説明

電磁クラッチ及びこれを備えた駆動力伝達装置

【課題】第1の回転部材と第2の回転部材との差動回転時におけるカムロックの発生を抑制することができる電磁クラッチ及びこれを備えた駆動力伝達装置を提供する。
【解決手段】駆動伝達装置は、電磁力を発生させる電磁コイル、及び電磁コイルへの通電によって移動するアーマチャ52を有するサブクラッチと、サブクラッチの軸線上に配置され、アーマチャ52に対向するメインカム61、及びメインカム61とアーマチャ52との間に介在するカムボール62を有するカム機構6とを備え、カム機構6は、メインカム61がアーマチャ52との間にカムボール62を転動させる段状のカム面520a,520b,610a,610bを有し、カム面520a,520b,610a,610bが円周方向中央部aから円周方向端部b,cに向かって漸次大きくなるカム角をもつ複数の傾斜面で形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁クラッチ及びこれを備えた駆動力伝達装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の駆動力伝達装置として、1対の回転部材をクラッチによってトルク伝達可能に連結するようにしたものがある(特許文献1参照)。
【0003】
この駆動力伝達装置は、入力軸と共に回転する第1の回転部材と、この第1の回転部材の回転軸線上で回転可能な第2の回転部材と、この第2の回転部材と第1の回転部材とをトルク伝達可能に連結する摩擦式のメインクラッチと、このメインクラッチに第1の回転部材及び第2の回転部材の回転軸線に沿って並列する電磁式のサブクラッチと、このサブクラッチのクラッチ動作によって第1の回転部材からの回転力をメインクラッチ側への押圧力に変換するカム機構とから構成されている。
【0004】
第1の回転部材は、一方に開口する有底円筒状のフロントハウジング、及びこのフロントハウジングの開口部に装着された円環状のリヤハウジングからなり、入力軸に連結されている。そして、第1の回転部材は、車両用のエンジンなど駆動源の駆動力を入力軸から受けて回転するように構成されている。
【0005】
第2の回転部材は、第1の回転部材にその回転軸線に沿って相対回転可能に配置され、かつ出力軸に連結されている。
【0006】
メインクラッチは、インナクラッチプレート及びアウタクラッチプレートを有し、第1の回転部材と第2の回転部材との間に配置されている。そして、メインクラッチは、インナクラッチプレートとアウタクラッチプレートとが摩擦係合して第1の回転部材と第2の回転部材とをトルク伝達可能に連結するように構成されている。
【0007】
サブクラッチは、電磁コイル及びアーマチャを有し、第1の回転部材及び第2の回転部材の回転軸線上に配置されている。そして、サブクラッチは、電磁コイルに電磁力を発生させてアーマチャを電磁コイル側に移動させ、アーマチャのリヤハウジングへの摩擦係合によってカム機構に第1の回転部材を連結するように構成されている。
【0008】
カム機構は、サブクラッチの駆動によって第1の回転部材から回転力を受けるパイロットカム(サブクラッチのアーマチャ)、このアーマチャの回転力によるカム力を受けてメインクラッチに押圧力を付与するメインカム、及びこのメインカムとアーマチャとの間に介在する複数のカムボールを有し、第1の回転部材と第2の回転部材との間に配置されている。
【0009】
以上の構成により、エンジン側からの駆動力が入力軸を介して第1の回転部材に入力されると、第1の回転部材がその軸線回りに回転する。ここで、サブクラッチの電磁コイルに通電すると、電磁コイルの電磁力によるアーマチャの移動によってカム機構に第1の回転部材が連結され、カム機構が作動する。
【0010】
次に、カム機構が作動すると、第1の回転部材からの回転力がカム機構によって押圧力に変換され、この押圧力がメインクラッチに付与される。
【0011】
