説明

高分子複合体の製造方法及び該製造方法によって得られる高分子複合体、並びに該高分子複合体を用いた動物細胞の培養方法

【課題】 反応性の高い複数の高分子化合物を用いて、これらの高分子化合物を均一に含み、任意の形状とすることができ、更には容易に多孔体とすることができる高分子複合体を製造する方法及び該製造方法によって得られる高分子複合体、更には、該高分子複合体を用いた動物細胞の培養方法を提供する。
【解決手段】 相互に反応する2種類の高分子化合物のうち、一つの高分子化合物Aを溶媒に溶解した高分子化合物A溶液を任意の形状に凍結し、この高分子化合物A溶液の凍結物を、もう一つの高分子化合物Bを前記溶媒と相溶性のある溶媒に溶解した高分子化合物B溶液に浸漬することによりゲル化する。前記高分子化合物Bを溶解する溶媒として、前記溶媒と相溶性のある溶媒と凝固点降下作用を有する溶媒の混合溶媒を用いることが好ましい。このようにして得られた高分子複合体は、真空凍結乾燥することにより多孔体とすることができ、動物細胞培養用の担体として好適に用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反応性の高い複数の高分子化合物を用いて均質な高分子複合体を製造する方法及び該製造方法によって得られる高分子複合体に関し、更には、該高分子複合体を用いた動物細胞の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ヒトや動物の再生的治療法として、生体外において患者もしくは同種・異種の細胞を人工的な担体上で培養することにより組織を構築し、その生体親和性、機械的強度、生理的機能を獲得した上で、欠損部に移植する方法が用いられるようになっている。
【0003】
このような治療法においては、組織の生体外再構築をいかに行うかは移植以降の治療と同様大変重要であり、細胞を培養する担体の選択・創製は生体外再構築の成否に大きく関わってくるため、担体として、生体組織を模倣する多孔質の三次元担体の開発が進められている。
【0004】
従来より、上記担体の材料として、ポリエチレン、ポリスチレンのような化学合成ポリマーのほか、より生体親和性が高く、様々な生理機能を持つとされるコラーゲン、アルギン酸、キチンやキトサン等の利用が提案されており、実際の生体組織のように複数の高分子成分による多孔質担体とすることができれば、より多くの機能を持たせることができ、有効な担体となると考えられている。
【0005】
例えば、下記特許文献1には、酸性生体高分子と塩基性生体高分子との複合体を少なくともその表面に含む成形物よりなる軟骨細胞培養用の担体が開示されている。そして、酸性生体高分子として、アルギン酸、ヒアルロン酸、ヘパリン、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸、ヘパラン硫酸、ケラタン硫酸等が例示されており、塩基性生体高分子として、キトサン、ポリリジン、ポリアルギニン等が例示されている。
【0006】
下記特許文献2には、カチオン性高分子及びアニオン性高分子をそれぞれの濃度が0.1〜30重量%となるように塩類を含む水系媒体に相溶させた高分子相溶溶液の塩類の濃度を低下させることにより、上記のカチオン性高分子及びアニオン性高分子の複合体を形成させる高分子複合体の製造方法について開示されている。
【0007】
下記特許文献3には、キトサンを含む高分子含水ゲルを含む細胞培養担体であって、該高分子含水ゲルがコラーゲン及び/又はアルギン酸で被覆された細胞培養担体が開示されている。そして、キトサンのゲル化方法の一つとして、アルギン酸等のアニオン性高分子化合物を用いてイオン結合による架橋を行うことが記載されている。
【特許文献1】特開2002−291461号公報
【特許文献2】特開2004−2490号公報
