説明

電池の製造方法

【課題】充放電サイクルに対する耐久性の高い電池の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る電池の製造方法は、活物質22とバインダ52とを含む合剤層が集電体10に保持された構成の電極を備えた電池の製造方法であって、バインダ52と溶媒54とを含むバインダ溶液を調製する工程と、集電体10にバインダ溶液を塗布して該集電体10の表面にバインダ溶液層50を形成する工程と、バインダ溶液層50の上から、活物質22と溶媒24とを含む合剤ペースト40を塗布し乾燥させることにより合剤層を形成する工程とを包含し、バインダ溶液層50において、ガラス転移温度が10℃以上のバインダ52を使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電池の製造方法に関し、特に活物質とバインダを含む合剤層が集電体に保持された構成を有する電極を備えた電池の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、リチウムイオン電池、ニッケル水素電池その他の二次電池は、車両搭載用電源、或いはパソコンおよび携帯端末の電源として重要性が高まっている。特に、軽量で高エネルギー密度が得られるリチウム二次電池は、車両搭載用高出力電源として好ましく用いられるものとして期待されている。この種の二次電池の一つの典型的な構成では、リチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出し得る材料(電極活物質)が導電性部材(電極集電体)に保持された構成の電極を備える。例えば、負極に用いられる電極活物質(負極活物質)の代表例としては、グラファイトカーボン、アモルファスカーボン等の炭素系材料が例示される。また、負極に用いられる電極集電体(負極集電体)の代表例としては、銅または銅合金を主体とするシート状または箔状の部材が挙げられる。
【0003】
かかる構成を有する負極を製造するにあたって負極集電体に負極活物質を保持させる代表的な方法の一つとして、負極活物質の粉末とバインダ(結着材)とを適当な媒体に分散させた合剤ペーストを負極集電体(銅箔等)に塗布し、これを乾燥させることにより負極活物質を含む層(負極合剤層)を形成する方法が挙げられる(例えば特許文献1〜3等)。負極合剤層に含まれるバインダは、負極活物質間および負極活物質と集電体との間を結着させる役割がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−308841号公報
【特許文献2】特開2003−151555号公報
【特許文献3】特開2009−238720号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1には、固形分が炭素材活物質および結着剤であり、媒体が水であることを基本構成とする非水系二次電池の負極塗膜形成用スラリーにおいて、結着剤としてガラス転移温度Tgが10℃〜40℃の水分散エマルジョン樹脂を用いる技術が記載されている。かかる技術によれば、負極材料と集電体との密着性に優れ、放電容量の低下が少なく、充放電サイクルに対する耐久性に優れる非水系二次電池の負極塗膜を形成できるとされている。しかし、単純にガラス転移温度Tgの高いバインダを使用するだけでは、合剤層の柔軟性が低下し、電極を捲回した際に合剤層にヒビや割れが生じるという問題があった。そこで本発明は、上記課題を解決するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によると、活物質とバインダとを含む合剤層が集電体に保持された構成の電極を備えた電池(例えば、リチウム二次電池)の製造方法が提供される。この製造方法は、バインダと溶媒とを含むバインダ溶液を調製することを包含する。また、集電体にバインダ溶液を塗布して該集電体の表面にバインダ溶液層を形成することを包含する。さらに、バインダ溶液層の上から、活物質と溶媒とを含む合剤ペーストを塗布し乾燥させることにより合剤層を形成する工程とを包含する。そして、バインダ溶液層において、ガラス転移温度が10℃以上のバインダを使用することを特徴とする。
【0007】
なお、本明細書において「電池」とは、電気エネルギーを取り出し可能な蓄電デバイス一般を指す用語であって、二次電池(リチウムイオン電池、金属リチウム二次電池、ニッケル水素電池、ニッケルカドミウム電池等のいわゆる蓄電池ならびに電気二重層キャパシタ等の蓄電素子を包含する。)を含む概念である。
【0008】
本発明の製造方法によると、ガラス転移温度Tgが10℃以上のバインダを用いることにより、合剤層の硬さが硬くなる。このため、充放電にともなう合剤層の体積変化が抑えられ、電極の耐久性が向上する。また、該バインダを含むバインダ溶液層の上から合剤ペーストが重ねて供給されることにより、集電体の表面に塗られたバインダ溶液層中のバインダの多くは集電体の表面の近くに留まるものの、一部が合剤ペースト(塗布物)の表面側に移動し、合剤ペーストにバインダが拡散する。これにより、集電体の表面の近くにバインダが適度に存在し、かつ、バインダの一部が広く拡散した合剤層を得ることができる。かかる構成によると、集電体の表面の近くにバインダが適度に存在するので、合剤層と集電体との結着強度を十分に確保することができる。さらに、バインダが広く拡散した合剤層が得られるので、ガラス転移温度Tgが10℃以上のバインダを用いた場合でも、合剤層の柔軟性を確保することができ、硬さと柔軟性のバランスがとれた最適な合剤層を形成することができる。したがって、本発明によると、合剤層における柔軟性(例えば、電極を捲回した際に合剤層にヒビや割れが生じるのを防止することができる柔軟性)を維持しつつ、電極の耐久性が改善された最適な電極が得られる。かかる電極を備える電池は、より高性能(例えば高サイクル寿命)なものとなり得る。
【0009】
前記バインダのガラス転移温度Tgは、概ね10℃以上(例えば10℃〜40℃)であることが好ましい。このようにガラス転移温度Tgが10℃以上のバインダを用いることにより、合剤層の硬さが適度に硬くなる。したがって、充放電時の合剤層の体積変化が抑えられ、電極の耐久性が向上する。その一方で、ガラス転移温度Tgが高すぎるバインダは、製造が難しくなってくることに加えて、ガラス転移温度Tgの増大に伴う耐久性向上効果も鈍化するためメリットがあまりない。バインダのガラス転移温度Tgとしては、概ね10℃以上(例えば10℃〜40℃)が適当であり、好ましくは15℃以上(例えば15℃〜40℃)であり、より好ましくは20℃(例えば20℃〜40℃)以上であり、特に好ましくは25℃以上(例えば25℃〜40℃)である。