そして、メインクラッチのインナクラッチプレートとアウタクラッチプレートとが相対的に接近して摩擦係合し、この摩擦係合によって第1の回転部材と第2の回転部材とがトルク伝達可能に連結される。これにより、エンジン側の駆動力が入力軸から駆動力伝達装置を介して出力軸に伝達される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2007−51672号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、特許文献1に示す駆動力伝達装置においては、第1の回転部材と第2の回転部材との差動回転時にアーマチャ及びリヤハウジングが各摩擦面同士の磨耗による両摩擦面間の摩擦係数(μ)の変化やメインクラッチのインナクラッチプレートとアウタクラッチプレートとの磨耗による軸線方向移動距離の増加等によって初期設定値以上のカム推力がメインカム及びアーマチャに作用すると、その増大したカム推力によってアーマチャがリヤハウジングに強く押し付けられることによりアーマチャとリヤハウジングとの摩擦係合力が増大し、所謂カムロックが発生するという問題があった。
【0014】
従って、本発明の目的は、第1の回転部材と第2の回転部材との差動回転時におけるカムロックの発生を抑制することができる電磁クラッチ及びこれを備えた駆動力伝達装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、上記目的を達成するために、(1)〜(3)の電磁クラッチ及びこれを備えた駆動力伝達装置を提供する。
【0016】
(1)電磁力を発生させる電磁コイル、及び前記電磁コイルへの通電によって移動するアーマチャを有する出力機構と、前記出力機構の軸線上に配置され、前記アーマチャに対向するカム部材、及び前記カム部材と前記アーマチャとの間に介在するカムフォロアを有するカム機構とを備え、前記カム機構は、前記カム部材が前記アーマチャとの間に前記カムフォロアを転動させる段状のカム面を有し、前記カム面がその円周方向中央部から円周方向端部に向かって漸次大きくなるカム角をもつ複数の傾斜面で形成されている電磁クラッチ。
【0017】
(2)上記(1)に記載の電磁クラッチにおいて、前記カム機構は、前記カム面が設定範囲内の推力を発生させるための第1のカム面、及び前記第1のカム面のカム角よりも大きいカム角に設定された第2のカム面で形成されている。
【0018】
(3)駆動源の駆動トルクによって回転する第1の回転部材と、前記第1の回転部材にその回転軸線に沿って相対回転可能に配置された第2の回転部材と、前記第2の回転部材と前記第1の回転部材とをクラッチ力によってトルク伝達可能に連結するメインクラッチと、前記メインクラッチに前記回転軸線に沿って並列して配置されたサブクラッチとを備え、前記サブクラッチは、請求項1又は2に記載の電磁クラッチである駆動力伝達装置。
【発明の効果】
【0019】
本発明によると、第1の回転部材と第2の回転部材との差動回転時におけるカムロックの発生を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置が搭載された車両の概略を説明するために示す平面図。
【図2】本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置を説明するために示す断面図。
【図3】(a)〜(c)は、本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置の動作を説明するために模式化して示す断面図。(a)は中立位置におけるカムフォロアを、第1のカム面上のカムフォロアを、また第2のカム面上のカムフォロアをそれぞれ示す。
【図4】本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置の動作時におけるカムフォロアの転動位置を説明するために模式化して示す側面図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
[実施の形態]
以下、本発明の実施の形態に係る電磁クラッチ及びこれを備えた駆動力伝達装置について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0022】
図1は四輪駆動車の概略を示す。図1に示すように、四輪駆動車101は、駆動力伝達装置1,エンジン102,トランスアクスル103,1対の前輪104及び1対の後輪105を備えている。
【0023】
