説明

電鋳ブレードの製造方法

【課題】石英やガラス、セラミックスのような硬脆材料を、チッピングなどが生じるのを抑制して高品位に切断することが可能な電鋳ブレードの製造方法を提供する。
【解決手段】ニッケルを主成分とする金属めっき相2に砥粒3が分散されて保持された円形薄板状のブレード本体1を、260℃〜300℃の温度範囲において0.5時間〜1.5時間保持して熱処理する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石英やガラス、セラミックス等の硬脆材料よりなる例えば電子材料を切断するのに用いられる電鋳ブレードの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子材料の切断に用いられる電鋳ブレードは、ニッケル等の金属めっき相にダイヤモンドやCBN等の超砥粒を分散した円形薄板状のブレード本体を有するものであり、このようなブレード本体がフランジを介して切断装置の主軸に取り付けられたり、あるいは電鋳の際の台金に固着されてこの台金を介して主軸に取り付けられたりして、中心線回りに回転されることにより、その外周縁によって電子材料を切断してゆく。
【0003】
ところが、このような電鋳ブレードは、砥粒を保持する金属めっき相の硬度が高いために自生発刃作用が活発ではなく、砥粒に摩耗が生じても脱落し難くなって切断抵抗が増大し、特に切断される電子材料が上述のような硬脆材料の場合にはチッピングを生じ易くなる。そこで、本発明の発明者等は、特許文献1において、ニッケル等の金属めっき相にポリテトラフルオロエチレン等のフッ素系樹脂よりなるフィラーを分散することにより、金属めっき相の剛性は維持しつつも砥粒保持力を低減して自生発刃を促すようにした電鋳ブレードを提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−005778号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そして、さらに本発明の発明者が、このように機械的剛性を確保しながらも砥粒保持力を適度に低減して自生発刃を促すことが可能な金属めっき相について研究を重ねた結果、ニッケルやニッケル−リン、ニッケル−コバルトなどのニッケルを主成分とする金属めっき相に比較的低温の熱処理を所定の時間施すことにより、ブレードとしての剛性や強度を維持できる範囲で金属めっき相の硬度を低下させて砥粒の自生発刃を促しうる電鋳ブレードを得ることができるとの知見を得るに至った。
【0006】
本発明は、このような背景の下になされたもので、石英やガラス、セラミックスのような硬脆材料を、チッピングなどが生じるのを抑制して高品位に切断することが可能な電鋳ブレードの製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決して、このような目的を達成するために、本発明は、ニッケルを主成分とする金属めっき相に砥粒が分散されて保持された円形薄板状のブレード本体を、260℃〜300℃の温度範囲において0.5時間〜1.5時間保持して熱処理することを特徴とする。
【0008】
このようにニッケルを主成分とする金属めっき相を260℃〜300℃と比較的低温で所定時間保持して熱処理すると、金属めっきによって析出したニッケルの結晶粒の歪みが無くなって無歪み結晶粒が生成されるとともに結晶粒自体も粗大化して再結晶する。
【0009】
ここで、図6は、こうして熱処理を施したニッケルめっき相と熱処理前のニッケルめっき相とをX線回折により測定した結果を示す図であるが、この図6に示すように2θ=52度と2θ=76度の位置において熱処理前に比べて熱処理後の方がピークが幅狭になる一方でピーク値は大きくなっており、結晶方位が揃えられて無歪み結晶が生成されるとともに結晶粒が粗大化していることが分かる。なお、この図6は、300℃で1時間熱処理を施した場合の例である。
【0010】
従って、このように熱処理されたニッケルを主成分とする金属めっき相では、ニッケルの無歪み結晶粒が生成されることによって金属めっき相が脆化して硬度が低下するとともに、結晶粒の粗大化により砥粒保持力も低下して自生発刃が促進されるので、このような金属めっき相に砥粒を保持した電鋳ブレードによれば、石英やガラス、セラミックスのような硬脆材料の切断においてもチッピングが生じるのを抑えて高品位の切断を行うことが可能となる。しかも、上述のような比較的低温でブレード本体を熱処理するだけでよいので、比較的容易にこのような電鋳ブレードを製造することが可能である。
