説明

骨芽細胞系細胞の増殖と分化を促進する医療用ナノ表面加工チタンおよびその製造方法

【課題】
人工関節と骨との接合部や骨折部への補強材、各種形状の歯科インプラント材、メッシュ型補強材およびネジ、更には顎骨などの骨欠損部に填入することにより、骨再生を図ることができるようにした骨芽細胞系細胞の増殖と分化を促進する医療用ナノ表面加工チタンを提供する。
【解決手段】
チタン表面に、周囲に溝を有するミクロンサイズの半球形隆起を多数形成すると共に、該周囲の溝および半球状隆起の表面全体に、ナノサイズの多数の微細球状突起と微細嵌凹から成る表面構造を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工関節と骨との接合部や各種形状の歯科インプラント材、チタンメッシュ型骨補強材およびその固定具、更には骨折部への補強材、顎骨などの骨欠損部に填入することにより、骨再生を図ることができるようにした骨芽細胞系細胞の増殖と分化を促進する医療用ナノ表面加工チタンおよびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、社会の高齢化にともない、骨量が減少する骨粗鬆症や歯周病が増加している。骨粗鬆症では骨折する患者も多く、大腿骨の頭部を骨折した場合や変形股関節症の場合、人工関節を必要とする症例が増加する傾向がみられる。また、高齢化にともない抜歯後の歯の欠損部位に義歯に代わり、歯科用インプラントの適応を必要とする症例が増加する傾向にある。
【0003】
チタンは、他の生体無機材料に比べ、機械的な強度が充分保証されると共に、生体内において化学的に安定で、生体と免疫反応を起こすことが少ないために、人工関節や、歯科用インプラントなどの材料に最も多く用いられている生体無機材料である。
【0004】
そして、骨組織は骨芽細胞によって形成されるが、本来チタンは生体にとっては異物であるため、チタン表面と骨芽細胞骨との接着性が悪く、新生骨が形成されにくい傾向がみられる。また、顎の中に含まれる線維を形成する線維芽細胞は、骨芽細胞よりもチタンと結合しやすい性質を持っているために、多くの場合チタン表面には線維芽細胞が増殖し、チタン表面に線維性組織が形成されることが指摘されている。したがって、チタンを人工関節や歯科用インプラントの生体材料に用いる場合には、チタン表面に直接に骨が形成され、骨性癒合を行う性質(osseointegration)をもつチタンの開発が望まれている。
【0005】
近年、骨芽細胞の接着性を向上させるために、チタン表面に様々な加工を行い、表面の性質を改良する技術が開発されていることが、下記の特許文献1および非特許文献1・2に、それぞれ開示されている。
【0006】
前記特許文献1および非特許文献1・2に記載されたものは、いずれもチタンを加工し、表面を粗造にしたものである。すなわち、特許文献1には、アルミナ粉末によるサンドブラストによる加工方法が開示され、また非特許文献1には、強酸によるナノ加工方法が開示され、更に、非特許文献2には、フェムト秒レーザー誘起周期構造による加工方法が開示されている。
【0007】
前記特許文献1のアルミナ粉末によるサンドブラストによる加工方法では、チタン表面に約2μmの陥凹ができるが、アルミナの粉末が残留し、生体に有害である。非特許文献1の強酸によるナノ加工処理では、250nmのナノサイズ網目構造表面が形成され、また、非特許文献2の高強度フェムト秒光パルス照射では、周期間隔650nm、陥凹の深さ270nmの縞状構造物が形成されるが、いずれもチタン表面と骨芽細胞の接着性を著しく増加させる実験結果は得られていない。
【0008】
【特許文献1】特開2005−034333号公報
【非特許文献1】Biomaterials, Vol.25 403–413, 2004
【非特許文献2】電気学会 光・量子デバイス研究会資料 ,Vol.OQD-06, 1-4, 2006
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
生体材料は機械的性質、耐食性および生体適合性を、それぞれ持つことが要求されている。過去にも歯科用インプラントおよび人工関節の材料として、コバルト、金などが使用されていたが、生体に様々な害作用を持つことが指摘されている。特に、ニッケル・クロム合金は、生体にアレルギー反応や発癌性があることが知られている。また、チタンは、金属の中では最も生体適合性が良いといわれているが、機械的加工を行ったままのチタン表面は、骨芽細胞との接着性が悪く、チタン表面に線維層を形成することが多い。このために、チタン表面を加工し、細胞の接着性を高める試みが多くなされてきたが、いずれも骨芽細胞を増殖させる実験結果は得られておらず、骨芽細胞系細胞の増殖と分化を促進するチタン表面加工を開発することが課題とされている。
