骨系細胞培養用基質および骨系細胞の培養方法
【課題】 骨形成を促進する簡便で安価な培養基質を提供すること,ならびに培養骨系細胞を用いて種々の薬効判定や細胞機能の研究を行うのに有用なアッセイシステムを提供すること。
【解決手段】 本発明は,基材表面に積層されたアパタイト粒子層およびコラーゲン層を有することを特徴とする骨系細胞培養用基質,その製造方法,ならびに本発明の骨系細胞培養用基質を使用することを特徴とする骨系細胞培養方法を提供する。本発明はまた,培養骨髄細胞の骨形成能をアッセイする方法であって,本発明の骨系細胞培養用基質を使用してカルセインの存在下で骨髄細胞を培養し,蛍光強度の測定により産生された石灰化結節量を測定することを特徴とする方法を提供する。
【解決手段】 本発明は,基材表面に積層されたアパタイト粒子層およびコラーゲン層を有することを特徴とする骨系細胞培養用基質,その製造方法,ならびに本発明の骨系細胞培養用基質を使用することを特徴とする骨系細胞培養方法を提供する。本発明はまた,培養骨髄細胞の骨形成能をアッセイする方法であって,本発明の骨系細胞培養用基質を使用してカルセインの存在下で骨髄細胞を培養し,蛍光強度の測定により産生された石灰化結節量を測定することを特徴とする方法を提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,骨系細胞培養用基質およびこの基質を用いる骨系細胞の培養方法,ならびに培養骨髄細胞の骨形成能をアッセイする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
骨は,重力に抗する姿勢の保持や運動を行うのに不可欠な支持組織である。同時に,生体内のカルシウム貯蔵庫として体液のホメオスタシスを維持する機能を有する。形態と力学的強度を維持しながら,細胞外液中のカルシウム濃度を一定に保つために,一方では骨を添加して強度の保持が,もう一方では骨を破壊してカルシウムの供給が行われている。骨の形成は未分化間葉系細胞に由来する骨芽細胞によって,骨の吸収は造血幹細胞に由来する破骨細胞によって担われている。形成と吸収による骨の再構築をリモデリングと呼んでおり,これは生涯を通じて常に体中で行われている。骨形成/吸収を担う骨芽/破骨細胞の分化と機能は多種にわたるサイトカイン(生理活性物質),ホルモン,力学的負荷等によって複雑にコントロールされている。しかしながら,このコントロールに異常を来し,骨形成と骨吸収との動的平衡が破綻したとき,骨粗鬆症,大理石病,骨棘形成等の骨疾患を生じることとなる。
【0003】
社会が高齢化するにつれて問題となっているこれらの骨疾患に対して,種々の治療薬が開発されている。このような治療薬が骨系細胞へ作用する機序や細胞機能に与える変化に関しては,インビトロにおいて多く研究されてきた。さらに,関節リウマチや喘息治療に用いられるグルココルチコイド等の治療薬が二次的に骨の脆弱化をもたらしているとして,骨を構成する細胞の機能に対する影響の調査がインビトロで行われている。骨系細胞は,接着している基質,つまりリン酸カルシウムとコラーゲンによって構成される骨マトリックスによって,分化や機能の調節に関する大きな影響を受けていることが知られている。
【0004】
しかしながら,細胞培養を用いた過去の薬効評価研究の多くは,従来からのプラスチック培養基質上でなされている。生体内の環境により近い骨様基質上における培養の報告は少ない。さらに,このような細胞培養系では,薬効を判断する上で重要な石灰化結節の形成を得るまで3〜4週間という長い期間を有する。大量の治療薬候補をスクリーニングする実験においては,長期間の培養によって大きな負担を強いられるばかりか,コンタミネーシヨンの危険性も増す。
【0005】
特開平7−194373は,コラーゲンと化学活性を有するリン酸カルシウムの複合体を骨髄細胞の支持体として用いることを特徴とする,骨髄細胞の培養方法を記載する。しかし,開示される方法にしたがってリン酸カルシウムの粉末をコラーゲン水溶液,濃縮液体培地および緩衝液の混合物中に懸濁させた後にコラーゲンをゲル化させて支持体を製造すると,ゲル状支持体の上で細胞培養が行われるために硬組織欠損部への移植用材料としては好ましいが,細胞体の染色や細胞溶解物の分析によって薬効判定や細胞機能の研究を行う際にはハンドリングが困難であるという問題があった。さらに,ゲル状支持体は常に湿潤状態を維持しておく必要があり,保管や移送に困難を伴うという問題点もあった。
コラーゲンコートしたカバーグラスをアルカリフォスファターゼとフォスビチン(phosvitin)で処理した後,β−グリセロホスフェートに7から14日間浸漬してアパタイト層を形成し、これを用いて破骨細胞を培養して細胞形態の観察,骨吸収窩の観察を行ったことが報告されている(Formation of apatite-collagen complexes, DoiY, Horiguchi T, Moriwaki Y, Kitago H, Kajimoto T, Iwayama Y, Journal of Biomedical Materials Research, 31(1): 43-49, 1996; Use of glass slides coated with apatite-collagen complexes for measurement of osteoclastic resorption activity, Shibutani T, Iwanaga H, Imai K, Kitago M, Doi Y, Iwayama Y, Journal of Biomedical Materials Research, 50(2): 153-159, 2000)。しかし、この系ではアパタイト・コラーゲン層の形成に時間がかかること、コーティングの厚みの調節が困難である。また、コラーゲンコートしたPETディスクやポリマーを疑似体液に6日間浸漬してアパタイト層を形成したこと(Osteoclastic resorption of bone-like apatite formed on a plastic disk as an in vitro assay system, Matsuoka H, Nakamura T, TakadamaH, Yamada S, Tamura J, Okada Y, Oka M, Kokubo T, Journal of Biomedical Materials Research, 42(2): 278-285, 1998; Bonelike apatite coating on organic polymers: novel nucleation process using sodium silicate solution, Miyaji F, Kim HM, HandaS, Kokubo T, Nakamura T, Biomaterials, 20(10): 913-919, 1999)、炭酸カルシウムを水酸カルシウムに置換したサンゴのディスクをラット骨髄細胞の懸濁液に浸漬し,ラット背の皮下にインプラントし、3週間後,骨形成の開始が認められたこと(Biochemical and histological sequences of membranous ossification in ectopic site, Yoshikawa T, Ohgushi H, Okumura M, Tamai S, Dohi Y, Moriyama T, Calcified Tissue International, 50(2): 184-188, 1992)が報告されている。
