説明

非線形光学顕微鏡

【課題】検出感度の高い分光型の非線形光学顕微鏡を提供する。
【解決手段】本発明の非線形顕微鏡を例示する一態様は、光源(12)から発せられた照明光を物体(10A)上に集光する集光光学系(17)と、前記物体へ向かう前記照明光の進路を時間変化させることにより前記照明光の集光点で前記物体上を二次元走査する走査手段(16)と、前記物体から前記照明光の強度と非線形な強度で発せられる信号光による前記物体の像を、前記走査手段を介することなく形成する結像光学系(20)と、前記結像光学系の像面に二次元配置された受光素子アレイ(21)と、前記受光素子アレイに向かう前記信号光を前記二次元走査の副走査方向にかけて分光する分光手段(18)とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二光子励起蛍光顕微鏡、コヒーレントアンチストークスラマン散乱顕微鏡(CARS:Coherent anti-Stokes Raman scattering)などの非線形光学顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、バイオ産業の勢いはとどまるところを知らず、とりわけ生体試料をターゲットとした三次元分解顕微鏡の需要は高まる一方である。その中でも共焦点蛍光顕微鏡は古くから現在に至るまで広く使われている。
通常の共焦点蛍光顕微鏡は、物体に照射する光(照明光)の強度と、物体で発生する光(信号光)の強度との関係が線形となる線形光学顕微鏡であるが、近年はその関係が非線形となる非線形光学顕微鏡の研究開発が盛んに行われている。
例えば、二光子励起蛍光顕微鏡(非特許文献1等を参照)は、長い波長の励起光(近赤外線)で蛍光物質を励起するので、被観察物の深部を観察することが可能である。
因みに、非線形光学顕微鏡へ分光機能を付加する場合には、検出側のピンホール(又はスリット)の後ろ側へ分光素子を配置し、分光素子で生じた各波長の回折光を互いに異なる受光素子で個別に検出すればよいと考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Winfried Denk et al. "Two-Photon Laser Scanning Fluorescence Microscopy", Science, New Series, Vol. 248, No. 4951(April 6, 1990), pp. 73-76
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、この分光方法では回折光が微弱となり、検出感度が不足する可能性の高いことが判明した。
【0005】
そこで本発明は、検出感度の高い分光型の非線形光学顕微鏡を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の非線形顕微鏡を例示する一態様は、光源から発せられた照明光を物体上に集光する集光光学系と、前記物体へ向かう前記照明光の進路を時間変化させることにより前記照明光の集光点で前記物体上を二次元走査する走査手段と、前記物体から前記照明光の強度と非線形な強度で発せられる信号光による前記物体の像を、前記走査手段を介することなく形成する結像光学系と、前記結像光学系の像面に二次元配置された受光素子アレイと、前記受光素子アレイに向かう前記信号光を前記二次元走査の副走査方向にかけて分光する分光手段とを備える。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、検出感度の高い分光型の非線形光学顕微鏡が実現する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】二光子励起蛍光顕微鏡装置の構成図。
【図2】撮像素子21上における各波長の回折光の入射領域を示す図。
【図3】スキャン時における入射領域Asの移動パターンを示す図。
【図4】或るラインに対するxスキャン時の入射領域Asの軌跡Tと、次のラインに対するxスキャン時の入射領域Asの軌跡T’とを示す図。
【図5】第1実施形態のコントロールユニット30の動作フローチャート。
【図6】ステップS19を説明する図。
【図7】第2実施形態のコントロールユニット30の動作フローチャート。