駆動力伝達装置1は、四輪駆動車101における前輪側から後輪側に至る駆動力伝達経路に配置され、かつ四輪駆動車101の車体(図示せず)にディファレンシャルキャリア106を介して支持されている。
【0024】
そして、駆動力伝達装置1は、プロペラシャフト107とドライブピニオンシャフト108とをトルク伝達可能に連結し、この連結状態においてエンジン102の駆動力を後輪105に伝達し得るように構成されている。駆動力伝達装置1の詳細については後述する。
【0025】
エンジン102は、その駆動力をトランスアクスル103を介してフロントアクスルシャフト109に出力することにより、1対の前輪104を駆動する。
【0026】
また、エンジン102は、その駆動力をトランスアクスル103を介してプロペラシャフト107,駆動力伝達装置1,ドライブピニオンシャフト108,リヤディファレンシャル110及びリヤアクスルシャフト111に出力することにより、1対の後輪105を駆動する。
【0027】
(駆動力伝達装置1の全体構成)
図2は駆動力伝達装置の全体を示す。図2に示すように、駆動力伝達装置1は、ディファレンシャルキャリア106(図1に示す)のカップリングケース(図示せず)に対して相対回転可能な第1の回転部材としてのハウジング2と、このハウジング2に相対回転可能な第2の回転部材としてのインナシャフト3と、このインナシャフト3とハウジング2とをクラッチ力によってトルク伝達可能に連結するメインクラッチ4と、このメインクラッチ4にハウジング2及びインナシャフト3の回転軸線Oに沿って並列するサブクラッチ5と、このサブクラッチ5のクラッチ動作によって受けるハウジング2からの回転力をメインクラッチ4のクラッチ力となる押圧力に変換するカム機構6とから大略構成されている。
【0028】
(ハウジング2の構成)
ハウジング2は、フロントハウジング21及びリヤハウジング22からなり、カップリングケース内に回転軸線Oの回りを回転可能に収容されている。
【0029】
フロントハウジング21は、リヤハウジング側に開口する収容空間21a、及びこの収容空間21aに露出するストレートスプライン嵌合部21bを有し、エンジン102(図1に示す)にトランスアクスル103(図1に示す)及びプロペラシャフト107(図1に示す)等を介して連結され、かつカップリングケース内に軸受(図示せず)を介して支持され、全体が有底円筒部材によって形成されている。そして、フロントハウジング21は、エンジン102の駆動力をプロペラシャフト107から受けてリヤハウジング22と共に回転軸線Oの回りに回転するように構成されている。
【0030】
リヤハウジング22は、第1〜第3のハウジングエレメント221〜223からなり、フロントハウジング21の開口内周面に螺着され、かつカップリングケース内のコイルホルダ7に軸受8を介して回転可能に支持されている。リヤハウジング22には、フロントハウジング21の収容空間21aの開口方向と同一の方向に開口する円環状の収容空間22a、及びサブクラッチ5におけるアーマチャ52(後述)のリヤハウジング側端面を指向する摩擦面22bが設けられている。
【0031】
第1のハウジングエレメント221は、リヤハウジング22の内周側に配置され、全体が軟鉄等の磁性材料からなる円筒部材によって形成されている。
【0032】
第2のハウジングエレメント222は、リヤハウジング22の外周側に配置され、全体が第1のハウジングエレメント221と同様に軟鉄等の磁性材料からなる円筒部材によって形成されている。
【0033】
第3のハウジングエレメント223は、第1のハウジングエレメント221と第2のハウジングエレメンと222との間に介在し、全体がステンレス鋼等の非磁性材料からなるハウジングエレメント連結用の円環部材によって形成されている。
【0034】
(インナシャフト3の構成)
インナシャフト3は、各外径が互いに異なる大小2つの円筒部3a,3b、及びこれら両円筒部3a,3b間に介在する段差面3cを有し、ハウジング2の回転軸線O上に配置され、かつハウジング2内に軸受9,10を介して相対回転可能に支持され、全体が円筒部材によって形成されている。そして、インナシャフト3は、そのリヤハウジング側開口部内にドライブピニオンシャフト108(図1に示す)の先端部を挿入させて収容するように構成されている。ドライブピニオンシャフト108は、インナシャフト3にリヤハウジング側開口部内にスプライン嵌合によってで相対回転不能かつ相対移動可能に連結されている。
