル像を出力して複数個の試料より同時にスペクトル像を取得する電子分光器と、取得したスペクトル像を表示する画像表示装置とを具備することを特徴としている。
【0017】
本発明の一態様に係る試料ホルダは、電子分光器を備えた透過型電子顕微鏡装置用試料ホルダにおいて、試料を設置した複数個の試料台を有し、前記試料を電子分光器のエネルギー分散軸に直交する方向に配置することを特徴としている。
【0018】
本発明の一態様に係る試料台は、透過型電子顕微鏡装置用試料を設置する試料台において、前記試料台の試料台固定部とは反対側に前記透過型電子顕微鏡装置用試料を設置するための突起部を有することを特徴としている。
【0019】
本発明の一態様に係るスペクトル像の取得方法は、電子分光器を有する透過型電子顕微鏡装置により取得されるエネルギー分散軸と位置情報が直交する二軸で形成されるスペクトル像の取得方法において、複数個の試料より同時にスペクトル像を取得することを特徴としている。
【0020】
本発明の他の態様に係るスペクトル像の取得方法は、電子分光器を有する透過型電子顕微鏡装置により取得されるエネルギー分散軸と位置情報が直交する二軸で形成されるスペクトル像の取得方法において、前記エネルギー分散軸に複数個の試料を配置し、前記複数個の試料より同時にスペクトル像を取得することを特徴としている。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、複数個の試料から同時にスペクトル像を取得し、スペクトル像より抽出された電子エネルギー損失スペクトルから、高精度のケミカルシフトを測定することが可能な透過型電子顕微鏡装置,試料ホルダ,試料台及びスペクトル像の取得方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明を実施するための形態について、図面を参照して説明する。なお、実施の形態を説明するための全図において、同一部分には同一符号を付し、その説明を一部省略する。
【0023】
図1は、本発明による一実施形態である透過型電子顕微鏡装置の構成を模式的に示す概略構成図である。透過型電子顕微鏡装置1は、電子分光器8を有する。
【0024】
本実施形態の透過型電子顕微鏡装置1は、電子源2を有し電子線3を放出する電子銃と、収束レンズ4と、対物レンズ6と、結像レンズ系7(結像レンズ)と、蛍光板9と、電子分光器8と、画像表示装置14と、データ記憶装置15と、中央制御装置16と、を備えている。収束レンズ4と対物レンズ6との間には、複数個の試料18,19が試料台20,21に配置されている。試料台20,21は、試料台20,21を移動する試料移動制御装置22に接続されている。
【0025】
電子分光器8は、磁場セクタ10と、多重極子レンズ11,12と、画像検出器13とを備えている。
【0026】
なお、透過型電子顕微鏡装置1の構成、電子分光器8の構成については、これに限定されない。透過型電子顕微鏡装置1は、少なくとも、電子銃と、収束レンズ4と、複数個の試料台20,21と、試料移動制御装置22と、結像レンズ系7と、電子分光器8と、画像表示装置14と、を備えていればよい。
【0027】
また、電子分光器8を配置する位置も特に限定されない。本実施形態では、蛍光板9と画像表示装置14との間に電子分光器8を配置したが、電子分光器8は、結像レンズ系7の間に配置してもよい。
【0028】
この透過型電子顕微鏡装置1において、電子源2より放出された電子線3は、収束レンズ4を通過し、試料18,19に照射される。試料18,19を透過した電子線3は、対物レンズ6と、複数個からなる結像レンズ系7を通過し、蛍光板9を開けている場合は、電子線3は、そのまま電子分光器8に進入する。
【0029】
電子分光器8内に進入した電子線3は、電子分光器8内の電子エネルギー損失スペクトルや透過型電子顕微鏡像のフォーカス、拡大・縮小、収差低減等に用いられる多重極子レンズ11,12や、電子線3の有するエネルギー量により分光可能な磁場セクタ10を通過した後、透過型電子顕微鏡像,二次元元素分布像,スペクトル像等として、画像検出器13により撮影された後、画像表示装置14に表示され、データ記憶装置15に記憶される。また、磁場セクタ10や多重極子レンズ11,12は、中央制御装置16において制御される。また、中央制御装置16では、透過型電子顕微鏡像,二次元元素分布像,スペクトル像等の取得モードの切り替えを制御することができる。さらには、x軸及びy軸の焦点位置の変更、すなわち透過型電子顕微鏡像とスペクトル像の取得モードの切り替えも制御することができる。
