電界電離型ガスイオン源のエミッタおよびこれを備えた集束イオンビーム装置ならびに電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法
【課題】大きな放出イオン電流が得られる電界電離型ガスイオン源のエミッタを提供する。
【解決手段】電界電離型ガスイオン源のエミッタ1は、円柱状または円錐台状の基部1aと、基部1aの軸方向における一端に位置する先細り形状の先端部1bとを備え、先端部1bは、基部1aの軸方向に沿って外側に向けて突出して位置する微小突起部1cを含む。基部1aと先端部1bとの境界面1dの直径をrとし、上記軸方向に沿った境界面1dと微小突起部1cの先端との間の距離をdとした場合に、これらrおよびdが、d/r≦1/10の条件を充足する。
【解決手段】電界電離型ガスイオン源のエミッタ1は、円柱状または円錐台状の基部1aと、基部1aの軸方向における一端に位置する先細り形状の先端部1bとを備え、先端部1bは、基部1aの軸方向に沿って外側に向けて突出して位置する微小突起部1cを含む。基部1aと先端部1bとの境界面1dの直径をrとし、上記軸方向に沿った境界面1dと微小突起部1cの先端との間の距離をdとした場合に、これらrおよびdが、d/r≦1/10の条件を充足する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンビームを放出するための電界電離型ガスイオン源に含まれるエミッタおよびその製造方法に関し、また当該エミッタを具備することで試料に対して集束イオンビームを照射可能にする集束インビーム装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体デバイスや金属微細構造物等に代表されるマイクロオーダーあるいはサブマイクロオーダーの超微細構造体の形状観察や形状加工、成膜加工等の分野において、FIB(Focused Ion Beam)法が広く用いられている。FIB法は、集束イオンビームを生成してこれを試料に照射することで上述した如くの超微細構造体の形状観察や形状加工、成膜加工等を可能にする技術であり、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)/NEMS(Nano Electro Mechanical Systems)技術の中核を担う技術として注目を集めている。
【0003】
ここで、集束イオンビーム装置は、FIB法を利用して試料に集束インビームを照射するための装置であり、当該集束イオンビーム装置には、イオンビームを生成してこれを放出するためのイオン源が具備される。集束イオンビーム装置においては、このイオン源に含まれるエミッタに電圧が印加されるとともに当該エミッタにイオンビームの原料物質が供給されることにより、エミッタの表面において当該原料物質がイオン化し、これがイオンビームとしてエミッタから放出され、放出されたイオンビームが集束レンズ系によって集束されて試料に照射される。
【0004】
現在普及している集束イオンビーム装置においては、イオン源として液体金属イオン源(LMIS:Liquid Metal Ion Source)が利用されている。しかしながら、当該集束イオンビーム装置において生成されるプローブとしての金属イオン(たとえばガリウムイオン等)は、試料にとっては汚染源となってしまうため、限られた用途にしか当該集束イオンビーム装置を適用することができないという問題があった。そのため、近年においては、LMISに替わるイオン源として、ヘリウムやネオン、アルゴン等に代表される不活性な希ガス等のガスのイオンが生成可能な電界電離型ガスイオン源(GFIS:Gas Field Ion Source)を利用することが検討されている。
【0005】
GFISをイオン源として利用した集束イオンビーム装置において、供給されるガスとして希ガスを使用した場合には、当該GFISに含まれるエミッタに電圧が印加されるとともに当該エミッタに希ガスが供給されることにより、エミッタの表面において希ガス分子が電界電離され、これが集束イオンビームとしてエミッタから放出される。当該GFISをイオン源として利用した集束イオンビーム装置において生成される希ガスイオンは、何ら試料を汚染することがないため、当該集束イオンビーム装置は、広範な用途にその適用が可能になる。
【0006】
しかしながら、GFISをイオン源として利用した集束イオンビーム装置においては、エミッタから放出されるイオンビームのビーム開き角が大きいといった問題や、エミッタから放出されるイオンビームの放出イオン電流が小さいといった問題があった。
【0007】
そこで、前者の問題を解決するために、エミッタの先端部を尖鋭化させることで当該エミッタの先端部近傍に強力な電界を生じせしめ、これによりイオンビームを小さく絞ることを可能にした集束イオンビーム装置が、非特許文献1(Tsu-Yi Fu et al., Physical Review B, 64 (2001) 113401)に開示されている。ここで、使用されるエミッタの先端部の曲率半径としては、おおよそ数十nm〜数百nm程度とされる。
【0008】
また、後者の問題を解決するために、集束イオンビーム装置に具備されるエミッタとして、比較的大きな曲率半径を有する先端部に局所的に微小な曲率半径を有する原子レベルの突起部が形成されてなるエミッタを使用することにより、大きな放出イオン電流を得ることができることが、非特許文献2(S. Kalbitzer, Nuclear Instrum. & Meth. Phys. Res. B, 158 (1999) 53)において理論的に開示されている。
【0009】
一方、集束イオンビーム装置への適用が考慮されたものではないものの、電子顕微鏡や電子分光装置等に具備される電子源用探針の先端部を尖鋭化する方法として、電界誘起酸素エッチング法が利用できることが、特許文献1(特開2008−293844号公報)において開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2008−293844号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Tsu-Yi Fu et al., Physical Review B, 64 (2001) 113401
【非特許文献2】S.Kalbitzer, Nuclear Instrum. & Meth. Phys. Res. B, 158 (1999) 53
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ここで、上記非特許文献1に開示される如くの形状のエミッタは、特許文献1に開示される如くの電界誘起酸素エッチング法を利用することで再現性よく製造することが可能である。しかしながら、上記非特許文献1に開示される如くの形状のエミッタでは、上述した後者の問題を解決することはできず、大きな放出イオン電流を得ることができない。そのため、当該エミッタを使用した集束イオンビーム装置とした場合には、形状観察や形状加工、成膜加工等に膨大な時間を要することになり、実用化の点でさらなる改善が必要である。
【0013】
一方、上記非特許文献2においては、大きな放出イオン電流が得られるエミッタの形状が理論的に開示されるのみであり、如何に再現性よく当該形状を有するエミッタを製造するかについては、その言及が一切なされていない。ここで、上記特許文献1に開示の如くの電界誘起酸素エッチング法を利用することを考慮した場合にも、上記非特許文献2に開示される如くの形状のエミッタ、すなわち比較的大きな曲率半径を有する先端部に局所的に微小な曲率半径を有する突起部が原子レベルで形成されてなるエミッタを得ることはできない。
【0014】
このように、GFISをイオン源とする集束イオンビーム装置を実用化するためには、大きな放出イオン電流が得られる先端部形状を有するエミッタを再現性よく製造することができる技術を確立することが必要不可欠である。
【0015】
したがって、本発明は、上述した問題を解決すべくなされたものであり、大きな放出イオン電流が得られる電界電離型ガスイオン源のエミッタおよびこれを備えた集束イオンビーム装置を提供するとともに、大きな放出イオン電流が得られる電界電離型ガスイオン源のエミッタを再現性よく製造することができる電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタは、供給されたガスを電界電離させてイオンビームを放出する電界電離型ガスイオン源に含まれるエミッタであって、円柱状または円錐台状の基部と、上記基部の軸方向における一端に位置する先細り形状の先端部とを備えており、上記先端部は、上記基部の軸方向に沿って外側に向けて突出して位置する微小突起部を含んでおり、上記基部と上記先端部との境界面の直径をrとし、上記軸方向に沿った上記境界面と上記微小突起部の先端との間の距離をdとした場合に、これらrおよびdが、d/r≦1/10の条件を充足していることを特徴としている。
【0017】
上記本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタは、上記先端部の曲率半径が50nm以上1000nm以下であるとともに、上記微小突起部の曲率半径が0.1nm以上2nm以下であることをさらに特徴としている。
【0018】
本発明に基づく集束イオンビーム装置は、上述した本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタと、上記エミッタにガスを供給するガス供給部と、上記ガス供給部から供給されたガスを上記エミッタの表面においてイオン化してイオンビームとして引き出すための引出電極と、上記エミッタと上記引出電極との間に電圧を印加する電圧印加部と、上記エミッタから引き出されたイオンビームを試料に集束させるレンズ系とを備えていることを特徴としている。
【0019】
本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法は、供給されたガスを電界電離させてイオンビームを放出する電界電離型ガスイオン源に含まれるエミッタを金属材料からなる細線の先端部の形状加工を行なうことで製造する方法であって、上記細線の先端部に電圧を印加するとともに上記金属材料に対して活性な物質を上記細線の先端部に供給することにより、上記細線の先端部に電界蒸発を生じさせつつ同時に上記細線の先端部を上記金属材料に対して活性な物質にて電界誘起エッチングし、これにより上記細線の先端部の形状加工を行なうことを特徴としている。
【0020】
上記本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法は、上記細線の先端部の形状加工を行なう際に、上記細線の先端部に印加する電圧および上記細線の先端部に供給する上記金属材料に対して活性な物質の供給量が、いずれも常時一定に維持されることをさらに特徴としている。
【0021】
上記本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法は、上記細線の先端部の形状加工を行なう際に、上記細線の先端部に上記金属材料に対して活性な物質に加えて希ガスを供給することにより、上記細線の先端部から希ガスイオンが放出されるようにし、これにより上記細線の先端部の形状を電界イオン顕微鏡にて観察可能にすることをさらに特徴としている。
【0022】
上記本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法は、上記細線の先端部の形状加工を行なった後に、上記細線の先端部に電圧を印加することにより、上記細線の先端部に電界蒸発のみを生じさせ、これにより上記細線の先端部のさらなる形状加工を行なうことをさらに特徴としている。
【0023】
上記本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法は、金属ワイヤを電解研磨することで上記細線が製作されることをさらに特徴としている。
【0024】
上記本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法は、上記金属材料が、タングステンまたはモリブデンであり、上記金属材料に対して活性な物質が、酸素、窒素、水素および水からなる群から選択される少なくとも一の物質を含んでいることをさらに特徴としている。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、大きな放出イオン電流が得られる電界電離型ガスイオン源のエミッタおよびこれを備えた集束イオンビーム装置とすることができるとともに、大きな放出イオン電流が得られる電界電離型ガスイオン源のエミッタを再現性よく製造することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの機能を説明するための模式図である。