【0035】
大径の円筒部3aの外周面には、フロントハウジング21の収容空間21aに露出するストレートスプライン嵌合部3dが設けられている。
【0036】
小径の円筒部3bの内周面には、ドライブピニオンシャフト108にスプライン嵌合するストレートスプライン嵌合部3eが設けられている。
【0037】
段差面3cは、インナシャフト3の外部において両円筒部3a,3b間に介在して配置され、全体がカム機構6におけるメインカム61(後述)を指向する略扁平な面で形成されている。
【0038】
(メインクラッチ4の構成)
メインクラッチ4は、複数のインナクラッチプレート41及び複数のアウタクラッチプレート42を有する摩擦式のクラッチからなり、フロントハウジング21(ハウジング2)とインナシャフト3との間に配置され、かつ収容空間21aに収容されている。そして、メインクラッチ4は、複数のインナクラッチプレート41及び複数のアウタクラッチプレート42のうち互いに隣り合うクラッチプレート同士を摩擦係合させ、またその摩擦係合を解除してハウジング2とインナシャフト3とを断続(トルク伝達)可能に連結するように構成されている。
【0039】
インナクラッチプレート41及びアウタクラッチプレート42は、回転軸線Oに沿って交互に配置され、全体が環状の摩擦板によって形成されている。
【0040】
インナクラッチプレート41は、その内周部にストレートスプライン嵌合部41aを有し、ストレートスプライン嵌合部41aを円筒部3a(インナシャフト3)のストレートスプライン嵌合部3dに嵌合させてインナシャフト3に相対回転不能かつ相対移動可能に連結されている。複数のインナクラッチプレート41のうちサブクラッチ側最端部のインナクラッチプレートは、メインクラッチ4の入力部として機能し、カム機構6のメインカム61(後述)からアウタクラッチプレート42側に押圧力を受けると、この押圧方向への移動によって他のインナクラッチプレート41とアウタクラッチプレート42とを摩擦係合させるように構成されている。
【0041】
インナクラッチプレート41には、その円周方向に沿って並列し、かつ回転軸線O方向に開口する油孔41bが設けられている。
【0042】
アウタクラッチプレート42は、その外周部にストレートスプライン嵌合部42aを有し、ストレートスプライン嵌合部42aをフロントハウジング21(ハウジング2)のストレートスプライン嵌合部21bに嵌合させてハウジング2に相対回転不能かつ相対移動可能に連結されている。
【0043】
(サブクラッチ5の構成)
サブクラッチ5は、電磁コイル51及びアーマチャ52を有し、ハウジング2の回転軸線O上に配置されている。そして、サブクラッチ5は、ハウジング2の回転時に電磁力の発生によるアーマチャ52の電磁コイル51側への移動によってカム機構6を作動させ、メインクラッチ4のインナクラッチプレート41とアウタクラッチプレート42とを互いに摩擦係合させるように構成されている。
【0044】
電磁コイル51は、リヤハウジング22の収容空間22aに収容され、かつカップリングケース内にコイルホルダ7を介して取り付けられている。そして、電磁コイル51は、通電によってリヤハウジング22及びアーマチャ52b等に跨って磁気回路Mを形成し、アーマチャ52にリヤハウジング22側への移動力を付与するための電磁力を発生させるように構成されている。
【0045】
アーマチャ52は、メインカム61とリヤハウジング22との間に配置され、かつインナシャフト3を挿通させてフロントハウジング21の収容空間21aに収容され、全体が鉄等の磁性材料からなる環状板によって形成されている。そして、アーマチャ52は、電磁コイル51の電磁力を受け、リヤハウジング22側にハウジング2の回転軸線Oに沿って移動するように構成されている。
【0046】
アーマチャ52には、円周方向に並列し、かつカムボール62(後述)側に開口する複数(実施の形態では6個)のカム溝520が設けられている。カム溝520の詳細については後述する。また、アーマチャ52には、リヤハウジング22から離間する方向のばね力がアーマチャ復帰用のスプリング11によって常時付与されている。アーマチャ52のサブクラッチ5側には、リヤハウジング22の摩擦面22bに対向する摩擦面52bが設けられている。
