説明

食道がんに対する放射線化学療法感受性マーカー

【課題】食道がん治療を選択するためのマーカー(すなわち、食道がん治療用選択マーカー)、食道がん治療後の予後を診断するためのマーカー(すなわち、食道がん治療予後用診断マーカー)およびそれらに使用するためのキット、並びにそれを使用した食道がん治療を選択する方法、食道がん治療予後を診断方法の提供。さらに、食道がんのための治療薬および治療方法の提供。
【解決手段】IGFBP3遺伝子および/またはたんぱく質からなる、第1選択として食道がんを放射線化学療法により治療するかまたは手術療法により治療するかを決定するための、または、食道がんの手術治療後のがん再発のリスクを決定するためのマーカー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食道がんの治療方法を選択するためのマーカー(すなわち、食道がんの治療用マーカー)、食道がんの手術治療後の再発のリスクを決定するためのマーカー(すなわち、食道がんの術後用マーカー)およびそれらに使用するためのキット、並びにそれを使用した食道がん治療方法を選択する方法、食道がんの手術治療後の再発のリスクを決定する方法に関する。さらに、食道がんのための治療薬および治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本における食道がん罹患数は、女性が2,483名、男性は、その5倍以上の13,840名と、男性に圧倒的に多い(2001年)。部位別にみると6番目に多く、他の消化器系の胃がん、結腸・直腸がんと比較して難治性であり、毎年、約10,000名が食道がんで亡くなっている。また、食道がんの5年生存率は、日本では20%を超えているものの、諸外国においては20%にも満たない(非特許文献1と2)。食道がんの組織型は、日本では扁平上皮がんが90%以上を占め、喫煙、アルコールを始めとする慢性的な刺激がその危険因子として考えられている。一方、欧米では、腺がんの占める割合が多く、バレット食道(食道下部の粘膜が円柱上皮に置き換わった状態)との関連が指摘されている。特に、米国においては腺がんの占める割合は増加傾向にあり、欧米の臨床試験を評価する際には、患者の組織型をも考慮する必要がある。
【0003】
食道がんの治療は、近年の内視鏡的治療や化学放射線療法などの内科的治療の進歩により、従来の手術療法を中心とした状況に変化がみられている。特に、根治的化学放射線療法が手術療法に匹敵するとの報告がなされてから、食道の温存が得られる化学放射線療法は、QOLの点からも治療の有望な選択肢の一つとなった。Hironakaらは、retrospectiveな研究結果ながら、StageII・III(T4を除く)の「化学放射線療法例(n=53)」と「手術単独例(n=45)」の生存成績を比較し、3年生存率と5年生存率が、化学放射線療法例では各々49%、46%、手術単独例では57%、51%と、ほぼ同等の成績であると報告した(非特許文献3)。また、ヨーロッパから報告された「化学放射線療法施行後に手術を行う群」と「継続して化学放射線療法を行う群」との無作為化比較試験では、両群間の生存成績に有意差は認められず、少なくとも化学放射線療法の途中評価で奏功が認められれば、その後に手術を行う意義は少ないと結論づけられた(非特許文献4、5)。これらの試験結果は扁平上皮がんを対象としたものであることから、日本人の食道がん患者においても十分に参考に出来ると思われる。このように、根治的化学放射線療法は、手術可能な食道がんの標準的な治療となり得るにもかかわらず、その治療法の選択自体は施設毎の考え方に依存し、明確な基準がないのが現状である。もし仮に化学放射線療法が効かない患者にその治療が選択された場合には、治療の間にがんが進行し、治癒の機会を逃す可能性もある。従って、治療前に効果が予測でき、あらかじめ、化学放射線療法が効かない患者を除外することができれば、副作用の問題や無駄な医療費の負担を改善することができ、かつ、その患者個人にあったより有効で最適な別の治療法を選択することも可能となる。それゆえ、化学放射線療法を行う前に、その治療効果を判定しうるバイオマーカーを同定することは、急務で重要な課題である。
【0004】
がんに対する分子生物学的な理解が進んだにも関わらず、食道がんの化学放射線療法感受性を予測することは未だ困難な状況にある。アポトーシス、細胞周期(非特許文献6、7)、DNA修復(非特許文献8)に関与する遺伝子、そして5−FUに代表される抗がん剤の代謝関連酵素(非特許文献9)などは、感受性を規定する因子として従来から報告されてはいるものの、未だどれも実際の臨床治療には応用されていない。また、がん抑制遺伝子としてp53とp16、がん遺伝子として上皮成長因子受容体(EGFR)、c−myc、cyclin D1などが、食道がんにおける遺伝子変化として知られているが、肺がんや膵がんで報告の多いrasの活性化は稀である(非特許文献10,11)。
【0005】
近年、マイクロアレイ解析により、一度に数万の遺伝子転写産物の発現量を知ることが可能となり、この遺伝子発現プロファイルを利用した治療効果を予測する試みが、乳がん、前立腺がんなどでなされている(非特許文献12〜14)。食道がんにおいても、化学放射線療法感受性に関連する遺伝子を抽出する試みが幾つか報告されている。例えば、Ashidaらは、食道扁平上皮がん患者を、化学放射線療法後の生存期間により2群に分け、両者で発現量に差のある遺伝子群を同定し報告している(非特許文献15)。また、Luthraらは、教師なし階層クラスタリング解析により、化学放射線療法感受性を反映するように、食道がん患者が2つのサブタイプに分けられることを報告している(非特許文献16)。さらに、最近、Duongらは、食道扁平上皮がん患者の術前化学放射線療法に対する反応性を32遺伝子で予測できたと報告している(非特許文献17)。これらの報告は、マイクロアレイ解析が化学放射線療法感受性を解明する非常に有用な手段のひとつであることを示し、しかも抽出された遺伝子群の機能解析は、化学放射線療法反応性の作用機序を明らかにする手がかりを提供している可能性が高い。しかしながら、未だ抽出された遺伝子の機能と、化学放射線療法反応性の作用機序の解明までを試みた報告はない。また、食道がん患者の遺伝子発現プロファイルが臨床的に応用され、患者の病状を分子レベルで診断し、治療法を選択する際の一助となることは期待されてはいるものの、未だ実現には至っていないのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Enzinger, P.C. & Mayer, R.J. Esophageal cancer. N Engl J Med 349, 2241-52 (2003).
【非特許文献2】Ilson, D.H. Oesophageal cancer: new developments in systemic therapy. Cancer Treat Rev 29, 525-32 (2003).
【非特許文献3】Hironaka, S. et al. Nonrandomized comparison between definitive chemoradiotherapy and radical surgery in patients with T(2-3)N(any) M(0) squamous cell carcinoma of the esophagus. Int J Radiat Oncol Biol Phys 57, 425-33 (2003).
【非特許文献4】Stahl, M. et al. Chemoradiation with and without surgery in patients with locally advanced squamous cell carcinoma of the esophagus. J Clin Oncol 23, 2310-7 (2005).
【非特許文献5】Bonnetain, F. et al. A comparative longitudinal quality of life study using the Spitzer quality of life index in a randomized multicenter phase III trial (FFCD 9102): chemoradiation followed by surgery compared with chemoradiation alone in locally advanced squamous resectable thoracic esophageal cancer. Ann Oncol 17, 827-34 (2006).
【非特許文献6】Okumura, H. et al. The predictive value of p53, p53R2, and p21 for the effect of chemoradiation therapy on oesophageal squamous cell carcinoma. Br J Cancer 92, 284-9 (2005).
【非特許文献7】Gibson, M.K. et al. Epidermal growth factor receptor, p53 mutation, and pathological response predict survival in patients with locally advanced esophageal cancer treated with preoperative chemoradiotherapy. Clin Cancer Res 9, 6461-8 (2003).
【非特許文献8】Zhao, H.J. et al. DNA-dependent protein kinase activity correlates with Ku70 expression and radiation sensitivity in esophageal cancer cell lines. Clin Cancer Res 6, 1073-8 (2000).
【非特許文献9】Schneider, S. et al. Downregulation of TS, DPD, ERCC1, GST-Pi, EGFR, and HER2 gene expression after neoadjuvant three-modality treatment in patients with esophageal cancer. J Am Coll Surg 200, 336-44 (2005).
【非特許文献10】Kuwano, H. et al. Genetic alterations in esophageal cancer. Surg Today 35, 7-18 (2005).
【非特許文献11】Okano, J., Snyder, L. & Rustgi, A.K. Genetic alterations in esophageal cancer. Methods Mol Biol 222, 131-45 (2003).
【非特許文献12】Takata, R. et al. Predicting response to methotrexate, vinblastine, doxorubicin, and cisplatin neoadjuvant chemotherapy for bladder cancers through genome-wide gene expression profiling. Clin Cancer Res 11, 2625-36 (2005).
【非特許文献13】Ghadimi, B.M. et al. Effectiveness of gene expression profiling for response prediction of rectal adenocarcinomas to preoperative chemoradiotherapy. J Clin Oncol 23, 1826-38 (2005).