【0030】
スペクトル像を取得する場合は、スペクトルを取得したい場所を制限するためにx軸方向すなわちエネルギー分散軸と同じ方向には短く、y軸方向すなわち試料測定位置方向には長い視野制限スリット17が挿入されることもある。
【0031】
試料18,19は、試料台20,21にそれぞれ配置されており、試料18,19は、試料移動制御装置22により、それぞれ独立に移動可能である。試料18,19は、電子分光器8のエネルギー分散軸に直交する位置に配置され、かつ試料18,19の電子エネルギー損失スペクトルが同時に取得できるように随時移動される。試料18,19の位置は、蛍光板9や画像表示装置14などにより確認しながら行うことができる。試料は、2個に限定されるものではない。
【0032】
図3は、図1に示す透過型電子顕微鏡装置1を用いて、複数個の試料から電子エネルギー損失スペクトル及びケミカルシフトを取得する手順を示したフローチャートである。本フローチャートは、試料の数を2個に設定したが、これに限るものではなく、2個以上の複数個でもよい。
【0033】
まず、透過型電子顕微鏡装置1の倍率を低倍率にし、測定試料Mが電子線の照射領域すなわち蛍光板9もしくは画像検出器13で観察可能な位置に試料移動制御装置22により移動させる(S101−102)。次に、測定試料Mの移動と同様に測定試料Nを電子線の照射領域に移動させる(S103)。ここで、測定試料M及び測定試料Nの移動については、どちらから先に移動させてよい。また、この際出来るだけ測定試料Mと測定試料Nとを近づけておくことが望ましい。
【0034】
次に、透過型電子顕微鏡装置1の倍率をスペクトル像の取得倍率に設定する(S104)。本倍率において、測定試料Mと測定試料Nが同一視野内に配置されていない場合は、試料移動制御装置22により、同一視野内に配置するように移動する。この場合の同一視野内に配置するとは、測定試料Mと測定試料Nのスペクトル像を同時に取得可能であることを意味している。測定試料Mと測定試料Nは、接触していても良いし、試料間に間隔が存在していても特に問題はない。
【0035】
次に、測定試料Mと測定試料Nの位置が電子分光器8のエネルギー分散軸に対して直交するように試料移動制御装置22により移動する(S105)。この場合、蛍光板9や画像検出器13より得られた二次元画像が表示される画像表示装置14等にエネルギー分散軸と直交する方向の目印を施しておくと、効率的に両者の試料を移動することが可能である。
【0036】
上述の通り、測定試料M及び測定試料Nを配置した後、電子分光器8により、測定試料M及び測定試料Nのスペクトル像を両者同時に取得し(S106)、本スペクトル像より測定試料M及び測定試料Nの電子エネルギー損失スペクトルを抽出した後(S107)、測定試料Mと測定試料Nとのケミカルシフトを測定する(S108)。
【0037】
次に、操作者が行う操作と、透過型電子顕微鏡装置1の操作指示画面について説明する。図4は、画像表示装置14内の表示内容の一例を示した図である。選択ボタン群26中には、スペクトル測定開始ボタン28,スペクトル取り込み終了ボタン,スペクトルの取り込み時間の変更ボタン,スペクトル抽出ボタン23,ケミカルシフト計測ボタン27等が含まれている。例えば、選択ボタン群26中のスペクトル測定開始ボタン28を選択すると、画像検出器13により複数個の試料より同時に取得されたスペクトル像24が画像表示装置14内に表示される。
【0038】
選択ボタン群26中のスペクトル抽出ボタン23を選択すると、スペクトル像24中にスペクトル選択領域ツール25が表示されると同時にスペクトル選択領域ツール25により抽出された電子エネルギー損失スペクトル表示部29が表示される。このスペクトル選択領域ツール25は、位置方向に自由に動かすことが可能で、また抽出領域の幅も可変できるため、任意の位置のスペクトルを設定することが出来る。
【0039】
電子エネルギー損失スペクトル表示部29には、任意の位置より抽出された電子エネルギー損失スペクトルが表示可能であり、例えば、各試料から抽出された電子エネルギー損失スペクトルを同時に表示することが出来る。
【0040】
また、選択ボタン群26中のケミカルシフト計測ボタン27を選択すると、電子エネルギー損失スペクトル表示部29に表示された電子エネルギー損失スペクトルより得られたケミカルシフトをケミカルシフト表示部30に表示する。
【0041】
