説明

高圧水素ガス貯蔵容器用アルミニウム合金

【課題】 高圧水素ガス貯蔵容器のライナー用のAl合金として、充填圧力を、より高圧化しても水素脆化による材質の劣化が生じず、かつ低サイクルの疲労寿命を長くして、高圧容器の耐用年数を延ばす。
【解決手段】 MgおよびSiを、Mg≦1.73Si−0.52%、Mg≦1.5%、Mg≧0.9%、Si≦1.8%を満たす範囲内で含有し、Fe0.01〜0.7%を含有し、残部が実質的にAlよりなる高圧水素ガス貯蔵容器用アルミニウム合金。さらにCu0.1〜1.5%を含有するか、もしくはMn0.05〜1.2%、Cr0.01〜0.4%、Zr0.01〜0.3%、Sc0.01〜0.5%、V0.01〜0.3%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有しても良い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、高圧水素ガス貯蔵容器のライナー材として用いられるアルミニウム合金に関するものである。
【背景技術】
【0002】
最近では、地球温暖化を防止するために、温暖化ガスであるCOを排出しない水素エネルギーの利用が進められているが、その場合の水素の貯蔵および輸送については、取り扱いの容易さ等の点から、高圧ガスの状態でなされることが多い。このような高圧水素ガスの貯蔵容器としては、一般に樹脂もしくは金属製のライナー材を強化繊維で補強した複合材料からなる圧力容器が用いられている。
【0003】
これらのうち、樹脂製ライナーを用いた容器の場合は、貯蔵水素の気密保持性が低く、水素が樹脂中を透過して徐々に外部に散逸することが問題となる。また容器に取り付けるバルブ接続用の口金としては金属製のものが用いられるため、樹脂と金属の熱膨張性係数の相違により、口金接続部においてガスの漏れが生じるおそれがある。
【0004】
一方、金属製ライナーの材質としては、ステンレス鋼もしくはアルミニウム合金が従来から用いられている。ここで、ステンレス鋼をライナーとして使用した場合には、重量が大きくなるため、燃費の点で不利となることに加え、貯蔵した高圧水素ガスがステンレス鋼内部に浸透して拡散することによって、材料の機械的性質を低下させる水素脆化が問題となる。すなわち水素脆化により、大気中と比較して疲労特性が著しく低下する場合があり、予期せぬ容器の破損を引き起こすことがある。この問題に対する対策としては、特許文献1には、ステンレス鋼の表面をアルミニウムまたはアルミニウム合金で被覆することによって、水素のステンレス鋼中への浸透を抑制し、水素脆化を防止する技術が開示されている。また特許文献2には、鋼製の容器内面に面心立方型結晶構造あるいは稠密六方構造の金属膜を形成することにより、水素が鋼中に侵入することを抑制し、水素脆化を防止する技術が開示されている。
【0005】
これに対し、アルミニウム合金をライナー材として用いた場合には、軽量であるため燃費向上に対し有利であるばかりでなく、貯蔵水素がほとんどアルミニウム合金内部に浸透しないため、気密保持性に優れているばかりでなく、水素脆化による材質の劣化も生じないものと考えられ、特に自動車搭載用の軽量容器には最適であるとされている。このようにアルミニウム合金を高圧水素ガス貯蔵容器のライナー材として用いる場合のアルミニウム合金としては、特許文献3においては、Al−Mg−Si系合金である6061合金が示されている。
【特許文献1】特開2004−324800号報
【特許文献2】特開2006−9982号報
【特許文献3】特開2001−349494号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、高圧水素ガス貯蔵容器の自動車搭載用途においては、一回の充填で走行可能な距離の延長を目的として、水素ガスの充填圧力増大が図られている。しかしながら、従来は高圧水素ガス中において水素脆化を示さないと考えられてきたアルミニウム合金であっても、最高充填圧力70MPa以上の極めて高い圧力の水素ガスを充填した場合には、気相から材料内部に水素がわずかに侵入し、水素脆化による材質の劣化を生じることが明らかとなった。またこのような高圧化により、水素の充填放出に伴う繰り返し負荷が増大して、疲労破壊寿命の低下が問題となることが認識されている。そして前述の特許文献3に示されるような6061合金をライナー材として用いた場合も、このような問題を避け得ないことが明らかとなっている。