【非特許文献14】Chang, J.C. et al. Gene expression profiling for the prediction of therapeutic response to docetaxel in patients with breast cancer. Lancet 362, 362-9 (2003).
【非特許文献15】Ashida, A. et al. Expression profiling of esophageal squamous cell carcinoma patients treated with definitive chemoradiotherapy: clinical implications. Int J Oncol 28, 1345-52 (2006).
【非特許文献16】Luthra, R. et al. Gene expression profiling of localized esophageal carcinomas: association with pathologic response to preoperative chemoradiation. J Clin Oncol 24, 259-67 (2006).
【非特許文献17】Duong, C. et al. Pretreatment gene expression profiles can be used to predict response to neoadjuvant chemoradiotherapy in esophageal cancer. Ann Surg Oncol 14, 3602-9 (2007).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、食道がんの治療方針を決定するためまたは食道がんの手術治療後の再発リスクを決定するためのマーカーを提供する。また、本発明は、食道がんの治療方針を決定するためまたは食道がんの手術治療後の再発リスクを決定するために使用するキットを提供する。また、本発明は、食道がんの治療方針を決定する方法、食道がんの手術治療後の再発リスクを決定する方法を提供する。また、本発明は、食道がんのための治療薬および治療方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)IGFBP3遺伝子および/またはたんぱく質からなる、第1選択として食道がんを放射線化学療法により治療するかまたは手術療法により治療するかを決定するための、または、食道がんの手術治療後のがん再発のリスクを決定するためのマーカー;
(2)IGFBP3遺伝子に対する特異的プローブ、IGFBP3遺伝子に対する特異的プライマーおよびIGFBP3たんぱく質に対する特異抗体からなる群から選択される少なくとも1つを含む、第1選択としての食道がんの治療方針を決定するための、または、食道がんの手術治療後のがん再発のリスクを決定するためのキット;
(3)第1選択として食道がんを放射線化学療法により治療するかまたは手術療法により治療するかを決定するための、または、食道がんの手術治療後の再発リスクを決定するための方法であって、
− 食道がん患者由来のがん組織を準備すること、
− 前記がん組織中のIGFBP3遺伝子およびβアクチン遺伝子の発現量を測定すること、および
− βアクチン遺伝子の発現量に対するIGFBP3遺伝子の発現量の比が、0.05以上である場合、第1選択として手術療法を決定し、0.04以下である場合、第1選択として放射線化学療法を決定すること、または
− βアクチン遺伝子の発現量に対するIGFBP3遺伝子の発現量の比が、0.05以上である場合、再発のリスクは低く、0.04以下である場合、再発のリスクは高いと決定すること
を含む方法;
(4)第1選択として食道がんを放射線化学療法により治療するかまたは手術療法により治療するかを決定するための、または食道がんの手術治療後の再発リスクを決定するための方法であって、
− 食道がん患者由来のがん組織と正常食道組織を準備すること、
− 前記がん組織と正常食道組織を抗IGFBP3特異抗体で染色すること、
− 抗IGFBP3特異抗体で染色された正常食道組織中の細胞とがん組織中のがん細胞を比較して、がん組織中のがん細胞の染色が、正常食道組織中の細胞の染色より強い場合、第1選択として手術療法を決定し、がん組織中のがん細胞の染色と正常食道組織中の細胞の染色が同等もしくはがん組織中のがん細胞の染色が正常食道組織中の細胞の染色より弱い場合、第1選択として放射線化学療法を決定すること、または
− 抗IGFBP3特異抗体で染色された正常食道組織中の細胞とがん組織中のがん細胞を比較して、がん組織中のがん細胞の染色が、正常食道組織中の細胞の染色より強い場合、手術治療後の再発のリスクは低いと決定し、がん組織中のがん細胞の染色度と正常食道組織中の細胞の染色が同等もしくはがん組織中のがん細胞の染色が正常食道組織中の細胞の染色より弱い場合、手術治療後の再発のリスクは高いと決定すること
を含む方法;
(5)IGFBP3遺伝子またはたんぱく質からなる、食道がんを治療するための医薬。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、第1選択として、食道がんを放射線化学療法により治療するかまたは手術療法により治療するかを決定するためのデータを提供し、第1選択の治療法を決定することができる。また、本発明によれば、食道がんの手術治療後の再発リスクを決定するためのデータを提供し、再発リスクを決定することができる。また、本発明によれば、食道がんを治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】化学放射線療法感受性とIGFBP3遺伝子、PAK1IP1遺伝子転写産物の発現量との関係。化学放射線療法の「有効群」、「中間群」、「無効群」別のreal time RT−PCR法によるIGFBP3遺伝子転写産物の発現量を患者ごとにplotした。Y軸はβ−actin遺伝子の転写産物10コピーあたりの相対的なIGFBP3遺伝子転写産物の発現量を示している。「無効群」は「有効群」と比較し、IGFBP3遺伝子転写産物の発現レベルが有意に高いことが認められた(P=0.00133)。(−は平均値を示している。)
【図2】免疫組織化学的解析による食道がん組織におけるIGFBP3蛋白の発現。Aは食道がん患者の正常食道上皮、B−Dは食道扁平上皮がん組織における抗IGFBP3抗体による免疫組織染色像。倍率は全て200倍。A;基底層からその上層の全層にわたりIGFBP3蛋白の発現レベルが低い正常食道上皮。B;正常食道上皮と同等か弱く染色される癌細胞からなる扁平上皮がん組織。C,D;正常食道上皮より明らかに強く染色されるがん細胞からなる扁平上皮がん組織。IGFBP3は細胞質に局在していたが、一部の標本では核に陽性像もみられた(D中の矢頭)。
【図3】IGFBP3蛋白の発現レベルと術後無再発生存期間との関連。術後補助療法を受けていない24例の術後無再発生存期間を、IGFBP3蛋白の発現レベルによって比較した。術後40ヶ月後での無再発生存率はIGFBP3高発現の患者では86%(7名中6名)であり、これに対してIGFBP3低発現の患者では53%(17名中9名)であった。IGFBP3蛋白の発現レベルが高いほど、術後再発しにくい傾向が認められた。
【図4】食道がん細胞株におけるIGFBP3発現レベル。A;real time RT−PCR法による食道がん細胞株8株におけるIGFBP3遺伝子転写産物の発現量。Y軸はβ−actin遺伝子の転写産物10コピーあたりの相対的なIGFBP3遺伝子転写産物の発現量を示す。B;western blottingによる食道がん細胞株8株におけるIGFBP3蛋白の発現レベル。loading controlとしてα−チュブリンを使用した。Image Jを用いてデンシトメトリー解析を行い、α−チュブリンに対するIGFBP3のバンド強度の比を算出した。TE4細胞の発現を1.0としたときの各細胞の相対的な値を下部に示している。C;real time RT−PCR法による食道がん組織と食道がん細胞株におけるIGFBP3遺伝子転写産物の発現量の比較。細胞株の発現量は、化学放射線療法感受性有効群と同等であることが確認された。
【図5】IGFBP3の発現を抑制した細胞の作製。IGFBP3遺伝子に対しRNA干渉を誘導する配列を挿入したレンチウイルスベクターをTE4、TE11、TE8細胞の3株に感染させ、IGFBP3遺伝子の発現を抑制した。コントロールとして、lacZ遺伝子に対しRNA干渉を誘導する配列を挿入したレンチウイルスベクターを感染させた。IGFBP3の発現を抑制した細胞をTE4−KD、TE11−KD、TE8−KDとして、コントロールの細胞をTE4−lacZ、TE11−lacZ、TE8−lacZとして記載している。A.B;TE4,TE11,TE8細胞でのIGFBP3の発現抑制。A;IGFBP3遺伝子転写産物の発現量が抑制されていることをreal time RT−PCR法により確認した。Y軸はβ−actin遺伝子の転写産物10コピーあたりの相対的なIGFBP3遺伝子転写産物の発現量を示す。B;IGFBP3蛋白の発現が抑制されていることwestern blottingにより確認した。loading controlとしてα−チュブリンを使用した。Image Jを用いてデンシトメトリー解析を行い、α−チュブリンに対するIGFBP3のバンド強度の比を算出した。TE4細胞の発現を1.0としたときの各細胞の相対的な値を下部に示している。蛋白発現レベルで、80%以上の抑制効果があることを確認した。
