説明

高圧水素ガス用圧力容器およびパイプ

【課題】耐水素脆化性および耐応力腐食割れ性に優れ、大幅な厚肉化に頼ることなく例えば70MPa以上といった高圧水素ガスに適用可能な圧力容器および配管用パイプを提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.08%以下、Si:1.3〜3.5%、Mn:3.5%以下、P:0.05%以下、S:0.03%以下、Ni:8〜17%、Cr:15〜20%、N:0.2%以下、必要に応じてさらに、Mo:3%以下、Cu:3.5%以下の1種以上、V、Wの1種以上:合計4%以下、Nb、Ti、Alの1種以上:合計0.4%以下、B:0.01%以下を含有する鋼組成を有し、少なくとも水素ガスに曝される側の表面に、金属元素中に占めるSi量が1.0質量%以上の不動態皮膜を有するステンレス鋼製の高圧水素ガス貯留用圧力容器、および高圧水素ガス輸送用パイプ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1MPa以上の高圧水素ガスに対して優れた耐水素脆化性を有し、かつ優れた耐応力腐食割れ性を兼ね備えた高圧水素ガス用圧力容器およびパイプに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の問題から、二酸化炭素(CO2)、窒素酸化物(NOX)、硫黄酸化物(SOX)などの環境破壊の原因となる物質を排出しないクリーンなエネルギー源として水素が注目され、水素を利用した各種燃料電池の研究が盛んに行われている。
【0003】
燃料電池を搭載した自動車に水素を供給する方式として、大きく以下の3つが検討されている。
(1)外部プラントにて水素を製造 → 水素ステーションに保存(オフサイト型) → 燃料電池自動車へ水素を供給
(2)水素ステーションにて水素を製造・保存(オンサイト型) → 燃料電池自動車へ水素を供給
(3)燃料電池自動車にて水素を製造
【0004】
これらいずれの方式においても、水素ガスを貯留するタンクおよび輸送する配管が必要となる。その際、水素ガスは1MPa以上の高圧ガスの状態で取り扱われることが多い。従来、水素貯蔵用の高圧タンクにはCr−Mo鋼やマンガン鋼が使用されてきた。しかしこれらの鋼は強度が低いためタンクの肉厚を非常に厚くする必要があり、設備の大型化、運搬のし難さを招いていた。特に車載用のタンクとしては省スペース化や車両の軽量化に相反するという問題がある。
【0005】
高圧水素ガスに適用するタンクや配管の薄肉化・軽量化を図るためには、耐水素脆化性に優れ、かつ高強度を有する材料が求められる。そこで、前記のCr−Mo鋼、マンガン鋼より高強度化が可能なオーステナイト系ステンレス鋼を水素貯蔵用のタンク等に用いることが検討された。特許文献1には窒化を利用してオーステナイト系ステンレス鋼の耐水素脆化性を改善する手法が示されている。特許文献2には高Mnオーステナイト鋼を使用する手法が示されている。特許文献3には集合組織の制御を行う手法が示されている。
【0006】
【特許文献1】特開2007−270350号公報
【特許文献2】特開2007−126688号公報
【特許文献3】国際公開第2004/111285号パンフレット
【特許文献4】特開昭64−62443号公報
【特許文献5】特開平1−159351号公報
【特許文献6】特開平8218151号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
高圧ガスのタンクや配管では溶接加工が施される場合が多く、オーステナイト系ステンレス鋼の弱点とされる耐応力腐食割れ性を十分に克服した鋼を採用することが望まれる。しかし、耐水素脆化性を改善した既存のオーステナイト系ステンレス鋼は、耐応力腐食割れ性の観点からは必ずしも満足できる特性を有していない。
【0008】
一方、温水環境での耐応力腐食割れ性を改善したオーステナイト系ステンレス鋼としては特許文献4、5、6に開示されるようなSi含有量を増大させた鋼種が知られている。しかし、これらのオーステナイト系ステンレス鋼種は、温水環境以外での耐応力腐食割れ性について考慮されておらず、発明者らの検討によれば、塩乾湿環境での耐応力腐食割れ性は必ずしも満足できるものではないことが判った。このため、これらの鋼種を例えば車載用の部材などにそのまま適用することには無理がある。
【0009】
