説明

電子放射陰極の製造方法

【課題】角電流密度が高く、エネルギー幅が小さくて、しかもトータルエミッション電流を抑制した安定な電子ビームが得られる電子放射陰極を提供する。
【解決手段】軸方位が<100>方位の高融点金属の単結晶からなるニードルに前記高融点金属の仕事関数を低減するための元素と酸素とからなる被覆層を設けた電子放射陰極であって、前記ニードルの少なくとも円錐部に(100)面が形成されておらず、しかも前記高融点金属の単結晶からなるニードルの尖鋭部に内接する球の半径をR1、先端円錐部の全角をテーパー角θとするときに、先端半径R1が1.0μm以上10μm以下であり、テーパー角θが25゜以下であることを特徴とする電子放射陰極。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡、電子線露光機、電子ビームテスタ、ウエハ検査装置、オージェ電子分光装置などの電子源として用いられる電子放射陰極に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、より高輝度の電子ビームを得るために、タングステン単結晶の針状電極を用いた電子放射陰極が利用されている。この電子放射陰極は、軸方位が<100>方位からなるタングステン単結晶ニードルに、ジルコニウム及び酸素からなる被覆層(以下、ZrO被覆層という)を設け、該ZrO被覆層によってタングステン単結晶の(100)面の仕事関数を4.5eVから約2.8eVに低下させたもので、前記ニードルの先端部に形成された(100)面に相当する微小な結晶面のみが電子放射領域となるので、従来の熱陰極よりも高輝度の電子ビームが得られ、しかも長寿命である特徴を有する。また冷電界放射陰極よりも安定で、低い真空度でも動作し、使いやすいという特徴を有している。
【0003】
電子線放射陰極として例えば測長SEMに用いる場合、角電流密度0.2mA/sr以上で動作させる際、先端半径を0.2〜1.0μmのものを用いると、放射される電子のエネルギー幅が大きくなり、その結果、高分解能を得ることができないという問題があった。
【0004】
放射電子のエネルギー分布幅の増大はBoersch効果により説明でき(Pys.Rev.B19,3353,(1979)参照)、電子光学系における色収差が増加し、特に低加速度SEMにおける分解能の劣化は甚大である。
【0005】
電子光学系における色収差が増加する問題に対し、針状電極の曲率半径を大きくすることが効果的であり、特に1μm以上の曲率半径が好ましいことが知られている(J.Vac.Sci.Technol.、16,1704(1979)参照)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
通常単結晶タングステンを先鋭化するために電解研磨法が用いられ、電解電圧、電解液等の諸条件を変えることで、いろいろな形状のものを得ることができる。しかしながら、通常の電解研磨により、図2に示すように先端半径R1を大きくしようとすると、それに従い尖鋭部のテーパー角が大きくなってしまい、先端にかかる実効的な電界強度が小さくなり、十分な角電流密度を得ることができない。
【0007】
本問題を解決するために、先端半径を大きくし、かつ尖鋭部のテーパー角を増大させない構造として、電解研磨後真空中で加熱処理などをすることにより、図3及び図4に示すようなものが提案されている(特開平8−36981号公報)。
【0008】
この形状の陰極を真空装置内にて電界を印加すると、静電力が駆動力となって、先端方向に表面に沿って物質のマイグレーションが起こり、表面エネルギー的に安定なファセットが形成される。代表的なファセットの面方位は(100)であり、タングステンは立方晶なので、<100>方位を軸方位とするタングステン単結晶をニードルとして用いると、最先端部の他に図3及び図4に示すB部側面に4つの(100)面からなるファセットが形成される。実際に電子放射陰極として真空装置内にて電子放射を行うと、前述した通りZrO被覆層により(100)面の仕事関数を低減化するため、先端のみならず、側面に形成された(100)ファセットからの電子放射が起こりやすくなり、結果的にトータルエミッション電流が増大する。トータルエミション電流が増大すると、特に側面からの電子放射の寄与により周辺部材からのガス放出が起こり、真空が劣化し、エミッションの不安定化や放電などが起きやすくなる。
【0009】
