説明

静電アクチュエータ、液滴吐出ヘッド及びそれらの製造方法

【課題】駆動耐久性を増加させることが可能な静電アクチュエータ、液滴吐出ヘッドおよびそれらの製造方法を提供する。
【解決手段】静電アクチュエータを有するインクジェットヘッド10において、弾性変形可能な一方の対向部材である振動板22と、この振動板22に絶縁膜26および一定の間隙(ギャップ)Gを介して対向配置された他方の対向部材である個別電極31と、これら個別電極31と振動板22との間に駆動電圧を印加し静電気力を発生させる駆動制御回路(駆動手段)4とを備え、振動板22の下面に形成された絶縁膜26の表面に、シロキサン結合でトリアルキルシリル基、ジアルキルシリル基のうち少なくとも1つと結合させる処理剤を用いて、疎水性膜29を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、静電気力を利用して駆動する静電アクチュエータ、その静電アクチュエータを備える液滴吐出ヘッド及びそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェットプリンタのインクジェットヘッド等には、半導体の微細加工技術を用いて形成された微小構造のアクチュエータが用いられている。この微小構造のアクチュエータとしては、その駆動源として静電気力を利用した静電駆動方式のものが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
静電アクチュエータを備えたインクジェットヘッドは、インクノズルに連通しているインク室の底面が弾性変形可能な振動板として形成されている。この振動板には、一定の間隔で基板が対向配置されている。これらの振動板および基板には、それぞれ対向電極が配置され、これらの対向電極の間の空間は封止された状態となっている。そして、対向電極間に電圧を印加すると、これらの間に発生する静電気力によってインク室の底面(振動板)が基板の側に静電吸引あるいは静電反発されて振動する。このインク室の底面の振動に伴って発生するインク室の内圧変動によりインクノズルからインク液滴が吐出される。対向電極間に印加する電圧を制御することにより、記録に必要な時にのみインク液滴を吐出する。
ここで、対向電極間に繰り返し電圧を印加してインクジェットヘッドの駆動を繰り返していると、静電吸引特性あるいは静電反発特性が低下する現象が見られる。このような弊害を回避するために、アクチュエータ表面を疎水化処理することが考えられる。
【0004】
疎水化処理が施された静電アクチュエータとしては、特許文献2および3に開示された技術が知られている。
【0005】
【特許文献1】特開平5−50601号公報(図1、図2)
【特許文献2】特開平7−13007号公報(図2、図3)
【特許文献3】特開平10−181028号公報(図3、図4)
【0006】
特許文献2においては、静電アクチュエータであるマイクロメカニカル装置における対向電極の表面にパーフルオロデカン酸(PFDA)の配向単分子層を形成することにより、これらが駆動中に膠着状態に陥ることなどを防止するようにしている。
特許文献3においては、静電アクチュエータの対向表面にヘキサメチルジシラザン(HMDS)からなる疎水膜を形成することにより、これらが駆動中に膠着状態に陥ることなどを防止するようにしている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
今後インクジェットプリンタの耐久性向上を考えた場合、アクチュエータの駆動回数を増加させることが必要である。しかしながら、従来構成の静電アクチュエータにおいては、駆動耐久性は十分とはいえないという課題があった。すなわち、パーフルオロデカン酸(PFDA)を用いた疎水化処理では、PFDA層の付着強度上の問題があり、アクチュエータの繰り返しの動作によってPFDA層が剥離するおそれがあった。一方、ヘキサメチルジシラザン(HMDS)を用いた疎水化処理では、疎水化処理工程において、対向電極間の微小な間隙内で、アンモニアガスが発生することにより均一な疎水膜の形成が阻害されるおそれがあった。
【0008】
本発明は、駆動耐久性を増加させることが可能な静電アクチュエータ、この静電アクチュエータを備えた液滴吐出ヘッドおよびそれらの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは以前に、ヘキサメチルジシラザン(HMDS)を処理剤として用いた疎水膜に関する出願をしているが、ウエハ全面処理等の処理状態が均一になりやすい処理系では特に課題は見られなかったが、アクチュエータのレイアウト等によっては、アクチュエータの駆動耐久性に差が見られる場合があった。具体的には処理剤進入路として、ナノオーダーの微細な構造が複雑に構成された進入路の場合、処理剤進入口付近のアクチュエータ部と、進入口から最も離れたアクチュエータ部において、アクチュエータの駆動耐久特性に差が見られる場合があった。
