説明

高周波MEMSスイッチ

【課題】スイッチング時間が短いことを特徴とする高周波MEMSスイッチを提供する。
【解決手段】 一端が、絶縁体14を備える高抵抗性の基板12の上に取り付けられた可撓性スイッチング素子18と、前記基板12の中に電荷キャリアを供給するためのコンタクト電極24とを備え、前記スイッチング素子18と前記基板12との間には、前記スイッチング素子18上に静電気曲げ力を生成するための電界が生成され得る、高周波MEMSスイッチ10であって、実質的に前記絶縁体14の直下の前記基板12内に、少なくとも1つのインプラント領域20が形成されており、前記少なくとも1つのインプラント領域20は、前記絶縁体14の開口部22を通って、前記絶縁体14の上方に配置されたコンタクト電極24と接触していると共に、前記基板12に対してオーミックコンタクトを有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波MEMSスイッチに関する。この高周波MEMSスイッチは、請求項1の前文に記載のように、一端が、絶縁体を備える高抵抗性の基板の上に取り付けられた可撓性スイッチング素子と、この基板の中に電荷キャリアを供給するためのコンタクト電極とを備えており、スイッチング素子と基板との間には、スイッチング素子上に静電気曲げ力を生成するための電界が生成され得る。
【背景技術】
【0002】
MEMSスイッチ(MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)=マイクロ電気機械システム)は、種々の用途、特に、自動車電子工学、電気通信、医用工学、または測定技術において利用される。その小型化のため、このような、マイクロ電気機械システムとして構成されたスイッチング素子は、特に、宇宙航行の用途、および人工衛星システムに適している。特に、レーダーシステム、人工衛星通信システム、無線通信システム、および、機器システムでは、高周波MEMSスイッチが用いられる。高周波MEMSスイッチの一例としては、人工衛星に基づいたレーダーシステム用の、位相アンテナ設備および位相器が挙げられる。
【0003】
高周波MEMSスイッチは、多数の利点を有している。これらの利点には、特に、電流消費量が極めてわずかであること、絶縁が良好または寄生容量が小さいこと、挿入減衰が小さい、または挿入損失が小さいこと、及び製造コストが安いことなどが挙げられる。
【0004】
特許文献1(DE 10 2004 062 992 A1号)には、請求項1の前文に係る高周波MEMSスイッチが開示されている。この高周波MEMSスイッチは、高抵抗性の基板から構成されている。この基板の1つの面には、1つの電極が、接地電極として設けられている。この基板の反対側の面には、絶縁層が配置されている。この絶縁層の上には、湾曲したスイッチング素子が、一端で固定されており、対向する自由端は、基板から離れるように湾曲した状態で配置されている。スイッチング素子と接地電極との間に電圧が印加されると、実質的に、絶縁層の下方の基板とスイッチング素子との間に、電界が形成される。電界は、スイッチング素子の湾曲した区域を引き寄せ、基板の表面の方に伸ばして、直線状にする。この湾曲可能なスイッチング素子が絶縁層に近づく際に、スイッチング素子と該スイッチング素子に向かい合った信号導体との間に、容量結合が生じる。これは、基本的なスイッチング動作を示すものである。この信号導体は、上述の公知の実施形態では、絶縁層の上に配置されているが、この信号導体を、絶縁層の下方に形成された、外部と接触するインプラント領域として、基板の内部に形成することも可能である。
【0005】
このような高周波MEMSスイッチのスイッチング時間は、電気的作用および機械的作用によって制限される。通信システムおよびレーダーシステムにおける多くの用途では、スイッチング時間が短いことが望ましい。その場合、機械的作用は、高周波特性と相関するため、所望のようには良好になり得ない。この場合、スイッチング時間は、機械的スイッチング時間と電気的スイッチング時間との合計であり、電気的スイッチング時間は、MEMS構造のリードの抵抗値とキャパシタンスとの積の逆数に比例する。(1/(R*C))
【0006】
多くの場合、機械的スイッチング時間を短縮するために、HF−MEMSスイッチの形状寸法、およびそのスイッチング素子(カンチレバー)は、最適化されている。また、過電圧(スイッチング電圧よりも明らかに高い駆動電圧)を用いて、ターンオン時間をさらに短縮することが可能であるが、ターンオフ時間を短縮することはできない。
【0007】