【特許文献1】特開平7−194373
【非特許文献1】Journal of Biomedical Materials Research, 31(1): 43-49, 1996
【非特許文献2】Journal of Biomedical Materials Research, 50(2): 153-159, 2000
【非特許文献3】Journal of Biomedical Materials Research, 42(2): 278-285, 1998
【非特許文献4】Biomaterials, 20(10): 913-919, 1999
【非特許文献5】Calcified Tissue International, 50(2): 184-188, 1992
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は,骨形成を促進する簡便で安価な培養基質を提供することを目的とする。本発明はさらに,培養骨系細胞を用いて種々の薬効判定や細胞機能の研究を行うのに有用なアッセイシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは,骨の構成成分であるアパタイト(リン酸カルシウム)粒子の層とコラーゲン層とを基材表面に積層することにより,骨マトリックス様の培養基質を形成しうることを見いだした。すなわち,本発明は,基材表面に積層されたアパタイト粒子層およびコラーゲン層を有することを特徴とする,骨系細胞培養用基質を提供する。
【0008】
別の態様においては,本発明は,上述の本発明の骨系細胞培養用基質を使用することを特徴とする骨系細胞培養方法を提供する。
【0009】
さらに別の態様においては,本発明は,基材表面にアパタイト粒子層を形成し,次にコラーゲン層を形成することを特徴とする,骨系細胞培養用基質を製造する方法を提供する。好ましくは,アパタイト粒子層の形成は,揮発性溶媒中に懸濁したアパタイト粒子を噴霧することにより行われる。さらに好ましくは,基材表面に複数のアパタイト粒子層と複数のコラーゲン層とを重層して形成する。
【0010】
本発明者らはまた,本発明の骨系細胞培養用基質を使用して骨系細胞を培養し,形成される石灰化結節を蛍光試薬カルセインでラベルすることによって,大量のサンプルについても容易に骨形成能を評価しうることを見いだした。すなわち,別の観点においては,本発明は,培養骨髄細胞の骨形成能をアッセイする方法であって,本発明の骨系細胞培養用基質を使用してカルセインの存在下で骨髄細胞を培養し,蛍光強度の測定により産生された石灰化結節量を測定することを特徴とする方法を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の骨系細胞培養用基質は,基材表面に積層されたアパタイト粒子層およびコラーゲン層を有することを特徴とする。基材としては,一般に細胞培養に用いられているプラスチック製の培養プレートやガラス等を用いることができる。これらの基材の表面を有機溶媒やサンドブラスト等で表面改質してもよい。このことにより,基材とコーティング層との接着力が高まり,コーティング層を剥がれにくくすることができる。好ましい態様においては,基材として丸形カバーグラスを用いる。特に,φ12の大きさの丸形カバーグラスは24穴マルチプレートで用いることができるため,骨形成能のアッセイや光学顕微鏡による観察に便利である。
【0012】
アパタイト(リン酸カルシウム)はヒトの骨および歯の主成分である。アパタイト粒子としては,単斜晶ハイドロキシアパタイト(HAP),単斜晶リン酸三カルシウム(α−TCP),三方晶リン酸三カルシウム(β−TCP)などを用いることができる。粒子の大きさの好ましい範囲は,1μmから5μmである。
【0013】
コラーゲンは,細胞外マトリクスを構成する主要タンパク質成分であり,生体適合性材料や組織培養用の支持体などとして広く用いられている。ウシ,ブタなどから精製したコラーゲンや,これをさらに化学的または酵素的に処理した各種のコラーゲン調製物が市販されており,本発明においてはこれらのいずれも用いることができる。
【0014】
本発明のアパタイト・コラーゲンコーティング基質は,基材表面にアパタイト粒子層を形成し,次にコラーゲン層を形成することにより製造することができる。好ましくは,アパタイト粒子層の形成は,揮発性溶媒中に懸濁したアパタイト粒子を基材表面に噴霧することにより行う。揮発性溶媒としては,無水エタノール等を用いることができる。揮発性溶媒は噴霧後に迅速に揮発するため,アパタイト微粒を連続的に噴霧することができ,基材上にむらなくコーディングすることができる。特に,低濃度の懸濁液を繰り返し用いることによって均一なコーティングを行うことが可能である。なお,リン酸カルシウム微粒をあらかじめコラーゲン溶液に分散させた懸濁液を噴霧すると,コーティングむらが発生しやすくなり,コラーゲン溶液の濃度を変えながらコーティングを試行したものの満足な結果は得られなかった。
【0015】
次いでコラーゲンのコーティング層を積層する。市販のコラーゲン粉末あるいは溶液を,水,緩衝液,希酸などに0.01−10mg/mlの濃度で溶解あるいは希釈することによりコラーゲン溶液を作成し,これをアパタイト粒子でコーティングした基材上に噴霧または塗布する。積層するコラーゲンの好ましい量は,1μg/cm2−5μg/cm2である。また,アパタイトコーティングとコラーゲンコーティングとを交互に繰り返し,コーティング層を重ねると,基質の強度をさらに高めることができる。形成するコーティング層の好ましい厚みは,5μm−15μmである。骨系細胞培養用基質は,紫外線照射,γ線照射等によって滅菌することができる。
【0016】
本発明のアパタイト・コラーゲンコーティング基質には,さらに,骨シアロプロテイン,オステオポンチン,TGF−β等の,生体骨マトリックスが含有するタンパク質を添加してもよい。
