説明

香料成分およびその製造方法

【課題】 すずらん様の香気の強いシス異性体の含有率の高い前記ピラン化合物を工業的規模で安価に製造する方法を提供すること。
【解決手段】 シス異性体の含有率が70〜95重量%である下記式(1)
【化1】


[式中、Rは炭素数1〜10の飽和または不飽和の炭化水素基を示し、波線はシスまたはトランス立体配置を示す]
で表されるピラン化合物からなることを特徴とする香料成分。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は強いすずらん様の香気を有する香料成分およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
すずらん(ミューゲ)は、ローズ、ジャスミンとともに三大花香の一つであり、フレグランス製品ばかりでなく、スキンケア、メーキャップ等の化粧品、石鹸にも広く用いられている。すずらんの花精油は工業的に実用化されていないため、すずらん様の香気を有する合成香料が使用されている。すずらん様の香気を有する合成香料としてはヒドロキシシトロネラールが代表的であるが、皮膚感作の問題があり使用量が制限されている。また、リリアール(登録商標)、リラール(登録商標)も同様な香調を持つが、同様な理由から使用量が制限されている。
【0003】
そこで、皮膚感作性のない安全なすずらん様の香気を有する合成香料として2−イソブチル−4−ヒドロキシ−4−メチルテトラヒドロピラン(以下、ピラン化合物と称することがある)がフロロール(登録商標)またはフロローザの商品名で市販されている。該ピラン化合物の製造方法としては、例えば、酸性触媒下、3−メチル−3−ブテノールと3−メチルブタナールを反応することによりシス異性体/トランス異性体比が55/45である異性体混合物が得られることが開示されている(非特許文献1参照)。また、該ピラン化合物と類似化合物を反応温度が50〜60℃にて行う方法(特許文献1、2および3参照)、さらに、反応温度が40〜120℃である製造方法(特許文献4参照)が開示されているが、特許文献1〜4には、生成するピラン化合物のシス異性体とトランス異性体の比は記載されていない。また、上記した市販のピラン化合物は、シス異性体/トランス異性体比は55〜65/45〜35である。
【0004】
上記、非特許文献1には、シス異性体とトランス異性体の混合物を非工業的なカラムクロマトクラフィーで分離し、それぞれの異性体の香気を比較したところシス異性体は香気が強く、トランス異性体の香気は弱いことが記載されている。
【0005】
【非特許文献1】Chimia Vol.55,No.5,P.388−396(2001)
【特許文献1】USSR Pat.No.620487(1978)
【特許文献2】USSR Pat.No.638597(1978)
【特許文献3】USSR Pat.No.618374(1978)
【特許文献4】特開2005−104955公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記したように、これまですずらん様の香気の強いシス異性体の含有率の高い前記ピラン化合物を製造する方法は知られていなかった。
【0007】
したがって、本発明の目的は、すずらん様の香気の強いシス異性体の含有率の高い前記ピラン化合物を工業的規模で安価に製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、シス異性体の含有率の高い前記ピラン化合物の製造方法について鋭意研究を行った結果、今回、酸性触媒水性液の濃度と反応温度を特定の範囲に設定して反応することにより、シス異性体含有率の高いピラン化合物を好収率で経済的に有利に製造することができることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0009】
かくして、本発明は、シス異性体の含有率が70〜95重量%である下記式(1)
【0010】
【化1】

【0011】
[式中、Rは炭素数1〜10の飽和または不飽和の炭化水素基を示し、波線はシスまたはトランス立体配置を示す]
で表されるピラン化合物、特に置換基Rがイソブチル基であるピラン化合物からなることを特徴とする香料成分を提供することができる。
【0012】
また、本発明は、前記の香料成分を有効成分として含有することを特徴とする香料組成物を提供するものである。
【0013】
さらに、本発明は、下記式(2)
RCHO (2)
[式中、Rは炭素数1〜10の飽和または不飽和の炭化水素基を示す]
で表されるアルデヒドと3−メチル−3−ブテン−1−オールを、酸性触媒水性液の存在下に反応して前記の香料成分を製造する方法において、酸性触媒水性液の濃度(A)と反応温度(B)が下記の条件で行うことを特徴とする前記の香料成分の製造方法を提供することができる。
【0014】
(A)が1重量%以上、10重量%未満では(B)は0〜100℃または
(A)が10重量%以上、65重量%未満では(B)は0〜30℃
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、すずらん様の香気の強いシス異性体の含有率の高い前記ピラン化合物を工業的規模で安価に製造する方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
【0017】
本発明のシス異性体の含有率が70〜95重量%、好ましくは80〜95重量%の下記式(1)
【0018】
【化2】