しかし、この措置(すなわち、HF−MEMSスイッチおよびスイッチング素子の形状的寸法を最適化すること)によっても、電気的スイッチング時間は変わらない。電気的ターンオン時間だけは、同じく過電圧によって、さらに低減することが可能であるが、このことは、電荷キャリアが絶縁体の上端に蓄積する(固着作用)という望ましくない事態を招き、これによって、MEMSスイッチは使用不可能になる場合もある。電荷を、絶縁層の下面に導く必要があるため、電気的スイッチング時間に重要なリードの抵抗が、基板抵抗、および基板背面のショトキーコンタクトによって優位になる。リードの抵抗は、電気的スイッチング時間に決定的な影響を与える。この抵抗の典型的な値は、700kΩの大きさである。典型的な機械的スイッチング時間は、8μs〜100μsの範囲である。これは、印加された駆動電圧に応じて変動する。駆動電圧が、スイッチング電圧と比較して高い場合、スイッチング時間が短いことになる。なぜなら、カンチレバーが、比較的大きな力によって、基板の方向に向かって強く加速されるからである。8μsは、高電圧の場合の値を示し、100μsは、低電圧の場合の値を示している。
【0008】
典型的な電気的スイッチング時間は、50pFの値の容量を考慮すると、30μs〜90μsの範囲である。電気的スイッチング時間も、スイッチの駆動電圧が小さい場合と大きい場合とで、変動する。
【0009】
特許文献2(US 2009/0174014 A1号)および特許文献3(US 2008/0017489 A1号)には、表面の近傍にコンタクトを備えるMEMS高周波スイッチが開示されている。
【0010】
ドープされた半導体層を、高抵抗性の基板上の絶縁層の下で、コンタクト電極として用いることは、B. Pillans et al., の文献「Schottky contact RF MEMS switch characterization」, Proc. IEEE Int. Microw. Symp., 2007年, 379-382頁(非特許文献1)に開示されている。さらに、J. Iannacci et al., の文献「A general purpose reconfigurable MEMS-based attenuator for Radio Frequency and microwave applications」, EUROCON 2009, IEEE, 2009年5月18-23日, 1197-1205頁(非特許文献2)には、注入によってドープされたポリシリコン電極を絶縁薄層の下に有するMEMS高周波スイッチが記載されている。
【0011】
高周波部材の基板の表面に近接して埋め込まれたコンタクトが、特許文献4(US 5 628 663 A号)に開示されている。また、埋め込み式電極のオーミックコンタクトが、既に、特許文献5(US 2007/0215966 A1号)に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】DE 10 2004 062 992 A1号
【特許文献2】US 2009/0174014 A1号
【特許文献3】US 2008/0017489 A1号
【特許文献4】US 5 628 663 A号
【特許文献5】US 2007/0215966 A1号
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】「Schottky contact RF MEMS switch characterization」B. Pillans et al., Proc. IEEE Int. Microw. Symp., 2007年, 379-382頁
【非特許文献2】「A general purpose reconfigurable MEMS-based attenuator for Radio Frequency and microwave applications」J. Iannacci et al., EUROCON 2009, IEEE, 2009年5月18-23日, 1197-1205頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
これに基づき、本発明の課題は、スイッチング時間が短いことを特徴とする、請求項1の前文に係る高周波MEMSスイッチを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明によれば、この課題は、絶縁体の直下の基板内に、少なくとも1つのインプラント領域を形成することによって解決される。このインプラント領域は、絶縁体の開口部を通って、絶縁体の上方に配置されたコンタクト電極と接触しており、さらに、基板に対してオーミックコンタクトを有している。
【0016】
本発明の好ましい発展形態は、従属請求項に記載されている。
【0017】