【特許文献3】特開2004−141053号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記のような従来の方法では、反応性の高い複数の高分子化合物を均一に含む高分子複合体を得ることは困難であった。すなわち、キトサン等のカチオン性高分子化合物とアルギン酸等のアニオン性高分子化合物を混合すると、溶液中で瞬時にポリイオンコンプレックスを形成してゲル化してしまうため、混合溶液中に固まりが生じたり、複合化していないカチオン性高分子化合物やアニオン性高分子化合物が残りやすく、均質な高分子複合体を得ることが困難であった。
【0009】
また、高分子複合体を多孔質体とするための方法として、高分子化合物溶液を発泡させながらゲル化させる方法や、高分子化合物溶液に孔源としてNaCl粒を添加してゲル化し、後からNaClを除去する方法等が知られているが、前者の方法では、ポリイオンコンプレックスが強固であるため、泡で均一に孔をあけることは難しく、後者の方法では、高分子複合体構築後にNaCl粒を取り除くことが困難である等の問題があった。
【0010】
したがって、本発明の目的は、反応性の高い複数の高分子化合物を用いて、これらの高分子化合物を均一に含み、任意の形状とすることができ、更には容易に多孔体とすることができる高分子複合体を製造する方法及び該製造方法によって得られる高分子複合体を提供することにあり、更には、該高分子複合体を用いた動物細胞の培養方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち、本発明の高分子複合体の製造方法は、相互に反応する2種類の高分子化合物のうち、一つの高分子化合物Aを溶媒に溶解した高分子化合物A溶液を任意の形状に凍結し、この高分子化合物A溶液の凍結物を、もう一つの高分子化合物Bを前記溶媒と相溶性のある溶媒に溶解した高分子化合物B溶液に浸漬することによりゲル化することを特徴とする。
【0012】
本発明の製造方法によれば、相互に反応する2種類の高分子化合物のうち、一つの高分子化合物Aを溶媒に溶解した高分子化合物A溶液を任意の形状に凍結することにより、使用目的に応じた様々な形状の高分子複合体を得ることができる。
【0013】
そして、この高分子化合物A溶液の凍結物を、もう一つの高分子化合物Bを前記溶媒と相溶性のある溶媒に溶解した高分子化合物B溶液に浸漬することにより、前記凍結物は、前記高分子化合物B溶液の界面から溶解して、その界面で高分子化合物Aと高分子化合物Bが反応してゲル化する。そして、前記凍結物の内部に溶媒が浸透することにより、その界面が該凍結物内部に移動し、順次湿潤ゲル化する。その結果、複数の高分子化合物を均一に含有する任意の形状の高分子複合体を容易に得ることができる。
【0014】
上記発明においては、前記高分子化合物Bを溶解する溶媒として、前記溶媒と相溶性のある溶媒と凝固点降下作用を有する溶媒の混合溶媒を用いることが好ましい。これによれば、前記高分子化合物B溶液を低温度に保つことができるので、前記高分子化合物Aと前記高分子化合物Bの反応が、前記高分子化合物A溶液の凍結物の表面から内部へと徐々に進行し、ゲル化を均一に行うことができる。
【0015】
また、ゲル化した前記高分子複合体を真空凍結乾燥することにより多孔体とすることが好ましい。これによれば、ゲル化した高分子複合体に含まれる溶媒を除去し、簡単に多孔質の高分子複合体を得ることができる。
【0016】
更に、前記相互に反応する2種類の高分子化合物として、アニオン性高分子化合物とカチオン性高分子化合物を用いることが好ましく、前記アニオン性高分子化合物としてアルギン酸を用い、前記カチオン性高分子化合物としてオリゴキトサンを用いることが好ましい。これらによれば、より生体親和性が高く、動物細胞培養用の担体、特に移植用組織再生基材の担体として好適に用いることができる高分子複合体を得ることができる。
【0017】