【0010】
ここに開示される電池製造方法の好ましい一態様では、前記合剤ペーストは、前記バインダを実質的に含まない組成物から構成されている。バインダ溶液層の上から塗布する合剤ペーストにバインダが含まれると、双方のバインダ同士が集電体付近で凝集し、表層部で活物質の滑落が起こりやすくなるが、上記構成によると、そのような不都合を回避することができる。
【0011】
ここに開示される電池製造方法の好ましい一態様では、前記バインダとして、スチレンブタジエンゴム、ポリアクリレ―ト、ポリウレタン、ポリエチレンオキサイド、及びポリエチレンからなる群から選択された少なくとも一種のポリマーを使用する。これらのポリマーは強結着力を有するとともに、ガラス転移温度Tgを好適な範囲に調整することが容易である点で好ましい。
【0012】
ここに開示される電池製造方法の好ましい一態様では、上記バインダ溶液層のバインダ濃度は、5質量%〜30質量%にすることが適当であり、例えば8質量%〜20質量%(例えば10質量%)とすることが好ましい。該バインダ濃度が上記範囲よりも小さすぎると、合剤ペーストがバインダ溶液層上で弾かれてしまい、均一な厚みに塗工できない場合がある。一方、バインダ濃度が上記範囲よりも大きすぎると、バインダ溶液の取扱性(例えば、該バインダ溶液を集電体(特に箔状集電体)に塗布する際の塗工性等)が低下しやすくなることがある。
【0013】
ここに開示される電池製造方法の好ましい一態様では、上記合剤層に占めるバインダの割合は、0.5質量%〜1質量%である。該割合が上記範囲よりも多すぎると、電池の内部抵抗が大きくなる場合がある。一方、バインダの割合が上記範囲よりも少なすぎると、合剤層の結着力が低下し、活物質の滑落等が起こりやすくなる。
【0014】
また、本発明によると、ここに開示される何れかの製造方法により製造された電池(例えばリチウム二次電池)が提供される。かかる電池は、上記のように、合剤層における柔軟性を維持しつつ電極の耐久性が改善された、より高性能な電極を少なくとも一方の電極に用いて構築されていることから、優れた電池性能を示すものである。例えば、充放電サイクルに対する耐久性が高い、入出力特性に優れる、生産安定性に優れる、のうちの少なくとも一つ(好ましくは全部)を満たす電池を提供することができる。
【0015】
このような電池は、例えば自動車等の車両に搭載される電池として好適である。したがって本発明によると、ここに開示されるいずれかの電池(複数の電池が接続された組電池の形態であり得る。)を備える車両が提供される。特に、軽量で高出力が得られることから、上記電池がリチウム二次電池(典型的にはリチウム二次電池)であって、該リチウム二次電池を動力源(典型的には、ハイブリッド車両または電気車両の動力源)として備える車両(例えば自動車)が好適である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態に係る電極の断面を模式的に示す断面図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る電極の製造工程を模式的に示す断面図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る電極の製造工程を模式的に示す断面図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る電極の製造工程を模式的に示す断面図である。
【図5】本発明の一実施形態に係る電極の断面を模式的に示す断面図である。
【図6】本発明の一実施形態に係る電極の製造フローを示す図である。
【図7】本発明の一実施形態に係る電池を模式的に示す図である。
【図8】本発明の一試験例に係る耐屈曲性試験を説明するための図である。
【図9】Tgと最小芯径との関係を示すグラフである。
【図10】本発明の一試験例に係る90°剥離強度試験を説明するための図である。
【図11】Tgと剥離強度との関係を示すグラフである。
【図12】本発明の一試験例に係るラミネートセルを模式的に示す図である。
【図13】Tgと容量維持率との関係を示すグラフである。
【図14】本発明の一実施形態に係る電池を備えた車両を模式的に示す側面図である。
【図15】従来の電極の断面を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照しながら、本発明による実施の形態を説明する。以下の図面においては、同じ作用を奏する部材・部位には同じ符号を付して説明している。なお、各図における寸法関係(長さ、幅、厚さ等)は実際の寸法関係を反映するものではない。また、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄(例えば、正極および負極を備えた電極体の構成および製法、セパレータや電解質の構成および製法、電池その他の電池の構築に係る一般的技術等)は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。
【0018】
ここに開示される電極製造方法は、図1に示すように、活物質22とバインダ52とを含む合剤層20が集電体10に保持された構成の電極30の製造方法である。特に限定することを意図したものではないが、以下では主としてリチウム二次電池(典型的にはリチウムイオン二次電池)用の負極を製造する場合を例として、本実施形態をより詳細に説明する。
【0019】
図1に示すように、本実施形態に係る負極30は、負極活物質22とバインダ52とを含む負極合剤層20が負極集電体10に保持された構成を有する。
【0020】
本実施形態に用いられる負極集電体10としては、導電性の良好な金属(例えば、アルミニウム、ニッケル、銅、ステンレス等の金属または該金属を主成分とする合金)からなるものを好ましく使用することができる。例えばリチウム二次電池用負極を製造する場合には、銅製(銅または銅を主成分とする合金(銅合金)から構成されることをいう。)の集電体の使用が好ましい。使用する集電体の形状は、得られた電極を用いて構築される電池の形状等に応じて異なり得るため特に制限はなく、棒状、板状、シート状、箔状、メッシュ状等の種々の形態であり得る。ここに開示される技術は、例えばシート状もしくは箔状の集電体を用いた電極の製造に好ましく適用することができる。