【図8】ステップS19’を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[第1実施形態]
以下、本発明の第1実施形態として分光型の二光子励起蛍光顕微鏡装置を説明する。
【0010】
図1は、本装置の構成図である。図1に示すとおり本装置には、フェムト秒パルスレーザ光源12と、ビームエキスパンダ13と、スキャナ16と、ダイクロイックミラー15と、リレー光学系14Aと、対物レンズ17と、標本ステージ11と、リレー光学系14Bと、分光検出部200と、コントロールユニット30とが備えられる。
【0011】
ステージ11には標本10Aが載置される。標本10Aは、蛍光色素により標識された細胞試料である。ここでは、その蛍光色素の励起波長(一光子励起により励起する波長)を405nmとし、その蛍光色素の蛍光波長を500nm及びその近傍とする。それに対応するべくフェムト秒パルスレーザ光源12は、照明光として、中心波長が810nmであるフェムト秒パルスレーザ光を例えば100kHzの周波数で射出する。
【0012】
フェムト秒パルスレーザ光源12から射出した照明光は、ビームエキスパンダ13により径の太い光束に変換され、スキャナ16、ダイクロイックミラー15、リレー光学系14A、対物レンズ17を順に介した後、標本10Aに向けて集光する。なお、ダイクロイックミラー15の特性は、波長が810nm及びその近傍である光を反射し、波長が500nm及びその近傍である光を透過する特性に設定されている。
【0013】
標本10Aにおいて、照明光の照射領域(レーザスポット)の中央に位置する微小領域では、蛍光分子が二光子励起され、波長が500nm及びその近傍である蛍光(二光子励起蛍光)が発生する。この二光子励起蛍光が本装置の信号光である。レーザスポットの中央から外れた領域では、二光子励起が生じないので、蛍光は発生しない。なお、レーザスポットのサイズは、対物レンズ17のNAが大きいほど小さくなり、それに伴い、前記した微小領域のサイズも小さくなる。
【0014】
レーザスポットの微小領域で発生した二光子励起蛍光は、そのレーザスポットを形成した照明光の光路を逆向きに辿り、対物レンズ17、リレー光学系14Aを通過後、ダイクロイックミラー15を透過し、リレー光学系14Bを介して分光検出部200へ入射する。
【0015】
分光検出部200には、分光素子18と、バンドパスフィルタ19と、結像光学系20と、撮像素子21とがこの順で配置される。分光検出部200の入射部には、ピンホールやスリットが設けられていない。
【0016】
分光素子18は、反射型の一次元回折格子であり、対物レンズ17の瞳と共役な位置に配置される。分光素子18は、リレー光学系14Bの側から入射した二光子励起蛍光を各波長の回折光(一次回折光)に分離する。
【0017】
バンドパスフィルタ19は、分光素子18から撮像素子21に向けて不要な光が入射するのを防ぐ。ここでは、本装置の観察対象波長域を400〜580nmとし、バンドパスフィルタ19の特性は、その波長域の光を透過し、他の波長域の光をカットする特性に設定されるものとする。
【0018】
結像光学系20は、対物レンズ17及びリレー光学系14Bと共に、撮像素子21と標本10Aとを共役に結ぶ働きがある。分光素子18から結像光学系20へ入射した各波長の回折光は、結像光学系20を通過した後、撮像素子21上の互いに異なる位置へ入射する。なお、ここでは、結像光学系20の焦点距離fを60mmとし、標本10Aから撮像素子21までの全光学系の倍率Mを30倍とする。
【0019】
撮像素子21は、二次元的に画素を配置した電子増倍CCD(EM−CCD)である。撮像素子21は、電子シャッター又はメカシャッターを備え、そのシャッターはコントロールユニット30によって駆動される。シャッターの開閉により、撮像素子21の電荷蓄積タイミングは制御される。この制御により撮像素子21が生成した画像(画像信号)は、コントロールユニット30に取り込まれる。なお、ここでは、撮像素子21の画素ピッチPCCDを8μmとし、撮像素子21の有効画素数を1024x1024とする。
【0020】
スキャナ16には、1対のガルバノミラー(主走査用のxスキャンミラー16x、副走査用のyスキャンミラー16y)が、互いの回転軸が直交する姿勢関係で配置されている。このスキャナ16は、コントロールユニット30によって駆動される。
【0021】