【0007】
この本発明は、以上の事情を背景としてなされたもので、高圧水素ガス貯蔵容器のライナー材としてアルミニウム合金を用いた場合において、充填圧力を従来よりも高圧化した場合でも、水素脆化による材質の劣化が生じることを確実に防止し、また高圧水素容器に必要な低サイクルの疲労寿命を長くすることにより、高圧容器の耐用年数を延ばすことを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、高圧水素ガス貯蔵容器のライナー材のアルミニウム合金として、充填圧力を高圧化した場合でも、水素脆化を確実に防止でき、また容器の製造に必要な成形性を確保しつつ、低サイクルの疲労特性にも優れたアルミニウム合金のを開発するべく、種々実験・検討を重ねた結果、Al−Mg−Si系合金の主要合金元素であるMg、Siの含有量を、相互の関係のもとに適切に調整することにより、前述の課題を解決し得ることを見出し、この発明をなすに至ったのである。
【0009】
具体的には、請求項1の発明の高圧水素ガス貯蔵容器用アルミニウム合金は、MgおよびSiを、質量%で次の(1)〜(4)式
Mg≦1.73Si−0.52% ・・・(1)
Mg≦1.5% ・・・(2)
Mg≧0.9% ・・・(3)
Si≦1.8% ・・・(4)
を満たす範囲内で含有し、さらにFe0.01〜0.7%を含有し、残部がアルミニウムおよび不可避的不純物よりなることを特徴とするものである。
【0010】
また請求項2の発明の高圧水素ガス貯蔵容器用アルミニウム合金は、請求項1に記載の高圧水素ガス貯蔵容器用アルミニウム合金において、さらにCu0.1〜1.5%を含有することを特徴とするものである。
【0011】
さらに請求項3の発明の高圧水素ガス貯蔵容器用アルミニウム合金は、請求項1もしくは請求項2に記載の高圧水素ガス貯蔵容器用アルミニウム合金において、さらにMn0.05〜1.2%、Cr0.01〜0.4%、Zr0.01〜0.3%、Sc0.01〜0.5%、V0.01〜0.3%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とするものである。
【0012】
一方請求項4の発明の高圧水素ガス貯蔵容器用アルミニウム合金製ライナーは、請求項1から請求項3のいずれかの請求項に記載のアルミニウム合金によりなることを特徴とするものである。
【0013】
そしてまた請求項5の発明の高圧水素ガス貯蔵容器は、請求項4に記載のアルミニウム合金製ライナーの外側に繊維強化樹脂を巻き付けることにより補強したことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0014】
この発明のアルミニウム合金によれば、高圧水素ガス貯蔵容器のライナー材として用いて、成形性を損なうことなく、水素脆化の発生を確実に防止することができ、また水素ガスの充填・放出に伴なう繰返し負荷による疲労破壊寿命の低下を防止でき、そのため従来よりも高圧で水素ガスを充填した場合でも材質の経時劣化を確実に防止でき、高圧水素ガス貯蔵容器としての安全性を極めて高めることができるとともに、その耐用寿命を従来よりも大幅に延長することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下に、この発明の高圧水素容器用アルミニウム合金について詳細に説明する。
【0016】
先ずこの発明のアルミニウム合金を構成する合金成分元素の添加理由および添加範囲について説明をする。
【0017】
Mg、Si:
MgおよびSiは、いずれもこの発明の高圧水素ガス貯蔵容器用アルミニウム合金において必須かつ重要な基本成分であり、製造されたライナーについて溶体化処理を施してMg、Siをアルミニウムマトリックス中に固溶させた後、水焼き入れまたは強制空冷により急冷して室温において過飽和に固溶させ、その後人工時効を行うことにより、マトリックス中にMgSi析出物を密に析出させ、ライナーの強度を高めることができる。このようにMgとSiを主成分として含有するアルミニウム合金はAl−Mg−Si系合金と称されるものであり、MgとSiのそれぞれの添加量を調整することにより種々の特性の合金が得られるが、この発明においては、MgとSiの添加量を次の(1)〜(4)の不等式を満たす範囲とする必要がある。