【図2】本発明の実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの先端部の形状を示す拡大図である。
【図3】本発明の実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法を示すフロー図である。
【図4】図3に示す製造フローの一工程である電解研磨法を用いた金属ワイヤの先端の尖鋭化処理を実施するための製造装置の模式図である。
【図5】図3に示す製造フローの一工程である電界蒸発法と電界誘起酸素エッチング法とを併用した金属細線の先端部の形状加工処理と、図3に示す製造フローの他の一工程である電界蒸発法のみを用いた金属細線の先端部の形状加工処理とを実施するための製造装置の模式図である。
【図6】図3に示す製造フローの一工程である電界蒸発法と電界誘起酸素エッチング法とを併用した金属細線の先端部の形状加工処理のメカニズムを説明するための模式図である。
【図7】3に示す製造フローの一工程である電界蒸発法と電界誘起酸素エッチング法とを併用した金属細線の先端部の形状加工処理を実施した場合の金属細線の先端部の形状変化を示す模式図である。
【図8】(A)〜(E)は、実施例に係る金属細線の先端部の形状変化を示す電界イオン顕微鏡(FIM:Field Ion Microscope)像であり、(F)は、(E)に示すFIM像を模式化して示した図である。
【図9】比較例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法を示すフロー図である。
【図10】図9に示す製造フローの一工程である電界誘起酸素エッチング法のみを用いた金属細線の先端部の形状加工処理のメカニズムを説明するための模式図である。
【図11】図9に示す製造フローの一工程である電界誘起酸素エッチング法のみを用いた金属細線の先端部の形状加工処理を実施した場合の金属細線の先端部の形状変化を示す模式図である。
【図12】(A)は、実施例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの先端のFIM像であり、(B)は、比較例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの先端のFIM像である。
【図13】実施例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの放出イオン電流の実測値を示すグラフである。
【図14】実施例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの放出イオンビームの放射角電流密度の実測値を示すグラフである。
【図15】本発明の実施の形態における集束イオンビーム装置の構成を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の一実施の形態について、図を参照して詳細に説明する。以下に示す実施の形態においては、電界電離型ガスイオン源のエミッタに供給されるガスとして希ガスが使用される場合を例示して説明を行なう。なお、以下に示す実施の形態においては、同一の部分について図中同一の符号を付し、その説明は個々には繰り返さない。
【0028】
図1は、本発明の実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの機能を説明するための模式図である。まず、この図1を参照して、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの機能について説明する。
【0029】
図1に示すように、本実施の形態における電界電離型イオン源のエミッタ1は、先端が尖鋭化された針形状を有する金属製の部材からなる。当該エミッタ1の先端部側には、引出電極(図1において不図示)が配置されており、当該エミッタ1と引出電極との間に高電圧が印加されることにより、エミッタ1の先端部近傍には、強電界が形成される。エミッタ1の先端部が配置される周囲環境は、超高真空下の状態とされ、ここにヘリウムまたはネオン、アルゴン等に代表される希ガスが導入されることでエミッタ1に向けて希ガス分子が供給される。
【0030】
ここで、ガス分子は、電界中において分極ポテンシャルエネルギー(Polarization Potential Energy)を有している。この分極ポテンシャルエネルギーをEPPEとすると、当該EPPEは、ガス分子の分極率αおよび電界強度Fを用いて以下の式(1)で表わされる。
【0031】
【数1】
【0032】
また、温度TGにおけるガス分子の一次元熱平衡エネルギー(Thermal Equilibrium Energy)は、当該一次元熱平衡エネルギーをETEEとすると、ボルツマン定数kを用いて以下の式(2)で表わされる。
【0033】
【数2】
【0034】
そのため、ガス分子は、EPPE>ETEEとなる領域において、分極力によってエミッタ1に引き寄せされることになり、EPPE<ETEEとなる領域において、熱運動に基づいてランダム運動を行なうことになる。なお、ガス分子の速度はマクスウェル分布に従うため、分極ポテンシャルエネルギーEPPEと一次元熱平衡エネルギーETEEとは、それぞれ平均値として取り扱うことができる。
【0035】
したがって、図1に示すように、エミッタ1の周囲に供給された希ガス分子3,4,5のうち、エミッタ1の先端部近傍に位置する入射領域2(すなわちEPPE>ETEEとなる領域)に存する希ガス分子3,4は、エミッタ1の表面に接触し、いわゆるホッピング運動を行ないながらエミッタ1の先端に向けて移動する。そして、エミッタ1の先端部近傍に到達した希ガス分子3,4は、強電界領域であるイオン化領域6に達し、電界電離されてイオン化する。これにより、生成された希ガスイオンは、イオンビーム7としてエミッタ1の先端部から電気力線に沿って放出されることになる。ここで、放出されるイオンビーム7のビーム開き角θは、集束イオンビーム装置においてイオンビームを集束させる場合の集束レンズの収差に影響するため、より小さい値をとることが好ましい。
【0036】
なお、エミッタ1の周囲に供給された希ガス分子3,4,5のうち、入射領域2外に存する希ガス分子5は、エミッタ1の表面に接触した後に、ホッピング運動を行なうことなくエミッタ1の先端部側とは異なる方向に放出される。
【0037】
ところで、エミッタ1の先端部へのガス分子の供給関数をS[Particles/sec]とすると、当該Sは、ガス圧をP、エミッタの温度をTE、電界強度をF、ガスの分子量をM、ガス分子の分極率をα、ボルツマン定数をk、エミッタ1の先端部の幾何学的な形状から決定される因子をAとした場合に、半経験則から得られた下記の式(3)によって表わされる。
【0038】
【数3】
【0039】
ここで、上記式(3)に含まれる変数のうち、ガス圧P、エミッタの温度TE、電界強度F、ガスの分子量M、ガス分子の分極率αは、使用するガス種や得るべきイオンビームの特性、当該エミッタ1が具備される集束イオンビーム装置の構成等に基づいて必然的に決定されるかあるいは制約されるものであり、残る変数である上記因子Aが、唯一大きな制約を受けずに調整できるパラメータである。したがって、エミッタ1から放出されるイオンビームの放出イオン電流を増加させるためには、エミッタ1の先端部の幾何学的な形状を如何に構成するかが重要になる。
【0040】
当該エミッタ1の最適な形状として考えられる一つの形状は、前述した非特許文献2にも理論的に開示される如くの形状、すなわち比較的大きな曲率半径を有する先端部に局所的に微小な曲率半径を有する原子レベルの突起部が形成されてなる形状である。
【0041】
図2は、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの先端部の形状を示す拡大図である。次に、この図2を参照して、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの先端部の形状について詳細に説明する。
【0042】
図2に示すように、本実施の形態におけるエミッタ1は、円錐台状の形状を有する基部1aと、基部1aの軸方向における一端部に位置する先細り形状の先端部1bとを備えており、先端部1bは、基部1aの軸方向に沿って外側に向けて突出して位置する微小突起部1cを含んでいる。なお、エミッタ1は、たとえばタングステンまたはモリブデン等の金属材料からなる。
【0043】
先端部1bは、基部1aの軸方向端部から当該軸方向に沿って外側に向かって張り出した形状を有しており、その外表面は、図に示す点O1を中心とする仮想の球面P1に近似される。先端部1bに設けられた微小突起部1cは、基部1aの軸線と同一直線上に位置しており、原子レベルの大きさ(たとえば原子数個分程度の高さ)とされている。微小突起部1cは、上述した仮想の球面P1から外側に向けて突出して形成されており、その外表面は、図に示す点O2を中心とする仮想の球面P2に近似される。
【0044】
ここで、先端部1bの曲率半径(すなわち仮想の球面P1の曲率半径R1)は、好ましくは50nm以上1000nm以下とされ、微小突起部1cの曲率半径(すなわち仮想の球面P2の曲率半径R2)は、好ましくは0.1nm以上2nm以下とされる。
【0045】
また、基部1aと先端部との境界面1dの直径をrとし、基部1aの軸方向に沿った境界面1dと微小突起部1cの先端との距離をdとした場合には、これらrおよびdが、d/r≦1/10の条件を充足しており、より好ましくはd/r≦1/100の条件を充足しており、さらに好ましくはd/r≦1/250の条件を充足している。
【0046】
このような形状を有するエミッタ1とすることにより、放出されるイオンビームを小さく絞ること(すなわち、図1に示すビーム開き角θを小さくすること)が可能になるとともに、放出イオン電流が従来に比して大きいエミッタとすることができる。なお、上記においては、基部1aが円錐台状の形状を有している場合を例示して説明を行なったが、当該基部1aが円柱状の形状を有していてもよい。
【0047】
図3は、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法を示すフロー図である。図4は、図3に示す製造フローの一工程である電解研磨法を用いた金属ワイヤの先端の尖鋭化処理を実施するための製造装置の模式図である。また、図5は、図3に示す製造フローの一工程である電界蒸発法と電界誘起酸素エッチング法とを併用した金属細線の先端部の形状加工処理と、図3に示す製造フローの他の一工程である電界蒸発法のみを用いた金属細線の先端部の形状加工処理とを実施するための製造装置の模式図である。次に、これら図3ないし図5を参照して、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法について説明する。なお、上述した本実施の形態の如くの先端部形状を有するエミッタは、この図3に示す製造フローに従うことで再現性よく製造できる。
【0048】
図3に示す製造フローにおいては、まずエミッタの材料となる金属ワイヤを準備し、当該金属ワイヤの先端を電解研磨法を用いて尖鋭化処理する(ステップS101)。当該処理には、図4に示す電解研磨装置10が利用される。
【0049】
図4に示すように、電解研磨装置10は、エッチング液12が貯留された容器11と、金属ワイヤ1″を保持するホルダ(アノード)13と、ループ状に形成されたカソード14と、電源15とを備える。カソード14は、容器11に貯留されたエッチング液12に浸漬されており、ホルダ(アノード)13によって保持された金属ワイヤ1″は、その先端が所定長さだけエッチング液12に浸漬される。そして、電源15を用いてホルダ(アノード)13およびカソード14間に電圧が印加されることにより、金属ワイヤ1″の先端がエッチング液によって電解研磨され、これにより金属ワイヤ1″の先端が尖鋭化されて細線化する。なお、金属ワイヤ1″としてタングステンワイヤを使用した場合には、エッチング液12として5規定の水酸化ナトリウム溶液が好適に使用される。
【0050】
次に、図3に示す製造フローにおいては、ステップS101において製作された金属細線(すなわち金属ワイヤの尖鋭化された部分)の先端部を電界蒸発法と電界誘起エッチング法とを併用して形状加工処理する(ステップS102)。当該処理には、図5に示す形状加工装置20が利用される。
【0051】
図5に示すように、形状加工装置20は、内部空間22を有する超高真空チャンバ21と、金属細線1′を保持するホルダ23と、マイクロチャネルプレート26と、蛍光スクリーン27と、ファラデーカップ28と、CCDカメラ31と、希ガスを超高真空チャンバ21の内部空間22に供給するための希ガスボンベ32と、活性ガスを超高真空チャンバ21の内部空間22に供給するための活性ガスボンベ33と、超高真空チャンバ21の内部空間22に供給される希ガスおよび活性ガスの供給量を調節するバルブ34と、超高真空チャンバ21の内部空間22の温度を低温に保持するための低温維持装置35とを主として備える。