このアクチュエータのレイアウト等によって駆動耐久性に差が生じる原因として、本発明者らはヘキサメチルジシラザンと処理基板表面のヒドロキシル基が反応して発生したアンモニアガスが特性に影響するのではないかと考えた。
化学反応で発生したアンモニアガスは、拡散で移動する。この際発生したアンモニアガスの大部分は処理容器内に拡散されるが、一部は反応部より更に奥の処理領域に拡散される。アンモニアガスの濃度が高い領域では、ヘキサメチルジシラザンとヒドロキシル基の反応速度が低下すると考えられる。その結果処理ムラが発生しやすくなり、アクチュエータの駆動耐久性に差が生じると考えた。あるいはアンモニアガスが処理面に物理吸着されることにより、処理剤で疎水化処理されない面が多く発生し、その結果アクチュエータの駆動耐久性に差が生じると考えた。
【0010】
そこで本発明者は、基板表面を疎水化でき、かつ基板表面のヒドロキシル基と反応してもアンモニアガスを発生しない処理剤を用いることで、処理剤進入路の入口からの距離によらず、アクチュエータの駆動耐久性に差が見られないことを見出し、本発明に至った。
すなわち、本発明は、一定の間隔で対向配置された相対変位可能な対向部材と、これらの対向部材の間に静電気力を発生させて当該対向部材を相対変位させる駆動手段とを有する静電アクチュエータにおいて、前記対向部材のうち少なくとも一方の部材における他方の部材との対向面に、シロキサン結合でトリアルキルシリル基、ジアルキルシリル基のうち少なくとも1つと結合させる処理剤を用いて、疎水性膜を形成したことを特徴とする静電アクチュエータである。
【0011】
上記のような処理剤を用いることにより、アンモニアガスを発生することがなく、対向部材の対向表面に均一な疎水性膜を形成することができ、静電アクチュエータの駆動耐久性を向上させることができる。
【0012】
また、アルキル基は、メチル基、エチル基、n-propyl基、n-butyl基から選ばれた官能基を含むものである。
これらの官能基はアンモニアガスを発生させないので、対向部材間の微小な間隙内でも奥深くまで進入し、対向部材の対向表面に均一な疎水性膜を形成することができる。
【0013】
また、トリアルキルシリル基のうち、少なくとも2つのアルキル基がメチル基からなるジメチルアルキルシリル基であることが望ましい。
ジメチルアルキルシリル基であれば、処理剤が嵩高いアルキル基とならず、対向部材間の微小な間隙内でも奥深くまで進入し、対向部材の対向表面に均一な疎水性膜を形成することができる。
【0014】
本発明に係る液滴吐出ヘッドは、上記のいずれかの静電アクチュエータを具備するものである。これにより、駆動耐久性が向上した液滴吐出ヘッドを提供することができる。
【0015】
本発明に係る静電アクチュエータの製造方法は、一定の間隔で対向配置された相対変位可能な対向部材と、これらの対向部材の間に静電気力を発生させて当該対向部材を相対変位させる駆動手段とを有する静電アクチュエータの製造方法であって、前記静電アクチュエータの対向部材のうち、少なくとも一方の部材における他方の部材との対向面を処理剤により表面処理する工程を含み、前記処理剤として、前記対向面をヒドロキシル化した後、アルコキシル基及びトリアルキルシリル基を有する化合物、または、アルコキシル基及びジアルキルシリル基を有する化合物を用い、表面にシロキサン結合で結合させた疎水性膜を形成することを特徴としている。
【0016】
上記のような処理剤を用いることにより、アンモニアガスを発生することがなく、対向部材の対向表面に均一な疎水性膜を形成することができ、駆動耐久性が向上した静電アクチュエータを製造することができる。
【0017】
また、本発明の静電アクチュエータの製造方法においては、アルコキシル基が、メトキシ基あるいはエトキシ基であることが望ましい。アルコキシル基がメトキシ基の場合、疎水化反応で発生する副生成物はメタノール、アルコキシル基がエトキシ基の場合、疎水化反応で発生する副生成物はメタノールである。これら副生成物は、後で述べる後処理工程で容易に除去可能であり、アクチュエータ表面の疎水化反応を妨げずに、かつ後処理工程で除去することにより、アクチュエータ特性に悪影響を及ぼさない。
【0018】
