説明

電気磁気効果単結晶の製造方法

【課題】電気磁気効果(マルチフェロイック)デバイス、強誘電デバイス、ピエゾデバイス等に用いることのできるBiFeO3の大型単結晶の製造方法を提供する。
【解決手段】上下2つの結晶駆動軸の一方に支持されたBiFeO3の高密度な原料棒3と、他方の結晶駆動軸に支持された種結晶棒4と、両棒の間に載置されたフラックス(溶融剤)5を用い、溶融帯域法(フローティングゾーン法)によりフラックス5を加熱して溶融帯域7を形成し、酸素、不活性ガス、又は、それらの混合ガスの雰囲気下で単結晶を育成してBiFeO3単結晶棒を作製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気磁気効果(マルチフェロイック)デバイス、強誘電デバイス、ピエゾデバイス等に用いることのできる電気磁気効果単結晶の製造技術に関する。より具体的には、電気磁気効果が期待できるBiFeO3の大型単結晶製造技術に関する。
【背景技術】
【0002】
BiFeO3は強誘電性(ferroelectric)と強弾性(ferroelastic)と反強磁性(antiferromagnetic)が共存し、それらが相互作用している点に特徴がある。複数のフェロ(ferro)特性が絡みあうことからマルチフェロイック材料と呼ばれる。例えば電場によって電気分極を制御し、それによって間接的に磁性を制御するといったことが可能になる。このような効果を電気磁気効果あるいは交差相関と呼ぶ。現在までのところ、BiFeO3は室温で実現する唯一のマルチフェロイック材料である。電場による磁性の制御を利用して磁気メモリーやハードディスク書き込みなどへの使用が期待されている(非特許文献1参照)。また、BiFeO3の電気分極は100μC/cm2と非常に大きいことが知られており、強誘電性や強弾性のみでも利用価値が大きい。ピエゾデバイス等として使用される場合には、PZTなどとは異なり鉛を含まないという利点もある。
【0003】
BiFeO3の合成に関して、多結晶体や薄膜については多数の報告がある。単結晶については報告が少なく、るつぼを用いたフラックス法による薄片微結晶についてのみ報告がある(非特許文献2参照)。デバイス化のためには、高品質な大型単結晶が必要とされるが、フラックス法によるBiFeO3の微結晶は、サイズが小さいだけでなく、形や大きさのばらつきも大きく、しかも、るつぼ材等の不純物の混入も避けられないため、デバイス化の要求に全く答えることができないものである。
【0004】
また、強誘電性を利用するためには十分な絶縁性が要求されるが、BiFeO3は漏れ電流が生じやすい欠点があり、強誘電性の利用が困難という問題があった。漏れ電流の原因としては、導電性のある異相の混入、酸素不定量比(すなわち、BiFeO3における酸素組成の化学量論比からのずれ)によるキャリアーの存在などが可能性として指摘されている。これらの原因を取り除くために、不純物元素による置換(特許文献1〜2、非特許文献3〜7参照)や希硝酸による処理(上記非特許文献2参照)という間接的な対策が採られている。薄膜では、酸素量を制御するという直接的な対策が採られているが(特許文献3参照)、酸素定量比の純良バルク試料の合成による漏れ電流抑制の成功例は知られていない。
【0005】
上述のようなフラックス法によるBiFeO3単結晶製造の問題点を解決するためには、溶融帯域法(フローティングゾーン法)による単結晶製造法を採用することが考えられるが、BiFeO3単結晶について成功例の報告は今まで全くなかった。
本発明者らは、従来のランプ加熱式のフローティングゾーン炉を用いた単結晶育成の研究過程において、BiFeO3単結晶育成には、原料への融液の浸透や育成結晶への融液の垂れの問題点を解決する必要性を認識した。その後、本発明者らは、ランプ加熱式のフローティングゾーン炉で問題となった融液の浸透や垂れを防ぐ目的でレーザ加熱式のフローティングゾーン炉を開発し(特許文献4、5参照)、さらに、そのようなレーザ加熱式のフローティングゾーン炉をBiFeO3単結晶育成に適用することについて、本発明者らは検討を続けていたが、一般には、そのようなレーザ加熱式のフローティングゾーン炉とBiFeO3単結晶育成との関連は知られておらず、まして、BiFeO3単結晶製造に適した、原料棒作製法・育成速度・雰囲気・フラックス組成などの各種条件の範囲についても全く知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009-224668号公報
【特許文献2】特開2009-267363号公報