また、本発明の動物細胞の培養方法は、前記高分子複合体を担体として用いて動物細胞の培養を行うことを特徴とし、前記動物細胞として、骨細胞、皮膚細胞、軟骨細胞、肝細胞、膵細胞、繊維芽細胞、幹細胞及び骨髄細胞からなる群より選ばれた1種が好ましく用いられる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、複数の高分子化合物を均一に含有する任意の形状の高分子複合体を容易に得ることができる。この高分子複合体は、容易に多孔体とすることができ、動物細胞培養用の担体、特に移植用組織再生基材の担体として好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明において用いられる相互に反応する2種類の高分子化合物の組み合わせとしては、アニオン性高分子化合物とカチオン性高分子化合物の組み合わせが好ましく用いられる。
【0020】
ここで、アニオン性高分子化合物とは、官能基としてアニオン性を発揮する官能基を有する高分子をいう。アニオン性高分子化合物としては、例えば、アルギン酸、ヒアルロン酸、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルキチン、ポリアクリル酸、ポリスチレンスルホン酸等を用いることができ、中でもアルギン酸が好ましく用いられる。
【0021】
アルギン酸は、コンブやワカメ等に代表される褐藻類に含まれている天然多糖類であり、D−マンヌロン酸とL−グルコン酸で構成されている。本発明では、上記褐藻類から常法にしたがって抽出したものを用いてもよく、市販のアルギン酸を使用することもできる。また、アルギン酸のM/G比(D−マンヌロン酸とL−グルコン酸の比率)は、特に限定されることなく用いる事が出来るが、例えば0.3〜2.5のものを用いる事が出来る。
【0022】
また、上記カチオン性高分子とは、官能基としてカチオン性を発揮する官能基を有する高分子をいう。カチオン性高分子化合物としては、例えば、オリゴキトサン、ポリリシン、ポリビニルアミン、アミノ化セルロース等を用いることができ、中でもオリゴキトサンが好ましく用いられる。
【0023】
本発明でいうオリゴキトサンとは、D−グルコサミンがβ‐1、4結合したカチオン性高分子であるキトサンについて、特に分子量が数百〜数万と比較的小さいものを意味する。その入手経路については特に限定されないが、例えば、カニやエビ等の甲殻類の殻を脱灰、脱タンパク処理して得られるキチンに対して、更に脱アセチル処理をして得られるキトサンを酵素、酸、アルカリ等を用いて低分子化させることにより得る事が出来る。また、上記オリゴキトサンは市販されているものを用いてもよく、「COS−YS(商品名;焼津水産化学工業株式会社製)」等が挙げられる。
【0024】
本発明において好ましく用いられるオリゴキトサンは分子量1,000〜100,000、脱アセチル化度70〜100%であり、より好ましくは分子量5,000〜50,000、脱アセチル化度80〜100%である。
【0025】
また、本発明の高分子複合体は、上記の基本的成分の他に、シリカ(Si)、チタニア(Ti)等の無機化合物を含む材料や、糖鎖等を含むことができる。
【0026】
例えば、シリカを含む材料としては、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、トリメトキシシラン(TMOS)、ヘキシルトリメトキシシラン(HTMOS)、ジメチルジメトキシシラン(DMDOS)等を用いることができ、その場合、シランカップリング剤として、メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン(MPTMOS)、グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、ビニルメトキシシラン、アクリロキシプロピルトリメトキシシラン等を使用することができる。シリカを含む材料の表面にはハイドロキシアパタイトの析出が誘導されることが報告されており、シリカを含む有機−無機ハイブリッド構造からなる高分子複合体とすることにより、骨近傍軟骨組織培養担体等として好適な高分子複合体とすることができる。
【0027】
上記の高分子化合物を溶解する溶媒は、使用する高分子化合物に応じて適宜選択すればよく、各高分子化合物を溶解でき、かつ相溶性のある溶媒であれば特に制限なく用いることができる。具体的には、水、ジメチルスルホキシド(DMSO)、エタノール、ジメチルアセトアミド、ジオキサン、アセトニトリル、アセトン、テトラヒドロキシフラン、ジメチルホルムアミド等が例示できる。