Mg≦1.73Si−0.52% ・・・(1)
Mg≦1.5% ・・・(2)
Mg≧0.9% ・・・(3)
Si≦1.8% ・・・(4)
【0018】
このような(1)〜(4)式を満たすMg量、Si量の範囲を図1の斜線領域で示す。なお図1において、破線はMg2Si生成のためのMg量−Si量の平衡組成(バランス組成)、すなわち質量%にしてMg=1.73%Siの直線を示す。また一点鎖線は、Mg2Si生成のための平衡組成よりも、0.3%だけSi量が過剰な組成(Mg2SiのMg量に換算して0.52%過剰な組成)、すなわちMg=1.73Si−0.52%の直線を示す。
【0019】
このように(1)〜(4)式を規定した理由を以下に記す。
【0020】
アルミニウム合金容器に高圧水素ガスを充填すれば、使用中に微量の水素がアルミニウム合金中に浸透して内部へ拡散していく。材料内部に侵入した水素は水素脆化を引き起こし、材質の劣化を促進して、使用中に亀裂を生じさせる。この亀裂が容器の外側まで貫通すればガスの漏れが生じ、場合によっては容器の破裂に至ることもある。このような水素脆化は、材料内部に侵入した水素が結晶粒界に集積して、粒界強度を大幅に低下させることにより生じることが知られている。
【0021】
本発明者等は、このような水素脆化の問題を解決すべく研究を重ねた結果、Al−Mg−Si系合金において溶体化処理後の人工時効により析出するMg2Si析出物が、外部から侵入した水素を析出物とマトリクスの界面でトラップ(捕獲)して、水素が材料中を自由に動き回ることを抑制し、これにより水素の悪影響を無害化する効果があることを見出した。そして、特に高圧水素容器として充分な耐水素脆性を確保するために必要なMg2Si量は、質量%で1.4%以上であることが判明した。このようなMg2Si量1.4%以上の値に相当するMg量は0.9%以上であり、そこで(3)式においてMg単独量の下限を0.9%以上と規定した。一方、Mg2Si量1.4%以上の値に相当するSi量は0.5%以上であるが、この発明の場合は、それより過剰なSi量を規定しており、その理由については後に改めて説明する。
【0022】
また一方、Mg2Si量が質量%で2.4%を越えて含有されれば、溶体化処理の際にSiとMgを完全に固溶させることが困難となり、一部がMg2Siの粗大な析出物として材料中に存在して、その粗大析出物が疲労亀裂の起点となり、疲労寿命が大幅に低下するばかりでなく、容器を成形する際に割れの起点となりやすく、そのため容器の成形性を阻害してしまう。したがってMg2Si量は2.4%以下に規制することとし、これに相当するMg量として、(2)式においてMg量を1.5%以下と規定した。なおMg2Si量2.4%に相当するSi量は0.9%であるが、この発明では、Si量については、図1から明らかなように0.9%以上のSiを含む範囲を規定しており、このような過剰なSiは、Si量が1.8%以下の範囲であれば、後述するように高圧水素ガス容器としての特性および容器の成形性に悪影響を及ぼすことはない。
【0023】
次にこの発明においてSi量は(1)式で示すように上記の規定量のMg2Siを形成するのに必要な量よりも過剰な量を規定しているが、その理由は次の通りである。
【0024】
すなわち、Mg2Siの形成に必要な量よりも過剰に添加されたSiは、マトリクス中にSiを主成分とする析出相として存在し、この析出相は、材料のすべりの局在化を抑制して、すべりを均一化する効果を示す。これによって、疲労亀裂の前段階である局在化した固執すべり帯の形成を抑制することにより、疲労亀裂の発生時期を遅らせて疲労寿命を長くする効果を奏する。ここで、高圧水素ガス容器として充分な疲労特性を得るのに必要なSi量は、Mg2Si析出物が過不足なく形成されるバランス組成に対して過剰なSi量が0.3%以上となる範囲であることが、本発明者らの実験により判明しており、Si量が0.3%に相当するMg2Siバランス組成のMg量は0.52%であることから、(1)式を規定した。
【0025】