【0052】
ここで、マイクロチャネルプレート26は、ホルダ23によって保持された金属細線1′に対向するように配置され、蛍光スクリーン27は、当該マイクロチャネルプレート26のさらに後方に配置される。また、ファラデーカップ28は、蛍光スクリーン27のさらに後方に配置される。蛍光スクリーン27のさらに後方の超高真空チャンバ21の壁面には、透過窓30が設けられており、CCDカメラ31は、当該透過窓30に対向するように配置される。マイクロチャネルプレート26および蛍光スクリーン27には、図示しない電源が接続されることで所定の電圧が印加される。
【0053】
ホルダ23には、高電圧を印加するための電源25が接続されており、当該電源25によってホルダ23に印加された電圧が、電位計25aによって検出される。また、ファラデーカップ28には、電源29が接続されており、ファラデーカップ28に照射されたイオンビームの放出イオン電流が、電流計29aによって検出される。加えて、ホルダ23には、温度センサ24が取付けられており、当該温度センサ24によって金属細線1′の温度が検出される。なお、蛍光スクリーン27に映し出される像(FIM像)は、CCDカメラ31によって撮像される。
【0054】
当該形状加工装置20においては、金属細線1′が超高真空環境下において極低温に冷却され、その状態において金属細線1′に高電圧が印加されることにより、金属細線1′の先端部の形状加工処理が行なわれる。ここで、ステップS102における形状加工処理においては、超高真空チャンバ21の内部空間22に希ガスボンベ32から所定量の希ガスと活性ガスボンベ33から所定量の活性ガスが導入される。これにより、当該形状加工処理においては、金属細線1′の先端部に高電圧が印加されるとともに活性ガスが供給されることになり、金属細線1′の先端部に電界蒸発が生じるとともに同時に金属細線1′の先端部において上記活性ガスによる電界誘起エッチングが行なわれることになる。なお、金属細線1′としてタングステン細線を使用した場合には、希ガスとしてたとえばヘリウムやネオン、アルゴン等が利用でき、活性ガスとして酸素や窒素、水素等が利用できる。なお、活性ガスに代えて、水等に代表される金属材料に対して活性な物質を利用することとしてもよい。
【0055】
以上の製造フローに従えば、金属細線1′の先端部を上述した図2に示す如くの形状とすることができ、本実施の形態におけるエミッタ1を製造することが可能になる。
【0056】
なお、図3に示す製造フローにおいては、付加的に、金属細線の先端部のさらなる形状加工処理を施すこととしている。すなわち、図3に示す製造フローにおいては、ステップS102が完了した後に、金属細線の先端部を電界蒸発法を用いてさらに形状加工処理することとしている(ステップS103)。当該処理には、図5に示す形状加工装置20が利用でき、具体的には、ステップS102の形状加工処理が完了した後に、引き続き超高真空チャンバ21の内部空間に活性ガスボンベ33から活性ガスを導入することを停止して形状加工処理を継続することで実施できる。
【0057】
図6は、図3に示す製造フローの一工程である電界蒸発法と電界誘起酸素エッチング法とを併用した金属細線の先端部の形状加工処理のメカニズムを説明するための模式図である。また、図7は、図3に示す製造フローの一工程である電界蒸発法と電界誘起酸素エッチング法とを併用した金属細線の先端部の形状加工処理を実施した場合の金属細線の先端部の形状変化を示す模式図である。次に、これら図6および図7を参照して、電界蒸発法と電界誘起酸素エッチング法とを併用した金属細線の先端部の形状加工処理のメカニズムおよび当該形状加工処理における金属細線の先端部の形状変化について、金属細線としてタングステン細線を使用し、希ガスとしてヘリウムを使用し、活性ガスとして酸素を使用した場合を例示して詳細に説明する。
【0058】
図6に示すように、金属細線1′に高電圧を印加すると、金属細線1′の先端S1近傍に強電界が形成される。このとき、図示するように、電界の大きさが14.5V/nmとなる領域において酸素分子がイオン化されて跳ね返され、また電界の大きさが44.0V/nmとなる領域においてヘリウム分子がイオン化されて跳ね返される。そのため、金属細線1′の先端S1においては、酸素分子が当該先端S1にまで到達することができず、結果として金属細線1′の酸素による電界誘起エッチングは生じない。なお、イオン化されて跳ね返されたヘリウムイオンは、蛍光スクリーン27に達することで金属細線1′の先端部の形状がFIM像として観察可能になる。
【0059】
このとき、本実施の形態においては、金属細線1′の先端S1における電界が当該金属細線1′を構成するタングステンの電界蒸発が生じる強さ以上とされる。このようにすれば、図示するように、金属細線1′の先端S1において、タングステン原子の電界蒸発による離脱が生じ、金属細線1′の先端S1における形状加工が行なえることになる。
【0060】
一方で、金属細線1′の上記先端S1より僅かに根元側の部分S2近傍においては、上記強電界が形成されていないため、酸素分子は当該部分S2に到達することになり、この部分S2においてタングステンの酸化が生じる。これにより、金属細線1′の上記根元側の部分S2において、酸素による電界誘起エッチングが生じることになり、酸化タングステンが当該部分S2において脱離することにより、金属細線1′の上記根元側の部分S2における形状加工が行なえることになる。
【0061】
図7に示すように、上記電界蒸発作用および上記電界誘起酸素エッチング作用により、金属細線1′の先端部1bの形状加工が徐々に進行し、これに伴い金属細線1′の先端部1bの形状は、図示する破線L0、L1、L2の順で変化する。このとき、上述した電界蒸発作用により、金属細線1′の先端は徐々に後退し、基部1aと先端部1bとの境界面を基準とした当該先端までの距離は、図示するd0、d1、d2の順で小さくなる。そして、金属細線1′の先端部1bに所望の大きさかつ形状の微小突起部1cが形成された時点で酸素の導入を停止することにより、最終的に図示する実線の如くの形状(すなわち、基部1aと先端部1bとの境界面を基準とした先端までの距離がdである形状)のエミッタ1を得ることができる。
【0062】
図8(A)ないし図8(E)は、金属細線としてタングステン細線を使用し、希ガスとしてヘリウムを使用し、活性ガスとして酸素を使用して実際に製造した、実施例に係る金属細線の先端部の形状変化を示すFIM像であり、図8(F)は、図8(E)に示すFIM像を模式化して示した図である。
【0063】
これら図8(A)ないし図8(E)に示すように、実施例においては、初期状態において図7において示す破線L0の如くの形状であった金属細線が、酸素導入から約11時間後において図7において実線で示す如くの形状となることがFIM像に基づいて確認された。なお、図8(A)ないし図8(E)に示すFIM像は、図7に示す矢印A方向から金属細線の先端部の形状観察を行なった場合のものである。
【0064】
図9は、比較例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法を示すフロー図である。次に、図9を参照して、上記特許文献1に開示される製造フローを電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法に適用した場合を、比較例に係る製造フローとして説明する。
【0065】
図9に示す比較例に係る製造フローにおいては、まずエミッタの材料となる金属ワイヤを準備し、当該金属ワイヤの先端を電解研磨法を用いて尖鋭化処理する(ステップS201)。当該処理には、図4に示す電解研磨装置10が利用され、その処理も上述した図3に示すステップS101の処理と同様である。
【0066】
次に、図9に示す比較例に係る製造フローにおいては、ステップS201において製作された金属細線(すなわち金属ワイヤの尖鋭化された部分)の先端部を電界誘起エッチング法のみを用いて形状加工処理する(ステップS202)。当該処理には、図5に示す形状加工装置20が利用される。
【0067】
金属細線1′は、超高真空環境下において極低温に冷却され、その状態において金属細線1′に高電圧が印加されることにより、金属細線1′の先端部の形状加工処理が行なわれる。ここで、ステップS202における形状加工処理においては、超高真空チャンバ21の内部空間22に希ガスボンベ32から所定量の希ガスと活性ガスボンベ33から所定量の活性ガスが導入される。このとき、本比較例に係る製造フローにおいては、金属細線1′の先端部に電界蒸発が生じないように印加電圧の大きさが調節される。そのため、金属細線1′の先端部には、上記活性ガスによる電界誘起エッチングのみが生じることになる。
【0068】
図10は、図9に示す製造フローの一工程である電界誘起酸素エッチング法のみを用いた金属細線の先端部の形状加工処理のメカニズムを説明するための模式図である。また、図11は、図9に示す製造フローの一工程である電界誘起酸素エッチング法のみを用いた金属細線の先端部の形状加工処理を実施した場合の金属細線の先端部の形状変化を示す模式図である。次に、これら図10および図11を参照して、電界誘起酸素エッチング法のみを用いた金属細線の先端部の形状加工処理のメカニズムおよび当該形状加工処理における金属細線の先端部の形状変化について、金属細線としてタングステン細線を使用し、希ガスとしてヘリウムを使用し、活性ガスとして酸素を使用した場合を例示して詳細に説明する。
【0069】
図10に示すように、金属細線1′に高電圧を印加すると、金属細線1′の先端S1近傍に強電界が形成される。このとき、図示するように、電界の大きさが14.5V/nmとなる領域において酸素分子がイオン化されて跳ね返され、また電界の大きさが44.0V/nmとなる領域においてヘリウム分子がイオン化されて跳ね返される。そのため、金属細線1′の先端S1においては、酸素分子が当該先端S1にまで到達することができず、結果として金属細線1′の酸素による電界誘起エッチングは生じない。
【0070】
このとき、本実施の形態においては、金属細線1′の先端S1における電界が当該金属細線1′を構成するタングステンの電界蒸発が生じる強さ未満とされる。したがって、金属細線1′の先端S1において、タングステン原子の電界蒸発による離脱は生じず、金属細線1′の先端S1における形状加工は行なわれないことになる。
【0071】
一方で、金属細線1′の上記先端S1より僅かに根元側の部分S2近傍においては、上記強電界が形成されていないため、酸素分子は当該部分S2に到達することになり、この部分S2においてタングステンの酸化が生じる。これにより、金属細線1′の上記根元側の部分S2において、酸素による電界誘起エッチングが生じることになり、酸化タングステンが当該部分S2において脱離することにより、金属細線1′の上記根元側の部分S2における形状加工が行なえることになる。
【0072】
図11に示すように、上記電界誘起酸素エッチング作用により、金属細線1′の先端部1b′の形状加工が徐々に進行し、これに伴い金属細線1′の先端部1b′の形状は、図示する破線L0、L1、L2の順で変化する。このとき、金属細線1′の先端は後退せず、基部1aと先端部1b′との境界面を基準とした先端までの距離は、初期状態の大きさd0が維持されることになる。そして、金属細線1′の先端部1b′が所望の大きさにまで先鋭化された時点で酸素の導入を停止することにより、最終的に図示する実線の如くの形状のエミッタが得られることになる。したがって、上記比較例に係る製造フローを採用した場合には、エミッタの先端部1b′全体が尖鋭化されることになり、当該先端部1b′に本実施の形態におけるエミッタ1の如くの微小突起部1c(図2または図7等参照)が形成されることはない。
【0073】
図12(A)は、上述した実施例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの先端のFIM像であり、図12(B)は、上述した比較例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの先端のFIM像である。これら図12(A)および図12(B)に示すFIM像は、図7および図11に矢印B方向からエミッタの先端部を撮像したものであり、いずれも同一スケールにて撮像されている。
【0074】
図12(A)に示すように、実施例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタ1の先端のFIM像においては、先端に位置する微小突起部1cが十分に小さく撮像されている。これは、当該実施例に係るエミッタ1から放出されたイオンビームが十分に小さいビーム開き角θをもっていることを意味しており、そのビーム開き角θはおおよそ1.0°程度であった。これに対し、図12(B)に示すように、比較例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの先端のFIM像においては、先端部1b′の先端が十分には小さく撮像されていない。これは、当該比較例に係るエミッタから放出されたイオンビームが十分に小さいビーム開き角θをもってはいないことを意味しており、そのビーム開き角θはおおよそ2.7°であった。