また、オーステナイト系ステンレス鋼の耐水素脆化性を改善する手法についても、前記特許文献1〜3の方法はコスト増大を招きやすく、さらに簡単な手法で優れた耐水素脆化性を付与する技術の確立が望まれている。
【0010】
本発明は、耐水素脆化性および耐応力腐食割れ性に優れ、大幅な厚肉化に頼ることなく例えば70MPa以上といった高圧水素ガスに適用可能な圧力容器および配管用パイプを提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために本発明では、質量%で、C:0.08%以下、Si:1.3〜3.5%、Mn:3.5%以下、P:0.05%以下、S:0.03%以下、Ni:8〜17%、Cr:15〜20%、N:0.2%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、少なくとも水素ガスに曝される側の表面に、金属元素中に占めるSi量が1.0質量%以上の不動態皮膜を有するステンレス鋼製の高圧水素ガス貯留用圧力容器、および高圧水素ガス輸送用パイプを提供する。このステンレス鋼は上記の元素の他、さらに必要に応じて(i)Mo:3%以下、Cu:3.5%以下の1種以上、(ii)V、Wの1種以上:合計4%以下、(iii)Nb、Ti、Alの1種以上:合計0.4%以下、(iv)B:0.01%以下、のいずれかを単独または複合で選択的に含有しても構わない。このステンレス鋼の金属組織はオーステナイト単相組織であることが好ましい。
【0012】
発明者らの検討によれば、上記のSi含有量が高い不動態皮膜を形成させたとき、塩乾湿環境等におけるオーステナイト系ステンレス鋼の耐応力腐食割れ性を顕著に改善することが可能になる。不動態皮膜の組成はEDX等の微視的な分析手法により特定される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、オーステナイト系ステンレス鋼を用いて耐水素脆化性および耐応力腐食割れ性に優れる高圧水素ガス用の圧力容器および輸送パイプを得ることが可能になった。この圧力容器およびパイプには、厚肉化に頼ることなく例えば70MPa以上といった高圧水素ガスに適用できる強度を具備させることができ、水素ガス供給設備の小型・軽量化に適している。また、この圧力容器およびパイプは、塩乾湿環境における耐応力腐食割れ性にも優れる。したがって本発明は、特に車載用の燃料電池システムの普及に大きく寄与できるものと期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
高圧の水素ガスに触れるタンクや配管には、結晶格子が体心立方構造である普通鋼、フェライト系ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼は水素拡散係数が大きく、水素溶解度が小さいため不向きであり、面心立方構造のオーステナイト系ステンレス鋼の採用が有利となる。しかし、オーステナイト系ステンレス鋼は応力腐食割れを起こしやすいことから、高圧タンクや高圧配管に適用するには注意を要する。特に車載用では塩化物が付着した場合の耐応力腐食割れ性が重要となる。一方、その耐応力腐食割れ性と同時に、耐水素脆化性をも付与しなければならない。
【0015】
発明者らは詳細な検討の結果、不動態皮膜中のSi含有量を増大させることによって、オーステナイト系ステンレス鋼の塩乾湿環境における耐応力腐食割れ性を顕著に改善することが可能になることを発見した。
一方、耐水素脆化性に関しては、オーステナイト系鋼中に固溶するSi含有量を一定以上に高めることが極めて有利であることが明らかになった。
そして、Si含有量を増大させた組成のオーステナイト系ステンレス鋼に対して特定条件で酸洗を施すことにより、不動態皮膜中に所定の濃度でSiを濃化させることができることを見出した。以下、本発明を特定するための事項についてより詳しく説明する。
【0016】
〔不動態皮膜中のSi含有量〕
本発明では、後述の化学組成に調整されたオーステナイト系ステンレス鋼において、不動態皮膜中の金属元素に占めるSiの含有量を1.0質量%以上とする必要がある。これにより、オーステナイト系ステンレス鋼の塩乾湿環境での耐応力腐食割れ性を安定して顕著に改善することが可能になる。そのメカニズムについては現時点で必ずしも明確ではないが、不動態皮膜中にSiが多量に存在すると塩乾湿環境下において鋼素地中の金属の活性溶解が促進され、それによって不動態皮膜の破壊形態はより均一性の高いものとなることが考えられる。オーステナイト系ステンレス鋼の応力腐食割れは局部的な腐食欠陥に起因するとされるが、上記のような不動態皮膜の破壊形態は局部的な腐食欠陥の生成を防止する上で有利に作用するものと考えられ、これが耐応力腐食割れを顕著に改善する要因になっているものと推察される。