本発明はこの問題点を鑑みてなされたものであって、角電流密度が高く、エネルギー幅が小さくて、しかもトータルエミッション電流を抑制した安定な電子ビームが得られる電子放射陰極とその製造方法を提供することを目的とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の電子放射陰極によれば、エネルギー幅が0.5eV以下、角電流密度が0.10mA/sr以上で、しかもトータル電流が200μA以下と小さく、安定した電子ビームを容易に得ることができるので、低加速SEM、高分解能SEM、測長機などの電子利用機器に用いることができる。 また、本発明の電子放射陰極の製造方法により、前記電子放射陰極を容易に得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
即ち、本発明は、軸方位が<100>方位の高融点金属の単結晶からなるニードルに前記高融点金属の仕事関数を低減するための元素と酸素とからなる被覆層を設けた電子放射陰極であって、前記ニードルの少なくとも円錐部に(100)面が形成されておらず、しかも前記高融点金属の単結晶からなるニードルの尖鋭部に内接する球の半径をR1、先端円錐部の全角をテーパー角θとするときに、先端半径R1が1.0μm以上10μm以下であり、テーパー角θが25゜以下であることを特徴とする電子放射陰極であり、より具体的には、前記高融点金属がタングステン(W)であり、前記元素がジルコニウム(Zr)であることを特徴とする前記の電子放射陰極である。
【0012】
また、本発明は、軸方位が<100>方位の高融点金属の単結晶からなるニードルに前記高融点金属の仕事関数を低減するための元素と酸素とからなる被覆層を設けた電子放射陰極の製造方法であって、第1ステップとして電解研磨によりニードル先端部に尖鋭部を形成し、第2ステップとして第1ステップとは異なる電極配置の電解研磨により、ニードル先端半径を所定の大きさに制御することを特徴とする請求項1記載の電子放射陰極の製造方法である。
【0013】
更に、本発明は、電解研磨によりニードル先端部に尖鋭部を形成する前に、融点金属の単結晶からなるニードルの所定の位置に前記被覆層を構成する元素の供給源物質を取り付けて酸素分圧の存在する減圧下で加熱処理をすることを特徴とする前記の電子放射陰極の製造方法であり、好ましい実施態様として、前記高融点金属がタングステンであり、前記元素がジルコニウムであることを特徴とする前記の電子放射陰極の製造方法である。
【0014】
本発明は、軸方位が<100>方位の高融点金属の単結晶からなるニードルに前記高融点金属の仕事関数を低減するための元素と酸素とからなる被覆層を設けた電子放射陰とその製造方法に関するものである。ここで、前記高融点金属としてW或いはMoが、前記仕事関数を低減するための元素としてZr、Ti、Sc、Ba、Hf、Nb、Y、V、及びLaからなる群から選ばれる1種以上が選択される。
【0015】
以下、本発明の電子放射陰極について、図に基づいて、高融点金属がWであり仕事関数を低減する元素がZrの場合を例示しながら、説明する。
【0016】
図1は、本発明の電子放射陰極のWの単結晶からなるニードルの尖鋭部の断面図である。また図2、3及び4は従来法で作製された電子放射陰極のWの単結晶からなるニードルの尖鋭部の断面図を示す。
【0017】
まず、本発明の電子放射陰極の特徴の一つはニードルの尖鋭部の形状にある。即ち、図3或いは図4では、ニードル円錐部に(100)面が存在するのに対し、本発明の電子放射陰極は図1に示すようにニードル円錐部に(100)面を有していないことを特徴としている。また、本発明の電子放射陰極の他の特徴は、前記の特徴を有しながらも、円錐部が、従来公知の形状のもの(図2)と異なり、より延びた特定の形状を有することを特徴としている。
【0018】
即ち、本発明の電子放射陰極は、図1に示す形状を有しており、しかもニードルの尖鋭部に内接する球の半径をR1、先端円錐部の全角をテーパー角θとするときに、先端半径R1が1.0μm以上10μm以下であり、テーパー角θが25゜以下であることを特徴としている。
【0019】
本発明において、先端半径R1が1.0μm未満の場合、放射される電子のエネルギー幅が大きく、電子ビームの変動率が増大する。この理由は明確でないが、タングステン単結晶ニードルの先端近傍に形成される電界分布や電子放出部分が一様性を欠くためであると考えられる。先端半径R1が10μmを越える場合や、図2に示すような円錐部の全角θが大きい場合、高角電流密度を得ようとすると、大きな引き出し電圧を印加する必要があり、それによりニードル側面部からの電子放射量も増大し、周辺部材からのガス放出が起こり、真空が劣化し、エミッションの不安定化や放電などが起きやすくなる。