【0075】
図13は、実施例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの放出イオン電流の実測値を示すグラフである。また、図14は、実施例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの放出イオンビームの放射角電流密度の実測値を示すグラフである。
【0076】
これら図13および図14から理解されるように、実施例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタ1とすることにより、エミッタへの印加電圧が9.2kV、エミッタ温度が30K、ヘリウムガス圧が0.05Paの条件下において、当該エミッタ1から放出されるイオンビームの放出イオン電流の実測値が概ね15pA程度であり、放射角電流密度の実測値が概ね60nA/sr程度であることが確認された。当該値は、いずれもGFISをイオン源とした場合に従来に得ることのできなかった値である。特に、放射角電流密度については、比較例の約27.5倍の値が得られた。
【0077】
以上において説明したように、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法を採用することにより、上述した如くの先端部形状を有する電界電離型ガスイオン源のエミッタ1を再現性よく製造することが可能になる。したがって、大きな放出イオン電流が得られかつイオンビームを小さく絞ることのできる電界電離型ガスイオン源のエミッタを容易に製造することが可能になる。
【0078】
なお、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法を採用した場合には、上述したステップS102の形状加工処理中において、金属細線の先端部に印加する印加電圧および金属細線の先端部に供給する活性ガス(活性物質)の供給量をいずれも常時一定に維持することができる。これに対し、上記比較例における製造方法を採用した場合には、金属細線の先端部に電界蒸発が生じないように、上述したステップS202の形状加工処理中において、金属細線の先端部の形状変化に合わせてこれら印加電圧および供給量を段階的にあるいは断続的に調節することが必要になる。したがって、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法は、上記比較例における製造方法に比して、より容易にエミッタが製造できる利点を有している。
【0079】
また、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法においては、上述したステップS102の形状加工処理が完了した後に、引き続き上述したステップS103の形状加工処理に移行することとしていたが、必ずしもステップS103の形状加工処理は必須ではない。加えて、ステップS103の形状加工処理を行なう場合にも、当該ステップS103の形状加工処理をステップS102の形状加工処理を行なった製造装置にて引き続き行なう必要はなく、別の装置にて行なうこととしてもよい。すなわち、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法にあっては、ステップS103の形状加工処理を、エミッタが設置される集束イオンビーム装置にて実施することができる。そのようにすれば、工場等にて製造された電界電離型ガスイオン源のエミッタを大気中において輸送し、当該エミッタが設置される実機にて最終形状加工処理を行なうことが可能となるため、真空下においてエミッタを搬送することが不要となり、より輸送が容易となる効果が得られる。また、使用により先端部の形状が鈍った場合にも、当該実機にて形状加工処理を再度行なうこととすれば、先端部の形状回復を行なうことが可能である。
【0080】
また、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法においては、FIM像を確認することで金属細線の先端部の形状を観察しながらの形状加工処理が可能になる。そのため、より確実に所望の先端部形状を有するエミッタの製造が可能になる効果が得られる。
【0081】
また、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法を採用することにより、使用する金属細線(金属ワイヤ)として、必ずしも単結晶金属を使用する必要がなく、より安価に入手できる非単結晶金属を使用することが可能になる。そのため、より低コストに電界電離型ガスイオン源のエミッタを製造することが可能になる。
【0082】
また、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法において使用される希ガスとしては、上述したヘリウム、ネオン、アルゴンに加え、クリプトン、キセノン等が使用可能であり、また複数種の希ガスを混合したガスを使用することも可能である。
【0083】
なお、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタにおいては、先端部に稜線を有しない滑らかな形状にその表面を仕上げることが好ましく、そのように構成すれば、電圧印加時に形成されるエミッタの先端部近傍の電界分布が、エミッタの軸線周りに一様に安定化することになり、より好ましいエネルギー分布を有するイオンビームを生成することが可能になる。
【0084】
図15は、本実施の形態における集束イオンビーム装置の構成を示す概念図である。次に、この図15を参照して、本実施の形態における集束イオンビーム装置の構成について説明する。なお、図15に示す集束イオンビーム装置は、上述した本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタを具備したものである。
【0085】
図15に示すように、本実施の形態における集束イオンビーム装置100は、電界電離型イオン源101と、集束レンズ105と、アパーチャ106と、偏向器群107と、対物レンズ108とを主として備えている。ここで、電界電離型イオン源101は、エミッタ1と、ガス供給部102と、電圧印加部103と、引出電極104とを含んでいる。なお、試料200は、エミッタ1と対向するように集束イオンビーム装置100にたとえばステージ(不図示)等にて保持されて設置される。
【0086】
ガス供給部102は、エミッタ1に希ガスを供給するためのものであり、引出電極104は、ガス供給部102から供給された希ガスをエミッタ1の表面においてイオン化してイオンビームとして引き出すためのものである。電圧印加部103は、上記エミッタ1と引出電極104との間に電圧を印加するためのものである。
【0087】
集束レンズおよび対物レンズ108は、エミッタ1から放出されたイオンビームを試料200に集束させるためのレンズ系であり、アパーチャ106は、通過するイオンビーム量を調整するための絞りに相当する。偏向器群107は、エミッタ1から放出されたイオンビームを偏向するものである。
【0088】
以上において説明した本実施の形態における集束イオンビーム装置100とすることにより、大きな放出イオン電流が得られかつイオンビームを小さく絞ることのできる集束イオンビーム装置とすることができる。したがって、試料を汚染することなく、高効率に短時間で形状観察や形状加工、成膜加工等が行なえる集束イオンビーム装置とすることができる。
【0089】
なお、今回開示した上記一実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲によって画定され、また特許請求の範囲の記載と均等の意味および範囲内でのすべての変更を含むものである。
【符号の説明】
【0090】
1 エミッタ、1a 基部、1b 先端部、1c 微小突起部、1d 境界面、1′ 金属ワイヤ、1″ 金属細線、2 強電界領域、3〜5 希ガス分子、6 イオン生成領域、7 イオンビーム、10 電解研磨装置、11 容器、12 エッチング溶液、13 ホルダ(アノード)、14 カソード、15 電源、20 形状加工装置、21 チャンバ、22 内部空間、23 ホルダ、24 温度センサ、25 電源、25a 電位計、26 マイクロチャネルプレート、27 蛍光スクリーン、28 ファラデーカップ、29 電源、29a 電流計、30 透過窓、31 CCDカメラ、32 希ガス供給源、33 活性ガス供給源、34 ガス導入部、35 低温維持装置、100 集束イオンビーム装置、101 電界電離型ガスイオン源、102 ガス供給部、103 電圧印加部、104 引出電極、105 集束レンズ、106 アパーチャ、107 偏向器群、108 対物レンズ、200 試料。
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンビームを放出するための電界電離型ガスイオン源に含まれるエミッタおよびその製造方法に関し、また当該エミッタを具備することで試料に対して集束イオンビームを照射可能にする集束インビーム装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体デバイスや金属微細構造物等に代表されるマイクロオーダーあるいはサブマイクロオーダーの超微細構造体の形状観察や形状加工、成膜加工等の分野において、FIB(Focused Ion Beam)法が広く用いられている。FIB法は、集束イオンビームを生成してこれを試料に照射することで上述した如くの超微細構造体の形状観察や形状加工、成膜加工等を可能にする技術であり、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)/NEMS(Nano Electro Mechanical Systems)技術の中核を担う技術として注目を集めている。
【0003】
ここで、集束イオンビーム装置は、FIB法を利用して試料に集束インビームを照射するための装置であり、当該集束イオンビーム装置には、イオンビームを生成してこれを放出するためのイオン源が具備される。集束イオンビーム装置においては、このイオン源に含まれるエミッタに電圧が印加されるとともに当該エミッタにイオンビームの原料物質が供給されることにより、エミッタの表面において当該原料物質がイオン化し、これがイオンビームとしてエミッタから放出され、放出されたイオンビームが集束レンズ系によって集束されて試料に照射される。
【0004】
現在普及している集束イオンビーム装置においては、イオン源として液体金属イオン源(LMIS:Liquid Metal Ion Source)が利用されている。しかしながら、当該集束イオンビーム装置において生成されるプローブとしての金属イオン(たとえばガリウムイオン等)は、試料にとっては汚染源となってしまうため、限られた用途にしか当該集束イオンビーム装置を適用することができないという問題があった。そのため、近年においては、LMISに替わるイオン源として、ヘリウムやネオン、アルゴン等に代表される不活性な希ガス等のガスのイオンが生成可能な電界電離型ガスイオン源(GFIS:Gas Field Ion Source)を利用することが検討されている。
【0005】
GFISをイオン源として利用した集束イオンビーム装置において、供給されるガスとして希ガスを使用した場合には、当該GFISに含まれるエミッタに電圧が印加されるとともに当該エミッタに希ガスが供給されることにより、エミッタの表面において希ガス分子が電界電離され、これが集束イオンビームとしてエミッタから放出される。当該GFISをイオン源として利用した集束イオンビーム装置において生成される希ガスイオンは、何ら試料を汚染することがないため、当該集束イオンビーム装置は、広範な用途にその適用が可能になる。
【0006】
しかしながら、GFISをイオン源として利用した集束イオンビーム装置においては、エミッタから放出されるイオンビームのビーム開き角が大きいといった問題や、エミッタから放出されるイオンビームの放出イオン電流が小さいといった問題があった。
【0007】
そこで、前者の問題を解決するために、エミッタの先端部を尖鋭化させることで当該エミッタの先端部近傍に強力な電界を生じせしめ、これによりイオンビームを小さく絞ることを可能にした集束イオンビーム装置が、非特許文献1(Tsu-Yi Fu et al., Physical Review B, 64 (2001) 113401)に開示されている。ここで、使用されるエミッタの先端部の曲率半径としては、おおよそ数十nm〜数百nm程度とされる。
【0008】