【0021】
負極合剤層20に含まれる負極活物質22としては、典型的なリチウムイオン二次電池に用いられるものと同じであればよく特に限定されない。例えば、負極に用いられる負極活物質の代表例としては、グラファイトカーボン、アモルファスカーボン等の炭素系材料、リチウム遷移金属複合酸化物(リチウムチタン複合酸化物等)、リチウム遷移金属複合窒化物等が例示される。中でも天然黒鉛(もしくは人造黒鉛)を主成分とする負極活物質(典型的には、実質的に天然黒鉛(もしくは人造黒鉛)からなる負極活物質の使用が好ましい。かかる黒鉛は鱗片状の黒鉛を球形化したものであり得る。例えば、平均粒径が凡そ5μm〜30μmの範囲にある球形化天然黒鉛(もしくは球形化人造黒鉛)を負極活物質として好ましく用いることができる。さらに、該黒鉛粒子の表面にアモルファスカーボンがコートされた炭素質粉末を用いてもよい。
【0022】
ここに開示される方法に使用される合剤ペーストは、このような負極活物質が水系溶媒に分散した形態の水系ペーストであり得る。また、ここに開示される負極合剤層20は、かかる水系ペーストを用いて形成されたものであり得る。ここで「水系溶媒」とは、水または水を主体とする混合溶媒を指す概念である。該混合溶媒を構成する水以外の溶媒としては、水と均一に混合し得る有機溶剤(低級アルコール、低級ケトン等)の一種または二種以上を適宜選択して用いることができる。例えば、該水系溶媒の凡そ80質量%以上(より好ましくは凡そ90質量%以上、さらに好ましくは凡そ95質量%以上)が水である水系溶媒の使用が好ましい。特に好ましい例として、実質的に水からなる水系溶媒が挙げられる。特に限定するものではないが、合剤ペーストの固形分濃度(不揮発分、すなわち合剤層形成成分の割合)は、例えば凡そ40〜60質量%程度であり得る。
【0023】
なお、上記合剤ペーストは、負極活物質22および水系溶媒24の他に、一般的な負極の製造において合剤層形成用の合剤ペーストに用いられる材料であって、比較的、マイグレーションの影響を受けない材料を必要に応じて含有することができる。そのような材料の代表例として、合剤ペーストの増粘剤として機能し得る各種のポリマー材料が挙げられる。かかるポリマー材料としては、水系の合剤ペーストを調製するにあたって増粘剤として従来用いられているポリマー材料を適宜選択して使用することができる。有機溶剤に対して実質的に不溶性であって水に溶解または分散するポリマー材料の使用が好ましい。例えば、水に溶解する(水溶性の)ポリマー材料としては、カルボキシメチルセルロース(CMC)、メチルセルロース(MC)、酢酸フタル酸セルロース(CAP)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)等のセルロース誘導体が挙げられる。
【0024】
また、上記合剤ペーストには、いわゆるバインダ(結着剤)52としてのSBRが含まれていない。すなわち、上記合剤ペーストは、マイグレーションの影響を受けやすいバインダ52を実質的に含まないペースト状組成物で構成されている。ここに開示される方法では、図2に示すように、集電体10の表面にバインダ52を含むバインダ溶液層50が塗られており、その上に重ねて上記合剤ペーストが供給される(図3参照)。このため、集電体10の表面に近い部分では、バインダ52を多く含んでいる。以下、該バインダ溶液層50の構成および形成方法につき説明する。
【0025】
上記バインダ溶液層は、図2に示すように、バインダ52と溶媒54とを含有する。かかるバインダ溶液層は、典型的には、上記バインダ52を適当な溶媒54に添加混合して調製されたバインダ溶液を集電体10の表面に塗布することにより形成され得る。該バインダ溶液を構成する溶媒は、使用するバインダ材料との組み合わせを考慮して適宜選択することができる。環境負荷の軽減、材料費の低減、設備の簡略化、廃棄物の減量、取扱性の向上等の種々の観点から、水系の溶媒の使用が好ましい。水系溶媒としては、水または水を主体とする混合溶媒が好ましく用いられる。かかる混合溶媒を構成する水以外の溶媒成分としては、水と均一に混合し得る有機溶媒(低級アルコール、低級ケトン等)の一種または二種以上を適宜選択して用いることができる。例えば、該水系溶媒の80質量%以上(より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは95質量%以上)が水である水系溶媒の使用が好ましい。特に好ましい例として、実質的に水からなる水系溶媒が挙げられる。なお、バインダ溶液層は水系溶媒に限定されず、溶剤系溶媒(バインダの分散媒が主として有機溶媒)であってもよい。非水系溶媒としては、例えばN−メチルピロリドン(NMP)等を用いることができる。
【0026】
バインダ溶液に含有させるバインダ52としては、ガラス転移温度Tgが10℃以上のものであれば特に制限なく使用することができる。例えば、水系溶媒(バインダの分散媒として水または水を主成分とする混合溶媒を用いた溶液)を用いて上記バインダ溶液層50を形成する場合は、上記バインダとして、ガラス転移温度Tgが10℃以上であり、かつ水に分散または溶解するポリマーを好ましく採用し得る。水に分散または溶解するポリマーとしては、例えばスチレンブタジエンゴム(SBR)が例示される。ここでスチレンブタジエンゴムとは、スチレンと1,3‐ブタジエンを含む共重合体のことであり、その共重合様式は特に限定されない。さらに不飽和カルボン酸や不飽和ニトリル化合物を共重合させた変性SBRであってもよい。その他、水に分散または溶解するポリマーとしては、ポリアクリレート(アクリル酸エステル単独重合体または共重合体)、ポリウレタン、ポリエチレンオキサイド、ポリエチレン、等が例示される。かかるバインダは、一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0027】
上記スチレンブタジエンゴム(SBR)のガラス転移温度Tgは、例えば、スチレン/ブタジエン共重合比を変えること、添加剤を加えること、架橋剤を加えること等によって調整することができる。SBRにおけるスチレン/ブタジエン共重合比は、例えば凡そ1/1以下(典型的には1/5〜1/1)とすることができ、凡そ1/2以下(典型的には1/4〜1/2)とすることが好ましい。これにより、ガラス転移温度Tgを好適な範囲に容易に調整することができる。なお、ガラス転移温度Tgは、市販の示差走査熱量測定(Difference Scanning Calorimeter:DSC)装置を用いて測定することができる。