【0028】
以下、本発明の高分子複合体の製造方法について、アルギン酸とオリゴキトサンを用いた例を挙げて説明する。
【0029】
1)高分子化合物A溶液の調製
アルギン酸を溶媒中に濃度が0.1〜10.0wt%、好ましくは2.0〜5.0wt%となるように溶解してアルギン酸溶液を調製する。上記溶媒としては水が好ましく用いられる。このアルギン酸溶液を、任意の形状の型に入れて−5〜−196℃で凍結する。上記溶媒としては水が好ましく用いられる。
【0030】
アルギン酸溶液を凍結する際に用いる型の形状は、高分子複合体の使用目的に応じて適宜選択することができ、例えば移植用組織再生基材の担体として用いる場合は、移植する部位の形状に合わせた型を作製して用いればよい。
【0031】
なお、シリカを含む材料を配合する場合は、シリカ濃度として、0.1〜10.0wt%、好ましくは1.0〜4.0wt%となるように配合すればよい。
【0032】
2)高分子化合物B溶液の調製
オリゴキトサンを、DMSO、ジメチルアセトアミド等の溶媒、好ましくはDMSOに、濃度が0.1〜20.0wt%、好ましくは0.5〜4.0wt%となるように溶解してオリゴキトサン溶液を調製する。
【0033】
本発明においては、オリゴキトサンを溶解する溶媒として、上記の溶媒に加えて、凝固点降下作用を有する溶媒を含む溶媒を用いることが好ましい。この凝固点降下作用を有する溶媒としては、エタノール、クロロホルム、メタノール、アセトン等が例示でき、その添加量は、10.0〜80.0vol%が好ましく、20.0〜60.0vol%がより好ましい。このような溶媒を添加することにより、オリゴキトサン溶液を低温度に保つことができるので、アルギン酸とオリゴキトサンの反応が、アルギン酸溶液の凍結物の表面から内部へと徐々に進行し、ゲル化を均一に行うことができる。
【0034】
なお、上記のアルギン酸溶液にシリカを配合した場合は、オリゴキトサン溶液に、必要に応じてシランカップリング剤を0.1〜10.0wt%、好ましくは0.5〜5.0wt%配合すればよい。
【0035】
3)ゲル化
上記アルギン酸溶液の凍結物を、上記オリゴキトサン溶液に浸漬してゲル化する。反応時間はアルギン酸溶液の凍結物の形状等によって変わるため一概には決定できないが、通常、−10〜−30℃で18〜36時間行うことが好ましい。ゲル化する際の温度が高すぎると凍結物が融解し、任意の形状が得られない。
【0036】
4)高分子複合体の乾燥
上記のようにして得られた高分子複合体は、真空凍結乾燥することにより多孔体とすることができる。真空凍結乾燥は、得られた高分子複合体を凍結し、真空条件下(0.02〜0.5Torr)、−196〜60℃で1〜168時間乾燥すればよい。
【0037】
上記のようにして得られた高分子複合体は、動物細胞培養用の担体、特に移植用組織再生基材の担体として好適に用いることができる。
【0038】
上記高分子複合体を担体として用いて動物細胞の培養を行う場合は、例えば以下のようにして行うことができる。
【0039】
まず、真空凍結乾燥して得られた高分子複合体の洗浄、及び該高分子複合体中の未反応のアルギン酸を完全に反応させるために、エタノール、水、アセトン及びそれらの混合液等に、−30〜20℃で5〜30分間浸漬し、真空凍結乾燥を行う。次に、100mM塩化カルシウム−70%エタノール水溶液に5分〜24時間浸漬し、再度真空凍結乾燥を行った後、蒸留水に浸漬して再度真空凍結乾燥を行う。
【0040】
このようにして得られた高分子複合体は、70vol%エタノール溶液に浸漬して滅菌した後、培地に浸漬してエタノールを除去・置換した後、動物細胞を播種し、常法にしたがって培養すればよい。
【0041】
培養に用いることができる動物細胞としては、哺乳動物の細胞が好ましく、具体的には、骨細胞、皮膚細胞、軟骨細胞、肝細胞、膵細胞、繊維芽細胞、幹細胞、骨髄細胞等が例示できる。
【0042】