【0019】
[式中、Rは炭素数1〜10の飽和または不飽和の炭化水素基を示し、波線はシスまたはトランス立体配置を示す]
で表されるピラン化合物は、下記式(2)
RCHO (2)
[式中、Rは炭素数1〜10の飽和または不飽和の炭化水素基を示す]
で表されるアルデヒドと3−メチル−3−ブテン−1−オールを、酸性触媒水性液の存在下に反応して製造する方法において、酸性触媒水性液の濃度(A)と反応温度(B)が下記の条件で行うことにより得ることができる。
【0020】
(A)が1重量%以上、10重量%未満では(B)は0〜100℃または
(A)が10重量%以上、65重量%未満では(B)は0〜30℃
出発物質である前記式(2)のアルデヒドとしては、例えば、n−ブチルアルデヒド、クロトンアルデヒド、イソブチルアルデヒド、バレルアルデヒド、イソバレルアルデヒド、3−メチル−2−ブテナール、ヘキサナールなどを挙げることができ、イソバレルアルデヒドが特に好ましい。これらのアルデヒドは市場で容易に入手することができる。
【0021】
また、もう一方の出発物質である3−メチル−3−ブテン−1−オールは、例えば、イソブチレンとホルムアルデヒドを反応させることにより容易に得ることができる。また、市販品としても入手することができる。
【0022】
前記式(2)のアルデヒドの使用量は、3−メチル−3−ブテン−1−オールに対して2.0〜0.5モル倍が好ましく、1.5〜1.0モル倍が特に好ましい。
【0023】
前記式(2)のアルデヒドと3−メチル−3−ブテン−1−オールの反応は、酸性触媒水性液の存在下に行われる。かかる酸性触媒としては、例えば、メタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸、硫酸水溶液、塩酸水溶液、リン酸水溶液、イオン交換樹脂などの水性液を例示することができ、強酸性触媒の水性液が好ましく、特に硫酸水溶液が好ましい。酸性触媒の使用量は、前記式(2)のアルデヒドに対して、通常、5〜150ミリモル%、好ましくは25〜100ミリモル%の範囲とすることができる。
【0024】
本発明では、上記した酸性触媒を水性液として用いる。酸性触媒水性液の濃度によって反応温度をコントロールすることによりシス異性体の含有率の高い前記式(1)で表されるピラン化合物を容易に得ることができ、例えば、酸性触媒の水性液の濃度が1重量%以上、10重量%未満では反応温度が0〜100℃、好ましくは10〜80℃、また、酸性触媒水性液の濃度が10重量%以上、65重量%未満では反応温度が0〜30℃、好ましくは10〜20℃にて撹拌しながら反応することにより本発明のシス異性体の含有率が70〜95重量%、好ましくは80〜95重量%の前記式(1)で表されるピラン化合物を容易に得ることができる。前記した反応温度範囲外で反応した場合は、前記式(1)で表されるピラン化合物のシス異性体の含有率が低くなり好ましくない。生成する式(1)のピラン化合物は、反応終了後、所望により、例えば、蒸留等により精製することができる。
【0025】
本発明のシス異性体の含有率が70〜95重量%、好ましくは80〜95重量%の前記式(1)で表されるピラン化合物の具体例としては、例えば、2−イソブチル−4−ヒドロキシ−4−メチルテトラヒドロピラン、2−(2−メチル−1−プロペニル)−4−ヒドロキシ−4−メチルテトラヒドロピラン、2−プロピル−4−ヒドロキシ−4−メチルテトラヒドロピラン、2−ブチル−4−ヒドロキシ−4−メチルテトラヒドロピラン、2−(1−プロペニル)−4−ヒドロキシ−4−メチルテトラヒドロピラン、2−ペンチル−4−ヒドロキシ−4−メチルテトラヒドロピランなどが挙げられる。
【0026】
かくして得られるシス異性体の含有率が70〜95重量%、好ましくは80〜95重量%の前記式(1)で表されるピラン化合物は、すずらん様の強い花香を有し、皮膚感作性もなく、香料組成物に式(1)のピラン化合物を特定の割合で配合することにより、すずらん様の強い香気を付与することができることが判明した。
【0027】
かくして、本発明によれば、シス異性体の含有率が70〜95重量%、好ましくは80〜95重量%の前記式(1)で表されるピラン化合物を有効成分として含有することを特徴とする香料組成物を提供することができる。式(1)のピラン化合物を香料組成物に用いる場合、その添加量は、添加の目的や香料組成物の種類などによっても異なるが、通常、香料組成物全体量の0.001〜50重量%、好ましくは0.1〜20重量%の範囲内を例示することができる。
【0028】
また、本発明によれば、シス異性体の含有率が70〜95重量%、好ましくは80〜95重量%の前記式(1)で表されるピラン化合物を有効成分として含有する香料組成物を利用して、式(1)のピラン化合物を香気成分として含有する香粧品類、保健・衛生・医薬品類等を提供することができる。
【0029】
例えば、シャンプー類、ヘアクリーム類、その他の毛髪化粧料基剤;オシロイ、口紅、その他の化粧用基剤や化粧用洗剤類基剤などに、式(1)のピラン化合物を有効成分として含有する香料組成物の適当量を添加することにより、そのユニークな香気が賦与された化粧品類を提供することができる。さらにまた、式(1)のピラン化合物を有効成分として含有する香料組成物の適当量が配合された洗濯用洗剤類、消毒用洗剤類、防臭洗剤類、その他各種の保健・衛生用洗剤類;歯磨き、ティシュー、トイレットペーパーなどに賦香することにより、そのユニークな香気が賦与された各種保健・衛生材料類;医薬品類などを提供することができる。
【0030】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
【実施例】
【0031】
実施例1:2−イソブチル−4−ヒドロキシ−4−メチルテトラヒドロピラン(Rがイソブチル基示す場合の式(1)のピラン化合物)の合成
200ml四つ口フラスコ中に硫酸水溶液を入れ、イソバレルアルデヒド8.6g(0.1モル)と3−メチル−3−ブテン−1−オール8.6g(0.1モル)の混合物を加え、表1に示す、それぞれの硫酸水溶液濃度(%)、硫酸水溶液の使用量(g)、反応温度(℃)および反応時間(hr)にて攪拌反応した。反応終了後、下層を分離し、油層は10%食塩水で洗浄して下層を分離した。次いで10%水酸化ナトリウム水溶液で洗浄して下層を分離し、さらに10%水酸化ナトリウム水溶液を加えて30分間リフラックスした。冷却後、10%食塩水で3回洗浄した。粗生成物を得て、これを減圧(0.1kPa)蒸留して沸点66〜73℃の留分を得た。
【0032】
【表1】