【0047】
(カム機構6の構成)
カム機構6は、ハウジング2からの回転力を受けて回転するカム部材としてのメインカム61、このメインカム61にハウジング2の回転軸線Oに沿って並列するパイロットカム(アーマチャ52)、及びこのアーマチャ52とメインカム61との間に介在する複数(実施の形態では6個)のカムフォロアとしてのカムボール62を有し、メインクラッチ4とリヤハウジング22との間に配置され、かつフロントハウジング21の収容空間21aに収容されている。そして、カム機構6は、前述したように、サブクラッチ5のクラッチ動作によって受けるハウジング2からの回転力をメインクラッチ4のクラッチ力となる押圧力に変換するように構成されている。
【0048】
メインカム61は、アーマチャ52の回転によって発生するカム力をカムボール62から受けてメインクラッチ4の入力側のインナクラッチプレート41を押圧するクラッチプレート押圧部61aを有し、カム機構6のメインクラッチ側でインナシャフト3(大径の円筒部3a)に相対回転不能かつ相対移動可能に連結され、全体がインナシャフト3を挿通させる円環部材によって形成されている。
【0049】
メインカム61には、円周方向に並列し、かつカムボール62側に開口する複数(実施の形態では6個)のカム溝610が設けられている。カム溝610の詳細については後述する。また、メインカム61には、メインクラッチ4から離間する方向のばね力がメインカム復帰用のスプリング12によって常時付与されている。メインカム61の内周部には、インナシャフト3のストレートスプライン嵌合部3dにスプライン嵌合するストレートスプライン嵌合部61cが設けられている。
【0050】
複数のカムボール62は、メインカム61のカム溝610とアーマチャ52のカム溝520との間に介装され、全体が球状部材によって形成されている。
【0051】
次に、アーマチャ52のカム溝520及びメインカム61のカム溝610につき、図3(a)〜(c)を用いて説明する。図3(a)〜(c)はアーマチャとメインカムの各カム溝を示す。図3(a)〜(c)に示すように、カム溝520は、アーマチャ52の軸線方向の深さが最も大きい円周方向中央部aから円周方向端部b,cに向かって漸次小さくなる凹溝からなり、その溝底が円周方向中央部aと円周方向端部bとの間に及び円周方向中央部aと円周方向端部cとの間にそれぞれ介在する段状のカム面520a,520bで形成されている。
【0052】
カム溝520の円周方向中央部aには、電磁コイル51の非通電状態においてカムボール62が配置される。カム溝520の円周方向中央部aと円周方向端部bとの間でハウジング2をインナシャフト3に対して矢印R(図2に示す)方向に相対回転した場合に、またカム溝520の円周方向中央部aと円周方向端部cとの間でハウジング2をインナシャフト3に対して矢印R(図2に示す)方向に相対回転した場合にそれぞれカムボール62が転動する。
【0053】
カム面520a,520bは、円周方向中央部aから円周方向端部b,cに向かって漸次大きくなるカム角をもつ複数の傾斜面で形成されている。すなわち、カム面520a,520bは、アーマチャ52の設定作動角α(図4に示す)に対応する設定範囲内の推力P(カム面520a,520bに対する作用力の法線方向の力の分力)を発生させるための第1のカム面520a,520b、及びこれら各第1のカム面520a,520bのカム角θよりも大きいカム角θ(θ<θ<90°)に設定された第2のカム面520a,520bで形成されている。これにより、通常はアーマチャ52が設定作動角αの範囲で作動(回転)すると、カムボール62が第1のカム面520a,520b上を転動し、推力Pがアーマチャ52に作用する。これに対して、アーマチャ52が設定作動角αを越えて作動すると、カムボール62が第2のカム面520a,520b上を転動し、推力Pよりも小さい推力P(P>P)がアーマチャ52に作用する。
【0054】
第1のカム面520aは第2のカム面520aよりもカム溝520の円周方向中央部aに近い位置に、また第1のカム面520bは第2のカム面520bよりもカム溝520の円周方向中央部aに近い位置にそれぞれ配置されている。
【0055】