【0017】
別の観点においては,本発明は,このようにして製造した骨系細胞培養用基質を使用する骨系細胞の培養方法を提供する。骨系細胞としては,例えば,骨髄細胞,骨芽細胞,破骨細胞,骨細胞が挙げられる。骨系細胞は,当該技術分野においてよく知られる方法により動物から採取してもよく,あるいは樹立された細胞株を用いてもよい。培養プレート上に本発明の骨系細胞培養用基質を形成させるか,あるいは表面に骨系細胞培養用基質を形成したガラスまたはプラスチック片を培養プレートに入れ,培地を加え,骨系細胞を播種する。培地としては,例えば,α−MEM,D−MEM等を用いることができ,細胞の由来や種,目的に応じて最適なものを選択することができる。骨系細胞の好適な培養条件および継代方法は,当該技術分野においてよく知られている。
【0018】
骨系細胞の骨芽細胞への分化は,マウスより単離した骨髄細胞をこの基質上で培養し,骨芽細胞への分化を示すアルカリフォスファターゼ(ALP)活性,細胞数と相関する総タンパク質量をそれぞれ定量することにより測定することができる。さらに,培養細胞を固定し,この試料を走査型電子顕微鏡で観察することにより,細胞外マトリックスの産生を評価することができる。
【0019】
下記の実施例に示されるように,本発明のアパタイト・コラーゲンコーティング基質を用いて骨髄細胞を培養すると,骨芽細胞への分化および細胞外マトリックスの産生が促進されることが明らかになった。すなわち,従来の培養基質と比較して,アパタイト・コラーゲンコーティング基質は,骨髄細胞から骨芽細胞への分化の迅速化,細胞外マトリックスの産生促進の効果を有することが認められた。
【0020】
従来のプラスチック培養基質上で骨髄細胞を培養し骨マトリックスを産生させるためには,β−グリセロホスフェート,アスコルビン酸およびデキサメタゾンを培養液に添加して3〜4週間を要していた。これに対し,生体骨組織と類似する本発明の培養基質上では,これらの添加を行うことなく1週間程度の培養で細胞外マトリックスの産生を認めた。このことは,本発明のアパタイト・コラーゲンコーティング基質が細胞の分化や機能発現を促進することを示唆する。
【0021】
さらに別の観点においては,本発明は,培養骨髄細胞の骨形成能をアッセイする方法を提供する。この方法は,骨系細胞培養用基質を用いて本発明のカルセインの存在下で骨髄細胞を培養し,蛍光強度の測定により産生された石灰化結節量を測定することを含む。
【0022】
カルセインとは蛍光試薬の一種であり,これを添加した培養液を用いて骨系細胞を培養すると,石灰化結節が形成される際にカルシウムがカルセインとキレート結合し,沈着した石灰化部分が緑色蛍光を発するようになる。本発明の方法を利用することにより,アパタイト・コラーゲンコーティング基質上に新しく形成された石灰化結節を識別することが可能となる。また,24穴マルチプレートに入れたアパタイト・コラーゲンコーテイング基質上で細胞培養を行えば,従来から種々のアッセイに用いられている汎用のプレートリーダーによって,大量サンプルの骨形成能を蛍光強度として容易に評価することが可能である。
【0023】
本発明の培養基質およびアッセイシステムを用いることによって,生体に類似した環境下での骨形成能の評価が可能になった。本発明の培養基質は,アパタイト・コラーゲン層の形成が短時間で行えること,層を自由に重ねることでコーティングの厚みや強度を制御出来ること等の利点を有する。本発明の培養基質およびアッセイシステムは,臨床で用いられている骨疾患治療薬および候補薬剤のスクリーニングに有用であり,さらに,人工関節や人工歯根等のインプラント材料に対する早期骨接合・骨誘導への応用が可能である。
【0024】
以下に実施例により本発明をより詳細に説明するが,本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0025】
アパタイト・コラーゲンコーティング基質の製作
基質をコーティングするためのリン酸カルシウム微粒としてアパタイト単斜晶(和光純薬)を,コラーゲンとしてラット由来のラットテールコラーゲンタイプI(BD Biosciences)を用いた。まず,アパタイト単斜晶を20,40または60mg/mlの濃度で100%エタノールに懸濁した。この懸濁液をエアブラシによって丸形カバーグラス(φ12)に噴霧した。噴霧と風乾を繰り返してカバーグラスを均一にアパタイトコーティングした後,0.2M酢酸によって希釈した0.15mg/mlのラットテールコラーゲンタイプI溶液を続けて噴霧し風乾することによって,ガラス上にアパタイト・コラーゲンコーティング基質を形成した。
【0026】
製作したアパタイト・コラーゲンコーティング基質を24穴マルチプレートに入れ,12時間の紫外線照射によって滅菌した。さらに基質をPBS(リン酸緩衝化食塩水)で洗浄し,あらかじめ培養液に浸漬した後に,細胞培養に用いた。
【0027】
製作したアパタイト・コラーゲンコーティングプレートの外観を図1に,コーティング基質表面をSEMによって観察した画像を図2に示す。丸形カバーグラス上にアパタイト・コラーゲンコーティングした基質は,細胞培養実験に頻繁に用いられる24穴マルチプレートに入れて使用することが可能である(図1)。基質表面は,直径2〜3μm程度のアパタイト微粒によって均一なコーティングがなされていた(図2B)。
【実施例2】
【0028】
骨髄細胞の単離と培養
骨髄細胞は,8〜12週齢Jc1:ICRマウス(九動)から採取した。大腿骨・脛骨・上腕骨の両骨端を切離して骨髄を洗い出し,カルチャーディッシュ(φ100,BD Falcon)上で2時間培養した。培養後,非付着性細胞のみを回収し,実験に用いた。すべての培養には,10%iFBS(ウシ胎児血清,Gibco BRL,1%抗生物質(ペニシリンおよびストレプトマイシン,Gibco BRL)を添加したα−MEM(α最小必須培地,Gibco BRL)を用いた。
【実施例3】
【0029】
アパタイト・コラーゲンコーティング基質が細胞分化に与える影響
本発明の基質が骨形成能に与える影響を評価するために,アパタイト・コラーゲンコーテイング基質とガラス基質上で骨髄細胞培養を行った。それぞれの基質を24穴マルチプレートに入れ,l06細胞/ウエルの密度で細胞を播種した。37℃,5%CO2濃度に維持したインキュベータ内にプレートを静置し,3〜4日に一度,培養液を半量交換しながら,1週間の培養を行った。
【0030】