但し、Si量が1.8%を越えて添加されれば、上記の効果が飽和するばかりでなく、析出する単体Si相の一部に粗大なものが形成され、この粗大Si相が疲労亀裂の起点となって、かえって疲労寿命が低下し、また容器の成形時に割れの起点となり、容器の成形性を阻害してしまう。そこでSi量の上限は、(4)式で規定するように1.8%とした。
【0026】
Fe:
Feは、容器の素材となるアルミニウム合金を溶解して鋳造する段階において、Al―Fe―Si系金属間化合物晶出相を形成し、成形後の容器では粒径数μm程度のAl―Fe―Si系粒子として存在する。このAl―Fe―Si系粒子は、溶体化処理時に材料が再結晶する際に再結晶の核生成サイトとして機能して、材料中の再結晶核の数密度を増大させ、結果的に再結晶後の結晶粒の微細化を図ることができ、これにより疲労特性が向上するばかりでなく、水素脆化の影響をもより軽減することが可能となる。ここでFe量が0.01%未満では、充分な上述の効果を得ることができず、一方Fe量が0.7%を越えて添加されれば、材料中のAlFeSi粒子が粗大になりすぎ、容器を成形する段階においてその粗大粒子が破壊の起点となるため、容器の成形性が低下してしまう。したがってFe添加量は0.01〜0.7%の範囲内とした。
【0027】
さらにこの発明のアルミニウム合金においては、上述のMg、Si、Feのほか、Cuを含有しても良く、またMn、Cr、Zr、Sc、Vのうちから選ばれた1種または2種以上を含有していても良く、これらの添加理由は次の通りである。
【0028】
Cu:
Cuは、溶体化処理後に人工時効した際に得られる強度をさらに高める効果があり、また人工時効時に粒界上に形成され粒界破壊の起点となるMg2Si析出物およびSiを主成分とする析出物を微細化する効果を有し、これにより粒界の破壊抵抗を高めて、水素脆化による粒界割れ感受性を低減する効果を奏する。またCuは、材料の冷間加工性を高めて、容器の成形性を高める効果も有する。ここで、Cuを積極的に添加する場合のCu量が0.1%未満のCu量では、上述のCu添加の効果を充分に得ることができず、一方Cu量が1.5%を越えれば材料の耐食性が大幅に低下してしまい、容器として使用することができなくなるから、Cuを積極添加する場合のCu量は0.1〜1.5%の範囲内とした。なおCuを積極添加しない場合でも、0.1%未満のCuが不可避的不純物として含まれる場合があることはもちろんである。
【0029】
Mn、Cr、Zr、Sc、V:
Mn、Cr、Zr、Sc、Vは、いずれも容器の素材となるアルミニウム合金を溶解して鋳造する段階において、鋳塊中に過飽和に固溶され、引き続き行なわれる均質化処理または熱間加工前の加熱処理中に、各元素とAlよりなる粒子径0.01〜1μmの金属間化合物粒子を生成する。このような微細な金属間化合物粒子は、マトリクス中に均一に分散することによって、アルミニウム合金素材から容器を熱間加工により成形する段階またはその後の溶体化処理中における結晶粒組織を安定化させ、結晶粒が異常に粗大化することを防止する作用をもたらす。ここで、結晶粒組織が異常に粗大化した場合には、水素脆化感受性が高まって、粒界割れが生じやすくなるため、疲労寿命が著しく低下し、高圧容器として使用することは困難になる。ここで、それぞれの元素の添加量がMn0.05%未満、Cr0.01%未満、Zr0.01%未満、Sc0.01%未満、V0.01%未満であれば、前述のような微細な金属間化合物の分布密度が不充分となるため、結晶粒を安定化する効果が乏しく、粗大粒の発生を防止する効果が充分に得られない。またそれぞれの元素の添加量が、Mn1.2%、Cr0.4%、Zr0.3%、Sc0.5%、V0.3%を越えた場合には、過剰に添加されたこれらの元素が鋳造時に粗大な金属間化合物として晶出し、その後の容器の成形段階において割れの起点となるため、容器成形性が大幅に低下してしまうおそれがある。そこでMnは0.05〜1.2%、Crは0.01〜0.4%、Zrは0.01〜0.3%、Scは0.01〜0.5%、Vは0.01〜0.3%の範囲内とした。なおこれらの元素を積極的に添加しない場合でも、それぞれの元素が不可避的不純物として下限未満の量含有される場合があることはもちろんである。
【0030】