【特許文献3】特開2007-294986号公報
【特許文献4】特開2009-040626号公報
【特許文献5】特願2010-006894号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Nature Materials 7, 425 (2008)、Physics 2, 105 (2009)
【非特許文献2】Physical Review B 76, 024116 (2007)
【非特許文献3】Journal of Applied Physics 100, 074111 (2006)
【非特許文献4】Solid State Communications 135, 133 (2005)
【非特許文献5】Applied Physics Letters 91, 112913 (2007)
【非特許文献6】Journal of Applied Physics 102, 074107 (2007)
【非特許文献7】Journal of Applied Physics 101, 014108(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明においては、上述のような従来技術における問題点を解決し、BiFeO3大型単結晶育成法を開発することが一番目の課題である。
また、BiFeO3の漏れ電流低減のために、異相の混入や酸素不定量比という直接的な原因を取り除くことが可能な単結晶の育成法を開発することが二番目の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述のような従来技術を背景としたBiFeO3大型単結晶育成法を開発する研究過程において、本発明者らは、次の(a)〜(c)のような知見を得た。
(a)本発明者らが開発した上記レーザ加熱式のフローティングゾーン炉をBiFeO3単結晶育成に適用するとともに、原料棒を高密度化すること等の育成条件を調整することにより、従来のランプ加熱式のフローティングゾーン炉を用いた際の原料への融液の浸透や育成結晶への融液の垂れの問題点を解決し、BiFeO3単結晶を育成することができる。
(b)原料棒作製法・育成速度・雰囲気・フラックス組成などの各種条件を調整することにより、更に品質の良いBiFeO3大型単結晶の育成が可能となる。
(c)単結晶を育成する際に、雰囲気ガスにおける酸素定量比を調整することにより、BiFeO3単結晶の漏れ電流を低減することができる。
【0010】
本発明は、上記のような知見に基づくものであり、以下の事項を特徴としている。
(1)上下2つの結晶駆動軸の一方に支持されたBiFeO3の高密度な原料棒と、他方の結晶駆動軸に支持された種結晶棒と、両棒の間に載置されたフラックス(溶融剤)を用い、レーザ加熱式の溶融帯域法(フローティングゾーン法)によりフラックスを加熱して溶融帯域を形成し、酸素、不活性ガス、又は、それらの混合ガスの雰囲気下で単結晶を育成してBiFeO3単結晶棒を作製することを特徴とする電気磁気効果単結晶の製造方法。
(2)前記レーザ加熱に用いるレーザ光は、径方向及び/又は軸方向の強度分布が略矩形形状であることを特徴とする(1)に記載の電気磁気効果単結晶の製造方法。
(3)前記BiFeO3の高密度な原料棒は、
Fe2O3とBi2O3との組成比がモル比で1対1に混合焼結し棒状にして原料棒を作製する工程と、
前記原料棒と種結晶棒の間に載置されたフラックスを用いて、溶融帯域法により酸素、不活性ガス、又は、それらの混合ガスの雰囲気下で高速度移動を伴って溶融・凝固させる工程と、
を含む調製方法により調製されたものである(1)に記載の電気磁気効果単結晶の製造方法。
(4)前記フラックスは、Fe2O3とBi2O3とを原料とし、Fe2O3の原料全体に占める割合Rを
0モル%≦R≦30モル%
として焼結し塊状にする工程により調製されたものである(1)に記載の電気磁気効果単結晶の製造方法。
(5)前記BiFeO3単結晶棒の育成速度Vを
V ≦1.0mm/h
としてBiFeO3単結晶を育成することを特徴とする(1)に記載の電気磁気効果単結晶の製造方法。
(6)前記雰囲気における酸素含有率Iを
0%≦I≦100%
としてBiFeO3単結晶を育成することを特徴とする(1)又は(3)に記載の電気磁気効果単結晶の製造方法。
(7)前記雰囲気における酸素含有率Iを
0%≦I≦1%
として育成結晶の漏れ電流を低減することを特徴とする(6)に記載の電気磁気効果単結晶の製造方法。