本発明に係る静電アクチュエータの製造方法は、一定の間隔で対向配置された相対変位可能な対向部材と、これらの対向部材の間に静電気力を発生させて当該対向部材を相対変位させる駆動手段とを有する静電アクチュエータの製造方法であって、前記静電アクチュエータの対向部材のうち、少なくとも一方の部材における他方の部材との対向面を処理剤により表面処理する工程を含み、前記処理剤として、前記対向面をヒドロキシル化した後、ヒドロキシル基及びトリアルキルシリル基を有する化合物を用い、表面にシロキサン結合で結合させた疎水性膜を形成することを特徴とする。
【0019】
ヒドロキシル基及びトリアルキルシリル基を有する化合物からなる処理剤を用いた場合でも、均一な疎水性膜を形成することができ、駆動耐久性に富む静電アクチュエータを製造することができる。
【0020】
また、アルキル基は、メチル基、エチル基、n-propyl基、n-butyl基から選ばれた官能基を含むものである。アルキル基を炭素数の少ない基で構成することにより、十分な疎水化能力があり、かつ処理ムラが少ないため、十分低い表面エネルギーを有する処理面を形成することが可能である。
【0021】
また、トリアルキルシリル基のうち、少なくとも2つのアルキル基がメチル基からなるジメチルアルキルシリル基であることが望ましい。
ジメチルアルキルシリル基であれば、処理剤が嵩高いアルキル基とならず、対向部材間の微小な間隙内でも奥深くまで進入し、対向部材の対向表面に均一な疎水性膜を形成することができる。
【0022】
また、前記対向面の表面処理工程に先立って、前記対向面に付着した水分を除去する前処理工程を含むことが望ましい。
この前処理工程により、対向面に付着した水分を表面処理工程に先立って除去することができるので、処理剤の付着状況の安定化を図ることができる。さらに、前処理工程は、被処理物を入れた処理槽内を真空にするとともに加熱する真空加熱工程であることが望ましい。
【0023】
また、前記対向面の表面処理工程後に、前記対向面に形成される副生成物を除去する後処理工程を含むものである。
【0024】
本発明で使用する前記処理剤は、副生成物として、アルコール、または水を生じさせるので、これらの副生成物を除去するために、後処理を行う必要がある。この場合、後処理工程は、被処理物を入れた処理槽内を真空にするとともに加熱する真空加熱工程であることが望ましい。
【0025】
本発明に係る液滴吐出ヘッドの製造方法は、上記のいずれかの静電アクチュエータの製造方法を用いて液滴吐出ヘッドを製造するものである。
これによって、駆動耐久性に富むインクジェットヘッド等の液滴吐出ヘッドを提供することができる。
【0026】
本発明に係る液滴吐出ヘッドの製造方法は、上記のいずれかの静電アクチュエータの製造方法を用いて液滴吐出ヘッドを製造するものである。
これによって、駆動耐久性に富むインクジェットヘッド等の液滴吐出ヘッドを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明の静電アクチュエータを備えた液滴吐出ヘッドの実施形態を図面に基づいて説明する。ここでは、液滴吐出ヘッドの一例として、ノズル基板の表面に設けられたインクノズルからインク液滴を吐出するフェイス吐出型のインクジェットヘッドについて図1乃至図4を参照して説明する。なお、本発明は、以下の図に示す構造、形状に限定されるものではなく、基板の端部に設けられたインクノズルからインク液滴を吐出するエッジ吐出型のインクジェットヘッドにも適用できるものである。
【0028】
図1は、本実施形態に係るインクジェットヘッドの概略構成を分解して示す分解斜視図であり、一部を断面で表してある。図2は、組み立てられた状態の概略構成を示すインクジェットヘッドの断面図である。図3は、このインクジェットヘッドにおける、静電アクチュエータ部の長手方向の拡大断面図で、図4はその静電アクチュエータ部の幅方向の拡大断面図である。なお、図1および図2では、通常使用される状態とは上下逆に示されている。
【0029】
本実施形態のインクジェットヘッド(液滴吐出ヘッドの一例)10は、図1および図2に示すように、複数のインクノズル(ノズル孔)11が所定のピッチで設けられたノズル基板1と、各インクノズル11に対して独立にインク供給路が設けられたキャビティ基板2と、キャビティ基板2の振動板22に対峙して個別電極31が配設された電極基板3とを貼り合わせることにより構成されている。
【0030】