【0010】
本発明は、前記課題を解決すべくなされたもので、骨組織を形成する骨芽細胞の細胞分裂と分化を促進する作用を有し、且つヒト骨芽細胞系細胞との接触性を高めることができ、更に、人工関節と骨との接合部や骨折部、顎骨などの骨欠損部に用いることにより、チタン表面に骨新生を図ることができるようにした骨芽細胞系細胞の増殖と分化を促進する医療用ナノ表面加工チタンおよびその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、前記課題を解決するために、請求項1の発明において、チタン表面に、周囲に溝を有するミクロンサイズの半球形隆起を多数形成すると共に、該周囲の溝および半球状隆起の表面全体に、ナノサイズの多数の微細球状突起と微細嵌凹から成る表面構造を形成し、骨芽細胞系細胞の増殖と分化を促進する医療用ナノ表面加工チタンを提供し、更に、請求項2の発明において、高強度フェムト秒光パルスをチタン表面に照射することによって、該チタン表面に溝によって囲まれた直径約2〜20μmの半球状のミクロンサイズの隆起を多数形成すると共に、該溝および半球状の隆起表面全体に、100〜300nmのナノサイズの微細球状突起と微細嵌凹から成る表面構造を形成し、骨芽細胞系細胞の増殖と分化を促進する医療用ナノ表面加工チタンの製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明製造方法によって製造された医療用ナノ表面加工チタンにヒト骨芽細胞系細胞を培養すると、ナノサイズの微細球状突起と微細嵌凹から成る表面構造が、骨芽細胞系細胞に優れた接着性を有し、該骨芽細胞系細胞の増殖分化を促進し、更に、ミクロンサイズの半球状隆起を囲む溝には、前記骨芽細胞系細胞が重なり合ってコロニーを形成し、且つ該コロニーは細胞間で相互にシグナル伝達を行い、更に骨芽細胞への分化を促進する効果を発揮する。従って、本発明製造方法によって製造された医療用ナノ表面加工チタンは、生体内においても同様のヒト骨芽細胞系細胞の増殖分化能を有するものであり、本発明製造方法によって得られた医療用ナノ表面加工チタンは、歯科材用インプラント、人工関節、チタンメッシュ型骨補強材およびその固定具に応用することも可能である。また、本医療用ナノ表面加工チタンは整形外科や歯科の臨床における骨折部の補強材、骨量が減少した時の骨補填材としても使用できるものである。
【実施例】
【0013】
従来の研究により、骨芽細胞系細胞を様々な表面構造を持つチタン表面に培養した場合、直径約250nmの網目構造をもつチタン表面が、骨芽細胞系細胞が最も増殖することが知られている。しかしながら、本発明者は、先の基礎的な研究によって、チタン表面に周囲に溝を有するミクロンサイズの半球状隆起を形成すると共に、該溝および隆起表面に直径約250nmのナノサイズの網目構造を備えたチタン表面では、前記直径約250nmのナノサイズの網目構造をもつチタン表面に比べ、ヒト骨芽細胞系細胞の増殖が多く認められることを確認した。
【0014】
本発明者は、前記の基礎的な研究結果に基づき、更に鋭意研究の結果、本発明骨芽細胞系細胞の増殖と分化を促進する医療用ナノ表面加工チタンを完成した。
【0015】
すなわち、本発明者は、高強度フェムト秒光パルスをチタン表面に照射することによって、チタン表面に溝によって囲まれた直径約2〜20μmのミクロンサイズの半球状の隆起を多数形成すると共に、該溝および半球状隆起表面全体に、100〜300nmのナノサイズの微細球状突起と微細嵌凹から成る表面構造を形成することにより、骨芽細胞系細胞の増殖と分化を促進する医療用ナノ表面加工チタンおよびその製造方法に関する発明を完成した。以下、本発明につき、詳細に説明する。
【0016】
本発明者は、高強度フェムト秒光パルスをチタン表面に照射することによって、チタン表面に深い溝によって囲まれた直径約2〜20μmの半球状のミクロンサイズの隆起を多数形成すると共に、該溝および半球状隆起の表面全体に、100〜300nmのナノサイズの微細球状突起と微細嵌凹から成る表面構造を形成して、医療用ナノ表面加工チタンを製造するに当たり、下記の製造方法を用いて、本発明医療用ナノ表面加工チタンを製造した。