【0011】
ここで、熱処理温度が260℃を下回るほど低かったり、熱処理時間が0.5時間を下回るほど短かったりすると、このようなニッケルの無歪み結晶の生成や結晶粒の粗大化が十分ではなく、金属めっき相の硬度を適度に低下させることができなくなって自生発刃が活発化されず、切断品位の優位性を得ることができない。なお、上述の効果をより確実に奏功するには、上記ブレード本体を、275℃〜300℃の温度範囲において熱処理するのが望ましい。
【0012】
一方、逆に熱処理温度が300℃を上回るほど高かったり、熱処理時間が1.5時間を上回るほど長かったりすると、金属めっき相の硬度は適度に低下するものの脆化が促進されすぎ、砥粒の保持力が著しく低下して切れ味が悪化することにより却ってチッピングが生じ易くなったり、場合によってはブレード本体の剛性や強度が損なわれて破損するなど、電鋳ブレードとして切断に使用できなくなったりする。
【発明の効果】
【0013】
以上説明したように、本発明によれば、石英やガラス、セラミックス等の硬脆材料を、チッピングが生じるのを抑えて高品位に切断することが可能な電鋳ブレードを、比較的容易に製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施形態により製造される電鋳ブレードの概略を示す側面図である。
【図2】図1におけるAA断面図である。
【図3】図2におけるB部分の拡大図である。
【図4】ニッケルめっき相に熱処理を施した際の熱処理温度と硬度との関係を示す図である。
【図5】ニッケルめっき相に熱処理を施した際の熱処理時間と硬度との関係を示す図である。
【図6】熱処理前後のニッケルめっき相をX線回折により測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1ないし図3は、本発明の一実施形態により製造される電鋳ブレードの概略を示すものである。この電鋳ブレードは、そのブレード本体1が、図3に示すようにニッケル、またはニッケル−リンやニッケル−コバルト等のニッケルを主成分とする金属めっき相2にダイヤモンドやCBNの超砥粒3が均一に分散されて構成され、図1に示すような軸線Oを中心とした円形薄板状をなすように一体形成されている。
【0016】
ただし、図2においては説明のため、ブレード本体1の厚さが厚く示されているが、このブレード本体1の厚さ、すなわち円形をなすブレード本体1の両側面間の間隔は例えば0.1mm以下と、上述のように薄板状とされている。また、ブレード本体1の中央部には、該ブレード本体1をその厚さ方向(図2において左右方向)に貫通する軸線Oを中心とした円形の取付孔4が形成されており、このためブレード本体1は厳密には円環薄板状を呈することになる。なお、ブレード本体1の切刃となる外周縁には周方向に所定の間隔をあけてスリットが形成されていてもよい。
【0017】
このようなブレード本体1は、上述のような金属めっき相2を形成するニッケルを主成分とした金属めっき液に超砥粒3を分散して、この金属めっき液中に台金を配置し、超砥粒3を取り込みつつ台金表面に金属めっき相2を所定の厚さに析出させ、これを台金から剥離して円板状に成形するといった公知の電鋳法により形成される。
【0018】
そして、本発明における電鋳ブレードの製造方法の一実施形態では、こうして形成されたブレード本体1を、260℃〜300℃の温度範囲、望ましくは275℃〜300℃の温度範囲において、0.5時間〜1.5時間保持して熱処理を施す。なお、このような熱処理は、例えば電気炉等にブレード本体1を収容して大気中で加熱することにより行われる。
【0019】
従って、このように熱処理が施された電鋳ブレードにおいては、上述したように金属めっき相2において析出したニッケル結晶粒の無歪み結晶粒が生成されるとともに結晶粒が粗大化して再結晶し、これにより金属めっき相2が脆化してその硬度が適度に低下するため、超砥粒3の自生発刃作用が活発化する。すなわち、摩耗した超砥粒3が脱落して新たな超砥粒3が金属めっき相2の表面に露出しやすくなるため、鋭い切れ味を長期に亙って維持することができ、石英やガラス、セラミックス等の硬脆材料の切断においてチッピングが発生するのを抑えて高品位の加工を行うことが可能となる。