なお、上記の例では、アニオン性高分子化合物であるアルギン酸の溶液を凍結し、これをカチオン性高分子化合物であるオリゴキトサンの溶液に浸漬してゲル化しているが、カチオン性高分子化合物であるオリゴキトサンの溶液を凍結し、これをアニオン性高分子化合物であるアルギン酸の溶液に浸漬してゲル化させることも可能である。
【実施例1】
【0043】
以下の高分子化合物溶液を調製して用いた。
【0044】
高分子化合物A溶液:2wt%アルギン酸水溶液
高分子化合物B溶液:エタノールとDMSOを等量で混合した溶媒に、濃度が2wt%になるようにオリゴキトサンを溶解したもの
【0045】
上記高分子化合物A溶液0.66gを直径18mmの円盤状の鋳型に入れて−20℃で凍結させた。これを鋳型から取り出し、−20℃に冷却した上記高分子化合物B溶液に一晩浸してゲル化した後、真空凍結乾燥を行い、高分子複合体(オリゴキトサン−アルギン酸複合体)を得た。
【0046】
得られた高分子複合体を、洗浄及び未反応のアルギン酸を完全に反応させる目的で、エタノールに浸漬して真空凍結乾燥を行った。次に、100mM塩化カルシウム−70%エタノール水溶液に3時間浸漬した後、再度真空凍結乾燥を行い、更に蒸留水に浸漬して再度真空凍結乾燥を行った。
【0047】
このようにして得られた多孔質の高分子複合体を滅菌した後、動物細胞培養用の担体として用いて以下の方法で細胞毒性試験による評価を行った。
【0048】
前培養しておいたチャイニーズハムスター卵巣由来細胞株(CHO−K1,ATCC CCL−61)を、Ham's F−12培地に10vol%のウシ胎児血清(FBS)、75mg/Lのペニシリン、50mg/Lのストレプトマイシンを加えpH7.4に調整した培地に、細胞密度が5×10cells/cmとなるように懸濁し、細胞懸濁液を調整した。
【0049】
高分子複合体を入れた12穴細胞培養プレート(ファルコン製)に、上記細胞懸濁液を1mlずつ播種(5×10 cells/穴)して、5%炭酸ガス、飽和水蒸気下、37℃で培養した。
【0050】
そして、トリプシン処理により剥離した細胞をトリパンブルー染色し、血球計算盤により細胞数を測定し、細胞密度を求めた。また、培養前後の担体の様子を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した。それらの結果を合わせて図1に示す。
【0051】
図1に示すように、CHO−K1細胞の細胞密度は培養開始7日後に4×10 cells/cmにまで達し、その後培養開始14日後まで安定に推移した。これにより、本実施例で得られた高分子複合体は、CHO−K1細胞に対する細胞毒性がないことが判明した。
【0052】
また、培養開始前及び培養開始14日後の高分子複合体をSEMで観察したところ、この高分子複合体は約50μmの細孔を有する多孔体であり、細胞が十分に接着していることも判明した(図1参照)。
【0053】
以上の結果から、本実施例で得られた高分子複合体(オリゴキトサン−アルギン酸複合体)は、CHO−K1細胞の培養用担体として適していることが示された。
【実施例2】
【0054】
実施例1と同様にして製造した高分子複合体(オリゴキトサン−アルギン酸複合体)を用いて、以下のようにして軟骨細胞の培養試験を行った。
【0055】
牛の前肢先端50cmの部位を切断してよく洗浄した後、さらに骨に沿って血管を絞ることでサンプルから血を抜き、70vol%エタノール水溶液で洗浄及び滅菌した。次に、くるぶし周辺の皮膚及び筋肉を剥ぎ取り、冠関節の関節包を関節腔に沿って切開し、腱を切断することで関節を外した。周囲の組織を削ぎ落とし、基節骨及び中節骨先端の軟骨を露出させた。軟骨を薄く削り、ディッシュに入れたKRH緩衝溶液(HEPES 4.76g/L,NaCl 7.95g/L,KCl 0.353g/L,CaCl 0.37g/L,pH7.4 オートクレーブ滅菌済)に浸して細断した。
【0056】
軟骨を遠沈管に入れ、プロナーゼ(200unit/ml−培地、濾過滅菌済)15mlを加えて3時間振とう培養を行った。さらに上澄みを除去し、コラゲナーゼ(300unit/ml−培地、濾過滅菌済)30mlを加え、20時間振とう培養を行った。