【0017】
すなわち、レーザーはチタンサファイヤ再生増幅器からの波長800nmの高強度フェムト秒光パルスで1khzの繰り返しパルスで、直径5mm・厚さ1mmチタン表面に照射した。1パルスは200〜800μJのパワーで、パルス幅は130fsを用いた。半波長と偏向ビームスプリッターによって照射エネルギーを調整し、焦点距離80mmの平凸シリンドリカルレンズによってチタン表面に集光した。試料はステージによって、1mm/secの速度でX−Yの方向に走査した。
【0018】
図1に、高強度フェムト秒光パルス照射を行ったチタン表面の走査電顕写真を示した。800μJで照射したチタン表面全体には、溝に囲まれた直径約2〜20μmの半球状の多数のミクロンサイズの隆起が形成されると共に、前記溝および隆起の表面全体に、100〜300nmのナノサイズの微細球状突起と微細嵌凹から成る表面構造が形成されている(図1−a、b)。
【0019】
また、400μJで照射したものでは、チタン表面にナノサイズの微細球状突起と微細嵌凹がみられるが、ミクロンサイズの隆起が見られない(図1−c、d)。
【0020】
一方、高強度フェムト秒光パルス照射を行わないチタン表面では、図1−fに示すような、直径5mmの円筒チタンから機械加工によって切り出した際にできた条理が観察されるが、図1−a、bに示すようなミクロンサイズの隆起、およびナノサイズの微細球状突起と微細嵌凹は形成されていない(以下、図1−fに示すチタン表面を、「機械加工チタン表面」と略称する)。
【0021】
前記図1におけるチタン表面の走査電顕写真から、図1−a、bに示されたチタン表面の方が、図1−c、dに示されたチタン表面より表面積が大であることから、本発明者は図1−a、bに示されたチタン表面を、本発明医療用ナノ表面加工チタンとして採用した。
【0022】
次に、本発明医療用ナノ表面加工チタンとして採用された、前記図1−a、bにおいて示されたチタン表面が、骨芽細胞系細胞の増殖分化に与える影響を検索する目的で、細胞培養実験を行った。骨芽系細胞はヒトの骨髄から分離したもので、骨芽細胞の前駆細胞である。骨芽細胞は細胞分裂を行わないが、該骨芽細胞系細胞は細胞分裂を行い、骨を形成する骨芽細胞に分化する分化の段階が幼弱な細胞である。前記本発明医療用ナノ表面加工チタンに、1×10のヒト骨芽細胞系細胞を加え、培養を行った。一方、対照実験として図1−fに示す機械加工チタン表面を用いて同様に培養を行い、前記培養の結果と比較検討した。
【0023】
そして、前記各培養1、5および7日後におけるチタン表面の細胞数の変化と、本発明医療用ナノ表面加工チタンに、ヒト骨芽細胞系細胞を培養した蛍光免疫組織化学における表を、図2と図3に示す。また、対照実験にかかる機械加工チタン表面に、ヒト骨芽細胞系細胞を培養した蛍光免疫組織化学の結果を図4に示した。
【0024】
図2では、本発明医療用ナノ表面加工チタンに培養したヒト骨芽細胞系細胞の細胞数は、培養後1日目では96個、培養後5日目では480個で、培養後7日目では1,246個であった。このように細胞数は培養後5日目では培養後1日目の5倍に、培養後7日目では培養後1日目の12倍に増加した。
【0025】
一方、図2に示す機械加工チタン表面における同培養では、培養後1日目では33個、培養後5日目では38個、培養後7日目では40個であった。このように機械加工チタン表面では、ヒト骨芽細胞系細胞が増加する傾向はみられなかった。そして、本発明医療用ナノ表面加工チタンでは、1日目では、機械加工チタン表面で培養したもの比べて約3倍、培養後5日では細胞数は約2.5倍、培養後7日では約13倍に増加した。このように、本発明医療用ナノ表面加工チタンでは、機械加工チタン表面よりヒト骨芽細胞系細胞の増殖を促進することが示されている。
【0026】
図3は、ヒト骨芽細胞系細胞を同様に、本発明医療用ナノ表面加工チタンに培養し、コラーゲンおよびオステオカルシンを用いた蛍光免疫組織化学を行い、陽性を示す細胞の割合を示した表である。骨芽細胞系細胞は、分化の初期段階で合成するコラーゲンを分泌し、成熟した段階でオステオカルシンを分泌する。両者の反応を比較することにより、ヒト骨芽細胞系細胞の分化を検索することが可能である。医療用ナノ表面加工チタン表面では、培養後1、5、7日目ではそれぞれ、85、68、36%がコラーゲン陽性を示し、オステオカルシン陽性細胞では同様に15、32、64%が陽性を示す。それぞれの陽性細胞の割合を比較すると、培養後1日目では、コラーゲンの陽性反応を示す細胞は、オステオカルシン陽性細胞の約5.6倍であるが、培養後5日目では、オステオカルシン陽性細胞が増加するために、コラーゲン陽性細胞との同割合は約1.8倍に減少する。培養後7日目ではコラーゲン陽性細胞とオステオカルシン陽性細胞の割合は逆転し、オステオカルシン陽性細胞はコラーゲン陽性細胞の約2.1倍みられ、培養の経過とともに、コラーゲン合成が減少し、オステオカルシン合成が増加する傾向が認められる。