1週間の培養後,骨芽細胞への分化を示すアルカリフォスファターゼ(ALP)活性および細胞数と相関する総タンパク質量の比較を行うために,細胞をバッファー(50mM Trs−HCl,0.1% Triton−X100,0.9%NaCl,pH7.6)に溶解した。溶解物に含まれるALP酵素をpNPP(p−ニトロフェニルホスフェート)と反応させ,その呈色の強度をプレートリーダーにて定量した。総タンパク質量についてはブラッドフォード(Bradford)試薬(Bio−rad)を用いた定量を行った。さらに,一部の試料については培養後に4%パラホルムアルデヒドにて固定し,エタノールによる段階脱水,乾燥および金蒸着を行って走査型電子顕微鏡(SEM)観察に供した。
【0031】
結果を図3および図4にそれぞれ示す。アパタイト・コラーゲンコーティング基質上の培養とガラス基質上の培養とで,総タンパク質量についての有意差はなかった。細胞播種後3,7,10,14日目まで経時的に培養を行いALP活性と総タンパク質量を定量した結果を図5および図6にそれぞれ示す。培養期間を通して総タンパク質量の変化は認められなかった。一方,ALP活性は培養期間とともに増大していた。培養3日目ではアパタイト・コラーゲンコーティング基質上でのALP活性はガラス基質上でのそれよりも有意に大きかったが,それ以降,有意差は認められなかった。
【0032】
アパタイト・コラーゲンコーティング基質上およびガラス基質上において骨髄細胞を10日間培養したときのSEM写真を,図7および図8にそれぞれ示す。ガラス基質上では骨髄細胞から分化した骨芽細胞様細胞が扁平に伸展しており(図8B),細胞外マトリックス等の産生は認められなかった。一方,アパタイト・コラーゲンコーティング基質上においては,細胞は立体的に分布し基質を覆っていた(図7B)。骨髄細胞から分化した骨芽細胞様細胞は活発なマトリックスの産生を行っており,自らが産生したマトリックスに埋もれてしまった細胞も観察された(図7C)。生体骨組織において骨芽細胞は自分が産生した骨マトリックスに埋もれ,さらに骨細胞へと最終分化することが知られており,本発明のアパタイト・コラーゲンコーティング基質上における細胞培養でもこのような生体内における細胞分化とマトリックス産生過程がよく再現された。
【実施例4】
【0033】
刺激因子添加の影響
本発明の基質に刺激因子を添加することによって骨形成能が促進されるか否かを評価するために,アパタイト・コラーゲンコーティング時に以下の各因子を添加した基質を製作した。
(a)β−グリセロホスフェート(l0mM)およびアスコルビン酸(50μg/ml)
(b)β−グリセロホスフェート(l0mM),アスコルビン酸(50μg/ml)およびデキサメタゾン(10−8M)
(c)ビタミンD3(l0nM)
経時的に培養3,7,10,14日日におけるアルカリフォスファターゼ活性と総タンパク質量の定量を行った。
【0034】
結果を図9および図10にそれぞれ示す。培養期間を通して総タンパク質量の有意な変化は認められなかった。一方,ALP活性は培養期間とともに増大していた。しかしながら,各刺激因子の添加によってALP活性の増加は認められず,むしろ活性減少の傾向を示した。
【実施例5】
【0035】
石灰化結節の定量アッセイ
蛍光試薬カルセインを1μg/m1濃度で培養液に添加し,骨髄細胞培養を3週間行った。石灰化結節が形成される際にCa2+がカルセインとキレート結合するため,沈着した石灰化部分は緑色蛍光を発するようになる。3週間の培養後,4%パラホルムアルデヒドにて固定し,蛍光顕微鏡および共焦点レーザー顕微鏡による観察を行った。なお,培養はガラス基質上で行い,石灰化を促進させるための因子としてl0mM β−グリセロホスフェート,50μg/ml アスコルビン酸および10−8M デキサメタゾンを添加した。
【0036】
結果を図11に示す(A:コントロール,B:β−グリセロホスフェートおよびアスコルビン酸添加,C:β−グリセロホスフェート,アスコルビン酸およびデキサメタゾン添加)。石灰化を促進させるための因子として10mM β−グリセロホスフェート,50μg/ml アスコルビン酸および10−8M デキサメタゾンを添加した培養では,蛍光顕微鏡によって緑色蛍光を放つ石灰化結節が観察された。さらに,結節を共焦点レーザー顕微鏡によって観察した結果を図12に示す(A:微分干渉像,B:カルセイン蛍光像,c:三次元再構築した石灰化結節像)。培養基質面と垂直方向に2μmピッチで観察を行うことによって連続する18枚のスライス画像を得た。これを三次元再構築することによって,石灰化結節の三次元的な構造を評価することが可能となった(図12C)。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】アパタイト・コラーゲンコーテイングプレートの外観
【図2】アパタイト・コラーゲンコーテイング基質表面の電子顕微鏡写真
【図3】骨髄細胞培養1週間後のALP活性の比較
【図4】骨髄細胞培養1週間後の総タンパク質量の比較
【図5】骨髄細胞培養におけるALP活性の経時的変化
【図6】骨髄細胞培養における総タンパク質量の経時的変化
【図7】アパタイト・コラーゲンコーティング基質上で培養した骨髄細胞のSEM画像
【図8】ガラス基質上で培養した骨髄細胞のSEM画像
【図9】各刺激因子を添加した基質上での骨髄細胞培養におけるALP活性の経時的変化
【図10】各刺激因子を添加した基質上での骨髄細胞培養における総タンパク質量の経時的変化
【図11】蛍光頭微鏡を用いた石灰化結節の観察
【図12】共焦点レーザー顕微鏡を用いた石灰化結節の観察
【技術分野】
【0001】
本発明は,骨系細胞培養用基質およびこの基質を用いる骨系細胞の培養方法,ならびに培養骨髄細胞の骨形成能をアッセイする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
骨は,重力に抗する姿勢の保持や運動を行うのに不可欠な支持組織である。同時に,生体内のカルシウム貯蔵庫として体液のホメオスタシスを維持する機能を有する。形態と力学的強度を維持しながら,細胞外液中のカルシウム濃度を一定に保つために,一方では骨を添加して強度の保持が,もう一方では骨を破壊してカルシウムの供給が行われている。骨の形成は未分化間葉系細胞に由来する骨芽細胞によって,骨の吸収は造血幹細胞に由来する破骨細胞によって担われている。形成と吸収による骨の再構築をリモデリングと呼んでおり,これは生涯を通じて常に体中で行われている。骨形成/吸収を担う骨芽/破骨細胞の分化と機能は多種にわたるサイトカイン(生理活性物質),ホルモン,力学的負荷等によって複雑にコントロールされている。しかしながら,このコントロールに異常を来し,骨形成と骨吸収との動的平衡が破綻したとき,骨粗鬆症,大理石病,骨棘形成等の骨疾患を生じることとなる。
【0003】
