電子線源の製造方法
【課題】電子放射効率が高く且つ長寿命な電子線源を得ることが可能な電子線源の製造方法を提供する。
【解決手段】タンタルを含む合金からなる線材59Pを、タングステンを含む合金からなる基材58Pに当該基材58Pが覆われるように巻き回し、複合構造体53Pを形成する。そして、複合構造体53Pの線材59Pに炭化処理を施すことで、基材58Pを給電部材58として形成すると共に線材59Pを電子放出部材59として形成する。従って、炭化タンタルを含む線材59Pを、基材58Pに巻き回すように設けることが可能となる。すなわち、高温耐性に優れたタングステンを含む基材58Pに、仕事関数の小さい炭化タンタルを含む線材59Pを安定して固定することができる。
【解決手段】タンタルを含む合金からなる線材59Pを、タングステンを含む合金からなる基材58Pに当該基材58Pが覆われるように巻き回し、複合構造体53Pを形成する。そして、複合構造体53Pの線材59Pに炭化処理を施すことで、基材58Pを給電部材58として形成すると共に線材59Pを電子放出部材59として形成する。従って、炭化タンタルを含む線材59Pを、基材58Pに巻き回すように設けることが可能となる。すなわち、高温耐性に優れたタングステンを含む基材58Pに、仕事関数の小さい炭化タンタルを含む線材59Pを安定して固定することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば電子線照射装置やX線照射装置や電子顕微鏡等の線源として用いられる電子線源を製造するための電子線源の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の電子線源の製造方法としては、例えば特許文献1に記載されているように、電位が供給される給電部材と、給電部材に設けられ電子を放出する電子放出部材と、を備えた電子線源を製造するものが知られている。このような電子線源の製造方法では、高温耐性の優れたタングステンからなる基材に、仕事関数の小さい炭化タンタルの皮膜を形成することで、基材を給電部材として形成すると共に皮膜を電子放出部材として形成する。これにより、電子線源の電子放射効率の向上及び長寿命化が図られている。
【特許文献1】特開平8−64110号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上述したような電子線の製造方法では、炭化タンタルが高融点化合物であることから、炭化タンタルの付着強度が不足し易いため、皮膜が基材から剥離するおそれがある。ここで、炭化タンタルの付着強度不足による悪影響を抑制するため、炭化タンタルを含む線材を基材に巻き回すことが考えられる。しかし、この場合、炭化タンタルの硬度が高いことから、基材に線材を巻き回すのが困難である。従って、上述したような電子線の製造方法では、電子線源の電子放射効率及び長寿命化を実現できないおそれがある。
【0004】
そこで、電子放射効率を向上すると共に長寿命化を実現することができる電子線源の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明に係る電子線源の製造方法は、電位が供給される給電部材と、給電部材の少なくとも一部を覆うように設けられ電子を放出する電子放出部材と、を備えた電子線源を製造する製造方法であって、タングステンを含む基材に、タンタルを含む線材を巻き回す工程と、線材を巻き回した後、線材に炭化処理を施すことで、基材を給電部材として形成すると共に線材を電子放出部材として形成する工程と、を含むことを特徴とする。
【0006】
この電子線源の製造方法では、タンタルを含む線材を基材に巻き回した後、この線材に炭化処理を施している。よって、炭化タンタルが含まれた線材を、基材に巻き回すように設けることが可能となる。すなわち、高温耐性に優れたタングステンを含む基材に、仕事関数の小さい炭化タンタルを含む線材を安定して固定することが可能となる。従って、電子放射効率が高く且つ長寿命な電子線源を得ることができる。
【0007】
ここで、線材を巻き回した後であって炭化処理を施す前に、線材が巻き回された基材を所定の形状に成型する工程をさらに含むことが好ましい。この場合、線材が巻き回された基材を成型する際、硬度が高く加工が困難な炭化タンタルが線材に含まれていないため、かかる成型を容易に行なうことができる。
【0008】
また、電子放出部材は、隣接する電子放出部材の外面が互いに接触するように給電部材に巻き回されていることが好ましい。この場合、電子放出部材においては、巻き回される巻回方向に沿って電流が流れるだけでなく、巻き進む方向に沿っても電流が流れることになる。よって、電子放出部材の通電性を向上することができる。
【0009】
また、電子放出部材は、隣接する電子放出部材の外面の間に隙間が形成されるように給電部材に巻き回されていることが好ましい。この場合、電子放出部材を給電部材に容易に巻き回すことができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、電子放射効率が高く且つ長寿命な電子線源を得ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の好適な実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお、各図において同一又は相当要素には同一符号を付し、重複する説明を省略する。
【0012】
まず、本発明の第1実施形態に係る電子線照射装置について説明する。図1は、本発明の第1実施形態に係る電子線照射装置の断面図である。図1に示すように、電子線照射装置1は、いわゆるバッチ式のものであり、例えば被照射物Mの乾燥、殺菌又は表面改質等を行なうものである。この電子線照射装置1は、チャンバ10、収容容器20、電子銃30及び制御部40を備えている。
【0013】
チャンバ10は、電子銃30が取り付けられる第1チャンバ部11と、収容容器20が取り付けられる第2チャンバ部12と、を有している。第1チャンバ部11は、金属により円柱状に形成されている。この第1チャンバ部11には、その軸線方向(図示上下方向;以下「Z方向」という)に沿って延在する断面円形状の電子線通過孔13が設けられている。この電子線通過孔13は、小径部13aと大径部13bとが連続された形状とされている。
【0014】
第2チャンバ部12は、金属により台形板状に形成され、第1チャンバ部11の小径部13a側にボルトで固定されている。この第2チャンバ部12には、電子線通過孔13に連通すると共に、Z方向視において断面矩形状の電子線通過孔14が設けられている。また、この電子線通過孔14は、外側(図示下側)に向かって末広がりの形状とされている。このチャンバ10の電子線通過孔13,14には、当該電子線通過孔13,14内を真空引きするための真空ポンプ(不図示)が連結されている。
【0015】
収容容器20は、その内部に被照射物Mを収容する。この収容容器20は、その外壁20aに設けられた連結口21に第2チャンバ部12が気密に連結されている。これにより、収容容器20の内部は、電子線通過孔14に連通するように構成されている。また、収容容器20には、当該収容容器20内を真空引きするための真空ポンプ(不図示)が連結されている。
【0016】
電子銃30は、電子線EBをZ方向に出射するものであり、ケース31、基部32及びコネクタ33を有している。ケース31は、金属により直方体状に形成され、第1チャンバ部11に気密に連結されている。基部32は、ケース31内に収容され、電子線通過孔13の大径部13b内に突出している。また、この基部32は、その先端部が電子線通過孔13の小径部13aに対向するように配設されている。
【0017】
コネクタ33は、外部の電源装置(不図示)からカソード53(後述)に高電圧を供給するためのものである。このコネクタ33は、ケース31の外壁31aにおいてZ方向に交差する方向(図示左右方向;以下「X方向」という)側から差し込まれ、基部32中に埋没されて固定されている。コネクタ33の先端には、一対の内部配線34,34が接続されている。
【0018】
内部配線34,34は、コネクタ33の先端から基部32の中心に向かってX方向に延在すると共に、基部32の中心で折り曲げられて先端部まで延在している。この内部配線34,34には、基部32の先端部に埋設されたソケット35,35を介して、電子線放出ユニット50に連結されている。
【0019】
図2は、電子線放出ユニットを示す断面図である。図2に示すように、電子線放出ユニット50は基部32の先端部に対して着脱自在に設けられたものであり、各部材の消耗等に伴って交換が可能となっている。この電子線放出ユニット50は、絶縁基体51と、給電導体52,52と、カソード(電子線源)53と、包囲部材56と、蓋部材57と、を備えている。
【0020】