本実施形態における静電アクチュエータは、弾性変形可能な一方の対向部材である上記振動板22と、この振動板22に絶縁膜26および一定の間隙(ギャップ)Gを介して対向配置された他方の対向部材である上記個別電極31と、これら個別電極31と振動板22との間に駆動電圧を印加し静電気力を発生させる駆動制御回路(駆動手段)4とを備え、さらに図3、図4に示すように、振動板22の下面に形成された絶縁膜26の表面には本発明の処理剤を用いて疎水性膜29が形成されている。
以下、このインクジェットヘッド10を構成する各基板の構成について説明する。
【0031】
ノズル基板1は、例えば厚さ100μmのシリコン基板から作製されており、複数のインクノズル11が形成されている。各インクノズル11には、図2に示すように、ノズル基板1の表面に対して垂直な筒状の噴射口部分11aと、噴射口部分11aと同軸上に設けられ噴射口部分11aよりも径(あるいは横断面積)の大きい導入口部分11bとが設けられている。このようにインクノズル11を2段の孔を持つ構造とすることにより、インク液滴の吐出方向をインクノズル11の中心軸方向に揃えることができ、安定したインク吐出特性を発揮させることができる。すなわち、インク液滴の飛翔方向のばらつきがなくなり、またインク液滴の飛び散りがなく、インク液滴の吐出量のばらつきを抑制することができる。
また、ノズル基板1の図2において下面(キャビティ基板2との接合側の面)にはインク流路の一部を形成する細溝状のオリフィス13が設けられている。
【0032】
キャビティ基板2は、例えば厚さ140μmのシリコン基板から作製されている。このシリコン基板に異方性ウェットエッチングを施すことにより、インク流路のインク室(吐出室)21およびリザーバ23を構成するための凹部24、25が形成される。凹部24は前記インクノズル11に対応する位置に独立に複数形成される。したがって、図2に示すようにノズル基板1とキャビティ基板2を接合した際、各凹部24はインク室21を構成し、それぞれインクノズル11に連通しており、またインク供給口である前記オリフィス13ともそれぞれ連通している。そして、インク室21(凹部24)の底壁が前記振動板22となっている。なお、振動板22はシリコン基板に高濃度のボロンを所要の厚さで拡散することにより形成したボロンドープ層により構成することもできる。振動板をボロンドープ層で構成することにより、ボロンドープ層の面でエッチングストップが十分に働くため、振動板の面荒れを抑制でき、かつその厚さを高精度に加工することができる。
【0033】
他方の凹部25は、液状材料のインクを貯留するためのものであり、各インク室21に共通のリザーバ(共通インク室)23を構成する。そして、リザーバ23(凹部25)はそれぞれオリフィス13を介して全てのインク室21に連通している。また、リザーバ23の底部には後述する電極基板3を貫通する孔が設けられ、この孔のインク供給孔34を通じて図示しないインクカートリッジからインクが供給されるようになっている。
【0034】
また、キャビティ基板2の全面もしくは少なくとも電極基板3と対向する面には熱酸化やプラズマCVD(Chemical Vapor Deposition)によりSiO2やTEOS(Tetraethylorthosilicate Tetraethoxysilane:テトラエトキシシラン、珪酸エチル)膜等からなる絶縁膜26が膜厚0.1μmで施されている。この絶縁膜26は、インクジェットヘッドを駆動させた時の絶縁破壊や短絡を防止する目的で設けられる。さらに、この絶縁膜26の表面には、後述するように本発明の処理剤で表面処理された疎水性膜29が形成されている。
キャビティ基板2の上面すなわちノズルプレート1と対向する面(インク室21、リザーバ23の内面を含む)には、図示しないインク保護膜が同じくSiO2膜(TEOS膜を含む)により形成されている。このインク保護膜は、インクにより流路の腐食を防ぐために設けられている。
【0035】
電極基板3は、例えば厚さ約1mmのガラス基板から作製される。中でも、キャビティ基板2のシリコン基板と熱膨張係数の近い硼珪酸系の耐熱硬質ガラスを用いるのが適している。これは、電極基板3とキャビティ基板2を陽極接合する際、両基板の熱膨張係数が近いため、電極基板3とキャビティ基板2との間に生じる応力を低減することができ、その結果剥離等の問題を生じることなく電極基板3とキャビティ基板2を強固に接合することができるからである。なお、電極基板3にはキャビティ基板2と同じ材料のシリコン基板を用いてもよい。
【0036】