本発明の原理は、接地電位の供給を、従来のように基板の背面からではなく、基板の上面から、絶縁体の開口部を通って導くと共に、基板に対してオーミックコンタクトを形成するためのインプラント領域を、絶縁体の下方に提供することである。従って、基板の背面にコンタクトを形成する代わりに、接地接触は、表側面を介して導かれる。高抵抗性の基板に対してオーミックコンタクトを有する少なくとも1つのインプラント領域を、スイッチング素子の隣または下に配置することによって、電気経路を短縮し、これによって、リード抵抗および結果的に電気的スイッチング時間を短縮する。さらに、極性が規定されていない高抵抗性のショットキーダイオードを、背面コンタクトと基板との間に配置することを省くことができる。これによって、リードの抵抗を、形態に応じて、それぞれに所望の、例えば50kΩの値に、正確且つ再現可能に低減することが可能である。これによって、駆動電圧が高い場合の電気的スイッチング時間を、2〜40μsの範囲にすることが可能である。基板を接地接触するための少なくとも1つのインプラント領域を、「表側面」から用いることによって、電気的スイッチング時間、および従ってスイッチング時間全体が、著しく短縮される。このため、HF−MEMESの使用スペクトルは、大幅に拡張される。
【0018】
本発明の好ましい一発展形態によれば、少なくとも1つのインプラント領域は、スイッチング素子に対して側方にずらされて配置されている。この構成は、インプラント領域がスイッチング素子自体の直下に配置されている構成よりも、HF損失がわずかであるという利点を有している。しかし、この構成は、インプラント部がスイッチング素子のすぐ下に設けられた構成とは異なり、高い抵抗を生じさせる。
【0019】
複数のインプラント領域が設けられていてもよい。これらの複数のインプラント領域は、様々な位置、例えばスイッチング素子の両側面に配置可能である。
【0020】
これらのインプラント領域は、イオン注入によって形成されることが好ましい。
【0021】
本発明の好ましい一発展形態は、インプラント領域が、スイッチング素子の下方に配置されていることを提供する。こうすることによって、リード抵抗を、可能な限り少ない、約50kΩの値にすることが可能であり、これによって、スイッチング時間を、可能な限り短くすることが可能である。
【0022】
好ましい一発展形態によれば、インプラント領域は、スイッチング素子の可動端部の前、すなわち、可動性のスイッチング素子の下方に形成された第2のインプラント領域の前で終結しており、このためインプラント領域は、可動性のスイッチング素子との相互作用によって、容量結合として本来のスイッチング動作を実施する。
【0023】
インプラント領域は、標準的なイオン注入によって形成される。ここで、ドーピングは、基板とのオーミックコンタクトが生成されるように選択される。このドーピングは、少なくとも約1μmの深さであることが好ましい。
【0024】
以下に、添付の図面を参照しながら、本発明の好ましい実施形態についてさらに説明する。同一の参照番号は、同一の部材を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】図1は、高周波MEMSスイッチを示す概略的な断面図である。
【図2】図2は、高周波MEMSスイッチの第1の実施形態を示す平面図である。
【図3】図3は、高周波MEMSスイッチの第2の実施形態を示す平面図である。
【図4】図4は、高周波MEMSスイッチの第3の実施形態を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
図1は、高周波の用途に適した高周波MEMSスイッチ10を示す概略的な断面図である。この高周波MEMSスイッチ10は、例えばシリコンから構成される高抵抗性の基板12を含む。この基板の表側面には、例えば約100nm〜500nmの厚さのSiOから構成される絶縁層14が設けられている。基板12の背面には、背面コンタクト16が設けられている。スイッチ10は、この背面コンタクト16を介して、従来のように配線されている。こうして、スイッチ10は、マイクロストリップ伝送線を介した高周波伝送だけを行う。
【0027】
絶縁層14の上には、静止状態において湾曲した可撓性スイッチング素子18が、一端で固定されており、その自由端は、絶縁層14から離間されている。
【0028】
絶縁層14の下方には、第1のインプラント領域20が広がっている。第1のインプラント領域20は、絶縁層14内の貫通口22を介して、第1の金属端子コンタクト24と、導電的に接続されている。
【0029】
電圧源26が、導線28aを介して、第1の端子コンタクト24に接続されており、導線28bを介して、スイッチング素子18に接続されている。
【0030】
スイッチング素子18の自由端の下方には、第2のインプラント領域30が設けられている。第2のインプラント領域30は、先に続くマイクロストリップ伝送線の信号導体に、図示されていない接続を介して接触している。スイッチング素子18が近接すると、スイッチング素子とインプラント領域30との間に、容量結合が形成される。