なおまた、Cuと、Mn、Cr、Zr、Sc、Vのうちの1種または2種以上とを同時に添加しても良いことももちろんである。
【0031】
以上の各元素のほかは、基本的には不可避不純物とAlよりなるが、通常のアルミニウム合金においては、鋳塊組織を微細にするためにTi、もしくはTiおよびBを微量添加することがあるが、この発明のアルミニウム合金の場合も、Ti0.01〜0.15%を単独、あるいはB0.0001〜0.05%とともに添加しても差し支えない。ここでTi添加量が0.10%を越え、かつB添加量が0.01%を越ええば、鋳造時にこれらを主成分する粗大な化合物が晶出し、その後の容器の成形段階において割れの起点となるため、容器の成形性が大幅に低下してしまうおそれがある。またTiが0.15%を越えると鋳造時にTiAl3の粗大化合物が晶出し、容器の成形性が大幅に低下する。またBが0.05%を越えれば、鋳造時にTiB2の粗大化合物が晶出し、容器の成形性が大幅に低下するおそれがある。
【0032】
さらに、この発明のアルミニウム合金においては、0.3%までのZnは、この発明の効果を特に妨げることはなく、0.3%以下のZnを含有することも許容される。
【0033】
次にこの発明の高圧水素ガス貯蔵容器用アルミニウム合金の製造方法について説明する。
【0034】
高圧水素ガス貯蔵容器の製造に供されるアルミニウム合金素材の形状としては、後述するように板、管、カップ状の3通りがあり、そこで以下では、それぞれの形状のアルミニウム合金素材の製造方法について述べる。
【0035】
先ず板については、基本的にはアルミニウム合金板の製造のために通常採用されている方法により製造することが可能である。すなわち、この発明成分限定範囲内に溶解調整されたアルミニウム合金溶湯を、通常の溶解鋳造法を適宜選択して鋳造する。ここで通常の溶解鋳造法としては、例えば半連続鋳造法(DC鋳造法)や薄板連続鋳造法(ロールキャスト法等)などを含む。次いでアルミニウム合金鋳塊に均質化処理を施す。均質化処理は溶湯凝固時の合金元素のミクロ偏析を緩和するとともに、Mn、Crをはじめとする各種の遷移元素を含む場合には、これらを主成分とする金属間化合物の分散粒子を、マトリクス中に均一かつ高密度に析出させるために必要な工程であり、好ましくは350〜550℃の範囲内で、1〜48時間の条件で実施する。この均質化処理工程の前もしくは後に適宜面削を施した後、熱間圧延および冷間圧延を施すことによってアルミニウム合金板を製造する。この際、必要に応じて適宜中間焼鈍を行ってもよいし、最終焼鈍を実施しても良い。
【0036】
管についても、同様にアルミニウム合金管の製造のために通常採用されている方法により製造することが可能である。具体的には、この発明成分限定範囲内に溶解調整されたアルミニウム合金を、DC鋳造法またはホットトップ鋳造法により鋳造して、アルミニウム合金ビレットを製造する。次いでこのビレットに、必要に応じて上記の板の場合と同様の目的で均質化処理を行なう。この均質化処理の好ましい条件は、前記同様に350〜550℃の範囲内で、1〜48時間の条件である。次いでビレットを、熱間で所定の形状の押出管に押出加工してアルミニウム合金管を製造すれば良く、また押出後に必要に応じて最終焼鈍を行なっても良い。
【0037】
カップ状のアルミニウム合金素材についても、同様にアルミニウム合金カップ材製造のために通常採用されている方法により製造することが可能である。具体的には、本発明成分限定範囲内に溶解調整されたアルミニウム合金溶湯を、DC鋳造法またはホットトップ鋳造法により鋳造してアルミニウム合金スラブまたはビレットを製造する。そしてアルミニウム合金スラブもしくはビレットに、必要に応じて上記の板の場合と同様の目的で均質化処理を行なう。この均質化処理の好ましい条件も、前記同様に350〜550℃の範囲内で、1〜48時間の条件である。さらに熱間で適宜鍛造して、所定の形状にした後、所定形状のダイスを用いてカップ形状となるように鍛造加工を行い、カップ形状のアルミニウム合金素材を製造すれば良い。
【0038】
次に上述のような方法により製造されたアルミニウム合金素材を加工して、高圧水素ガス貯蔵容器用ライナーを製造する方法について説明する。
【0039】