絶縁基体51は、例えばセラミック等の絶縁性材料で形成されており、給電導体52,52と、カソード53と、包囲部材56と、蓋部材57とを支持している。給電導体52,52は、例えばコバール金属からなる略円柱状の給電用ピンであり、電子放出方向であるZ方向に突出するように絶縁基体51に貫通されて保持されている。これらの給電導体52,52の一端部は、ソケット35,35を介して内部配線34,34に電気的に連結されている。給電導体52の他端部(先端部)は、その一部が切り欠かれたような半円柱状を呈している。さらに、給電導体52の他端部には、カソード53を連結するためのものとして、カソード53の支持部58a(後述)の軸線に沿った面である平坦面52aが形成されている(図4参照)。換言すると、支持部58aと線接触又は面接触するように、平坦面52aが給電導体52の他端部に形成されている。
【0021】
カソード53は、電子線EBとなる電子を発生させて放出するものである。カソード53は、給電導体52,52の先端部に掛け渡されるように形成されている。このカソード53の周囲には、いわゆるグリッドである中間電極54が設けられている。中間電極54は、その中心側の開口に向かって傾斜した凹構造によって、電子が集束するような電界を発生させ、さらに、バイアス抵抗で誘起される所定バイアス電圧を印加することで、所望の電界を形成することができると共に、電子線放出ユニット50を基部32に押さえ付けるように固定する。また、必要に応じて、カソード53と電気的に接続してカソード53と同電位にしてもよい。
【0022】
また、絶縁基体51上には、給電導体52,52の前端部を包囲する導電体からなる包囲部材56が固定されている。包囲部材56の前端面には、包囲部材56の開口を覆い塞ぐ導電体からなる薄板状の蓋部材57が配置されている。蓋部材57には、円形状のアパーチャ57a(図3参照)が設けられている。このアパーチャ57aは、Z軸方向から見て、カソード53を含むように構成されている。包囲部材56及び蓋部材57は、中間電極54と接触され、中間電極54と同電位とされている。
【0023】
図1に戻り、制御部40は、電子線照射装置1の全体を制御するためのものであり、例えばCPU、ROM、及びRAM等で構成されている。
【0024】
次に、上述したカソード53について詳細に説明する。図3はカソードを示す一部断面図、図4はカソードの接続部分を示す拡大図である。図3に示すように、カソード53は、いわゆるヘアピン型のものであり、尖頭部53xを有する略逆V字のピン形状を呈している。このカソード53は、図4に示すように、給電導体52の平坦面52aにカソード53の端部が接合部Gを介して接合され保持されている。このカソード53は、電位が供給される給電部材58と、この給電部材58に隙間なく巻き回され(密巻きされ)電子を放出する電子放出部材59と、を備えている。
【0025】
給電部材58は、タングステンで形成され、円形断面の線状を呈している。ここでは、給電部材58の径は、150μmとしている。この給電部材58は、略逆V字に屈曲されて(曲げられて)形成されている。具体的には、給電部材58は、二つ折りされるようにして尖った尖部58bと、この尖部58bの両端に連続され裾拡がりの裾部58aと、を含んで構成されている。
【0026】
電子放出部材59は、タンタルで形成されており、円形断面の線状を呈している。ここでは、電子放出部材59の径は、100μmとしており、給電部材58の径よりも小さくなっている(給電部材58の径が電子放出部材59の径よりも大きくなっている)。この電子放出部材59は、給電部材58の少なくとも一部を覆うように当該給電部材58に巻き回されている。また、電子放出部材59は、炭化処理が施されており、炭化タンタルをさらに含んでいる(詳しくは、後述)。そして、尖部58bを覆う電子放出部材59が、電子放出源の主要部として機能する。
【0027】
この電子線照射装置1を用いて電子線EBを被照射物Mに照射する場合、被照射物Mが配置された収容容器20内及び電子線通過孔13,14内を真空とした状態で、内部配線34,34、ソケット35,35及び給電導体52,52を介してカソード53に電圧を印加する。これにより、給電部材58が通電加熱され、この熱が電子放出部材59に伝わり、電子を放出可能な所定温度まで電子放出部材59が加熱される。
【0028】
続いて、内部配線34,34の何れか一方に高電圧を印加することで、給電導体52,52を介して電子放出部材59に電流が流れると共に、給電部材58と電子放出部材59との接触面を介して電子放出部材59に電流が流れる。これにより、電子放出部材59の外周面Sのうち露出する外周面S2から電子が放出されることになる。そして、放出された電子が電子線EBとして電子銃30から出射され、出射された電子線EBが電子線通過孔13,14を順次通過して被照射物Mに照射される。
【0029】
次に、上述したカソード53の製造方法について、図5に基づいて詳細に説明する。
【0030】
まず、図5(a)に示すように、タンタルからなり線状を呈する線材59Pを、タングステンからなり線状を呈する基材58Pに当該基材58Pが覆われるように巻き回す。具体的には、隣接する線材59Pの外周面が互いに接触するように、基材58Pの一端から他端に向かって線材59Pを隙間なく巻き回す。ここでは、基材58Pの径を0.15mmとし、線材59Pの径を0.10mmとしている。また、線材59Pを基材58Pに密着するように巻き回している。
【0031】
続いて、図5(b)に示すように、所定の長さ(例えば18mm)に切断し、基材58Pに線材59Pが巻きまわされてなる棹状の複合構造体53Pを形成する。
【0032】
続いて、図5(c)に示すように、複合構造体53Pを屈曲させ、当該複合構造体53Pを所定の形状(ここでは略逆V字状)に成型する(成形工程)。このとき、その屈曲部において、主な電子放出部となる尖頭部53xの先端部分にまで確実に通電可能にすべく、複合構造体53Pの対向する部分同士が互いに接触しないように成型する。
【0033】
その後、図5(d)に示すように、無酸素雰囲気中(窒素雰囲気)にて、絶縁基体51に固定した給電導体52の複合構造体53Pの端部を、平坦面52aと対向する部分全体が接合部Gとなるように平坦面52aに当接し、この当接した部分に例えば抵抗溶接やレーザ等による電気溶接を施す。これにより、平坦面52aにおける接合部G領域が溶融され、カソード53が埋入するように溶接されて接合される。その結果、面状の接合部Gを介して複合構造体53Pが給電導体52に電気的に接合される。このように複合構造体53Pと給電導体52とを接合することで、複合構造体53Pを給電導体52に電気的にも強度的にも安定して接続でき、複合構造体53Pを給電導体52で好適に保持できる。さらに、接合部Gが小さい場合、通電時に接合部Gの抵抗(接触抵抗)が大きくなることにより熱を発生し、接合部Gが溶融して給電導体52と複合構造体53P(カソード53)とが離れてしまうおそれがあるが、本実施形態においては接合部Gを十分に大きく取れるため、安定な保持が可能となる。
【0034】
続いて、複合構造体53Pの線材59Pに炭化処理を施す(炭化工程)。すなわち、まず、複合構造体53Pを保持した絶縁基体51を真空装置3内に収容する。具体的には、給電導体52において複合構造体53Pが連結された側と反対側の先端52bが、真空装置3外の大気中に露出するように、複合構造体53Pを保持した絶縁基体51を真空装置3内に収容する。そして、この先端52bに通電加熱用電源5を電気的に接続する。
【0035】
その後、真空装置3内と大気系とをバルブにて遮断し、真空装置3内を真空ポンプ4で真空にした後、この真空装置3内に炭化水素系のガス(例えば、エチレンガス等)を導入する。なお、この炭化水素系ガスに加えて、複合構造体53Pの表面を還元させる還元剤としての水素ガス、金属素材蒸発を抑制するための希ガス(例えば、アルゴン等)を導入してもよい。
【0036】
これと共に、通電加熱用電源5で複合構造体53Pを所定の時間だけ通電加熱し、複合構造体53Pの動作温度を例えば2,000℃以上とする。その結果、線材59Pが炭化される(炭化反応領域が形成される)。ここでは、線材59Pにおいて露出する外周面を含む所定領域を、炭化タンタルに炭化させている。これにより、炭化処理の施された線材59Pが電子放出部材59として形成され、基材58Pを給電部材58とする複合構造体53Pがカソード53として形成されることとなる。
【0037】
なお、通電加熱用電源5で通電加熱された複合構造体53Pの温度は、2000℃から2500℃の間が好ましく、2200℃程度がより好ましい。これは、通常、2000℃から複合構造体53Pの炭化反応が生じ、温度を上げる程に炭化反応の生成速度が速まるということが一般的であるが、高温(2500℃以上)すぎると基材58Pのタングステンの再結晶化が促進され、脆くなるためである。また、本実施形態では、所望な炭化反応領域の深さを得るべく、通電加熱用電源5における通電時間の長さが適宜調整されている。