同様に、カム溝610は、メインカム61の軸線方向の深さが最も大きい円周方向中央部aから円周方向端部b,cに向かって漸次小さくなる凹溝からなり、その溝底が円周方向中央部aと円周方向端部bとの間に及び円周方向中央部aと円周方向端部cとの間にそれぞれ介在するカム面610a,610bで形成されている。
【0056】
カム溝610の円周方向中央部aには、電磁コイル51の非通電状態においてカムボール62が配置される。カム溝610の円周方向中央部aと円周方向端部bとの間でハウジング2をインナシャフト3に対して矢印R(図2に示す)方向に相対回転した場合に、またカム溝610の円周方向中央部aと円周方向端部cとの間でハウジング2をインナシャフト3に対して矢印R(図2に示す)方向に相対回転した場合にそれぞれカムボール62が転動する。
【0057】
カム面610a,610bは、円周方向中央部aから円周方向端部b,cに向かって漸次大きくなるカム角をもつ複数の傾斜面で形成されている。すなわち、カム面610a,610bは、アーマチャ52の設定作動角α(図4に示す)に対応する設定範囲内の推力P(カム面610a,610bに対する作用力の法線方向の力の分力)を発生させるための第1のカム面610a,610b、及びこれら各第1のカム面610a,610bのカム角θよりも大きいカム角θ(θ<θ<90°)に設定された第2のカム面610a,610bで形成されている。これにより、通常はメインカム61が設定作動角αの範囲で作動(回転)すると、カムボール62が第1のカム面610a,610b上を転動し、推力Pがアーマチャ61に作用する。これに対して、アーマチャ61が設定作動角αを越えて作動すると、カムボール62が第2のカム面610a,610b上を転動し、推力Pよりも小さい推力P(P>P)がメインカム61に作用する。
【0058】
第1のカム面520aは第2のカム面520aよりもカム溝520の円周方向中央部aに近い位置に、また第1のカム面520bは第2のカム面520bよりもカム溝520の円周方向中央部aに近い位置にそれぞれ配置されている。
【0059】
(駆動力伝達装置1の動作)
次に、本実施の形態に示す駆動力伝達装置の動作につき、図1〜図4を用いて説明する。図4は駆動力伝達装置におけるカムボールの転動位置を示す。
【0060】
図1において、四輪駆動車101のエンジン102を始動すると、エンジン102の回転駆動力がトランスアクスル103及びプロペラシャフト107を介してハウジング2(図2に示す)に伝達され、ハウジング2が回転駆動される。
【0061】
通常、図2に示すように、エンジン102(図1に示す)の始動時には、サブクラッチ5の電磁コイル51が非通電状態にあるため、電磁コイル51を基点とした磁気回路が形成されず、アーマチャ52が電磁コイル51側にリヤハウジング22を介して吸引されることがない。
【0062】
このため、カム機構6においてメインクラッチ4のクラッチ力となる押圧力が発生せず、メインクラッチ4のインナクラッチプレート41とアウタクラッチプレート42とが摩擦係合せず、エンジン102の回転駆動力はハウジング2からインナシャフト3に伝達されない。
【0063】
一方、エンジン102の始動時(ハウジング2の回転時)に電磁コイル51が通電されると、電磁コイル51を基点とした磁気回路Mが形成され、アーマチャ52がリヤハウジング22側に移動する。
【0064】
このため、アーマチャ52がハウジング2に連結され、ハウジング2の回転力がアーマチャ52に伝達される。
【0065】
これに伴い、アーマチャ52が回転し、この回転力がカム機構6において発生するカム作用によってメインクラッチ4のクラッチ力となる押圧力に変換され、この押圧力によってメインクラッチ4のクラッチプレート同士を摩擦係合させる方向にメインカム61が移動する。
【0066】
この際、図4に示すようにアーマチャ52がメインカム61に対して矢印R方向に設定作動角(α/2)内で相対回転した場合には、カムボール62が図3(a)に示すカム溝520,610の円周方向中央部aから図3(b)に示すように円周方向端部bに向かって第1のカム面520a,610a上を転動し、これら第1のカム面520a,610aにカム作用によってカムボール62から力Sが作用する。この力Sは第1のカム面520a,620aの法線方向に力Tを発生させる。力Tの軸線方向分力がメインカム61に設定範囲内の推力Pとして、またアーマチャ52に設定範囲内の押圧力Pとしてそれぞれ作用する。