xスキャンミラー16xが駆動されると、レーザスポットが標本10A上を所定方向(x方向)へスキャン(xスキャン)する。また、スキャナ16のyスキャンミラー16yが駆動されると、レーザスポットが標本10A上をx方向と垂直な方向(y方向)へスキャン(yスキャン)する。よって、スキャナ16がxスキャンミラー16xの角度を1往復させる毎にyスキャンミラー16yの角度を1ピッチ分ずつ変化させれば、レーザスポットで標本10A上を二次元的にスキャンすることができる。なお、ここでは、レーザスポットによる全スキャン領域(実視野)のサイズを、0.2×0.2mmとする。
【0022】
以上の構成では、標本10Aの側から分光検出部200へ向かう二光子励起蛍光は、スキャナ16を経由しない。さらに、ピンホールも用意されておらず、これによって減衰することもない。したがって、分光検出部200へ入射する二光子励起蛍光の強度は、高く保たれる。但し、分光検出部200へ入射する二光子励起蛍光がスキャナ16を経由していない場合、分光素子18に対する二光子励起蛍光の入射角度がスキャンに伴い変化する可能性がある。
【0023】
それに対処するため、本装置では、分光素子18の格子方向は、xスキャンに対応する方向に設定される。この場合、回折光の分岐方向は、yスキャンに対応する方向となる。なお、ここでは、分光素子18の溝本数を100本/mm(ピッチPは100μm)とする。
【0024】
また、分光素子18の配置姿勢は、y方向のスキャン位置(スキャン座標y)が全スキャン領域の中心にあるときにおける二光子励起蛍光の入射角度αが45°になるように設定される。
【0025】
また、結像光学系20の光軸方向は、スキャン座標yが全スキャン領域の中心にあるときに分光素子18で発生する基準波長の回折光(ここでは波長500nmの回折光とする。)の進行方向と同じに設定される。なお、分光素子18の配置姿勢及び溝本数が前述したとおりであった場合には、分光素子18から射出する基準波長の回折光の出射角度φは、49.2°となる。
【0026】
図2は、撮像素子21に対する各波長の回折光の入射領域Asを示す図である(なお、図2では、スキャン位置が全スキャン領域の中心であるときの様子を示している。)。前述したとおり回折光の分岐方向はy方向に対応する方向(Y方向)なので、入射領域AsはY方向に長い領域となる。この入射領域Asの中央が、基準波長の回折光の入射位置である。因みに、分光素子18のピッチP、結像光学系の焦点距離f、撮像素子21の画素ピッチPCCDがそれぞれ前述した値に設定された場合、入射領域AsのY方向の長さは約200画素分になる。
【0027】
また、入射領域Asは、xスキャンに伴いそれに対応する方向(X方向)へ移動するが、入射領域Asの長手方向はY方向なので、1ライン分のxスキャン中には、同一画素へ互いに異なるスキャン位置からの二光子励起蛍光が重畳して入射する可能性は無い。
【0028】
図3は、スキャン時における入射領域Asの移動パターンを示す図である。図3に示したとおり入射領域Asは、xスキャンに伴いX方向へ移動し、yスキャンに伴いY方向へ移動する(なお、yスキャンに伴い入射領域AsのY方向の長さも若干変化する。また、点線で示した移動軌跡は、照明光がオフにされている期間の移動軌跡である。)。その結果、入射領域Asは、全スキャン領域に対応する領域A1内を二次元的に移動する(以下、この領域A1を「全入射領域A1」と称す。)。
【0029】
但し、yスキャンのピッチは、撮像素子21の1〜2画素分に相当し、入射領域AsのY方向の長さより短い。よって、図4に示すとおり、或るラインに対するxスキャン時の入射領域Asの軌跡Tと、次のラインに対するxスキャン時の入射領域Asの軌跡T’とは、重複する。よって、或るラインに対するxスキャンと次のラインに対するxスキャンとを連続して行うと、同一画素へ互いに異なるスキャン位置からの二光子励起蛍光が重畳して入射する。
【0030】
そこで、本実施形態のコントロールユニット30は、1ライン分のxスキャンを行う毎に撮像素子21から画像を取り込む(詳細は後述)。
【0031】
以下、標本10Aの上のスキャン位置(スキャン座標(x,y))と、撮像素子21上の回折光の入射位置(CCD座標(X,Y))との関係を説明する。なお、ここでは、スキャン座標(x,y)の原点を全スキャン領域(実視野)の中心に採り、CCD座標(X,Y)の原点を全入射領域A1の中心に採る。