【図6】IGFBP3を強制的に発現させた細胞の作製。IGFBP3遺伝子のcDNAを挿入したレンチウイルスベクターをTE1、TE8細胞に感染させ、IGFBP3遺伝子を強制的に発現させた。レンチウイルスの感染後サブクローニングを行い、それぞれ6クローンずつ樹立した。コントロールとして、lacZ遺伝子に対しRNA干渉を誘導する配列を挿入したレンチウイルスベクターを感染させた細胞を使用した。IGFBP3蛋白を強制的に発現させた細胞をTE1−OE、TE8−OEとして、コントロールの細胞をTE1−lacZ、TE8−lacZとして記載している。A.B;TE1細胞でのIGFBP3の強制発現。A;real time RT−PCR解析。Y軸はβ−actin遺伝子の転写産物10コピーあたりの相対的なIGFBP3遺伝子転写産物の発現量を示す。B;western blotting解析。loading controlとしてα−チュブリンを使用した。Image Jを用いてデンシトメトリー解析を行い、α−チュブリンに対するIGFBP3のバンド強度の比を算出した。TE4細胞の発現を1.0としたときの各細胞の相対的な値を下部に示している。3クローン(TE1−OE1,4,10)は、内因性にIGFBP3蛋白が最も高発現していたTE4細胞より発現が高かった。C.D;TE8細胞でのIGFBP3の強制発現。C;real time RT−PCR解析。D;western blotting解析。3クローン(TE8−OE1,2,3)は内因性にIGFBP3蛋白が最も高発現していたTE4細胞より発現が高かった。
【図7】遺伝子導入細胞株の増殖曲線。6 well plateに5.0×10/well(triplicate)で播種し、図に示した日数で細胞数を測定した。実験は2回から3回繰り返し行った。測定値は平均値±標準偏差で示している。A;コントロール細胞の増殖曲線。B;TE1−OEは、コントロール細胞と比較し増殖活性が低下した。C;TE4−KDでは、コントロール細胞と比較し有意な変化が認められなかった。D;TE8−KDは、コントロール細胞と比較し増殖活性が増加し、TE8−OEは増殖活性が低下した。E;TE11−KDもコントロール細胞と比較し増殖活性が増加した。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明における、IGFBP3(インスリン様成長因子結合蛋白3型)遺伝子および/またはたんぱく質とは、IGF(インスリン様成長因子)に特異的に結合する6種類の蛋白(IGFBP1〜IGFBP6)うちで、血中に最も多く存在するたんぱく質をコードする遺伝子を意味し、核酸配列およびアミノ酸配列は、例えば、ヒトについてはgene bankにおいてアクセッション番号:NM_001013398で登録されている。また、ヒト以外の他の生物におけるIGFBP3遺伝子も本願発明には含まれる。IGFBP3遺伝子は、全体であってもその一部であっても良い。
【0012】
本発明における、食道がんとは、咽頭と胃の間をつなぐ管のような臓器(食道)に発生する上皮性由来の腫瘍、例えば、扁平上皮癌、腺癌などを意味する。食道がんは、好ましくは早期食道がんである。早期食道がんとは、原発層の壁深達度が、粘膜層にとどまり、リンパ節転移を認めない食道がんを意味する。また、食道がんであれば、生物の由来は限定されないが、イヌ、ネコなどの愛玩動物およびヒト、好ましくはヒトである。
【0013】
本発明における、放射線化学療法とは、化学療法と放射線療法を併用してがん治療を行う、悪性腫瘍に対する治療法を意味する。放射線化学療法は、がん治療に用いれらている放射線化学療法であれば限定されない。
【0014】
化学療法とは、抗がん剤を用いたがんを治療する方法を意味する。抗がん剤は、抗がん剤であれば限定されないが、例えば、CDDP(シスプラチン)、5−FU(フルオロウラシル)、イリノテカン、塩酸ゲムシタビン、ドセタキセル、ドキソルビシン、TS−1(FT(テガフール)、CDHP(ギメラシル)及びOxo(オテラシルカリウム)の3成分を配合)、ニムスチン(ニドラン)、ラニムスチン(サイメリン)、テモゾロミド(テモダール)、カルボプラチン、シクロホスファミド、メトレキサート、ドキソルビシン、オキサリプラチン、テガフール・ウラシル、インターフェロン・α(アルファ)、メルファラン(アルケラン)、サリドマイド、それらの組み合わせなどが挙げられる。好ましくは、CDDP(シスプラチン)、5−FU(フルオロウラシル)、イリノテカン、塩酸ゲムシタビン、ドセタキセル、ドキソルビシン、TS−1(FT(テガフール)、CDHP(ギメラシル)及びOxo(オテラシルカリウム)の3成分を配合)、それらの組み合わせである。また、他のホルモン剤等と併用してもよい。投与量と投与方法は、がん治療に使用されている投与量と投与方法であれば限定されない。
【0015】
放射線療法は、放射線をがんに照射してがんを治療する方法を意味する。放射線の種類(例えば、X線、γ線、電子線、陽子線、重粒子線など)と照射量は、がん治療に使用されている放射線と照射量であれば限定されない。
【0016】
本発明における、手術療法とは、外科的手術または内視鏡的手術によりがんを食道から取り去る治療法を意味する。レーザー光をがんに照射してがんを取り去るレーザー療法も含まれる。
【0017】
本発明における、第1選択として食道がんを放射線化学療法により治療するかまたは手術療法により治療するかを決定するためのマーカーとは、食道がんの最初の治療を、放射線化学療法により行うかまたは手術療法により行うかを決定するための指標を意味する。
【0018】
具体的には、食道がんにおける、IGFBP3遺伝子の発現量(転写物および/または翻訳物)が高い(IGFBP3遺伝子高発現型)場合、食道がんを手術療法により治療することを第1選択と決定する。一方、IGFBP3遺伝子の発現量が低い(IGFBP3遺伝子低発現型)場合、食道がんを放射線化学療法により治療することを第1選択と決定する。
【0019】
IGFBP3遺伝子の発現量が高いとは、参照遺伝子の発現量に対してIGFBP3遺伝子の発現量が高いことを意味する。IGFBP3遺伝子の発現量が低いとは、参照遺伝子の発現量に対してIGFBP3遺伝子の発現量が低いことを意味する。
【0020】
IGFBP3遺伝子に対する特異的プローブは、IGFBP3遺伝子(mRNAまたはcDNA)とハイブリダイゼーションする相補配列を有するオリゴヌクレオチドであれば、その長さは限定されないが、好ましくは、12〜2600塩基、より好ましくは15〜1000塩基のIGFBP3遺伝子の相補配列を含むオリゴヌクレオチドである。
【0021】
IGFBP3遺伝子に対する特異的プライマーは、IGFBP3遺伝子とハイブリダイゼーションしてIGFBP3遺伝子(cDNA)の酵素的増幅に使用できるオリゴヌクレオチドであれば、その長さは限定されないが、好ましくは、8〜60塩基、より好ましくは15〜30塩基のIGFBP3遺伝子(cDNA)の配列または相補配列を有するオリゴヌクレオチドである。
【0022】
IGFBP3遺伝子に対する特異的プローブおよび/またはプライマーの配列設計は、市場より入手できるプライマーおよび/またはプローブ設計ソフトフェアー、例えばLUX Designer software(Invitrogen)などを用いて行うことができる。プライマーおよび/またはプローブ合成は、市販のDNA自動合成機を使用して自ら合成しても良いし、業者に合成を依頼してもよい。
【0023】
これらプライマーおよび/またはプローブは、検出を容易にするために、放射性物質、酵素、蛍光物質などで標識されていても良い。
【0024】
IGFBP3遺伝子に対する特異的プライマーには、例えば、
Forward primer:5'GACCATCAAGCGGGAGACAGAATATGGC3'(配列番号1)、
Reverse primer: 5'CCCTGGGACTCAGCACACATTG3'(配列番号2)が挙げられる。
【0025】
これらプライマーは、IGFBP3遺伝子に対する特異的プローブとして使用しても良い。
【0026】
IGFBP3たんぱく質に対する特異的抗体(抗IGFBP3特異抗体)は、ポリクローナル抗体であっても、モノクロナール抗体であっても良い。IGFBP3たんぱく質に対するポリクローナル抗体は、市場(例えば、抗IGFBP−3ポリクローナル抗体(R&D System)、Human IGFBP−3 ELISA Kit(Diagnostic Systems Laboratories, Inc.)より入手することができる。モノクロナール抗体は、当業者に周知な方法で作製することができる。
【0027】
食道がんの治療方針を決定するためのキットは、さらに、ハイブリダイゼーションのための試薬、RT−PCRのために試薬、参照用遺伝子、参照用遺伝子に対する特異的なプローブ、プライマー、参照用たんぱく質、参照用たんぱく質に対する特異的な抗体、2次抗体、基質、実施方法を記載した指示書などを含んでも良い。
【0028】
さらに、食道がんを、放射線化学療法により治療するかまたは手術療法により治療するかを判断するための基準を含んでいても良い。基準は、食道がんを、放射線化学療法により治療するかまたは手術療法により治療するかを判断するための数値であることが好ましい。
【0029】
本発明における、食道がん患者由来のがん組織とは、治療開始前に、患者から検査のために採取された食道がん組織(生検サンプル)、または、手術により摘出された食道がん組織又はそれらの一部を意味する。さらに、生検サンプルまたは手術により摘出された食道がん組織又はそれらの一部は、マイクロダイセクションにより食道がん組織のみを選択的に回収されることが好ましい。また、正常食道組織とは、食道上皮を含む食道の正常組織を意味し、生検や手術時に食道がん組織と供に得られる食道組織の正常部分であってもよい。