(8)前記不活性ガスがアルゴンガスであることを特徴とする(1)、(3)、(6)、(7)のいずれか1項に記載の電気磁気効果単結晶の製造方法。
(9)(1)〜(8)のいずれか1項に記載の電気磁気効果単結晶の製造方法によって製造されたペロブスカイト酸化物BiFeO3単結晶。
【発明の効果】
【0011】
従来のランプ加熱式の場合には、育成時に原料棒への融液の浸透が激しく、固液境界が不明瞭であるとともに、融液の垂れが起きたり、径が不均一で育成が不安定であったりし、更に、不純物相も析出して単結晶とは言えない微細結晶の集まりが製造されるのに対し、本発明のレーザ加熱式では、原料棒への融液の浸透がほとんど認められず、固液境界がきわめて明瞭であり、融液の垂れはなく、径が均一で、不純物相の析出がないかあっても僅かであり、安定した単結晶の育成が可能となった。
レーザ加熱を用いて育成を安定化できることに加えて、育成条件(原料の高密度化、フラックス組成、育成速度、雰囲気)を最適化することにより大型結晶育成に初めて成功した。
更に還元雰囲気下での精密酸素量制御を用いた結晶育成により、特殊加工(不純物元素置換や酸処理)を施していないバルク材で室温における漏れ電流(リーク電流)を十分抑えることも可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の電気磁気効果単結晶の製造方法に用いる装置の概略平面図である。
【図2】本発明の電気磁気効果単結晶の製造方法に用いる矩形分布加熱方式の径方向集光強度分布を示す図である。
【図3】本発明の電気磁気効果単結晶の製造方法に用いる矩形分布加熱方式の軸方向集光強度分布を示す図である。
【図4】本方式の炉本体に備えられたテレビカメラで撮影されたBiFeO3単結晶育成時の溶融帯域近傍のリアルタイム画像である。
【図5】従来型のランプ型炉におけるBiFeO3単結晶育成時の溶融帯域近傍のリアルタイム画像である。
【図6】Fe2O3とBi2O3を組成とする混合物の平衡状態を示す相図である。
【図7】比較例の単結晶棒写真である。
【図8】実施例1の単結晶棒写真である。
【図9】実施例2の単結晶棒と残った原料棒の写真である。
【図10】実施例3の単結晶棒写真である。
【図11】実施例4の単結晶棒写真である。
【図12】実施例5の単結晶棒と残った原料棒の写真である。
【図13】比較例の結晶棒切断面のラウエ写真である。
【図14】実施例1の結晶棒切断面のラウエ写真である。
【図15】実施例2の結晶棒切断面のラウエ写真である。
【図16】実施例3の結晶棒切断面のラウエ写真である。
【図17】実施例4の結晶棒切断面のラウエ写真である。
【図18】実施例5の結晶棒切断面のラウエ写真である。
【図19】製造時の雰囲気中の酸素含有率Iと1kV/cmの電場下での漏れ電流との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[装置・実験方法]
電気磁気効果単結晶を育成するレーザ加熱フローティングゾーン装置は、原料棒と種結晶棒とから単結晶を育成する単結晶育成空間を持つ本体と、パーソナルコンピュータ、液晶ディスプレイ、電源ユニット、漏電ブレーカ、コントロール装置等から構成され、該コントロール装置は、ファイバカップリング式高出力半導体レーザの出力或いは上下結晶駆動軸の移動速度や回転速度などを制御するように構成されている。
【0014】
本体にはテレビカメラが備えられ被加熱部分をリアルタイムで観察できる。定電圧/定電流直流電源から電力が供給される前記ファイバカップリング式高出力半導体レーザは光ファイバを介して前記本体に接続され、透明石英管内の単結晶育成空間に配設された試料にレーザ光を照射する。またファイバカップリング式高出力半導体レーザはペルチエ素子上に組み込まれ、ペルチエ素子による温度はペルチエコントローラで制御される。更に、本体には前記単結晶育成空間に雰囲気ガスを流すガスコントローラと前記本体の被加熱部分および前記ペルチエ素子を冷却する循環式液体冷却装置が接続される。
【0015】
次に、前記レーザ加熱フローティングゾーン装置の溶融帯域付近の要部について図1、図2、図3を用いて説明する。
図1は本発明の電気磁気効果単結晶の製造方法に用いる装置の概略平面図、図2は本発明の電気磁気効果単結晶の製造方法に用いる矩形分布加熱方式の径方向集光強度分布、図3は本発明の電気磁気効果単結晶の製造方法に用いる矩形分布加熱方式の軸方向集光強度分布である。
該装置は加熱源として奇数個のファイバカップリング式高出力半導体レーザを配設することで所期の目的を十分達成できるが、図1はファイバカップリング式高出力半導体レーザを5個配設した場合を図示したものである。