【0020】
その一方で、熱処理温度が300℃以下で、熱処理時間が1.5時間以下であるので、後述する実施例で実証するように金属めっき相2の硬度が低下する以上に脆化が著しく促進されるようなことはなく、ブレード本体1の剛性や強度は確保することができる。このため、必要な超砥粒3の保持力は維持することができ、超砥粒3が摩耗する前に脱落することで却って切れ味が損なわれたり、ブレード本体1が破損したりするような事態は防ぐことができる。
【0021】
また、上記構成の製造方法は、このように比較的低温で短時間の熱処理を施すだけでよく、しかも上述のように大気中で加熱すればよいので、このような電鋳ブレードを容易に製造することができるという利点も有する。
【0022】
ここで、熱処理温度が260℃を下回るほど低かったり、熱処理時間が0.5時間を下回るほど短かったりすると、金属めっき相2の硬度を適度に低下させることができなくなり、自生発刃が活発化されずに切断品位の向上を図ることができない。ここで、後述する実施例の表1に示す結果で実証されるように、熱処理温度は275℃以上であるのが望ましい。
【0023】
その一方で、熱処理温度が300℃を上回るほど高かったり、熱処理時間が1.5時間を上回るほど長かったりすると、金属めっき相2の脆化が促進されすぎて超砥粒3の保持力が著しく低下し、切れ味が悪化して却ってチッピングを生じ易くなったり、ブレード本体1が破損しやすくなって切断に使用することができなくなったりする。
【実施例】
【0024】
以下、実施例を挙げて本発明の熱処理温度と熱処理時間についての効果を実証する。本実施例では、まずニッケルめっき液に超砥粒を分散せずにニッケルよりなる金属めっき相のみをからなる試験片を公知の電鋳法によって複数製造し、これらに熱処理時間を1時間で一定として種々の熱処理温度で熱処理を施して、その硬度(ビッカース硬さ)を測定した。この結果を図4に示す。なお、熱処理前の試験片の硬度はビッカース硬さHv600であった。
【0025】
この図4の結果より、熱処理温度が200℃から250℃くらいまでは熱処理前以上の硬度であって、しかも硬度が漸増する傾向にあるのに対し、熱処理温度が260℃以上となったところで硬度が下がり始めて275℃では熱処理前の硬度よりも低下し、さらに熱処理温度が300℃では熱処理前の2/3であるビッカース硬さHv400程度にまで低下した。また、さらに熱処理温度を上げて350℃、400℃としても硬度の著しい低下は認められなかったが、金属めっき相に著しい脆化が認められた。
【0026】
次に、上記と同様の製造条件で製造した試験片に対して、熱処理温度を300℃で一定として種々の熱処理時間で保持して熱処理を施し、その硬度(ビッカース硬さ)を測定した。この結果を図5に示す。
【0027】
この図5の結果より、熱処理時間が0.5時間〜1.5時間の場合にはビッカース硬さがHv400前後で、上述のように300℃で1時間保持した場合とそれほど変わりはなく、脆化も認められなかった。さらに2時間、3時間保持した場合には、硬度自体はそれほど変化していないが、やはり金属めっき相に著しい脆化が認められた。
【0028】
そこで、次に上記の試験片を製造したのと同様の製造条件で、ただしニッケルめっき液に超砥粒を添加してニッケルよりなる金属めっき相に該超砥粒が分散された電鋳ブレードを複数製造し、これらに熱処理時間を1時間で一定として種々の熱処理温度で熱処理を施したものと、熱処理を施さなかったものとで実際に硬脆材料を切断し、その際のチッピングの大きさを測定した。この結果を、熱処理温度が260℃〜300℃の温度範囲のものを実施例1〜3とし、それ以外のものを比較例1〜4として熱処理温度とともに表1に示す。
【0029】
なお、このとき製造した電鋳ブレードは、外径58.2mm、内径40mm、厚さ0.1mmの円環薄板状のもので、その外周縁には径方向の深さ2mm、周方向の幅1mmのスリットを等間隔に16本形成した。また、金属めっき相に分散した砥粒は粒度#800のダイヤモンド砥粒でブレード本体における含有率が5〜15vol%となるようにした。