社会が高齢化するにつれて問題となっているこれらの骨疾患に対して,種々の治療薬が開発されている。このような治療薬が骨系細胞へ作用する機序や細胞機能に与える変化に関しては,インビトロにおいて多く研究されてきた。さらに,関節リウマチや喘息治療に用いられるグルココルチコイド等の治療薬が二次的に骨の脆弱化をもたらしているとして,骨を構成する細胞の機能に対する影響の調査がインビトロで行われている。骨系細胞は,接着している基質,つまりリン酸カルシウムとコラーゲンによって構成される骨マトリックスによって,分化や機能の調節に関する大きな影響を受けていることが知られている。
【0004】
しかしながら,細胞培養を用いた過去の薬効評価研究の多くは,従来からのプラスチック培養基質上でなされている。生体内の環境により近い骨様基質上における培養の報告は少ない。さらに,このような細胞培養系では,薬効を判断する上で重要な石灰化結節の形成を得るまで3〜4週間という長い期間を有する。大量の治療薬候補をスクリーニングする実験においては,長期間の培養によって大きな負担を強いられるばかりか,コンタミネーシヨンの危険性も増す。
【0005】
特開平7−194373は,コラーゲンと化学活性を有するリン酸カルシウムの複合体を骨髄細胞の支持体として用いることを特徴とする,骨髄細胞の培養方法を記載する。しかし,開示される方法にしたがってリン酸カルシウムの粉末をコラーゲン水溶液,濃縮液体培地および緩衝液の混合物中に懸濁させた後にコラーゲンをゲル化させて支持体を製造すると,ゲル状支持体の上で細胞培養が行われるために硬組織欠損部への移植用材料としては好ましいが,細胞体の染色や細胞溶解物の分析によって薬効判定や細胞機能の研究を行う際にはハンドリングが困難であるという問題があった。さらに,ゲル状支持体は常に湿潤状態を維持しておく必要があり,保管や移送に困難を伴うという問題点もあった。
コラーゲンコートしたカバーグラスをアルカリフォスファターゼとフォスビチン(phosvitin)で処理した後,β−グリセロホスフェートに7から14日間浸漬してアパタイト層を形成し、これを用いて破骨細胞を培養して細胞形態の観察,骨吸収窩の観察を行ったことが報告されている(Formation of apatite-collagen complexes, DoiY, Horiguchi T, Moriwaki Y, Kitago H, Kajimoto T, Iwayama Y, Journal of Biomedical Materials Research, 31(1): 43-49, 1996; Use of glass slides coated with apatite-collagen complexes for measurement of osteoclastic resorption activity, Shibutani T, Iwanaga H, Imai K, Kitago M, Doi Y, Iwayama Y, Journal of Biomedical Materials Research, 50(2): 153-159, 2000)。しかし、この系ではアパタイト・コラーゲン層の形成に時間がかかること、コーティングの厚みの調節が困難である。また、コラーゲンコートしたPETディスクやポリマーを疑似体液に6日間浸漬してアパタイト層を形成したこと(Osteoclastic resorption of bone-like apatite formed on a plastic disk as an in vitro assay system, Matsuoka H, Nakamura T, TakadamaH, Yamada S, Tamura J, Okada Y, Oka M, Kokubo T, Journal of Biomedical Materials Research, 42(2): 278-285, 1998; Bonelike apatite coating on organic polymers: novel nucleation process using sodium silicate solution, Miyaji F, Kim HM, HandaS, Kokubo T, Nakamura T, Biomaterials, 20(10): 913-919, 1999)、炭酸カルシウムを水酸カルシウムに置換したサンゴのディスクをラット骨髄細胞の懸濁液に浸漬し,ラット背の皮下にインプラントし、3週間後,骨形成の開始が認められたこと(Biochemical and histological sequences of membranous ossification in ectopic site, Yoshikawa T, Ohgushi H, Okumura M, Tamai S, Dohi Y, Moriyama T, Calcified Tissue International, 50(2): 184-188, 1992)が報告されている。
【特許文献1】特開平7−194373
【非特許文献1】Journal of Biomedical Materials Research, 31(1): 43-49, 1996
【非特許文献2】Journal of Biomedical Materials Research, 50(2): 153-159, 2000
【非特許文献3】Journal of Biomedical Materials Research, 42(2): 278-285, 1998
【非特許文献4】Biomaterials, 20(10): 913-919, 1999
【非特許文献5】Calcified Tissue International, 50(2): 184-188, 1992
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は,骨形成を促進する簡便で安価な培養基質を提供することを目的とする。本発明はさらに,培養骨系細胞を用いて種々の薬効判定や細胞機能の研究を行うのに有用なアッセイシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは,骨の構成成分であるアパタイト(リン酸カルシウム)粒子の層とコラーゲン層とを基材表面に積層することにより,骨マトリックス様の培養基質を形成しうることを見いだした。すなわち,本発明は,基材表面に積層されたアパタイト粒子層およびコラーゲン層を有することを特徴とする,骨系細胞培養用基質を提供する。
【0008】
別の態様においては,本発明は,上述の本発明の骨系細胞培養用基質を使用することを特徴とする骨系細胞培養方法を提供する。
【0009】