【0016】
この装置は同等の照射強度を持つ複数のファイバカップリング式高出力半導体レーザ 1−1〜1−5と、多角柱または多角錐の側面で光を複数回反射させることで矩形形状の面光源を形成するライトパイプ(光学素子)2−1〜2−5と、図示されていない上結晶駆動軸と下結晶駆動軸等から構成される。上下の2つの結晶駆動軸は、同一鉛直線上となるように間隔を置いて配置されている。前記ライトパイプ2−1〜2−5は、ライトパイプの外、コリメータレンズ等も用いることでき、前記両駆動軸の円周方向の同一面内に駆動軸を中心として等角度となるように配設され、レーザ光は両駆動軸に垂直に照射される。図2に示すように、図示されていない上結晶駆動軸に原料棒3が保持され、図示されていない下結晶駆動軸に種結晶棒4が保持される。該種結晶棒4の上端面にFe2O3とBi2O3との混合物である所定量のフラックス(溶融剤)5が載置される。前記原料棒3と前記種結晶棒4及び前記フラックス5とで棒状試料6が形成される。また、該棒状試料6は図示していない透明な石英管内に配設され、該石英管内は単結晶育成に好適な雰囲気ガスが流され、所定の圧力で充満される。前記上結晶駆動軸と前記下結晶駆動軸は互いに反対方向に回転される。前記上結晶駆動軸は所定の原料供給速度で下方に移動させ、前記下結晶駆動軸は所定の結晶育成速度で下方に移動させる。
【0017】
図1に示すファイバカップリング式高出力半導体レーザ1−1〜1−5から放射されたレーザ光は、ライトパイプ2−1〜2−5の多角柱または多角錐の側面で光が複数回反射して、図2、3に点線で示すような略矩形形状のレーザビームスポット8を形成する。そのようなレーザ照射により前記フラックス5を溶融し、溶融帯域7を形成する。
【0018】
図2は径方向のレーザ光の強度分布を示す。棒状試料6の径方向のレーザの集光強度分布については、既に出願済みの特願2007-206005で詳細に説明した作動と同一である。特に、レーザ光源数が奇数個の場合は、そのレーザ光線の強度分布はレーザ光源数が偶数個の場合に比べて平滑性がより良くなる。
【0019】
図3は軸方向のレーザ光の強度分布を示す。そして、図示したように、溶融帯域7付近のレーザ光線の軸方向の強度分布が略矩形形状となり、その軸方向の立ち上がり(9a)および立ち下り(9b)を急峻にできる。その結果、固体部分への浸透が極めて少なくなり、かつ固化部分への垂れもなく良質な単結晶を育成できる。レーザ光線の強度分布は、径方向及び軸方向の両方共略矩形形状とすることが望ましいが、前記浸透や垂れを防止する観点からは、軸方向のみを略矩形形状とすることもできる。なお、本発明において、レーザ光線の径方向や軸方向の強度分布が略矩形形状であるとは、それぞれの方向の強度分布のグラフにおいて、照射範囲の少なくとも70%(好ましくは少なくとも80%、さらに好ましくは少なくとも90%)でレーザ光線の強度の最大値と最小値との差が最大値の25%(好ましくは15%、さらに好ましくは10%)以内にあることを意味する。
【0020】
図4は本体に備えられたテレビカメラで撮影されたBiFeO3単結晶育成時の溶融帯域近傍のリアルタイム画像であり、図5に比較のために従来型のランプ型炉におけるBiFeO3単結晶育成時の溶融帯域近傍のリアルタイム画像を示す。前者では原料への融液の浸透はほとんど見られずに固液境界が明瞭に一直線であるのに対し、後者では原料への融液の浸透が起こり固液境界が入り組んでいる。
【0021】
[結晶育成・漏れ電流の原理と実験結果の概要]
図6はFe2O3とBi2O3との混合物の平衡状態を示す相図である。(Journal of Solid State Chemistry 9, 139 (1974)、ACerS-NIST PHASE EQUILIBRIA DIAGRAMS Version 3.2 (2008), The American Ceramic Society, Fig. 02357より引用)。この相図は、液相中のFe2O3の全体に占める割合Rがモル比で10モル%≦R≦30モル%のとき、930℃から785℃の温度範囲で、固相のBiFeO3がその液相と共存し、固相のBiFeO3を生成できることを示す。したがってこの範囲のRのフラックス(溶融剤)を用いれば、溶融帯域を安定に形成することができる。R>30モル%のときには、固相のBi2Fe4O9あるいは更にFeの比率の大きな化合物(固相)が液相と共存し、生成するため、BiFeO3の結晶育成には適さない。R<10モル%のときには、液相として共存する固相はBi40Fe2O63あるいはBi2O3であるが、原料のBiFeO3が溶出することによりフラックスの組成は10モル%≦R≦30モル%の範囲に落ち着く場合があるので、BiFeO3の結晶育成に使用が可能である。現実にはフラックスの組成は結晶の育成が進むにつれて変化していくので、載置するフラックスの組成は、育成を早期に安定化できるものであれば問題ない。本装置を用いて単結晶を育成する場合に、用いられるフラックスとして、Fe2O3とBi2O3とを組成とし、Fe2O3が全体に占める割合Rを種々変えて育成を行ったが、Rがモル比で0モル%、10モル%、30モル%の場合全てで良好な結晶が得られた。