【0033】
なお、以下にガスクロマトグラフィー測定条件およびシス異性体、トランス異性体の決定方法を示す。
ガスクロマトグラフィー測定条件
GLCカラム:TC−WAT 30m×0.53mm
I.D カラム温度:150℃
シス異性体、トランス異性体の決定方法
上記の留分12gを使用し、展開溶媒:ヘキサン/エチルアセテート=1/1、SiO:900gにてカラムクロマトを行い分割した。
【0034】
トランス異性体:Rf=0.58,収量4.2g
シス異性体:Rf=0.33,収量5.5g
Helv.Chim.Acta,Vol.87,P.765−780(2004)のH&13C−NMRデータの比較により各異性体を決定した。
【0035】
表1に示したように、硫酸水溶液の濃度が1重量%以上、10重量%未満では、反応温度が10〜80℃の範囲において、シス異性体含量の高い生成物が得られていることがわかる。また、硫酸水溶液の濃度が10重量%以上、60重量%未満では、反応温度が10〜30℃以下ではシス異性体の含有率の高い生成物が得られるが、40℃ではシス異性体の含有率が低くなり、すずらん様香気も弱くなっていた。
【0036】
実施例2〜5および比較例1〜2:ミューゲ調香料組成物の調製
下記表2に示す参考品1のミューゲ調香料組成物中のリリアール(登録商標)に代えて実施例1の実験No.2、No.5、No.14(本発明品のピラン化合物)および実験No.13、No.16(比較品のピラン化合物)を使用して本発明品1〜3及び比較品1〜2のミューゲ調香料組成物を調製した。参考品1のミューゲ調香料組成物を対照として、それぞれのミューゲ調香料組成物について専門パネラー10名にて官能評価を行い、10名の専門パネラーの平均的な評価を表3に示す。
【0037】
【表2】

【0038】
【表3】




【特許請求の範囲】
【請求項1】
シス異性体の含有率が70〜95重量%である下記式(1)
【化1】


[式中、Rは炭素数1〜10の飽和または不飽和の炭化水素基を示し、波線はシスまたはトランス立体配置を示す]
で表されるピラン化合物からなることを特徴とする香料成分。
【請求項2】
式(1)における置換基Rがイソブチル基である請求項1に記載の香料成分。
【請求項3】
請求項1または2のいずれかに記載の香料成分を有効成分として含有することを特徴とする香料組成物。
【請求項4】
下記式(2)
RCHO (2)
[式中、Rは炭素数1〜10の飽和または不飽和の炭化水素基を示す]
で表されるアルデヒドと3−メチル−3−ブテン−1−オールを、酸性触媒水性液の存在下に反応して請求項1または2のいずれかに記載の香料成分を製造する方法において、酸性触媒水性液の濃度(A)と反応温度(B)が下記の条件で行うことを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の香料成分の製造方法。
(A)が1重量%以上、10重量%未満では(B)は0〜100℃または
(A)が10重量%以上、65重量%未満では(B)は0〜30℃
【請求項5】
酸性触媒水性液が硫酸水溶液である請求項4に記載の製造方法。

【公開番号】特開2007−154069(P2007−154069A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−352444(P2005−352444)
【出願日】平成17年12月6日(2005.12.6)
【出願人】(000214537)長谷川香料株式会社 (176)
【Fターム(参考)】