高圧水素ガス貯蔵容器用ライナーは、上記の方法により製造されたアルミニウム合金素材の一つを加工するか、二つ以上を組み合わせることによって製造される。
【0040】
例えば素材としてアルミニウム合金板を用いる場合、先ずアルミニウム合金板をカッピングプレスによりカップ形状に絞り加工した後、胴部をフローフォーミングによって所定の長さまで成形加工する。最後に開口端部をクロージング成形に口絞りして、鏡部を一体に成形するか、もしくは別途製造したカップ状のアルミニウム合金素材を開口端部に接合することにより、鏡部を設けることも可能である。
【0041】
またアルミニウム合金管を素材として用いる場合には、必要に応じて管の胴部をフローフォーミングにより所定の長さまで伸展加工した後に、両端の開口端部をクロージング成形により口絞りして鏡部を一体成形するか、もしくは両端の開口端部に別途製造したカップ状または板状のアルミニウム合金素材を接合して鏡部を設けるか、あるいは一方の開口端部にクロージング成形により鏡部を形成し、他方の開口端部に別途製造したアルミニウム合金素材を接合することにより鏡部を設けても良い。
【0042】
次にカップ状のアルミニウム合金素材を用いる場合には、先ず胴部をフローフォーミングにより所定長さまで伸展加工した後に、開口端部をクロージング加工により口絞りして一体成形により鏡部を形成するか、もしくは別途製造したカップ状または板状のアルミニウム合金素材を接合することにより鏡部を設けてもよい。
【0043】
さらに、以上のように製造されたアルミニウム合金ライナーについては、その一方または両方の鏡部に口金を取り付けるための孔を開口形成し、口金を取り付ける。
【0044】
このようにして得られたアルミニウム合金製ライナー材には、引続いて熱処理を行い、素材の強度を高めてライナー材としての疲労強度を増大させる。その具体的な方法としては、先ずライナー材を500〜580℃の温度範囲に加熱して1〜120分保持することにより、この発明のアルミニウム合金の主要元素であるMgとSiをマトリックス中に固溶させる。その後、アルミニウム合金を水に浸す、または周囲からミストを吹き付ける、あるいは強制的に空気を吹き付ける等の手段により、アルミニウム合金ライナーを急冷する。これにより、その前の段階で高温において多量に固溶されたMgとSiを、室温で過飽和に固溶させておくことが可能となる。その後、120〜200℃の温度範囲内において10分〜24時間加熱して、人工時効処理を行うことにより、過飽和に固溶したMgとSiがMg2Si析出物としてマトリクス中に析出して、強度が向上する。なおこの人工時効処理は後述するような樹脂を硬化させるための加熱処理と兼ねて行なうことも可能である。
【0045】
次にこのようにして得られたアルミニウム合金製ライナーの外側周囲に、樹脂を含浸させた強化繊維を所定の厚みで巻きつけて補強する。その後、40〜180℃に10分〜24時間加熱して樹脂を硬化させ、容器の強度向上を図れば良い。
【0046】
最後に、必要に応じて容器に内圧を負荷して、アルミニウム合金ライナーを塑性変形させる自緊処理を施しても良い。これにより、容器にガスが充填されていない状態でライナーに圧縮応力が負荷されるため、ライナーの伸縮可動範囲が広がってライナーの疲労寿命の延長に寄与する。
【実施例】
【0047】
表1の合金No.1〜No.9に示す化学成分を有する各アルミニウム合金を溶解し、DC鋳造法により鋳塊を製造した。得られた鋳塊を面削後、540℃×8時間の均質化処理を施し、450℃で熱間圧延を開始して、板厚を14mmとして280℃で熱間圧延を終了した。その後、400℃×3時間の中間焼鈍を行なってから、板厚8mmまで冷間圧延を行ない、最後に415℃×2時間の焼鈍を行なって、アルミニウム合金板素材とした。この素材に対し、以下の方法により高圧水素ガス貯蔵容器用ライナーの胴部に相当する加工(胴部のフローフォーミングに相当)、熱処理(材料強度を高めるための溶体化処理とその後の人工時効処理に相当)、引張変形(自緊処理に相当)を加えた。すなわち、先ずアルミニウム合金板素材を冷間圧延により板厚4mmまで圧延して、その後530℃×1時間の溶体化処理を施して水冷し、さらに175℃×8時間の人工時効処理を施すことによって、材料強度をほぼ合金の最高強度まで高めた。最後にストレッチャーにより1%の引張塑性変形を加えた。これらの加工および熱処理を行なった各アルミニウム合金からJIS5号試験片を採取して引張試験を行ない、0.2%耐力と引張強さを調べた結果を表2に示した。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