ここで、複数個の電子エネルギー損失スペクトルよりケミカルシフトを求めるために必要となる吸収端位置の算出方法について示す。ケミカルシフトは、それぞれの電子エネルギー損失スペクトルの吸収端位置のエネルギー差を求めることにより得ることが出来る。
【0042】
スペクトル選択領域ツール25により設定された位置より得られた電子エネルギー損失スペクトルの吸収端位置の算出方法として、例えば、最大値法,微分法,中間値法等が挙げられる。
【0043】
最大値法は、任意のエネルギー範囲での最大強度のエネルギー値を吸収端位置として算出する方法である。また、微分法は、スペクトルを一次微分した後、微分したスペクトルの最大強度のエネルギー値を吸収端位置として算出する方法である。
【0044】
中間値法による吸収端位置の算出方法は、以下の通りである。1)スペクトルの最大強度とバックグラウンド領域の差分を算出する。2)差分の半分の強度をスペクトル全体より減算する。3)スペクトルの各エネルギーでの強度の絶対値を求める。4)任意に設定したエネルギー範囲内での最小強度のエネルギー値を吸収端位置として算出する。
【0045】
本手順は、吸収端位置の算出方法を示した一例であり、特に算出方法については、これに限るものではない。
【0046】
上述した各機能のボタンは、画像表示装置14内において、適宜移動,配置することができる。また、各機能のボタンは、ツールバーとしてもよい。また、画像表示装置14内に表示されたスペクトル像24,電子エネルギー損失スペクトル表示部29,ケミカルシフト表示部30等においても、自由に配置することができる。
【0047】
図5は、複数個の試料台を設置可能な透過型電子顕微鏡装置用試料ホルダの上面図である。本実施例では、透過型電子顕微鏡装置用サイドエントリ型の試料ホルダについて説明する。この試料ホルダは、試料を設置した複数個の試料台を透過型電子顕微鏡装置外で設置した後、透過型電子顕微鏡装置の高真空容器内に横方向より挿入される。
【0048】
試料ホルダ本体31には、それぞれ別々の試料18が設置されている試料台20,21が配置可能であり、試料台は試料台押さえ32及び試料台押さえネジ33により、試料ホルダ本体31に固定される。試料台の固定はこれに限るものではない。また、それぞれの試料は、エネルギー分散軸に対して直交方向に配置可能である。
【0049】
試料ホルダ本体31には、圧電素子34が備えられており、試料移動制御装置22により、試料が設置された試料台20を三軸方向に自由に移動することが出来る。そのため、複数個の試料をエネルギー分散軸に対し直交方向に高精度に配置することが可能である。
【0050】
図6は、本発明の実施の形態である試料を設置するための試料台の一例を示した図である。試料台には試料固定部52と反対側に、試料を設置するための突起部51が設けられており、収束イオンビーム装置等により所望の試料を設置する。図6(a)においては、試料の設置するための突起部51は一箇所であるが、図6(b)においては、突起部51は三箇所であり、試料台20の形状を随時変更することにより、複数個の測定試料を設置可能である。
【0051】
図7には、図6に示した試料台を試料ホルダに設置した一例を示した図であり、試料台20には1個の、試料台21には三個の突起部を有しており、それぞれの突起部には別の試料が設置されている。スペクトル像を同時に取得する試料の組み合わせは任意であり、試料ホルダ本体31内の圧電素子34により、自由に試料台20を移動し、スペクトル像を取得することが出来る。
【0052】
図8に、本発明において、2個の試料台に試料を設置し、両者の試料のスペクトル像を同時に取得可能なように試料間を接近させた一例を示す。試料台20,21には、収束イオンビーム装置により設置された試料18,19がそれぞれ設置されている。また、試料18,19は、収束イオンビーム装置により、スペクトル像が取得可能となるよう薄片化されている。
【0053】
試料18は、シリコン(Si)基板41上にニッケルシリサイド42を堆積させた試料、試料19は、シリコン基板41上にニッケルダイシリサイド43を堆積させた試料であり、断面構造の試料となっている。また、図8内の点線部は、スペクトル像の取得領域40を示しており、試料18及び試料19のスペクトル像が同時に取得可能であることを示している。
【0054】
試料18,19は、収束イオンビーム装置により薄片化された試料に限るものではなく、例えばナノ粒子やカーボンナノチューブ等を試料台20,21に固定してもよい。
【0055】