さらに別の態様においては,本発明は,基材表面にアパタイト粒子層を形成し,次にコラーゲン層を形成することを特徴とする,骨系細胞培養用基質を製造する方法を提供する。好ましくは,アパタイト粒子層の形成は,揮発性溶媒中に懸濁したアパタイト粒子を噴霧することにより行われる。さらに好ましくは,基材表面に複数のアパタイト粒子層と複数のコラーゲン層とを重層して形成する。
【0010】
本発明者らはまた,本発明の骨系細胞培養用基質を使用して骨系細胞を培養し,形成される石灰化結節を蛍光試薬カルセインでラベルすることによって,大量のサンプルについても容易に骨形成能を評価しうることを見いだした。すなわち,別の観点においては,本発明は,培養骨髄細胞の骨形成能をアッセイする方法であって,本発明の骨系細胞培養用基質を使用してカルセインの存在下で骨髄細胞を培養し,蛍光強度の測定により産生された石灰化結節量を測定することを特徴とする方法を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の骨系細胞培養用基質は,基材表面に積層されたアパタイト粒子層およびコラーゲン層を有することを特徴とする。基材としては,一般に細胞培養に用いられているプラスチック製の培養プレートやガラス等を用いることができる。これらの基材の表面を有機溶媒やサンドブラスト等で表面改質してもよい。このことにより,基材とコーティング層との接着力が高まり,コーティング層を剥がれにくくすることができる。好ましい態様においては,基材として丸形カバーグラスを用いる。特に,φ12の大きさの丸形カバーグラスは24穴マルチプレートで用いることができるため,骨形成能のアッセイや光学顕微鏡による観察に便利である。
【0012】
アパタイト(リン酸カルシウム)はヒトの骨および歯の主成分である。アパタイト粒子としては,単斜晶ハイドロキシアパタイト(HAP),単斜晶リン酸三カルシウム(α−TCP),三方晶リン酸三カルシウム(β−TCP)などを用いることができる。粒子の大きさの好ましい範囲は,1μmから5μmである。
【0013】
コラーゲンは,細胞外マトリクスを構成する主要タンパク質成分であり,生体適合性材料や組織培養用の支持体などとして広く用いられている。ウシ,ブタなどから精製したコラーゲンや,これをさらに化学的または酵素的に処理した各種のコラーゲン調製物が市販されており,本発明においてはこれらのいずれも用いることができる。
【0014】
本発明のアパタイト・コラーゲンコーティング基質は,基材表面にアパタイト粒子層を形成し,次にコラーゲン層を形成することにより製造することができる。好ましくは,アパタイト粒子層の形成は,揮発性溶媒中に懸濁したアパタイト粒子を基材表面に噴霧することにより行う。揮発性溶媒としては,無水エタノール等を用いることができる。揮発性溶媒は噴霧後に迅速に揮発するため,アパタイト微粒を連続的に噴霧することができ,基材上にむらなくコーディングすることができる。特に,低濃度の懸濁液を繰り返し用いることによって均一なコーティングを行うことが可能である。なお,リン酸カルシウム微粒をあらかじめコラーゲン溶液に分散させた懸濁液を噴霧すると,コーティングむらが発生しやすくなり,コラーゲン溶液の濃度を変えながらコーティングを試行したものの満足な結果は得られなかった。
【0015】
次いでコラーゲンのコーティング層を積層する。市販のコラーゲン粉末あるいは溶液を,水,緩衝液,希酸などに0.01−10mg/mlの濃度で溶解あるいは希釈することによりコラーゲン溶液を作成し,これをアパタイト粒子でコーティングした基材上に噴霧または塗布する。積層するコラーゲンの好ましい量は,1μg/cm2−5μg/cm2である。また,アパタイトコーティングとコラーゲンコーティングとを交互に繰り返し,コーティング層を重ねると,基質の強度をさらに高めることができる。形成するコーティング層の好ましい厚みは,5μm−15μmである。骨系細胞培養用基質は,紫外線照射,γ線照射等によって滅菌することができる。
【0016】
本発明のアパタイト・コラーゲンコーティング基質には,さらに,骨シアロプロテイン,オステオポンチン,TGF−β等の,生体骨マトリックスが含有するタンパク質を添加してもよい。
【0017】
別の観点においては,本発明は,このようにして製造した骨系細胞培養用基質を使用する骨系細胞の培養方法を提供する。骨系細胞としては,例えば,骨髄細胞,骨芽細胞,破骨細胞,骨細胞が挙げられる。骨系細胞は,当該技術分野においてよく知られる方法により動物から採取してもよく,あるいは樹立された細胞株を用いてもよい。培養プレート上に本発明の骨系細胞培養用基質を形成させるか,あるいは表面に骨系細胞培養用基質を形成したガラスまたはプラスチック片を培養プレートに入れ,培地を加え,骨系細胞を播種する。培地としては,例えば,α−MEM,D−MEM等を用いることができ,細胞の由来や種,目的に応じて最適なものを選択することができる。骨系細胞の好適な培養条件および継代方法は,当該技術分野においてよく知られている。
【0018】
骨系細胞の骨芽細胞への分化は,マウスより単離した骨髄細胞をこの基質上で培養し,骨芽細胞への分化を示すアルカリフォスファターゼ(ALP)活性,細胞数と相関する総タンパク質量をそれぞれ定量することにより測定することができる。さらに,培養細胞を固定し,この試料を走査型電子顕微鏡で観察することにより,細胞外マトリックスの産生を評価することができる。
【0019】
下記の実施例に示されるように,本発明のアパタイト・コラーゲンコーティング基質を用いて骨髄細胞を培養すると,骨芽細胞への分化および細胞外マトリックスの産生が促進されることが明らかになった。すなわち,従来の培養基質と比較して,アパタイト・コラーゲンコーティング基質は,骨髄細胞から骨芽細胞への分化の迅速化,細胞外マトリックスの産生促進の効果を有することが認められた。
【0020】
従来のプラスチック培養基質上で骨髄細胞を培養し骨マトリックスを産生させるためには,β−グリセロホスフェート,アスコルビン酸およびデキサメタゾンを培養液に添加して3〜4週間を要していた。これに対し,生体骨組織と類似する本発明の培養基質上では,これらの添加を行うことなく1週間程度の培養で細胞外マトリックスの産生を認めた。このことは,本発明のアパタイト・コラーゲンコーティング基質が細胞の分化や機能発現を促進することを示唆する。
【0021】
さらに別の観点においては,本発明は,培養骨髄細胞の骨形成能をアッセイする方法を提供する。この方法は,骨系細胞培養用基質を用いて本発明のカルセインの存在下で骨髄細胞を培養し,蛍光強度の測定により産生された石灰化結節量を測定することを含む。
【0022】