電極基板3には、キャビティ基板2の各振動板22に対向する面の位置にそれぞれ凹部32が設けられている。凹部32は、エッチングにより深さ約0.2μmで形成されている。そして、各凹部32内には、例えばITO(Indium Tin Oxide:インジウム錫酸化物)からなる個別電極31が、例えば0.1μmの厚さでスパッタにより形成されている。したがって、振動板22と個別電極31との間に形成されるギャップ(間隙)Gは、この凹部32の深さ、個別電極31および振動板22を覆う絶縁膜26の厚さにより決まることになる。このギャップGはインクジェットヘッドの吐出特性に大きく影響する。上記の例ではキャビティ基板2と電極基板3の接合後における振動板22下面の絶縁膜26と個別電極31との間のギャップGは0.1μmとなっている。このギャップGの開放端部は、キャビティ基板2の後端部に設けられた封止用貫通孔28に例えばTEOSやエポキシ接着剤等からなる封止材27を充填することによって気密に封止される。これにより、湿気や塵埃等がギャップへ侵入するのを防止することができ、インクジェットヘッド10の信頼性を高く保持することができる。
【0037】
個別電極31は、リード部31aと、フレキシブル配線基板(図示せず)に接続される端子部31bとを有する。端子部31bは、フレキシブル配線基板の接続を容易にするためにキャビティ基板2の後端部が開口された電極取り出し部35内に露出している。
【0038】
ここで、各インク室21の底壁で構成される振動板22は、各インク室側の共通電極として機能する。そして、図3、図4に示すように、この振動板22の下面に形成される絶縁膜26の表面は本発明の処理剤で表面処理をすることにより疎水性膜29が形成されている。この共通電極としての振動板22に対峙するように、電極基板3の凹部表面には、ITOからなる個別電極31が形成されている。絶縁膜26およびギャップGを挟み、共通電極である各インク室底壁の振動板22と、これに対応する各個別電極31とで静電アクチュエータの対向電極を形成している。
【0039】
上述したように、ノズル基板1、キャビティ基板2、および電極基板3は、図2に示すように貼り合わせることによりインクジェットヘッド10の本体部が作製される。すなわち、キャビティ基板2と電極基板3は一般に陽極接合により接合され、そのキャビティ基板2の上面(図2において上面)にノズル基板1が接着等により接合される。
そして最後に、図1、図2に簡略化して示すように、ドライバIC等の駆動制御回路(駆動手段)4が各個別電極31の端子部31bとキャビティ基板2上に設けられた共通電極(図示せず)とに前記フレキシブル配線基板(図示せず)を介して接続される。
以上により、インクジェットヘッド10が完成する。
【0040】
次に、以上のように構成されるインクジェットヘッド10の動作を説明する。
駆動制御回路4は、個別電極31に電荷の供給および停止を制御する発振回路である。この発振回路は例えば24kHzで発振し、個別電極31に例えば0Vと30Vのパルス電位を印加して電荷供給を行う。発振回路が駆動し、個別電極31に電荷を供給して正に帯電させると、個別電極31と振動板22間に静電気力(クーロン力)が発生する。したがって、この静電気力により振動板22は個別電極31に引き寄せられて撓む(変位する)。これによってインク室21の容積が増大する。そして、個別電極31への電荷の供給を止めると振動板22はその弾性力により元に戻り、その際、インク室21の容積が急激に減少するため、そのときの圧力によりインク室21内のインクの一部がインク液滴としてインクノズル11より吐出する。振動板22が次に同様に変位すると、インクがリザーバ23からオリフィス13を通じてインク室21内に補給される。
なお、インクジェットヘッド10で使用されるインクとしては、水、アルコール等の主溶媒にエチレングリコール等の界面活性剤と、染料または顔料とを溶解または分散させることにより調製される。
【0041】
次に、図5を参照して、本実施形態の静電アクチュエータを備えたインクジェットヘッド10の製造方法を説明する。
【0042】
図5は、本インクジェットヘッド10の製造工程の概要を示す概略フローチャートである。この図に示すように、まず、ステップS1において、インクジェットヘッド10を構成するノズル基板1、キャビティ基板2、電極基板3をそれぞれウエハから加工して製造する。
次に、ステップS2において、図6に示すように、それらの3部材のウエハを相互に接合して多数のインクジェットヘッド10(ここでは、インクジェットヘッド10の前記本体部を指す)をもつウエハ組立体100を形成する。すなわち、ギャップGが形成されるように、キャビティ基板2の底面側に電極基板3を陽極接合により接合する。そして、そのキャビティ基板2の上面にノズル基板1を接着剤により接着して接合する。なお、ウエハ組立体100におけるインクジェットヘッド10は、前述のようにキャビティ基板2の後端部がエッチング加工により開口され電極取り出し部35が形成されているので、この電極取り出し部35を通じて以下に示す各処理が行われる。