【0057】
なお、上記培地は、1LのDMEMに1gのグルコース、4.76gの2−(4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジニル)エタンスルホン酸(HEPES)、0.15gのL−アスコルビン酸、0.298gのL−グルタミン、3.7gの炭酸水素ナトリウム、75mgのペニシリン、50mgのストレプトマイシンを加え、pH7.4に調整し濾過滅菌したものにFBSを200ml加えたものを用いた。
【0058】
次に、未消化組織をセルストレーナ(口径70mm)でろ過し、2500rpmで10分間遠心分離を行った。
【0059】
上澄みを除去し、培地を15ml加えて強くピペッティングし、2500rpmで10分間遠心分離を行った。この作業を計2回行った。
【0060】
上澄みを除去した後、上記培地を適量加えて、上記高分子複合体を浸して常法にしたがって培養を行い、実施例1と同様の方法で細胞数を測定して細胞密度及び生存率を求めた。それらの結果を図2に示す。
【0061】
図2に示すように、軟骨細胞は培養開始24時間後及び72時間後ともに90%以上の細胞が生存しており、オリゴキトサン−アルギン酸複合体は、軟骨細胞の培養にも適していることが示された。
【実施例3】
【0062】
骨近傍の軟骨組織の再構築においては、培養担体の表面にハイドロキシアパタイトの存在が重要であるとされている。一方、シリカを含む材料の表面にはそのハイドロキシアパタイトの析出が誘導されることが報告されている。
【0063】
そこで、骨近傍軟骨組織培養担体として、シリカを含む有機−無機ハイブリッド構造からなる多孔質高分子複合体を作製し、その機能を評価した。
【0064】
本実施例においては、シリカとしてポリジメチルシロキサン(PDMS)、シランカップリング剤としてメタクリロキシプロピルトリメトキシシラン(MPTMOS)を用い、以下の高分子化合物溶液を調製した。
【0065】
高分子化合物A溶液:2wt%アルギン酸−3wt%PDMS水溶液
高分子化合物B溶液:エタノールとジメチルスルホキシド(DMSO)を等量で混合した溶媒に、それぞれの濃度が2wt%になるようにオリゴキトサンとMPTMOSを溶解したもの
【0066】
上記の各高分子化合物溶液を用いて実施例1と同様に、凍結、ゲル化、真空凍結乾燥を行い、直径18mmの円盤状の高分子複合体(オリゴキトサン−アルギン酸−MPTMS−PDMS複合体)を得た。
【0067】
得られた高分子複合体は、洗浄及び未反応のアルギン酸を完全に反応させるために、実施例1と同様の処理を行った。
【0068】
このようにして得られた高分子複合体について、(I)蛍光X線分析(EDX)及び赤外分光光度(FT−IR)を用いた高分子複合体中に含まれる元素及び結合状態の解析、(II)擬似体液中における挙動試験、(III)細胞毒性試験による評価を行った。
【0069】
(I)蛍光X線分析(EDX)及び赤外分光光度(FT−IR)を用いた高分子複合体中に含まれる元素及び結合状態の解析
EDXの結果を図3、FT−IRの結果を図4に示す。
【0070】
図3に示すように、EDX分析の結果、炭素、酸素、ケイ素、金、パラジウム、カルシウムの5元素が主として含有していることが判明した。また、図4に示すように、FT−IR分析の結果、「−酸素−ケイ素-酸素−」結合が含有していることも判明した。
【0071】
以上の結果から、本実施例で得られた本実施例で得られた高分子複合体(オリゴキトサン−アルギン酸−MPTMS−PDMS複合体)にはMPTMOS及びPDMSが組み込まれていることが示された。
【0072】
(II)擬似体液中における挙動試験
擬似体液中における挙動試験には、炭酸水素ナトリウム、塩化マグネシウム6水和物、炭酸ナトリウム、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、リン酸水素カリウム3水和物、塩化カルシウム、塩化カリウム、HEPESで構成されるpH7.4の水溶液を擬似体液として用い、37℃で3週間担体を浸漬した。