【0022】
原料棒には、BiFeO3の焼結棒を用いることができる。しかしながら、焼結棒は多孔質体であり多少の融液の浸透は避けられない。溶融帯域法を用いて、通常の結晶育成よりも高速度の移動を伴って溶融・凝固させる過程により準備した原料棒の方がより高密度であり、融液の浸透を抑制でき、結晶育成に用いるのに望ましい。ここで高速度の移動とは、1.0mm/hを超える移動速度、好ましくは2.0mm/h以上、より好ましくは5.0 mm/hr以上の移動速度を意味し、実用的には、例えば、6 mm/hr、10 mm/hr等の移動速度を採用することができる。また、本発明において、高密度な原料棒とは、見かけ密度がBiFeO3真密度の80%以上(好ましくは90%以上)のものを言う。
種結晶としては、BiFeO3単結晶を用いれば育成初期から所望の結晶方位に育成でき、望ましい。しかし、多結晶体を用いたとしても、結晶粒の方向が徐々にそろえられるので、最終的には単結晶育成が可能になる。実際に多結晶体の種結晶を用いても20mm程度の長さの育成の後に育成棒は単結晶となった。
【0023】
原料及び結晶の組成とフラックスの組成が異なるために、結晶育成速度が速すぎると平衡状態を保つことができない。したがって、育成速度は所定の速度よりも遅い必要があり、遅ければ遅いほど結晶育成には良い。結晶の製造の観点からは遅い育成速度は効率が悪いため、現実的な育成速度を用いることになる。結晶育成速度を様々に変えて育成を行ったが、1.0mm/hの場合には結晶中に異相が混入するのに対し、0.5mm/hおよび0.7mm/hの場合にほぼ単相で良好な結晶が得られた。
【0024】
酸化物に対して育成時の雰囲気中の酸素含有量は、ビスマスや鉄の価数や、酸素量の不定量比(すなわち、BiFeO3における酸素組成の化学量論比からのずれ)を変動させる要因となる。それらは化合物の安定性にも影響を与えるので、育成に適すよう雰囲気の調整が必要となる。アルゴンと酸素の種々の混合比により育成を行ったところ、酸素含有率Iが0%≦I≦ 100%の全域で異相のほぼない結晶が得られた。ただし、I= 100%の場合には多数の結晶ドメインが存在して棒全体が単結晶にはならず、結晶育成条件としてはやや劣る傾向が見られた。
【0025】
漏れ電流に関しては、異相の存在と酸素量の不定量比が原因として考えられてきた。前者は導電性を(ある程度)有する異相が漏れ電流に寄与しているという考え方である。異相の存在量と漏れ電流の間には特に相関は見られなかった。後者は酸素量の不定量比によりキャリアー(電子あるいはホール)が生成されて漏れ電流に寄与しているという考え方である。育成時の雰囲気中の酸素含有量が少ないほど、すなわち結晶中の酸素含有量が少ないほど、漏れ電流が少ない傾向が見られた。このことはBiFeO3においては過剰酸素によるホールの生成が起こりやすく、雰囲気中の酸素含有量を減らしてやることにより結晶中の過剰酸素すなわちホールの生成を抑制できるという考え方によく一致する。
【0026】
[育成結晶の評価方法]
得られた育成結晶棒について以下の評価を行った。粉末X線回折装置((株)マック・サイエンス社製)により結晶中に含まれる物質を同定した。ラウエ写真用エックス線発生装置(理学電機(株)社製)によるラウエ写真により、結晶粒の成長具合について評価した。撮影にはイメージングプレートを用いたため、図17に見られるように残像による水平な線が現われるときがあるが、結晶評価には差し支えない。育成結晶棒から薄片を作製し、薄片の両面に銀ペーストにより電極を2端子配置し、強誘電体物性評価装置(東陽テクニカ社製)により結晶の漏れ電流を測定した。
【0027】
[比較例]
ランプ加熱型フローティングゾーン炉を用いた場合について比較例としてここで示す。
後述の実施例と同様な方法で原料棒とフラックス(R=0モル%)を作製し、一次溶融によって高密度の原料棒を準備する。