図9は、本発明において、4個の試料台に試料を設置した例である。上述の試料台20,21に試料台46,47が追加され、試料台46,47には、試料48,49が設置されている。本実施例においても全ての試料のスペクトル像を同時に取得可能である。
【0056】
次に、上述した複数個の試料のスペクトル像を同時に取得した具体例を示す。本具体例では、透過型電子顕微鏡装置1を用いて行い、本発明の試料ホルダ本体31を用いて、2個の試料よりスペクトル像を同時に取得し、スペクトル像より得られた電子エネルギー損失スペクトルのケミカルシフトを測定した。測定試料は、シリコン基板上にニッケルシリサイド(NiSi)を20nm堆積させた試料の断面を薄片化した試料(測定試料M)、シリコン基板上にニッケルダイシリサイド(NiSi2)を20nm堆積させた試料(測定試料N)の断面を薄片化した試料とし、それぞれ試料台に設置した。
【0057】
スペクトル像取得時の透過型電子顕微鏡装置1の加速電圧を200kV、電子線3の取り込み角を6mrad、エネルギー分散を0.05eV/画素とした。スペクトル像の取得に用いた画像検出器13は、1024画素×1024画素の二次元検出器である。
【0058】
まず、透過型電子顕微鏡装置1の観察倍率を200倍とし、電子線3の照射領域内に測定試料Mを移動した。その後、測定試料Nを出来るだけ測定試料Mに接近するように試料移動制御装置22を用いて移動した。両者の位置については、蛍光板9上の画像を用いて確認し、両者の試料が出来るだけ蛍光板9の中心部に配置されるよう移動した。
【0059】
次に、透過型電子顕微鏡装置1における表示上の観察倍率を10000倍に変更し、測定試料Mと測定試料Nが電子分光器8のエネルギー分散軸に対して直交するように測定試料Nを移動した後、測定試料Mと測定試料Nのスペクトル像が同時に取得可能となるように測定試料Nを更に接近させた。この際、両者の位置の確認は、画像検出器13により得られた透過型電子顕微鏡像を用いて行った。
【0060】
次に、スペクトル選択ボタン21内のスペクトル抽出ボタン23を選択し、測定試料Mと測定試料Nのスペクトル像を同時に取得した。スペクトル像は、シリコンのL殻吸収端領域とニッケルのL殻吸収端領域で取得した。
【0061】
シリコンL殻吸収端領域から得られたスペクトル像において、スペクトル選択領域ツール25によりシリコン基板部,ニッケルシリサイド部及びニッケルダイシリサイド部に設定した後、スペクトル抽出ボタン23を選択して、それぞれの箇所から電子エネルギー損失スペクトルを抽出した。電子エネルギー損失スペクトルを抽出後、ケミカルシフト計測ボタン27を選択し、シリコン基板部とニッケルシリサイド部及びニッケルダイシリサイド部のシリコンL殻吸収端位置のケミカルシフトを計測した。吸収端位置の計測には、中間値法を用いた。その結果、両者間のケミカルシフトは見られなかった。
【0062】
次に、ニッケルL殻吸収端領域から得られたスペクトル像において、スペクトル選択領域ツール25によりニッケルシリサイド部及びニッケルダイシリサイド部に設定した後、スペクトル抽出ボタン23を選択して、それぞれの箇所から電子エネルギー損失スペクトルを抽出した。電子エネルギー損失スペクトルを抽出した後、ケミカルシフト計測ボタン27を選択し、両者のケミカルシフトを計測した。今回も同様に中間値法を用いて、吸収端位置を求めた。その結果、ニッケルダイシリサイドの方が約2eV高ロスエネルギー側にしていることがわかった。従来は、ニッケルシリサイドとニッケルダイシリサイドの両者を一つの試料内に堆積することは困難であった。そのため、両者試料のニッケルL殻吸収端位置のケミカルシフトを高精度に計測することが難しかったが、本技術により、両者のケミカルシフト計測が可能になった。このように、本発明によれば、複数個の試料より電子エネルギー損失スペクトルを同時に取得することが可能であるため、これまで測定が困難な試料に対するケミカルシフトの測定範囲が広がり、例えば、ケミカルシフトと組成比との相関に関する知見を得ることができる。
【0063】
以上、本発明者によってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明の一実施形態に係る透過型電子顕微鏡装置の構成を模式的に示す概略構成図。
【図2】従来技術により得られる透過型電子顕微鏡像,スペクトル像及び電子エネルギー損失スペクトル。
【図3】同一試料でない標準試料と測定対象試料から電子エネルギー損失スペクトル及びケミカルシフトを取得する手順を示したフローチャート。
【図4】透過型電子顕微鏡装置において、画像表示装置内の一例を示した図。