【0038】
以上、本実施形態では、タンタルの線材59Pを基材58Pに巻き回した後、この線材59Pに炭化処理を施している。よって、炭化タンタルが含まれた線材59Pを、基材58Pに巻き回すように設けることが可能となる。すなわち、高温耐性に優れたタングステンの基材58Pに、仕事関数の小さい炭化タンタルを含む線材59Pを安定して固定することが可能となる。従って、本実施形態によれば、電子放射効率が高く且つ長寿命なカソード53を得ることができる。
【0039】
また、本実施形態では、上述したように、線材59Pを巻き回した後であって炭化処理を施す前に、線材59Pが巻き回された基材58P(複合構造体53P)を所定の形状に成型している。よって、複合構造体53Pの成型の際に、硬度が高く加工が困難な炭化タンタルが線材59Pに含まれていないため、複合構造体53Pの成型を容易に行なうことができる。
【0040】
また、上述したように、給電部材58と電子放出部材59との接触面を介して電子放出部材59に電流が流れることから、この接触面に炭化物が存在すると、電気抵抗値が増加してエミッション量が低下するという問題がある。この点、本実施形態では、線材59Pを基材58Pに巻き回した後に線材59Pに炭化処理を施すことで、給電部材58及び電子放出部材59を形成する。よって、給電部材58と電子放出部材59との接触面に炭化物が付着することを抑制でき、かかる問題を防止することができる。
【0041】
また、本実施形態では、上述したように、電子放出部材59が給電部材58に巻き回されていることから、以下の効果を奏する。すなわち、電子放出部材59の一部が破断したとしても、電子放出部材59が給電部材58に保持されるため、電子放出部材59が脱落するのを防止することができる。給電部材58に電子放出部材59が巻き回されているだけなので、低コスト化が実現できる。
【0042】
また、本実施形態では、上述したように、基材58P及び線材59Pが円形断面を呈し、基材58Pの径が線材59Pの径よりも大きくなっているため、線材59Pを基材58Pに容易に巻き回すことができる。さらに、線材59Pを基材58Pに密着するように巻き回していることから、電子放出部材59の全体を給電部材58で均一に加熱することができ、電子放出部材59から均一に電子を放出することができる。
【0043】
また、本実施形態では、線材59Pにタンタルひいては炭化タンタルを含むため、次の効果を奏する。すなわち、下表1に示すように、従来のカソードの電子放出部材に使用されていたタングステンに比較して、電子放出部材59の仕事関数が低下されるため、動作温度を低下させることが可能となる。よって、同じ動作温度でもエミッション量を増加することでき、エミッション特性を向上することが可能となる。また、同じエミッション量を得るための動作温度が低下され、電子放出部材59の再結晶化が抑制され、カソード53の長寿命化が可能となる。動作温度が高い程、電子放出部材59の硬度が低下し脆くなる点からも、動作温度が低下される上記効果は特に有効である。さらに、電子放出部材59の融点が上昇するため(下表1参照)、電子放出部材59の消耗を抑制することができ、このことからも、カソード53の長寿命化が可能となる。さらに、炭化タンタルは、ガス被毒特性が高いため、真空度の低い環境下においてもカソード53を好適に使用することができる。よって、被照射物の交換の度に真空排気を行なうような場合に特に好ましいといえる。
【0044】
[表1]
物性値 W(タングステン) Ta(タンタル) TaC(炭化タンタル)
仕事関数(eV) 4.55 4.10 3.61
融点(℃) 3420 3020 3980
【0045】
次に、本発明の第2実施形態に係る電子線照射装置について説明する。
【0046】
図6は、本発明の第2実施形態に係る電子線照射装置のカソードを示す一部断面図である。図6に示すように、本実施形態の電子線照射装置70が上記第1実施形態の電子線照射装置1と異なる点は、カソード53を有する電子線放出ユニット50(図3参照)に代えて、コの字状のピン形状のカソード73を有する電子線放出ユニット71を備えている点である。
【0047】
カソード73は、給電部材78と、この給電部材78に隙間なく巻き回された電子放出部材79とを備えている。
【0048】
給電部材78は、電位が供給されるものであり、タングステンで形成されている。また、給電部材78は、円形断面の線状を呈している。この給電部材78は、コの字状に屈曲されて(曲げられて)形成されている。具体的には、給電部材78は、Z方向に延在し且つ給電導体52に接続される支持部78a,78aと、Z方向に直交する方向(つまり、電子線放出ユニット71では蓋部材57の前面に沿う方向)に延在する延在部78bと、を有し、給電部材78の略直角な角部である曲部78c,78cを介して、支持部78a,78a及び延在部78bが連続している。
【0049】
電子放出部材79は、電子を放出するものあり、タンタルで形成されている。また、電子放出部材79は、円形断面の線状を呈している。この電子放出部材79は、給電部材78(支持部78a,78a及び延在部78b)を覆うように当該給電部材78に巻き回されている。具体的には、図8に示すように、電子放出部材79は、その外周面Sのうち隣接する外周面(外面)S1が互いに接触するように、給電部材78の一端から他端に向かって順次に巻き回されている。そして、延在部78bを覆う電子放出部材79が、電子放出源の主要部として機能する。
【0050】
また、電子放出部材79は、炭化処理が施されており、炭化タンタルをさらに含んでいる。ここでは、電子放出部材79において外周面Sのうち露出する外周面S2を含む所定領域が、炭化タンタルになっている(詳しくは、後述)。
【0051】
次に、上述したカソード73の製造方法について、図7に基づいて詳細に説明する。
【0052】
まず、上記第1実施形態と同様に、タングステンからなる線状の基材に、タンタルからなる線状の線材を巻き回す。具体的には、隣接する線材の外周面が互いに接触するように、基材の一端から他端に向かって線材を隙間なく巻き回す。これにより、所定の長さ(例えば20mm)以上の長さを有する長尺棹状の複合構造体を形成する。なお、タンタルは、柔軟性があるため、隙間無く巻き回すことが比較的容易であるのに加え、タングステンは、その融点温度が非常に高く、熱変形を起こしにくいため、隙間無く巻き回した状態を安定に保持することができる。
【0053】
続いて、図7(a)に示すように、複合構造体73Pにおける線材に対し炭化処理を施す(炭化工程)。すなわち、複合構造体73Pを真空装置3内に収容し、この複合構造体73Pの両端部をクリップ等の保持手段6で保持し、そして、保持手段6に通電加熱用電源5を電気的に接続する。その後、真空装置3内と大気系とをバルブにて遮断し、真空装置3内を真空ポンプ4で真空にした後、この真空装置3内に炭化水素系のガスを導入する。これと共に、通電加熱用電源5により保持手段6を介して複合構造体73Pを通電加熱する。その結果、線材が炭化される。
【0054】
続いて、図7(b)に示すように、複合構造体73Pを切断して屈曲し、複合構造体73Pを所定の形状(ここでは略コの字状)に成型する(成型工程)。そして、この成型した複合構造体73Pを、接合部Gを介して電子線放出ユニット50の給電導体52に電気溶接する。これにより、複合構造体73Pがカソード73として形成されることになる。
【0055】
以上、本実施形態においても、上記効果と同様な効果、すなわち、電子放射効率が高く且つ長寿命なカソード73を得ることができるという効果を奏する。
【0056】
また、上述したように、電子放出部材79は、隣接する電子放出部材79の外周面S1が互いに接触するように給電部材78に巻き回されている。そのため、以下の効果を奏する。すなわち、電子放出部材79においては、電子放出部材79が巻き回される巻回方向(電子放出部材79の軸線方向)に沿って電流が流れるだけでなく、図8に示すように、電子放出部材79が巻き進む方向(図示A方向)に沿っても電流が流れることになる。よって、電子放出部材79の通電性を向上することができる。
【0057】
さらに、電子放出部材79の露出する外周面S2が電子放出面として機能することから、電子放出部材79が線材であるため、電子放出面S2が凹凸の連続するような波状曲面を呈することになる。よって、従来のカソードや電子放出面が平面で構成されたカソードに比べて、一定の平面面積に占める電子放出面S2の面積を増加することが可能となる。これらにより、エミッション量ひいてはエミッション特性(電子放出能)を向上することができる。
【0058】