【0032】
先ず、スキャン座標xとCCD座標Xとの関係は、波長λに依存せず、以下の式(1)で表される。
【0033】
X=xM…(1)
一方、スキャン座標yとCCD座標Yとの関係は、波長λに依存し、以下の式(2)で表される。
【0034】
Y=fsin(sin−1(λ/P−sin(α+sin−1(yM/f)))−φ)…(2)
したがって、本実施形態のコントロールユニット30は、撮像素子21が生成した画像を、これらの式(1)、(2)に基づき処理する(詳細は後述)。
【0035】
図5は、本実施形態のコントロールユニット30の動作フローチャートである。以下、各ステップを順に説明する。
【0036】
ステップS11:コントロールユニット30は、yスキャンミラー16yの角度設定により、スキャン座標yを初期値y(全スキャン領域の端)に設定する。
【0037】
ステップS12:コントロールユニット30は、xスキャンミラー16xの角度設定により、スキャン座標xを初期値x(全スキャン領域の端)に設定する。
【0038】
ステップS13:コントロールユニット30は、撮像素子21のシャッターを開放する。
【0039】
ステップS14:コントロールユニット30は、xスキャンミラー16xを駆動し、xスキャンを1ライン分だけ行う。
【0040】
ステップS15:コントロールユニット30は、撮像素子21のシャッターを閉鎖する。
【0041】
ステップS16:コントロールユニット30は、撮像素子21から画像を読み出し、その画像を、現在のスキャン座標yに対応付けてコントロールユニット30内のメモリへ格納する。
【0042】
ステップS17:コントロールユニット30は、全スキャン領域のスキャンが終了したか否か(スキャン座標yが最終値yendになったか否か)を判別し、終了していない場合にはステップS18へ移行し、終了した場合にはステップS19へ移行する。
【0043】
ステップS18:コントロールユニット30は、yスキャンミラー16yの角度調整によりスキャン座標yを次の値に変更してからステップS12に戻る。よって、ステップS12〜S16は、スキャン座標yが最終値yendになるまで繰り返され、コントロールユニット30のメモリには、図6(A)に示すとおりスキャン座標yの設定数と同数の画像が格納されることになる。これらの画像は、スキャン座標yが初期値yであったときの画像I、スキャン座標yが2番目の値yであったときの画像I、スキャン座標yが3番目の値yであったときの画像I、…、及びスキャン座標yが最終値yendであったときの画像Iendである。
【0044】
ステップS19:コントロールユニット30は、メモリに格納された複数の画像I〜Iendに基づき、全スキャン位置における二光子励起蛍光のスペクトルを算出する。これによって、標本10Aの蛍光スペクトル画像が得られたことになる。なお、本ステップにおけるスペクトルの算出はスキャン座標毎に行われ、個々の着目スキャン座標(x,y)に関するスペクトルの算出は、次の手順(a)〜(e)によって行われる。
【0045】
(a)コントロールユニット30は、図6(A)に示すとおり、画像I〜Iendの中から着目スキャン座標yに対応する画像(着目画像)Iを参照する。
【0046】
(b)コントロールユニット30は、x方向の着目スキャン座標xを、撮像素子21上のX方向の画素番号Xcへ変換する。なお、x方向のスキャン座標xからX方向の画素番号Xcへの変換は、上述した式(1)から導出された次式(3)によって行われる。
【0047】
Xc=xM/PCCD…(3)
(c)コントロールユニット30は、図6(B)に示すとおり、着目画像IのうちX方向の画素番号がXcである複数の画素信号(画素信号列)を参照する。この画素信号列は、図6(C)に示すとおり、着目スキャン座標(x,y)で発生した二光子励起蛍光のスペクトルを表している。但し、図6(C)に示すスペクトルの横軸は画素番号Ycであるので、正確なスペクトルを知るためには、画素番号Ycを波長λに変換する必要がある。
【0048】
(d)そこで、コントロールユニット30は、そのスペクトルの横軸である画素番号Ycを波長λへと変換する。その変換は、上述した式(2)から導出された次式(4)によって行われる。但し、変換に当たり、式(4)における「y」には、着目スキャン座標yの値が当てはめられる。
【0049】