【0020】
従って、エネルギー幅の観点から先端半径R1は1.0μm以上が好ましく、安定した高角電流密度の観点から先端半径R1は10μm以下または尖鋭部円錐角θは25゜以下が好ましい。先端半径R1については2.5μm以下とするのがさらに好ましい。
【0021】
また(100)面方位を有するファセットがニードル側面にされると前述したとおり、周辺部材からのガス放出が起こり、真空が劣化し、エミッションの不安定化や放電などが起きやすくなる。従って、尖鋭部側面はニードル中心軸と平行部分のない図1のような形状が好ましく、電界を印加することにより、ニードル表面でマイグレーションが起きても側面に(100)面が形成されることはない。
【0022】
次に本発明の電子放射陰極の製造方法について、詳しく説明する。電子放射陰極の一般的な製造方法は、絶縁碍子の電極ピンにタングステンワイヤーからなるV型フィラメントを取り付け、その先端部に軸方位が<100>方位からなるタングステン単結晶ニードルを溶接固定した後、タングステン単結晶ニードルの先端部を電解研磨法にて尖鋭化し、タングステン単結晶ニードルの中央部にジルコニウム源を取り付けて約10−4Paの酸素存在下で加熱してタングステン単結晶ニードルの先端部にまでジルコニウムと酸素を拡散させ(以降、酸素処理工程と呼ぶ)、しかる後に各種の電極を取り付けて約10−7Paの真空下で電圧を印加することで、タングステン単結晶ニードルの先端部の形状を形成させるものである。
【0023】
ここで電解研磨にて尖鋭化された先端部は、酸素処理工程中でタングステン表面が酸化し、蒸発することによる表面のエッチングが起きるので、実際には酸素処理後では、電解研磨後より先端半径がさらに小さくなる。従って、酸素処理は電解研磨する前に実施するのが先端形状を制御する上で好ましい。
【0024】
電解研磨工程では、前述したように電解電圧、電解液濃度などをパラメータとして、先端形状を制御することができる。一般的な装置構成を図5に示すが、電極はリング状のものを用い、その中心にニードル先端を浸漬して電解研磨を行う。
【0025】
電極をリング状にすることにより、側面からのエッチングが促され、くびれが形成され、ついには切断され、その直後においては比較的先端半径が小さく、かつ円錐角の小さな先端部を形成することができる。さらにニードルを上下方向に往復する動作を組み合わせることにより、ニードル軸に対して非常に軸対称性のよい円錐状の先端部を形成することが可能になる。しかしながら、さらに電解研磨を続けることにより、先端半径をある程度増大させることはできるが、それに伴い円錐角も増大し、図2に示すような高角電流が得られにくい形状になってしまうという問題がある。
【0026】
一方、電極としてたとえば液中に図6に示すようにニードルに対向させて電解研磨を行うと、リング状電極を用いた場合と同様に側面がくびれて切断され、尖鋭部を有する先端部を形成することができるが、側面部が円周方向で均一にエッチングされず、結果としていびつな円錐状の形状となってしまい、エミッション特性において個体間のばらつきを生じるという問題がある。
【0027】
そこで、第一ステップでリング状電極を図5に示すように設置して切断されるまで電解研磨を行い、続いて第二ステップとして図6に示すようなニードルに対向した電極を配置して電解研磨を行う。これにより第一ステップにおける研磨で、高角電流密度が得られる先端部を形成し円錐角を小さく維持した状態で、第二ステップにおける研磨により先端を所定の半径まで大きくすることができる。
【0028】
以下実施例に基づいて、本発明をさらに詳細に説明する。
【実施例】
【0029】
〔実施例1〕 絶縁碍子の電極ピンにタングステンワイヤーからなるV型フィラメントを取り付け、その先端に軸方位が<100>方位からなるタングステン単結晶ニードルを溶接して固定した。次に前記タングステン単結晶ニードルの中央部に水素化ジルコニウム粉を塗布し、酸素ガスを導入した1×10−4Paの減圧下で1800Kで20時間加熱した。
【0030】
次に、タングステン単結晶ニードルを電解研磨法により、尖鋭部の形成を行った。まず、第1段階として図5に示すような構成からなる装置にて切断を行い、第2段階として図6に示すような電極構成からなる装置にて先端部の研磨を行った。その結果、尖鋭部円錐角が18゜で、先端半径が1.2μmの先端部を形成した。
【0031】