ここで、カソード73に電圧が印加され、給電部材78及び電子放出部材79が高温化されたとき、タンタルの熱膨張率がタングステンの熱膨張率よりも大きいことから、電子放出部材79がその巻き進む方向に移動してしまう(ズレてしまう)おそれがある。これに対し、本実施形態では、上述したように、曲部78cが延在部78bの両端に形成されるように給電部材78が屈曲されている。よって、熱膨張した電子放出部材79は、その巻き進む方向に沿う方向に、両端の曲部78cで挟み込まれるように係止されることになる。そのため、熱膨張した電子放出部材79の移動を曲部78cで規制することができ、隣接する電子放出部材79の外周面S1が互いに確実に接触する状態を好適に維持することができる。そのため、曲部78cは、電子放出部材79の巻き進む方向に沿う方向に当該電子放出部材79が移動するのを規制する規制部として機能するといえる。
【0059】
なお、電子放出部材79の巻き回し程度が経年変化や使用頻度等により緩く(甘く)なることがあるため、隣接する電子放出部材79の外周面S1が互いに確実に接触するように巻き回された状態を維持するという上記効果は特に有効である。さらに、曲部78cの形成に際しては、給電部材78を曲げることで足り、別部材によって規制部を設ける必要がない。よって、かかる効果を、高温環境下でも規制部の破損や脱落のおそれなく安定に実現することができると共に、低廉且つ簡易に実現することが可能である。
【0060】
次に、本発明の第3実施形態に係る電子線照射装置について説明する。
【0061】
図9は、本発明の第3実施形態に係る電子線照射装置のカソードを示す一部断面図である。図9に示すように、本実施形態の電子線照射装置90が上記第2実施形態の電子線照射装置70と異なる点は、電子放出部材79が給電部材78に隙間なく巻き回されたカソード73を有する電子線放出ユニット71(図6参照)に代えて、電子放出部材79が給電部材78に隙間Bを空けて巻き回された(疎巻きされた)カソード93を有する電子線放出ユニット91を備えている点である。
【0062】
具体的には、図9に示すように、電子放出部材79は、その外周面Sのうち隣接する外周面(外面)S1の間に隙間Bが形成されるように、給電部材78の一端から他端に向かって順次に巻き回されている。換言すると、電子放出部材79は、給電部材78の少なくとも一部を覆うように当該給電部材78に設けられている。
【0063】
このカソード93においても、上記第2実施形態のカソード73と同様な製造方法により製造される。すなわち、カソード93を製造する場合、タングステンからなる線状の基材に、タンタルからなる線状の線材を巻き回すことで長尺棹状の複合構造体を形成し、この複合構造体に炭化処理を施し、その後、複合構造体を所定の形状に成型する。
【0064】
以上、本実施形態では、上記効果と同様な効果、すなわち、電子放射効率が高く且つ長寿命なカソード93を得ることができるという効果を奏する。また、この場合、電子放出部材79を給電部材78に容易に巻き回すことができる。
【0065】
また、本実施形態では、炭化処理により、タンタルと共にタングステンも炭化されるが、炭化タングステンの硬度が炭化タンタルの硬度に比べて低いことから、炭化タンタルが疎巻きされてなる本実施形態の複合構造体にあっては、炭化タンタルが密巻きされたものに比べ、屈曲等の加工部における炭化タンタルの占める割合が小さく、また、加工自由度が高いものとなる。そのため、本実施形態によれば、成型時の加工性を向上することができる。特に、小形のカソードを大量に作成する場合には、複合構造体を一つ一つ成型した後に炭化するよりも、長尺の複合構造体を炭化した後に個別に成型するほうが好ましい。よって、この場合には、加工性の高い本実施形態は、特に有効である。
【0066】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。例えば、上記実施形態では、カソード53,73,93を電子線照射装置1に用いたが、X線管(X線照射装置)に用いてもよい。
【0067】
図9は、本発明の他の実施形態に係るX線管の断面図である。図9に示すように、X線管60は、印加電圧が10keV程度の低電力用のものであり、円筒状のバルブ61を有している。このバルブ61の基端には、ステム62が形成されている一方、バルブ61の開放端には、出力窓63が形成されている。出力窓63には、X線を発生させるためのターゲット64が蒸着されている。ステム62には2本の給電導体52,52が固定され、これらの給電導体52,52の先端部にはカソード53が掛け渡されている。カソード53は、給電導体52に抵抗溶接されている。
【0068】
このX線管60によれば、電子放射の影響でカソード53の径が細くなりカソード53が破断してしまうということを防止できる。
【0069】
また、上記第1実施形態では、成型工程の後に炭化工程を実施したが、炭化工程の後に成形工程を実施してもよく、上記第2,3実施形態では、炭化工程の後に成型工程を実施したが、成形工程の後に炭化工程を実施してもよい。なお、炭化処理としては、炭素を付着(浸炭)させた後に真空中にて通電させる場合もある。
【0070】
また、上記実施形態では、基材及び線材の断面を円形としたが、これらの断面は、楕円形であってもよく、多角形であってもよい。また、上記実施形態では、基材を線状としたが、薄板状であってもよい。
【0071】
また、上記実施形態では、給電部材58,78をタングステンで、電子放出部材59,79をタンタルで形成したが、給電部材をタングステンを含む合金(材料)で形成してもよく、また、電子放出部材をタンタルを含む合金で形成してもよい。
【0072】
また、上記実施形態では、カソード53,73,93の端部において平坦面52aと対向する部分が接合部Gとなるように、カソード53と給電導体52とを溶接によって直接接合したが、金属パイプを用いてカソード53,73,93と給電導体52と接合してもよい。例えば、上記第2実施形態にて例示すると、図11及び図12に示すように、パイプ81を用いてカソード73と給電導体52と接合する場合がある。具体的には、パイプ81は、円筒状の導電材料からなり、カソード73の端部と電気的に接続されるように当該カソード73の端部を覆っている。パイプ81を構成する導電材料は、ニッケルやコバール等のカソード73を構成する材料よりも融点の低い金属としている。そして、接合の際、給電導体52と同様にパイプ81が溶融されている。これにより、給電導体52とカソード73とを一層強く接合させることができる。
【0073】
また、上記第1実施形態におけるヘアピン型のカソード53において、主な電子放出部となる尖頭部53xの形状を鋭利にすれば、輝度(所定単位領域あたりの電子放出量)が更に上がるため、尖頭部53xに電界研磨等の研磨処理を施して当該尖頭部53xの形状を鋭利にした後、炭化処理を施してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】本発明の第1実施形態に係る電子線照射装置の断面図である。
【図2】図1の電子線照射装置における電子線放出ユニットを示す断面図である。
【図3】図1の電子線照射装置におけるカソードを示す一部断面拡大図である。
【図4】図1の電子線照射装置におけるカソードの接続部分を示す拡大図である。
【図5】図1の電子線照射装置におけるカソードの製造方法を説明する図である。
【図6】本発明の第2実施形態に係る電子線照射装置におけるカソードを示す一部断面拡大図である。
【図7】図6の電子線照射装置におけるカソードの製造方法を説明する図である。
【図8】図6の電子線照射装置におけるカソードの電流の流れを説明する図である。
【図9】本発明の第3実施形態に係る電子線照射装置におけるカソードを示す一部断面拡大図である。
【図10】本発明の他の実施形態に係るX線管の断面図である。
【図11】カソードの接続部分の他の例を示す拡大図である。
【図12】図11のXII−XII線に沿う一部断面図である。
【符号の説明】
【0075】
53,73,93…カソード(電子線源)、58,78…給電部材、58P…基材、59,79…電子放出部材、S1…外周面(外面)、59P…線材、B…隙間。
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば電子線照射装置やX線照射装置や電子顕微鏡等の線源として用いられる電子線源を製造するための電子線源の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の電子線源の製造方法としては、例えば特許文献1に記載されているように、電位が供給される給電部材と、給電部材に設けられ電子を放出する電子放出部材と、を備えた電子線源を製造するものが知られている。このような電子線源の製造方法では、高温耐性の優れたタングステンからなる基材に、仕事関数の小さい炭化タンタルの皮膜を形成することで、基材を給電部材として形成すると共に皮膜を電子放出部材として形成する。これにより、電子線源の電子放射効率の向上及び長寿命化が図られている。