λ=P(sin(sin−1 (YcPCCD/f)+φ)+sin(α+sin−1(yM/f)))…(4)
(e)さらに、コントロールユニット30は、変換後のスペクトルのうち、本装置の観察対象波長域(400〜580nm)から外れた部分を削除する。その結果、図6(D)に示すとおり、着目スキャン座標(x,y)で発生した二光子励起蛍光のスペクトルが得られる(以上、着目スキャン座標に関するスペクトルの算出方法)。
【0050】
以上、本装置の分光検出部200は、標本10Aから発せられる二光子励起蛍光による標本10Aの像を、スキャナ16、および、分光機能を持った従来の二光子蛍光顕微鏡に備えられているピンホールを介さずに形成するので、光量ロスが無い分だけ分光検出感度は高い。
【0051】
但し、スキャナ16を介さずに分光検出を行うと、分光検出部200に対する二光子励起蛍光の入射位置は、スキャンに伴い移動してしまう。
【0052】
そこで、本装置の分光検出部200の分光素子18は、撮像素子21に向かう二光子励起蛍光の分岐方向を、xスキャンの方向ではなくyスキャンの方向としている。この場合、少なくとも1回のxスキャン中に撮像素子21の同一画素へ互いに異なるスキャン位置からの二光子励起蛍光が入射することはない。
【0053】
よって、本実施形態のコントロールユニット30は、1ライン分のxスキャンを行う毎に撮像素子21から画像を取り込むという簡単な手順を踏むだけで、蛍光スペクトル画像を確実に取得することができる。
【0054】
また、本装置の分光検出部200は、ピンホールやスリットを設けていないので、ピンホールやスリットでの光量ロスが無い分だけ分光検出感度は高い。しかも、非線形顕微鏡である本装置の空間解像度は対物レンズ17のNAによってほぼ決まるので、分光検出部200にピンホールやスリットが設けられなくとも、空間解像度は低下しない。
【0055】
なお、本装置では、コントロールユニット30が標本ステージ11を光軸方向へ上下動させながら上述したステップS11〜S19を繰り返せば、標本10Aの三次元蛍光スペクトル画像を取得することもできる。
【0056】
また、本装置では、撮像素子21の位置や姿勢が不変であったので、yスキャン時に入射領域AsのY方向の位置が変位したが、yスキャン時に撮像素子21を−Y方向へ並進させることにより、入射領域AsのY方向の位置を不変としてもよい。この場合、撮像素子21のY方向の長さを、入射領域AsのY方向の長さと同程度にまで短縮することができるので効率的である。また、その場合は、全スキャン位置における二光子励起蛍光のスペクトルを算出する際にスキャン座標yを考慮する必要が無くなるので、処理が簡略化される。なお、撮像素子21を並進させる代わりに、撮像素子21に対する基準波長の回折光のY方向の入射位置が不変となるよう、分光素子18を回動させてもよい。
【0057】
また、本装置の分光検出部200は、分光素子18で発生した回折光を検出し、分光素子18で発生した正反射光を検出しなかったが、結像光学系及び撮像素子を正反射光の発生方向にも設置し、蛍光スペクトル画像と同時に非分光の蛍光画像を取得してもよい。
【0058】
[第2実施形態]
以下、本発明の第2実施形態として分光型の二光子励起蛍光顕微鏡装置を説明する。ここでは、第1実施形態との相違点のみを説明する。相違点は、標本10Aを標識した複数種類の蛍光色素を同時に励起する点と、コントロールユニット30の動作とにある。
【0059】
ここでは、蛍光色素の種類をM種類とし、フェムト秒パルスレーザ光源12は、それらの蛍光色素の各々を二光子励起するM種類の照明光を同時に出射するものとする。また、本実施形態の標本像において、個々の蛍光輝点は互いに近接しておらず、点在しているとみなせると仮定する。また、コントロールユニット30は、M種類の蛍光色素の各々のリファレンススペクトルr,…,rを予め記憶しているものとする。
【0060】
さらに、本実施形態では、後述のアンミックスを可能とするために、Y方向のスキャンピッチは、標本10A上を密にスキャンするためのスキャンピッチ(基準ピッチ)の整数倍(N倍)に設定され、Nは、蛍光色素の種類数M以上に設定される。
【0061】
但し、この場合は、或るスキャンラインと次のスキャンラインとの間に(N−1)本の間引きラインが生じることになるので、データの欠けを防ぐため、標本10Aのスキャンは、スキャンの開始ラインを1ラインずつずらしながらN回繰り返されることが望ましい。なお、各回のスキャンで得られた各画像に対する処理は共通なので、ここでは、或る1回のスキャンに関する処理のみに着目して説明する。