【0030】
本発明における、食道がんのIGFBP3遺伝子の発現量を測定するとは、食道がん中の、IGFBP3遺伝子の転写物(たとえば、mRNA)及び/又は翻訳物(例えば、たんぱく質)を測定すること意味する。また、食道がんの参照遺伝子の発現量を測定するとは、食道がん中の、参照遺伝子の転写物(たとえば、mRNA)及び/又は翻訳物(例えば、たんぱく質)を測定すること意味する。
【0031】
IGFBP3遺伝子の発現量(転写産物量および/または翻訳産物量)の測定は、IGFBP3mRNAおよび/またはIGFBP3たんぱく質を測定できれば、IGFBP3mRNAおよび/またはIGFBP3たんぱく質の全体であっても一部であっても良い。また、参照遺伝子の発現量(転写産物量および/または翻訳産物量)の測定は、参照遺伝子のmRNAおよび/またはたんぱく質を測定できれば、参照遺伝子のmRNAおよび/またはたんぱく質の全体であっても一部であっても良い。
【0032】
mRNAおよび/またはたんぱく質の測定方法は、ノーザンブロット、RT−PCR、リアルタイムRT−PCR、マイクロアレイ、ウェスタンブロット、ELISA、RIAなどの当業者に周知な方法を用いて測定することができる。
【0033】
本発明における、参照遺伝子は、細胞において構成的に発現している遺伝子であれば限定されないが、例えば、βアクチン、αチュブリン、グリセルアルデヒド3−リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)、18S rRNAなどが挙げられる。
【0034】
IGFBP3遺伝子の発現量の測定は、参照遺伝子の発現量の測定と同時に実施しても良いし、別々に実施しても良い。
【0035】
参照遺伝子として、βアクチン遺伝子を使用して、食道がん組織中のIGFBP3遺伝子とβアクチン遺伝子の発現量をリアルタイムRT−PCRを用いて測定した場合、βアクチン遺伝子10000コピー対してIGFBP3遺伝子のコピー数が、500以上、好ましくは750以上、より好ましく1000コピー以上である場合、IGFBP3遺伝子高発現型と判断し、第1選択として手術療法を決定することができる。一方、IGFBP3遺伝子のコピー数が400以下、好ましくは200以下、より好ましく100以下である場合、IGFBP3遺伝子低発現型と判断し、第1選択として放射線化学療法を決定することができる。
【0036】
よって、参照遺伝子の発現量とIGFBP3遺伝子の発現量を比較して、治療方針を決定するための基準値を決定することができる。例えば、参照遺伝子がβアクチン遺伝子の場合、(IGFBP3遺伝子の発現量」/(βアクチン遺伝子の発現量)=0.05以上、好ましくは0.075以上、より好ましくは0.1以上の場合、IGFBP3遺伝子高発現型と判断し、第1選択として手術療法を決定することができる。一方、比が0.04以下、好ましくは0.02以下、より好ましくは0.01以下の場合、IGFBP3遺伝子低発現型と判断し、第1選択として放射線化学療法を決定することができる。
【0037】
遺伝子の発現量は、RT−PCRやノーザンブロットを使用して発現量を測定した場合、参照遺伝子のバンドの強度およびIGFBP3遺伝子のバンドの強度として得られても良い。
【0038】
他の参照遺伝子を使用した場合、治療方針を決定するための基準値(すなわち、βアクチン遺伝子の発現量に対するIGFBP3遺伝子の発現量の比である、0.05以上、好ましくは0.075以上、より好ましくは0.1以上、および.04以下、好ましくは0.02以下、より好ましくは0.01以下)は、変化してもよい。
【0039】
がん組織と正常食道組織を抗IGFBP3特異抗体で染色するとは、当業者に周知の免疫組織化学的手法による染色を意味する。
【0040】
免疫組織化学的手法は、簡単には、組織切片と抗原特異抗体(例えば、抗IGFBP3特異抗体)を反応させ、組織切片中の抗原に結合した抗原特異抗体を酵素反応または蛍光物質を利用して組織切片上で発色させ、組織における抗原の存在を検出する方法である。この方法において発色が強ければ、抗原量が多いことを意味する。
【0041】
組織から組織切片を作製する方法は、当業者に周知である。組織切片は、凍結切片であってもパラフィン包埋切片であってもよい。
【0042】
抗原特異抗体(例えば、抗IGFBP3特異抗体)は、酵素、蛍光物質、ビオチン、アビジンなどで標識されていてもいなくても良い。標識されていない抗体(第1抗体)を使用した場合、第1抗体に対する標識された抗体(第2抗体)を使用する。抗体の検出は、抗体に結合している標識を検出することによって成される。例えば、標識が酵素であれば酵素反応により組織上に発色が生じる。また、標識が蛍光物質であれば組織上に蛍光の発色が生じる。
【0043】
正常食道組織中の細胞とがん組織中のがん細胞を比較して、正常食道組織中の細胞よりがん組織中のがん細胞の方が抗IGFBP3特異抗体により強く染色されているかいなか判定は、目視により行う。好ましくは病理専門医が目視により判定を行う。
【0044】
抗IGFBP3特異抗体で染色された正常食道組織中の細胞とがん組織中のがん細胞を比較して、がん組織中のがん細胞の方が、正常食道組織中の細胞より抗IGFBP3特異抗体で強く染色されている場合を高発現(IGFBP3遺伝子高発現型)と判定し、第1選択として手術療法を決定する。また、がん組織中のがん細胞と正常食道組織中の細胞の抗IGFBP3特異抗体による染色の強さが同等、又は、がん組織中のがん細胞の方が、正常食道組織中の細胞より抗IGFBP3特異抗体で弱く染色されている場合を低発現(IGFBP3遺伝子低発現型)と判定し、第1選択として放射線化学療法を決定する。
【0045】
本発明における、食道がんの手術後の再発のリスクを決定するとは、食道がんを手術により摘出後に、がんが再発するリスクを予測することを意味する。また、食道がんの手術治療後の再発リスクを決定するためのマーカーとは、食道がんの手術後の再発のリスクを決定するための指標を意味する。
【0046】
再発リスクを決定するとは、食道がんにおける、IGFBP3遺伝子の発現量(転写物および/または翻訳物)が高い(IGFBP3遺伝子高発現型)場合、がん再発のリスクが低いと決定する。一方、IGFBP3遺伝子の発現量が低い(IGFBP3遺伝子低発現型)場合、がん再発のリスクが高いと決定する。
【0047】
がん再発のリスクが低いとは、手術療法による治療後、40ヶ月、好ましくは5年以内にがんの再発が起こりにくいこと、例えば、がん再発率が40%以下、好ましくは30%以下、より好ましくは20%以下であることを意味する。
【0048】
がん再発のリスクが高いとは、手術療法による治療後、40ヶ月、好ましくは5年以内にがんの再発が起こりやすいこと、例えば、がん再発率が40%より高い、好ましく45%以上、より好ましくは50%以上であることを意味する。
【0049】
がん再発率が40%とは、手術療法による治療を受けた食道がん患者100人のうち40人に、治療後、40ヶ月、好ましくは5年以内にがんの再発が検出されることを意味する。治療後の患者は、再発予防のための処置を受けていてもいなくても良い。
【0050】
食道がん細胞株において、IGFBP3遺伝子を強制発現させた場合、増殖速度が低下したことから、IGFBP3遺伝子またはたんぱく質は、食道がんを治療するために医薬として使用できる。
【0051】
IGFBP3遺伝子の強制発現は、IGFBP3遺伝子を有する発現ベクター(例えば、発現プラスミドや組み換えウイルス)で食道がんに遺伝子導入して実施することができる。IGFBP3遺伝子を有する発現ベクターの作成方法や遺伝子導入の方法は当業者に周知である。また、IGFBP3たんぱく質で食道がんを治療しても良い。
【0052】
IGFBP3遺伝子またはたんぱく質を含む医薬は、さらに、必要に応じ、その他の成分を含有することができる。
【0053】
該その他の成分としては、特に制限されることなく、目的に応じて適宜選択することができる。たとえば、医薬的に許容され得る賦形剤や担体を挙げることができる。
【0054】
医薬の剤型としては、特に制限はなく、たとえば、固形、液状の経口剤、注射剤などを挙げることができる。
【0055】
本発明における、抗がん剤の投与量、投与回数及び投与時期は、特に制限されることなく、適用例に対応し、適宜選択することができる。
【実施例】
【0056】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0057】
1 研究方法
1−1 臨床検体
財団法人癌研究会付属病院で2000年9月から2004年5月までに同時化学放射線療法を受けたcStageII・IIIの食道扁平上皮がん患者の治療前の生検からサンプルを得た。そのサンプルから、Application Solutions Laser Microdissection System(Leica Microsystems, Wetzlar, Germany)を用いてマイクロダイセクションを行い、病理専門医により詳細な癌部の特定を行った上で、食道がん組織のみを選択的に回収した。本研究は、癌研究会治験・臨床研究倫理審査委員会で承認された(承認日;2006年5月17日)「がんの治療感受性および悪性度を規定する遺伝子の発現解析に関する研究」に基づいた方法で、患者よりインフォームドコンセントを得て行った。
【0058】
1−2 化学放射線療法プロトコル
CDDP 40mg/mをday1とday8に点滴静注、5−FU 400mg/mをdays1−5およびdays8−12に24時間持続点滴静注した。同時に放射線療法を2Gy/dayで、days1−5,8−12,15−19に行った(計30Gy)。以上5週間を1セットとして2セット(照射総量60Gy)行った。解析対象とした全症例がこのプロトコルにより治療を開始され、治療基準(50Gy以上の根治照射が行われ、CDDP 100mg/m、5−FU 1,000mg/m以上の投与が確保されている)を満たしている。