【0028】
バインダ52のガラス転移温度Tgは、概ね10℃以上(例えば10℃〜40℃)であることが好ましい。このようにガラス転移温度Tgが10℃以上のバインダを用いることにより、合剤層20の硬さが適度に硬くなる。したがって、充放電時の合剤層の体積変化が適切に抑えられ、電極30の耐久性が向上する。その一方で、ガラス転移温度Tgが高すぎるバインダは、製造が難しくなってくることに加えて、ガラス転移温度Tgの増大に伴う耐久性向上効果も鈍化するためメリットがあまりない。バインダのガラス転移温度Tgとしては、概ね10℃以上(例えば10℃〜40℃)が適当であり、好ましくは15℃以上(例えば15℃〜40℃)であり、より好ましくは20℃(例えば20℃〜40℃)以上であり、特に好ましくは25℃以上(例えば25℃〜40℃)である。
【0029】
バインダ溶液におけるバインダ濃度は、凡そ5質量%〜30質量%にすることが適当であり、例えば8質量%〜20質量%(例えば10質量%)とすることが好ましい。該バインダ濃度が上記範囲よりも小さすぎると、合剤ペースト40がバインダ溶液層50上で弾かれてしまい、均一な厚みに塗工できない場合がある。一方、バインダ濃度が上記範囲よりも大きすぎると、バインダ溶液の取扱性(例えば、該バインダ溶液を集電体10(特に箔状集電体)に塗布する際の塗工性等)が低下しやすくなることがある。
【0030】
バインダ52と溶媒54とを混練(添加混合)する操作は、例えば、適当な混練装置(プラネタリーミキサー、ホモディスパー、クレアミックス、フィルミックス等)を用いて行うことができる。特にプラネタリーミキサー(好ましくは2軸プラネタリーミキサー)を用いて混練することが好ましい。プラネタリーミキサーを用いることにより、バインダ52が均一分散したバインダ溶液を調製することができる。
【0031】
かかるバインダ溶液を集電体表面10に塗布する操作は、従来公知の適当な塗布装置(スリットコータ、ダイコータ、コンマコータ、グラビアコータ等)を使用して好適に行うことができる。ここに開示される技術において集電体10上にバインダ溶液を塗布する方法として、グラビアコータにより集電体10上にバインダ溶液を塗布する方法が挙げられる。これにより、均一な厚さのバインダ溶液層50を形成することができる。バインダ溶液の塗布量は特に限定されないが、該塗布量が多すぎると、集電体10付近にバインダ52が集中し、集電体10と合剤層20との界面抵抗が増大傾向になりやすく、塗布量が少なすぎると、合剤層20の表面においてバインダ52が不足し、活物質の滑落等が生じやすくなることがある。バインダを均一に分散させる観点からは、通常は、該塗布量を集電体の片面当たり凡そ0.04mg/cm〜0.2mg/cm(固形分基準)とすることが適当であり、例えば0.06mg/cm〜0.15mg/cm(固形分基準)とすることが好ましい。
【0032】
なお、バインダ溶液層50は、負極集電体10の表面のうち、少なくとも負極合剤層20が形成される範囲を包含するように設けられることが好ましい。例えば、負極集電体10の片面のみ(該片面の一部であってもよく全範囲であってもよい。)に負極合剤層20が形成される場合には該片面の負極合剤層20が形成される範囲に亘ってバインダ溶液層50を形成する態様を、また該負極集電体10の両面に上記負極合剤層20が形成される場合には該両面の負極合剤層20が形成される範囲に亘って上記バインダ溶液層50を設ける態様を採用することが好ましい。
【0033】
このバインダ溶液層50の上から合剤ペースト40を塗布する操作は、バインダ溶液を集電体10表面に塗布してバインダ溶液層50を形成する操作と同様にして行うことができる。合剤ペースト40の塗布量は特に限定されず、負極および電池の形状や用途に応じて適宜異なり得る。このように、本実施形態の製造方法では、図3に示すように、バインダ溶液層50が充分に乾燥する前に、合剤ペースト40が重ねて供給される。すなわち、いわゆる「wet on wet」と称される状態になる。この際、合剤ペースト40が重ねて供給された時に、バインダ溶液層50と合剤ペースト40とがある程度安定して2層の状態を維持することが望ましい。このような観点では、塗布直後において(乾燥前において)、バインダ溶液層の厚さと合剤ペースト(塗布物)との厚みの比率(バインダ溶液層:合剤ペースト塗布物)が、概ね1:5〜1:100となるように、バインダ溶液層50に重ねて合剤ペースト40を供給することが好ましい。また、バインダ溶液層50に重ねて供給される合剤ペースト40の表面張力に比べて、バインダ溶液層50の表面張力が高いことが好ましい。
【0034】
合剤ペーストを塗布した後、塗布物を乾燥することによって(このとき、必要に応じて適当な乾燥促進手段(ヒータ等)を用いてもよい。)合剤ペーストの溶媒及びバインダ溶液層の溶媒を除去する。その際、合剤ペースト(塗布物)に対流が発生し、例えば、図4に示すように、集電体10の表面に塗られたバインダ溶液層50中のバインダ(SBR)52の多くは集電体10の表面の近くに留まるものの、一部が合剤ペースト(塗布物)の表面側に移動し、合剤ペースト(塗布物)にバインダ52が拡散する。これにより、図5に示すように、集電体10の表面の近くに、バインダ(SBR)52が適度に存在し、かつ、バインダ52の一部が広く拡散した負極合剤層20を得ることができる。即ち、全体としてバインダ(SBR)52が均一に分布した負極合剤層20を形成することができる。
【0035】
上記乾燥温度としては特に限定されないが、溶媒が水の場合、凡そ70℃〜180℃程度が適当であり、例えば120℃〜160℃(例えば150℃)にすることが好ましい。本実施形態では、乾燥温度を設定するにあたって対流によるバインダ52の偏析(マイグレーション)を考慮しなくてもよいため、上記のように乾燥温度を高めに設定することができる。
【0036】
このようにして得られた積層物(負極)を所望により厚み方向にプレスすることによって、目的とする厚みの負極を得ることができる。上記プレスを行う方法としては、従来公知のロールプレス法、平板プレス法等を適宜採用することができる。
【0037】