また、後者の問題を解決するために、集束イオンビーム装置に具備されるエミッタとして、比較的大きな曲率半径を有する先端部に局所的に微小な曲率半径を有する原子レベルの突起部が形成されてなるエミッタを使用することにより、大きな放出イオン電流を得ることができることが、非特許文献2(S. Kalbitzer, Nuclear Instrum. & Meth. Phys. Res. B, 158 (1999) 53)において理論的に開示されている。
【0009】
一方、集束イオンビーム装置への適用が考慮されたものではないものの、電子顕微鏡や電子分光装置等に具備される電子源用探針の先端部を尖鋭化する方法として、電界誘起酸素エッチング法が利用できることが、特許文献1(特開2008−293844号公報)において開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2008−293844号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Tsu-Yi Fu et al., Physical Review B, 64 (2001) 113401
【非特許文献2】S.Kalbitzer, Nuclear Instrum. & Meth. Phys. Res. B, 158 (1999) 53
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ここで、上記非特許文献1に開示される如くの形状のエミッタは、特許文献1に開示される如くの電界誘起酸素エッチング法を利用することで再現性よく製造することが可能である。しかしながら、上記非特許文献1に開示される如くの形状のエミッタでは、上述した後者の問題を解決することはできず、大きな放出イオン電流を得ることができない。そのため、当該エミッタを使用した集束イオンビーム装置とした場合には、形状観察や形状加工、成膜加工等に膨大な時間を要することになり、実用化の点でさらなる改善が必要である。
【0013】
一方、上記非特許文献2においては、大きな放出イオン電流が得られるエミッタの形状が理論的に開示されるのみであり、如何に再現性よく当該形状を有するエミッタを製造するかについては、その言及が一切なされていない。ここで、上記特許文献1に開示の如くの電界誘起酸素エッチング法を利用することを考慮した場合にも、上記非特許文献2に開示される如くの形状のエミッタ、すなわち比較的大きな曲率半径を有する先端部に局所的に微小な曲率半径を有する突起部が原子レベルで形成されてなるエミッタを得ることはできない。
【0014】
このように、GFISをイオン源とする集束イオンビーム装置を実用化するためには、大きな放出イオン電流が得られる先端部形状を有するエミッタを再現性よく製造することができる技術を確立することが必要不可欠である。
【0015】
したがって、本発明は、上述した問題を解決すべくなされたものであり、大きな放出イオン電流が得られる電界電離型ガスイオン源のエミッタおよびこれを備えた集束イオンビーム装置を提供するとともに、大きな放出イオン電流が得られる電界電離型ガスイオン源のエミッタを再現性よく製造することができる電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタは、供給されたガスを電界電離させてイオンビームを放出する電界電離型ガスイオン源に含まれるエミッタであって、円柱状または円錐台状の基部と、上記基部の軸方向における一端に位置する先細り形状の先端部とを備えており、上記先端部は、上記基部の軸方向に沿って外側に向けて突出して位置する微小突起部を含んでおり、上記基部と上記先端部との境界面の直径をrとし、上記軸方向に沿った上記境界面と上記微小突起部の先端との間の距離をdとした場合に、これらrおよびdが、d/r≦1/10の条件を充足していることを特徴としている。
【0017】
上記本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタは、上記先端部の曲率半径が50nm以上1000nm以下であるとともに、上記微小突起部の曲率半径が0.1nm以上2nm以下であることをさらに特徴としている。
【0018】
本発明に基づく集束イオンビーム装置は、上述した本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタと、上記エミッタにガスを供給するガス供給部と、上記ガス供給部から供給されたガスを上記エミッタの表面においてイオン化してイオンビームとして引き出すための引出電極と、上記エミッタと上記引出電極との間に電圧を印加する電圧印加部と、上記エミッタから引き出されたイオンビームを試料に集束させるレンズ系とを備えていることを特徴としている。
【0019】
本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法は、供給されたガスを電界電離させてイオンビームを放出する電界電離型ガスイオン源に含まれるエミッタを金属材料からなる細線の先端部の形状加工を行なうことで製造する方法であって、上記細線の先端部に電圧を印加するとともに上記金属材料に対して活性な物質を上記細線の先端部に供給することにより、上記細線の先端部に電界蒸発を生じさせつつ同時に上記細線の先端部を上記金属材料に対して活性な物質にて電界誘起エッチングし、これにより上記細線の先端部の形状加工を行なうことを特徴としている。
【0020】
上記本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法は、上記細線の先端部の形状加工を行なう際に、上記細線の先端部に印加する電圧および上記細線の先端部に供給する上記金属材料に対して活性な物質の供給量が、いずれも常時一定に維持されることをさらに特徴としている。
【0021】
上記本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法は、上記細線の先端部の形状加工を行なう際に、上記細線の先端部に上記金属材料に対して活性な物質に加えて希ガスを供給することにより、上記細線の先端部から希ガスイオンが放出されるようにし、これにより上記細線の先端部の形状を電界イオン顕微鏡にて観察可能にすることをさらに特徴としている。
【0022】
上記本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法は、上記細線の先端部の形状加工を行なった後に、上記細線の先端部に電圧を印加することにより、上記細線の先端部に電界蒸発のみを生じさせ、これにより上記細線の先端部のさらなる形状加工を行なうことをさらに特徴としている。
【0023】
上記本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法は、金属ワイヤを電解研磨することで上記細線が製作されることをさらに特徴としている。
【0024】
上記本発明に基づく電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法は、上記金属材料が、タングステンまたはモリブデンであり、上記金属材料に対して活性な物質が、酸素、窒素、水素および水からなる群から選択される少なくとも一の物質を含んでいることをさらに特徴としている。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、大きな放出イオン電流が得られる電界電離型ガスイオン源のエミッタおよびこれを備えた集束イオンビーム装置とすることができるとともに、大きな放出イオン電流が得られる電界電離型ガスイオン源のエミッタを再現性よく製造することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの機能を説明するための模式図である。
【図2】本発明の実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの先端部の形状を示す拡大図である。
【図3】本発明の実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法を示すフロー図である。
【図4】図3に示す製造フローの一工程である電解研磨法を用いた金属ワイヤの先端の尖鋭化処理を実施するための製造装置の模式図である。
【図5】図3に示す製造フローの一工程である電界蒸発法と電界誘起酸素エッチング法とを併用した金属細線の先端部の形状加工処理と、図3に示す製造フローの他の一工程である電界蒸発法のみを用いた金属細線の先端部の形状加工処理とを実施するための製造装置の模式図である。
【図6】図3に示す製造フローの一工程である電界蒸発法と電界誘起酸素エッチング法とを併用した金属細線の先端部の形状加工処理のメカニズムを説明するための模式図である。
【図7】3に示す製造フローの一工程である電界蒸発法と電界誘起酸素エッチング法とを併用した金属細線の先端部の形状加工処理を実施した場合の金属細線の先端部の形状変化を示す模式図である。
【図8】(A)〜(E)は、実施例に係る金属細線の先端部の形状変化を示す電界イオン顕微鏡(FIM:Field Ion Microscope)像であり、(F)は、(E)に示すFIM像を模式化して示した図である。
【図9】比較例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法を示すフロー図である。
【図10】図9に示す製造フローの一工程である電界誘起酸素エッチング法のみを用いた金属細線の先端部の形状加工処理のメカニズムを説明するための模式図である。
【図11】図9に示す製造フローの一工程である電界誘起酸素エッチング法のみを用いた金属細線の先端部の形状加工処理を実施した場合の金属細線の先端部の形状変化を示す模式図である。
【図12】(A)は、実施例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの先端のFIM像であり、(B)は、比較例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの先端のFIM像である。
【図13】実施例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの放出イオン電流の実測値を示すグラフである。
【図14】実施例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの放出イオンビームの放射角電流密度の実測値を示すグラフである。
【図15】本発明の実施の形態における集束イオンビーム装置の構成を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の一実施の形態について、図を参照して詳細に説明する。以下に示す実施の形態においては、電界電離型ガスイオン源のエミッタに供給されるガスとして希ガスが使用される場合を例示して説明を行なう。なお、以下に示す実施の形態においては、同一の部分について図中同一の符号を付し、その説明は個々には繰り返さない。
【0028】
図1は、本発明の実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの機能を説明するための模式図である。まず、この図1を参照して、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの機能について説明する。
【0029】
図1に示すように、本実施の形態における電界電離型イオン源のエミッタ1は、先端が尖鋭化された針形状を有する金属製の部材からなる。当該エミッタ1の先端部側には、引出電極(図1において不図示)が配置されており、当該エミッタ1と引出電極との間に高電圧が印加されることにより、エミッタ1の先端部近傍には、強電界が形成される。エミッタ1の先端部が配置される周囲環境は、超高真空下の状態とされ、ここにヘリウムまたはネオン、アルゴン等に代表される希ガスが導入されることでエミッタ1に向けて希ガス分子が供給される。
【0030】
ここで、ガス分子は、電界中において分極ポテンシャルエネルギー(Polarization Potential Energy)を有している。この分極ポテンシャルエネルギーをEPPEとすると、当該EPPEは、ガス分子の分極率αおよび電界強度Fを用いて以下の式(1)で表わされる。
【0031】
【数1】
【0032】
また、温度TGにおけるガス分子の一次元熱平衡エネルギー(Thermal Equilibrium Energy)は、当該一次元熱平衡エネルギーをETEEとすると、ボルツマン定数kを用いて以下の式(2)で表わされる。
【0033】
【数2】
【0034】
そのため、ガス分子は、EPPE>ETEEとなる領域において、分極力によってエミッタ1に引き寄せされることになり、EPPE<ETEEとなる領域において、熱運動に基づいてランダム運動を行なうことになる。なお、ガス分子の速度はマクスウェル分布に従うため、分極ポテンシャルエネルギーEPPEと一次元熱平衡エネルギーETEEとは、それぞれ平均値として取り扱うことができる。