【0030】
一方、切断した硬脆材料は幅100mm、長さ100mm、厚さ0.5mmの石英板で、切断長が3800mmに達したときの最大のチッピングの大きさを測定した。また、電鋳ブレードは外径52mmのフランジを介して切断装置の主軸に取り付けられ、主軸回転数12000min-1、送り速度10mm/secとして、湿式切断を行った。
【0031】
【表1】

【0032】
この表1の結果より、熱処理を施さなかった比較例1および熱処理温度が260℃未満である比較例2、3では、比較的大きなチッピングが発生しており、特に熱処理を施した比較例2、3を比べると熱処理温度が高くなるほどチッピングの大きさも増加していて、これは図4に示した硬度の増減の傾向と同じである。
【0033】
ところが、熱処理温度が260℃とされた実施例1では、これら比較例1〜3に対してチッピングの大きさが減少し、この傾向は熱処理温度が300℃の実施例3まで連続していて、特に熱処理温度が275℃の実施例2から上記実施例3ではこのチッピングの大きさの減少傾向が顕著であった。これも、図4に示した硬度の低下傾向と符合するものである。
【0034】
その一方で、熱処理温度が300℃を上回る比較例4では、図4に示した硬度については実施例3と略等しいにも関わらず、チッピングの大きさは一転して増大する結果となった。そこで、切断試験後の比較例4の電鋳ブレードの状態を調べたところ、ニッケルよりなる金属めっき相が著しく脆くなっていて、金属めっき相ごとダイヤモンド砥粒が多く脱落しているのが認められた。
【0035】
次に、上記電鋳ブレードを製造したときと同じ製造条件で複数の電鋳ブレードを製造して、これらに熱処理温度を300℃で一定として種々の熱処理時間で熱処理を施したものと、熱処理を施さなかったものとで実際に硬脆材料を切断し、その際の最大のチッピングの大きさを測定した。この結果を、熱処理時間が0.5時間(h)〜1.5時間(h)の範囲のものを実施例3〜5とし、それ以外のものを比較例1、5〜8として熱処理時間とともに表1に示す。
【0036】
なお、このときの電鋳ブレードの諸元、脆性材料の切断条件は、表1に結果を示した場合と同様である。また、熱処理を施さなかった、すなわち熱処理時間が0時間(h)の比較例1と、熱処理温度300℃で1.0時間(h)実施例3とは、その結果も表1に示した場合と同様である。
【0037】
【表2】

【0038】
この表2の結果より、やはり熱処理を施さなかった比較例1では上記と同じく比較的大きなチッピングが発生していたのに対し、熱処理時間が0.5時間(h)〜1.5時間(h)の範囲内の実施例3〜5では、これに比べてチッピングの大きさが顕著に減少していた。
【0039】
一方、熱処理時間が1.5時間(h)を上回る比較例5〜8では、図5の結果より硬度は実施例3〜5と略等しいにも関わらず、やはりチッピングの大きさは増大している。そして、切断試験後の比較例5〜8の電鋳ブレードの状態を調べたところでも、表1に結果を示した比較例4と同様にニッケルよりなる金属めっき相が著しく脆くなっていて、金属めっき相ごとダイヤモンド砥粒が多く脱落しているのが認められた。
【符号の説明】
【0040】
1 ブレード本体
2 金属めっき相
3 砥粒
O ブレード本体1の軸線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケルを主成分とする金属めっき相に砥粒が分散されて保持された円形薄板状のブレード本体を、260℃〜300℃の温度範囲において0.5時間〜1.5時間保持して熱処理することを特徴とする電鋳ブレードの製造方法。
【請求項2】
上記ブレード本体を、275℃〜300℃の温度範囲において熱処理することを特徴とする請求項1に記載の電鋳ブレードの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−223866(P2012−223866A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−94956(P2011−94956)
【出願日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】