【0017】
不動態皮膜の元素分析は、皮膜の厚さ方向に平行な断面についてEDXにより行うことができる。分析箇所は厚さ方向に、(a)不動態皮膜最表面近傍(最表面から約1nm位置)、(b)不動態皮膜の膜厚中央部、(c)不動態皮膜と鋼素地の界面近傍(最表面から約3nm位置)の3点とし、その平均値を採用すればよい。不動態皮膜は酸化物を主体とするものであるから、その構成元素中にはO(酸素)が多く含まれる。また、分析時には通常、コンタミ成分としてC(炭素)が検出される。種々検討の結果、不動態皮膜を構成する元素のうち、O、Cを除いた金属元素中に占めるSi量によって、応力腐食割れに対する抵抗力を把握できることが明らかとなった。分析対象とする金属元素は本発明で規定される鋼成分元素(非金属元素C、P、S、Nを除く)とすればよい。以下、本明細書において「不動態皮膜中のSi量」というときは、特に断らない限り「不動態皮膜中における金属元素に占めるSi量」を意味する。
【0018】
このようにして特定される不動態皮膜中のSi量は、1.0質量%以上であることが必要であるが、あまり過剰にSi含有量を高める必要はない。発明者らの検討によれば、不動態皮膜中のSi量は1.0〜7.0質量%程度とすればよく、1.0〜5.0質量%程度に管理してもよい。
【0019】
Siが濃化した上記の不動態皮膜を得るためには、鋼中のSi含有量を後述の所定範囲に調整したオーステナイト系ステンレス鋼を用意し、その鋼に対して、フッ酸濃度:5〜25質量%、硝酸濃度:95〜75質量%のフッ硝酸(混酸)を用いた酸洗を施すことが有効である。液温は概ね40〜80℃、浸漬時間は30〜90秒程度とすればよい。酸洗後には必要に応じてスキンパス圧延を施しても構わない。ただし、後工程に不動態皮膜を機械的に除去する工程(研磨やショットブラストなど)を入れることは好ましくない。
【0020】
〔鋼の化学組成〕
本発明の圧力容器およびパイプは、成分元素の含有量が以下のように調整されたオーステナイト系ステンレス鋼で作られる。なお、鋼組成における「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
C:0.08%以下
Cは強力なオーステナイト形成元素であり、かつ強度向上に有効な元素であるが、過剰の含有は再結晶処理で粗大なCr炭化物を形成し、粒界腐食や溶接性低下の原因となるので、上記範囲で含有させる。
【0021】
Si:1.3〜3.5%
Siは本発明において重要な元素である。鋼中のSi含有量が低いと、上述のSi濃度が高い不動態皮膜を形成させることが困難となり、塩乾湿環境での優れた耐応力腐食割れ性を十分に付与することが難しくなる。
【0022】
また発明者らの詳細な検討の結果、鋼中のSiは耐水素脆性を付与する上で極めて有効であることがわかった。鋼の水素脆化は、鋼中に侵入した水素により歪みが局所的に集中して破壊が起こりやすくなることが大きな要因であるとされる(いわゆる水素誘起局所塑性変形モデル)。Siは固溶強化作用を呈する元素であるが、その固溶量が十分に多い場合、水素の侵入によって生じた歪みに誘起される局所的な塑性変形をくい止める上で極めて有効に作用するのではないかと推察される。ただし、過剰のSi含有は鋼を硬質化させ加工性低下の要因となる。したがって鋼中のSi含有量は上記の範囲に規定される。
【0023】
Mn:3.5%以下
Mnはオーステナイト形成元素として有効であるが、過剰の含有は加工性低下や表面欠陥の原因となるので、上記含有量範囲とする。
【0024】
P:0.05%以下
Pは鋼の靭性を損なうのでP含有量は低い方が好ましいが、含Cr鋼の溶製において精錬での脱燐は困難であることから低P化には原料の厳選が必要となる。このため過剰のP低減はコスト増を伴うので好ましくない。種々検討の結果、本発明では上記範囲でP含有が許容される。
【0025】
S:0.03%以下
Sは孔食の起点となりやすいMnSを形成し耐食性低下の要因となるので上記範囲に制限される。
【0026】
Ni:8〜17%
Niはオーステナイト形成元素として不可欠である。圧力容器やパイプの加工部においても加工誘起マルテンサイトができるだけ生成しないことが望ましく、そのためには8%以上のNi含有が必要である。9.5%以上のNi含有量を確保することがより好ましい。ただし、Niは高価な元素であり過剰の含有は好ましくない。Ni含有量の上限は15%、あるいは13%に管理しても構わない。