【0035】
したがって、図1に示すように、エミッタ1の周囲に供給された希ガス分子3,4,5のうち、エミッタ1の先端部近傍に位置する入射領域2(すなわちEPPE>ETEEとなる領域)に存する希ガス分子3,4は、エミッタ1の表面に接触し、いわゆるホッピング運動を行ないながらエミッタ1の先端に向けて移動する。そして、エミッタ1の先端部近傍に到達した希ガス分子3,4は、強電界領域であるイオン化領域6に達し、電界電離されてイオン化する。これにより、生成された希ガスイオンは、イオンビーム7としてエミッタ1の先端部から電気力線に沿って放出されることになる。ここで、放出されるイオンビーム7のビーム開き角θは、集束イオンビーム装置においてイオンビームを集束させる場合の集束レンズの収差に影響するため、より小さい値をとることが好ましい。
【0036】
なお、エミッタ1の周囲に供給された希ガス分子3,4,5のうち、入射領域2外に存する希ガス分子5は、エミッタ1の表面に接触した後に、ホッピング運動を行なうことなくエミッタ1の先端部側とは異なる方向に放出される。
【0037】
ところで、エミッタ1の先端部へのガス分子の供給関数をS[Particles/sec]とすると、当該Sは、ガス圧をP、エミッタの温度をTE、電界強度をF、ガスの分子量をM、ガス分子の分極率をα、ボルツマン定数をk、エミッタ1の先端部の幾何学的な形状から決定される因子をAとした場合に、半経験則から得られた下記の式(3)によって表わされる。
【0038】
【数3】
【0039】
ここで、上記式(3)に含まれる変数のうち、ガス圧P、エミッタの温度TE、電界強度F、ガスの分子量M、ガス分子の分極率αは、使用するガス種や得るべきイオンビームの特性、当該エミッタ1が具備される集束イオンビーム装置の構成等に基づいて必然的に決定されるかあるいは制約されるものであり、残る変数である上記因子Aが、唯一大きな制約を受けずに調整できるパラメータである。したがって、エミッタ1から放出されるイオンビームの放出イオン電流を増加させるためには、エミッタ1の先端部の幾何学的な形状を如何に構成するかが重要になる。
【0040】
当該エミッタ1の最適な形状として考えられる一つの形状は、前述した非特許文献2にも理論的に開示される如くの形状、すなわち比較的大きな曲率半径を有する先端部に局所的に微小な曲率半径を有する原子レベルの突起部が形成されてなる形状である。
【0041】
図2は、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの先端部の形状を示す拡大図である。次に、この図2を参照して、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの先端部の形状について詳細に説明する。
【0042】
図2に示すように、本実施の形態におけるエミッタ1は、円錐台状の形状を有する基部1aと、基部1aの軸方向における一端部に位置する先細り形状の先端部1bとを備えており、先端部1bは、基部1aの軸方向に沿って外側に向けて突出して位置する微小突起部1cを含んでいる。なお、エミッタ1は、たとえばタングステンまたはモリブデン等の金属材料からなる。
【0043】
先端部1bは、基部1aの軸方向端部から当該軸方向に沿って外側に向かって張り出した形状を有しており、その外表面は、図に示す点O1を中心とする仮想の球面P1に近似される。先端部1bに設けられた微小突起部1cは、基部1aの軸線と同一直線上に位置しており、原子レベルの大きさ(たとえば原子数個分程度の高さ)とされている。微小突起部1cは、上述した仮想の球面P1から外側に向けて突出して形成されており、その外表面は、図に示す点O2を中心とする仮想の球面P2に近似される。
【0044】
ここで、先端部1bの曲率半径(すなわち仮想の球面P1の曲率半径R1)は、好ましくは50nm以上1000nm以下とされ、微小突起部1cの曲率半径(すなわち仮想の球面P2の曲率半径R2)は、好ましくは0.1nm以上2nm以下とされる。
【0045】
また、基部1aと先端部との境界面1dの直径をrとし、基部1aの軸方向に沿った境界面1dと微小突起部1cの先端との距離をdとした場合には、これらrおよびdが、d/r≦1/10の条件を充足しており、より好ましくはd/r≦1/100の条件を充足しており、さらに好ましくはd/r≦1/250の条件を充足している。
【0046】
このような形状を有するエミッタ1とすることにより、放出されるイオンビームを小さく絞ること(すなわち、図1に示すビーム開き角θを小さくすること)が可能になるとともに、放出イオン電流が従来に比して大きいエミッタとすることができる。なお、上記においては、基部1aが円錐台状の形状を有している場合を例示して説明を行なったが、当該基部1aが円柱状の形状を有していてもよい。
【0047】
図3は、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法を示すフロー図である。図4は、図3に示す製造フローの一工程である電解研磨法を用いた金属ワイヤの先端の尖鋭化処理を実施するための製造装置の模式図である。また、図5は、図3に示す製造フローの一工程である電界蒸発法と電界誘起酸素エッチング法とを併用した金属細線の先端部の形状加工処理と、図3に示す製造フローの他の一工程である電界蒸発法のみを用いた金属細線の先端部の形状加工処理とを実施するための製造装置の模式図である。次に、これら図3ないし図5を参照して、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法について説明する。なお、上述した本実施の形態の如くの先端部形状を有するエミッタは、この図3に示す製造フローに従うことで再現性よく製造できる。
【0048】
図3に示す製造フローにおいては、まずエミッタの材料となる金属ワイヤを準備し、当該金属ワイヤの先端を電解研磨法を用いて尖鋭化処理する(ステップS101)。当該処理には、図4に示す電解研磨装置10が利用される。
【0049】
図4に示すように、電解研磨装置10は、エッチング液12が貯留された容器11と、金属ワイヤ1″を保持するホルダ(アノード)13と、ループ状に形成されたカソード14と、電源15とを備える。カソード14は、容器11に貯留されたエッチング液12に浸漬されており、ホルダ(アノード)13によって保持された金属ワイヤ1″は、その先端が所定長さだけエッチング液12に浸漬される。そして、電源15を用いてホルダ(アノード)13およびカソード14間に電圧が印加されることにより、金属ワイヤ1″の先端がエッチング液によって電解研磨され、これにより金属ワイヤ1″の先端が尖鋭化されて細線化する。なお、金属ワイヤ1″としてタングステンワイヤを使用した場合には、エッチング液12として5規定の水酸化ナトリウム溶液が好適に使用される。
【0050】
次に、図3に示す製造フローにおいては、ステップS101において製作された金属細線(すなわち金属ワイヤの尖鋭化された部分)の先端部を電界蒸発法と電界誘起エッチング法とを併用して形状加工処理する(ステップS102)。当該処理には、図5に示す形状加工装置20が利用される。
【0051】
図5に示すように、形状加工装置20は、内部空間22を有する超高真空チャンバ21と、金属細線1′を保持するホルダ23と、マイクロチャネルプレート26と、蛍光スクリーン27と、ファラデーカップ28と、CCDカメラ31と、希ガスを超高真空チャンバ21の内部空間22に供給するための希ガスボンベ32と、活性ガスを超高真空チャンバ21の内部空間22に供給するための活性ガスボンベ33と、超高真空チャンバ21の内部空間22に供給される希ガスおよび活性ガスの供給量を調節するバルブ34と、超高真空チャンバ21の内部空間22の温度を低温に保持するための低温維持装置35とを主として備える。
【0052】
ここで、マイクロチャネルプレート26は、ホルダ23によって保持された金属細線1′に対向するように配置され、蛍光スクリーン27は、当該マイクロチャネルプレート26のさらに後方に配置される。また、ファラデーカップ28は、蛍光スクリーン27のさらに後方に配置される。蛍光スクリーン27のさらに後方の超高真空チャンバ21の壁面には、透過窓30が設けられており、CCDカメラ31は、当該透過窓30に対向するように配置される。マイクロチャネルプレート26および蛍光スクリーン27には、図示しない電源が接続されることで所定の電圧が印加される。
【0053】
ホルダ23には、高電圧を印加するための電源25が接続されており、当該電源25によってホルダ23に印加された電圧が、電位計25aによって検出される。また、ファラデーカップ28には、電源29が接続されており、ファラデーカップ28に照射されたイオンビームの放出イオン電流が、電流計29aによって検出される。加えて、ホルダ23には、温度センサ24が取付けられており、当該温度センサ24によって金属細線1′の温度が検出される。なお、蛍光スクリーン27に映し出される像(FIM像)は、CCDカメラ31によって撮像される。
【0054】
当該形状加工装置20においては、金属細線1′が超高真空環境下において極低温に冷却され、その状態において金属細線1′に高電圧が印加されることにより、金属細線1′の先端部の形状加工処理が行なわれる。ここで、ステップS102における形状加工処理においては、超高真空チャンバ21の内部空間22に希ガスボンベ32から所定量の希ガスと活性ガスボンベ33から所定量の活性ガスが導入される。これにより、当該形状加工処理においては、金属細線1′の先端部に高電圧が印加されるとともに活性ガスが供給されることになり、金属細線1′の先端部に電界蒸発が生じるとともに同時に金属細線1′の先端部において上記活性ガスによる電界誘起エッチングが行なわれることになる。なお、金属細線1′としてタングステン細線を使用した場合には、希ガスとしてたとえばヘリウムやネオン、アルゴン等が利用でき、活性ガスとして酸素や窒素、水素等が利用できる。なお、活性ガスに代えて、水等に代表される金属材料に対して活性な物質を利用することとしてもよい。
【0055】
以上の製造フローに従えば、金属細線1′の先端部を上述した図2に示す如くの形状とすることができ、本実施の形態におけるエミッタ1を製造することが可能になる。
【0056】
なお、図3に示す製造フローにおいては、付加的に、金属細線の先端部のさらなる形状加工処理を施すこととしている。すなわち、図3に示す製造フローにおいては、ステップS102が完了した後に、金属細線の先端部を電界蒸発法を用いてさらに形状加工処理することとしている(ステップS103)。当該処理には、図5に示す形状加工装置20が利用でき、具体的には、ステップS102の形状加工処理が完了した後に、引き続き超高真空チャンバ21の内部空間に活性ガスボンベ33から活性ガスを導入することを停止して形状加工処理を継続することで実施できる。
【0057】
図6は、図3に示す製造フローの一工程である電界蒸発法と電界誘起酸素エッチング法とを併用した金属細線の先端部の形状加工処理のメカニズムを説明するための模式図である。また、図7は、図3に示す製造フローの一工程である電界蒸発法と電界誘起酸素エッチング法とを併用した金属細線の先端部の形状加工処理を実施した場合の金属細線の先端部の形状変化を示す模式図である。次に、これら図6および図7を参照して、電界蒸発法と電界誘起酸素エッチング法とを併用した金属細線の先端部の形状加工処理のメカニズムおよび当該形状加工処理における金属細線の先端部の形状変化について、金属細線としてタングステン細線を使用し、希ガスとしてヘリウムを使用し、活性ガスとして酸素を使用した場合を例示して詳細に説明する。
【0058】
図6に示すように、金属細線1′に高電圧を印加すると、金属細線1′の先端S1近傍に強電界が形成される。このとき、図示するように、電界の大きさが14.5V/nmとなる領域において酸素分子がイオン化されて跳ね返され、また電界の大きさが44.0V/nmとなる領域においてヘリウム分子がイオン化されて跳ね返される。そのため、金属細線1′の先端S1においては、酸素分子が当該先端S1にまで到達することができず、結果として金属細線1′の酸素による電界誘起エッチングは生じない。なお、イオン化されて跳ね返されたヘリウムイオンは、蛍光スクリーン27に達することで金属細線1′の先端部の形状がFIM像として観察可能になる。
【0059】
このとき、本実施の形態においては、金属細線1′の先端S1における電界が当該金属細線1′を構成するタングステンの電界蒸発が生じる強さ以上とされる。このようにすれば、図示するように、金属細線1′の先端S1において、タングステン原子の電界蒸発による離脱が生じ、金属細線1′の先端S1における形状加工が行なえることになる。
【0060】