【特許文献1】特開平8−64110号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上述したような電子線の製造方法では、炭化タンタルが高融点化合物であることから、炭化タンタルの付着強度が不足し易いため、皮膜が基材から剥離するおそれがある。ここで、炭化タンタルの付着強度不足による悪影響を抑制するため、炭化タンタルを含む線材を基材に巻き回すことが考えられる。しかし、この場合、炭化タンタルの硬度が高いことから、基材に線材を巻き回すのが困難である。従って、上述したような電子線の製造方法では、電子線源の電子放射効率及び長寿命化を実現できないおそれがある。
【0004】
そこで、電子放射効率を向上すると共に長寿命化を実現することができる電子線源の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明に係る電子線源の製造方法は、電位が供給される給電部材と、給電部材の少なくとも一部を覆うように設けられ電子を放出する電子放出部材と、を備えた電子線源を製造する製造方法であって、タングステンを含む基材に、タンタルを含む線材を巻き回す工程と、線材を巻き回した後、線材に炭化処理を施すことで、基材を給電部材として形成すると共に線材を電子放出部材として形成する工程と、を含むことを特徴とする。
【0006】
この電子線源の製造方法では、タンタルを含む線材を基材に巻き回した後、この線材に炭化処理を施している。よって、炭化タンタルが含まれた線材を、基材に巻き回すように設けることが可能となる。すなわち、高温耐性に優れたタングステンを含む基材に、仕事関数の小さい炭化タンタルを含む線材を安定して固定することが可能となる。従って、電子放射効率が高く且つ長寿命な電子線源を得ることができる。
【0007】
ここで、線材を巻き回した後であって炭化処理を施す前に、線材が巻き回された基材を所定の形状に成型する工程をさらに含むことが好ましい。この場合、線材が巻き回された基材を成型する際、硬度が高く加工が困難な炭化タンタルが線材に含まれていないため、かかる成型を容易に行なうことができる。
【0008】
また、電子放出部材は、隣接する電子放出部材の外面が互いに接触するように給電部材に巻き回されていることが好ましい。この場合、電子放出部材においては、巻き回される巻回方向に沿って電流が流れるだけでなく、巻き進む方向に沿っても電流が流れることになる。よって、電子放出部材の通電性を向上することができる。
【0009】
また、電子放出部材は、隣接する電子放出部材の外面の間に隙間が形成されるように給電部材に巻き回されていることが好ましい。この場合、電子放出部材を給電部材に容易に巻き回すことができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、電子放射効率が高く且つ長寿命な電子線源を得ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の好適な実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお、各図において同一又は相当要素には同一符号を付し、重複する説明を省略する。
【0012】
まず、本発明の第1実施形態に係る電子線照射装置について説明する。図1は、本発明の第1実施形態に係る電子線照射装置の断面図である。図1に示すように、電子線照射装置1は、いわゆるバッチ式のものであり、例えば被照射物Mの乾燥、殺菌又は表面改質等を行なうものである。この電子線照射装置1は、チャンバ10、収容容器20、電子銃30及び制御部40を備えている。
【0013】
チャンバ10は、電子銃30が取り付けられる第1チャンバ部11と、収容容器20が取り付けられる第2チャンバ部12と、を有している。第1チャンバ部11は、金属により円柱状に形成されている。この第1チャンバ部11には、その軸線方向(図示上下方向;以下「Z方向」という)に沿って延在する断面円形状の電子線通過孔13が設けられている。この電子線通過孔13は、小径部13aと大径部13bとが連続された形状とされている。
【0014】
第2チャンバ部12は、金属により台形板状に形成され、第1チャンバ部11の小径部13a側にボルトで固定されている。この第2チャンバ部12には、電子線通過孔13に連通すると共に、Z方向視において断面矩形状の電子線通過孔14が設けられている。また、この電子線通過孔14は、外側(図示下側)に向かって末広がりの形状とされている。このチャンバ10の電子線通過孔13,14には、当該電子線通過孔13,14内を真空引きするための真空ポンプ(不図示)が連結されている。
【0015】
収容容器20は、その内部に被照射物Mを収容する。この収容容器20は、その外壁20aに設けられた連結口21に第2チャンバ部12が気密に連結されている。これにより、収容容器20の内部は、電子線通過孔14に連通するように構成されている。また、収容容器20には、当該収容容器20内を真空引きするための真空ポンプ(不図示)が連結されている。
【0016】
電子銃30は、電子線EBをZ方向に出射するものであり、ケース31、基部32及びコネクタ33を有している。ケース31は、金属により直方体状に形成され、第1チャンバ部11に気密に連結されている。基部32は、ケース31内に収容され、電子線通過孔13の大径部13b内に突出している。また、この基部32は、その先端部が電子線通過孔13の小径部13aに対向するように配設されている。
【0017】
コネクタ33は、外部の電源装置(不図示)からカソード53(後述)に高電圧を供給するためのものである。このコネクタ33は、ケース31の外壁31aにおいてZ方向に交差する方向(図示左右方向;以下「X方向」という)側から差し込まれ、基部32中に埋没されて固定されている。コネクタ33の先端には、一対の内部配線34,34が接続されている。
【0018】
内部配線34,34は、コネクタ33の先端から基部32の中心に向かってX方向に延在すると共に、基部32の中心で折り曲げられて先端部まで延在している。この内部配線34,34には、基部32の先端部に埋設されたソケット35,35を介して、電子線放出ユニット50に連結されている。
【0019】
図2は、電子線放出ユニットを示す断面図である。図2に示すように、電子線放出ユニット50は基部32の先端部に対して着脱自在に設けられたものであり、各部材の消耗等に伴って交換が可能となっている。この電子線放出ユニット50は、絶縁基体51と、給電導体52,52と、カソード(電子線源)53と、包囲部材56と、蓋部材57と、を備えている。
【0020】
絶縁基体51は、例えばセラミック等の絶縁性材料で形成されており、給電導体52,52と、カソード53と、包囲部材56と、蓋部材57とを支持している。給電導体52,52は、例えばコバール金属からなる略円柱状の給電用ピンであり、電子放出方向であるZ方向に突出するように絶縁基体51に貫通されて保持されている。これらの給電導体52,52の一端部は、ソケット35,35を介して内部配線34,34に電気的に連結されている。給電導体52の他端部(先端部)は、その一部が切り欠かれたような半円柱状を呈している。さらに、給電導体52の他端部には、カソード53を連結するためのものとして、カソード53の支持部58a(後述)の軸線に沿った面である平坦面52aが形成されている(図4参照)。換言すると、支持部58aと線接触又は面接触するように、平坦面52aが給電導体52の他端部に形成されている。
【0021】
カソード53は、電子線EBとなる電子を発生させて放出するものである。カソード53は、給電導体52,52の先端部に掛け渡されるように形成されている。このカソード53の周囲には、いわゆるグリッドである中間電極54が設けられている。中間電極54は、その中心側の開口に向かって傾斜した凹構造によって、電子が集束するような電界を発生させ、さらに、バイアス抵抗で誘起される所定バイアス電圧を印加することで、所望の電界を形成することができると共に、電子線放出ユニット50を基部32に押さえ付けるように固定する。また、必要に応じて、カソード53と電気的に接続してカソード53と同電位にしてもよい。
【0022】
また、絶縁基体51上には、給電導体52,52の前端部を包囲する導電体からなる包囲部材56が固定されている。包囲部材56の前端面には、包囲部材56の開口を覆い塞ぐ導電体からなる薄板状の蓋部材57が配置されている。蓋部材57には、円形状のアパーチャ57a(図3参照)が設けられている。このアパーチャ57aは、Z軸方向から見て、カソード53を含むように構成されている。包囲部材56及び蓋部材57は、中間電極54と接触され、中間電極54と同電位とされている。
【0023】
図1に戻り、制御部40は、電子線照射装置1の全体を制御するためのものであり、例えばCPU、ROM、及びRAM等で構成されている。
【0024】