【0027】
また、図4は、ヒト骨芽細胞系細胞を、機械加工チタン表面に培養し、同様に陽性細胞の割合をヒストグラムにしたものである。培養後1、5、7日目ではそれぞれ、35、21、14%がコラーゲン陽性を示し。オステオカルシン陽性細胞では同様に、6、10、25%が陽性を示す。それぞれの陽性細胞の割合を比較すると、培養後1日目では、同様にコラーゲンの陽性反応を示す細胞は、オステオカルシン陽性細胞の約9倍である。培養後5日目では、同割合は約2倍に減少した。培養後7日目では、培養後5日目と同様の結果で、本発明医療用ナノ表面加工チタンの場合のように、コラーゲンよりもオステオカルシン陽性細胞が多い傾向はみられなかった。このように、前記ヒト骨芽細胞系細胞は、機械加工チタン表面では分化しないことが示される。
【0028】
そして、図2〜4の表から、前記各培養の結果、本発明医療用ナノ表面加工チタンの方が、機械加工チタン表面よりも、培養細胞が増殖し、ヒト骨芽細胞系細胞に分化する割合が高いことを立証することができた。
【0029】
本発明医療用ナノ表面加工チタンに培養したヒト骨芽細胞系細胞が、骨芽細胞に分化する割合が高かった理由は、本発明医療用ナノ表面加工チタンは、機械加工チタン表面より表面積が大きいことと、接着したヒト骨芽細胞系細胞が分化するために必要な環境を供与する作用があることに起因しているものと推測される。また、本発明医療用ナノ表面加工チタンにおけるミクロンサイズの半球状の突起を囲む溝には、前記ヒト骨芽細胞系細胞が重なり合って、コロニーを形成する。このコロニーは細胞間で相互にシグナル伝達を行い、更にヒト骨芽細胞系細胞への分化を促進する効果を発揮するものと考えられる。
【0030】
この実験結果から、本発明者は、前記特性を有する高強度フェムト秒光パルス照射によって得られた本発明医療用ナノ表面加工チタンは、骨芽細胞系細胞の増殖分化を促進することによって分化骨増殖を促進することが可能であると判断した。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】高強度フェムト秒光パルスを照射したチタン表面と、機械加工チタン表面の走査電顕写真である。
【図2】本発明医療用ナノ表面加工チタンにヒト骨芽細胞系細胞を培養し、免疫組織化学の変化を経時的に示した表である。
【図3】機械加工チタン表面にヒト骨芽細胞系細胞を培養し、免疫組織化学の変化を経時的に示した表である。
【図4】本発明医療用ナノ表面加工チタンにヒト骨芽細胞系細胞を培養し、細胞数の割合の変化を経時的に示した表である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン表面に、周囲に溝を有するミクロンサイズの半球形隆起を多数形成すると共に、該周囲の溝および半球状隆起の表面全体に、ナノサイズの多数の微細球状突起と微細嵌凹から成る表面構造を形成し、骨芽細胞系細胞の増殖と分化を促進することを特徴とする医療用ナノ表面加工チタン。
【請求項2】
高強度フェムト秒光パルスをチタン表面に照射することによって、該チタン表面に溝によって囲まれた直径約2〜20μmの半球状のミクロンサイズの隆起を多数形成すると共に、該溝および半球状の隆起表面全体に、100〜300nmのナノサイズの微細球状突起と微細嵌凹から成る表面構造を形成し、骨芽細胞系細胞の増殖と分化を促進することを特徴とする医療用ナノ表面加工チタンの製造方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−45246(P2009−45246A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−214416(P2007−214416)
【出願日】平成19年8月21日(2007.8.21)
【出願人】(507281362)合同会社 PUENTE (2)
【Fターム(参考)】