【0067】
ここで、アーマチャ52及びリヤハウジング22が各摩擦面22b,52b同士の磨耗による両摩擦面間の摩擦係数(μ)の変化やメインクラッチ4のインナクラッチプレート41とアウタクラッチプレート42との磨耗による軸線方向移動距離の増加によって設定作動角α/2より大きい角度をもってアーマチャ52及びメインカム61が相対回転すると、カムボール62が図3(c)に示すカム溝520,610の第1のカム面520a,610aから図3(b)に示すように円周方向端部bに向かって第2のカム面520a,610a上を転動し、これら第2のカム面520a,610aにカム作用によってカムボール62から力Sが作用する。この力Sは第2のカム面520a,610aの法線方向に力Tを発生させる。力Tの軸線方向分力がメインカム61に設定範囲内の推力Pよりも小さい推力Pとして、またアーマチャ52に設定範囲内の押圧力Pよりも小さい押圧力Pとしてそれぞれ作用する。
【0068】
また、図4に示すようにアーマチャ52がメインカム61に対して矢印R方向に設定作動角(α/2)内で相対回転した場合には、カムボール62がカム溝520,610の円周方向中央部aから円周方向端部cに向かって第1のカム面520b,610b上を転動し、これら第1のカム面520b,610bにカム作用によってカムボール62から力Sが作用する。この力Sは第1のカム面520b,610bの法線方向に力Tを発生させる。力Tの軸線方向分力がメインカム61に設定範囲内の推力Pとして、またアーマチャ52に設定範囲内の押圧力Pとしてそれぞれ作用する。
【0069】
ここで、アーマチャ52及びリヤハウジング22が各摩擦面22b,52b同士の磨耗による両摩擦面間の摩擦係数(μ)の変化やメインクラッチ4のインナクラッチプレート41とアウタクラッチプレート42との磨耗による軸線方向移動距離の増加によって設定作動角α/2より大きい角度をもってアーマチャ52及びメインカム61が相対回転すると、カムボール62がカム溝520,610の第1のカム面520b,610bから円周方向端部bに向かって第2のカム面520b,610b上を転動し、これら第2のカム面520b,610bにカム作用によってカムボール62から力Sが作用する。この力Sは第2のカム面520b,610bの法線方向に力Tを発生させる。力Tの軸線方向分力がメインカム61に設定範囲内の推力Pよりも小さい推力Pとして、またアーマチャ52に設定範囲内の押圧力Pよりも小さい押圧力Pとしてそれぞれ作用する。
【0070】
従って、本実施の形態においては、作動角が大きくなる軸方向の推力が低減されるので、アーマチャ52とリヤハウジング22との摩擦係合力の増大によってカムロックが発生することはない。
【0071】
これにより、電磁コイル51の電流に応じた推力を受けてメインカム6aがメインクラッチ4側へ移動し、メインクラッチ4のクラッチプレート同士が摩擦係合し、エンジン102の回転駆動力がハウジング2からインナシャフト3に伝達され、さらにインナシャフト3からドライブピニオンシャフト108(図1に示す)を介してリヤディファレンシャル110(図1に示す)に伝達される。そして、リヤディファレンシャル110からリヤアクスルシャフト111(図1に示す)を介して後輪105(図1に示す)に伝達され、後輪105が回転駆動される。
【0072】
[実施の形態の効果]
以上説明した実施の形態によれば、次に示す効果が得られる。
【0073】
アーマチャ52とリヤハウジング22との摩擦係合の増大によってハウジング2とインナシャフト3との差動回転が中断されることはなく、ハウジング2とインナシャフト3との差動回転時におけるカムロックの発生を抑制することができる。
【0074】
以上、本発明の電磁クラッチ及びこれを備えた駆動力伝達装置を上記の実施の形態に基づいて説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の態様において実施することが可能であり、例えば次に示すような変形も可能である。
【0075】