次に、上述したカソード53について詳細に説明する。図3はカソードを示す一部断面図、図4はカソードの接続部分を示す拡大図である。図3に示すように、カソード53は、いわゆるヘアピン型のものであり、尖頭部53xを有する略逆V字のピン形状を呈している。このカソード53は、図4に示すように、給電導体52の平坦面52aにカソード53の端部が接合部Gを介して接合され保持されている。このカソード53は、電位が供給される給電部材58と、この給電部材58に隙間なく巻き回され(密巻きされ)電子を放出する電子放出部材59と、を備えている。
【0025】
給電部材58は、タングステンで形成され、円形断面の線状を呈している。ここでは、給電部材58の径は、150μmとしている。この給電部材58は、略逆V字に屈曲されて(曲げられて)形成されている。具体的には、給電部材58は、二つ折りされるようにして尖った尖部58bと、この尖部58bの両端に連続され裾拡がりの裾部58aと、を含んで構成されている。
【0026】
電子放出部材59は、タンタルで形成されており、円形断面の線状を呈している。ここでは、電子放出部材59の径は、100μmとしており、給電部材58の径よりも小さくなっている(給電部材58の径が電子放出部材59の径よりも大きくなっている)。この電子放出部材59は、給電部材58の少なくとも一部を覆うように当該給電部材58に巻き回されている。また、電子放出部材59は、炭化処理が施されており、炭化タンタルをさらに含んでいる(詳しくは、後述)。そして、尖部58bを覆う電子放出部材59が、電子放出源の主要部として機能する。
【0027】
この電子線照射装置1を用いて電子線EBを被照射物Mに照射する場合、被照射物Mが配置された収容容器20内及び電子線通過孔13,14内を真空とした状態で、内部配線34,34、ソケット35,35及び給電導体52,52を介してカソード53に電圧を印加する。これにより、給電部材58が通電加熱され、この熱が電子放出部材59に伝わり、電子を放出可能な所定温度まで電子放出部材59が加熱される。
【0028】
続いて、内部配線34,34の何れか一方に高電圧を印加することで、給電導体52,52を介して電子放出部材59に電流が流れると共に、給電部材58と電子放出部材59との接触面を介して電子放出部材59に電流が流れる。これにより、電子放出部材59の外周面Sのうち露出する外周面S2から電子が放出されることになる。そして、放出された電子が電子線EBとして電子銃30から出射され、出射された電子線EBが電子線通過孔13,14を順次通過して被照射物Mに照射される。
【0029】
次に、上述したカソード53の製造方法について、図5に基づいて詳細に説明する。
【0030】
まず、図5(a)に示すように、タンタルからなり線状を呈する線材59Pを、タングステンからなり線状を呈する基材58Pに当該基材58Pが覆われるように巻き回す。具体的には、隣接する線材59Pの外周面が互いに接触するように、基材58Pの一端から他端に向かって線材59Pを隙間なく巻き回す。ここでは、基材58Pの径を0.15mmとし、線材59Pの径を0.10mmとしている。また、線材59Pを基材58Pに密着するように巻き回している。
【0031】
続いて、図5(b)に示すように、所定の長さ(例えば18mm)に切断し、基材58Pに線材59Pが巻きまわされてなる棹状の複合構造体53Pを形成する。
【0032】
続いて、図5(c)に示すように、複合構造体53Pを屈曲させ、当該複合構造体53Pを所定の形状(ここでは略逆V字状)に成型する(成形工程)。このとき、その屈曲部において、主な電子放出部となる尖頭部53xの先端部分にまで確実に通電可能にすべく、複合構造体53Pの対向する部分同士が互いに接触しないように成型する。
【0033】
その後、図5(d)に示すように、無酸素雰囲気中(窒素雰囲気)にて、絶縁基体51に固定した給電導体52の複合構造体53Pの端部を、平坦面52aと対向する部分全体が接合部Gとなるように平坦面52aに当接し、この当接した部分に例えば抵抗溶接やレーザ等による電気溶接を施す。これにより、平坦面52aにおける接合部G領域が溶融され、カソード53が埋入するように溶接されて接合される。その結果、面状の接合部Gを介して複合構造体53Pが給電導体52に電気的に接合される。このように複合構造体53Pと給電導体52とを接合することで、複合構造体53Pを給電導体52に電気的にも強度的にも安定して接続でき、複合構造体53Pを給電導体52で好適に保持できる。さらに、接合部Gが小さい場合、通電時に接合部Gの抵抗(接触抵抗)が大きくなることにより熱を発生し、接合部Gが溶融して給電導体52と複合構造体53P(カソード53)とが離れてしまうおそれがあるが、本実施形態においては接合部Gを十分に大きく取れるため、安定な保持が可能となる。
【0034】
続いて、複合構造体53Pの線材59Pに炭化処理を施す(炭化工程)。すなわち、まず、複合構造体53Pを保持した絶縁基体51を真空装置3内に収容する。具体的には、給電導体52において複合構造体53Pが連結された側と反対側の先端52bが、真空装置3外の大気中に露出するように、複合構造体53Pを保持した絶縁基体51を真空装置3内に収容する。そして、この先端52bに通電加熱用電源5を電気的に接続する。
【0035】
その後、真空装置3内と大気系とをバルブにて遮断し、真空装置3内を真空ポンプ4で真空にした後、この真空装置3内に炭化水素系のガス(例えば、エチレンガス等)を導入する。なお、この炭化水素系ガスに加えて、複合構造体53Pの表面を還元させる還元剤としての水素ガス、金属素材蒸発を抑制するための希ガス(例えば、アルゴン等)を導入してもよい。
【0036】
これと共に、通電加熱用電源5で複合構造体53Pを所定の時間だけ通電加熱し、複合構造体53Pの動作温度を例えば2,000℃以上とする。その結果、線材59Pが炭化される(炭化反応領域が形成される)。ここでは、線材59Pにおいて露出する外周面を含む所定領域を、炭化タンタルに炭化させている。これにより、炭化処理の施された線材59Pが電子放出部材59として形成され、基材58Pを給電部材58とする複合構造体53Pがカソード53として形成されることとなる。
【0037】
なお、通電加熱用電源5で通電加熱された複合構造体53Pの温度は、2000℃から2500℃の間が好ましく、2200℃程度がより好ましい。これは、通常、2000℃から複合構造体53Pの炭化反応が生じ、温度を上げる程に炭化反応の生成速度が速まるということが一般的であるが、高温(2500℃以上)すぎると基材58Pのタングステンの再結晶化が促進され、脆くなるためである。また、本実施形態では、所望な炭化反応領域の深さを得るべく、通電加熱用電源5における通電時間の長さが適宜調整されている。
【0038】
以上、本実施形態では、タンタルの線材59Pを基材58Pに巻き回した後、この線材59Pに炭化処理を施している。よって、炭化タンタルが含まれた線材59Pを、基材58Pに巻き回すように設けることが可能となる。すなわち、高温耐性に優れたタングステンの基材58Pに、仕事関数の小さい炭化タンタルを含む線材59Pを安定して固定することが可能となる。従って、本実施形態によれば、電子放射効率が高く且つ長寿命なカソード53を得ることができる。
【0039】
また、本実施形態では、上述したように、線材59Pを巻き回した後であって炭化処理を施す前に、線材59Pが巻き回された基材58P(複合構造体53P)を所定の形状に成型している。よって、複合構造体53Pの成型の際に、硬度が高く加工が困難な炭化タンタルが線材59Pに含まれていないため、複合構造体53Pの成型を容易に行なうことができる。
【0040】
また、上述したように、給電部材58と電子放出部材59との接触面を介して電子放出部材59に電流が流れることから、この接触面に炭化物が存在すると、電気抵抗値が増加してエミッション量が低下するという問題がある。この点、本実施形態では、線材59Pを基材58Pに巻き回した後に線材59Pに炭化処理を施すことで、給電部材58及び電子放出部材59を形成する。よって、給電部材58と電子放出部材59との接触面に炭化物が付着することを抑制でき、かかる問題を防止することができる。
【0041】
また、本実施形態では、上述したように、電子放出部材59が給電部材58に巻き回されていることから、以下の効果を奏する。すなわち、電子放出部材59の一部が破断したとしても、電子放出部材59が給電部材58に保持されるため、電子放出部材59が脱落するのを防止することができる。給電部材58に電子放出部材59が巻き回されているだけなので、低コスト化が実現できる。
【0042】
また、本実施形態では、上述したように、基材58P及び線材59Pが円形断面を呈し、基材58Pの径が線材59Pの径よりも大きくなっているため、線材59Pを基材58Pに容易に巻き回すことができる。さらに、線材59Pを基材58Pに密着するように巻き回していることから、電子放出部材59の全体を給電部材58で均一に加熱することができ、電子放出部材59から均一に電子を放出することができる。