【0043】
次に、ステップS3の前処理工程において、インクジェットヘッド10の被処理面(ギャップGの内面)を乾燥させる。すなわち、この工程では、ウエハ組立体(被処理物)100の被処理面に付着している水分を除去する。例えば、図7に示すような加工装置を使用し、その処理槽201内に上記ウエハ組立体100を入れ、不活性ガスとして例えば窒素を用い、窒素導入バルブ202を開けて窒素導入口より窒素を処理槽201内に供給すると同時に排気バルブ203を開けて処理槽201内を窒素ガス雰囲気に置換すれば良い。この際静電アクチュエータの内部、すなわちギャップG内も同様に窒素ガス雰囲気に置換される。このような前処理工程を行うと、被処理面の表面処理状況の安定化を図ることができる。すなわち、振動板22の下面に形成された絶縁膜26の表面から付着水分を除去して、次の工程における処理剤の付着状態にばらつきが発生するのを回避できる。なお図7において、204はヒータである。
また、この前処理工程では被処理面の付着水分を除去するために真空加熱処理を採用することもできる。真空加熱処理の条件は、例えば、インクジェットヘッドのウエハ組立体100を入れた処理槽201を温度340℃、真空度10-3Torrで9分間保持し、次に窒素ガス雰囲気にして1分間保持し、このサイクルを合計12サイクル繰り返すものである。
【0044】
次に、ステップS4の表面処理工程において、絶縁膜26の表面に、図8に模式的に示すような疎水性膜29を形成する。本発明においては処理剤として、絶縁膜表面と反応するための官能基、具体的にはアルコキシル基、又はヒドロキシル基と、絶縁膜表面を低表面エネルギー化するための官能基、具体的にはアルキル基、の両方を有する化合物を用いる。アルコキシル基、ヒドロキシル基は、親水化処理された絶縁膜表面との反応性が高く、アクチュエータ部の絶縁膜表面の全面を均一に表面処理することが可能である。
【0045】
化学構造中に、アルコキシル基又はヒドロキシル基と、アルキル基とを有する化合物は多数あるが、本発明においては、1つのアルコキシル基と3つのアルキル基と1つの珪素原子より成るトリアルキルアルコキシシリル化合物、又は、2つのアルコキシル基と2つのアルキル基と1つの珪素原子より成るジアルキルジアルコキシシリル化合物を用いることが望ましい。また1つのヒドロキシル基と3つのアルキル基と1つの珪素原子より成るトリアルキルアルコキシシラノール化合物を用いることも可能である。
【0046】
ここで、アルキル基として、アルキル基の水素をフッ素に置換した、フッ化アルキル基を含有することが望ましい。フッ化アルキル基はアルキル基より表面エネルギーが小さいため、アクチュエータの駆動耐久性がより向上する。
また、トリアルキルシリル基のうち、少なくとも2つのアルキル基がメチル基からなるジメチルアルキルシリル基であることが望ましい。処理剤が嵩高いアルキル基から構成される場合、アルキル基の種類によってはアクチュエータ部における絶縁膜表面の全面が均一に表面処理されにくくなり、アクチュエータの駆動耐久性が向上しないからである。ジメチルアルキルシリル基であれば、このような問題は生じない。
【0047】
また、上記の表面処理は液相処理、気相処理のいずれを用いることも可能であるが、均一な処理面が得られやすい気相処理を用いるのが望ましい。本実施形態においては、気相処理により、7Lの処理槽、4インチのウエハ組立体に対し、300μLの処理剤、すなわち下記に示すトリアルキルアルコキシシリル化合物のtrimethylmethoxysilaneを用いて、常温で30時間反応させることにより、疎水性膜29を絶縁膜26の底面に形成した。なお、気相処理においては、処理剤の蒸気圧が適度な値であることが必要である。従って、前記一般式で表される処理剤の中でも、常温での蒸気圧が比較的低い化合物、具体的には処理剤の1つのアルキル基が構成される炭素数が4以下の化合物を用いることが望ましい。
【0048】
また、本発明に用いられる処理剤の場合、アルコキシル基と絶縁膜表面のヒドロキシル基が反応するとアルコールが発生し、処理剤のヒドロキシル基と絶縁膜表面のヒドロキシル基が反応すると水が発生する。これらの副生成物がアクチュエータ部の絶縁膜表面に付着すると、アクチュエータの貼り付きの原因となる。従って、本実施形態の製造方法においては、表面処理工程で発生するアルコール、水を除去する後処理工程が必要となる。後処理工程については後述するが、アルコキシドとしては、発生するアルコールを容易に除去可能な、低級アルコキシド、望ましくは炭素数が3以下の直鎖アルコキシドを使用することが望ましい。