カルセインとは蛍光試薬の一種であり,これを添加した培養液を用いて骨系細胞を培養すると,石灰化結節が形成される際にカルシウムがカルセインとキレート結合し,沈着した石灰化部分が緑色蛍光を発するようになる。本発明の方法を利用することにより,アパタイト・コラーゲンコーティング基質上に新しく形成された石灰化結節を識別することが可能となる。また,24穴マルチプレートに入れたアパタイト・コラーゲンコーテイング基質上で細胞培養を行えば,従来から種々のアッセイに用いられている汎用のプレートリーダーによって,大量サンプルの骨形成能を蛍光強度として容易に評価することが可能である。
【0023】
本発明の培養基質およびアッセイシステムを用いることによって,生体に類似した環境下での骨形成能の評価が可能になった。本発明の培養基質は,アパタイト・コラーゲン層の形成が短時間で行えること,層を自由に重ねることでコーティングの厚みや強度を制御出来ること等の利点を有する。本発明の培養基質およびアッセイシステムは,臨床で用いられている骨疾患治療薬および候補薬剤のスクリーニングに有用であり,さらに,人工関節や人工歯根等のインプラント材料に対する早期骨接合・骨誘導への応用が可能である。
【0024】
以下に実施例により本発明をより詳細に説明するが,本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0025】
アパタイト・コラーゲンコーティング基質の製作
基質をコーティングするためのリン酸カルシウム微粒としてアパタイト単斜晶(和光純薬)を,コラーゲンとしてラット由来のラットテールコラーゲンタイプI(BD Biosciences)を用いた。まず,アパタイト単斜晶を20,40または60mg/mlの濃度で100%エタノールに懸濁した。この懸濁液をエアブラシによって丸形カバーグラス(φ12)に噴霧した。噴霧と風乾を繰り返してカバーグラスを均一にアパタイトコーティングした後,0.2M酢酸によって希釈した0.15mg/mlのラットテールコラーゲンタイプI溶液を続けて噴霧し風乾することによって,ガラス上にアパタイト・コラーゲンコーティング基質を形成した。
【0026】
製作したアパタイト・コラーゲンコーティング基質を24穴マルチプレートに入れ,12時間の紫外線照射によって滅菌した。さらに基質をPBS(リン酸緩衝化食塩水)で洗浄し,あらかじめ培養液に浸漬した後に,細胞培養に用いた。
【0027】
製作したアパタイト・コラーゲンコーティングプレートの外観を図1に,コーティング基質表面をSEMによって観察した画像を図2に示す。丸形カバーグラス上にアパタイト・コラーゲンコーティングした基質は,細胞培養実験に頻繁に用いられる24穴マルチプレートに入れて使用することが可能である(図1)。基質表面は,直径2〜3μm程度のアパタイト微粒によって均一なコーティングがなされていた(図2B)。
【実施例2】
【0028】
骨髄細胞の単離と培養
骨髄細胞は,8〜12週齢Jc1:ICRマウス(九動)から採取した。大腿骨・脛骨・上腕骨の両骨端を切離して骨髄を洗い出し,カルチャーディッシュ(φ100,BD Falcon)上で2時間培養した。培養後,非付着性細胞のみを回収し,実験に用いた。すべての培養には,10%iFBS(ウシ胎児血清,Gibco BRL,1%抗生物質(ペニシリンおよびストレプトマイシン,Gibco BRL)を添加したα−MEM(α最小必須培地,Gibco BRL)を用いた。
【実施例3】
【0029】
アパタイト・コラーゲンコーティング基質が細胞分化に与える影響
本発明の基質が骨形成能に与える影響を評価するために,アパタイト・コラーゲンコーテイング基質とガラス基質上で骨髄細胞培養を行った。それぞれの基質を24穴マルチプレートに入れ,l06細胞/ウエルの密度で細胞を播種した。37℃,5%CO2濃度に維持したインキュベータ内にプレートを静置し,3〜4日に一度,培養液を半量交換しながら,1週間の培養を行った。
【0030】
1週間の培養後,骨芽細胞への分化を示すアルカリフォスファターゼ(ALP)活性および細胞数と相関する総タンパク質量の比較を行うために,細胞をバッファー(50mM Trs−HCl,0.1% Triton−X100,0.9%NaCl,pH7.6)に溶解した。溶解物に含まれるALP酵素をpNPP(p−ニトロフェニルホスフェート)と反応させ,その呈色の強度をプレートリーダーにて定量した。総タンパク質量についてはブラッドフォード(Bradford)試薬(Bio−rad)を用いた定量を行った。さらに,一部の試料については培養後に4%パラホルムアルデヒドにて固定し,エタノールによる段階脱水,乾燥および金蒸着を行って走査型電子顕微鏡(SEM)観察に供した。
【0031】
結果を図3および図4にそれぞれ示す。アパタイト・コラーゲンコーティング基質上の培養とガラス基質上の培養とで,総タンパク質量についての有意差はなかった。細胞播種後3,7,10,14日目まで経時的に培養を行いALP活性と総タンパク質量を定量した結果を図5および図6にそれぞれ示す。培養期間を通して総タンパク質量の変化は認められなかった。一方,ALP活性は培養期間とともに増大していた。培養3日目ではアパタイト・コラーゲンコーティング基質上でのALP活性はガラス基質上でのそれよりも有意に大きかったが,それ以降,有意差は認められなかった。
【0032】
アパタイト・コラーゲンコーティング基質上およびガラス基質上において骨髄細胞を10日間培養したときのSEM写真を,図7および図8にそれぞれ示す。ガラス基質上では骨髄細胞から分化した骨芽細胞様細胞が扁平に伸展しており(図8B),細胞外マトリックス等の産生は認められなかった。一方,アパタイト・コラーゲンコーティング基質上においては,細胞は立体的に分布し基質を覆っていた(図7B)。骨髄細胞から分化した骨芽細胞様細胞は活発なマトリックスの産生を行っており,自らが産生したマトリックスに埋もれてしまった細胞も観察された(図7C)。生体骨組織において骨芽細胞は自分が産生した骨マトリックスに埋もれ,さらに骨細胞へと最終分化することが知られており,本発明のアパタイト・コラーゲンコーティング基質上における細胞培養でもこのような生体内における細胞分化とマトリックス産生過程がよく再現された。
【実施例4】
【0033】
刺激因子添加の影響
本発明の基質に刺激因子を添加することによって骨形成能が促進されるか否かを評価するために,アパタイト・コラーゲンコーティング時に以下の各因子を添加した基質を製作した。
(a)β−グリセロホスフェート(l0mM)およびアスコルビン酸(50μg/ml)
(b)β−グリセロホスフェート(l0mM),アスコルビン酸(50μg/ml)およびデキサメタゾン(10−8M)
(c)ビタミンD3(l0nM)
経時的に培養3,7,10,14日日におけるアルカリフォスファターゼ活性と総タンパク質量の定量を行った。
【0034】