最後にサプレッサー電極及び引き出し電極を取り付け、1×10−7Paの真空中で1800Kに保ちながら、サプレッサー電極を−300Vに、引き出し電極を2.5kVとし、タングステン単結晶ニードルに電圧を印加し、電子放射を開始した。引き出し電極を通過した軸上電流をモニターし、電流が安定するまで電子放射を維持した。安定後、電子ビーム特性を測定したところ、引き出し電圧が3.2kV時に角電流密度0.20mA/sr、エネルギー幅0.50eVであり、トータル電流が143μAであった。尚、データは下記の算出方法により導出した。
【0032】
<角電流密度の算出方法> 軸上の開き角(2α)が10mradで測定したプローブ電流(I)より、I/(π・α・α)にて算出した。
【0033】
<エネルギー幅の算出方法> Oostrom型のエネルギー分析器を用いて測定されたエネルギー分布の半値幅をもってエネルギー幅とした。(A.G.J.Von Oostrom;Phillips Res.Rept.Suppl.(1966)No.1 PP.1−102)
【0034】
〔実施例2及び比較例1〜2〕 実施例1において、電解研磨における電極構成や条件を変えることにより、いろいろな形状の先端部を有する電子放射陰極を作製し、それぞれについて電子ビーム特性を調べた。結果を表1に示した。
【0035】
〔比較例3〕 実施例1の一段目の電解研磨においてくびれ部を形成した後、真空中で通電によるジュール熱により切断することにより、先端部を形成したものについて、電子放射陰極を作製し、電子ビーム特性を調べた。その結果を表1に示した。
【0036】
【表1】



【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の電子放射陰極のニードルの尖鋭部断面図。
【図2】従来方法で作製した電子放射陰極のニードルの尖鋭部断面図。
【図3】他の従来方法で作製した電子放射陰極のニードルの尖鋭部断面図。
【図4】他の従来方法で作製した電子放射陰極のニードルの尖鋭部断面図。
【図5】本発明の電子放射陰極のニードルの尖鋭部を形成する第一ステップの電解研磨工程を示す模式図。
【図6】本発明の電子放射陰極のニードルの尖鋭部を形成する第二ステップの電解研磨工程を示す模式図。
【符号の説明】
【0038】
θ ;尖鋭部の円錐角
R1;先端半径(先端に内接する球の半径)
R3;先端半径(先端に外接する球の半径)
A部;円錐状の領域
B部;円柱状の領域
C部;半球状の領域
D部;平坦部又は外接する球との共通部分
1 ;高融点金属のニードル
2 ;研磨液
3 ;直流電源
4 ;リング状電極
5 ;対向電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸方位が<100>方位の高融点金属の単結晶からなるニードルに前記高融点金属の仕事関数を低減するための元素と酸素とからなる被覆層を設けた電子放射陰極の製造方法であって、第1ステップとして電解研磨によりニードル先端部に尖鋭部を形成し、第2ステップとして第1ステップとは異なる電極配置の電解研磨により、ニードル先端半径を所定の大きさに制御し、前記ニードルの少なくとも円錐部に(100)面が形成されておらず、しかも前記ニードルの尖鋭部に内接する球の半径をR1、先端円錐部の全角をテーパー角θとするときに、先端半径R1が1.0μm以上10μm以下であり、テーパー角θが25゜以下であることを特徴とする電子放射陰極の製造方法。
【請求項2】
電解研磨によりニードル先端部に尖鋭部を形成する前に、高融点金属の単結晶からなるニードルの所定の位置に前記被覆層を構成する元素の供給源物質を取り付けて酸素分圧の存在する減圧下で加熱処理をすることを特徴とする請求項1記載の電子放射陰極の製造方法。
【請求項3】
高融点金属がタングステンであり、高融点金属の仕事関数を低減するための元素がジルコニウムであることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の電子放射陰極の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−238670(P2010−238670A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−133599(P2010−133599)
【出願日】平成22年6月11日(2010.6.11)
【分割の表示】特願2001−186111(P2001−186111)の分割
【原出願日】平成13年6月20日(2001.6.20)
【出願人】(000003296)電気化学工業株式会社 (1,539)
【Fターム(参考)】