特に限定されるものではないが、負極合剤層全体に占める負極活物質の割合は凡そ50質量%以上(典型的には90〜99質量%)であることが好ましく、凡そ95〜99質量%であることが好ましい。また、負極合剤層全体に占めるバインダの割合を例えば凡そ5質量%以下とすることが好ましく、凡そ1質量%以下(例えば凡そ0.5〜1質量%、例えば0.8質量%)とすることが好ましい。該バインダの割合が上記範囲よりも多すぎると、電池の内部抵抗が大きくなる場合がある。一方、バインダの割合が上記範囲よりも少なすぎると、合剤層の結着力が低下し、活物質の滑落等が起こりやすくなる。また、負極活物質およびバインダ以外の負極合剤層形成成分(例えば増粘剤)を含有する組成物では、それら任意成分の合計含有割合(負極合剤層形成成分全体に占める割合)を凡そ3質量%以下とすることが好ましく、凡そ2質量%以下(例えば凡そ0.5〜2質量%)とすることがより好ましい。上記任意成分の合計含有割合が凡そ1.5質量%以下(例えば凡そ0.5〜1.5質量%)であってもよい。
【0038】
ここに開示される製造方法によって電極(例えばリチウム二次電池用負極)を製造する好ましい一態様を、図2〜図5に示す工程断面図および図6に示すフローチャートに沿って説明すれば、以下のとおりである。すなわち、まず集電体(例えば銅箔)10を用意(調製)する(ステップS100)。一方、バインダ52および溶媒54を含むバインダ溶液を用意する(ステップS110)。そして、集電体10の片面または両面に、ステップS110で用意したバインダ溶液を塗布し、バインダ溶液層50を形成する(ステップS120、図2)。次に、ステップS120で形成したバインダ溶液層50の上から、活物質22および溶媒24を含む合剤ペースト40を塗布し(図3、図4)、該塗布物を乾燥させて合剤層20を形成する(ステップS130、図5)。その後、必要に応じて全体をプレスしたり所望の大きさに裁断したりして、目的とする厚みおよびサイズの電極30を得る。
【0039】
このようにして形成された電極30の断面構造を図5に模式的に示す。この電極30は、活物質22とバインダ52を含む合剤層20が集電体10に保持された構成を有する。この合剤層20は、ガラス転移温度Tgが10℃以上のバインダ52を使用するとともに、該バインダ52を含むバインダ溶液層50の上から合剤ペースト40を塗布し乾燥させることにより形成されたものである。
【0040】
ここで、バインダ溶液層50を形成しない従来の態様では、合剤ペースト40に含まれるバインダのみに頼って合剤層20と集電体10とを結着する必要があるが、かかる態様では、図15に示す模式的断面図のように、乾燥中にバインダ52が対流し、合剤層20の表層部に偏析するマイグレーションが発生する。その結果、集電体10近傍のバインダ52が不足し、集電体10と合材層20との結着強度が低下しがちである。また、このようにバインダ52の分布に偏りが存在すると、バインダ52が相対的に多い部分(表層部付近)では硬さが柔軟になりすぎることから、充放電時の合剤層の体積変化が大きくなり、電極全体としての耐久性が低下する。また、バインダ52が相対的に少ない部分(集電体付近)では硬さが硬くなりすぎることから、当該部分を起点として捲回時にヒビや割れが生じる要因になり得る。かかる事象は、ガラス転移温度Tgが10℃以上の硬いバインダ52を使用した場合に特に顕著となる。
【0041】
これに対し、図1に示す構成の電極30によると、バインダ溶液層50の上から合剤ペースト40が重ねて供給されることにより、集電体10の表面に塗られたバインダ溶液層50中のバインダ52の多くは集電体10の表面の近くに留まるものの、一部が合剤ペースト(塗布物)40の表面側に移動し、合剤ペースト40にバインダ52が拡散する。これにより、集電体10の表面の近くにバインダ52が適度に存在し、かつ、バインダ52の一部が広く拡散した合剤層20を得ることができる。かかる構成によると、集電体10の表面の近くにバインダ52が適度に存在するので、合剤層20と集電体10との結着強度を十分に確保することができる。さらに、バインダ溶液層50において、ガラス転移温度Tgが10℃以上のバインダ52を使用することにより、バインダ52の分布が偏ることなく、硬さと柔軟性のバランスがとれた最適な合剤層20を形成することができる。したがって、本構成によると、合剤層20における柔軟性(例えば、電極30を捲回した際に合剤層20にヒビや割れが生じるのを防止することができる柔軟性)を維持しつつ、電極30の耐久性が改善された最適な電極30が得られる。かかる電極30を備える電池は、より高性能(例えば高サイクル寿命)なものとなり得る。
【0042】
なお、ここに開示される技術における合剤ペーストは、活物質、増粘剤および溶媒のみを含む組成であってもよく、あるいは本発明の効果を大きく損なわない範囲で活物質、増粘剤および溶媒に加えて、上記バインダ(ガラス転移温度が10℃以上のバインダ)を含んでいてもよい。好ましい一態様では、合剤ペーストが実質的に活物質、増粘剤および溶媒のみから構成される(即ち、合剤ペーストが実質的にバインダを含まない組成物から構成される)。バインダ溶液層の上から塗布する合剤ペーストにバインダが含まれると、双方のバインダ同士が集電体付近で凝集し、表層部で活物質の滑落が起こりやすくなるが、合剤ペーストが活物質、増粘剤および溶媒のみから構成される場合は、そのような不都合を回避することができる。
【0043】
このようにして得られた電極(ここでは負極)は、上記のように高性能であることから、種々の形態の電池の構成要素または該電池に内蔵される電極体の構成要素(例えば負極)として好ましく利用され得る。例えば、ここに開示されるいずれかの方法により製造された負極と、正極(本発明を適用して製造された正極であり得る。)と、該正負極間に配置される電解質と、典型的には正負極間を離隔するセパレータ(固体状またはゲル状の電解質を用いた電池では省略され得る。)と、を備えるリチウム二次電池の構成要素として好ましく使用され得る。かかる電池を構成する外容器の構造(例えば金属製の筐体やラミネートフィルム構造物)やサイズ、あるいは正負極集電体を主構成要素とする電極体の構造(例えば捲回構造や積層構造)等について特に制限はない。
【0044】