【0043】
また、本実施形態では、線材59Pにタンタルひいては炭化タンタルを含むため、次の効果を奏する。すなわち、下表1に示すように、従来のカソードの電子放出部材に使用されていたタングステンに比較して、電子放出部材59の仕事関数が低下されるため、動作温度を低下させることが可能となる。よって、同じ動作温度でもエミッション量を増加することでき、エミッション特性を向上することが可能となる。また、同じエミッション量を得るための動作温度が低下され、電子放出部材59の再結晶化が抑制され、カソード53の長寿命化が可能となる。動作温度が高い程、電子放出部材59の硬度が低下し脆くなる点からも、動作温度が低下される上記効果は特に有効である。さらに、電子放出部材59の融点が上昇するため(下表1参照)、電子放出部材59の消耗を抑制することができ、このことからも、カソード53の長寿命化が可能となる。さらに、炭化タンタルは、ガス被毒特性が高いため、真空度の低い環境下においてもカソード53を好適に使用することができる。よって、被照射物の交換の度に真空排気を行なうような場合に特に好ましいといえる。
【0044】
[表1]
物性値 W(タングステン) Ta(タンタル) TaC(炭化タンタル)
仕事関数(eV) 4.55 4.10 3.61
融点(℃) 3420 3020 3980
【0045】
次に、本発明の第2実施形態に係る電子線照射装置について説明する。
【0046】
図6は、本発明の第2実施形態に係る電子線照射装置のカソードを示す一部断面図である。図6に示すように、本実施形態の電子線照射装置70が上記第1実施形態の電子線照射装置1と異なる点は、カソード53を有する電子線放出ユニット50(図3参照)に代えて、コの字状のピン形状のカソード73を有する電子線放出ユニット71を備えている点である。
【0047】
カソード73は、給電部材78と、この給電部材78に隙間なく巻き回された電子放出部材79とを備えている。
【0048】
給電部材78は、電位が供給されるものであり、タングステンで形成されている。また、給電部材78は、円形断面の線状を呈している。この給電部材78は、コの字状に屈曲されて(曲げられて)形成されている。具体的には、給電部材78は、Z方向に延在し且つ給電導体52に接続される支持部78a,78aと、Z方向に直交する方向(つまり、電子線放出ユニット71では蓋部材57の前面に沿う方向)に延在する延在部78bと、を有し、給電部材78の略直角な角部である曲部78c,78cを介して、支持部78a,78a及び延在部78bが連続している。
【0049】
電子放出部材79は、電子を放出するものあり、タンタルで形成されている。また、電子放出部材79は、円形断面の線状を呈している。この電子放出部材79は、給電部材78(支持部78a,78a及び延在部78b)を覆うように当該給電部材78に巻き回されている。具体的には、図8に示すように、電子放出部材79は、その外周面Sのうち隣接する外周面(外面)S1が互いに接触するように、給電部材78の一端から他端に向かって順次に巻き回されている。そして、延在部78bを覆う電子放出部材79が、電子放出源の主要部として機能する。
【0050】
また、電子放出部材79は、炭化処理が施されており、炭化タンタルをさらに含んでいる。ここでは、電子放出部材79において外周面Sのうち露出する外周面S2を含む所定領域が、炭化タンタルになっている(詳しくは、後述)。
【0051】
次に、上述したカソード73の製造方法について、図7に基づいて詳細に説明する。
【0052】
まず、上記第1実施形態と同様に、タングステンからなる線状の基材に、タンタルからなる線状の線材を巻き回す。具体的には、隣接する線材の外周面が互いに接触するように、基材の一端から他端に向かって線材を隙間なく巻き回す。これにより、所定の長さ(例えば20mm)以上の長さを有する長尺棹状の複合構造体を形成する。なお、タンタルは、柔軟性があるため、隙間無く巻き回すことが比較的容易であるのに加え、タングステンは、その融点温度が非常に高く、熱変形を起こしにくいため、隙間無く巻き回した状態を安定に保持することができる。
【0053】
続いて、図7(a)に示すように、複合構造体73Pにおける線材に対し炭化処理を施す(炭化工程)。すなわち、複合構造体73Pを真空装置3内に収容し、この複合構造体73Pの両端部をクリップ等の保持手段6で保持し、そして、保持手段6に通電加熱用電源5を電気的に接続する。その後、真空装置3内と大気系とをバルブにて遮断し、真空装置3内を真空ポンプ4で真空にした後、この真空装置3内に炭化水素系のガスを導入する。これと共に、通電加熱用電源5により保持手段6を介して複合構造体73Pを通電加熱する。その結果、線材が炭化される。
【0054】
続いて、図7(b)に示すように、複合構造体73Pを切断して屈曲し、複合構造体73Pを所定の形状(ここでは略コの字状)に成型する(成型工程)。そして、この成型した複合構造体73Pを、接合部Gを介して電子線放出ユニット50の給電導体52に電気溶接する。これにより、複合構造体73Pがカソード73として形成されることになる。
【0055】
以上、本実施形態においても、上記効果と同様な効果、すなわち、電子放射効率が高く且つ長寿命なカソード73を得ることができるという効果を奏する。
【0056】
また、上述したように、電子放出部材79は、隣接する電子放出部材79の外周面S1が互いに接触するように給電部材78に巻き回されている。そのため、以下の効果を奏する。すなわち、電子放出部材79においては、電子放出部材79が巻き回される巻回方向(電子放出部材79の軸線方向)に沿って電流が流れるだけでなく、図8に示すように、電子放出部材79が巻き進む方向(図示A方向)に沿っても電流が流れることになる。よって、電子放出部材79の通電性を向上することができる。
【0057】
さらに、電子放出部材79の露出する外周面S2が電子放出面として機能することから、電子放出部材79が線材であるため、電子放出面S2が凹凸の連続するような波状曲面を呈することになる。よって、従来のカソードや電子放出面が平面で構成されたカソードに比べて、一定の平面面積に占める電子放出面S2の面積を増加することが可能となる。これらにより、エミッション量ひいてはエミッション特性(電子放出能)を向上することができる。
【0058】
ここで、カソード73に電圧が印加され、給電部材78及び電子放出部材79が高温化されたとき、タンタルの熱膨張率がタングステンの熱膨張率よりも大きいことから、電子放出部材79がその巻き進む方向に移動してしまう(ズレてしまう)おそれがある。これに対し、本実施形態では、上述したように、曲部78cが延在部78bの両端に形成されるように給電部材78が屈曲されている。よって、熱膨張した電子放出部材79は、その巻き進む方向に沿う方向に、両端の曲部78cで挟み込まれるように係止されることになる。そのため、熱膨張した電子放出部材79の移動を曲部78cで規制することができ、隣接する電子放出部材79の外周面S1が互いに確実に接触する状態を好適に維持することができる。そのため、曲部78cは、電子放出部材79の巻き進む方向に沿う方向に当該電子放出部材79が移動するのを規制する規制部として機能するといえる。
【0059】
なお、電子放出部材79の巻き回し程度が経年変化や使用頻度等により緩く(甘く)なることがあるため、隣接する電子放出部材79の外周面S1が互いに確実に接触するように巻き回された状態を維持するという上記効果は特に有効である。さらに、曲部78cの形成に際しては、給電部材78を曲げることで足り、別部材によって規制部を設ける必要がない。よって、かかる効果を、高温環境下でも規制部の破損や脱落のおそれなく安定に実現することができると共に、低廉且つ簡易に実現することが可能である。
【0060】
次に、本発明の第3実施形態に係る電子線照射装置について説明する。
【0061】
図9は、本発明の第3実施形態に係る電子線照射装置のカソードを示す一部断面図である。図9に示すように、本実施形態の電子線照射装置90が上記第2実施形態の電子線照射装置70と異なる点は、電子放出部材79が給電部材78に隙間なく巻き回されたカソード73を有する電子線放出ユニット71(図6参照)に代えて、電子放出部材79が給電部材78に隙間Bを空けて巻き回された(疎巻きされた)カソード93を有する電子線放出ユニット91を備えている点である。
【0062】
具体的には、図9に示すように、電子放出部材79は、その外周面Sのうち隣接する外周面(外面)S1の間に隙間Bが形成されるように、給電部材78の一端から他端に向かって順次に巻き回されている。換言すると、電子放出部材79は、給電部材78の少なくとも一部を覆うように当該給電部材78に設けられている。