【0031】
電圧源26をアクティブにすることによって、ある極性の電荷キャリアが、スイッチング素子18の中に達すると共に、逆の極性が、導線28aを介して、第1のインプラント領域20の中に達し、インプラント領域20から基板12の中に達して、静電引力が作用する。この静電引力は、スイッチング素子18を、基板12の方向に引き付けて、これを伸ばす。スイッチング素子18が第2のインプラント領域30に近接することによって、本来のスイッチング動作が、容量結合を介して行われる。逆に、電圧源26の供給を停止すると、静電引力は停止され、スイッチング素子18は、再び、湾曲した静止状態に戻る。これによって、スイッチは、再び「開かれる」、すなわち、容量結合は終了する。
【0032】
図2は、高周波MEMSスイッチ10aの好ましい第1の実施形態を示す概略的な平面図である。この図では、インプラント領域20aは、スイッチング素子18に対して側方にずらされて配置されている。スイッチング素子18は、抵抗を有する導体32によって、第2の端子コンタクト34に結合されている。この第2の端子コンタクト34は、導線28bを介して電圧源26に接続されている。この図では、第2のインプラント領域は、図示されていない。
【0033】
図3に係る実施形態の高周波MEMSスイッチ10bは、図2の実施形態に非常に相似している。ここでは、インプラント領域20bは、図1のインプラント領域よりも、スイッチング素子18に近接して配置されている。このため、図2に係る実施形態よりも、電気抵抗は少なく、電気的スイッチング時間も短い。本実施形態は、図4に係るものと比べて、HF損失が幾分少ないという利点を有している。
【0034】
図4に係る実施形態の高周波MEMSスイッチ10cでは、インプラント領域20cは、完全にスイッチング素子18の下方にあり、スイッチング素子18の長さの大部分にわたって広がっている。このため、生じるオーム抵抗は極めてわずかである。本実施形態は、スイッチング時間が最も短いという利点を有している。
【符号の説明】
【0035】
10 高周波MEMSスイッチ
12 基板
14 絶縁層(絶縁体)
18 スイッチング素子
20 インプラント領域
22 貫通口(開口部)
24 第1の端子コンタクト(コンタクト電極)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一端が、絶縁体(14)を備える高抵抗性の基板(12)の上に取り付けられた可撓性スイッチング素子(18)と、前記基板(12)の中に電荷キャリアを供給するためのコンタクト電極(24)とを備え、前記スイッチング素子(18)と前記基板(12)との間には、前記スイッチング素子(18)上に静電気曲げ力を生成するための電界が生成され得る、高周波MEMSスイッチ(10)であって、
前記絶縁体(14)の直下の前記基板(12)内に、少なくとも1つのインプラント領域(20)が形成されており、前記少なくとも1つのインプラント領域(20)は、前記絶縁体(14)内の開口部(22)を通って、前記絶縁体(14)の上方に配置されたコンタクト電極(24)と接触していると共に、前記基板(12)に対してオーミックコンタクトを有していることを特徴とする、高周波MEMSスイッチ。
【請求項2】
前記インプラント領域(20)は、前記スイッチング素子(18)に対して側方にずらされて配置されていることを特徴とする、請求項1に記載の高周波MEMSスイッチ。
【請求項3】
前記インプラント領域(20)は、前記スイッチング素子(18)の可動端部の前で終結しており、前記スイッチング素子(18)の自由端の下方には、信号導体部分が、第2のインプラント領域(30)として形成されており、前記第2のインプラント領域(30)は、容量結合によって、可動性の前記スイッチング素子(18)と相互に作用することを特徴とする、請求項1に記載の高周波MEMSスイッチ。
【請求項4】
複数のインプラント領域(20)が設けられていることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の高周波MEMSスイッチ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−204682(P2011−204682A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−63591(P2011−63591)
【出願日】平成23年3月23日(2011.3.23)
【出願人】(503025786)エーアーデーエス・ドイッチェランド・ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング (8)
【Fターム(参考)】