【0062】
図7は、本実施形態のコントロールユニット30の動作フローチャートである。
【0063】
図7を図5と比較すると明らかなとおり、本実施形態のコントロールユニット30は、シャッター閉鎖及び画像の読み出し(ステップS15及びステップS16)を、全スキャン領域のスキャンが終了した後(ステップS17の後段)に行う。よって、本実施形態で取得される画像の枚数は1となる。この画像の個々の画素には、互いに異なるスキャン位置からの二光子励起蛍光が入射している可能性がある。
【0064】
また、図7を図5と比較すると明らかなとおり、本実施形態のコントロールユニット30は、蛍光スペクトル画像を算出する(ステップ19)代わりに、アンミックスを行う(ステップS19’)。ステップS19’におけるアンミックスは、スキャン座標毎に行われ、或る1つの着目スキャン座標(x,y)に関するアンミックスは、次の手順(a)〜(e)によって行われる。
【0065】
(a)コントロールユニット30は、x方向の着目スキャン座標xを、上述した式(3)により撮像素子21上のX方向の画素番号Xcへと変換する。
【0066】
(b)コントロールユニット30は、メモリに格納された画像のうち、X方向の画素番号がXcである複数の画素信号(画素信号列)を参照する。この画素信号列は、図8(A)に示すとおり、スキャン座標xを通りy方向に延びるL画素分の窓に関する輝度プロファイルであって、この窓内に存在する複数の蛍光輝点の各々から発現した蛍光スペクトルを、図8(B)に示すとおり加算したもの(合成スペクトル)である。但し、Lは十分に大きく、L≧M×Nを満たす。なお、本実施形態のスキャンではスキャンピッチが基準ピッチのN倍に設定されたので、この合成スペクトルに寄与する複数の蛍光輝点同士は、少なくともNライン分は離れているはずである。
【0067】
(c)コントロールユニット30は、図8(C)に示すようなM種類の蛍光色素のリファレンススペクトルr,…,rの各々から、図8(D)に示すとおりN個のリファレンススペクトルを作成し、合計でM×N個のリファレンススペクトルを取得する。ここで、i番目の蛍光色素に関するN個のリファレンススペクトルは、その蛍光色素のリファレンススペクトルrを波長方向にかけて間引きラインの分だけ並進させたものである。以下、本手順で取得されたM×N個のリファレンススペクトルをまとめて、次式のとおり行列Sで表す。
【0068】
【数1】

【0069】
(d)コントロールユニット30は、手順(b)で得られた合成スペクトルの横軸である画素番号Ycを、上述した式(4)により波長λへと変換する。但し、変換に当たり、式(4)における「y」には、着目スキャン座標yの値が当てはめられる。これによって、コントロールユニット30は、着目スキャン座標(x,y)に関する観測スペクトルを取得する。以下、この観測スペクトルを、次式のとおりベクトルIで表す。
【0070】
【数2】

【0071】
ここで、着目スキャン座標(x,y)に対するM×N個のリファレンススペクトルの各々の寄与率をp(11),…,p(1N),…,p(M1),…,p(MN)と表し、これらの寄与率p(11),…,p(1N),…,p(M1),…,p(MN)をまとめて、次式のとおりベクトルPで表す。
【0072】
【数3】

【0073】
この場合、本手順で取得されたベクトルIと、手順(c)で作成された行列Sと、ベクトルPの関係は、次式(5)で表される。
【0074】
I=S・P…(5)
(e)そこで、コントロールユニット30は、手順(d)で取得したベクトルIと、手順(c)で作成した行列Sと、次式(6)とに基づく最小二乗法により、ベクトルPの値を既知とする。
【0075】
P=(SS)−1I…(6)
但し、[A]はAの転置行列である。上述したとおり、この処理における未知数の個数、すなわちベクトルPの要素数(N×M)は、この処理における方程式の個数Lより少ないので、この処理によれば、着目スキャン座標(x,y)に対する寄与率p(11),…,p(1N),…,p(M1),…,p(MN)の各値が全て既知となる(以上、着目スキャン座標に関するアンミックス方法)。
【0076】