【0063】
このカソード93においても、上記第2実施形態のカソード73と同様な製造方法により製造される。すなわち、カソード93を製造する場合、タングステンからなる線状の基材に、タンタルからなる線状の線材を巻き回すことで長尺棹状の複合構造体を形成し、この複合構造体に炭化処理を施し、その後、複合構造体を所定の形状に成型する。
【0064】
以上、本実施形態では、上記効果と同様な効果、すなわち、電子放射効率が高く且つ長寿命なカソード93を得ることができるという効果を奏する。また、この場合、電子放出部材79を給電部材78に容易に巻き回すことができる。
【0065】
また、本実施形態では、炭化処理により、タンタルと共にタングステンも炭化されるが、炭化タングステンの硬度が炭化タンタルの硬度に比べて低いことから、炭化タンタルが疎巻きされてなる本実施形態の複合構造体にあっては、炭化タンタルが密巻きされたものに比べ、屈曲等の加工部における炭化タンタルの占める割合が小さく、また、加工自由度が高いものとなる。そのため、本実施形態によれば、成型時の加工性を向上することができる。特に、小形のカソードを大量に作成する場合には、複合構造体を一つ一つ成型した後に炭化するよりも、長尺の複合構造体を炭化した後に個別に成型するほうが好ましい。よって、この場合には、加工性の高い本実施形態は、特に有効である。
【0066】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。例えば、上記実施形態では、カソード53,73,93を電子線照射装置1に用いたが、X線管(X線照射装置)に用いてもよい。
【0067】
図9は、本発明の他の実施形態に係るX線管の断面図である。図9に示すように、X線管60は、印加電圧が10keV程度の低電力用のものであり、円筒状のバルブ61を有している。このバルブ61の基端には、ステム62が形成されている一方、バルブ61の開放端には、出力窓63が形成されている。出力窓63には、X線を発生させるためのターゲット64が蒸着されている。ステム62には2本の給電導体52,52が固定され、これらの給電導体52,52の先端部にはカソード53が掛け渡されている。カソード53は、給電導体52に抵抗溶接されている。
【0068】
このX線管60によれば、電子放射の影響でカソード53の径が細くなりカソード53が破断してしまうということを防止できる。
【0069】
また、上記第1実施形態では、成型工程の後に炭化工程を実施したが、炭化工程の後に成形工程を実施してもよく、上記第2,3実施形態では、炭化工程の後に成型工程を実施したが、成形工程の後に炭化工程を実施してもよい。なお、炭化処理としては、炭素を付着(浸炭)させた後に真空中にて通電させる場合もある。
【0070】
また、上記実施形態では、基材及び線材の断面を円形としたが、これらの断面は、楕円形であってもよく、多角形であってもよい。また、上記実施形態では、基材を線状としたが、薄板状であってもよい。
【0071】
また、上記実施形態では、給電部材58,78をタングステンで、電子放出部材59,79をタンタルで形成したが、給電部材をタングステンを含む合金(材料)で形成してもよく、また、電子放出部材をタンタルを含む合金で形成してもよい。
【0072】
また、上記実施形態では、カソード53,73,93の端部において平坦面52aと対向する部分が接合部Gとなるように、カソード53と給電導体52とを溶接によって直接接合したが、金属パイプを用いてカソード53,73,93と給電導体52と接合してもよい。例えば、上記第2実施形態にて例示すると、図11及び図12に示すように、パイプ81を用いてカソード73と給電導体52と接合する場合がある。具体的には、パイプ81は、円筒状の導電材料からなり、カソード73の端部と電気的に接続されるように当該カソード73の端部を覆っている。パイプ81を構成する導電材料は、ニッケルやコバール等のカソード73を構成する材料よりも融点の低い金属としている。そして、接合の際、給電導体52と同様にパイプ81が溶融されている。これにより、給電導体52とカソード73とを一層強く接合させることができる。
【0073】
また、上記第1実施形態におけるヘアピン型のカソード53において、主な電子放出部となる尖頭部53xの形状を鋭利にすれば、輝度(所定単位領域あたりの電子放出量)が更に上がるため、尖頭部53xに電界研磨等の研磨処理を施して当該尖頭部53xの形状を鋭利にした後、炭化処理を施してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】本発明の第1実施形態に係る電子線照射装置の断面図である。
【図2】図1の電子線照射装置における電子線放出ユニットを示す断面図である。
【図3】図1の電子線照射装置におけるカソードを示す一部断面拡大図である。
【図4】図1の電子線照射装置におけるカソードの接続部分を示す拡大図である。
【図5】図1の電子線照射装置におけるカソードの製造方法を説明する図である。
【図6】本発明の第2実施形態に係る電子線照射装置におけるカソードを示す一部断面拡大図である。
【図7】図6の電子線照射装置におけるカソードの製造方法を説明する図である。
【図8】図6の電子線照射装置におけるカソードの電流の流れを説明する図である。
【図9】本発明の第3実施形態に係る電子線照射装置におけるカソードを示す一部断面拡大図である。
【図10】本発明の他の実施形態に係るX線管の断面図である。
【図11】カソードの接続部分の他の例を示す拡大図である。
【図12】図11のXII−XII線に沿う一部断面図である。
【符号の説明】
【0075】
53,73,93…カソード(電子線源)、58,78…給電部材、58P…基材、59,79…電子放出部材、S1…外周面(外面)、59P…線材、B…隙間。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電位が供給される給電部材と、前記給電部材の少なくとも一部を覆うように設けられ電子を放出する電子放出部材と、を備えた電子線源を製造する製造方法であって、
タングステンを含む基材に、タンタルを含む線材を巻き回す工程と、
前記線材を巻き回した後、前記線材に炭化処理を施すことで、前記基材を前記給電部材として形成すると共に前記線材を前記電子放出部材として形成する工程と、
を含むことを特徴とする電子線源の製造方法。
【請求項2】
前記線材を巻き回した後であって前記炭化処理を施す前に、前記線材を巻き回した前記基材を所定の形状に成型する工程をさらに含むことを特徴とする請求項1記載の電子線源の製造方法。
【請求項3】
前記電子放出部材は、隣接する前記電子放出部材の外面が互いに接触するように前記給電部材に巻き回されていることを特徴とする請求項1又は2記載の電子線源の製造方法。
【請求項4】
前記電子放出部材は、隣接する前記電子放出部材の外面の間に隙間が形成されるように前記給電部材に巻き回されていることを特徴とする請求項1又は2記載の電子線源の製造方法。
【請求項1】
電位が供給される給電部材と、前記給電部材の少なくとも一部を覆うように設けられ電子を放出する電子放出部材と、を備えた電子線源を製造する製造方法であって、
タングステンを含む基材に、タンタルを含む線材を巻き回す工程と、
前記線材を巻き回した後、前記線材に炭化処理を施すことで、前記基材を前記給電部材として形成すると共に前記線材を前記電子放出部材として形成する工程と、
を含むことを特徴とする電子線源の製造方法。
【請求項2】
前記線材を巻き回した後であって前記炭化処理を施す前に、前記線材を巻き回した前記基材を所定の形状に成型する工程をさらに含むことを特徴とする請求項1記載の電子線源の製造方法。
【請求項3】
前記電子放出部材は、隣接する前記電子放出部材の外面が互いに接触するように前記給電部材に巻き回されていることを特徴とする請求項1又は2記載の電子線源の製造方法。
【請求項4】
前記電子放出部材は、隣接する前記電子放出部材の外面の間に隙間が形成されるように前記給電部材に巻き回されていることを特徴とする請求項1又は2記載の電子線源の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2009−117134(P2009−117134A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−287678(P2007−287678)
【出願日】平成19年11月5日(2007.11.5)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年11月5日(2007.11.5)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】
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