【0027】
Cr:15〜20%
Crは不動態皮膜の主要構成元素であり、一般にその含有量が多くなるほど孔食や隙間腐食などの局部腐食に対する抵抗力は増大する。一方、Crはフェライト形成元素であることから多量の含有は高温でδフェライト相を多量に生成し好ましくない。種々検討の結果、本発明で対象とする圧力容器やパイプの用途において十分な耐食性を確保し、かつδフェライトの生成を適正に抑制するために、Cr含有量は上記範囲に規定される。
【0028】
N:0.2%以下
Nはオーステナイト形成元素として有効であり、鋼の高強度化にも有効である。ただし過剰のN含有は鋳造時のブローホールの原因となるなど、弊害を招く。したがってN含有量は上記の範囲に規定される。0.15%以下に管理しても構わない。
【0029】
Mo:3%以下
MoはCrとともに耐食性レベルを向上させるのに有効な元素であり、必要に応じて添加される。その場合、0.1%以上のMo含有量を確保することがより効果的である。ただし、Moの多量添加は高温でのδフェライト相の生成を招き、またコスト増大を伴うので好ましくない。Moを添加する場合は上記含有量範囲にて行う。
【0030】
Cu:3.5%以下
Cuはオーステナイト相の積層欠陥エネルギーを上昇させ、塑性変形時の交差滑り間隔を小さくする作用を有する。この作用により表面の不動態皮膜が塑性変形時に局所的に破壊されることが抑制され、耐応力腐食割れ性の向上に効果がある。このためCuは必要に応じて添加される。その場合、0.1%以上のCu含有量を確保することがより効果的である。ただし、過剰のCu添加は耐孔食性や熱間加工性を阻害するので、Cuを添加する場合は上記の含有量範囲で行う。
【0031】
V、Wの1種以上:合計4%以下
V、Wは鋼の高強度化に有利な元素であり、必要に応じて添加することができる。ただし、これらの元素を過剰に添加すると熱間加工性に悪影響を及ぼすようになる。検討の結果、V、Wの1種または2種を添加する場合は、その合計含有量を上記の範囲とする。
【0032】
Nb、Ti、Alの1種以上:合計0.4%以下
Nb、Ti、Alは析出強化に有効な元素であり、またAlは製鋼時の脱酸にも効果的である。このため、本発明ではこれらの元素の1種以上を必要に応じて添加することができる。ただし、これらの元素を過剰に添加すると、熱間加工性の低下、製品の表面疵の多発等の弊害を招く。したがってNb、Ti、Alの1種以上を添加する場合は、その合計含有量を上記の範囲とする。
【0033】
B:0.01%以下
Bは熱間圧延温度でのδフェライト相とオーステナイト相の変形抵抗の差異により生じる熱延鋼帯エッジクラックの発生防止に有効な元素であり、必要に応じて添加することができる。ただし、Bを過剰に添加すると低融点の硼化物が生成しやすくなり、熱間加工性を逆に低下させる要因となる。このためBを添加する場合は上記含有量範囲で行う。
【0034】
その他、REM(希土類元素)、Y、Ca、Mgは合計0.1質量%以下の範囲で混入が許容される。これらの元素はスクラップ原料や製鋼工程で使用する耐火物から入り込むことがあるが、上記範囲内であれば特に弊害はない。
【0035】
〔圧力容器、パイプの製造〕
本発明の圧力容器およびパイプは、
(i)上記の化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼であって、好ましくはオーステナイト単相組織を有する材料で作られている点、
(ii)その内面すなわち高圧水素ガスに曝される表面に上記のSi濃度が高い不動態皮膜が形成されている点、
を満たすものである限り、特に製造方法は限定されるものではない。一般的には通常のオーステナイト系ステンレス鋼板の製造ラインにて鋼板素材を製造し、それを加工することにより製造される。
【0036】
圧力容器の場合は、鋼板素材で形成した各部材を溶接接合して容器を構成し、内面を前述のような酸洗処理に供することにより製造することができる。あるいは、鋼板素材を製造する過程で例えば連続焼鈍酸洗ラインにて上述の酸洗処理を施すことによりSi濃度が高い不動態皮膜を形成してもよい。その後は当該動態皮膜が除去されない範囲で必要に応じてスキンパス圧延などの各種仕上処理を施し、得られた鋼板素材を加工して圧力容器とする。加工の段階で溶接を伴う場合は、容器内面の溶接部を混酸酸洗することなどにより、内面全体に前記の不動態皮膜を形成させることが好ましい。