以下、上述した方法を適用して製造された負極(負極シート)30を用いて構築されるリチウム二次電池の一実施形態につき、図7に示す模式図を参照しつつ説明する。特に限定することを意図したものではないが、以下では捲回された電極体(捲回電極体)と非水電解液とを箱型の容器に収容した形態のリチウム二次電池(リチウムイオン二次電池)を例として説明する。このリチウム二次電池100は、負極(負極シート)30として、上述した電極製造方法を用いて製造された負極(負極シート)30が用いられている。なお、ここに開示される電極製造方法は負極30に限らず、正極70にも適用することができる。
【0045】
図示するように、本実施形態に係るリチウム二次電池100は、金属製(樹脂製又はラミネートフィルム製も好適である。)のケース82を備える。このケース(外容器)82は、上端が開放された扁平な直方体状のケース本体84と、その開口部を塞ぐ蓋体86とを備える。ケース82の上面(すなわち蓋体86)には、電極体80の正極70と電気的に接続する正極端子72および該電極体の負極30と電気的に接続する負極端子74が設けられている。ケース82の内部には、例えば長尺シート状の正極(正極シート)70および長尺シート状の負極(負極シート)30を計二枚の長尺シート状セパレータ(セパレータシート)76とともに積層して捲回し、次いで得られた捲回体を側面方向から押しつぶして拉げさせることによって作製される扁平形状の捲回電極体80が収容される。
【0046】
負極シート30は、前述したように、長尺シート状の負極集電体10の両面に負極活物質を主成分とする負極合剤層20が設けられた構成を有する。正極シート70も負極シートと同様に、長尺シート状の正極集電体の両面に正極活物質を主成分とする正極合剤層が設けられた構成を有する。これらの電極シート30、70の幅方向の一端には、いずれの面にも上記電極合剤層が設けられていない電極合剤層非形成部分が形成されている。
【0047】
上記積層の際には、正極シート70の正極合剤層非形成部分と負極シート30の負極合剤層非形成部分とがセパレータシート76の幅方向の両側からそれぞれはみ出すように、正極シート70と負極シート30とを幅方向にややずらして重ね合わせる。その結果、捲回電極体80の捲回方向に対する横方向において、正極シート70および負極シート30の電極合剤層非形成部分がそれぞれ捲回コア部分(すなわち正極シート70の正極合剤層形成部分と負極シート30の負極合剤層形成部分と二枚のセパレータシート76とが密に捲回された部分)から外方にはみ出ている。かかる正極側はみ出し部分(すなわち正極合剤層の非形成部分)70Aおよび負極側はみ出し部分(すなわち負極合剤層の非形成部分)30Aには、正極リード端子78および負極リード端子79がそれぞれ付設されており、上述の正極端子72および負極端子74とそれぞれ電気的に接続される。
【0048】
正極シート70は、長尺状の正極集電体の上にリチウム二次電池用正極活物質を主成分とする正極合剤層が付与されて形成され得る。正極集電体にはアルミニウム箔その他の正極に適する金属箔が好適に使用される。正極活物質は従来からリチウム二次電池に用いられる物質の一種または二種以上を特に限定することなく使用することができる。好適例として、LiMn、LiCoO、LiNiO等の、リチウムと一種または二種以上の遷移金属元素とを構成金属元素として含むリチウム遷移金属複合酸化物を主成分とするものが挙げられる。また、負極シート30は、長尺状の負極集電体の上にリチウム二次電池用負極活物質を主成分とする負極合剤層が付与されて形成され得る。負極集電体には銅箔(銅または銅合金を主体とする箔状の部材)その他の負極に適する金属箔が好適に使用される。負極活物質は従来からリチウム二次電池に用いられる物質の一種または二種以上を特に限定することなく使用することができる。好適例として、グラファイトカーボン、アモルファスカーボン等の炭素系材料、リチウム遷移金属複合酸化物(リチウムチタン複合酸化物等)、リチウム遷移金属複合窒化物等が例示される。
【0049】
また、正負極シート70、30間に使用されるセパレータシート76の好適例としては、多孔質ポリオレフィン系樹脂で構成されたものが挙げられる。なお、電解質として固体電解質もしくはゲル状電解質を使用する場合には、セパレータが不要な場合(すなわちこの場合には電解質自体がセパレータとして機能し得る。)があり得る。
【0050】
そして、ケース本体84の上端開口部から該本体84内に捲回電極体80を収容するとともに適当な電解質を含む電解液をケース本体84内に配置(注液)する。電解質は例えばLiPF等のリチウム塩である。例えば、適当量(例えば濃度1M)のLiPF等のリチウム塩をジエチルカーボネートとエチレンカーボネートとの混合溶媒(例えば質量比1:1)に溶解してなる非水電解液を使用することができる。
【0051】
その後、上記開口部を蓋体86との溶接等により封止し、本実施形態に係るリチウム二次電池100の組み立てが完成する。ケース82の封止プロセスや電解質の配置(注液)プロセスは、従来のリチウム二次電池の製造で行われている手法と同様でよく、本発明を特徴付けるものではない。このようにして本実施形態に係るリチウム二次電池100の構築が完成する。
【0052】
このようにして構築されたリチウム二次電池100は、前述した電極製造方法を用いて製造された電極を少なくとも一方の電極(ここでは負極)に用いて構築されていることから、優れた電池性能を示すものである。例えば、上記電極を用いて電池を構築することにより、充放電サイクル後の容量維持率が高い、入出力特性に優れる、生産安定性に優れる、のうちの少なくとも一つ(好ましくは全部)を満たすリチウム二次電池100を提供することができる。
【0053】
以下、本発明を試験例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明をかかる具体例に示すものに限定することを意図したものではない。この試験例では、ガラス転移温度Tgが互いに異なるバインダを用いて負極シートを作製した。バインダとしてはスチレンブタジエンゴム(SBR)を使用した。該SBRのガラス転移温度Tgは、スチレン/ブタジエン共重合比を変えることにより制御した。
【0054】
[負極シートの作製]
<例1>
バインダ溶液層にガラス転移温度Tgが30℃のSBR(バインダ)を投入し、負極シートを作製した。すなわち、上記SBR(バインダ)と水(溶媒)とを混合して、バインダ濃度が約10質量%となるバインダ溶液を調製した。このバインダ溶液を長尺シート状の銅箔(負極集電体;厚み10μm)の両面に塗布することによりバインダ溶液層50を形成した。ここで、上記バインダ溶液の塗布にはグラビアコータを用い、その塗布量(目付け)は、集電体の片面当たり約1.28g/m(固形分基準)となるように調整した。