さらに、上述のような加工および熱処理を行なったアルミニウム合金から、平行部幅5mm、平行部長さ12mm、肩部の7.5mmの形状の引張試験片を作製した。これらの引張試験片を用いて試験湿度を制御した雰囲気中で、低ひずみ速度引張試験を行った。この試験は破壊が生じるまで試験片に低速の変位速度を負荷するものであるが、この試験を湿度制御した雰囲気中で行うことより、変形に伴い連続的に表面に露出する新生アルミニウム表面と試験雰囲気中の水蒸気が反応して水素が発生する。ここで、試験湿度が相対湿度98%程度と高い場合には、空気中に含まれる水蒸気分圧が高いため、この反応が活性になり、表面で多量の水素が発生することにより100気圧以上の高圧水素ガス雰囲気を模擬することができる。一方、試験湿度を1%以下に制御した場合には、このような反応は生じず、表面での水素の発生もほとんど無いため、水素の影響を受けない材料本来の機械的性質を評価することができる。すなわち上記の試験により、水素の影響を受けない低湿度環境中での機械的性質を、水素の影響を受ける高湿度雰囲気中での機械的性質と比較することによって、供試アルミニウム合金の水素脆化感受性を評価することができるのである。この実施例において上記試験は、具体的には、25℃の試験温度において、相対湿度98%雰囲気中と相対湿度1%以下の雰囲気中の両方の雰囲気において初期ひずみ速度7×10-8/sのひずみ速度にて低ひずみ速度引張試験を行ない、破断までの伸びを測定した。これらの結果を表3に示す。
【0051】
また相対湿度1%雰囲気中での破断までの伸び(ε1%)に対する相対湿度98%中での破断までの伸び(ε98%)の低下の度合いを、次式により水素脆化感受性指数と定義して、高圧水素容器として使用の可否の判断基準として使用し、指数が0.20以内の場合に容器として安全に使用することが出来ると判定した。この水素脆化感受性指数の算出値を表3中に示す。
水素脆化感受性指数=(ε1%−ε98%)/ε1%
【0052】
【表3】

【0053】
本発明例の合金No.1〜No.5はいずれもMg2Si量が1.4%以上であってこの本発明の範囲内であるため、マトリクス中に析出したMg2Siの密度が充分であり、そのため外部から侵入した水素のトラップ効果が強く、水素脆化感受性指数が0.20未満となった。このため本発明例の各合金No.1〜No.5は、いずれもは耐水素脆性が高く、高圧水素容器として適用することが可能であると判断された。
【0054】
また比較合金No.7、No.8、No.9の場合も同様にMg2Si量に関しては1.4%以上の条件を満たしているため、同様の理由により耐水素脆性に関しては問題がない。
【0055】
一方、比較合金No.6のMg2Si量は1.3%であり、この発明で規定する1.4%以上の条件を満たしていない。そのためMg2Si析出物による水素トラップ効果が不充分であって水素脆化感受性指数が高く、安全上の観点から高圧水素容器として使用するには不適当であると判断された。
【0056】
さらに、上述のような水素脆化感受性試験に加えて、以下のような疲労試験を行って高圧水素容器として必要な低サイクル疲労特性を備えているか否かを調べた。
【0057】
すなわち、各アルミニウム合金から、平行部幅25mm、平行部長さ40mm、肩部のR40mmの疲労試験片を、引張圧縮軸が圧延方向直角方向となるように採取して、疲労試験を行なった。疲労試験の条件としては、試験雰囲気を大気中とし、温度を室温とした。疲労試験における負荷応力条件は、高圧水素ガス貯蔵容器に70MPaのガスを充填放出することを想定して、最大圧縮応力を150MPa、最大引張応力230MPaの荷重条件にて疲労試験を行なった。試験周波数は20Hzとした。なお高圧水素ガス容器が受ける低サイクル疲労は、ガスの充填・放出に伴うものであって、通常は10000回の繰り返し充填放出に耐えることが必要であることから、破断までの繰り返し数が10000回以上の場合に高圧水素容器として適当であると判断した。