【0049】
上記の条件を満たす具体的な処理剤としては、下記に示すような化合物が市販されているので、その中から適切なものを選んで使用すればよい。
<トリアルキルアルコキシシリル化合物>
*trimethylmethoxysilane
*trimethylethoxysilane
*(3,3,3-trifluoropropyl)dimethylmethoxysilane
*n-propyldimethylmethoxysilane
*n-butyldimethylmethoxysilane
<ジアルキルジアルコキシシリル化合物>
*dimethyldimethoxysilane
*dimethyldiethoxysilane
*diethyldiethoxysilane
*di-n-bytyldimethoxysilane
*isobutylmethyldimethoxysilane
<トリアルキルアルコキシシラノール化合物>
*trietylsilanol
*t-butyldimethylsilanol
【0050】
次に、ステップS5の後処理工程においては、上記表面処理工程で発生した低級アルコールや水を確実に除去するために実施するものである。
後処理工程は、副生成物の低級アルコールや水を除去可能な方法であれば特に制限はないが、例えば表面処理後、インクジェットヘッド10のウエハ組立体100を真空下、望ましくは加熱真空下に置き、アルコール又は水を除去する方法が望ましい。更に次の気密封止工程で空気中の水分の侵入を防止するため、後処理工程後、処理槽内を窒素置換することにより、アクチュエータ内部を窒素置換することが望ましい。
【0051】
次に、ステップS6の気密封止工程において、窒素置換した処理槽内からインクジェットヘッド10のウエハ組立体を取り出して、絶縁膜26と個別電極31との間の空間を封止剤27を用いて気密封止する。これにより、所定の密封されたギャップGが形成され、静電アクチュエータが形成される。その後、ウエハ組立体100をダイシングにより個々のヘッドに切断することにより、インクジェットヘッド10が完成する。
【0052】
以上のように、本実施形態のインクジェットヘッドの製造方法によれば、前述した処理剤を用いることにより、アンモニアガスを発生させることなく、絶縁膜26の表面に、かつそれらの先端部の奥深くまで均一な疎水性膜29を形成することができ、アクチュエータの駆動耐久性を向上させることができる。
【0053】
上記の実施形態では、静電アクチュエータおよびインクジェットヘッドならびにそれらの製造方法について述べたが、本発明は上記の実施形態に限定されるものでなく、本発明の思想の範囲内で種々変更することができる。例えば、インクノズルより吐出される液状材料を変更することにより、インクジェットプリンタのほか、液晶ディスプレイのカラーフィルタの製造、有機EL表示装置の発光部分の形成、遺伝子検査等に用いられる生体分子溶液のマイクロアレイの製造など様々な用途の液滴吐出装置として利用することができる。
また、振動板は、両端支持梁もしくは略長方形の全周が固定された薄板の形式のものとして説明したが、カンチレバー形式のものでもよい。また、振動板の形状は特に限定されない。例えば円形でもよく、円形の振動板を持つ静電アクチュエータは、例えばマイクロポンプのダイヤフラム部に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の静電アクチュエータを備えたインクジェットヘッドの概略構成を示す分解斜視図。
【図2】図1のインクジェットヘッドの組立状態を示す概略断面図。
【図3】図2のインクジェットヘッドにおける静電アクチュエータ部の長手方向の拡大断面図。
【図4】図3の静電アクチュエータ部の幅方向の拡大断面図。
【図5】図2のインクジェットヘッドの製造方法の一例を示す製造工程の概略フローチャート。
【図6】ウエハ組立体の部分断面図。
【図7】本発明において使用する加工装置の概要構成図。
【図8】本発明の処理剤により形成された疎水性膜を示す模式図。
【符号の説明】
【0055】