【0073】
そして、浸漬前後の高分子複合体の様子をSEM、高分子複合体に含まれる元素をEDX、結晶構造をX線解析(XRD)でそれぞれ分析を行った。それらの結果を図5、6に示す。
【0074】
図5には、擬似体液に2週間浸した高分子複合体のSEMとEDXによる分析結果が合わせて示されており、図5(a)は、対照として用いたオリゴキトサン−アルギン酸複合体(実施例1で得られたもの)、(b)は本実施例で得られたオリゴキトサン−アルギン酸−MPTMS−PDMS複合体の結果である。
【0075】
図5に示すように、擬似体液に2週間浸したオリゴキトサン−アルギン酸−MPTMS−PDMS複合体(図5(b)参照)には表面に付着物が観察されたが、対照のオリゴキトサン−アルギン酸複合体の表面には何ら付着物が観察されなかった(図5(a)参照)。そして、オリゴキトサン−アルギン酸−MPTMS−PDMS複合体の付着物をEDXで分析したところ、浸す前には検出されなかったリンが検出された。
【0076】
また、図6にはXRDの分析結果が示されており、図6(a)は、対照として用いたオリゴキトサン−アルギン酸複合体(実施例1で得られたもの)、(b)は本実施例で得られたオリゴキトサン−アルギン酸−MPTMS−PDMS複合体の結果である。
【0077】
図6に示すように、オリゴキトサン−アルギン酸−MPTMS−PDMS複合体では、ハイドロキシアパタイト(HAp)を含むピークが検出された。
【0078】
以上の結果から、本実施例で得られた高分子複合体(オリゴキトサン−アルギン酸−MPTMS−PDMS複合体)は、体液中におくことによりハイドロキシアパタイトが析出することが判明した。
【0079】
(III)細胞毒性試験
細胞毒性試験は実施例1と同様の方法で行った。その結果を図7、8に示す。
【0080】
図7には、CHO−K1細胞を用いた場合の結果が示されている。図7に示すように、CHO−K1細胞の細胞密度は培養開始7日後に4×10cells/cmにまで達し、その後培養開始14日後まで安定に推移した。
【0081】
この結果から、本実施例で得られた高分子複合体(オリゴキトサン−アルギン酸−MPTMS−PDMS複合体)は、CHO−K1細胞に対する細胞毒性が皆無で培養に適していることが示された。
【0082】
図8には、実施例1と同様の方法で牛前肢の冠関節から採取した軟骨細胞を用いた場合の結果が示されている。図8に示すように、培養開始24時間後及び72時間後ともに90%以上の細胞が生存しており、オリゴキトサン−アルギン酸−MPTMS−PDMS複合体は、軟骨細胞の培養に適していることが示された。
【0083】
なお、本実施例(III)における結果と、実施例1、2における結果との間に有意な差は見られず、シリカを含んでいても軟骨細胞の培養に悪影響を与えることはないことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明の製造方法は、複数の高分子化合物を均一に含有する任意の形状を有する高分子複合体の製造に好適に用いることができる。また、得られた高分子複合体は、容易に多孔体とすることができ、動物細胞培養用の担体、特に移植用組織再生基材の担体として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】オリゴキトサン−アルギン酸複合体を培養担体として用いてCHO−K1細胞を培養した場合における細胞密度の測定結果、及び培養前後の該複合体の様子を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した結果を示す図である。
【図2】オリゴキトサン−アルギン酸複合体を培養担体として用いて軟骨細胞を培養した場合における細胞密度及び生存率を測定した結果を示す図である。
【図3】オリゴキトサン−アルギン酸−MPTMS−PDMS複合体中に含まれる元素を蛍光X線分析(EDX)した結果を示す図である。