(1)上記実施の形態では、駆動力伝達装置1がプロペラシャフト107とリヤディファレンシャル110との間に介在して配置されている場合について説明したが、本発明はこれに限定されず、リヤアクスルシャフトとリヤディファレンシャルとの間に駆動力伝達装置を介在して配置してもよい。
【0076】
(2)上記実施の形態では、ハウジング2が入力軸側に、またインナシャフト3が出力軸側にそれぞれ連結されている場合について説明したが、本発明はこれに限定されず、ハウジングを出力軸側に、またインナシャフトを入力軸側にそれぞれ連結しても本実施の形態と同様の効果を奏する。
【符号の説明】
【0077】
1…駆動力伝達装置、2…ハウジング、3…インナシャフト、3a…大径の円筒部、3b…小径の胴部、3c…段差面、3d,3e…ストレートスプライン嵌合部、4…メインクラッチ、5…サブクラッチ、6…カム機構、7…コイルホルダ、8,9,10…軸受、123b…小径の円筒部、30b…ストレートスプライン嵌合部、3c…段差面、4…メインクラッチ、41…インナクラッチプレート、41a…ストレートスプライン嵌合部、42…アウタクラッチプレート、42a…ストレートスプライン嵌合部、5…サブクラッチ、51…電磁コイル、52…アーマチャ、6…カム機構、61…メインカム、61a…クラッチプレート押圧部、62…カムボール、7…コイルハウジング、8,9,10…軸受、11…アーマチャ復帰用のスプリング、12…メインカム復帰用スプリング、21…フロントハウジング、21a…収容空間、21b…ストレートスプライン嵌合部、22…リヤハウジング、22a…収容空間、22b…摩擦面、41…インナクラッチプレート、41a…ストレートスプライン嵌合部、41b…油孔、42…アウタクラッチプレート、42a…ストレートスプライン嵌合部、51…電磁コイル、52…アーマチャ、52b…摩擦面、61…メインカム、61a…クラッチプレート押圧部、61c…ストレートスプライン嵌合部、62…カムボール、221…第1のハウジングエレメント、222…第2のハウジングエレメント、223…第3のハウジングエレメント、520…カム溝、520a,520b…カム面、520a,520b…第1のカム面、520a,520b…第2のカム面、610…カム溝、610a,610b…カム面、610a,610b…第1のカム面、610a,610b…第2のカム面、a…円周方向中央部、b,c…円周方向端部、O…回転軸線、P,P…推力、S,S,T,T…力、θ,θ…カム角、α…設定作動角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電磁力を発生させる電磁コイル、及び前記電磁コイルへの通電によって移動するアーマチャを有する出力機構と、
前記出力機構の軸線上に配置され、前記アーマチャに対向するカム部材、及び前記カム部材と前記アーマチャとの間に介在するカムフォロアを有するカム機構とを備え、
前記カム機構は、前記カム部材が前記アーマチャとの間に前記カムフォロアを転動させる段状のカム面を有し、前記カム面がその円周方向中央部から円周方向端部に向かって漸次大きくなるカム角をもつ複数の傾斜面で形成されている
電磁クラッチ。
【請求項2】
前記カム機構は、前記カム面が設定範囲内の推力を発生させるための第1のカム面、及び前記第1のカム面のカム角よりも大きいカム角に設定された第2のカム面で形成されている請求項1に記載の電磁クラッチ。
【請求項3】
駆動源の駆動トルクによって回転する第1の回転部材と、
前記第1の回転部材にその回転軸線に沿って相対回転可能に配置された第2の回転部材と、
前記第2の回転部材と前記第1の回転部材とをクラッチ力によってトルク伝達可能に連結するメインクラッチと、
前記メインクラッチに前記回転軸線に沿って並列して配置されたサブクラッチとを備え、
前記サブクラッチは、請求項1又は2に記載の電磁クラッチである
駆動力伝達装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−62937(P2012−62937A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−206559(P2010−206559)
【出願日】平成22年9月15日(2010.9.15)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】