育成速度Vを1.0mm/h、雰囲気中の酸素含有率Iを0.2にして育成を行った。育成時の様子を図5に示す。原料棒への融液の浸透が起こり、固液境界は明瞭ではない。図7の結晶の写真からもわかるように融液が育成部分に垂れ、太さが不均一になった。育成は安定しなかった。粉末X線回折では、不純物相としてBi2Fe4O9が5%程度析出しており、育成が不安定であった結果だと考えられる。図13のラウエ写真では微細なスポットが不規則に見られ、単結晶とは言えず、微細結晶の集まりであることを示す。ランプ加熱型は所望の単結晶を製造する目的には適さない。
【0028】
以下にレーザ加熱型フローティングゾーン炉を用いた場合についての実施例1〜5を示す。表1には、育成条件と評価結果をまとめて示す。
【表1】

【0029】
[実施例1]
Fe2O3とBi2O3との割合がモル比で1:1に秤量し、乳鉢で均一な粉状になるまで磨り潰す。これをアルミナ製の容器に入れ2時間30分で720℃に立ち上げ、12時間 720℃を保持して仮焼する。そして、静水圧でラバープレスして成形し、2時間30分で720℃に立ち上げ、5時間かけて徐々に750℃にして焼結して直径6mmの丸棒にする。このようにして2本の丸棒を作製し、原料棒3と種結晶棒4として用いる。
また、Fe2O3とBi2O3との割合がモル比で0:10に(R=0モル%に)秤量し、乳鉢で均一な粉状になるまで磨り潰す。これをアルミナ製の容器に入れ650℃で12時間仮焼する。そして、静水圧でラバープレスして成形し、680℃で12時間焼結して直径6mmの丸棒にする。この丸棒を切断して、塊状の切断片をフラックス5として使用する。
本発明の結晶育成は2段階の工程で行われる。1段階目は、原料を高密度化させるために行うもので、高速度移動を伴って原料を溶融・凝固させる工程で1次溶融と呼ぶ。2段階目は、結晶育成を行うもので、2次溶融と呼ぶ。1次溶融を省くことも可能ではあるが、その場合には原料への融液の浸透がわずかに起こり、結晶育成がやや不安定になった。そこで最終的には以下のように1次溶融を省かずに行った。
先ず、1次溶融について説明する。
前記原料棒3と重量が0.55gのフラックス5を前記種結晶棒4の上端に載置する。原料棒3と上端にフラックス5が載置された種結晶棒4とは、それぞれ前記上結晶駆動軸と前記下結晶駆動軸に取り付けられる。Arが99%、O2が1%の雰囲気ガスを流量0.15〜0.17 L/minで前記石英管内に流す。レーザ出力を増加させていくと溶融帯域が作成されて安定し、最終的にはレーザ出力26.0%、レーザ電流9.82 A、上結晶駆動軸と下結晶駆動軸の移動速度はそれぞれ6 mm/hr、10 mm/hr、両駆動軸の回転速度30 rpmでBiFeO3の高密度な材料棒は安定に育成される。得られた材料棒の見かけ密度は、BiFeO3真密度の約90%であった。
次に、2次溶融について説明する。
1次溶融で育成した直径4 mmφのBiFeO3の高密度な材料棒を新たに原料棒3とし、1次溶融で使用したフラックス5の残部を削除後、新たに重量が0.47 gのフラックス5を種結晶棒4の上端に載置する。原料棒3とフラックス5が上端に載置された種結晶棒4とは、それぞれ上結晶駆動軸と下結晶駆動軸に取り付けられる。
Arが99%、O2が1%の雰囲気ガス(I=10-2)を流量0.15〜0.17 L/minで前記石英管内に流す。レーザ出力を増加させていくと溶融帯域が作成されて安定し、最終的にはレーザ出力24.3%、レーザ電流9.16 A、上結晶駆動軸と下結晶駆動軸の移動速度はそれぞれ0.4 mm/hr、0.7 mm/hr(育成速度V)、両駆動軸の回転速度30 rpmで長時間に亘り変動することなく、単結晶は安定に育成される。原料棒への融液の浸透や育成結晶への融液の垂れはほとんど見られなかった。
このように育成された単結晶棒の写真を図8に、ラウエ写真用エックス線発生装置によるラウエ写真を図14に示す。単結晶棒は切断面が平らで、へき開面が光沢を帯びる。ラウエパターンは全般的にスポットもラインもシャープな状態で結晶性が良好であることを示している。また、粉末X線回折の測定結果、Bi2O3のピークが0.4%あるのみで、ほぼBiFeO3単相の結晶棒であることが示された。
漏れ電流を測定するために、断面積0.23mm2、厚さ0.35mmの大きさに結晶を切り出し、両面に銀ペーストで電極を設置した。強誘電体物性評価装置により測定を行い、1kV/cmの電場の印加で2900μA/cm2の漏れ電流を観測した。
【0030】
以下の実施例は実施例1と実験手順は同じであるので、実験条件や評価結果の相違点などの要点を示す。