【0059】
1−3 RNA抽出
Qiagen RNeasy mini kit(Qiagen, Valencia, CA)を用いてtotal RNAを抽出、精製した。total RNAの純度は、Agilent 2100 Bioanalyzer Nanochip(Agilent Technologies, Palo Alto, CA)により検定し、基準(Agilent(登録商標)によって開発された基準であるRIN(RNA integrity number)が5以上)を充たしたサンプルのみを解析に使用した。
【0060】
1−4 cDNAオリゴヌクレオチドマイクロアレイ解析
22,575プローブセット(17,746遺伝子)が配置されたAgilent JFCR custom-made human oligonucleotide microarrayを使用した。Low RNA Input Fluorescent Linear Amplification Kit(Agilent Technologies)により、Cy−5もしくはCy−3で蛍光標識されたcRNAを合成し、スライド上にハイブリダイゼーションさせた後、洗浄を行った。Agilent dual laser DNA microarray scanner(Agilent Technologies)により蛍光強度をスキャンし、Agilent Feature Extraction software(Agilent Technologies)を用いて画像を数値化し解析を行った。
【0061】
本研究では、化学放射線療法を受けていない食道がん患者5例の正常食道上皮から得られたRNAをプールして、それを全ての症例の発現解析においてコントロールとすることによって、患者間の遺伝子転写産物レベルでの発現量の差を解析した。
【0062】
1−5 real−time RT−PCR解析
SuperScriptIII First-Strand Synthesis System(Invitrogen)を用いてcDNAを合成し、LUX Designer software(Invitrogen)で設計した各標的遺伝子cDNAを特異的に増幅するプライマーペアを用い、ABI Prism 7900HT sequence detection system(Applied Biosystems, Foster City, CA)により、各標的遺伝子の発現レベルを検証した。発現解析に用いたLUX検出法用の11種類の各標的遺伝子のプライマーの配列(forward primer; F-P, reverse primer; R-Pと略す)を以下に記載する。
【0063】
IGFBP3(insulin-like growth factor binding protein3: NM_001013398):
FAM-labeled F-P:5'-GACCATCAAGCGGGAGACAGAATATGG[FAM]C-3'(配列番号1、[FAM]は、3’末端から2番目のGがFAMで標識されていることを意味する)
R-P; 5'-CCCTGGGACTCAGCACACATTG-3'(配列番号2)
HBB(hemoglobin, beta: NM_000518):
FAM-labeled F-P; 5'-GAACTTGCCCAGGAGCCTGAAG[FAM]TC-3'(配列番号3、[FAM]は、3'末端から3番目のGがFAMで標識されていることを意味する)
R-P; 5'-TGGCTCACCTGGACAACCTC-3'(配列番号4)
ADM(adrenomedullin: NM_001124):
FAM-labeled F-P;5'-CACGCTAAAGTTGTTCGCCGCG[FAM]G-3'(配列番号5、[FAM]は、3’末端から2番目のGがFAMで標識されていることを意味する)
R-P;5 '-TCGGTGTTTCCTTCTTCCACA-3'(配列番号6)
WNT5A(wingless-type MMTV integration site family, member 5A: NM_003392):
FAM-labeled F-P; 5'-GACCTGAATAGGCACGAAGGCACAGG[FAM]C-3'(配列番号7、[FAM]は、3'末端から2番目のGがFAMで標識されていることを意味する)
R-P;5'-CACGGCATCTCTCTTTCACCA-3'(配列番号8)
TMEM132A(transmembrane protein 132A: NM_017870):
FAM-labeled F-P: 5'-CACTCGATCAACAAGCACCAGACGAG[FAM]G-3'(配列番号9、[FAM]は、3'末端から2番目のGがFAMで標識されていることを意味する)
R-P; 5'-AGCTCCTGACCCTCCACAGC-3'(配列番号10)
APOBEC3A(apolipoprotein B mRNA editing enzyme, catalytic polypeptide-like 3A: NM_145699):
FAM-labeled F-P; 5'-CACCGACCATCCTGGCTAACACGG[FAM]G-3'(配列番号11、[FAM]は、3’末端から2番目のGがFAMで標識されていることを意味する)
R-P; 5'-CCACCACGCCTGGCTAATTT-3'(配列番号12)
MGST1(microsomal glutathione S-transferase 1: NM_145791):
FAM-labeled F-P;5'-CACGGGCAATGGTGTGGTAGATCCG[FAM]G-3'(配列番号13、[FAM]は、3'末端から2番目のGがFAMで標識されていることを意味する)
R-P; 5'-CCCTCTACAGCCATCCTGCAC-3'(配列番号14)
AKR1C3(aldo-keto reductase family 1, member C3: NM_003739):
FAM-labeled F-P; 5'-CACCATAAGCCCTGTGTGTGGATGG[FAM]G-3'(配列番号15、[FAM]は、3'末端から2番目のGがFAMで標識されていることを意味する)
R-P; 5'-TGTCCAGTCACCGGCATAGA-3'(配列番号16)
PAK1IP1(PAK1 interacting protein 1: NM_017906):
FAM-labeled F-P; 5'-GACATGAGGAGGAAGGCTTTCTTTCATG[FAM]C-3'(配列番号17、[FAM]は、3'末端から2番目のGがFAMで標識されていることを意味する)
R-P;5'-AAACACTAATGCCAGGCTGACG-3'(配列番号18)
NODATA(AAA398608):
FAM-labeled F-P; 5'-GACTTCATGGCTTTCATCTCCTCTGAAG[FAM]C-3'(配列番号19、[FAM]は、3’末端から2番目のGがFAMで標識されていることを意味する)
R-P;5'-CAATGAGCAGCGCATCAGAC-3'(配列番号20)
EDIL3(EGF-like repeats and discoidin I-like domains 3: BX648583):
FAM-labeled F-P;5'-CACAGGTTGTTAGCTCCACATTTCCTG[FAM]G-3'(配列番号21、[FAM]は、3'末端から2番目のGがFAMで標識されていることを意味する)
R-P;5'-CCTGTGCCTTCCTGGGAAAC-3'(配列番号22)
定量化のためのコントロールとしてβ−actin遺伝子を用いた。β−actin cDNA増幅のためのβ−actin遺伝子特異的プライマーは、インビトロジェン社のCERTIFIED LUX Primer Set for human ACTIN FAM-labeled Cat. No. 101H-01を用いた。
【0064】
cDNA反応は、SuperScriptIII First-Strand Synthesis System(Invitrogen)を用いて以下のように行った。
【0065】
cDNA合成反応のための反応組成物(20μL)を以下のように調製した:
2X RT Reaction Mix 10μl、
RT Enzyme Mix 2μl、
RNA (40ng) 40ngのRNAに相当する容量、および
DEPC処理した水を加え、合計20μlにした。
【0066】
cDNA合成反応のために、上記組成物(20μL)を
25℃で10分間、
50℃で30分間、
85℃で5分間、
インキュベーションし、次いで、氷中で1μl(2U)のE. coli RNase Hを加え、37℃で20minインキュベーションした。反応終了後、反応液を水で40倍に希釈した。
【0067】
上記希釈したcDNA反応液を用いてreal−time RT−PCRを、Platinum qPCR SuperMix−UDG(Invitrogen)を用いて以下のとおり行った。
【0068】
real−time RT−PCRのための反応組成(25μl):
Platinum(登録商標)Quantitative PCR SuperMix-UDG 12.5μl
ROX reference Dye 1μl
10μM primer mix 0.5μl
50mM MgCl 0.5μl
DEPC-treated Water 5.5μl
cDNA反応溶液 5μl
cDNA反応溶液には、total RNA 10pg−100ng相当量が含まれる。
【0069】