【図4】オリゴキトサン−アルギン酸−MPTMS−PDMS複合体中に含まれる元素の結合状態を赤外分光光度(FT−IR)を用いて解析した結果を示す図である。
【図5】オリゴキトサン−アルギン酸−MPTMS−PDMS複合体とオリゴキトサン−アルギン酸複合体を擬似体液に2週間浸した場合における各複合体の走査型電子顕微鏡(SEM)と蛍光X線分析(EDX)による分析結果を示す図である。
【図6】擬似体液浸漬前後におけるオリゴキトサン−アルギン酸−MPTMS−PDMS複合体とオリゴキトサン−アルギン酸複合体の結晶構造をX線解析(XRD)した結果を示す図である。
【図7】オリゴキトサン−アルギン酸−MPTMS−PDMS複合体を培養担体として用いてCHO−K1細胞を培養した場合における細胞密度を測定した結果を示す図である。
【図8】オリゴキトサン−アルギン酸−MPTMS−PDMS複合体を培養担体として用いて軟骨細胞を培養した場合における細胞密度及び生存率を測定した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相互に反応する2種類の高分子化合物のうち、一つの高分子化合物Aを溶媒に溶解した高分子化合物A溶液を任意の形状に凍結し、この高分子化合物A溶液の凍結物を、もう一つの高分子化合物Bを前記溶媒と相溶性のある溶媒に溶解した高分子化合物B溶液に浸漬することによりゲル化することを特徴とする高分子複合体の製造方法。
【請求項2】
前記高分子化合物Bを溶解する溶媒として、前記溶媒と相溶性のある溶媒と凝固点降下作用を有する溶媒の混合溶媒を用いる請求項1に記載の高分子複合体の製造方法。
【請求項3】
ゲル化した前記高分子複合体を真空凍結乾燥することにより多孔体とする請求項1又は2に記載の高分子複合体の製造方法。
【請求項4】
前記相互に反応する2種類の高分子化合物として、アニオン性高分子化合物とカチオン性高分子化合物を用いる請求項1〜3のいずれか一つに記載の高分子複合体の製造方法。
【請求項5】
前記アニオン性高分子化合物としてアルギン酸を用い、前記カチオン性高分子化合物としてオリゴキトサンを用いる請求項1〜4のいずれか一つに記載の高分子複合体の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一つに記載の方法により製造された高分子複合体。
【請求項7】
移植用組織再生基材の担体として用いられるものである請求項6に記載の高分子複合体。
【請求項8】
請求項6又は7に記載の高分子複合体を担体として用いて動物細胞の培養を行うことを特徴とする動物細胞の培養方法。
【請求項9】
前記動物細胞は、骨細胞、皮膚細胞、軟骨細胞、肝細胞、膵細胞、繊維芽細胞、幹細胞及び骨髄細胞からなる群より選ばれた1種である請求項8に記載の動物細胞の培養方法。

【図2】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図1】
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【図3】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−70055(P2006−70055A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−251286(P2004−251286)
【出願日】平成16年8月31日(2004.8.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年3月6日 化学工学会人材育成センター主催の「第6回 化学工学会学生発表会(西日本地区)」において文書をもって発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年7月30日 化学工学会九州支部若手の会、Q−NET(化学工学会九州支部若手エンジニア連絡会)、西九州化学工学懇話会主催の「第15回 九州地区若手ケミカルエンジニア討論会」において文書をもって発表
【出願人】(390033145)焼津水産化学工業株式会社 (80)
【Fターム(参考)】