一方で、金属細線1′の上記先端S1より僅かに根元側の部分S2近傍においては、上記強電界が形成されていないため、酸素分子は当該部分S2に到達することになり、この部分S2においてタングステンの酸化が生じる。これにより、金属細線1′の上記根元側の部分S2において、酸素による電界誘起エッチングが生じることになり、酸化タングステンが当該部分S2において脱離することにより、金属細線1′の上記根元側の部分S2における形状加工が行なえることになる。
【0061】
図7に示すように、上記電界蒸発作用および上記電界誘起酸素エッチング作用により、金属細線1′の先端部1bの形状加工が徐々に進行し、これに伴い金属細線1′の先端部1bの形状は、図示する破線L0、L1、L2の順で変化する。このとき、上述した電界蒸発作用により、金属細線1′の先端は徐々に後退し、基部1aと先端部1bとの境界面を基準とした当該先端までの距離は、図示するd0、d1、d2の順で小さくなる。そして、金属細線1′の先端部1bに所望の大きさかつ形状の微小突起部1cが形成された時点で酸素の導入を停止することにより、最終的に図示する実線の如くの形状(すなわち、基部1aと先端部1bとの境界面を基準とした先端までの距離がdである形状)のエミッタ1を得ることができる。
【0062】
図8(A)ないし図8(E)は、金属細線としてタングステン細線を使用し、希ガスとしてヘリウムを使用し、活性ガスとして酸素を使用して実際に製造した、実施例に係る金属細線の先端部の形状変化を示すFIM像であり、図8(F)は、図8(E)に示すFIM像を模式化して示した図である。
【0063】
これら図8(A)ないし図8(E)に示すように、実施例においては、初期状態において図7において示す破線L0の如くの形状であった金属細線が、酸素導入から約11時間後において図7において実線で示す如くの形状となることがFIM像に基づいて確認された。なお、図8(A)ないし図8(E)に示すFIM像は、図7に示す矢印A方向から金属細線の先端部の形状観察を行なった場合のものである。
【0064】
図9は、比較例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法を示すフロー図である。次に、図9を参照して、上記特許文献1に開示される製造フローを電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法に適用した場合を、比較例に係る製造フローとして説明する。
【0065】
図9に示す比較例に係る製造フローにおいては、まずエミッタの材料となる金属ワイヤを準備し、当該金属ワイヤの先端を電解研磨法を用いて尖鋭化処理する(ステップS201)。当該処理には、図4に示す電解研磨装置10が利用され、その処理も上述した図3に示すステップS101の処理と同様である。
【0066】
次に、図9に示す比較例に係る製造フローにおいては、ステップS201において製作された金属細線(すなわち金属ワイヤの尖鋭化された部分)の先端部を電界誘起エッチング法のみを用いて形状加工処理する(ステップS202)。当該処理には、図5に示す形状加工装置20が利用される。
【0067】
金属細線1′は、超高真空環境下において極低温に冷却され、その状態において金属細線1′に高電圧が印加されることにより、金属細線1′の先端部の形状加工処理が行なわれる。ここで、ステップS202における形状加工処理においては、超高真空チャンバ21の内部空間22に希ガスボンベ32から所定量の希ガスと活性ガスボンベ33から所定量の活性ガスが導入される。このとき、本比較例に係る製造フローにおいては、金属細線1′の先端部に電界蒸発が生じないように印加電圧の大きさが調節される。そのため、金属細線1′の先端部には、上記活性ガスによる電界誘起エッチングのみが生じることになる。
【0068】
図10は、図9に示す製造フローの一工程である電界誘起酸素エッチング法のみを用いた金属細線の先端部の形状加工処理のメカニズムを説明するための模式図である。また、図11は、図9に示す製造フローの一工程である電界誘起酸素エッチング法のみを用いた金属細線の先端部の形状加工処理を実施した場合の金属細線の先端部の形状変化を示す模式図である。次に、これら図10および図11を参照して、電界誘起酸素エッチング法のみを用いた金属細線の先端部の形状加工処理のメカニズムおよび当該形状加工処理における金属細線の先端部の形状変化について、金属細線としてタングステン細線を使用し、希ガスとしてヘリウムを使用し、活性ガスとして酸素を使用した場合を例示して詳細に説明する。
【0069】
図10に示すように、金属細線1′に高電圧を印加すると、金属細線1′の先端S1近傍に強電界が形成される。このとき、図示するように、電界の大きさが14.5V/nmとなる領域において酸素分子がイオン化されて跳ね返され、また電界の大きさが44.0V/nmとなる領域においてヘリウム分子がイオン化されて跳ね返される。そのため、金属細線1′の先端S1においては、酸素分子が当該先端S1にまで到達することができず、結果として金属細線1′の酸素による電界誘起エッチングは生じない。
【0070】
このとき、本実施の形態においては、金属細線1′の先端S1における電界が当該金属細線1′を構成するタングステンの電界蒸発が生じる強さ未満とされる。したがって、金属細線1′の先端S1において、タングステン原子の電界蒸発による離脱は生じず、金属細線1′の先端S1における形状加工は行なわれないことになる。
【0071】
一方で、金属細線1′の上記先端S1より僅かに根元側の部分S2近傍においては、上記強電界が形成されていないため、酸素分子は当該部分S2に到達することになり、この部分S2においてタングステンの酸化が生じる。これにより、金属細線1′の上記根元側の部分S2において、酸素による電界誘起エッチングが生じることになり、酸化タングステンが当該部分S2において脱離することにより、金属細線1′の上記根元側の部分S2における形状加工が行なえることになる。
【0072】
図11に示すように、上記電界誘起酸素エッチング作用により、金属細線1′の先端部1b′の形状加工が徐々に進行し、これに伴い金属細線1′の先端部1b′の形状は、図示する破線L0、L1、L2の順で変化する。このとき、金属細線1′の先端は後退せず、基部1aと先端部1b′との境界面を基準とした先端までの距離は、初期状態の大きさd0が維持されることになる。そして、金属細線1′の先端部1b′が所望の大きさにまで先鋭化された時点で酸素の導入を停止することにより、最終的に図示する実線の如くの形状のエミッタが得られることになる。したがって、上記比較例に係る製造フローを採用した場合には、エミッタの先端部1b′全体が尖鋭化されることになり、当該先端部1b′に本実施の形態におけるエミッタ1の如くの微小突起部1c(図2または図7等参照)が形成されることはない。
【0073】
図12(A)は、上述した実施例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの先端のFIM像であり、図12(B)は、上述した比較例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの先端のFIM像である。これら図12(A)および図12(B)に示すFIM像は、図7および図11に矢印B方向からエミッタの先端部を撮像したものであり、いずれも同一スケールにて撮像されている。
【0074】
図12(A)に示すように、実施例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタ1の先端のFIM像においては、先端に位置する微小突起部1cが十分に小さく撮像されている。これは、当該実施例に係るエミッタ1から放出されたイオンビームが十分に小さいビーム開き角θをもっていることを意味しており、そのビーム開き角θはおおよそ1.0°程度であった。これに対し、図12(B)に示すように、比較例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの先端のFIM像においては、先端部1b′の先端が十分には小さく撮像されていない。これは、当該比較例に係るエミッタから放出されたイオンビームが十分に小さいビーム開き角θをもってはいないことを意味しており、そのビーム開き角θはおおよそ2.7°であった。
【0075】
図13は、実施例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの放出イオン電流の実測値を示すグラフである。また、図14は、実施例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタの放出イオンビームの放射角電流密度の実測値を示すグラフである。
【0076】
これら図13および図14から理解されるように、実施例に係る電界電離型ガスイオン源のエミッタ1とすることにより、エミッタへの印加電圧が9.2kV、エミッタ温度が30K、ヘリウムガス圧が0.05Paの条件下において、当該エミッタ1から放出されるイオンビームの放出イオン電流の実測値が概ね15pA程度であり、放射角電流密度の実測値が概ね60nA/sr程度であることが確認された。当該値は、いずれもGFISをイオン源とした場合に従来に得ることのできなかった値である。特に、放射角電流密度については、比較例の約27.5倍の値が得られた。
【0077】
以上において説明したように、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法を採用することにより、上述した如くの先端部形状を有する電界電離型ガスイオン源のエミッタ1を再現性よく製造することが可能になる。したがって、大きな放出イオン電流が得られかつイオンビームを小さく絞ることのできる電界電離型ガスイオン源のエミッタを容易に製造することが可能になる。
【0078】
なお、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法を採用した場合には、上述したステップS102の形状加工処理中において、金属細線の先端部に印加する印加電圧および金属細線の先端部に供給する活性ガス(活性物質)の供給量をいずれも常時一定に維持することができる。これに対し、上記比較例における製造方法を採用した場合には、金属細線の先端部に電界蒸発が生じないように、上述したステップS202の形状加工処理中において、金属細線の先端部の形状変化に合わせてこれら印加電圧および供給量を段階的にあるいは断続的に調節することが必要になる。したがって、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法は、上記比較例における製造方法に比して、より容易にエミッタが製造できる利点を有している。
【0079】
また、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法においては、上述したステップS102の形状加工処理が完了した後に、引き続き上述したステップS103の形状加工処理に移行することとしていたが、必ずしもステップS103の形状加工処理は必須ではない。加えて、ステップS103の形状加工処理を行なう場合にも、当該ステップS103の形状加工処理をステップS102の形状加工処理を行なった製造装置にて引き続き行なう必要はなく、別の装置にて行なうこととしてもよい。すなわち、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法にあっては、ステップS103の形状加工処理を、エミッタが設置される集束イオンビーム装置にて実施することができる。そのようにすれば、工場等にて製造された電界電離型ガスイオン源のエミッタを大気中において輸送し、当該エミッタが設置される実機にて最終形状加工処理を行なうことが可能となるため、真空下においてエミッタを搬送することが不要となり、より輸送が容易となる効果が得られる。また、使用により先端部の形状が鈍った場合にも、当該実機にて形状加工処理を再度行なうこととすれば、先端部の形状回復を行なうことが可能である。
【0080】
また、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法においては、FIM像を確認することで金属細線の先端部の形状を観察しながらの形状加工処理が可能になる。そのため、より確実に所望の先端部形状を有するエミッタの製造が可能になる効果が得られる。
【0081】
また、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法を採用することにより、使用する金属細線(金属ワイヤ)として、必ずしも単結晶金属を使用する必要がなく、より安価に入手できる非単結晶金属を使用することが可能になる。そのため、より低コストに電界電離型ガスイオン源のエミッタを製造することが可能になる。
【0082】
また、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法において使用される希ガスとしては、上述したヘリウム、ネオン、アルゴンに加え、クリプトン、キセノン等が使用可能であり、また複数種の希ガスを混合したガスを使用することも可能である。