real−time RT−PCRのPCRプログラムは、以下のとおりである。
ABI Prism 7900HT sequence detection system (Applied Biosystems, Foster City, CA)により、はじめに、
50℃ 2min
95℃ 2min
続いて、以下:
95℃ 15sec
55℃ 30sec
72℃ 30sec
を48サイクル行った。
【0070】
なお、反応産物のDissociation Curveは、
95℃ 15sec
60℃ 15sec
95℃ 15sec
で行い、シングルピークになることから増幅反応が特異的であることを確認した。
【0071】
コピー数の計算は以下のように行った。あらかじめコピー数のわかっているβ−actin遺伝子(Invitrogen、qPCR Plasmid Standards:Cat.No:11740-100)とβ−actin遺伝子特異的プライマー(インビトロジェン社のCERTIFIED LUX Primer Set for human ACTIN FAM-labeled Cat. No. 101H-01)を用いて、上記のプログラムでreal−time RT−PCRを行い、検量線を作成した。この検量線を用い、測定された標的遺伝子の蛍光値から標的遺伝子のコピー数を求めた。
【0072】
1−6 免疫組織化学的解析
凍結保存されている組織材料から厚さ8μmの切片をクライオスタット(Leica Microsystems)にて作製し、IGFBP3タンパクの 免疫組織染色をHistofine Simple Stain MAX PO kit(Nichirei, Tokyo)を用いて行った。凍結切片を4%PFAで固定し、100%メタノール−3%過酸化水素水10分の処理による内因性ペルオキシダーゼの失活処理を行った後、10%ヤギ血清にてブロッキングした。800倍希釈した抗IGFBP3抗体(R&D systems Inc., Minneapolis, MN)を用いて、4℃で一晩抗原抗体反応を行った。次に、kitに付属しているビオチン化抗体を室温で30分反応させ、DAB溶液(Nichirei)にて可視化し、さらにヘマトキシリンによるカウンター染色を行った。
【0073】
1−7 培養細胞株及び細胞培養
東北大学加齢医学研究所附属医用細胞資源センターより供与された8種類のヒト食道がん細胞株(TEシリーズ:TE1,4,5,8,9,10,11,15)(Nishihira, T., Hashimoto, Y., Katayama, M., Mori, S. & Kuroki, T. Molecular and cellular features of esophageal cancer cells. J Cancer Res Clin Oncol 119, 441-9 (1993))を、10%ウシ胎児血清を加えたRPMI 1640を培地とし、5%CO、37℃のインキュベーターにて培養した。
【0074】
1−8 レンチウイルスベクターへの遺伝子導入
IGFBP3遺伝子を強制的に発現させるために、レンチウイルスベクターpLenti6/V5(Invitrogen)に、ヒトIGFBP3遺伝子のcDNAを挿入した。また、IGFBP3遺伝子の発現を抑制するために、IGFBP3遺伝子に対しRNA干渉を誘導する配列(5'-TGC TGA TCC GAA GAA TTG TGC CAT TAG TTT TGG CCA CTG ACT GAC TAA TGG CAA TTC TTC GGA T- 3'(配列番号23)と5'-CCT GAT CCG AAG AAT TGC CAT TAG TCA GTC AGT GGC CAA AAC TAA TGG CAC AAT TCT TCG GAT C-3'(配列番号24))を同じレンチウイルスベクターに挿入した。コントロールの細胞としてlacZ遺伝子に対しRNA干渉を誘導する配列(5'-TGC TGA AAT CGC TGA TTT GTG TAG TCG TTT TGG CCA CTG ACT GAC GAC TAC ACA TCA GCG ATT T- 3'(配列番号25)と5' -CCT GAA ATC GCT GAT GTG TAG TCG TCA GTC AGT GGC CAA AAC GAC TAC ACA AAT CAG CGA TTT C-3'(配列番号26))を同じレンチウイルスベクターに挿入した。レンチウイルスベクターへ挿入された目的の配列は、全てシークエンスにより確認した。
【0075】
293T細胞へ上記のベクターをパッケージングベクター(Invitrogen)と共に導入しウイルス粒子を作製した。6ug/mlポリブレンの存在下、ウイルス粒子を食道がん細胞株に感染させ、24時間後、培地を交換した。さらに24時間培養後、導入した遺伝子を安定に発現している細胞を選択するために、ブラストシジンを加えた培地と交換した。IGFBP3遺伝子を強制的に発現させた細胞はサブクローニングを行ったが、抑制した細胞は、薬剤選択後に回収した細胞集団として扱った。
【0076】
1−9 Western Blotting
細胞をPBSで洗浄した後、20mmol/L Tris−HCl(pH7.5),150mmol/L NaCl,1%Triton X−100,1mM EDTA,1mM EGDA,1mM β−glycerophosphate,1mM NaVO,1mM phenylmethylsulfonyl fluorideにprotease inhibitor mixture tablet(complete; Roche Applied Science, Indianapolis, IN)を加えたlysis bufferを用いて氷上で溶解させた。溶解液を超音波破砕し、13,000rpm、4℃にて遠心した後上清を回収した。タンパク質濃度はBio-Rad Protein Assay(Bio-Rad, Hercules, CA)を用いて測定した。
【0077】
各細胞から抽出した等量のタンパク質をSDSで変性させ、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)にて分離し、ニトロセルロース膜に転写した。タンパク質を転写した膜を5%スキムミルクを加えたTBSにて室温で1時間ブロッキングし、洗浄した後、4℃で一晩、各標的タンパクに対する以下の一次抗体と反応させた。
【0078】
一次抗体には、抗ヒトIGFBP3抗体(DSL-R00536; Diagnostic Systems Laboratories, Webster, TX, 500倍希釈で使用)、または抗αチュブリン抗体(Sigma、1000倍希釈で使用)を使用した。
一次抗体と反応後、各一次抗体に対する適切な以下のHRP標識二次抗体と室温で1時間反応させた。
【0079】
二次抗体には、抗ヒトIGFBP3抗体に対しては、抗ヤギIgG抗体(Jackson ImmunoResearch. Laboratories Inc., West Grove, PA, 2000倍希釈で使用)、抗αチュブリン抗体に対しては、抗マウスIgG抗体(Bio-Rad, 2,000倍希釈で使用)を使用した。
【0080】
目的とするタンパク質の最終的な検出は、western blotting detection system(Amaersham, Arlington Heights, IL)を用いて、化学発光により行い、各バンドの濃度をα−チュブリンのバンド濃度との比較により、定量化した。すなわち(A/B)x(C/D)の式により測定した。(A;TE4のα−チュブリンのバンド濃度、B;サンプルのα−チュブリンのバンド濃度、C;サンプルのIGFBP3のバンド濃度、D;TE4のIGFBP3のバンド濃度)。
【0081】
1−10 細胞増殖試験
細胞を6−wellプレートに5×10/well(triplicate)の濃度で播種し、測定する日にトリプシン処理を行い、細胞数を数えた。
【0082】
1−11 抗がん剤感受性試験
96−wellプレートに1×10/wellの濃度で細胞を播種し、24時間培養した後、種々の濃度のCDDP、あるいは5−FU(Sigma, St Louis, MO)を添加した。生存細胞の測定はWST−1アッセイ(Roche, Penzberg, Germany)により行い、CDDPは添加後48時間、5−FUは添加後72時間で判定した。実験は3−4回繰り返し行い、生存曲線より、50%増殖阻止濃度であるIC50を算出した。
【0083】
1−12 コロニー形成法による放射線感受性試験
50−100個のコロニーをつくるような濃度で細胞を播種し、24時間後にX線照射装置(CP160, Faxitro x-ray corp.)を使用し、管電圧160kV、管電流6.2mA、0.5mm Alフィルター、照射線量率2.22Gy/minの条件で、X線照射(0−8Gy)を行った。2−3週間培養後、ホルマリン固定、2%ギムザ染色を行い、細胞数50個以上のコロニーを数えコロニー形成率を算出し、それをもとに補正後、生存率を求めた。
【0084】
1−13 統計学的解析
免疫組織染色と臨床病理学的因子の相関関係の検定は、χ2− testおよびFisher's exact testにより行った。IGFBP3タンパクの発現と全生存期間、無再発生存期間との関連はKaplan−Meier法により行い、log−rank testにより検定した。他の2群間の比較はStudent’s t−testにより行った。解析はStatView 5.0(Abacus Concepts, Inc., Berkeley, CA)を用いて行い、p<0.05を有意水準とした。
【0085】
2.研究結果
2−1 食道がん化学放射線療法感受性マーカー同定の試み