【図5】本発明の透過型電子顕微鏡装置用サイドエントリ型試料ホルダの上面図。
【図6】図6(a),(b)は、本発明において、試料を設置するための試料台の一例を示す説明図。
【図7】試料台を試料ホルダに設置した一例を示す説明図。
【図8】本発明において、2個の試料台に試料を設置した一例を示す説明図。
【図9】本発明において、4個の試料台に試料を設置した一例を示す説明図。
【符号の説明】
【0065】
1 透過型電子顕微鏡装置
2 電子源
3 電子線
4 収束レンズ
6 対物レンズ
7 結像レンズ系
8 電子分光器
9 蛍光板
10 磁場セクタ
11,12 多重極子レンズ
13 画像検出器
14 画像表示装置
15 データ記憶装置
16 中央制御装置
17 視野制限スリット
18,19 試料
22 試料移動制御装置
23 スペクトル抽出ボタン
24 スペクトル像
25 スペクトル選択領域ツール
26 選択ボタン群
27 ケミカルシフト計測ボタン
28 スペクトル測定開始ボタン
29 電子エネルギー損失スペクトル表示部
30 ケミカルシフト表示部
31 試料ホルダ本体
32 試料台押さえ
33 試料台押さえネジ
34 圧電素子
40 スペクトル像の取得領域
41 シリコン基板
42 ニッケルシリサイド
43 ニッケルダイシリサイド
46,47 試料台
48,49 試料
51 突起部
52 試料台固定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子線を放射する電子銃と、
放射された電子線を収束する収束レンズと、
収束された電子線が放射され、試料を配置する複数個の試料台と、
前記試料台を移動する試料移動制御装置と、
前記複数個の試料を透過した電子線を結像する結像レンズと、
結像された電子線の有するエネルギー量により前記電子線を分光し、エネルギー分散軸及びエネルギー分散軸と直交する方向とで収束位置を異ならせたスペクトル像を出力して複数個の試料より同時にスペクトル像を取得する電子分光器と、
取得したスペクトル像を表示する画像表示装置と
を具備することを特徴とする透過型電子顕微鏡装置。
【請求項2】
前記複数個の試料が、前記電子分光器のエネルギー分散軸に直交する方向に配置されることを特徴とする請求項1に記載の透過型電子顕微鏡装置。
【請求項3】
前記電子分光器が、前記結像レンズの間に配置されていることを特徴とする請求項1に記載の透過型電子顕微鏡装置。
【請求項4】
電子分光器を有する透過型電子顕微鏡装置用試料ホルダにおいて、試料を設置した複数個の試料台を有し、前記試料を電子分光器のエネルギー分散軸に直交する方向に配置することを特徴とする試料ホルダ。
【請求項5】
前記試料台の少なくとも一つが移動し、直交した3軸方向に移動する圧電素子による微動機構を有することを特徴とする請求項4に記載の試料ホルダ。
【請求項6】
透過型電子顕微鏡装置用試料を設置する試料台において、前記試料台の試料台固定部とは反対側に前記透過型電子顕微鏡装置用試料を設置するための突起部を有することを特徴とする試料台。
【請求項7】
前記突起部が、複数個配置されることを特徴とする請求項6に記載の試料台。
【請求項8】
電子分光器を有する透過型電子顕微鏡装置により取得されるエネルギー分散軸と位置情報が直交する二軸で形成されるスペクトル像の取得方法において、複数個の試料より同時にスペクトル像を取得することを特徴とするスペクトル像の取得方法。
【請求項9】
電子分光器を有する透過型電子顕微鏡装置により取得されるエネルギー分散軸と位置情報が直交する二軸で形成されるスペクトル像の取得方法において、前記エネルギー分散軸に複数個の試料を配置し、前記複数個の試料より同時にスペクトル像を取得することを特徴とするスペクトル像の取得方法。
【請求項10】
前記複数個の試料が、互いに間隔を有することを特徴とする請求項8または9に記載のスペクトル像の取得方法。
【請求項11】
前記複数個の試料が、互いに接していることを特徴とする請求項8または9に記載のスペクトル像の取得方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−9943(P2010−9943A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−168044(P2008−168044)
【出願日】平成20年6月27日(2008.6.27)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】