【0037】
パイプの場合は、鋼板素材を鋼帯の状態で溶接造管ラインに通す一般的なステンレス鋼管の製造工程が利用できる。所定長さに切断された鋼管を前述の混酸で酸洗処理することにより内面にSi濃度が高い不動態皮膜が形成される。
【実施例】
【0038】
表1に示す化学組成を有するステンレス鋼を溶製し、熱間圧延にて板厚3.5mmとし、焼鈍、冷間圧延、「1050℃×1分保持→水冷」の溶体化処理を経て板厚0.8mmの冷延焼鈍材を得た。その後、以下のいずれかの仕上処理を施し、供試材とした。
〔混酸酸洗仕上〕
フッ酸濃度:10質量%、硝酸濃度:90質量%のフッ硝酸(混酸)、液温:60℃、浸漬時間:約60secの条件で酸洗を実施。
〔研磨仕上〕
上記混酸酸洗を施した後に、#600エメリー紙による研磨を実施。
【0039】
【表1】

【0040】
各供試材の金属組織を顕微鏡観察したところ、いずれもマトリクスはオーステナイト単相組織を呈していることが確認された。
各供試材について、以下の方法で不動態皮膜の組成分析、水素チャージ試験、応力腐食割れ試験、水素チャージ前後の引張試験を実施した。
【0041】
〔不動態皮膜の組成分析〕
供試材の板厚方向に平行な断面について、EDX装置を備えるFE−TEMで観察し、不動態皮膜の深さ方向3箇所の位置をEDXにより組成分析した。分析箇所は、(a)不動態皮膜最表面近傍(最表面から約1nm位置)、(b)不動態皮膜の膜厚中央部、(c)不動態皮膜と鋼素地の界面近傍(最表面から約3nm位置)の3点とした。分析元素は表1に示されるC、P、S、Nを除く全金属元素とし、それらの金属元素に占めるSiの含有量を質量%で算出し、3点での算出結果の平均値を当該不動態皮膜中におけるSi量として採用した。
【0042】
〔水素チャージ試験〕
タンクや配管の用途を考慮して、電解による水素チャージ法ではなく、ここでは高圧水素ガスを用いた水素チャージ法によりステンレス鋼中に水素を吸蔵させた。
供試材から試験片を切り出し、これを、純水素、圧力20MPa、350℃の雰囲気中に24時間保持することにより水素チャージを行った。オーステナイト系ステンレス鋼は約350℃付近で最も多量の水素を吸蔵することから、この温度を採用した。オーステナイト系ステンレス鋼について知られている各温度での「水素分圧と水素吸蔵量の関係(Sievertsの法則)」を適用して換算すれば、圧力20MPa、350℃の条件でオーステナイト系ステンレス鋼中に吸蔵される水素量は、圧力70MPa、100℃の条件で吸蔵される水素量に相当する。
【0043】
水素チャージ終了後、直ちにMPI−MS法により試験片中の拡散性水素量を測定した。測定条件は、温度範囲:室温〜900℃、昇温速度:12℃/min、サンプリング間隔:0.5分とし、室温から600℃までの拡散性水素トータル量を求めた。
【0044】
〔水素チャージ前後の引張試験〕
上記の水素チャージ試験に供する前の供試材サンプル、および水素チャージ試験後のサンプルについて、平行部長さ30mmの引張試験片を用いてSSRT(Slow Strain Rate Technique)法により常温大気中で歪速度1×10-6での引張試験を行った。
下記(1)式により水素チャージ前後の破断伸び変化率(%)を求めた。
[破断伸び変化率]=([水素チャージ後の破断伸び]−[水素チャージ前の破断伸び])/[水素チャージ前の破断伸び]×100 ……(1)
【0045】
〔応力腐食割れ試験〕
供試材から29mm×31mmの大片と14mm×16mmの小片を切り出し、それらを重ねてスポット溶接により接合し、図1に示す形状のスポット溶接試験片を作製した。各試験片に「塩水噴霧(5%塩化ナトリウム水溶液、35℃×15分)→乾燥(60℃、30%RH×1時間)→湿潤(50℃、90%RH×3時間)」を1サイクルとする塩乾湿試験を600サイクル施し、試験後のスポット溶接試験片から大片と小片を分離して、大片、小片それぞれについて応力腐食割れが生じているか否かを観察した。各供試材とも試験数n=3にて実施し、3個のスポット溶接試験片の大片および小片いずれにも応力腐食割れが認められなかったものを○(良好)、それ以外を×(不良)と評価した。
これらの結果を表2に示す。
【0046】
【表2】

【0047】