1 ノズル基板、2 キャビティ基板、3 電極基板、4 駆動制御回路(駆動手段)、10 インクジェットヘッド、11 インクノズル、13 オリフィス、21 インク室、22 振動板、23 リザーバ、26 絶縁膜、27 封止材、28 封止用貫通孔、29 疎水性膜、31 個別電極、32 凹部、34 インク供給孔、35 電極取り出し部、100 ウエハ組立体、201 処理槽。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一定の間隔で対向配置された相対変位可能な対向部材と、これらの対向部材の間に静電気力を発生させて当該対向部材を相対変位させる駆動手段とを有する静電アクチュエータにおいて、
前記対向部材のうち少なくとも一方の部材における他方の部材との対向面に、シロキサン結合でトリアルキルシリル基、ジアルキルシリル基のうち少なくとも1つと結合させる処理剤を用いて、疎水性膜を形成したことを特徴とする静電アクチュエータ。
【請求項2】
アルキル基が、メチル基、エチル基、n-propyl基、n-butyl基から選ばれた官能基を含むことを特徴とする請求項1記載の静電アクチュエータ。
【請求項3】
トリアルキルシリル基のうち、少なくとも2つのアルキル基がメチル基からなるジメチルアルキルシリル基であることを特徴とする請求項1または2記載の静電アクチュエータ。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載の静電アクチュエータを具備することを特徴とする液滴吐出ヘッド。
【請求項5】
一定の間隔で対向配置された相対変位可能な対向部材と、これらの対向部材の間に静電気力を発生させて当該対向部材を相対変位させる駆動手段とを有する静電アクチュエータの製造方法であって、前記静電アクチュエータの対向部材のうち、少なくとも一方の部材における他方の部材との対向面を処理剤により表面処理する工程を含み、前記処理剤として、前記対向面をヒドロキシル化した後、アルコキシル基及びトリアルキルシリル基を有する化合物、または、アルコキシル基及びジアルキルシリル基を有する化合物を用い、表面にシロキサン結合で結合させた疎水性膜を形成することを特徴とする静電アクチュエータの製造方法。
【請求項6】
アルコキシル基が、メトキシ基あるいはエトキシ基であることを特徴とする請求項5記載の静電アクチュエータの製造方法。
【請求項7】
一定の間隔で対向配置された相対変位可能な対向部材と、これらの対向部材の間に静電気力を発生させて当該対向部材を相対変位させる駆動手段とを有する静電アクチュエータの製造方法であって、前記静電アクチュエータの対向部材のうち、少なくとも一方の部材における他方の部材との対向面を処理剤により表面処理する工程を含み、前記処理剤として、前記対向面をヒドロキシル化した後、ヒドロキシル基及びトリアルキルシリル基を有する化合物を用い、表面にシロキサン結合で結合させた疎水性膜を形成することを特徴とする静電アクチュエータの製造方法。
【請求項8】
アルキル基が、メチル基、エチル基、n-propyl基、n-butyl基から選ばれた官能基を含むことを特徴とする請求項5乃至7のいずれかに記載の静電アクチュエータの製造方法。
【請求項9】
トリアルキルシリル基のうち、少なくとも2つのアルキル基がメチル基からなるジメチルアルキルシリル基であることを特徴とする請求項5乃至8のいずれかに記載の静電アクチュエータの製造方法。
【請求項10】
前記対向面の表面処理工程に先立って、前記対向面に付着した水分を除去する前処理工程を含むことを特徴とする請求項5乃至9のいずれかに記載の静電アクチュエータの製造方法。
【請求項11】
前記前処理工程は、被処理物を入れた処理槽内を真空にするとともに加熱する真空加熱工程であることを特徴とする請求項10記載の静電アクチュエータの製造方法。
【請求項12】
前記対向面の表面処理工程後に、前記対向面に形成される副生成物を除去する後処理工程を含むことを特徴とする請求項5乃至11のいずれかに記載の静電アクチュエータの製造方法。
【請求項13】
前記後処理工程は、被処理物を入れた処理槽内を真空にするとともに加熱する真空加熱工程であることを特徴とする請求項12記載の静電アクチュエータの製造方法。
【請求項14】
請求項5乃至13のいずれかに記載の静電アクチュエータの製造方法を用いて液滴吐出ヘッドを製造することを特徴とする液滴吐出ヘッドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−160831(P2007−160831A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−362986(P2005−362986)
【出願日】平成17年12月16日(2005.12.16)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】