【0083】
なお、本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタにおいては、先端部に稜線を有しない滑らかな形状にその表面を仕上げることが好ましく、そのように構成すれば、電圧印加時に形成されるエミッタの先端部近傍の電界分布が、エミッタの軸線周りに一様に安定化することになり、より好ましいエネルギー分布を有するイオンビームを生成することが可能になる。
【0084】
図15は、本実施の形態における集束イオンビーム装置の構成を示す概念図である。次に、この図15を参照して、本実施の形態における集束イオンビーム装置の構成について説明する。なお、図15に示す集束イオンビーム装置は、上述した本実施の形態における電界電離型ガスイオン源のエミッタを具備したものである。
【0085】
図15に示すように、本実施の形態における集束イオンビーム装置100は、電界電離型イオン源101と、集束レンズ105と、アパーチャ106と、偏向器群107と、対物レンズ108とを主として備えている。ここで、電界電離型イオン源101は、エミッタ1と、ガス供給部102と、電圧印加部103と、引出電極104とを含んでいる。なお、試料200は、エミッタ1と対向するように集束イオンビーム装置100にたとえばステージ(不図示)等にて保持されて設置される。
【0086】
ガス供給部102は、エミッタ1に希ガスを供給するためのものであり、引出電極104は、ガス供給部102から供給された希ガスをエミッタ1の表面においてイオン化してイオンビームとして引き出すためのものである。電圧印加部103は、上記エミッタ1と引出電極104との間に電圧を印加するためのものである。
【0087】
集束レンズおよび対物レンズ108は、エミッタ1から放出されたイオンビームを試料200に集束させるためのレンズ系であり、アパーチャ106は、通過するイオンビーム量を調整するための絞りに相当する。偏向器群107は、エミッタ1から放出されたイオンビームを偏向するものである。
【0088】
以上において説明した本実施の形態における集束イオンビーム装置100とすることにより、大きな放出イオン電流が得られかつイオンビームを小さく絞ることのできる集束イオンビーム装置とすることができる。したがって、試料を汚染することなく、高効率に短時間で形状観察や形状加工、成膜加工等が行なえる集束イオンビーム装置とすることができる。
【0089】
なお、今回開示した上記一実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲によって画定され、また特許請求の範囲の記載と均等の意味および範囲内でのすべての変更を含むものである。
【符号の説明】
【0090】
1 エミッタ、1a 基部、1b 先端部、1c 微小突起部、1d 境界面、1′ 金属ワイヤ、1″ 金属細線、2 強電界領域、3〜5 希ガス分子、6 イオン生成領域、7 イオンビーム、10 電解研磨装置、11 容器、12 エッチング溶液、13 ホルダ(アノード)、14 カソード、15 電源、20 形状加工装置、21 チャンバ、22 内部空間、23 ホルダ、24 温度センサ、25 電源、25a 電位計、26 マイクロチャネルプレート、27 蛍光スクリーン、28 ファラデーカップ、29 電源、29a 電流計、30 透過窓、31 CCDカメラ、32 希ガス供給源、33 活性ガス供給源、34 ガス導入部、35 低温維持装置、100 集束イオンビーム装置、101 電界電離型ガスイオン源、102 ガス供給部、103 電圧印加部、104 引出電極、105 集束レンズ、106 アパーチャ、107 偏向器群、108 対物レンズ、200 試料。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
供給されたガスを電界電離させてイオンビームを放出する電界電離型ガスイオン源に含まれるエミッタであって、
円柱状または円錐台状の基部と、
前記基部の軸方向における一端に位置する先細り形状の先端部とを備え、
前記先端部は、前記基部の軸方向に沿って外側に向けて突出して位置する微小突起部を含み、
前記基部と前記先端部との境界面の直径をrとし、前記軸方向に沿った前記境界面と前記微小突起部の先端部との間の距離をdとした場合に、これらrおよびdが、d/r≦1/10の条件を充足している、電界電離型ガスイオン源のエミッタ。
【請求項2】
前記先端部の曲率半径が、50nm以上1000nm以下であり、
前記微小突起部の曲率半径が、0.1nm以上2nm以下である、請求項1に記載の電界電離型ガスイオン源のエミッタ。
【請求項3】
請求項1または2に記載の電界電離型ガスイオン源のエミッタと、
前記エミッタにガスを供給するガス供給部と、
前記ガス供給部から供給されたガスを前記エミッタの表面においてイオン化してイオンビームとして引き出すための引出電極と、
前記エミッタと前記引出電極との間に電圧を印加する電圧印加部と、
前記エミッタから引き出されたイオンビームを試料に集束させるレンズ系とを備えた、集束イオンビーム装置。
【請求項4】
供給されたガスを電界電離させてイオンビームを放出する電界電離型ガスイオン源に含まれるエミッタを金属材料からなる細線の先端部の形状加工を行なうことで製造する電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法であって、
前記細線の先端部に電圧を印加するとともに前記金属材料に対して活性な物質を前記細線の先端部に供給することにより、前記細線の先端部に電界蒸発を生じさせつつ同時に前記細線の先端部を前記金属材料に対して活性な物質にて電界誘起エッチングし、これにより前記細線の先端部の形状加工を行なうことを特徴とする、電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法。
【請求項5】
前記細線の先端部の形状加工を行なう際に、前記細線の先端部に印加する電圧および前記細線の先端部に供給する前記金属材料に対して活性な物質の供給量が、いずれも常時一定に維持されることを特徴とする、請求項4に記載の電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法。
【請求項6】
前記細線の先端部の形状加工を行なう際に、前記細線の先端部に前記金属材料に対して活性な物質に加えて希ガスを供給することにより、前記細線の先端部から希ガスイオンが放出されるようにし、これにより前記細線の先端部の形状を電界イオン顕微鏡にて観察可能にすることを特徴とする、請求項4または5に記載の電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法。
【請求項7】
前記細線の先端部の形状加工を行なった後に、前記細線の先端部に電圧を印加することにより、前記細線の先端部に電界蒸発のみを生じさせ、これにより前記細線の先端部のさらなる形状加工を行なうことを特徴とする、請求項4から6のいずれかに記載の電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法。
【請求項8】
金属ワイヤを電解研磨することで前記細線が製作されることを特徴とする、請求項4から7のいずれかに記載の電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法。
【請求項9】
前記金属材料が、タングステンまたはモリブデンであり、
前記金属材料に対して活性な物質が、酸素、窒素、水素および水からなる群から選択される少なくとも一の物質を含んでいる、請求項4から8のいずれかに記載の電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法。
【請求項1】
供給されたガスを電界電離させてイオンビームを放出する電界電離型ガスイオン源に含まれるエミッタであって、
円柱状または円錐台状の基部と、
前記基部の軸方向における一端に位置する先細り形状の先端部とを備え、
前記先端部は、前記基部の軸方向に沿って外側に向けて突出して位置する微小突起部を含み、
前記基部と前記先端部との境界面の直径をrとし、前記軸方向に沿った前記境界面と前記微小突起部の先端部との間の距離をdとした場合に、これらrおよびdが、d/r≦1/10の条件を充足している、電界電離型ガスイオン源のエミッタ。
【請求項2】
前記先端部の曲率半径が、50nm以上1000nm以下であり、
前記微小突起部の曲率半径が、0.1nm以上2nm以下である、請求項1に記載の電界電離型ガスイオン源のエミッタ。
【請求項3】
請求項1または2に記載の電界電離型ガスイオン源のエミッタと、
前記エミッタにガスを供給するガス供給部と、
前記ガス供給部から供給されたガスを前記エミッタの表面においてイオン化してイオンビームとして引き出すための引出電極と、
前記エミッタと前記引出電極との間に電圧を印加する電圧印加部と、
前記エミッタから引き出されたイオンビームを試料に集束させるレンズ系とを備えた、集束イオンビーム装置。
【請求項4】
供給されたガスを電界電離させてイオンビームを放出する電界電離型ガスイオン源に含まれるエミッタを金属材料からなる細線の先端部の形状加工を行なうことで製造する電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法であって、
前記細線の先端部に電圧を印加するとともに前記金属材料に対して活性な物質を前記細線の先端部に供給することにより、前記細線の先端部に電界蒸発を生じさせつつ同時に前記細線の先端部を前記金属材料に対して活性な物質にて電界誘起エッチングし、これにより前記細線の先端部の形状加工を行なうことを特徴とする、電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法。
【請求項5】
前記細線の先端部の形状加工を行なう際に、前記細線の先端部に印加する電圧および前記細線の先端部に供給する前記金属材料に対して活性な物質の供給量が、いずれも常時一定に維持されることを特徴とする、請求項4に記載の電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法。
【請求項6】
前記細線の先端部の形状加工を行なう際に、前記細線の先端部に前記金属材料に対して活性な物質に加えて希ガスを供給することにより、前記細線の先端部から希ガスイオンが放出されるようにし、これにより前記細線の先端部の形状を電界イオン顕微鏡にて観察可能にすることを特徴とする、請求項4または5に記載の電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法。
【請求項7】
前記細線の先端部の形状加工を行なった後に、前記細線の先端部に電圧を印加することにより、前記細線の先端部に電界蒸発のみを生じさせ、これにより前記細線の先端部のさらなる形状加工を行なうことを特徴とする、請求項4から6のいずれかに記載の電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法。
【請求項8】
金属ワイヤを電解研磨することで前記細線が製作されることを特徴とする、請求項4から7のいずれかに記載の電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法。
【請求項9】
前記金属材料が、タングステンまたはモリブデンであり、
前記金属材料に対して活性な物質が、酸素、窒素、水素および水からなる群から選択される少なくとも一の物質を含んでいる、請求項4から8のいずれかに記載の電界電離型ガスイオン源のエミッタの製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【図13】
【図14】
【図15】
【図8】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【図13】
【図14】
【図15】
【図8】
【図12】
【公開番号】特開2011−238480(P2011−238480A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−109279(P2010−109279)
【出願日】平成22年5月11日(2010.5.11)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省、科学技術試験研究委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年5月11日(2010.5.11)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省、科学技術試験研究委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【Fターム(参考)】
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