表2からわかるように、所定の化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼の表面にSi濃度1.0質量%以上の不動態皮膜を形成させた本発明例のものは、塩乾湿環境での耐応力腐食割れ性に優れ、かつ水素チャージ前後の破断伸び変化率は−2〜2%の範囲であり、水素脆化はほとんど認められなかった。したがって、これらのオーステナイト系ステンレス鋼を用いて耐水素脆化性および耐応力腐食割れ性に優れる高圧水素ガス用の圧力容器および配管用パイプを構築することができる。
【0048】
一方、比較例No.21、22は本発明で対象とする化学組成を有しているが、研磨仕上としたことにより不動態皮膜中のSi濃度が不足し、塩乾湿環境での耐応力腐食割れ性に劣った。No.23、24、25は鋼中のSi含有量が不足するため水素チャージ前後の破断伸び変化率が非常に低い値(マイナス側に大きい値)となり、耐水素脆化性に劣った。また不動態皮膜中のSi濃度が不足して塩乾湿環境での耐応力腐食割れ性にも劣った。No.26は鋼中のC含有量が多すぎたことにより炭化物析出による鋭敏化が生じたものと考えられ、粒界腐食が観察された。また不動態皮膜中のSi濃度は十分高いにもかかわらず耐水素脆化性は改善されていない。No.27は鋼中のMn含有量が高すぎたことにより、不動態皮膜中のMn濃度が高まり、そのMnが不動態皮膜を弱めてしまったと考えられ、結果的に耐応力腐食割れ性に劣った。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】スポット溶接試験片の形状を模式的に示した図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.08%以下、Si:1.3〜3.5%、Mn:3.5%以下、P:0.05%以下、S:0.03%以下、Ni:8〜17%、Cr:15〜20%、N:0.2%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、少なくとも水素ガスに曝される側の表面に、金属元素中に占めるSi量が1.0質量%以上の不動態皮膜を有するステンレス鋼製の高圧水素ガス貯留用圧力容器。
【請求項2】
ステンレス鋼が、さらにMo:3%以下、Cu:3.5%以下の1種以上を含有する組成を有するものである請求項1に記載の圧力容器。
【請求項3】
ステンレス鋼が、さらにV、Wの1種以上を合計4%以下の範囲で含有する組成を有するものである請求項1または2に記載の圧力容器。
【請求項4】
ステンレス鋼が、さらにNb、Ti、Alの1種以上を合計0.4%以下の範囲で含有する組成を有するものである請求項1〜3のいずれかに記載の圧力容器。
【請求項5】
ステンレス鋼が、さらにBを0.01%以下の範囲で含有する組成を有するものである請求項1〜4のいずれかに記載の圧力容器。
【請求項6】
質量%で、C:0.08%以下、Si:1.3〜3.5%、Mn:3.5%以下、P:0.05%以下、S:0.03%以下、Ni:8〜17%、Cr:15〜20%、N:0.2%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、少なくとも水素ガスに曝される側の表面に、金属元素中に占めるSi量が1.0質量%以上の不動態皮膜を有するステンレス鋼製の高圧水素ガス輸送用パイプ。
【請求項7】
ステンレス鋼が、さらにMo:3%以下、Cu:3.5%以下の1種以上を含有する組成を有するものである請求項6に記載のパイプ。
【請求項8】
ステンレス鋼が、さらにV、Wの1種以上を合計4%以下の範囲で含有する組成を有するものである請求項6または7に記載のパイプ。
【請求項9】
ステンレス鋼が、さらにNb、Ti、Alの1種以上を合計0.4%以下の範囲で含有する組成を有するものである請求項6〜8のいずれかに記載のパイプ。
【請求項10】
ステンレス鋼が、さらにBを0.01%以下の範囲で含有する組成を有するものである請求項6〜9のいずれかに記載のパイプ。

【図1】
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【公開番号】特開2009−299174(P2009−299174A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−158239(P2008−158239)
【出願日】平成20年6月17日(2008.6.17)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】