以上、本実施形態のコントロールユニット30は、蛍光色素のリファレンススペクトルを予め記憶し、それに基づき各スキャン位置に対する蛍光色素の寄与率を求めるので、画像取り込みの頻度を、1ライン毎ではなく1フレーム毎にすることができる。よって、必要な画像を取得するまでの所要時間を短縮することができる。
なお、本装置では、分光素子18で反射した正反射光を検出する専用の結像光学系及び撮像素子を用意しなくとも、アンミックスの過程で得られるスペクトルに基づき、撮像素子21上における正反射光の到達位置を推定できるので、その位置に配置された画素の画素信号から正反射光の強度を検知することができる。
【0077】
[変形例]
なお、上述した各実施形態では、分光素子18として反射型の回折格子が使用されたが、透過型の回折格子が使用されてもよい。また、回折格子の代わりに、プリズム及び回折格子を組み合わせてなる光学素子や、プリズムの単体などが使用されてもよい。
【0078】
また、上述した各実施形態では、信号光の検出原理を二光子励起蛍光としたが、非線形顕微鏡の他の検出原理、例えば、多光子励起蛍光、コヒーレントアンチストークスラマン散乱、コヒーレントストークスラマン散乱の何れかとしてもよい。
【0079】
なお、信号光の検出原理をコヒーレントアンチストークスラマン散乱、コヒーレントストークスラマン散乱の何れかとした場合には、照明光の波長と信号光の波長とが近接する。この場合に、もしもバンドパスフィルタ19によって余分な波長の光を完全にカットできなかったならば、余分な波長の光を空間的にカットするためのマスクを撮像素子21の入射側に設けてもよい。
【符号の説明】
【0080】
12…フェムト秒パルスレーザ光源、13…ビームエキスパンダ、14…リレー光学系、15…ダイクロイックミラー、16…スキャナ、17…対物レンズ、200…分光検出部、18…分光素子、19…バンドパスフィルタ、20…結像光学系、21…撮像素子、11…標本ステージ、30…コントロールユニット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光源から発せられた照明光を物体上に集光する集光光学系と、
前記物体へ向かう前記照明光の進路を時間変化させることにより前記照明光の集光点で前記物体上を二次元走査する走査手段と、
前記物体から前記照明光の強度と非線形な強度で発せられる信号光による前記物体の像を、前記走査手段を介することなく形成する結像光学系と、
前記結像光学系の像面に二次元配置された受光素子アレイと、
前記受光素子アレイに向かう前記信号光を前記二次元走査の副走査方向にかけて分光する分光手段と、
を備えることを特徴とする非線形光学顕微鏡。
【請求項2】
請求項1に記載の非線形光学顕微鏡において、
前記二次元走査の主走査が行われる毎に前記受光素子アレイから信号群を読み出す読み出し手段と、
前記二次元走査が行われる毎に前記読み出し手段が読み出した複数組みの信号群に基づき、前記物体上の各走査位置で発せられた信号光のスペクトルを求める演算手段と
を更に備えたことを特徴とする非線形光学顕微鏡。
【請求項3】
請求項1に記載の非線形光学顕微鏡において、
前記二次元走査が行われる毎に前記受光素子アレイから信号群を読み出す読み出し手段と、
前記読み出し手段が読み出した前記信号群と、前記信号光の発光元となった物質の特性情報とに基づき、前記物体上の各走査位置に対する前記物質の寄与率を求める演算手段と
を更に備えたことを特徴とする非線形光学顕微鏡。
【請求項4】
請求項1〜請求項3の何れか一項に記載の非線形光学顕微鏡において、
前記分光手段は、
プリズム、回折格子の少なくとも一方を含む
ことを特徴とする非線形光学顕微鏡。
【請求項5】
請求項1〜請求項4の何れか一項に記載の非線形光学顕微鏡において、
前記信号光の検出原理は、
多光子励起蛍光、コヒーレントアンチストークスラマン散乱、コヒーレントストークスラマン散乱の少なくとも1つである
ことを特徴とする非線形光学顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−271522(P2010−271522A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−122932(P2009−122932)
【出願日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】