[実施例2]
フラックス中のFe2O3の割合Rを10モル%、育成速度Vを1.0 mm/h、雰囲気中の酸素含有率Iを10-2で育成を行った。長時間安定に育成が行われた。育成結晶と原料棒の残りの写真を図9に示す。(上部が原料棒の残りで融液の浸透の形跡はほとんど見られない。その下の2本が育成結晶であり、取り出す際に途中で折れたため2本ある。)粉末X線回折では、不純物相としてBi2O3が4%程度析出している。図15に示すようにラウエパターンは全般的にスポットもラインもシャープな状態で結晶性が良好であることを示している。1kV/cmの電場の印加で20000μA/cm2の漏れ電流を観測した。
【0031】
[実施例3]
フラックス中のFe2O3の割合Rを10モル%、育成速度Vを0.5mm/h、雰囲気中の酸素含有率Iを1(すなわち酸素中)で育成を行った。育成の様子を図4に示す。原料棒への融液の浸透はほとんど見られず、固液境界は明瞭であり、長時間安定に育成が行われた。育成結晶にはファセット(結晶面)が見られ、結晶配向の良いことを示唆する。育成結晶の写真を図10に示す。粉末X線回折では、不純物相としてBi2O3が1%程度析出しており、ほぼ単相のBiFeO3である。図16に示すようにラウエパターンはスポットが割れており、ほぼ配向した複数の結晶からなることを示している。1kV/cmの電場の印加で300000μA/cm2の漏れ電流を観測し、実施例の中で最大である。
【0032】
[実施例4]
フラックス中のFe2O3の割合Rを10モル%、育成速度Vを0.5mm/h、雰囲気中の酸素含有率Iを10-7未満(アルゴンガスG1グレード)で育成を行った。長時間安定に育成が行われた。育成結晶の写真を図11に示す。粉末X線回折では、不純物相としてBi2O3が0.2%程度析出しており、ほぼ単相のBiFeO3である。図17に示すようにラウエパターンは全般的にスポットもラインもシャープな状態で結晶性が良好であることを示している。1kV/cmの電場の印加で1.2μA/cm2の漏れ電流を観測した。
【0033】
[実施例5]
フラックス中のFe2O3の割合Rを30モル%、育成速度Vを0.5mm/h、雰囲気中の酸素含有率Iを10-4で育成を行った。長時間安定に育成が行われた。育成結晶と原料棒の残りの写真を図12に示す。(上部が原料棒の残りで融液の浸透の形跡はほとんど見られない。その下が育成結晶である。)粉末X線回折では、不純物相としてBi2O3が1%程度析出しており、ほぼ単相のBiFeO3である。図18に示すようにラウエパターンは全般的にスポットもラインもシャープな状態で結晶性が良好であることを示している。1kV/cmの電場の印加で2.6μA/cm2の漏れ電流を観測した。
【0034】
以上の比較例・実施例によりBiFeO3の結晶育成に適した各種条件が明らかになった。
加熱方式については、比較例から明らかなように、ランプ方式では原料棒への融液の浸透や育成結晶への融液の垂れなどが深刻であり、安定な結晶育成は困難となり、BiFeO3の結晶の製造には適さない。レーザ方式ではこれらの問題は回避され、BiFeO3の結晶の製造に適する。特に本発明に用いたレーザ方式が最適であるが、他のレーザ方式でも良好な集光性により十分な効果があるのは言うまでもない。
原料棒については、一次溶融なしでも結晶育成は可能であるが、育成が不安定になる傾向があるので、一次溶融して高密度化した方が望ましい。種結晶としては、多結晶体でも徐々に結晶配向するため単結晶化して問題ないが、単結晶の種結晶を用いれば育成初期から所望の結晶方位に育成でき、より望ましい。
フラックスにおけるFe2O3の割合Rについては、0から30モル%の範囲であれば結晶育成が可能である。図6より、R>30モル%のときには、固相のBi2Fe4O9あるいは更にFeの比率の大きな化合物が液相と共存し、生成するため、BiFeO3の結晶育成には適さないことは明らかである。現実にはフラックスの組成は結晶の育成が進むにつれて変化し最適化されるので、Rは0から30モル%の範囲であればかまわない。
育成速度Vについては、実施例2から明らかなように、1mm/hでは早すぎて十分に相平衡が保たれずに結晶中に異相が取り込まれる傾向があるため、0.7mm/h以下にするのが望ましい。(1mm/hでも結晶配向は十分であるため、異相が問題にならない場合には、結晶育成に用いることはできる。)原理的に遅ければ遅いほど結晶育成には良いが、結晶の製造の観点からは遅い育成速度は効率が悪いため、0.7mm/hや0.5mm/hなどの現実的な育成速度を用いることになる。実施例とは上下を逆転させて、下結晶駆動軸に原料棒を取り付け、上結晶駆動軸に種結晶を取り付けて、結晶を引き上げることも可能である。