【0055】
また、平均粒径10μmの天然黒鉛粉末(負極活物質)と、カルボキシメチルセルロース(CMC、増粘剤)とを、これらの材料の質量比が98.2:1となり且つ固形分率が約50質量%となるように水(溶媒)に混合して、合剤ペーストを調製した。この合剤ペーストを、上記形成したバインダ溶液層50上から塗布し乾燥させることにより、負極集電体10の両面に負極合剤層20が設けられた負極シート30を得た。合剤ペーストの塗布量は、約16mg/cm(固形分基準)となるように調節した。乾燥条件については、120℃、20秒とした。乾燥後、負極合剤層の密度が約1.5g/cmとなるようにプレスした。最終的な天然黒鉛粉末(負極活物質)とCMC(増粘剤)とSBR(バインダ)との配合比は、天然黒鉛:CMC:SBR=98.2:1:0.8となるように調整した。
【0056】
<例2>
ガラス転移温度Tgが10℃のSBRを用いたこと以外は、上記例1と同様にして例2に係る負極シートを作製した。
【0057】
<例3>
ガラス転移温度Tgが−5℃のSBRを用いたこと以外は、上記例1と同様にして例3に係る負極シートを作製した。
【0058】
<例4>
ガラス転移温度Tgが−20℃のSBRを用いたこと以外は、上記例1と同様にして例4に係る負極シートを作製した。
【0059】
<例5>
ガラス転移温度Tgが−40℃のSBRを用いたこと以外は、上記例1と同様にして例5に係る負極シートを作製した。
【0060】
<例6>
合剤ペーストにガラス転移温度Tgが30℃のSBR(バインダ)を投入し、負極シートを作製した。すなわち、平均粒径10μmの天然黒鉛粉末(負極活物質)と、カルボキシメチルセルロース(CMC、増粘剤)と、上記SBR(バインダ)とを、これらの材料の質量比が98.2:1:0.8となり且つ固形分率が約50質量%となるように水(溶媒)に混合して、合剤ペーストを調製した。この合剤ペーストを、長尺シート状の銅箔(負極集電体;厚み10μm)の両面に塗布し乾燥させることにより、負極集電体10の両面に負極合剤層20が設けられた負極シート30を得た。合剤ペーストの塗布量は、約16mg/cm(固形分基準)となるように調節した。乾燥条件については、120℃、20秒とした。乾燥後、負極合剤層の密度が約1.5gcm−3となるようにプレスした。
【0061】
<例7>
ガラス転移温度Tgが10℃のSBRを用いたこと以外は、上記例6と同様にして例7に係る負極シートを作製した。
【0062】
<例8>
ガラス転移温度Tgが−5℃のSBRを用いたこと以外は、上記例6と同様にして例8に係る負極シートを作製した。
【0063】
<例9>
ガラス転移温度Tgが−20℃のSBRを用いたこと以外は、上記例6と同様にして例9に係る負極シートを作製した。
【0064】
<例10>
ガラス転移温度Tgが−40℃のSBRを用いたこと以外は、上記例6と同様にして例10に係る負極シートを作製した。
【0065】
例1〜10により作製した負極シートの性能を、以下の耐屈曲性試験および90°剥離試験により評価した。
【0066】
[耐屈曲性試験]
JIS−K5600−5−1に準拠して行った。すなわち、図8に示すように、円筒形マンドレル65を負極シート30で挟み、負極合剤層が外側となるように180°折り曲げ、負極合剤層にヒビや割れがないかを観測した。マンドレル65の芯径を小さなものに変えて試験を行い、ヒビや割れが起こり始める最小芯径を測定した。この最小芯径が小さいほど、耐屈曲性(柔軟性)が良好であると云える。その結果を表1と図9に示す。図9は、ガラス転移温度Tg(℃)と最小芯径(mm)との関係を示すグラフである。
【0067】
【表1】

【0068】
表1と図9に示されるように、バインダを合剤ペーストに投入した例6〜10では、SBRのTgを10℃以上に高めると、耐屈曲性(柔軟性)が著しく低下してしまった(例6および例7)。一方、同量のバインダをバインダ溶液層に投入した例1〜5によると、SBRのTgが10℃以上でも耐屈曲性(柔軟性)が変化せず良好であった(例4および例5)。以上より、バインダ溶液層において、ガラス転移温度が10℃以上のバインダを使用することにより、負極シートの良好な柔軟性を維持し得ることが確認された。
【0069】
[90°剥離試験]
JIS−K6854−1に準拠して行った。すなわち、図10に示すように、負極合剤層20側の面を基盤66上に両面テープ67とポリエチレンテープ68とで固定し、負極集電体10を負極合剤層20の面に対して垂直となる方向に引っ張り、毎分20mmの速度で連続的に約60mm剥がした。そして、この間の荷重の最低値を剥離強度[N/m]として測定し、負極集電体10と負極合剤層20との密着性を評価した。その結果を表1と図11に示す。図11は、ガラス転移温度Tg(℃)と剥離強度(N/m)との関係を示すグラフである。
【0070】
表1と図11に示されるように、バインダを合剤ペーストに投入した例6〜10では、SBRのTgが増大するに従い剥離強度が低下傾向になった。
一方、同量のバインダをバインダ溶液層に投入した例1〜5では、SBRのTgが増大するに従い剥離強度が増大傾向になった。特に、Tgを10℃以上にすることによって、14N/mという極めて高い剥離強度を達成できた(例4および例5)。以上より、バインダ溶液層において、ガラス転移温度が10℃以上のバインダを使用することにより、剥離強度が著しく向上することが確認された。
【0071】
さらに、別途用意した例1〜10により作製した負極シートを用いて試験用のリチウム二次電池を作製し、その性能を充放電サイクル試験により評価した。試験用リチウム二次電池は、以下のようにして作製した。
【0072】
[正極シートの作製]
正極活物質としてのニッケルマンガンコバルト酸リチウム(LiNi1/3Co1/3Mn1/3)粉末と、導電剤としてのアセチレンブラック(AB)と、バインダとしてのポリフッ化ビニリデン(PVdF)とを、これらの材料の質量比が90:5:5となるようにN−メチルピロリドン(NMP)中で混合して、正極合剤ペーストを調製した。この正極合剤ペーストを長尺シート状のアルミニウム箔(正極集電体;厚み15μm)の片面に帯状に塗布して乾燥することにより、正極集電体の片面に正極合剤層が設けられた正極シート70を作製した。正極合剤ペーストの塗布量は、約320g/m(固形分基準)となるように調節した。また、乾燥後、正極合剤層の密度が約2.8g/cmとなるようにプレスした。