化学放射線療法治療前の生検材料から得られたサンプルの遺伝子発現プロファイルの解析から、化学放射線療法後の効果を予測・判定するバイオマーカーの同定を試みた。
【0086】
2−1(1) 遺伝子転写産物発現レベルでの感受性予測の試み
2−1(1)A 解析対象とした食道がん患者の臨床病理学的背景
癌研病院で、2000年9月から2004年5月までに同時放射線化学療法を受けたcStageII・IIIの食道扁平上皮がん患者27例を解析対象とした。全例が同一の放射線化学療法のプロトコルにより治療を開始され、治療基準(50Gy以上の根治照射が行われ、CDDP100mg/m、5−FU1000mg/m以上の投与が確保されている)を満たした症例である。
【0087】
2−1(1)B サンプルの調製
治療開始前の生検からサンプルを得た。マイクロダイセクションにより食道がん組織のみを選択的に回収し、その組織からtotal RNAを抽出し精製した。得られたRNAの質的な劣化が認められた5例を除く、全22例より得られたtotal RNAに対し、cDNAオリゴヌクレオチドマイクロアレイを用いて、転写産物レベルでの包括的遺伝子発現解析を行った。この手法により、全17746遺伝子の転写産物レベルでの発現量を解析することができる。
【0088】
2−1(1)C 臨床効果判定による分類
化学放射線療法感受性を規定している遺伝子を解析するため、最終的に解析可能な対象22例を、治療効果により、以下の3群に分類した。
22例のうち、治療後の臨床効果がComplete Response(以後CR)で、少なくとも1年以上再発が認められなかった11例を「有効群」、治療後CRが得られなかった5例を「無効群」、一旦CRは得られたが、1年以内に再発を認めた6例を「中間群」に、分類した(表1)。臨床効果の判定は、CTおよび内視鏡検査によって行った。
【0089】
【表1】

【0090】
2−1(1)D マイクロアレイを用いた遺伝子の選定
本研究で使用したAgilent custom arrayは、2色比較を行うcDNAオリゴヌクレオチドアレイで、アレイ上に17756遺伝子のプローブセットが配置されている。これらの遺伝子すべてに関して、食道がん組織中の転写産物の量をコントロールRNA中の転写産物の量と比較したときの発現量の比を知ることができる。本研究では、放射線化学療法を受けていない食道がん患者5例の正常食道上皮から得られたRNAをプールして、それをすべての症例の発現解析においてコントロールとすることによって、患者間の遺伝子転写産物レベルでの発現量の差を解析した。
【0091】
化学放射線療法感受性を規定する遺伝子を選定するために、前述の有効群11例と無効群5例の間に、臨床病理学的背景に有意な違いがないことを確認した上で(cT因子P=0.5724、cN因子P=0.5238、cStage P=0.5055)、この2群間で転写産物レベルでの発現量の差が大きい遺伝子の選定をMann−Whitney U検定を用いて行った。検定の条件をlocation shift 0.3,p<0.05に設定して挙がってきた遺伝子は48遺伝子、location shift 0.4,p<0.05では23遺伝子、そして、location shift 0.5,p<0.05で抽出されたのは12遺伝子であった(表2)。以下、これら12遺伝子に関し、さらなる解析を行った。
なお、12遺伝子中にDNA修復、薬剤耐性、薬剤代謝などに関与することが知られている遺伝子群は含まれなかった。
【0092】
【表2】

【0093】
2−1(1)E real−time RT−PCR による選定遺伝子の解析
これらの12遺伝子の中から、その転写産物の発現レベルが、最も化学放射線療法感受性と高い関連性を示す遺伝子を抽出するため、ダイナミックレンジが広く、発現値の定量化に優れるreal−time RT−PCR法により、さらに解析を行った。解析には、1−2で使用したRNAを鋳型にして合成したcDNAを使用した。定量化のためのコントロールとしてβ−actin遺伝子を用いて、各遺伝子に関してβ−actin遺伝子の転写産物10コピーあたりの相対的な量を求め比較・解析した。解析できたのは、有効なプライマーを設計することができなかった1遺伝子を除いた12遺伝子中11遺伝子で、再度Mann−Whitney U検定を行ったところ(マイクロアレイ解析の使用で、RT−PCR解析に不足となってしまったES012を除外した有効群10例と無効群5例の比較)、4遺伝子がp<0.05の条件で選定された(表3)。これらの4遺伝子中で、最も有意な差を認めたのはIGFBP3であった(P=0.00133)。上記の方法で算出したIGFBP3遺伝子とPAK1IP1遺伝子転写産物の発現レベルを群別にplotしたのが図1である。
【0094】
【表3】

【0095】
2−1(2) 蛋白発現レベルでの感受性予測
バイオマーカーの候補として選定した遺伝子を臨床応用していくには、その汎用性を考えたときに、蛋白レベルで発現していることが有用であり、さらに、何らかのメカニズムで化学放射線療法感受性を規定しているのであれば、食道がん組織における発現量と発現部位も重要である。従って、以下の解析を進めていった。
【0096】
2−1(2)A 選定遺伝子の蛋白発現レベル免疫組織化学的手法を用いて
IGFBP3遺伝子が、食道がん組織で蛋白として発現しているかどうか調べるために、免疫組織染色を行った(図2)。2003年4月から2006年3月まで、術前治療を施行されず、財団法人癌研究会付属病院で手術された43例の食道扁平上皮がん患者から採取した手術材料による検討を行った。
【0097】
正常の食道上皮では、基底層からその上層の全層にわたり発現レベルが低いことが観察された(図2A)。一方、がん組織での発現レベルは症例間により様々であった(図2B−D)。IGFBP3は主にがん細胞の細胞質に局在し、一部の標本では核に陽性像もみられたが、本研究では、その局在を判定の基準に含めなかった。判定は病理専門医がblind形式で行った。
【0098】
正常食道上皮での発現レベルと比較して、それより明らかに強く染色されるがん細胞を高発現、同等もしくは弱く染色されるがん細胞を低発現と分類した(図2B〜D)。
【0099】
上記の判定基準により、蛋白の発現レベルと臨床病理的背景因子との関連を調べたが、年齢(P=0.1175)、性別(P=0.6418)、pT因子(P=0.7556)、pN因子(P=0.7346)、pM因子(P=0.3743)、pStage(P=0.5230)、分化度(P=0.1126)、リンパ管侵襲(P>0.9999)、脈管侵襲(P=0.2302)のいずれとも関連はみられなかった。また、Kaplan−Meier法により、発現レベルと術後予後として全生存期間との関連を解析したが、統計的有意差はみられなかった。
【0100】
2−1(2)B 化学放射線療法効果予測への応用
次に、2−1(2)Aの判定基準により、蛋白の発現レベルと化学放射線療法感受性との関連を調べた。2−1(1)Eのreal−time RT−PCRで使用したサンプルのうち、サンプルの残りが確保されて染色が可能であった14例(有効群9例、無効群5例)、RNAの質的な劣化で解析から除外した5例のうちサンプルが確保されていた4例(有効群)、さらに、追加症例5例(有効群2例、無効群3例)を合わせた計23例(有効群15例、無効群8例)の免疫組織染色を行った。
【0101】
その結果、IGFBP3遺伝子の発現量は、蛋白レベルでも化学放射線療法感受性と強い負の相関を示した(表4、P=0.0062)。即ち、IGFBP3蛋白の発現が多ければ、化学放射線療法感受性が低くなり、一方、発現が低ければ感受性が高くなることが示された。これらの結果から、IGFBP3が化学放射線療法感受性と関連するバイオマーカーとなり得ることが強く示唆された。
【0102】
【表4】

【0103】
2−1(2)C 術後予後予測への応用の可能性
2−1(2)Aの結果では、IGFBP3蛋白の発現レベルと予後との関連は示されなかった。しかし、2−1(2)Aで解析対象とした全43例には、何らかの形で化学放射線療法を受けた症例が27例含まれていた。一方、2−1(2)Bで示したように、IGFBP3蛋白の発現レベルが放射線感受性と関連することが明らかになった。
【0104】
従って、術後予後の指標として、化学放射線療法の影響を受けていないと考えられる無再発生存期間を用い、IGFBP3蛋白の発現レベルと食道がんの予後との関連を改めて評価した。
【0105】
その結果、図3に示すごとく、IGFBP3高発現の群で術後再発しにくい傾向が認められた。このことから、IGFBP3は予後規定因子にもなり得る可能性も示唆された。IGFBP3蛋白の発現レベルによって、食道扁平上皮がん患者を2群に分けると、その発現が高ければ化学放射線療法感受性は悪くなるが、手術予後としては良くなる傾向が認められた。このことから、IGFBP3は食道がんの性質に影響し、またその悪性度にも関与する可能性があることが示唆された。
【0106】
2−2 In vitroでの感受性マーカー候補遺伝子の機能解析
IGFBP3が化学放射線療法感受性と関連し、食道がんの悪性度にも関与する可能性があることが示唆されたが、その作用機序は不明である。従って、次に、食道がん細胞株を用いて、その生物学的な意義についてin vitroで検討を行った。
【0107】
2−2(1) 食道がん細胞株におけるIGFBP3発現レベル
2−2(1)A 遺伝子転写産物発現レベルと蛋白発現レベル