雰囲気ガス中の酸素含有率Iについては、0%から100%の全範囲で結晶育成が可能である。ただし、実施例3より明らかなように、100%の場合には結晶のドメインがそろいにくい傾向がある。
漏れ電流を軽減する方法についても明らかになった。異相の混入量と漏れ電流との間には相関は認められなかった。図19(実施例2については育成速度Vが速すぎたので除いてある)に示したように、酸素含有率Iが減少するほど漏れ電流が少ないことが明らかになった。結晶中の過剰酸素によるホールの生成が抑制され、電気伝導が減少するためと考えられる。漏れ電流を抑えるためにはIを10-2以下にするのがよく、できる限り低くするのが好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の製造方法により製造された電気磁気効果単結晶は、デバイス化が可能な高品質で大型のものとすることができ、さらに、漏れ電流も少なくすることができるので、電気磁気効果(マルチフェロイック)デバイス、強誘電デバイス、ピエゾデバイス等に用いることができる。
【符号の説明】
【0036】
1−1〜1−5 ファイバカップリング式高出力半導体レーザ
2−1〜2−5 ライトパイプ
3 原料棒
4 種結晶棒
5 フラックス
6 棒状試料
7 溶融帯域
8 レーザビームスポット
9a 立ち上がり部
9b 立ち下がり部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
上下2つの結晶駆動軸の一方に支持されたBiFeO3の高密度な原料棒と、他方の結晶駆動軸に支持された種結晶棒と、両棒の間に載置されたフラックス(溶融剤)を用い、レーザ加熱式の溶融帯域法(フローティングゾーン法)によりフラックスを加熱して溶融帯域を形成し、酸素、不活性ガス、又は、それらの混合ガスの雰囲気下で単結晶を育成してBiFeO3単結晶棒を作製することを特徴とする電気磁気効果単結晶の製造方法。
【請求項2】
前記レーザ加熱に用いるレーザ光は、径方向及び/又は軸方向の強度分布が略矩形形状であることを特徴とする請求項1に記載の電気磁気効果単結晶の製造方法。
【請求項3】
前記BiFeO3の高密度な原料棒は、
Fe2O3とBi2O3との組成比がモル比で1対1に混合焼結し棒状にして原料棒を作製する工程と、
前記原料棒と種結晶棒の間に載置されたフラックスを用いて、溶融帯域法により酸素、不活性ガス、又は、それらの混合ガスの雰囲気下で高速度移動を伴って溶融・凝固させる工程と、
を含む調製方法により調製されたものである請求項1に記載の電気磁気効果単結晶の製造方法。
【請求項4】
前記フラックスは、Fe2O3とBi2O3とを原料とし、Fe2O3の原料全体に占める割合Rを
0モル%≦R≦30モル%
として焼結し塊状にする工程により調製されたものである請求項1に記載の電気磁気効果単結晶の製造方法。
【請求項5】
前記BiFeO3単結晶棒の育成速度Vを
V ≦1.0mm/h
としてBiFeO3単結晶を育成することを特徴とする請求項1に記載の電気磁気効果単結晶の製造方法。
【請求項6】
前記雰囲気における酸素含有率Iを
0%≦I≦100%
としてBiFeO3単結晶を育成することを特徴とする請求項1又は3に記載の電気磁気効果単結晶の製造方法。
【請求項7】
前記雰囲気における酸素含有率Iを
0%≦I≦1%
として育成結晶の漏れ電流を低減することを特徴とする請求項6に記載の電気磁気効果単結晶の製造方法。
【請求項8】
前記不活性ガスがアルゴンガスであることを特徴とする請求項1、3、6、7のいずれか1項に記載の電気磁気効果単結晶の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の電気磁気効果単結晶の製造方法によって製造されたペロブスカイト酸化物BiFeO3単結晶。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate

【図19】
image rotate


【公開番号】特開2011−190138(P2011−190138A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−56898(P2010−56898)
【出願日】平成22年3月15日(2010.3.15)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】