【0073】
[リチウム二次電池の作製]
上記得られた正極シートを5cm×5cmに打ち抜いて正極を作製した。また、別途用意した各例1〜10に係る負極シートを5cm×5cmに打ち抜いて負極を作製した。正極にアルミリードを取り付け、負極にニッケルリードを取り付け、それらをセパレータ(ポリプロピレン(PP)−ポリエチレン(PE)−ポリプロピレン(PP)の3層構造のものを使用した。)を介して対向配置し、非水電解液とともにラミネート袋に挿入して、図12に示すリチウム二次電池(ラミネートセル)60を構築した。図12中、符号61は負極を、符号62は正極を、符号63は電解液の含浸したセパレータを、符号64はラミネート袋をそれぞれ示す。なお、非水電解液としては、エチレンカーボネート(EC)とジメチルカーボネート(DMC)とエチルメチルカーボネート(EMC)とを3:3:4の体積比で含む混合溶媒に支持塩としてのLiPFを約1mol/リットルの濃度で含有させたものを用いた。このようにしてリチウム二次電池を組み立てた。
【0074】
[初期容量の測定]
各例1〜10に係る負極シートを用いたリチウム二次電池のそれぞれに対し、25℃において、電流1C、電圧4.1Vの定電流定電圧方式で合計充電時間が3時間となるまで充電した。10分間の休止後、かかる充電後の電池を、25℃において、3Vまで1/3Cの定電流定電圧で合計放電時間が3時間となるまで放電し、このときの放電容量を初期容量とした。
【0075】
[充放電サイクル試験]
また、各リチウム二次電池のそれぞれに対し、充放電を繰り返す充放電パターンを付与し、充放電サイクル試験を行った。具体的には、各電池の充電深度(SOC)を初期容量の90%となるように2Cの定電流で充電した後、初期容量の30%となるように2Cの定電流で放電を行い、10分間休止する充放電サイクルを1000回連続して繰り返した。そして、充放電サイクル試験後における放電容量を上記初期容量と同じ方法により求め、上記充放電サイクル試験後における放電容量と初期容量とから、充放電サイクル試験後の容量維持率(=[充放電サイクル試験後の放電容量/初期容量]×100)を算出した。その結果を表1と図13に示す。図13は、ガラス転移温度Tg(℃)と容量維持率(%)との関係を示すグラフである。
【0076】
表1と図13に示されるように、SBRのTgを−40℃、−20℃、−5℃とした例1〜3および例8〜10では、充放電サイクルを繰り返した後の容量維持率にあまり差はなかった。一方、SBRのTgを10℃、30℃とした例4、5および例9、10では、バインダをバインダ溶液層に投入した例4および例5の方が、合剤ペーストに投入した例9および例10に比べて、容量維持率が顕著に増大した。以上より、バインダ溶液層において、ガラス転移温度が10℃以上のバインダを使用することにより、充放電サイクル後の容量維持率が著しく向上することが確認された。
【0077】
以上、本発明を詳細に説明したが、上記実施形態は例示にすぎず、ここで開示される発明には上述の具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【0078】
ここに開示されるいずれかの電池100は、車両に搭載される電池として適した性能を備え、特に充放電サイクルに対する耐久性に優れたものであり得る。したがって本発明によると、図14に示すように、ここに開示されるいずれかの電池100を備えた車両1が提供される。特に、該電池100を動力源(典型的には、ハイブリッド車両または電気車両の動力源)として備える車両(例えば自動車)が提供される。
【0079】
ここに開示される技術の好ましい適用対象として、50A以上(例えば50A〜250A)、さらには100A以上(例えば100A〜200A)のハイレート放電を含む充放電サイクルで使用され得ることが想定される二次電池;理論容量が1Ah以上(さらには3Ah以上)の大容量タイプであって10C以上(例えば10C〜50C)さらには20C以上(例えば20C〜40C)のハイレート充放電を含む充放電サイクルで使用されることが想定される二次電池;等が例示される。
【符号の説明】
【0080】
1 車両
10 負極集電体
20 負極合剤層
22 負極活物質
24 溶媒
30 負極シート
40 合剤ペースト
50 バインダ溶液層
52 バインダ
54 溶媒
70 正極シート
72 正極端子
74 負極端子
76 セパレータシート
78 正極リード端子
79 負極リード端子
80 電極体
82 電池ケース
84 ケース本体
86 蓋体
100 電池


【特許請求の範囲】
【請求項1】
活物質とバインダとを含む合剤層が集電体に保持された構成の電極を備えた電池の製造方法であって、
前記バインダと溶媒とを含むバインダ溶液を調製すること;
前記集電体に前記バインダ溶液を塗布して該集電体の表面にバインダ溶液層を形成すること;および、
前記バインダ溶液層の上から、前記活物質と溶媒とを含む合剤ペーストを塗布し乾燥させることにより合剤層を形成すること;
を包含し、
前記バインダ溶液層において、ガラス転移温度が10℃以上のバインダを使用することを特徴とする、電池の製造方法。
【請求項2】
前記合剤ペーストは、前記バインダを実質的に含まない組成物から構成されている、請求項1に記載の電池製造方法。
【請求項3】
前記バインダとして、スチレンブタジエンゴム、ポリアクリレート、ポリウレタン、ポリエチレンオキサイド、及びポリエチレンからなる群から選択された少なくとも一種のポリマーを使用する、請求項1または2に記載の電池製造方法。
【請求項4】
前記バインダ溶液層のバインダ濃度が、5質量%〜30質量%である、請求項1〜3の何れか一つに記載の電池製造方法。
【請求項5】
前記合剤層に占める前記バインダの割合が、0.5質量%〜1質量%である、請求項1〜4の何れか一つに記載の電池製造方法。














【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2012−174554(P2012−174554A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−36459(P2011−36459)
【出願日】平成23年2月22日(2011.2.22)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】