まず、進行食道扁平上皮がんの手術材料より樹立された食道がん細胞株TEシリーズ(胸水由来のTE9以外は原発巣由来)8株におけるIGFBP3遺伝子転写産物の発現レベルを、real−time RT−PCRによって検討した。前章の5−1(1)Cと同様、β−actin遺伝子の転写産物10コピーあたりのコピー数で比較を行った。その結果、8株の細胞株は、IGFBP3遺伝子転写産物の発現量によって以下の3つのグループに分けられた。TE4とTE11は、β−actin遺伝子の転写産物10コピーあたり200コピー以上、TE1,TE5,TE9,TE10,TE15は20−55コピー、TE8はそれらの中間で100コピーであった。ゆえに、食道がん細胞株TEシリーズは、IGFBP3遺伝子転写産物の発現レベルにより、高発現群2株(TE4,TE11)、中発現1株(TE8)、低発現群5株(TE1,TE5,TE9,TE10,TE15)の3タイプが存在することが分かった(図4A)。
【0108】
さらに、これらの細胞株におけるIGFBP3蛋白の発現をwestern blottingにより確認した。遺伝子転写産物の発現量が多かったTE4,TE11は、蛋白レベルでも発現が高かった。遺伝子転写産物の発現量が中間だったTE8を含めた他の6細胞株は発現が低く、差は認められなかった(図4B)。全体として、遺伝子転写産物の発現量に比例して、IGFBP3蛋白が発現していることが確認された。
【0109】
次に、これらin vitroの食道がん細胞株のIGFBP3発現量を、in vivoの食道がん組織における発現レベルと比較した。細胞株のIGFBP3遺伝子転写産物の発現量は化学放射線療法感受性の有効群と同等であり、無効群の発現量と比較すると、有意に低いことが認められた(図4C)。従って、これらの細胞株は、ヒト食道がんにおけるIGFBP3の機能を解析するには有用と考えられたが、これらの細胞株を用いて感受性を検討する際には、細胞株のIGFBP3転写産物の発現量を高くし、それによって初めて生体内の治療応答性を反映できる可能性が高いと考えられた。
【0110】
2−2(1)B 発現抑制と強制発現
次に、これらの食道がん由来細胞株におけるIGFBP3遺伝子の機能を解析する目的で、その発現が抑制された細胞およびIGFBP3遺伝子を強制的に発現させた細胞を作製した。
【0111】
2−2(1)Ba 発現抑制系
IGFBP3遺伝子に対してRNA干渉を誘導する配列を挿入したレンチウイルスベクターを用いて、高発現群2株(TE4,TE11)、中発現1株(TE8)の3株に対して、IGFBP3遺伝子の発現抑制を試みた(図5)。コントロールの細胞として、lacZ遺伝子に対しRNA干渉を誘導する配列を挿入したレンチウイルスベクターを感染させ、これらは、薬剤選択後に回収した細胞集団として扱った。得られた抑制効果の確認はreal−time RT−PCR(図5A)およびwestern blotting(図5B)により行い、少なくとも、蛋白発現レベルで80%以上の抑制効果があることを確認した上で以後の解析に使用した。(IGFBP3蛋白の発現を抑制した細胞をTE4−KD、TE11−KD、TE8−KDとして、コントロールの細胞をTE4−lacZ、TE11−lacZ、TE8−lacZとして記載する)。
【0112】
2−2(1)Bb強制発現系
一方、中発現1株(TE8)、低発現群1株(TE1)において、IGFBP3遺伝子を強制的に発現させることを試みた(図6)。レンチウイルスの感染後サブクローニングを行い、それぞれ6クローンずつ樹立した(図6B,6D)。蛋白レベルで確認すると、その発現は様々であったが、3クローンは内因性にIGFBP3蛋白が最も高発現していた細胞株(TE4)より発現が高かった(図6B,6D)。さらに、その一部の遺伝子転写産物の発現レベルをreal−time RT−PCRでも確認した(図6A,6C)。(IGFBP3蛋白を強制的に発現させた細胞をTE1−OE、TE8−OEとして、コントロールの細胞をTE1−lacZ、TE8−lacZとして記載する)。
【0113】
2−2(2) 遺伝子導入細胞株を用いたIGFBP3遺伝子の機能解析
2−2(2)A 細胞増殖について
非小細胞肺がん細胞株を使った実験で、IGFBP3が細胞増殖抑制的に機能していることが報告されている(Hochscheid, R., Jaques, G. & Wegmann, B. Transfection of human insulin-like growth factor-binding protein 3 gene inhibits cell growth and tumorigenicity: a cell culture model for lung cancer. J Endocrinol 166, 553-63 (2000);Lee, H.Y. et al. Insulin-like growth factor binding protein-3 inhibits the growth of non-small cell lung cancer. Cancer Res 62, 3530-7 (2002))。従って、まず初めに、5−2(1)Bで作製した遺伝子導入細胞株を利用し、IGFBP3遺伝子が食道がん細胞株の増殖に及ぼす影響を検討した(図7)。
【0114】
コントロールの細胞の増殖活性とIGFBP3遺伝子の発現レベルとに関連はみられなかった(図7A)。IGFBP3遺伝子の発現を抑制した高発現群の2株(TE4,TE11)のうち、TE4−KDについては、コントロール細胞と比較し有意な変化が認められなかったものの(図7C)、TE11−KDでは増殖速度の増加が認められ(図7E)、発現を抑制した中発現の1株(TE8)であるTE8−KDについても増殖速度が増加するという結果が得られた(図7D)。一方、IGFBP3遺伝子を強制的に発現させた低発現群の1株(TE1)、中発現の1株(TE8)では、逆に、IGFBP3発現が高くなることによって増殖速度が低下した(図7B,7D)。これらのことから、1細胞株を除いた全ての細胞株で、IGFBP3の高発現は増殖を抑制する方向に働いていることが分かり、非小細胞肺がん細胞株の場合と同様に、食道がん細胞株においても、IGFBP3は増殖抑制的に機能していることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0115】
本発明は、食道がんを、放射線化学療法により治療するかまたは手術療法により治療するかを決定するために有用である。また、本発明は、食道がんの手術後の再発のリスクを診断するために有用である。また、本発明は、食道がんを治療するために有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
IGFBP3遺伝子および/またはたんぱく質からなる、第1選択として食道がんを放射線化学療法により治療するかまたは手術療法により治療するかを決定するための、または、食道がんの手術治療後のがん再発のリスクを決定するためのマーカー。
【請求項2】
IGFBP3遺伝子に対する特異的プローブ、IGFBP3遺伝子に対する特異的プライマーおよびIGFBP3たんぱく質に対する特異抗体からなる群から選択される少なくとも1つを含む、第1選択としての食道がんの治療方針を決定するための、または、食道がんの手術治療後のがん再発のリスクを決定するためのキット。
【請求項3】
第1選択として食道がんを放射線化学療法により治療するかまたは手術療法により治療するかを決定するための、または、食道がんの手術治療後の再発リスクを決定するための方法であって、
− 食道がん患者由来のがん組織を準備すること、
− 前記がん組織中のIGFBP3遺伝子およびβアクチン遺伝子の発現量を測定すること、および
− βアクチン遺伝子の発現量に対するIGFBP3遺伝子の発現量の比が、0.05以上である場合、第1選択として手術療法を決定し、0.04以下である場合、第1選択として放射線化学療法を決定すること、または
− βアクチン遺伝子の発現量に対するIGFBP3遺伝子の発現量の比が、0.05以上である場合、再発のリスクは低く、0.04以下である場合、再発のリスクは高いと決定すること
を含む方法。
【請求項4】
第1選択として食道がんを放射線化学療法により治療するかまたは手術療法により治療するかを決定するための、または食道がんの手術治療後の再発リスクを決定するための方法であって、
− 食道がん患者由来のがん組織と正常食道組織を準備すること、
− 前記がん組織と正常食道組織を抗IGFBP3特異抗体で染色すること、
− 抗IGFBP3特異抗体で染色された正常食道組織中の細胞とがん組織中のがん細胞を比較して、がん組織中のがん細胞の染色が、正常食道組織中の細胞の染色より強い場合、第1選択として手術療法を決定し、がん組織中のがん細胞の染色と正常食道組織中の細胞の染色が同等もしくはがん組織中のがん細胞の染色が正常食道組織中の細胞の染色より弱い場合、第1選択として放射線化学療法を決定すること、または
− 抗IGFBP3特異抗体で染色された正常食道組織中の細胞とがん組織中のがん細胞を比較して、がん組織中のがん細胞の染色が、正常食道組織中の細胞の染色より強い場合、手術治療後の再発のリスクは低いと決定し、がん組織中のがん細胞の染色度と正常食道組織中の細胞の染色が同等もしくはがん組織中のがん細胞の染色が正常食道組織中の細胞の染色より弱い場合、手術治療後の再発のリスクは高いと決定すること
を含む方法。
【請求項5】
IGFBP3遺伝子またはたんぱく質からなる、食道がんを治療するための医薬。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−200625(P2010−200625A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−46810(P2009−46810)
【出願日】平成21年2月27日(2009.2.27)
【出願人】(000173588)財団法人癌研究会 (34)
【Fターム(参考)】