【0058】
各応力振幅条件で破断までの繰り返し数を有効数字3桁に丸めて表4に示した。
【0059】
【表4】

【0060】
この発明の合金No.1〜No.5は、いずれも過剰Si量が0.3%以上であって、マトリクス中にSiを主成分とする析出相が形成されることから、疲労による繰り返し負荷を受けた際のすべりが均一化されるため、疲労亀裂の形成に寄与する固執すべり帯の形成を抑制することができ、その結果低サイクル疲労寿命が大幅に向上し、10000回を大きく超える疲労寿命を示した。
【0061】
一方比較例である合金6も、過剰Si量がこの発明の範囲内であるため、同様の理由により10000回以上の疲労寿命を示したが、前述のように耐水素脆性が不充分なため高圧水素容器としては不適当と判断された。
【0062】
また比較例である合金7は、過剰Si量が0.11%であって、この発明で規定している過剰Si量(0.3%以上)の条件を満たしていない。このためマトリクス中のSiを主成分とする析出物の密度が充分ではなく、すべりを均一化する効果が得られず、そのため繰返し荷重負荷により比較的短い繰り返し数において容易に固執すべり帯が形成されてしまい、破断までの繰返し数が10000回未満となり、その結果、高圧水素ガス容器には適さないと判断された。
【0063】
また比較例である合金8は、Si量がこの発明の成分範囲よりも高く、そのためマトリクス中の一部に著しく粗大な単体Si析出相が形成され、これが疲労き裂発生の起点となるため、破断までの繰返し数が大幅に低下し、よって高圧水素ガス貯蔵容器として不適当と判断された。
【0064】
また比較例である合金9は、Mg量がこの発明の成分範囲よりも高く、そのためマトリクス中の一部に著しく粗大なMgとSiよりなる析出物が形成され、これが疲労き裂発生の起点となるため、破断までの繰り返し数が大幅に低下し、したがって高圧水素ガス貯蔵容器として不適当であると判断された。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】この発明で規定するMg量とSi量の関係を示す線図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
MgおよびSiを、質量%で次の(1)〜(4)式
Mg≦1.73Si−0.52% ・・・(1)
Mg≦1.5% ・・・(2)
Mg≧0.9% ・・・(3)
Si≦1.8% ・・・(4)
を満たす範囲内で含有し、さらにFe0.01〜0.7%(質量%、以下同じ)を含有し、残部がアルミニウムおよび不可避的不純物よりなることを特徴とする、高圧水素ガス貯蔵容器用アルミニウム合金。
【請求項2】
請求項1に記載の高圧水素ガス貯蔵容器用アルミニウム合金において、
さらにCu0.1〜1.5%を含有することを特徴とする、高圧水素ガス貯蔵容器用アルミニウム合金。
【請求項3】
請求項1もしくは請求項2に記載の高圧水素ガス貯蔵容器用アルミニウム合金において、
さらにMn0.05〜1.2%、Cr0.01〜0.4%、Zr0.01〜0.3%、Sc0.01〜0.5%、V0.01〜0.3%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする、高圧水素ガス貯蔵容器用アルミニウム合金。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれかの請求項に記載のアルミニウム合金によりなる高圧水素ガス貯蔵容器用アルミニウム合金製ライナー。
【請求項5】
請求項4に記載のアルミニウム合金製ライナーの外側に繊維強化樹脂を巻き付けることにより補強してなる高圧水素ガス貯蔵容器。

【図1】
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【公開番号】特開2009−24225(P2009−24225A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−189277(P2007−189277)
【出願日】平成19年7月20日(2007.7.20)
【出願人】(000107538)古河スカイ株式会社 (572)
【Fターム(参考)】