結果を図9および図10にそれぞれ示す。培養期間を通して総タンパク質量の有意な変化は認められなかった。一方,ALP活性は培養期間とともに増大していた。しかしながら,各刺激因子の添加によってALP活性の増加は認められず,むしろ活性減少の傾向を示した。
【実施例5】
【0035】
石灰化結節の定量アッセイ
蛍光試薬カルセインを1μg/m1濃度で培養液に添加し,骨髄細胞培養を3週間行った。石灰化結節が形成される際にCa2+がカルセインとキレート結合するため,沈着した石灰化部分は緑色蛍光を発するようになる。3週間の培養後,4%パラホルムアルデヒドにて固定し,蛍光顕微鏡および共焦点レーザー顕微鏡による観察を行った。なお,培養はガラス基質上で行い,石灰化を促進させるための因子としてl0mM β−グリセロホスフェート,50μg/ml アスコルビン酸および10−8M デキサメタゾンを添加した。
【0036】
結果を図11に示す(A:コントロール,B:β−グリセロホスフェートおよびアスコルビン酸添加,C:β−グリセロホスフェート,アスコルビン酸およびデキサメタゾン添加)。石灰化を促進させるための因子として10mM β−グリセロホスフェート,50μg/ml アスコルビン酸および10−8M デキサメタゾンを添加した培養では,蛍光顕微鏡によって緑色蛍光を放つ石灰化結節が観察された。さらに,結節を共焦点レーザー顕微鏡によって観察した結果を図12に示す(A:微分干渉像,B:カルセイン蛍光像,c:三次元再構築した石灰化結節像)。培養基質面と垂直方向に2μmピッチで観察を行うことによって連続する18枚のスライス画像を得た。これを三次元再構築することによって,石灰化結節の三次元的な構造を評価することが可能となった(図12C)。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】アパタイト・コラーゲンコーテイングプレートの外観
【図2】アパタイト・コラーゲンコーテイング基質表面の電子顕微鏡写真
【図3】骨髄細胞培養1週間後のALP活性の比較
【図4】骨髄細胞培養1週間後の総タンパク質量の比較
【図5】骨髄細胞培養におけるALP活性の経時的変化
【図6】骨髄細胞培養における総タンパク質量の経時的変化
【図7】アパタイト・コラーゲンコーティング基質上で培養した骨髄細胞のSEM画像
【図8】ガラス基質上で培養した骨髄細胞のSEM画像
【図9】各刺激因子を添加した基質上での骨髄細胞培養におけるALP活性の経時的変化
【図10】各刺激因子を添加した基質上での骨髄細胞培養における総タンパク質量の経時的変化
【図11】蛍光頭微鏡を用いた石灰化結節の観察
【図12】共焦点レーザー顕微鏡を用いた石灰化結節の観察
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面に積層されたアパタイト粒子層およびコラーゲン層を有することを特徴とする,骨系細胞培養用基質。
【請求項2】
請求項1記載の骨系細胞培養用基質を使用することを特徴とする骨系細胞培養方法。
【請求項3】
骨系細胞培養用基質を製造する方法であって,基材表面にアパタイト粒子層を形成し,次にコラーゲン層を形成することを特徴とする方法。
【請求項4】
骨系細胞培養用基質を製造する方法であって,基材表面に複数のアパタイト粒子層と複数のコラーゲン層とを重層して形成することを特徴とする方法。
【請求項5】
アパタイト粒子層の形成が,揮発性溶媒中に懸濁したアパタイト粒子を噴霧することにより行われる,請求項3または4に記載の方法。
【請求項6】
請求項3−5のいずれかに記載の方法により製造された骨系細胞培養用基質を使用することを特徴とする骨系細胞培養方法。
【請求項7】
培養骨髄細胞の骨形成能をアッセイする方法であって,カルセインの存在下で請求項1記載の骨系細胞培養用基質上で骨髄細胞を培養し,蛍光強度を測定することにより,産生された石灰化結節量を測定することを特徴とする方法。
【請求項1】
基材表面に積層されたアパタイト粒子層およびコラーゲン層を有することを特徴とする,骨系細胞培養用基質。
【請求項2】
請求項1記載の骨系細胞培養用基質を使用することを特徴とする骨系細胞培養方法。
【請求項3】
骨系細胞培養用基質を製造する方法であって,基材表面にアパタイト粒子層を形成し,次にコラーゲン層を形成することを特徴とする方法。
【請求項4】
骨系細胞培養用基質を製造する方法であって,基材表面に複数のアパタイト粒子層と複数のコラーゲン層とを重層して形成することを特徴とする方法。
【請求項5】
アパタイト粒子層の形成が,揮発性溶媒中に懸濁したアパタイト粒子を噴霧することにより行われる,請求項3または4に記載の方法。
【請求項6】
請求項3−5のいずれかに記載の方法により製造された骨系細胞培養用基質を使用することを特徴とする骨系細胞培養方法。
【請求項7】
培養骨髄細胞の骨形成能をアッセイする方法であって,カルセインの存在下で請求項1記載の骨系細胞培養用基質上で骨髄細胞を培養し,蛍光強度を測定することにより,産生された石灰化結節量を測定することを特徴とする方法。
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図9】
【図10】
【図1】
【図2】
【図7】
【図8】
【図11】
【図12】
【図4】
【図5】
【図6】
【図9】
【図10】
【図1】
【図2】
【図7】
【図8】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2006−94720(P2006−94720A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−281981(P2004−281981)
【出願日】平成16年9月28日(2004.9.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年6月5日 財団法人九州産業技術センター発行の「KITEC INFORMATION No.208」に発表
【出願人】(503361813)学校法人 中村産業学園 (26)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年9月28日(2004.9.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年6月5日 財団法人九州産業技術センター発行の「KITEC INFORMATION No.208」に発表
【出願人】(503361813)学校法人 中村産業学園 (26)
【Fターム(参考)】
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